タイトル:【VD】作りませんかマスター:あいざわ司

シナリオ形態: イベント
難易度: 易しい
参加人数: 38 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2009/02/16 23:16

●オープニング本文


 OK、今本部に掃いて捨てるほどある依頼の液晶パネルからわざわざこれを選んで見ている君、そうそこの君だ。
 君に一言、言っておく事がある。まぁ聞いてくれ。んで、この依頼を請けるかどうかは、その後で考えてくれ。

 まず、大前提として覚えておいて欲しい。アニーはバレンタインがどんなものか知っている。
 知っている上で、別に推進もしなけりゃ、声高に中止も叫びやしない。
 なんでかって?
 そりゃあ、関係無いからに決まってるだろ。
 あ、今がっかりしたヤツ。素直に手を挙げろ。隠したって分かるんだよ。男ってのは顔に出るからイカンよ。
 大体、どこでどんな厄介事に駆り出されるかわからんような部隊の作戦士官なんですよアニーって人は。ああ見えて。
 まだ本部のオペレーターさんと仲良くなって綺麗所を紹介してもらった方が建設的じゃないかね?
 ‥‥まぁあれだ。がっかりしたヤツにちょっとだけヒントをくれてやる。彼女は今ちょっと弱ってます。その辺をくすぐるとフラグが‥‥おおっと。話が逸れた。
 何だっけ?
 そうそう、アニーはバレンタインについて、何の感慨も持っていやしない、て話だった。
 その上で、皆で仲良くチョコレートでも作ってパーティーでも開きませんか、って事だ。
 それだけの事だから、報酬に期待するんなら他を当たってくれ。
 集まってわいわい騒ぎたいなら、歓迎されると思うぞ?

 ‥‥お、大事な事を忘れる所だった。
 今、アニーは、去年お節料理を作った例の連隊本部のキッチンで市販のチョコを湯煎してる筈だ。
 いいか、彼女が作るのはショップで普通に売っているチョコを加工しただけのものだ。それ以上でもそれ以下でもない。
 カカオから作る、とか言い出す猛者が居るかどうか知らんが、居たら多分それは歓迎される。
 但し、一つだけ言っておく。
 別に彼女は、カオスを求めちゃいない。分かるか? カオスは求めていない。分かるな? カオスなんか求めてないんだ。分かったな?
 等身大アニー・シリング胸像チョコだとか、聞いたこと無い出版社がソースのバレンタインの由来なんてのは要らないんだ。
 もう一度言うぞ。
 彼女はカオスを求めちゃいない。分かるか? カオスは求めていない。分かるな? カオスなんか求めてないんだ。分かったな?
 カカオ99パーセントのチョコだとか、どっかの博士にやっつけられたくず鉄チョコなんてのは要らないんだ。
 大事な事だから2度言ったぞ。意味は分かるな?
 よし、分かったら少し時間をくれてやる。この依頼を請けるか、考えてくれ。
 考えて、請けると決めたら、続きを読んでくれ。義理チョコ貰える脈も無い、とか踏んだなら、回れ右だ。君の請けるべき依頼は、他にある。

 よし、この依頼を請けると決めて、今ここを読んでくれている君。そうそこの君だ。
 出発する前にもう一つだけ、言っておく事がある。
 アニーは今弱ってる。そして、アニーはこの依頼を知らない。
 もう一度言うぞ。
 彼女は今弱ってる。そして、彼女はこの依頼を知らない。
 請けると決めてくれた君なら、この意味は分かるな?
 それじゃ、後は任せた。
 アニーをよろしく頼む。

●参加者一覧

/ 篠森 あすか(ga0126) / 大泰司 慈海(ga0173) / 柚井 ソラ(ga0187) / ロジー・ビィ(ga1031) / 須佐 武流(ga1461) / 叢雲(ga2494) / 愛輝(ga3159) / ノビル・ラグ(ga3704) / 藤村 瑠亥(ga3862) / 夕風 悠(ga3948) / オリガ(ga4562) / 呉葉(ga5503) / アンドレアス・ラーセン(ga6523) / クラウディア・マリウス(ga6559) / 綾野 断真(ga6621) / 不知火真琴(ga7201) / リュウセイ(ga8181) / ロジャー・藤原(ga8212) / 真田 音夢(ga8265) / 優(ga8480) / 守原有希(ga8582) / リュドレイク(ga8720) / 緋月(ga8755) / 神撫(gb0167) / 遠倉 雨音(gb0338) / ティル・エーメスト(gb0476) / 岩崎朋(gb1861) / 都築俊哉(gb1948) / 依神 隼瀬(gb2747) / 美環 響(gb2863) / 織部 ジェット(gb3834) / 水無月 春奈(gb4000) / 橘川 海(gb4179) / ソフィリア・エクセル(gb4220) / 琥金(gb4314) / 榊 菫(gb4318) / サンディ(gb4343) / 萩野  樹(gb4907

