●リプレイ本文
●夜明け
『親バグア関係の施設がこんな簡単に割れていいのかしらね』
クラーク・エアハルト(
ga4961)のコックピット、斜め後ろを着いて来る鳴風 さらら(
gb3539)の声が響く。
彼女はどうもこの依頼自体を何か怪しんでいるようで、おまけに行く手を遮る木々と、夜明け前の劣悪な視界が、鳴風をさらに苛立たせていた。
「まぁまぁ、間もなくですよ」
宥めてから、クラークは時計に視線を動かす。陽が昇るまで、あと十数分。森を掻き分けるように進んでいた機体を止めた。
抵抗は全く無くあっさりと、あと木を何本か薙ぎ倒せば滑走路が見える位置まで近づいた。霞倉 彩(
ga8231)が、モニターにサーマルを重ねる。
「‥‥KVが1機、起動して待機中‥‥」
『アラート任務用、って所ですかね。念の入った事です』
他には、歩哨の姿が映るだけ。「親バグア」の拠点は、まだ目を覚ましていない。
『地上班の観測では、スクランブルに阿修羅が1機待機中』
アルヴァイム(
ga5051)が自機を獄門・Y・グナイゼナウ(
ga1166)の右前に着けるのを合図に、他の4機もフォーメーションを入れ替える。
「こちらでも確認した。この1機は上がってくるな‥‥他の阿修羅も飛んでくれると助かるが」
レーダーを追う黒桐白夜(
gb1936)にも、機影は確認できていた。一番助かるのは全ての敵機が飛ばずに駐機したままでいてくれる事だが、そんなのはまず無い。
『アス君は何か引っかかってるねェー』
獄門に直球を投げられ、アンドレアス・ラーセン(
ga6523)がやや顔を顰める。
「契約相手は全面信頼ってね。仕事はきっちりやる」
声でそれとは悟られぬように応える。
『依頼主の狙いはヴォルコフだろう。コンテナは建前で』
月村・心(
ga8293)がアスに代わって補足する。だがアスの想いは別にあった。ヴォルコフも気がかりではあるが。
5機がさらに高度を下げる。ジェット気流が木の葉を巻き上げた。
ハンガーに慌しくサイレンが鳴る。眠っていた拠点は、ボイラーに火を入れたように目を覚ました。
「予定通りだな。アラートを上げた後2機の阿修羅も出せ。KVは全機起動。指揮は地下で執る」
「了解。交戦は手筈通りに」
下士官が敬礼を返し、走る。
「‥‥タダでやられるのも、芸が無い」
地平線にうっすらと光が射した頃。
「1機上がってきた!」
黒桐のレーダーに映し出された輝点が動いた。
『では、各機ブレイク』
アルヴァイムの声を合図に、迎撃に上がった阿修羅目掛けて5機が散開する。距離とポジションを保ちつつ、距離を縮める。
離陸した敵機は、そのまま垂直に上昇したあと、5機より高度を取った。
初手を取ったのはアルヴァイムである。上昇した敵機が、機首を落としてくる所に向かいロケット弾を放つ。
右にロールし回避をされるが、回避した先を獄門の機体が狙っていた。
「いただき」
ガトリングのトレーサーが翼端を焼く。もう一度ロールし、さらに避けようとする敵機を掠めた。
「もう2機、離陸する」
レーダーを追い続けていた黒桐に、滑走路上に出てきた阿修羅2機が映った。
●ドッグファイト
太陽が少し顔を出す。
西から侵入を試みたのを、アルヴァイムは少し後悔した。全くの逆光である。丁度地平線と被る高度まで上がられると見えない。
先手を加えた1機はさらに高度を取って逃げた。続いて離陸した2機は、光の中に居た。
レーダーは機影を捉え、さらにHUDのシーカーは敵機を追うのだが、ミサイルのように追尾しない兵装を使用するには、厳しい状況であった。
「厄介な事だな!」
高G機動を繰り返し、月村が太陽に対する位置を入れ替えようと動くが、敵機もそれに気付いているのか、容易にそれを許さない。
1機との位置を入れ替えようと動くと、残りの2機がフォローに入り、彼らの機体にミサイルを浴びせる。
『きりがねぇな! また逃げるぞ、11時!』
横を飛ぶ黒桐の声。獄門の機体からの斉射が敵機の行き先を制限するが、それもミサイルに遮られる。
「ならばこちらもミサイルで」
獄門がトリガーを引く。ハードポイントから白煙を残して飛んだミサイルは、彼女らが追いかけていた1機のエンジンノズルに飛び込んだ。
『ビンゴだ!』
『撃墜、残り2機』
彼女の耳に、アルヴァイムとアスの声が届く。
「では、こちらも」
残りの2機が再び高度を取るのを見て、アルヴァイムは彼のディスタンに装備された切り札を用意した。
『オーケー、射線に追い込む』
アスが素早く反応し、彼のディアブロを、アルヴァイム機と同じ角度に向ける。
上昇する敵機に合わせて機首を上げ、垂直よりやや背面になった所で、アルヴァイムとアスの2機は縦に並ぶ。
「今です」
アルヴァイムの声を合図に、アスの機体からロケット弾が放たれる。
反転しターンの最中だった所に、ロケットの弾幕によって頭上を押さえられた敵機は、操縦桿を中立に戻す。直後、アルヴァイムの放った閃光が1機を焼き、もう1機をストールさせた。
『1機落ちる』
黒桐の声に、真っ先に月村が反応し、コントロールを失い落ちてゆく敵機をその弾丸が追った。
「これで、終わりだ!」
●コンテナの中身
『空中班より地上班、こちらは片付いた。滑走路を空けてくれ、降りる』
クラークのインカムに黒桐の声が届いた時、彼は120mm砲の衝撃に揺さぶられていた。
