●リプレイ本文
無線から声が流れている。
『優雅な船旅の邪魔をするバグアには、ちょっとばかりお仕置きが必要だね。このボクが出るからには――』
綺麗な海。
アグレアーブル(
ga0095)はそう思っていた。
(何事も無ければ、クラウは喜んだのだろうけれど‥‥)
『華麗な勝利を演出するのは当然のこと。今回は更に、この海域で暮らす生き物たちの平穏を乱さないという縛り付きで――』
しかし、
「仕事、ね」
魚雷が爆裂し『スティレット』はまさに沈まんとし、旗艦の警報が鳴り響く中をKVが発艦してゆく。
(この辺りの海は初めて)
アグレアーブルは愛機の操縦桿を握りパネルを操作して、愛機を駆けさせると、自身もまた仲間達に続いて海中へと突入して行ったのだった――
『‥‥って、ちょっ、待って待って待って! 応答プリーズ! 置いていかないで!!』
急いでシステムを立ちあげた鯨井起太(
ga0984)もまた仲間達を追って甲板を駆け、愛機を宙へ躍らせると、海面より飛沫を上げながら、青の中へと潜行してゆく。
●
時は少し遡る。アグと起太が出撃する少し前。
アゾレス諸島から南におよそ千キロの洋上をゆく輸送船団。警報がけたたましく鳴り響き、その旗艦「パシフィック・コンベアー」もまた蜂の巣をつついたような騒ぎになっていた。
「はわっ! 敵の攻撃??」
船内を駆けつつクラウディア・マリウス(
ga6559)が言った。甲板へと飛び出し彼方を見やる。
「あ‥‥沈んじゃう!」
友軍のフリーゲートがその船体の半ばを海へと沈め、今まさに消えゆかんとしていた。
「クルーが投げ出された海で、魚雷が爆発なんかしたら‥‥!」
同じく甲板に出て来たシャロン・エイヴァリー(
ga1843)が言った。
クラウディアが叫ぶ。
「早く助けないと!」
「そちらは我々が、迎撃を頼む!」
船員が叫び、その言葉にクラウディアは反射的に何かを言いかけ、そして飲み込みぐっと胸のペンダントを握りしめた。
「わかった!」
敵がいる。確実に居る。ならば、自分は自分の役目をきっちりとこなさなければならない。
「頼んだ!」
クラウディアとシャロンは甲板を駆けると固定されている愛機へと乗り込んだ。
「‥‥この辺りの海域は、確か活火山帯だったな‥‥」
システムを入れると既に乗り込んでいたのか無線からホアキン・デ・ラ・ロサ(
ga2416)の声が聞こえた。男曰く、海底地形が複雑なため、敵の行動把握が困難になりそうだとの事。
「これは‥‥困りましたね。どう動くにしても微妙な位置で‥‥」
リュドレイク(
ga8720)もまた愛機のコクピットの中に乗り込みつつ言った。入って来た情報より脳内の図を展開し、考える。
敵軍、ワームを放った者の狙いは物資を沈める事だ、ろう、恐らくは。個々のAIをそう設定できるかどうかはまた別だが――だが、ともかく、狙いが物資であるなら、敵は三隻のフリーゲートを沈める必要は必ずしもない。では何故、沈めたか? 邪魔だったからだ。何故邪魔だったか? 発見されずに突破する事が不可能だった可能性が高い。若しくはAIの設定の関係。だがやはり、三隻全てのフリーゲートを沈める必要はなく、同様にKVを沈める必要もまたない。敵はKVを相手にしたくない筈だ。
故に定石として考えられるのは、フリーゲートを沈めた側は囮で、護衛達や船団の注目をそちらへと集めさせておき、逆サイドから忍び寄って本命である貨物を沈める、というパターンだろう。だが敢えてそう見せかけ各個撃破を図るかもしれないし、そもそもバグアの連中は何を考えているのか解らない節もある。
どう動くべきか。最善への道筋が見えない。
「大丈夫‥‥先手を取られはしたが、冷静に対処すれば挽回は可能だ」
ホアキンはそう言った。今やれる事を一つ一つこなし状況を把握しつつ態勢を立て直す。焦ったら負けだ。
「そうですね」
リュドレイクは頷く。傭兵達は手早く動きを打ち合わせる。
「とにかく、一旦上がって様子を見て来ます」
「頼んだ」
対潜攻撃が出来る航空兵器は貴重な戦力だ。グリフォンが甲板を駆け空へと上がってゆく。
「OK、準備は万端、いつでも行けるわよっ」
リヴァイアサンに搭乗したシャロンが言った。
「了解。クラウディア機、発艦しますっ」
無線に応えてクラウディア。ブリッジより発艦を許可する、との報が入る。
「いくよバトちゃん!」
アルバトロスが進み、かくてその視界は海中へと沈んでいったのだった。
●
青い海だ。大西洋の海中。今は三十mの先も見えない。ソナーが頼りである。
「まずは何より索敵を行わなくちゃ始まらないな」
既にスティレットが落とされた現状では隠密性を保つ意味はほとんどない、と起太は思う。
(むしろアクティヴに発信して、KVに喰らいついてもらった方がやりやすいかな)
男はそう考え、アクティヴソナーを打つ、打つ、打つ、敵は、何処だ?