●リプレイ本文

 OK、今本部の掃いて捨てるほどある依頼からこれを選んで参加して、報告書を読んでいる君。そうそこの君だ。
 君に一言、言っておく事がある。
 幾つも勝手に送りつけたい称号があったけど、イベントだとシステム上不可能だとか、そういう事じゃない。
 君らが出掛ける前に、カオスは求めちゃいないと6回も言った筈だ。それから、アニーをよろしく頼むとも言った。
 覚えてるな?
 忘れてたのなら、思い出してくれ。
 よし、思い出してくれたら、それを頭の隅っこにでも置いといてくれ。

●それは突然やって来た
 UPCの本部食堂ほどでは無いものの、連隊本部という大袈裟な施設にある食堂だけあって、フロアも厨房もそれなりに広い。
 その広いキッチンで、アニーはチョコを湯煎していた。具体的には、近所のショップで幾つか購入したただの板チョコを、バレンタイン仕様にそれっぽく仕上げるために、湯煎した上でフルーツをコーティングしてみようと孤軍奮闘していた。
 別に料理下手ではないので一通り出来るし、毎回買ってきたもので済ませるマヘリアが隣で見ているだけなので、1人でチョコ作りに勤しんでいた。
 所謂日本式のバレンタインのように、あげる男性など居ないので、友チョコというやつである。マヘリアの他に、エレン少尉だとか、数人の友人に配るため。
 そこに彼らはやって来た。