「HEAT弾の衝撃に曝されるってのは、あんまり気持ちのいい物ではないですね」
戦車砲の射線からずれるように横に動く。ダメージにはなっていないが、それでも至近弾は衝撃を伝える。
『何今更な事言ってんの! 1両終わりっ!』
今度は鳴風の声。クラークが前衛に立ち攻撃を受け止め、その間に鳴風と霞倉が攻撃を加えるのだが、3機ともダメージを負っている。
動き出した敵のKVは、3機の攻撃に曝され、一度遮蔽のため建物の裏に入っていた。
『‥‥10時、KV!』
霞倉が再び姿を現した敵機を見つける。戦車に正対していたクラークと鳴風は、目標をそちらに変える。
「足を止めます!」
ライフル弾が敵機の足下に入り、やや動きを止めた瞬間に、霞倉は自機を飛び出させた。
「‥‥概ね予測どおりの軌道‥‥。ターゲットロック‥‥アグレッシブ・フォース、アクティブ‥‥」
クラークの前に出た霞倉の機体から放たれたライフルが、敵機の頭部に続けざまにヒットする。
『終わった! 残りは?』
頭部へのダメージが止めとなり、動きを止めたKVを見て、鳴風が叫ぶ。自分の機体も脚部がスパークしている。残っているのは戦車2両と、対空砲2門と、それから歩兵。
『無駄な抵抗は止めて投降せよ』
クラークの声が、外部スピーカーから響く。空中班はもう続々と着陸し、滑走路から展開を始めていた。
戦車が2両残っているが、8機のKVに囲まれて時間の問題である。
声の主であるクラークがふと見ると、アルヴァイムの指示でコンテナを抱えたヘリが確保されつつあった。2機の「骨董品」は、ローターを破壊され、もう骨董品でも無くなっている。
呼びかけに反応は、無い。
「よし、コンテナを放棄。地上部隊には撤退指示」
「投降を呼びかけるとは、意外でした」
モニターの光だけが青く輝く。
「構わんさ、人間誰しも考えるものだ。‥‥輸送機の到着は?」
「10分後です、少佐」
「それまでに、撤退指示を残っている全員に徹底させろ。抵抗されても困る」
投降を呼びかけた後、威嚇射撃と偽り、霞倉はコンテナに弾丸を掠めさせた。もちろん、8人承知の上での、予定通りである。
気密コンテナは一部破壊され、その中身が晒された。
「これはこれは‥‥」
中身を見て、月村が呟く。
どこで作られたものか、誰が手に入れたものか、数百挺の小銃が、コンテナの中から現れた。
●追跡
追いかけたコンテナは、依頼元のPMC拠点へと搬入された。
中身の武器は、証拠品として提出すると言う。
なるほどそう言われると納得もできるが、鳴風はコンテナの中身を追い続けた。依頼の範疇ではない。
運びこまれた荷物は、2日後にトラックで運び出される。行く先はマーブル・トイズ・カンパニー傘下の工場。ここまでは追跡し判明した。
ところが、施設内の倉庫に入ったっきり、荷物は出て来ない。
工場から出てきたトラックを掴まえ、貨物室を調べたが、中身は空だった。運転手はここの工場出入りの運送会社の社員で、空のトラックを回送する、としか知らない。
それから5日程、鳴風は工場を監視し続けたが、結局荷物は出て来なかった。
「‥‥ここまでが、荷物の行き先。あーもう! ホント腹立つわよね」
「なるほどな。‥‥しかしこれだけじゃねぇだろ? 何を掴んだ?」
「アンドレアス、あの大尉殿が移った?」
妙な指摘をされて、アスが自分のしていた表情を確かめるように、顔の上で手を動かす。
「確かにそれだけなら、我々8人集まらなくても済む事かもねェ」
苦笑いの獄門に、自分の言おうとしていた事を思い出したのか、鳴風が再び口を開く。
彼女は空のトラックを回送した運転手を調べた。その際、運転手の所属する会社も調べている。
運転手は何も疑うべき所は無い。しかし会社を調べると、面白い事が分かった。
親会社はとある大手の物流会社。この会社の資本関係にあるグループを探ると、今回襲撃したPMCが出てくる。
「‥‥面白いな」
月村が言う。どうやら彼の属するPMCとは、違う事情がここにはあるらしい。
「妙でしょ?」
「んー」
黒桐が消極的に反対の意思を示す。
「別に、末端の零細企業なら、資本関係とか気にせず仕事請けてても可笑しくないよなぁ」
8人の会話が止まった。
「こういう時は、あいつだな」
沈黙を破って、アスが電話を取り出す。
『――という訳なんだが』
「ふむ」
そう答えて、一呼吸置く。彼の癖だ。
『何か、そっちで情報を掴んでたりしねぇか?』
電話の向こうの男が告げた名前、2つのPMCの名は、エドワードには初耳だった。
「気軽に機密を聞き出そうとされても困るな。私の立場を知らない訳ではあるまい?」
『そのへん誤魔化すのは本業だろ? ‥‥アンタを信じてんだ。俺は真実が知りたい』
電話口の声のトーンが一つ下がる。
「何を期待しているのか知らんが、ただの企業活動に対してどうにかする権利は無いんだがな」
答えつつ、先程男が告げてきたPMCの名前を素早くメモに残す。回線の向こうの男は黙っていた。
「‥‥しかし、私個人として、友人の心配事に付き合うのはやぶさかでない」
『ん? それはどういう――』
「PMCの名前は初めて聞いた。つまり今私の手元には何の情報も無い。何か分かったら連絡する。それでいいか? ラーセン君」
電話口の声のトーンが上がり、明るくなる。
『ああ、それで頼む』