空に舞うリュドレイク機はフランベルジュより旗艦側へ100m程度の位置へとソナーブイを射出した。味方各機とデータリンクし、その目とならんとする。
アグレアーブルは攻撃を受けた面だけでなく全周をカバーするように警戒している。全周はなかなか難しい。特に下を抜けられぬように深くもぐって、そちらを張る。ホアキン機もまた貨物船の周囲を僚機とカバーしあうように警戒している。
シャロン機はブーストを発動させてフランベルジュへと向けて移動し、クラウディア機は通常機動で旗艦とフランベルジュの中間を目指し移動。
ソナー、反応が帰って来る。今回リュドレイクが射出したソナーブイの効果範囲は円を描いてキャッチする。一方向ではない。スティレットの彼方に比較的遅い反応が二つ、それと合わせて船団を囲むように光点、逆サイドに二つ、その間の左右に一つずつ、他よりやや距離を取って斜め下方、深い位置より迫るのが一つ、合計七機。スティレットの側、高速で動く光点が二十四、KVではなく『フランベルジュ』へと近づいている。速度からすると魚雷か。
「アグ、起太、こっちは始まったわ。そっちは任せたわよっ」
シャロンは魚雷に対してフランベルジュの盾となる位置を目指しブースト機動で前方へと急ぐ。ソナーからの情報を元にエミタAIが3Dのイメージ図を脳内に描き渡す。魚雷の軌跡を予測し前進しつつガウスガンでフルバースト、薙ぎ払う。海中でライフル弾が嵐の如くに解き放たれ水を裂いて飛び、魚雷を次々に捉え撃ち抜いてゆく。爆裂。魚雷が割れ爆ぜ海中に猛烈な爆発の嵐が連鎖して広がってゆく。光が六つ、爆発を背に高速で抜けて来る。全部は落とせなかった。合わせる。ガウスガン、ガコリと嫌な音が鳴る。弾切れ。魚雷はフランベルジュへと向かっている。
「ここから先は‥‥私が通さないわよ!」
前進の勢いのまま機体を魚雷の前へと躍らせる。光点の軌道がずれてシャロン機へと向かって来た。フランベルジュへのガード、間に合った。シャロン機、ぎりぎりまで引きつけて回避。六発の魚雷が急角度で曲がる。四発は回避したが二発の魚雷がシャロン機の付近まで寄り猛爆を巻き起こした。破片と衝撃波がシャロン機へと襲いかかりその装甲を削り凹ませてゆく。
「ッ‥‥高い機体なのに、壊したらまた整備に睨まれるじゃないのっ」
愚痴が洩れるがワームは知った事ではないので容赦なく猛射。再び二十四連発。今度は最初からシャロン機を狙っている。他方、リュドレイク、反応パターンから敵の種類を予測している。
(敵機種は――なんだ?)
完全な水中機ならまだ良いが、機種によっては浮上して水面攻撃、空へ飛び上がって空中戦に移行等の反則じみた動きをする。敵機は恐らくスティレットの側のものが多少動きが速いがマンタワームか? 他サイドの四機はかなり早い。恐らくメガロワームだ。今の所浮上してくる気配はないが、飛行能力のあるマンタから潰した方が良いか。増援を警戒しつつ、シャロン機と攻防を繰り広げているマンタワームの上へと距離を詰めてゆく。
アグレアーブル機、ホアキン機、起太機、クラウディア機は水中を展開中。高速で迫る光点が外周に居たカッツバルゲルへと集まり爆発音を上げた。盛大な水柱を吹き上げ真っ二つに折れて沈んでゆく。既に囲まれて攻撃に入られている模様。撃沈。
「フランベルジュ、救助が完了次第、この海域を離脱するわ――カッツバルゲルもよね?」
『無論だ』
シャロン、無線からの返答を聞きつつ迫り来ているであろう魚雷を撃ち落とさんとガウスガンをリロード。ソナーが乱れている。相対距離三〇程度、水の彼方に影が見えた。迫り来る魚雷は再び二十四発。反射的にライフル弾で薙ぎ払う。近距離で十二発の魚雷が撃ち抜かれ次々に爆裂を巻き起こしてゆく。さらにシャロン機へと迫る十二発のうち三発をフランベルジュの対潜砲が咄嗟に爆裂させた。残り九発。シャロン機、素早く機動して六発は回避。三発の直撃を受けて猛爆に巻き込まれた。装甲が軋む。凌ぎ切れるか。リュドレイク機、空より海面へと着水、そのまま一気に潜る。水鳥の如きKV。獲物を狙うように機首を向けガトリング砲を猛射。解き放たれた弾幕が海中を切り裂いて飛び、次々とマンタワームへと襲いかかってその装甲を削り取ってゆく。
他方、包囲するように四機が迫り――ソナーブイがあるので既に捕捉されているが――忍び寄るように一機が下方から迫る。うち一機はカッツバルゲルへと仕掛けたので遅れているが、他のワームは三方よりのメガロワームは最も近い標的へと魚雷を放ちつつそれを追いかけるように、海中を矢の如く猛進して来ていた。
「貨物船はやらせないよ」
起太、寄って来たメガロワームへと向けてスナイパーライフルで発砲、即座に続けざま熱源感知型ミサイル――は敵魚雷に吸い寄せられそうなのでホールディングミサイルを四連射。海水を切り裂いて飛んだ弾丸がメガロワームに激突してその装甲を穿ち、誘導弾が鮫型ワームを捉えて四連の大爆発を巻き起こす。引き換えに四発の魚雷が彼方より起太機へと高速で迫り来て付近で爆裂の嵐を巻き起こした。ノーガード殴り合い。
(こう言っちゃなんだけど船団の規模を考えても、敵が決死の突撃をかけてくるとも考え難い)
鯨井起太、さりげなくそんな計算をしている。
(初手からゴリゴリ削って、割に合わない相手だと判断してもらえれば早めのお帰りを願える――筈!)