 最初に来たのは叢雲(ga2494)だった。でかい袋を抱えて、
「丁度バレンタイン用の買出しの帰りだったんですよ」
 としれっと言う。
「甘い香りがしたんで、通りすがりに覗いてみたんです」
 と悪びれもせず言う。
「良かったら一緒にやりませんか?」
 とにこやかに笑顔を浮かべる彼に、叢雲さんは買い物の通り道がうちの連隊本部の中なのか、とか、いろんな疑問を全部飲み込んで、笑顔で「いいですよ、是非」と言い掛けた。
 言い掛けた所で、
「すみませ〜ん、アニーさん、いらっしゃいますか?」
 水無月 春奈(gb4000)が顔を覗かせた。彼女とアニーは兵舎で面識がある。
「こちらの厨房はかなり広いと伺いまして‥‥よろしければ、場所を少しお借りしたいと思いまして‥‥。よろしいですか?」
 良いとか悪いとか言う前に、大量の荷物を抱えたソフィリア・エクセル(gb4220)が入ってくる。で、台車が続き、台車を押す須佐 武流(ga1461)が続き‥‥台車の上の食材は何かよく分からないが、業務用だって事だけは分かる。
 で、更にノビル・ラグ(ga3704)が「楽勝楽勝!」とか言いながら続くのだ。ソフィリアが言うには、何でも難民への救援物資としてチョコを作るらしいのだが、それに対して何か反応する前に、
「あ、アニーさんだ。こんにちはっ」
 橘川 海(gb4179)が先頭で入ってくるのである。マフラーがあったかそうだな、とアニーが思うくらい、彼女は自然に入ってきた。
 海と一緒に柚井 ソラ(ga0187)とクラウディア・マリウス(ga6559)も、実に自然に入ってきて、たまたまアニーが居たかのように声を掛けた。
 アニーとしてはもう充分何かの作為を感じている。が、この3人に限っては、来る前こそその作為が何か知っていたのだろうが、今に限っては全くの「素」である。保証できる。
 ソラの後ろをくっついて歩く真田 音夢(ga8265)も入れて、4人の後ろを歩くリュウセイ(ga8181)がまるで引率の先生のように見えたのは気のせいだろう。
 兎も角、ぞろぞろと食堂に集まる彼らを、別にアニーは呼んでない。
 で、海とかソラとかクラウに何か反応する前に、
「お、何か皆集まってるね」
 と神撫(gb0167)が言い、
「折角だからここでパーティーを開きましょう、アニーさんも居るし」
 とリュドレイク(ga8720)が言うのである。
 呼んでない。
 折角だからも何も、もうリュドのすぐ後ろから篠森 あすか(ga0126)が愛輝(ga3159)と大きめの鍋を運び込んでいるし、
「よし、今日は頑張って食べ‥‥もとい、作りますよ〜」
 と気合が入っている夕風悠(ga3948)も居て、「折角だからここで」がいかに白々しいかを雄弁に物語っているのだが、
「カロリー気にしちゃ騒げんよ!」
「フォンジュ楽しみ」
 などと言いながら守原有希(ga8582)がもう良い匂いのする鶏のコンフィを持参するし、「デュ」が発音できないらしいのだ、呉葉(ga5503)は。
「パーティーやる予定だったから呼んじゃった」
 アニーに神撫がフォローを入れるのだが、呼んじゃったというか連れて来ちゃったに違いないと思った。現に今も依神 隼瀬(gb2747)が、
「神撫さん来たよー!」
 とか言ってるし、美環 響(gb2863)も「お久しぶりです」とか優雅に挨拶してくれて、緋月(ga8755)もフォンデュの材料持って来ました、とか言って食堂に入るのだ。
 で、アンドレアス・ラーセン(ga6523)が、
「よ、アニー。来たぜ!」
 と気軽に声を掛けるのだ。
 呼んでない。
 ぽかんとしている所へ、
「初めまして、サンディです。今日は辛いことは忘れ、みんなと楽しんでください」
 とサンディ(gb4343)が丁寧に挨拶してくれた。何か思い当たる節があったらしく、アニーはマヘリアの顔を見る。ニヤニヤと嬉しそうにしている。こいつか。
 アニーが何かを悟った後ろで、ロジャー・藤原(ga8212)が何故かバナナを抱えて入ってくるし、織部 ジェット(gb3834)も大きめの籠を持って来る。
 とりあえずサンディの後ろにくっついていた、もう食べたそうな顔をしている琥金(gb4314)に挨拶していると、オリガ(ga4562)が綾野 断真(ga6621)と一緒に、食堂の一角の模様替えを始めている。
 まだ増える。
 何時の間にか榊 菫(gb4318)がキッチンの端で準備を始めているし、遠倉 雨音(gb0338)が、
「えぇと、何故こんなに人が‥‥?」
 と困った顔をしたが、アニーは説明するのを止めた。正直誰がマヘリアの差し金で、誰がたまたま来たのか判断が付かない。‥‥そもそも、全員差し金の可能性も大いにある。
「アニー様! お誕生日おめでとうございます!」
 ティル・エーメスト(gb0476)が入って来た時は流石にどうしようかと思ったが、やっぱりアニーはそのままにした。ティルの後ろから来た藤村 瑠亥(ga3862)も優(ga8480)も、苦笑いでティルを訂正してくれる気配は無い。
「え、えぇ!? 違うのですか!?」
 違うのです。
 呼んでない。
 いや違う。多分マヘリアが呼んだのだ。
 だからティルは悪くない。そうフォローしようとして、何か言いかけた時に、アニーは覚えのあるぴこぴこハンマーの音を聞いた。
 ロジー・ビィ(ga1031)と不知火真琴(ga7201)の2人は、萩野 樹(gb4907)を誘って、食堂の一角に大掛かりなバリケード的な何かを築いている。
 止めればいいものを、そのバリケード作りを大泰司 慈海(ga0173)はにこにこ笑顔で見ているのだ。あのファンキーでノリの良い食わせ者のオヤジが。
 呼んでない。

●お祭りは準備も楽しいのです
 素敵に無敵。
 それがコンセプトらしい。
 ティルが考えたらしい。
 藤村と、優と、それから織部と。
 綾野が模様替えしていた一角は、「素敵に無敵」というコンセプトに合わせて、ちょっとしたバーの様相になった。但し残念ながら、ティルの発案であるので、落ち着いた大人の雰囲気ではなく、楽しげなチョコレートの雰囲気である。もとい。これが残念かどうかは、各人の判断に任せる。
 さっきからテーブルの準備に忙しい優の横で、織部は持って来た籠を貼り合わせて何か作っている。どうやらくす球らしい。
 ティルはと云えば、藤村に肩車をされてご満悦だ。
「はう、すごく高いのです!」
 と嬉しそうにしている。高いのは当たり前なのだが、純真な彼にはいたく感動的だったらしく、大層喜んでいる。飾りつけを忘れるくらいに。
 藤村の体力的な限界はどの辺りだろうか。

