●リプレイ本文
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「この件は、あっしも動くとします」
遊郭の番頭である菩薩の神(神撫(
gb0167))は、あにぃから逸早く仕掛けの話を聞いた。
「相変わらず媚びるのが上手ですこと」
あにぃと人気を争うぴこの白薔薇太夫(ロジー・ビィ(
ga1031))は、普段のあにぃとの確執は脇へ置き、方々へ手配に走る。
「冬信尼さま、あにぃ姐さんから、書状を」
「あらあら。‥‥姐さんに、承知した、とお伝えください」
冬信尼、またの名は獄楽の冬(伊万里 冬無(
ga8209))は、遊女の出である。小姓から受け取った書状に二つ返事で応じると、いそいそと動き始めた。
「お天道様の下で真面目に商売している人は、報われないとな」
後家殺しの琥珀(Anbar(
ga9009))は、遊郭で女を侍らせている所を、すぐに菩薩の神に見つかった。
「‥‥話しは聞かせて貰いました、その仕掛け、僕も一枚噛ませて貰えませんか?」
ぴこ太夫の手配を聞きつけ、あにぃの屋敷を訪れた染物屋の星之丞(流 星之丞(
ga1928))が申し出る。
「御公儀とは‥‥今度の仕掛けは大掛かり‥‥ですか」
あにぃの屋敷から回収した丼の間に、的の名前を見て、満腹の炎西(夏 炎西(
ga4178))は呟く。
「絣さま! 番頭の神さんがお見えですけど」
「あら、今参ります」
花吹雪の絣(澄野・絣(
gb3855))は、彼女の勤める料亭で聞き込みを始めた。
「大掛かりな仕掛な事で。ま、あにぃ姐さんの願いとあっちゃ」
「義理立てなんぞしてないで、依頼料はたんと取っておくれよ」
あにぃの心配事に、飾り職人のくろの進(クロノ・ストール(
gc3274))は、彼女を見て可笑しそうに笑う。
「確かに、戴きました」
あにぃの屋敷で菩薩の神から置き薬の代金を受け取ると、一緒に的の名前を記した紙を確認して、慈悲の拓(蒼河 拓人(
gb2873))は頷く。
ぴこ太夫の手配を聞きつけ、もう一人。飛礫の恭也(火神楽 恭也(
gc3561))があにぃの屋敷に現れる。
「委細承知」
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丑三つ時。
仕掛けに向かう十一人。月夜が照らし、夜道にぼんやり影法師。
お天道様に見放され、この身を捩る恨みでも、夜道の影は見放さず。
きしきしと廊下が鳴き、障子の向こうから灯りが漏れる。
染物屋の星之丞は、廊下の角から現れた若い武家と目が合った。
「おい貴様、ここは御奉行様が借り上げておる。用の無い者は早々に――」
「御武家様」
星之丞は歩みを止めず、ゆっくりと進む。きしきしと廊下が鳴く。
「御武家様には、この人々のすすり泣きが聞こえますか‥‥」
「貴様! 世迷言を――」
武家が腰の刀に手を掛けるのと同時に、星之丞は素早く武家へと近づく。
画面が暗転し、スポットライトが星之丞と武家の二人を浮かび上がらせる。星之丞の襟巻きは宙を舞う大蛇のように、武家の首に巻きついた。
放り投げられた片側は、鴨居の上を通り、星之丞の手元へと戻る。
片膝をついた星之丞が襟巻きを引くと、武家の両足は廊下を離れ、もがく間も与えず、息絶える。
「また、罪に染まった染料を洗い流さなくちゃ」
悲しげに呟く星之丞。そして画面は元に戻る。‥‥画面?
