●リプレイ本文
●ひらりひらり
「立派でしょ!」
「ああ、すごいかもしれない‥‥」
薬袋音(gz0033)に連れられてついた先。
そこには確かに満開の桜の木があり、素直にバルトレッド・ケイオン(gz0015)も言葉を漏らす。
「お、見事な桜だ。春と夜桜。これが揃って花見をしないのは、日本人として失格だぜ」
瞳を細め、ゆるく笑みを浮かべて黒桐白夜(
gb1936)もまた桜を見上げる。
夜闇の中に薄いピンク色がほわりと浮かぶ。
鼻先に一枚ひらりひらり。
「わわ、綺麗ですねー」
ひらりと落ちゆく色を掌に載せレーゲン・シュナイダー(
ga4458)ははにゃりと微笑んだ。
「星空も近いし、地上で見る桜とは一味違って乙なもんだねぇ」
「花見‥‥か、産まれて初めてだな、そう言えば」
もともと兵舎のメンバーで花見にいこう、と計画していた桂木穣治(
gb5595)は呟く周太郎(
gb5584)の肩をぽんと叩いて楽しめよとにかっと笑う。
同じ兵舎の仲間である穣治らに誘われやってきた龍鱗(gb5585)とクーナー(gb5669)もそこにある桜を見上げた。
それにつられるように、叔父である穣治の後でLHにまだ来たばかりの弥谷明音(gb5578)と弥谷清音(gb5593)も手を繋いで桜を見上げる。
「夜桜ですか、きちんとした夜桜での花見はこれが初めてですかね?」
「あらあら、そうなんですか、弓姉さん」
加賀 弓(
ga8749)と加賀 円(gb5429)も並び見上げる。
弓に折角だから誘われて花見にやってきた円。
目の前にある桜をみれば来てよかったとやはり思うものだ。
「賑やかなものだな‥‥」
ふと、準備の喧噪をみつつ秋月 祐介(
ga6378)は呟く。
少し時間がたてば独り思案にふけることもできるだろう、と思いながら今はこの輪へと入ってゆく。
「はは、花見ということで、酒はとっておきを持って参りましたよ。それと紅白饅頭にお酒が駄目な人には甘酒を‥‥」
そしてこの賑やかさにガイスト(
ga7104)は瞳を細める。
知った顔もあり、なかなか楽しげだと。
「お弁当、ちょっと気合を入れてきたんです。見頃の桜‥‥不謹慎かもしれませんけど、こういうのも大事、ですよね」
石動 小夜子(
ga0121)の言葉に新条 拓那(ga1294)はそうだねと頷く。
こうして穏やかに、拓那といられること、それが小夜子には嬉しくあり、また拓那も同じように思う。
「しかし、大所帯になったな。これは土産だ。皆で喰おう」
準備の様子を見つつ、藤枝 真一(
ga0779)は重箱をとんとおく。そしてその隣では大きな犬がちょこんとお座りしていた。
その隣で天道 桃華(
gb0097)はよいしょと大きな荷物を下ろした。
それはこたつむり。
「おおお、持ってきたの、すっごい!」
「寒いって聞いてたからね! こたつ〜、こたつ〜、防寒対策ならこれが一番」
一生懸命持ってきたのだが、桃華は大事なことを忘れていた。
それは電源。
「‥‥電源、ないですよ?」
「え、あ、あー‥‥そ、その辺の自販機の電源引っこ抜いて拝借を‥‥だめ?」
「そうなると思って自前の自転車発電機を持ってきた。ほら、桃華」
真一がセットし、こたつむりに入れば桃華がしゅばっと寒い中ブルマと体操服に着替えて漕ぎ始める。
「ふー‥‥こたつはいい」
「って、あたしが漕ぐ方っ!?」
えいえいと漕いでいたがすぐさま桃華は真一へと突っ込みをいれ、そのコートへと潜り込んでゆく。
そんなこんなでわいわいしつつ、持ち寄ったものをなれべて。
「シート敷いて、お弁と並べて、甘いものとか甘いものとか甘いものを並べて。終わったよー! さー、お花見お花見!」