 最初に断っておく。クラウに悪気は全く無い。
 そのクラウと、海と、それからソラと真田の、どこからどう見ても学校の調理実習組は、引率の先生たるリュウセイが生チョコ作成班に回ったことによって、料理の出来る真田に期待が集まった。
 と同時に、依神や美環、それから榊と呉葉も集まって、アニーを巻き込んで、この「ほぼ」女性陣は、キッチンの一角を占拠して各々、甘い匂いを漂わせながら料理を始める。
 普通、17歳の多感な年齢ともなれば、嬉しいやら気恥ずかしいやらでいっそどうにかしてくれ! 羨ましすぎるだろ! ちょっとこっちに(略)‥‥みたいになっても可笑しくないと思うのだが、ソラは実に違和感が無い。男の子認定とやらは20年早い。
 女性陣と同じように目をキラキラさせながら、湯煎しているのだ。お世話になったエレンさんとかに送りたいらしい。女の子か!
 20年早い証拠に、男性恐怖症であるはずの榊と、
「榊さんは誰に渡すんですか?」
「う〜ん、渡す人あまりいないんですけど、兄様でしょうか?」
 とか普通に女の子の会話をしている。榊が気付いていないだけ、というオチも有り得る。有り得るが。
 もう1人の男性である、美環と話す時は、榊はちょっとオドオドした感じになる。美環はまだちゃんと男性であるらしい。
 けれど、美環は美環で、美味しい甘味処の話題をアニーに振っている。
 甘いものは嫌いじゃない、というかむしろ好きなアニーは食いつくのだが、クラウも海もソラも、それから真田も依神も呉葉も食いついて、結局ここに居た「ほぼ」女性陣で一度行こう、という話に纏まった。
 こういう話題で盛り上がれる辺り、美環もソラと同類と言ってもいいかも知れない。
 兎も角、その美環と、それから料理の出来る真田と、黒いエプロンが実に似合う榊と、可も無く不可も無いアニーが、このグループでは講師役らしかった。
 榊は実に器用に、ホワイトチョコを挟んだメレンゲショコラを作って見せて、これを配らないなんて勿体無いと一同は思ったのだが、幾つかを包装し手元に残したので、どうやら誰かに配るらしくはあった。残りは試食しつつ、パーティーへ。
 生姜を取り出したのは真田である。「びっくり」とか「やめて」とか、そういう意味で場が一瞬色めき立った。
「意外に‥‥チョコと、生姜って合うんですよ」
 周囲の心配をよそに、真田は和風なチョコを作って見せた。
 チョコお汁粉、とでも言うんだろうか。餅が入り、オレンジピール、針生姜、南瓜の種が添えられている。
 生姜を取り出した時とは一変し、高評価。彼女はもう一品、和風なお菓子を作っていた。
 もう一度場が色めき立ったのは、呉葉がパウンドケーキを作っている時である。篠森と愛輝にあげるらしい。で、愛輝は甘いのが苦手らしい。これが原因である。
 ホットケーキミックスを溶いて、ココアパウダーを振るったまでは普通だった。が、その後。呉葉はキッチンの調味料の置いてある棚からおもむろに黒胡椒を取り、がりがり始めた。
 止める間も無い。
 その上、「愛輝は甘いの苦手なんだ。2人には内緒で」とか屈託無く言うのだ。止められる筈が無い。
 屈託無いというか、純粋で悪気が無い、というのは時に凶器と成り得る。
 海がアニーを肘でちょいちょいと突付いて、ソラとクラウを指差す。そして、「似合ってるなぁ」とか言うので、釣られて2人を見る。
 クラウに「ギリチョコ」を教えたのは一体誰か。
 きっと「ギリチョコを渡すと三倍返しで貰えるんだよ」とだけ教えたに違いない。
 クラウはイチゴとかミカン、バナナなんかをチョコでコーティングしていた。色合いも綺麗に、完成品は目の前のトレーに並べられている。
 今は「ギリチョコ」を作っているらしかった。チェリーの全体をぐるっとチョコでコーティングする。
 それから。
「えへへ、三倍〜」
 とか独り言を呟きながら、クラウは、丁度チェリーと同じくらいの大きさにカットしたヘリングを、ぐるっとチョコでコーティングした。
 チェリー、ヘリング、チェリー、ヘリングと、交互にコーティングされるそれは、次々とクラウの前に並べられ、残念な事に、もうどっちがどっちだか分からない。
 もう一度断っておく。クラウに悪気は全く無い。

