●リプレイ本文
●空へ
ステファン以外のメンバーにとっては二度目の、つまりダミーのブリーフィングが終わり、6機は滑走路へとタキシングしていた。
非居住区への威力偵察――神撫(
gb0167)と、皇 流叶(
gb6275)が付いているのは、親バグア派と思われるKVの飛行が該当空域で確認されたため、とステファンには説明された。巧い事ステファンだけが、訓練だとは思っていない。
コントロールタワーからの声を聞きながら、神撫と皇は、前を行くステファンの機体を見ていた。
『神撫殿は、会った事がおありで?』
「ちょっと前に、任務で一緒に。その時からこんな感じですよ」
先頭の2機が滑走路に入る。2機はそのまま待機し、エンジンの推力を上げる。ノズルから吐き出される熱で、景色が揺らぐのを神撫は見ていた。
『まったく熱が感じられない方で‥‥』
皇が言葉を濁す。滑走路に入った2機は、ブレーキを解除しそのまま加速して行った。次の2機が滑走路に入り、同じように待機し、同じように推力を上げる。
片方がステファンの乗機。キャノピー越しに見る彼のヘルメットは、グレーのまま何のペイントも施されていない。
「うまく行くといいんだけど‥‥」
ステファン機が加速していくのを見送りながら、神撫が零す。
『まったく』
神撫の、殆ど独り言であった呟きに皇が応える。2人はKVを滑走路に入れつつ、前を行くステファン機を追った。
ふわっと浮き上がった直後、機首を真っ直ぐ上に持ち上げ、そのまま上昇してゆく。
F−16の動きを目で追いながら、スロットルを上げる。無線が離陸許可を告げていた。
●襲撃
6機の編隊は、実戦さながらの緊張感を保ちつつ、そのフォーメーションを崩さずに東へと向かっている。低い雲に、時折6機が影を落とす。
恐らく下は雨なのだろうが、雲の上は青空が広がり、太陽が顔を出し、光がキャノピーに反射しては、6機の美しいフォルムを浮かび上がらせた。
ステファンはと言えば、相変わらず必要な事以外は喋らず、黙々と飛んでいる。
もう傭兵がくっついて来ている時点で気に入らない。更に、ただの威力偵察なのにこの物々しい雰囲気も気に入らない。
それほど難しい任務でもないだろう、と思っている所にこの何時もと違う空気で、ステファンは苛立っている。
神撫と皇が何度か無線で声を掛けたのだが、素気ない応えが返ってくるだけだった。
何度目かに声を掛けた後、相変わらずな応えを聞いて、皇は溜息を吐いた。レーダーを見遣り、横を飛ぶ神撫の機体を見る。
「そろそろです」
『了解』
応答を聞いて、予定の空域に目を走らせる。まだ目視はできない。
ヴァレス・デュノフガリオ(
ga8280)と奉丈・遮那(
ga0352)の2人は、丁度ステファン達と正面から交差するコースを飛んでいた。予定された会敵地点には間もなく。
「どうやら」
喋りながら、レーダーを見る。機影は既に捉えていた。6つの輝点が動くのが、ヴァレスの目に映る。
「だいぶひねた性格みたい。1人で飛べると思ってるのかね?」
軽快に喋るヴァレスの口調に釣られて、奉丈もやや口元を緩ませる。
『戻ったら一杯飲みながら、ちょっとからかってやりましょう』
「いいね、それ」
嬉しそうに答えながら、ヴァレスが機体を右に捻る。奉丈もそれに習い、右にロールさせた。
雲の絨毯の上に、ちらちらと太陽光を反射して点が動く。
『目標2、方位098、同高度』
ステファンの声が届く。抑揚に変化は無く、冷静さは失っていないようだ。
「いきなりのお出ましのようですね? ステファン殿、指示を頼みます」
『各機ブレイク!』
目標が視界に入り、ステファンが散開を指示する。ヴァレスの機体からは、早速ミサイルが斉射され、コックピットにはロックオンアラートが響き始める。
「さぁて、楽しい戦を始めようか」
呟いて、皇は操縦桿を倒す。機体は左右に動き、放たれたミサイルを躱してゆく。
ブレイクしそのまま雲海に自機を入れた神撫は、推力と高度を上げながらもう一度顔を出し、機首をヴァレスに向けた。
ヴァレスと皇は同じ小隊であるらしいのに、2人共全く手を抜く様子が無いのを見て、少し苦笑いを浮かべる。
「先行するんで、援護をよろしく」
ステファンは聞いていたのか、返事は無かったが、それきり何も言わずに神撫は速度を上げた。
レーダーから味方機の光が1つ消えたのを見つつ、ロケット弾を放つ。
「こういうのも、なかなか出来ない経験ですね」
本来なら、一緒に宇宙人の作り出した機体を追い掛ける筈の味方からロックオンされ、そのアラートを聞きながら、奉丈は気分が高揚していた。本来の目的を忘れてはいないが、本気のヴァレスと皇の空気に当てられている。
弾幕を避けつつ、奉丈のシーカーは敵機を探した。手前の神撫機は既に追っているが、彼はその奥を探している。
●増援
ステファンはしきりにレーダーを追っていた。もう味方機は1機減っている。
しかし5対2で数的優位はあるし、こちらにもKVはあるので、彼は教練通りに、状況を伝達しつつ、雲の上を飛び回っていた。
