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焼肉。
そして食べ放題――それは人類永遠の好敵手である。
「それでは皆さんっ、ガンガン食べましょおー!」
グラスを掲げる、薬袋音。おうと歓声が挙がって、彼等は一斉に箸を割る。
「美容も気にならない訳ではありませんが‥‥」
熱い金網の上でじゅうと音を立てる肉。箸で肉をひっくり返しながら、リゼット・ランドルフ(
ga5171)はにこりと笑みを浮かべた。その片手の冷たいウーロン茶には、からんと氷が浮かぶ。
「有難う御座いました、同道させて頂いて‥‥」
「ううん、良いの。気にしないで」
リゼットの言葉に、音が笑みを浮かべる。
まぁ実際、参加者の何名かはバルトレッド・ケイオンを引きずる事に協力した。席を共にするのは自然な流れ。
「どうしてこうなったんだ‥‥」
小さく溜息を付き、肉を眺めるバルト。
彼の隣に腰掛けて、神森 静(
ga5165)がにっこりと笑いかけた。
「お久し振りです。沢山集まったみたいですけれど、お財布は大丈夫ですか?」
「まぁ、20万Cはありますから」
「そう? けれど、私は自分で払うから、気にしなくても良いわよ」
タン塩にレモンを絞る、静の細指。
「そうですね、バルトさんの手持ちだけで足りないようでしたら、私からも支払いましょう」
小さく頷き、顔を向ける美環 響(
gb2863)。
「え? 奢らせれば良いのに」
「少なくとも、自分達の分ぐらいは、払いますよ」
音の言葉に微笑んで、彼は指の隙間から花を取り出す。
今までどこにも無かった空間から現れた花。手品だ。
「えぇ、必要以上に人様を煩わせる訳には参りませんわ」
響の隣、揃って肉に箸を伸ばす美環 玲(
gb5471)。その所作、顔つき等、纏う雰囲気があまりに似ていて、響と玲、二人の顔を見比べ、フォル=アヴィン(
ga6258)が首をかしげた。
「ご兄妹‥‥でしょうか?」
「それは秘密です」
その答えは、そして何故秘めるのか、それは二人だけが知る。
「A secret make a woman woman...」
皆、思い思いの肉を焼く。皿から網へ、網から皿へ。肉類は次々と移動していく。
「ご自分で払われるのですか?」
藤枝 真一(
ga0779)の問い掛けに、響はこくりと頷く。
逆に、アナタはどうするかと問い掛けられて、彼は暫し眼を伏せ、想い定めたかのような表情で、肉を摘む。
「‥‥すでに、バルトにたかるのは、俺の使命に近い」
「そう。焼肉の世界は弱肉強食。ここは戦場なのよ!」
彼の隣で、くわと燃え上がる天道 桃華(
gb0097)。
「隙アリっ! その肉もらったぁ!」
「えっ?」
ふとした隙に、フォルの眼前から肉が消えた。
走る割り箸。
頃合に焼けたカルビが踊り、肉汁が華麗に宙を舞う。ぱくりとかぶりつく桃華。口の周りに跳ねたタレを見かねて、真一は思わず布巾で拭う。フォルも思わず苦笑を浮かべた。
「心配しなくても大丈夫ですよ。まだまだ焼きますから」
「桃華‥‥それにお前、仮にも女の子なんだから、ホラ口‥‥」
「だっ、だから子供扱いするな〜っ」
顔を真っ赤にして怒る桃華。
ハイハイと聞き流す真一は、桃華が騒ぐ間に、野菜を焼いては彼女の皿へと放り込む。布巾の正体が、台拭きである事も気付かずに。
それはともかく、真一が焼き、受け取って桃華が食べるというように、焼肉は、人間を二種類の存在に分類する。曰く、焼く係りとそれ以外の人間だ。フォル等は意識して焼く側に廻っているし、バルトレッドは『結果的に』焼く側だ。一方、食べる側と言えば――