強かに酔った浪人が家路へと千鳥足で向かう。その後ろで、鮮やかな白い和傘がぱっと花開き、くるくると回る。
浪人は気づいた風も無く、よたよた歩く。花吹雪の絣は草履の小気味良い音を立てながら、その背後を取った。
鷺草の花がぱっと閉じ、現れた刀身が月明かりを反射して、鈍く光る。
振り上げた傘に、月明かりがもう一度光り、絣はそのまま浪人の背中を袈裟懸けにした。
「き、貴様、何を‥‥」
浪人はよろよろと振り向き、絣の姿を見てようやく刀の柄に手を掛けた。
「理由は説明しなくても良いわよね。ま、見送りは私だけだけど我慢なさい?」
だらしなくはだけた衿を目掛け、絣は月明かりと返り血で光る鷺草を突き入れる。
画面が変わり、心電図の波形が、浪人の脈動を映し出す。
やがて、絣の突き入れた刀が急所に達すると、心電図はその波形を無くし、真っ直ぐなだけの線を引き始める。
返り血を掃って、絣の和傘は鷺草の花に変わり、また開く。そして画面は元に戻る。また画面か。
天井裏を音も無く歩いて、飛礫の恭也は声の聞こえる方向へと向かう。
光が漏れる箇所を見付け、そこに嵌められた板をゆっくりずらし、下を覗き込んだ。
「おい、どうした」
廊下が見え、男が一人倒れている。それを見付けた別の男が、声を掛けて駆け寄る。
うつ伏せに倒れる体を仰向けに返し、検分を始める男を、恭也は単筒を構えて見ていた。
男が骸の横から立ち上がり、声を上げる。
「曲者、曲者だ! 出会え!」
画面が変わり、単筒から放たれた先端の映像は、スローモーションで男へ近づく。
小さな破裂音に気づいた男がこちらを見て、それが何であるか、認識するまでの間があって、その間に弾は確実に男の急所へと迫る。
弾が急所を捉えると画面は暗転し、絶命し倒れ込む男の姿が映された。
「クッ‥‥あと一発か‥‥」
仕留めた後、自身の得物を見て恭也は呟く。
竹で設えられたそれは、耐久力が知れていた。そして画面は元に戻る。‥‥なんだよ画面って。
ぴこの白薔薇太夫は、廊下を楚々と歩く。屋敷のほうぼうが騒がしい。
「おい女!」
乱暴に呼び止められる。ぴこ太夫は遊女らしい艶やかな笑みを崩さずに振り返った。
「女、曲者を見なんだか。賊が屋敷に入り込んでおる」
「まぁ、それは大変なのですわ」
いつもの調子で答えると、男は「もうよい」と吐き捨て、ぴこ太夫から離れてゆく。
「お侍さま」
男の後姿を呼び止める。手にはいつしか、ぴこハンが握られていた。
「賊は存じませぬが、曲者なら存じておりますわ」
「なんだと! おい女、どこで――」
ぴこ太夫は一呼吸で男との間を詰め、そのぴこハンを振り上げる。
画面が変わり、男のレントゲン写真が映る。突然の事に驚く男の骨格は、振り下ろされるぴこハンを避ける事は叶わず、それを正面から受けた。
直後に、レントゲン写真の骨格は真っ二つに折れ曲がり、男はその場に崩れる。
「‥‥曲者なら、ここに」
ぴこ太夫が呟く。そして画面は元に戻る。おい画面いい加減にしろ。
屋敷の白壁に沿って、若い同心が歩く。月明かりに浮かぶ顔はほんのり朱が差して、やや酔っているようであった。
満腹の炎西はいつものように店を出し、いつものように寸胴で出汁を煮ていた。いつもと違うのは、客はまだ取っていない事。
「親父、一杯貰おうか」
酔った同心が、炎西に声を掛ける。「いらっしゃい」と小さく返事をして、いつものように丼を用意する。
「親父よ、も少し大手門のほうで商売したらどうだ、ここでは客もおらんだろう」
「いえ、お客はおります、このように」
炎西の声が背後から聞こえて、同心は振り返る。月明かりに炎西の影だけが浮かび上がり、同心はぎょっとする。
影法師の片手が振り上げられ、中華包丁が鈍く光った。
画面が変わり、同心のレントゲン写真が映る。首を中心にしたそれは、炎西の姿に驚いて、口をぽっかり開けている。
素早く肉まんを取り出した炎西は、それを放り投げると、中華包丁で同心の口目掛けて打つ。
肉まんのレントゲン写真は、レントゲン写真の口に入り、そのまま喉の奥にすっぽりと嵌った。
もがき、息絶えてゆく同心を見下ろして、炎西は呟く。
「此の世の食べ収め、で御座います」
そして画面は元に戻る。おーい、レントゲン二回目ですけど?