近付かれた分だけ、万が一の事態を招く可能性が高い。早期の撤退を促す為にも全力攻撃だ。
相手の弱気に期待すると死ぬぜ! がデフォルトな戦域はアジアやグリーンランドでは偶に良く見られるがここらの戦域の場合はそうでもないか? 相手が変われば有効なやり方は変わる。この戦域のバグア側はどんな者達なのか。刀一度抜からば己が死ぬか貴様が死ぬか両方死ぬか三つに一つよ、的な仕掛け方はあまりやらないだろうか? で、あるなら、ワーム七機を沈めてまで沈めたい規模でもないのは確か。
ホアキン機は二機から迫る八発の魚雷に対し、エンヴィー・クロックを発動、エンジン出力を瞬間的に増大させて踊り出る。海底はちょっと遠いのでそのまま魚雷へと狙いをつけガウスガンで猛射。ライフル弾を次々に命中させて八発全てを叩き落とし行動力に物を言わせてホールディングミサイルを六連射、高速で飛び出した六発の水中用誘導弾は突き進むメガロワームの鼻先へと突っ込み、次々に爆裂を巻き起こして強烈な衝撃を与えた。
下方から浮上してきたメガロワームへはアグレアーブル機が対応している。攻防を兼ねてホーミングミサイルを撃ち放ち、放たれた魚雷をガウスガンで迎え撃たんとする。ミサイルが魚雷に反応して向かい爆裂を巻き起こし一発を沈め、三発の魚雷が抜けて来る。アグレアーブルはガウスガンで薙ぎ払って爆散させた。
クラウディア、シャロン機側、なんとか防げそうか? 現状では防いでいる。他へ回るべくアルバトロスを旋回させ、カッツバルゲルを沈めたメガロワームへと前進。
シャロンはフランベルジュの砲と共に魚雷を二発撃ち返し、ガウスガンで二機からの魚雷を防ぎ、かわし、受けている。リュドレイク機は着水攻撃を継続、ガトリング砲でワームを削ってゆく。囲みを突破して脱出という運びにはまだなりそうもない。起太機は誘導弾と魚雷を激しく交換している。敵は近い位置から撃ってくるようだが、その射線が旗艦側に向かないよう、敵味方の位置取りを計算して立ち回っている。アグレアーブル機はガウスガンをリロードして魚雷を打ち落としている。フランベルジュが救助を終え離脱を開始したら攻勢に出たい所だったがそれは恐ろしく先の未来のように思えた。人員の救助は現在のペースだと十秒二十秒で終わる作業ではなさそうだ。ホアキン機も同様にガウスガンをリロードして魚雷を落としつつも高速で狙いをつけて水中用ミサイルを二発撃って弾切れ、蒼い燐光を発しつつフォトンランチャーを解き放つ。光が海中を貫いてメガロワームに強烈な打撃を与えた。クラウディア、敵機の接近を最も警戒している。近寄らせぬようにホールディングミサイルを六連射。水中を高速で誘導弾が駆け、突撃して来る鮫型のワームに突き刺さって大爆発を巻き起こした。あちらからも四発の魚雷が来てアルバトロスへと爆裂を浴びせかけてゆく。
そのまま突っ込むかに見えたメガロワーム達だったが、傭兵達の守備が硬く反撃が熾烈なのを見るとクルリと機首を翻していた。それを受けてマンタワーム達も機首を返し海底へと潜行するようにしながら逃げてゆく。
射程内に居る敵をただ見送る道理も無い。傭兵達はその背へと追撃を放つ。ホアキンがリロードしつつ連射したフォトンランチャーの光がメガロワームの一機を大破させたが、他には逃げられた。
フランベルジュがスティレットとカッツバルゲルの船員を救助し終えると、船団はその戦域を離れた。
傭兵達はフランベルジュと共に貨物船を守りながら目標地へと向かったのだった。
かくて船団は二隻のフリーゲート艦を失ったが三隻の貨物船は全て無事に守り切り目的地である港へと辿りついた。出血が多大になる前に退いたバグア側の損害は一機であり、船団側とほぼ痛み分けの結果といえよう。
了
(代筆 : 望月誠司)