「‥‥」
「レ、レンヤさん‥‥おお、お肉どうぞ‥‥です‥‥」
黙々と肉を口へと運ぶのはレンヤ・ジュイティエフ(
gb5437)。ひたすら焼くのはキド・レンカ(a8863)の双子だ。キドは目元にうっすらと涙を浮かべて、肉を焼いてはレンヤへと渡す。
「‥‥レンカ‥‥ロースを焼いて下さい」
小さく呟けばキドは慌てて肉を焼く。
一見すれば理不尽にも見え、キド自身も、兄相手にどことなく距離を置いているが、そこはそれ。レンヤがマイペースなだけで、意地悪をするつもりがあっての事ではない。
そしてもちろん、焼肉奉行にも色々ある訳で。
「お嬢様‥‥えと、熱いですから火傷に気をつけて下さいね」
少しおどけた様子でお嬢様と口にするティム・ウェンライト(
gb4274)の隣で、ミルファリア・クラウソナス(
gb4229)が頬を赤く染める。
「ティムさん‥‥いえ、旦那様‥‥」
彼女はつつつと肩を寄せ、上目遣いにティムを見上げる。
童顔と言うべきか女性らしいと言うべきか。覚醒前でも、ティムは女性に見えなくも無い。ひょっとすると女性同士連れ立っての焼肉に見える不思議。焼肉という、ある意味粗雑な場において、二人の間だけ何やら別空間で。
「はい、あーん‥‥」
ミルファリアは、ティムがとった肉をタレにひたすや、自らの口に運ばず、片手を添えてティムへと差し出す。真赤になるティム。暫し逡巡した後、素直に口を開く。
「‥‥美味しいですか?」
きょとと首を傾げる。
「あ、えっと‥‥あ、ありがとう、で良いのかな?」
「えっと、その、私にも食べさせ――」
「たのもぉ〜!」
突然響き渡る、声。
その声に、皆が振り返る。
威風堂々と現れたちまい影。立ち振る舞いに比べて幼い顔つきを見せる、九頭龍・聖華(
gb4305)の姿だった。
「いらっしゃいませーっ!」
にぱっと笑顔で出迎えるのは金城 エンタ(
ga4154)。
焼肉店にメイド服といった出で立ちで、臨時バイトたる彼は満面の笑みで新たな客を出迎えた。
「焼肉、食べ放題‥‥ひとつ‥‥」
傭兵達の席へと通される聖華。
皿や箸を並べるエンタを見やり、小さく笑みを浮かべる。
「ふっ‥‥我に食べ放題を‥‥投げかけるとは‥‥良い根性だ‥‥」
圧倒的な威圧感を放ち、メイド姿のエンタを見上げる。
泣こうが謝ろうが、容赦はしない。
「我は、店‥‥潰す勢いで、喰う‥‥ぞ」
その挑戦的な、態度。殺気まで放ちかねぬその威圧感を前にして、エンタはにこりと微笑んだ。一人の臨時バイトとして、メイドとして、ミスLHとして、今見せるべき表情は、笑顔しかないのだ。
「心行くまでご堪能下さい」
「ふっ、そうか‥‥ならば‥‥先に、言っておく‥‥」
高まる緊張感。
「‥‥ありがとう御座います‥‥」
聖華は小さく、ぺこりと頭を下げた。
「甘いもの‥‥♪」
幸せが弾けて、辺りへ広がる。
杏仁豆腐をぱくりと食べて、リゼットは心底惚けた表情を見せた。
「メイドさーん、シャーベットふたつ追加〜」
手を掲げる、音。
「食べ過ぎると太らない?」
「むー‥‥一日くらい食べたって太りませんもん‥‥」
振り返って問い掛けられ、彼女は不満そうに頬を膨らませる。
「‥‥おや」
「皆も来てたのね」
声に、顔を上げる。アルヴァイム(
ga5051)と百地・悠季(
ga8270)の二人が、並んで立っていた。それぞれ、ジーンズやホットパンツ、パーカー等で気楽な格好。折角の食べ放題だからと笑う音が、何か思い出したかのように時計を見つめる。
時刻は昼過ぎ。
彼等が食事を始めてから、既に数時間が経過していた。
各々ラストスパートを掛けた後、ゆらりと席を立つ傭兵達。