 アグレッシヴでアヴァンギャルド。
 それがコンセプトらしい。
 多分ロジーが考えたに違いない。
 ロジーと不知火は、バリケードのように張り巡らせたカーテンの向こうで何か作業をしていた。
 時折2人の笑い声と、ロジーのぴこハンが鳴るくらいで、様子は分からない。
 萩野がどうしようか迷っている所にロジーが声を掛け、バリケード作りから飛び回っていた。
 時折、萩野だけ出てきては、フルーツだとか生クリームだとか、それっぽい材料を持って入る。
 どう見てもロジーと不知火に振り回される萩野なのだが、萩野は萩野で楽しいらしかった。
 何度か中を確認に向かったアスは追い払われるし、アスだけじゃなく、誰が行っても追い払われるのだ。
「まだダメ、なのですわ〜ッ」
 らしい。ぴこぴこやられる。
 でも、萩野にこっそり聞く限りでは、食べられないモノとかでは無いらしい。
 アグレッシヴでアヴァンギャルドなおねーさん達に振り回される経験を十代で出来た萩野は幸せなのかも知れない。

 生チョコ。美味しそうな響き。生チョコ。実に甘そう。生チョコ。口溶けがなめらか。
 そんなイメージとは裏腹に、生チョコ作成班はちょっとした重労働をしていた。
 一言で言うと、須佐も水無月もリュウセイもソフィリアも混ぜている。
 要するに、湯煎するために混ぜている須佐と水無月、艶出しのために混ぜているリュウセイとソフィリア、となっている。
 カッティングを担当しているノビルは幾分楽だったかも知れない。
 オリガと神撫も生チョコを作成していたので、彼らの近くで作業していたのだが、何せ量が量である。須佐が押してきた台車の上の袋は、何度見ても「業務用」の文字がある。
 地味だ。
 炊き出しってこんな感じなんだろうか。
 少なくともバレンタインじゃない。間違いなく。

●想像力を働かせたまえ
 オペラを作る守原とブラウニーを作る夕風は、予行演習らしい。
 どうやら守原がケーキ屋台を引くらしく‥‥ケーキ屋台。きっとあれだ。駅前で肉の塊をぐるぐる回しながら焼いたやつを削いで挟んで売ってるような、あれのケーキ版。
 想像が合っているかどうかは知らない。が、守原はうちの集大成を作ると言って、気合を入れている。
 どうやら彼は片思いの相手が居るらしく、その人に食べてもらいたいらしい。
 余禄であるが、アニーはパーティーが終わって皆が帰るまで、彼を「彼女」だと思い込んでいた。
 話が逸れた。
 その片思いの相手に食べてもらうため、集大成を、夕風と共に予行演習と称して作っている。いるのだが。
 よりにもよって、彼の所属する互助会の会長たる篠森が、闇フォンデュとか言い出し、よりにもよって愛輝とラブラブで危なっかしい感じに料理中なのだ。
 フォンデュの材料を切っているらしい。らしいのだが。
「そうではなくて、こうです」
 篠森の後ろに回って、両手に両手を添えて。
 多分、もう少し赤くなると煙吹いて倒れるんだろうな、というくらい篠森は耳まで赤くしている。
 目の前で作業を手伝っている緋月が顔色一つ変えないのは慣れとかそういう類だろうか。
「‥‥会長、たいがいぶりに鍋の火止めんば」
 空気を読んで、声を掛けていいやらしばらく逡巡した後、守原は意を決した。
 もう鍋はぐつぐつ云っている。

 素敵に無敵、に飾り付けられたパーティー会場は、張本人のティルだとか、ソラとかクラウ辺りが、キラキラさせながらぐるぐる見回している。
 ちょっとした学園祭の様相だろうか。悪くない。フロアの中央に、くす球が下げられている。織部が作成したものだ。
「選ばれた者が引っ張るって事だな」
 と、織部に背中を押され、アニーがくす球の真下へと入る。
 中は小さなチョコを沢山入れたらしい。「一つだけ現金入りを混ぜてみた。探してみるといいぞ」と得意気に笑ってみせる織部に、アニーも笑顔で紐を引いた。
 ここでもう一度断っておく。織部に悪気は無い。
 きっと、織部の頭の中では、アニーが紐を引くと二つに割れるくす球、そして割れたくす球から花びらのようにひらひら舞い落ちる無数のチョコが、パーティーに花を添える、という感じの映像が流れていたに違いない。
 40人近い人数が注目する中、紐を引くアニー。
 割れるくす球。
 綺麗に、実に綺麗に割れた。
 そして、中に入っていた無数のチョコは、重力に従ってアニーの頭上に真っ直ぐ、ぼとぼと降り注いだ。

