●リプレイ本文
降下用のロープを掴み、キャビンから身を乗り出して、杉崎 恭文(
gc0403)は少し躊躇した。
「おいおい、こっから降りるのかよ」
思わず呟く。眼下で甲板を照らす小さな灯りが、ちらちらと明滅する。大きな船体は大きな波に洗われて、大きく揺れていた。
「超こええ」
下を覗き込む杉崎の横で、御剣雷光(
gc0335)がキャビンを蹴る。するすると滑る彼女の姿が、杉崎の視界で小さくなってゆく。
「ビビってもロープ放すなよ、掴んでれば甲板には降りられる」
杉崎の背中へ、ヤナギ・エリューナク(
gb5107)が声を掛けた。一度ヤナギを振り向いて、それからまた眼下の甲板へ、視線を戻す。
「なるほど、こええなんて言ってらんねーしな」
意を決したのか、杉崎は躊躇わず勢い良くキャビンを蹴った。
「甲板のほうが、海に落ちるよりはマシだしな」
最後に残ったヤナギは、杉崎が甲板に下りたのを確認すると、ロープを掴んだ。船は、まだ大きく揺れている。
●
数時間前。
ブリーフィングルームを出ると、窓の外は既に暗く、よく手入れのされた廊下の蛍光灯が妙に眩しく、冷たく灯っている。
OZ(
ga4015)は誰も居ない廊下に出ると煙草を銜え、「館内禁煙」の注意書きがあるのを確認した後、火を点けた。
「探るんだろ?」
OZの吐き出す煙に釣られて煙草を取り出した緋沼 京夜(
ga6138)は、禁煙のプレートを見て箱を戻す。
「依頼主の名前は聞き覚えがある。知人が大勢関わっている」
黙ったままのOZの背中に、もう一度緋沼は声を掛ける。
「妙だろ」
答えて、煙草を一口、深く吸い込む。
「なんで俺達に任せないんだ? なんで軍に通報でもしねぇんだ?」
くるりと緋沼へ振り向いて、OZはまた煙を深く吸った。
「‥‥公になっちゃ困るモノでもあるんだろう。俺達相手なら、イザとなったら処分すればいい事だ」
処分に幾つかのニュアンスを含ませて、緋沼は答えた。OZの想像通りなら――大方、想像通りなのだろうが――、見られて困るモノを処分すればいいし、或いは自分達を処分してもいいだろう。尤も、簡単に処分されてやる気は、緋沼には更々無いが。
「あ」
ドアの開く音がして二人が振り返ると、ブリーフィングルームから出るアンドレアス・ラーセン(
ga6523)と目が合う。
思わず声を上げてしまったアスは、二人をなるべく見ないようにして歩く。普段なら、二人共なんて事ない知り合いだが、今は何故か関わりたくない手合いだと感じた。アスの脳内で、アラートがけたたましく鳴っている。
「よう、アンドレアス!」
声と共に、腰の辺りを小突かれ、振り返る。と、OZのわざとらしい笑顔と視線がぶつかった。
「久しぶりだな。いつぶりだ?」
ここに来て、アスの嫌な予感は増大する。OZが何を考えているのか、探るようにゆっくり彼の表情を見た。それから、壁際にもたれて何も喋らない緋沼を見る。
「覚えてねぇな」
アスの脳裏にエドワードの顔が過ぎる。今日ほど自分が「素人」である事を呪った事は無いかも知れない。悪い予感しかしないと云うのに、このポーカーフェイスでも何でもない男の顔からは何も読み取れず、状況を打開する妙案も浮かばない。
返事をする代わりに、煙をゆっくり吐き出してから、OZはアスに向かって喋り始めた。
「知ってる事は全部話そうぜ? 情報は共有するもんだ、出し惜しみすんなよ」
アスは心臓を鷲掴みにされた。元々この仕事に違和感がある。PMCは幾度となく聞いた名前だ。妙な依頼主、妙な仕事。目の前のOZは何を知っているのか。何をしようとしているのか。
「‥‥何の事だ?」
アスが空とぼけるのは想定していた。OZはわざとらしく、口だけで笑顔を作ってみせる。
「こう見えても勉強家でな。過去の報告書は目通してんだぜ?」
今度はOZが、アスの表情を探る。
「‥‥独り占めか? 俺にも一枚噛ませろよ」
「そんなんじゃねぇよ!」
思わず強く反応してしまって、アスは少し後悔する。が、却ってそれが鷲掴みにされた心臓とぐるぐる廻る頭を落ち着けた。
「‥‥そんなんじゃ、ねぇ」
もう一度、トーンを落として言い直す。冷静になって、相手の言葉を消化する余裕が出来た。OZは一枚噛ませろ、と言う。OZが何を考えているかは知らない。知らないが、まだ利害が一致するライン上には居そうだ、とアスは確信した。
「‥‥ま、あんまカッカすんなよ」
OZは、アスからは何も出てこないだろうと判断した。挑発や誘導尋問程度に引っ掛らない精神を備えているか、或いはアス自身、本当の所はまだ何も、知らないか。