持ち寄ったものを並べ、手には飲み物を持って。
乾杯をすればお花見の始まり始まり。
●おいしいものがいっぱいです
「いただきますっ」
「おいひぃ‥‥っ! 栗きんとん好きー」
並べられたお弁当の数々。
それらを無礼講、とつつきあえばそのおいしさに笑みがこぼれる。
「拓那さん、どうぞ」
小皿に自分の作ったものを取って、小夜子は差し出す。
そこには稲荷寿司と鳥の唐揚げ。
「唐揚げ! 空には桜花、目の前には好物、隣には大好きな小夜ちゃん。至上の幸せってのはこのことだね♪」
好物の唐揚げと、隣の小夜子と、拓那の表情は緩む。
そして小夜子の表情も、恋人に手料理を一口一口と食べてもらうたびに幸せの色に染まってゆく。
「ん、甘い卵焼き‥‥これはレーゲンのか?」
「美味しく出来た、と思いたいのですが‥‥ど、どうでしょうか」
ドキドキしつつ感想を待つのはレーゲン。お菓子作りは趣味だが、料理はまだまだ勉強中なのだ。
「わ、よかったです。司令官もよかったら食べてくださーい!」
「はい、いただきますね」
久しぶりに会えば嬉しいもので、話も弾む。
そしてお酒が入れば気持ちはやわらかくなって。
「‥‥ところで、真一さん。そこにきちんとお座りしている犬は‥‥」
「以前拾った仔犬だ。餌がいいのか、スクスク育ってな。名前はバルトレッド、よろしくな」
それを合図にか、わん! と一声鳴いてバルトレッド(犬)はバルトレッド(人)にじゃれつき舐めまくる。
「え、ちょ、突っ込む暇もなくっ」
「バル公、そんなの食べたら腹壊すぞ」
「私も遊ぶ!」
と、じゃれつきあいをみて羨ましくなったのか桃華も突撃する。が、自分より体格の良い犬に弾かれてします。
だが一度のそれでめげるわけなく、桃華は果敢にそこへと突っ込んでいくのだ。
そんな様子の中、じゅーっと良い音と、良い匂いが流れてくる。
「ほわっ、いいカホリ!」
周太郎が下準備をしっかりとし、そして穣治が作る。
鉄板奉行たる穣治。今、その手には料理道具ではなくてお酒。
「酒を煽るのは良いが、包丁には気を付けてくれよ」
「へいへい、わかったよ」
わかったと言いつつ、ぐいっとあおる。
いい気分の穣治を明音と清音は手伝い、焼きそばを作り始める。
クーナーも手にしていたココアを一度おいて、その手伝いを始める。
その隣ではたまねぎを大量に持ち込んだ龍鱗がオニオンリングを作り始めていた。
「しばらく待っててくれな! ソース香ばしいいい焼きそばがすぐできるから」
素敵な焼きそばができるまで、お弁当をつつく面々。
それぞれの作ってきたものの味を楽しみつつ、だ。
おいしいものもあれば、ぱっとみて恐怖に値するものも、ある。
「ちょ、ちょっとだけ見た目が‥‥ね」
「‥‥うん、可愛い女の子が努力して作った、それだけで、十分だよな」
白夜は桃華の弁当を見、視線をそらし酒を飲んでごまかす。
そして、この弁当が向けられた相手はと言えば。
「悪いな桃華‥‥俺はまだ死ぬわけにはいかないんだ」
キリリとした顔でバルトレッドを盾にした、がそうは問屋がおろさなかった。
「えー! 愛情たっぷり弁当は食べなきゃダメでしょ!」
「そうです! 食べなきゃ!」
「ええ、お召し上がりになるべきです」
「そうですね、急なお花見でも作ってきてくれたんだから」
女性陣が、強かったのだ。
「シンちゃん!」
「ということで‥‥真一さん」
お召し上がりになりました。
愛があれば、味なんて‥‥やっぱり味は大事かもしれない。
「加賀さんの和食お重もレグちゃんのジャーマンポテト!」
「まだある。これで良ければ食ってくれ」
周太郎がさっと差し出したのはおでん。少し寒いところには嬉しいものだ。