「バルト‥‥ご馳走様になった」
生真面目そうな顔で眼を伏せる真一。
傭兵達の第一陣が去って、その後には、後から現れた聖華に、アルヴァイムと悠季のペアだけが残っていた。そしてもう一人、キッチンの中にフォルの姿。
「俺、何で残ってるんでしょうね‥‥」
少し席を離れた拍子、見るに見かねてお手伝い。
それが、いけなかった。
「助かりますっ」
ぐっと拳を握り締めるエンタ。フォルは解放される事無く、いつの間にかバイト状態となってエプロンを着せられていた。
「‥‥でも、人数は大分減りましたね」
店内を見回して呟くフォル。
彼の言葉に頷くエンタの後ろ、気を緩ませる彼等の背後に、M字ハゲの店長が立った。額にはじっとりと冷や汗を浮かべ、くそったれと呟く。
「本当の地獄は、これからだ‥‥!」
●第二陣
「これも食べると良い」
アルヴァイムは、肉や野菜をバランスよく焼き、順繰り皿へ分けていく。
「有難う、頂くわ」
「‥‥今ぐらいなものだからな」
悠季を隣に、煙草を咥える。
「そうね‥‥」
悠季もまた彼に身体を寄せて、もたれかかる様にして肉を焼く。
丁度空いている時間だったのだろう。客は殆ど居なかった、が‥‥時計の針は進む。
「いらっしゃいませー!」
「8人だ。同じ席で良いかな」
現れたのは、レティ・クリムゾン(
ga8679)達、Titania小隊員を中心としたグループ。彼女らの来店に気付いて、悠季が、小さく手を振った。
「ん? もう来てたのか」
おやと顔を綻ばせて、レティは二人へと歩み寄る。
二人が陣取っている大机。元々、この面々と同席するつもりだった。自然と、皆で同じ席へと着席する。ガヤガヤと雑談の声が響き始めるホール。もちろん、皆様々に注文を出す。忙しくなり、自主的に配膳を始める篠原 悠(
ga1826)。
「お皿と割り箸は全員に行き渡ったかな?」
ひいふうみいと指差し数える。
「全員分あるのらっ」
ちょこんと、小さな身体を精一杯に伸ばして、熊王丸 リュノ(
ga9019)が大きな口を開けて笑った。
「悠ねーちゃん達と一緒にご飯は久し振りなのらー!」
「にゅふふ、久し振りだからいっぱい食べるですよ」
頷き、微笑む如月・菫(
gb1886)。
レティは、連れ立ってやってきた7人+2人の前で立ち上がり、自ら音頭を取って食事の挨拶を済ませる。と同時に、玄関のドアが開き、鈴が鳴る。新たに訪れたグループを皮切りに、傭兵達は次から次へと店を訪れ店は、瞬く間に席を埋めていく。
「大規模作戦お疲れ様!」
ビールを高々と掲げて、桂木穣治(
gb5595)が声を上げる。
「怪我もなく無事に帰ってこれたのは、本当にすげぇ事だと思う。新しくヒカリくんという仲間も増えたことだし、これからも楽しくやっていこうぜ!」
彼の音頭で、冴城 アスカ(
gb4188)や、冴木美雲(
gb5758)・冴木氷狩(
gb6236)の兄妹――そう、兄妹だ――達が、それぞれにドリンクを掲げる。
「では、乾杯っ!」
「乾杯〜!」
ぶつかるジョッキグラス。
甲高い音が、小気味良くホールへと響く。そう、丁度、この焼肉大会の直前、シベリアにおいてはUPCとバグアの主力が激戦を繰り広げていた。人類は久々の勝利を得て意気揚々。慰安を兼ねての焼肉食べ放題、という小隊や傭兵達は多い。
「っぷはあ! 生き返るわー! すいませーん、ビールもう一杯!」
一息ついて、店員を呼ぶアスカ。
苦笑を浮かべ、ジョッキを煽る氷狩。
「アスカちゃん、呑み過ぎんよう気ぃつけや?」
ふと、視界の隅に知人を見つけて手を上げる。
「あや。久し振りやね〜」
呼び止められたのは、龍鱗(