 裏・罵恋汰隠。
 神撫が待ってました、とばかりに途中で止めた。
 ‥‥少し端折りすぎた。
 端的に言うと叢雲である。
 彼はふと通りかかり、アニー達とキッチンを借りて調理を始め、ザッハトルテを作ってみせた。美味しそうである。にこにこと他愛無い雑談をアニー達としつつ、何時の間にかの手際でそれは完成していた。
 で、ザッハトルテの完成と同時に、彼の妙な出版社がソースの薀蓄も完成したらしく、披露して見せた。
 例によって、途中で止められるまで、海がばっちり信じた。いつぞやよりも「釣れた」人数は少なかったが、意外な所で藤村がちょっと信じた風に見せたので、叢雲は密かにしてやったりと思った。

 OK、ここまで読んでくれた君、そうそこの君だ。
 君に一言、言っておく事がある。
 ここから先の一部、端的に事実のみを書く。
 もう一度言う。ここから先の一部、端的に事実のみを書く。
 いいな? 分かったら続きを読んでくれ。

 ロジャーは持参したバナナをチョコでコーティングし、チョコバナナを作った。屋台で1本400円とかで売ってるあれだ。
 普通はカラースプレーでカラフルな、悪く言うと毒々しいチョコバナナになるのだが、ロジャーはカラースプレーを使わなかった。
 ホイップした生クリームを、バナナの先のほうからこう、いい感じに搾り出して、所謂デコレーションってやつだ。
 それを、ロジャーはアニーら女性陣に振舞った。
 アニーは当然、普通にチョコバナナを食べる訳だ。彼女はチョコが好きであるし、断る理由も無い。
 で、ホイップクリームが口の周りについたりして、ちょろっと舐め取ったりしながら、「おいしー」とか言って食べた。

 OK、ここまで読んでくれた君、そうそこの君だ。
 君に一言、言っておく事がある。
 ここまで、事実のみを書いた。チョコバナナをおいしく頂きました、という、それだけの話である。
 もう一度言う。ここまで、事実のみを書いた。チョコバナナをおいしく頂きました、という、それだけの話である。
 よし、ちょっと気持ちを切り替えて、続きを読んでくれ。ここからは普通に戻る。

 ロジャーは果敢にも、その場に居たマヘリアにナンパを試みた。
 綾野の所からそれらしいカクテルを貰ってきて、マヘリアに勧め、自分はノンアルコールのジュースなのが少し情けなくもあるが。
 マヘリアも満更では無いらしく、趣味を聞かれて音楽鑑賞と答えて煙に巻いたり、出身はスペインだとかアニーとは士官学校で知り合ったとか、いろいろと饒舌に話した。
「香水は、柑橘系?」
 ロジャーにとっては少し核心に迫った質問。
「ああ、あたしのじゃないの。友達の。移っちゃうのよね」
 ちょっと、意外な答えが帰ってきた。

 ソフィリア達が重労働の末完成させた生チョコは、丁寧にラッピングされ、再び台車に戻った。きっと彼女の伝手でどこかに配られるのだろう。
 余ったチョコを、リュウセイがガナッシュにしていた。
 横で海が興味津々で見ている。
「ほら、くってみろ、あーん」
 差し出されたガナッシュに釣られて、あーんと海が口を開ける。
 ぽいっと彼女の口に放り込まれたガナッシュは、ふわっと口の中で溶ける。
「あ、これすごい! おいしいかもっ」
 にこにこ笑顔の海。
「仲いいんですね?」
 にこにこの夕風が突っ込む。と、自分が何をしていたのか気付いたらしく、海は顔を真っ赤にする。
「ちちちち、違いますからっ!」
 夕風は、違うとか違わないとか聞いてないのに、と思ったが、野暮な事は言わずに、にこにこと真っ赤な海を見ていた。

 ロジーのぴこハンが盛大になって、バリケードの中で作業していた不知火と萩野が出てくる。
 カーテンを取ると、そこには標高1m程のグラスタワーが鎮座していた。
 歓声を挙げる一同。アスが止めるまでもなく、これはスゴそうな気配がする。
「華麗なるショコラショー、ご覧在れ!」
 ロジーの声を合図に、不知火と萩野が、タワーのてっぺんからチョコレートドリンクを注ぐ。
 滑らかなチョコレートドリンクは、てっぺんのグラスからあっという間に溢れ、果物やアイスクリーム、それからロジー持参の花火で彩られたグラスをするすると伝ってゆく。
 誰からか分からないが、拍手が起こり、それがドリンクがグラスを伝わるのに合わせて、食堂に集まった全員に広がってゆく。
 ロジーと不知火、それから萩野の、アグレッシヴでアヴァンギャルドなチョコは、集まった面々の想像を超えて、素敵に無敵だった。