吸いさしの煙草をアスの左手に託すと、OZはそのまま廊下の先へ消えた。緋沼が一つ、アスの背中を叩いてから、OZの後に続く。
二人が消えた廊下の奥を見据えたまま、アスは大きく息を吸った。
一介の傭兵が嗅ぎ回った所で、どうにもならない。首に鈴を付けるべき相手の後姿が見えているのは、エドワードくらいのものだろう。それだって、確証が無いうちは人違いに終わるかも知れないのだ。
●
雪と風と、大きな揺れで、ただでさえ少ない甲板上の光はあちこちへ散って、灰色のコンテナの山の向こうに小さくぼんやりと灯っている。
灰色の中、コンテナの陰に御剣とヤナギは潜んでいた。
「初仕事なんだろ?」
声を掛けられて、御剣がびくりと反応する。彼女はコンテナから様子を窺う視線を動かさずに、「そうです」とだけ短く答えた。
「あんまり無理はすんなよ?」
「大丈夫です」
しっかりした声が返ってくる。どうも、無茶をしている類ではなく、元々そういう性格らしい。
「来ます、二人」
小さくヤナギに合図を送って、御剣はやおら立ち上がる。と、スカートの裾を掴むと、一気に腰まで引き裂いた。そのままコンテナの陰から出る。ほぼ同時くらいに、敵の持つフラッシュライトの灯りが、御剣を包む。
短くマズルフラッシュが光る。反応は御剣の方が速かった。懐に飛び込むと、右手のサブマシンガンを叩き落した。今度は足を叩き、甲板に倒れ込ませる。
銃声が鳴り、船体がぐらりと大きく揺れた。もう一人、健在であった敵の発砲が、御剣の二の腕に直撃を見舞う。船体の揺れで、射線がずれたものだった。殺意なき一撃。
向き直ろうとする御剣の横を、ヤナギがすり抜ける。振り上げた切っ先で銃を持つ手を跳ね上げると、そのまま刃を振り下ろした。どさりと、事切れた身体が甲板に落ちる。
ヤナギに意識が向いている間、御剣に倒されていたもう一人は、叩き落されたサブマシンガンに手を伸ばした。動きに気づいた御剣も、サブマシンガンへ手を伸ばす。
また、船が大きく揺れる。濡れた甲板の上を、9mmのサブマシンガンは滑って、敵の手に戻った。
短くバレルが鳴って、御剣の身体が弾かれる。バーストを切った間隙を突いて、御剣はその懐に飛び込む。
また銃は落ちた。今度は間髪を入れず、トリガーを引く右手に追撃を与えた。右腕が弾かれ、赤く染まる。
「怖いですか、死ぬのが。でも大丈夫ですよ、直ぐには殺しませんから」
嘲り笑う御剣を見て、ヤナギは少し呆れた。矢張り初仕事で突っ走っているのではなく、こういう性格であるらしい。
(「心配して損したぜ‥‥」)
剣を一度振り、血を払う。と、男の左手が動くのを、ヤナギは見た。
「左手!」
咄嗟に叫ぶ。御剣が状況を飲み込むより早く、男は腰の下から短剣を抜いて、御剣の腕を切りつけた。
御剣が飛び退くと、それに合わせるように、男は飛び掛る。
「こいつ‥‥!」
能力者か。確かに致命傷は与えていないが、それにしてはダメージが軽い。
もう一度振り上げられた短剣を、腕を犠牲に受け止めようとした時。
コンテナ越しに回り込んだ杉崎が、二人の間に割って入った。爪で、切っ先を受け止める。
「っし、間に合った!」
短剣が爪から離れて、もう一度振り下ろされる。隙を見逃さず、杉崎は左足を振り上げた。
「いくぜっ!」
左足の爪が、男の膝に入る。と同時に、振り下ろされた短剣は、杉崎の肩をえぐる。
今度は御剣の一撃が、男の腰をなぎ払う。弾き飛ばされた男は、コンテナへ強かに叩き付けられた。
「よし! 無駄な抵抗は――」
男に向かって喋り始めた杉崎に、今度は御剣が割って入った。
「奉げよ 命 今宵は殺戮の宴なり‥‥立ちなさい」
御剣はまだやる気であるらしい。腕を負傷した御剣と、全身にダメージを負った男とでは、勝敗は明らかである。
止めようとした杉崎はヤナギに制されて、次の目標を探してその場を離れた。
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操舵室は灯りが落とされ、携帯端末の液晶画面がぼんやりと光っている。
扉を開けて、緋沼が入ってくると、OZはモニターから顔を上げた。
「何か、見つかったか?」
緋沼の問いに、大げさに両手を広げて見せる。大した成果は無いらしい。
一つ溜息を吐いて、緋沼は連れて来た捕虜を無造作に床へ転がした。両腕を負傷しているのか、手を付く事もせず、ぐったりと倒れこむ。
倒れた捕虜の横にOZが座り込む。手に持ったライフルの先で、捕虜の顎をくいと持ち上げた。