廊下の明かりが作り出す影を踏んで、飾り職人のくろの進は音も無く歩く。
屋敷はそこかしこで騒ぎが起き始めている。
「賊は?」
「まだ見ておらぬ! 一人、遊女がおったらしいが」
浪人が二人、刀を抜いたまま歩く。二言三言交わしてから、それぞれ別れて歩き始めた。
不調法に抜き身のままの刀で、どすどすと廊下を行く浪人の背後に、くろの進はそっと近づく。
廊下から縁側に出て、立ち止まりきょろきょろとし始めた浪人の背中を取ると、くろの進は簪を取り出し、手の中でくるりと持ち変える。
画面が切り替わり、浪人の首元がレントゲン写真で映る。
浪人がくろの進に気づく前に、彼は簪を振り上げ、それを首筋に突き立てた。
レントゲン写真に鋭利な簪が映りこみ、それは躊躇無く浪人の頚骨を貫く。
くろの進が簪を引き抜くと、鈴がちりんとひとつ、澄んだ音を立てた。
浪人はどさりと崩れ落ち、くろの進は冷たく骸を見下ろす。
「あんたこの鈴の音をどう思う‥‥あら、もう死んでやがるか」
そして画面は元に戻る。そろそろレントゲンはよくね?
屋敷をぐるりと回り込んだ裏手。月明かりが届かぬ勝手口に、後家殺しの琥珀が立っている。
中の騒ぎを余所に、しばらくそこに立っていたが、やがて勝手口の閂ががたがたと動き、扉が開いた。
「貴様、何者!」
「ご覧の通り、賊と聞いて罷り越しまして。ささ、こちらへ」
出てきた男に見咎められた琥珀は、十手を掲げ、目明しである事を示すと、その男は警戒を解いた。
「これは助かった。賊の手はまだ回っておらぬようだな、さ、早う案内いたせ」
「承知」
男を促し、琥珀は歩く。屋敷の外壁を廻って、人気の無い枝垂れ柳の下。
「ここなら、誰の目も御座いません」
琥珀は立ち止まり、匕首を抜く。
画面が切り替わり、心電図が映し出される。規則正しく打っていた男の脈は、立ち止まり匕首を抜いた琥珀を見て、跳ね上がる。
男が何かを喋る前に、琥珀は匕首を左の胸に突き入れた。数度脈が激しく跳ねて、やがて真っ直ぐの線を引く。
崩れ落ちる男の胸から抜いた匕首を懐に収め、琥珀は元来た道を戻る。
そして画面は元に戻る。‥‥心電図も二回目だけど。
襖を隔てた奥の奥。
獄楽の冬は、屋敷の騒ぎを余所に、ろべると屋を奥座敷に引き込んでいた。
「よいではないか、その方もそのつもりであったのであろう」
「なりませぬ、私は仏に仕える身‥‥! なりませぬー!」
冬の手練手管は、ろべると屋を見事篭絡し、冬の目論見通り、手篭めにされかかる所まで来ていた。
「その御仏が、そなたに遊女のような真似をさせて遣わされたと思えばよい」
抱きつくろべると屋をいなしつつ、冬は数珠を両手に用意する。
画面が暗転し、スポットライトが二人を浮かび上がらせる。ろべると屋の両手から擦り抜けた冬はスローモーションで動き、片方の手がろべると屋の首へ動く。
そのままくるりと背中に回りこみ、数珠が首に巻きつくと、冬はそれを締め上げた。
「だから、なりませぬと申しましたのに」
冬の手の中でろべると屋はしばらくもがいて、そのまま事切れる。
「御仏も貴方は救えぬ、地獄が似合いと申されておりました‥‥どうぞ、お心静かに」
恍惚とした表情の冬は、恍惚とした表情のまま、骸に手を合わせる。
そして画面は元に戻る。画面って映像媒体じゃね? これ文字媒体なんだけど。
えどわーど衛門のために設えられた座敷にも、屋敷の狼狽は伝わっていた。
浪人も側仕えも一人減り二人減り、人数は数えられる程に減っている。
慈悲の拓は、庭木の陰から座敷を窺い、息を潜めていた。