●なにそれおいしいの?
 サンディにずっとくっついていた琥金は、結局、アスと遠倉と共にサンドウィッチを作る手伝いをして、チョコばかりだったテーブルに彩りを添えた。
「‥‥はい、サンディも、一緒に食べよ?」
 と、手にしたチョコを差し出す。琥金は先ほどからずっと食べ通しである。
 サンディが何も食べずに、ずっと琥金を見つめて微笑んでいるのに、彼は彼なりに気を使ったのだろう。
 ちょっと目を伏せた後、サンディは笑顔で琥金に視線を戻した。
「そんなにあわてて食べたら喉に詰まるよ?」
 差し出されたチョコを受け取って、2人は兄弟のように、笑顔を並べた。

 型抜きをして余ったチョコを、ハートの形にして、「いつもありがとうございます」と書いたメッセージカードを添えた。
 ノビルと須佐が、台車の上に積まれた「救援物資」であるチョコの山を見て、感慨に耽っている。
「‥‥とにかく、ちゃんと作れて一安心だ」
「楽勝‥‥じゃなかったケド、イイ感じだったなー」
 2人の後ろからこっそり近づいて、ソフィリアは須佐の背中をちょんちょんと突付いた。
 くるりと振り向いた所に、カードを添えた包みを差し出す。
「ふ、深い意味なんてないんだからねっ」
 あります、と言っているようにしか聞こえないが、須佐はとりあえず、言葉の額面通りに受け取っておく事にした。

 先生と友達がたくさん居たお陰で、海は自分で納得の行くチョコが作れた。感謝を込めて、リュウセイへ。
 綺麗にラッピングされたチョコを、リュウセイに差し出す。
「‥‥違いますから。これは感謝の気持ちですからねっ!」
 ちょっとふくれっ面で、ちょっと赤面で、リュウセイの顔をちゃんと見ない。
「バレンタインチョコ、とったどー!」
 リュウセイは満面の笑みである。
「ちょ、そんな大声で!」
 海の赤さが増す。天然コンビは、所謂ツンデレで言う所のツンの状態である。ほっとけばデレになる。そしてきっと犬も食わなくなる。

 顔を真っ赤にしながら「岩塩持って来た」と言われましても、とか思わないのが愛輝のいい所。
 篠森はほとんど無意識に、愛輝の頬に飛んだチョコを人差し指で拭い、自分の口へ運んだ。
「ん、‥‥ああ、ありがとうございます」
 愛輝が顔を向けると、篠森は自分のした事に気付いたのか、顔を真っ赤にして俯いている。
 ちょっと、愛輝の悪戯心が表れた。
 闇フォンデュから、適当に1本取り出し、チョコにくぐらせる。
「はい、あーん」
 ちょっとびっくりして見せた後、篠森は、もう限界まで赤くなっていた顔をさらに真っ赤にさせた。
「あ、あーん‥‥」
 そのまま、口に。
「‥‥お、おいしい」
 幸せそうに微笑む篠森。
 たまたま、自作のラザニアを取り分けていたリュドが見ていた。本当に美味しいのか。呉葉が持って来た「たくあん」だぞそれ。恋は盲目ってやつか。

 クラウの「大好き」は恋愛感情ではなくて。
「いつも仲良く遊んでくれてありがとっ。えへ、ソラ君、大好きですっ」
「俺も、クラウさんのこと大好きです」
 にこにこ笑顔でソラも受け取って。
 ソラの「好き」も恋愛感情ではなくて。
「‥‥ゆ、柚井さん。よかったら‥‥こ、これを」
 耳まで真っ赤にして、ソラの顔を見れない真田は、渡したまま、どこかへ走っていって。
「ありがとう‥‥ごめんなさい」
 そう、彼女の背中に呟くけれど、その声は届かなくて。

「あんまり、気に病んでちゃダメだよ」
「もう大丈夫ですよ。心配させちゃって済みません」
 神撫にしてみれば、予想通りの答え。きっとアニーはそう言うだろう、と思っていた。そしたらやっぱり、そう言った。
 笑顔がカラ元気に見える。
 優しく撫でられる頭を、アニーはそのままにしている。

「そこで手ぐらい握れよッ」
 アスである。
「‥‥覗き見は感心しませんが‥‥」
 遠倉である。
 口ではいろいろ言うが、要するに2人共気になるのだろう。
「がんばれ神撫さんっ!」
 クラウまで。