「積荷は何だ?」
「知らない! 俺達がコンテナの中を検分する訳じゃない!」
抵抗を試みる捕虜を見て、OZは不敵に笑い、立ち上がる。と、緋沼が操舵室の端から、もう一人の捕虜を連れて来た。戦闘の跡か、だいぶ衰弱している。
「こいつも同じ事を言ってたな、隠すのはタメになんねぇぞ?」
捕虜を二人、隣り合わせに横たえてから、緋沼はポケットを探り、煙草に火を点けた。
衰弱しているが、意識はまだしっかりしているらしい。OZが今度は、そちらにライフルの銃口を振り向ける。
「船の行き先はどこだ?」
「グラスゴー」
声色は弱々しい。が、はっきりと答える。
「オーケー、じゃあ船主は誰だ?」
「そこまでは知らない」
「そうか」
返事をして、OZは何の躊躇いもなくトリガーを引いた。乾いた発砲音が操舵室に響き、捕虜はびくりと身体を震わせた後、動かなくなった。
「ちくしょう! 何て事しやがるんだ! 何が目的だ!」
残された一人が騒ぎ出す。
「静かにしろ」
近づいた緋沼が捕虜の顔を蹴り上げる。口の中を切ったのか、激しく咽て、捕虜は喋らなくなる。
「俺達は仕事で来ている。この船を襲撃しろって仕事だ」
諭して聞かせるように、緋沼が話し始める。
「まぁ襲撃されて当然だな、貴様ら全員、物騒なモノぶら下げて抵抗してくるんだからな」
そこまで話して、煙草を一口吸い込む。
「襲撃する相手の積荷、行き先。仕事をするに当たって、情報収集しようって事だ。合理的だろ?」
「そういうこった。さ、積荷は何か、教えて貰おうか?」
今度はOZが入れ替わり、ライフルの銃口をまた突きつける。逆の手で煙草を取り出し、捕虜の口に銜えさせると、ゆっくり火を点けた。捕虜の男はされるがままに二、三度吹かし、煙が立ち昇る。
「まぁ一服して落ち着けや。‥‥何もてめぇまで殺そうって気はねーよ。何なら俺らと組むか? 積荷を教えてくれれば、悪いようにはしない」
そこまで言うと、OZは捕虜の口から煙草を取り上げた。「喋れ」と云う事だろう。
「本当に知らないんだ! 本当だ! 信じてくれ!」
「そうか、そりゃ残念だ」
またOZは無造作にトリガーを引く。銃口を突き当てられていた額が爆ぜて、捕虜の男はふっつりと事切れた。
「クソが、碌なネタがありゃしねぇ」
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「もう二人、居る筈だけど」
そう言って、杉崎はきょろきょろと辺りを見回す。二人、とはOZと緋沼だ。貨物室に降りて、PMCの派遣したチームと合流を果たした。が、二人は未だ姿を見せない。
「ブリッジの中をまだ捜索してんじゃねぇの?」
アスが言う。ウッディは、集まった四人全員に等しくねぎらいの言葉を掛けた後、それきりアスと会話を交わしていない。何度か目は合ったし、互いに誰か認識しているが、アスが個人的に話し掛けたりしなかったので、「そういう事」なのだと理解し、今に至る。
「じゃあ、全員集まったら撤収だ。よくやってくれた。報酬は忘れずに受け取ってくれ」
「おっと」
部下に指示を出し、撤収を始めるウッドラムを、ヤナギが呼び止める。
「こんな夜中に、海の上まで悪党退治に来たんだ、連中が守ってたのは何なのか教えてくれても、バチは当たらないと思うぜ」
ウッドラムは四人に向き直って、喋り始める。
「武器、らしいぜ? なんでも密輸組織が使ってる船らしい」
彼の声は、コンテナの陰に潜むOZの耳にも届いていた。
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呼び出しが十コール程、電話の相手はようやく名乗る。
「ウッディに会ったぜ。何を企んでる?」
こちらは名乗らず、端的に言いたい事だけを言った。声と、それから内容で、誰からの電話か、察しは付くだろう。
「ああ、言えないなら、言わなくていい」
案の定、はぐらかされた。電話の相手は核心を喋ろうとしないだろう。けれど、電話の相手が何を企んでウッディを動かしているのかは、予想がつく。
「あんたがどんな汚い事してても、知った事じゃねぇけどな」
知った事じゃない。が、一つだけはっきりさせておかないとならない。
「何か分かったら、ちゃんと連絡してくれ」
『それは友人としてお願いか? それとも事件に関わった関係者として?』
「両方、だ」
『分かった、お願いなら、聞かないとならないな』
「オーケー、俺はこう見えて案外執念深いのよ、誰かさんみたいにな」