gb5585)と御巫 雫(
ga8942)のペアに、周太郎(
gb5584)、フェリア(
ga9011)、フィルト=リンク(
gb5706)の三人組。
「おや。久し振りですな」
軽く会釈して歩み寄る龍鱗。傍らの雫もまた、つられて小さく頭を下げた。
「こっちで一緒にやらへんかぁ?」
「良いですな」
氷狩の言葉に頷く龍鱗。だがその一方、周太郎はどうしたものかな、と首を傾げる。そうして首を傾げる彼の肩には、満足げに乗っかるフェリアの姿。
「どうかしたんか?」
「いや、うちの姫様はまだ小さいからな、酒盛りの中に入ると邪魔かもしれないぞ?」
みなの視線が、フェリアへと集中する。
ところがフェリア、そんな視線は露知らず、無敵戦車シュウタロンとか愚かなる民草を踏み潰せ、周太郎の肩車に興奮気味。何とも微笑ましく、そんなフェリアへの影響を心配する周太郎の様子に、龍鱗は、思わず口端を持上げた。
「何かおぬしら‥‥親子みたいだぞ‥‥?」
「あら、そ、そんな‥‥」
俯き加減に顔を赤らめるフィルト。
そんなフィルトに比べ、周太郎は落ち着き払った様子で龍鱗を見やる。そんなからかいはお見通しだ、と言わんばかりに胸を逸らし、やや意地悪な笑顔を浮かべて。
「龍鱗、そっちはそっちで大変そうじゃないか?」
「何だ? それってどういう――」
「ウーリン!」
きょとんとした龍鱗の袖を、雫が引く。
「立ち話も良いが、肉を喰えなくなってしまうぞ!」
むすりと頬を膨らませ、雫は、龍鱗を据わらせんとぐいぐい引っ張った。
さっきの言葉をからかいと理解して、龍鱗は慌てて着席した。そう。知人達とわいわいやるのは楽しいが、その為にもまずは肉。皆とわいわい食べてこそ、焼肉の本質を楽しめるというものだ。
そしてもちろん、焼肉と言えば、焼肉奉行。
「あ‥‥そこ、焼けて、ますよ」
「焼いてくれるのは嬉しいけど、ルノアさんもちゃんと食べなきゃ!」
ルノア・アラバスター(
gb5133)の言葉に、メアリー・エッセンバル(
ga0194)が苦笑いした。
「私は野菜も沢山食べる、って目標もたててるからね。ルノアさんこそ、成長期にちゃんと食べておかないと、大きくなれませんよっ!?」
それでも箸を止めぬルノア。
実際には、彼女は彼女でしっかりお肉を食べていたのだが、要はペースの問題だろう。一定のペースで肉を食べている分、スタートダッシュを狙った傭兵に比べれば、当然ペースが落ちている。
変わらずメアリーの肉を焼こうとするので、メアリーもまた、メニュー表を広げ、ルノアへと突きつける。注文をするから何か食べないかと問われて、メニューを眺めるルノア。
「激熱、激辛、石焼ビビンバ‥‥ひとつ」
「解っ‥‥はい?」
思わず耳を疑う。
この限定メニュー、とんでも無い辛さのビビンバが十人前。45分で食べきれば一万Cキャッシュバックとの事で、何とも強烈だ。挑発的と言っても良い。
時刻は、20時過ぎ。
激熱激辛石焼ビビンバは、既に解禁されていた。
「‥‥ん。石焼ビビンバ、美味しい」
そんな激辛ビビンバと不釣合いな少女が一人、最上 憐(
gb0002)は、ただ黙々と、ひたすらに激辛ビビンバをかっこんでいる。その小さな身体の何処に入るのだ――思わずそうツッコミたくなるが、一方で、その恐ろしさたるや、ただただ唖然として眺めるしかないのもまた事実で。
「す、凄い勢いでお食べになるのですね‥‥」
呆気に取られて、緋桜 咲希(
gb5515)は思わず手を止める。
赤貧の少女は、一日食事を抜いていたが、憐達のように、次々と食べるような真似はしていない。