「そう簡単に気分転換はできないか‥‥」
「気分転換じゃないですよ。代々軍人の家系は、へこたれないように出来てるみたいです」
 またあの笑顔。心配させまいとしているのか、何時ものすっきりしたアニーの笑顔じゃない。
 頭を撫でていた手を下ろして、神撫はアニーを軽く抱き寄せた。
 ちょっとびっくりしたが、アニーはまたそのままにした。

「うあ、だから直球すぎんだって」
 アスである。
「‥‥アニーさんも、嫌ではなさそうですが」
 遠倉である。
「神撫さん、もうちょっと!」
 クラウである。
「‥‥それくらいにしましょう?」
 3人が振り向くと、優が笑っていた。
「そうだな、後は若い2人に‥‥」
 年寄り臭い事を言いかけたアスに、クラウが割り込む。
「あ、アスさんっ!」
 にこにこしながら、ラッピングされた包みを取り出す。
「えへ、三倍返しっ‥‥じゃなかった、いつもありがとですっ」
 チェリー入りと、ヘリング入りである。両方一緒くたに入っている。どっちがどっちかは、もうクラウも見分けが付かない。
「あ、ああ‥‥ありがとう‥‥ってか三倍返しってマジ?」
 受け取りつつ、優と遠倉の顔を見る。
「マジですよ」
「マジです」
 2人の笑顔と、声が重なった。

「泣きたいときには泣いた方が良いよ。胸くらいは貸せるから」
「ありがとう、でも大丈夫、です」
 まだアニーは泣いちゃいけない。まだ片付けないとならない事があるから。
「‥‥俺の出来ることは一緒に居るくらいしかないけど、俺は居なくなったりはしない。これだけは約束するよ」
 神撫の胸から、顔を上げる。
「約束ですよ?」
「約束する」
 アニーが笑う。少し、何時もの笑顔に近づいたような気がした。
 抱き寄せた両手から抜けるのと同時に、ひょいっと右手を、神撫のジャケットの左ポケットに滑り込ませる。
 そのまま、神撫がアニーに渡そうとしていた、チョコの包みを取り出した。
「これは、貰っておきます」
 声が少し、弾んでいる。
 何を言おうか、神撫が逡巡していると、先にアニーが喋った。
 廊下の先を、ちょっと指差して言う。
「依神さんが、待ってますよ?」
 神撫に渡すため、依神はチョコタルトとマーブルケーキを、大事そうに抱えていた。

●トリは最初から決まっていた
 ヘリングチョコ、という発想は正直有り得ない。まずいとかそういう次元を超えている。まだ呉葉が作った黒胡椒パウンドケーキだとか、たくあんフォンデュのほうが「食べ物」であるに違いない。海峡を挟んだお隣の国のシュールストなんとかじゃなかっただけマシなのかも知れないが、ニシンである。岩塩フォンデュのほうが生臭くない分マシに違いない。
 兎も角、アスは綾野の臨時バーに逃げ込んだ。「やっとの事で辿り着いた」という方が正しい。
「強めで、頼むわ」
「だいぶ、お疲れですね?」
 綾野が苦笑いを浮かべながら、ステアーを始める。
「良かったら、どうぞ」
 アスに、オリガが手製の生チョコを差し出す。初挑戦だったが、味はさほど悪くない。彼女はこれを肴に、ここでカクテルを飲んでいた。

 真打ちは最後に登場すると、昔から決まっているものらしい。
 この場合の真打ちは、例のファンキーでノリの良い食わせ者のオヤジである。
 大泰司は、1人で黙々と、何かを作っていた。
 製作過程はやや隠すように、それこそ、ロジーと不知火の大掛りなギミックに隠れて気付かなかったが、彼もとんでもないモノを準備していた。
 ごろごろと、台車を押して来たのである。勿論、救援物資ではない。
 それは、一目見て、全員が、それが何なのか理解した。
 ミルクチョコで出来た髪。
 ホワイトチョコで出来た肌。
 グレープフルーツで出来た唇。
 青い飴玉で出来た目。
 ご丁寧に「私を食・べ・て」と看板を首から提げている。
 すごく精巧に出来ている。
 けれどきっと、本物のオリム中将とは似ても似つかないに違いない。
 だけど、全員が、何も言われなくても、これはオリム中将だと理解した。
「UPC本部食堂の入り口に飾ってね」
 あっさりと言ってのける。
 これでも軍属であるアニーは、この良く出来た、気味の悪い胸像を、見なかった事にした。