そしてできあがった焼きそばがどん、とやってくる。
「可愛い子にはサービスだ」
「っわーい!」
目玉焼きののった焼きそばに喜びつつ、料理は一区切り。
穣治らも話題の中に入り、酒も進んでいく。
「日頃の恩返しだ‥‥たっぷり食べてくれ」
そっとレーゲンにガイストは重箱を差しだす。そこにはじゃがいもの味噌煮があった。
ガイストにとってレーゲンは息子の義手のメンテナンスを手伝ってくれる恩人なのだ。
「‥‥お味噌とごま油がほんのり‥‥!」
そのおいしさに目を瞬いて、幸せを感じる姿をガイストはまるで娘を見守るような優しい眼差しで見つめる。
「このお酒、おいしいですよ。バグア殺しというお酒で」
「お、いいね」
祐介が差し出した酒をぐいっと。白夜はその酒の味を楽しみ、また自分が持ってきた日本酒も勧める。
「どうですか?」
「お酒どころか炭酸も苦手で、舐めるぐらいしか飲んだことがないですね。それで飲んだことがあるのかと聞かれると返答に困りますけど、あの舌にピリピリするような感覚が苦手で‥‥でも少し」
と、弓が口に運ぶ。一口、こくりと飲めばくすくすと、今までと変わらぬテンションで笑い始める。
「あら、笑いが‥‥」
弓はどうやら笑い上戸、のようで。ごく少量でもその笑いが止まらなくなる。
それぞれでお酒も飲んでと楽しむ。もちろん未成年たちはお酒でなくジュースやココアを飲んで。
そして話題が子供のことになると。
「見る? 見ちゃう? 俺の子供、本当にかわいいんだ」
穣治は嬉しそうに、わが子の成長アルバムを取り出し喜々と語り始める。
あわせて傍らで、甘いもの天国も始まっていた。
「紅白饅頭、紅‥‥!」
「わ、音さんゲットおめでとう! 食いはぐれたらって私も持ってきたんだけど」
「食べる食べる! それにスイートポテトもかわいい」
「5つ寄せると桜の形になるですよ」
ちゃちゃっと寄せれば桜の形。そのかわいさと味と両方を楽しめるスイートポテト。
おいしいお弁当と、お酒。
そしてそのあとで甘いもの。
至れり尽くせり、満足印。
●ゆるり、と
お腹も満たされ、それぞれの時間を楽しむ余裕も出てくる。
小夜子と拓那は肩を寄せ合い、少し離れて二人の時間を感じる。
そっと寄り添い寒さを二人で和らげあうのだ。
静かな時間を二人で感じるものの言えば、一人で感じるものもいる。
「全ては虚無‥‥泡沫の三文芝居・道化芝居、そう割り切っていればいい‥‥ただ、それだけの事だろう、祐介?」
祐介は少し離れ、一人落ち着ける場所で夜桜と月を愛でる。
「難波江の 絶えぬ流れと 悟れども みをつくしても 在らむとぞ思ふ‥‥やれやれ‥‥ここに来て‥‥か」
詠み終わり、ふと言葉が漏れる。
それは自分の心の在り方に苦笑するようにだった。
「振り払ったつもりだったんですがね‥‥」
自分では振り払ったつもりだが、まだ心の中にあるものを知る。
祐介は虚空を見つめ、その視界の中に花びらが落ちるのをただただ、受けとめた。
ゆっくりと流れる時間に自分の思いを重ね、見つめて行く。
大事な時間を祐介は得ていた。
そしてまたレーゲンも一人、夜桜に想いを馳せていた。
見上げた空は暗夜、その中に月が高々とある。
空は繋がっているから、忙しくしているであろう彼も何処かで同じように空をみていれば、と思う。
桜の気を見て、心を癒してくれていればと思う。
流れた風に頬を撫でられ、レーゲンは瞳を閉じた。
どこにいても想っていると、深く思う。
「‥‥こうして、黙ってれば可愛いんだがな」
「何か言った?」
「何にも」
桃華を膝の上に乗せ、真一は桜を見上げる。
頭を撫でる手に桃華は瞳を細め、どこか嬉しげだ。
「シンちゃんのコートの中、こたつむりよりあったかいかも」