「御奉行様、勝手口から早う落ちられよ」
浪人の声に一度頷いて、えどわーど衛門は廊下へ向かって歩き出す。
同時に拓も静かに座敷に近づく。縁側の陰へ身を押し込んで、座敷を見た。一人残った浪人が、きょろきょろと忙しなく庭に目を走らせている。
拓は針を右手に構えると、浪人に狙いを付けた。
画面が切り替わり、浪人の全身を模した図が現れる。細かく分けられた体の部位が、まだ無事である事を示すように、緑に光る。
右手をしならせ、拓の手から針が離れる。針は真っ直ぐ浪人目掛けて飛び、その首筋に突き立った。
針の刺さった部位が、毒に冒されたのを示すように赤く変わり、その全身はあっという間に赤い光に侵食される。
「恐怖も痛みも苦しみも無く、安らかに眠れ‥‥」
そして画面は元に戻る。この展開はもう慣れた。
廊下に出たえどわーど衛門は、待ち構えていた菩薩の神と鉢合わせした。
「恨みはございませんが、あなた様のせいで泣いた人がございます。代わりに恨み、晴らさせて戴きます」
菩薩の神の声を聞き、えどわーど衛門は二、三歩後ずさる。
「で、出会え! 誰かあらんか!」
狼狽するえどわーど衛門に近づき、菩薩の神は両手を差し出す。
「いや、恨みは正直御座います‥‥しかしこれは夢の中ゆえ、申しても詮無き事‥‥ですが!」
画面が切り替わり、菩薩の神の両手がクローズアップされる。両手に握りこぶしを作ると、筋骨が不釣合いなほど盛り上がる。
そのまま両手で、えどわーど衛門の頭を押さえ、締め上げる。
声を発する間も無く、えどわーど衛門は息絶えた。
そして画面は元に戻る。やっと画面シリーズは終わりか。
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キセルの箱を後生大事に抱えるあにぃを見て、菩薩の神は顔を顰める。
「まぁた吸えもしねぇのに! 引き上げるぞ、置いてけ」
「堅い事をお言いでないよ。それにあたしゃまだ‥‥」
あにぃの縁眼鏡は、月明かりを集めて小さな薄明かりを作っていた。
「お天道様も出てねぇのに、馬鹿やってないで行くぞ」
まだ仕事らしい仕事をしていないあにぃと、痺れを切らせた菩薩の神の視線がぶつかり、あにぃの抱えたキセルの箱を取り上げ、その腕を引く。
「ちょっと! 止めておくれよ!」
逃れようともがくあにぃの前で、ようやく黒い煙がつうっと一筋、立ち昇る。
「あ」
「あ」
二人の声が重なって、煙は赤い炎に変わり、屋敷中をあっという間に焦がし始める。
突然目が覚めて、ベッドの上で上半身を起こした。暗い。時計の文字盤は午前三時十一分を指してぼんやり光っている。
丑三つ時って何時だっけとか、そんな事を考えながら、アニーは眠い目をこすり、ベッドから降り、スリッパをパタパタ鳴らしてキッチンへ向かう。
冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出して一口飲んで、ようやく意識がはっきりしてきた。
妙な夢を見た。ディティールは覚えていないけど、皆和服を着ていた。あと神撫が居た。何の夢だろうか。
ボトルを冷蔵庫に戻し、ベッドへ戻る。妙な夢は、再び目覚めた時には忘れているだろうけど、今のアニーには眠気が勝っていた。
夢に神撫が出てきたのは何回目だとか、そう云えば呼ぶときだけじゃなくて考える時も呼び捨て普通になってるなとか、他愛も無い事をぼんやり考える。
やがてそれも意識の奥へ消えてゆき、アニーはすうすうと寝息を立て始めた。