丁度、増援の3機が彼のレーダーに映ったのは、その時である。
「ドラゴン1より各機、5分以内にこの空域より、UPC機を排除する」
『ドラゴン2了解。そのために、我々はここに来たのですから』
伊藤 毅(
ga2610)に三枝 雄二(
ga9107)が答える。
『さぁ、どこまで対応できるか見せてもらいますわよ』
速度を上げた2機の横を、ソフィリア・エクセル(
gb4220)のライフルが飛んでゆく。その弾道を3人は追う。
上昇コースを取っていたステファン機は、左にロールしそのまま180度向きを変えて下降線を描くように、その弾丸を避ける。
『なかなかやりますわね』
『2より1、いい腕のパイロットです、少々骨が折れますよ』
ソフィリアと三枝が同時に声を上げる。確かに、情報通り腕は悪くないようだ。
この期に及んでも、ステファンは何時も通りだった。レーダーに伊藤ら3人の機影を認めると、すぐさま離脱指示を出す。
向きを変え、残った5機がフォーメーションに戻ろうとする際に、味方の輝点がもう1つ減る。もう1機は、伊藤と三枝の2機に追われ、振り切るように雲の中に消えた直後、その反応も消えた。
「各機、状況を」
高度を下げ、雲の上ぎりぎりを滑る。あっという間に残った味方はKV2機に減らされた。
『右翼に被弾。推力30パーセント低下。IRSTが死んでる』
神撫機から報告が入る。勿論嘘である。ダメージなど受けていないが、ステファンは気付いていない。
『エンジンに被弾、尾翼に――』
皇の声が途切れる。彼女のシュテルンが、F−16の真上に入る。
『ステファン殿!?』
直後、小さな爆発が幾つか起き、かくんと機首が落ちた。
『その御命、大事に‥‥な。‥‥生き延び為されよ。‥‥では‥‥先に、ゆくよ‥‥』
ステファンの目の前で、皇の機体は雲に没した。
『いい演技!』
皇を撃墜した事になっているヴァレスが、また声を上げる。
「次は、神撫さんの番ですね」
もう神撫機しか残っていない。奉丈は彼の機体をロックしたまま、トリガーは引かなかった。伊藤と三枝の2機が近づくのを見て、少し遠慮する。
伊藤機と三枝機はその編隊を崩さず、お互いがお互いをカバーできる距離を保ったまま、神撫機に迫った。
『くそっ、引き離せない』
神撫の声がステファンに届く。首を廻らせて、後方を確認すると、神撫のロジーナは伊藤の放ったマシンガンに、したたかに装甲板を叩かれている。
そのまま高度が下がり、雲の中に消える。神撫の機体もレーダーから消え、ステファンだけになった。
「これで、どうかしら? おしおきのフルコースですわよ?」
ステファン機が行く先に、命中させないようにロケット弾を叩き込む、という案外難儀な事を、ソフィリアはやってみせる。
「単独で飛ぶことを教えている戦闘教義はないはずだ」
今度は三枝。全部当たらないように掠められている。
「少々空をなめている節があるな」
伊藤の声がする。少し前から、全員の声が無線に乗ってステファンに届いているのだが、ステファンは気付いていない。
「この空を保つのに、どれだけの命が散ったと思う? どれほどの血が流れたと思う。俺達がいるのは、そういう犠牲の上にある空だ。‥‥それでもお前は、ここが、スロットルを踏むだけで来られる世界であると、本当に思えるか?」
ヴァレスだ。ステファンに、何か言い返す余裕は無い。いつベイルアウトするべきか、そのタイミングを計るので精一杯だった。
●ヘルメット
結局、直撃弾を受けた筈のステファンが、墜ちもせずそのまま飛び続け、撃墜されたと思い込んでいた味方機がまた揃うまで、彼は状況を把握できなかった。
この任務のからくりを知った時に、ほっとしたとか怒りが湧いたとかでなく、ステファンは全身の力が抜ける。
自分の手を掛けていた、黄色と黒の縞模様のレバーを何度も見返して、ようやくいつもの調子を取り戻し、コックピットから降りた。
降りた直後に、ソフィリアの半分脅迫のような笑顔を見せられ、伊藤には説教めいた事を言われる。
それからヴァレスに、笑顔で声を掛けられた。さらに皇にも呼び止められた。
どうも態度に変化が現れたようにも見える。神撫が、ステファンの姉の名前を出した時はまた苛立った態度を見せたが、以前ほど刺々しさは無い。
ひよっこをからかいたくなる奉丈と、よく喋る三枝が、バーに無理やり引っ張っていくのにも着いてきた。
どうやら、今までは何度誘っても頑として着いて来なかったらしい。
何をどう言われたのかは、ステファン自身はよく覚えていなかった。
彼の上官はマメな性格なのか、数日後、ULTを介してその後の顛末を報告する手紙が届いた。
性格なんて急には変わらないが、それでも変化が見られ、改善の兆しがあるらしい。同僚ともコミュニケーションを取り始めたようだ。
同封されていた写真には、ステファンのヘルメットが写っていた。
グレー一色だったそれは、バイザーの上にペイントが施され、「mischief」と書かれている。