「そうか」
いつも夫婦漫才な二人も、今この時はしっぽりと。
「まちがってまたお酒飲んじゃったわ‥‥」
くすくすと弓の笑いはまだ止まらない。
弓が飲んだところを見るのはこれが初めてだ。
ちゃんと潰れてもつれてかえりますからね、と円は微笑む。
「大丈夫、潰れたりしないから」
どこか陽気な声と笑いと。
その雰囲気が心躍るものなのだ。
●宴の終わり
「さって、そろそろ良い時間だね」
楽しい時間は過ぎるのは早いもの。
もちよったお弁当の中身はほぼから、そしてお酒も尽きてくる。
良い気分で見上げる桜の姿は変わらないが、ずっとこの場所にとどまるわけにもいかない。
今日のお花見は休息で、まだ向かう場所が自分たちにはあるのだ。
ほろ酔いのものも、しゃっきりのものもそれぞれ片づけを始める。
「大方片付いたな。さ、帰るか」
「まだ命の水がたりないぞー」
「帰ってまたゆっくり飲むといい」
周太郎は絡む穣治をなだめつつかわしつつ腕をひっぱり立たせる。
龍鱗とクーナーはその様子を見つつ、まとめた荷物を持った。
「楽しい時間はあっという間だったな」
「一つ楽しい思い出ができたわね」
「うん」
弥谷姉妹は手をぎゅっと繋ぎ微笑みあう。
そして花見を楽しんだ面々におやすみなさいと挨拶をして、彼らあ帰ってゆく。
それを手を振って見送ったレーゲンはふととあることを思いつき花びらを手にする。
「お土産に桜の花びら‥‥持って帰ろう」
ひらりと落ちた花びらを一枚、二枚、と今日の思い出に。
「拓那さん」
「帰ろうか、小夜ちゃん」
小夜子と拓那は手を繋ぎ、肩寄せ合って歩み始める。
桜の花びらが、二人の絆がいつまでも続くようにと降る中を。
「ふふふ、楽しいお花見でしたね。また来年も、来れるといいわね」
「あらあら、弓姉さん、しっかりしてくださいな」
「大丈夫よ、私しっかりしてるから」
くすくすと笑いながら弓は言う。
弓からまだお酒が抜けてないのは明らかで、多少ふらつく足を円が支えつつになる。
「シーンちゃん」
「ん、ああ」
差し出された手があればそれをとる。
真一と桃華も手を繋ぐ。手を繋げば桃華はそれをどこか嬉しそうに少し揺らした。
「白夜、だったな」
ガイストは帰ろうとした白夜を呼びとめる。
「‥‥お前に、これを」
少しの沈黙の後、握られたガイストの拳が差し出される。
白夜がなんだろう、と手をだせば、そこにそっと置かれるものが一つ。
「‥‥っ」
煤けた白い布の中を見れば、そこにあったのはここにあるとは思わなかったもの。
「俺も‥‥あの白く焼けた夜を覚えている‥‥」
布の中で鈍く光る形見の指輪がそこにあった。
言葉がでてこない白夜は指輪とガイストとを交互に見る。
「いつか出逢えると信じて、持ち続けて良かった。もう1組は別の場所にあるが‥‥いずれ、な」
言い終わり、背を向けるガイストの口から呟きが漏れる。
「お互いに傭兵だ‥‥巡り逢う事もあるだろう‥‥その時はまた、言葉を交わそう」
その呟きは白夜に向けてなのか、自分に向けてなのかひとひらの花びらとともに落ちる。
ガイストの背中を見ながら白夜は手の中にある指輪をぎゅっと握る。
どうしてガイストがこれを持っていたのか。
何故今、この時、これを渡されたのか。
頭の中は疑問だらけで気持ちも頭も突いて行かない。
何も言うことができずその背を見送って、しばらく動けないままだった。
「? 黒桐さーん、帰るよー、桜に最後みとれ?」
「ん、あ、今いく‥‥」
ゆるゆると歩む。
すでに見えぬその背を追うかのように。
ひらりひらり。
大樹より落ち行く花弁は、これからを紡ぐものたちの思いをともにのせて。
そしてこれからの道行きに降り想いを重ねていく。