それは、彼女が難しい選択を迫られた結果であった。曰く、大量に食い溜めするか、あるいはきちんと味わい、味を覚えるべきであるか否か。貧乏人の食事情は複雑なのである。
「‥‥ん。これは。ウォーミングアップ」
「フフフ‥‥これは、負けてられないわね!」
そして、そんな最上の食欲に闘志、もとい食欲を刺激される者も、また多数。
「賞金で元を取るわよ!」」
「こっちにも石焼ビビンバなのら!」
続けてびしっと手を掲げるリュノ。
鷹揚に頷く如月・菫(
gb1886)が、リュノへと視線を転じた。
「ふふふ、料金は私が持ちます。食べ放題の代金ぐらいどうという事はありません‥‥大船に乗ったつもりでいるです!」
力強く宣言し、リュノの手を握る。
「菫ねーちゃん、ごちになるのらー!」
「‥‥それは良いが、焼肉食べ放題以外は別料金だな」
ふとした呟きが、菫の耳を打った。
表情を強張らせ、戦慄の表情で振り返る菫。呟きの主はアルヴァイム。事も無げに椅子へ腰掛けて、彼は、菫と眼が合うや。肯定の意を込めて頷いた。
「え‥‥そ、そんなの聞いてないですよ! は、ハカッタナー!」
菫の悲痛な叫びは、しかし、焼肉大会の喧騒の中へと消えていった。
「‥‥俺も、10人前激熱激辛石焼ビビンバ!」
「ヴァレス‥‥」
菫の失敗なぞどこ吹く風――いやそれ以前に、彼女の悲劇はヴァレス・デュノフガリオ(
ga8280)にとって、何ら障害とはなりえないのだ。隣に座る皇 流叶(
gb6275)は、きゅっと唇を結ぶ。
「余り無理をするなよ? まぁ、頑張れ。応援くらいは、しておくよ」
繊細な表情を崩さぬまま、鋭い眼をヴァレスへと投げかけるや、直ちに冷水を用意する。美しき絆と共に、彼等は特性ビビンバへと戦いを挑んでいったのである――
●撃破
「う〜ん、う〜ん‥‥」
眼を回して、ヴァレスは寝転がっていた。
青いような赤いような表情をして、その頭は流叶の膝枕。
「だから言っただろうに」
「ふっふっふ、情け無いのら」
「何‥‥!?」
勝ち誇ったその言葉は、リュノのものであった。
「このぐらいの量なら、リュノは余裕なのら」
「‥‥」
その言葉に、流叶は黙りこくる。
暫しの静寂。
しかして石どんぶりを覗き込み、彼女は真実を悟った。
「残ってるぞ」
「‥‥辛いのら」
じっとりと涙が浮かんだ。量だけならどうという事は無い。余裕中の余裕だ。なのに、辛い。子供の彼女には少し辛過ぎて、とてもではないが完食し切れない。結局、この時間帯では、人間ブラックホールの最上を除き、これを完食できたのはアラバスターとアスカの二人だった。
「‥‥無茶はするものではないですね」
惨状を横目に見やり、東青 龍牙(
gb5019)は溜息混じりに呟いた。
「どうしたのにゃ?」
こくりと首を傾げ、リュウナ・セルフィン(
gb4746)は、そんな彼女の顔を覗き込む。
「いえ、何でもありません。それより、レバーが焼けましたよ。いかがですか」
「う〜、レバーは嫌いにゃー」
「‥‥俺が貰おう」
普段どおりの仏頂面を向けて、西島 百白(
ga2123)がレバーを拾い上げる。空いた手で、肉の詰まれた皿を手にするや、めぼしい肉を金網へと下していく。
「‥‥食べてろ」
「いや、良いよ。肉ぐらい私が」
「いいから‥‥食べてろ」
口数少なく肉を焼く百白。
「‥‥解りました」
つい、様相を崩す龍牙。彼女はではと野菜をとりわけ、リュウナへと差し出す。
「お肉食べ放題とはいえ、野菜も食べて下さいね」
「にゃう〜」
困惑の表情で小皿を見つめるリュウナ。
龍牙が余所見をした隙に百白の小皿へ移してしまったのは、公然の秘密。
(「まぁ、言わないでおいてあげよう」)
苦笑を浮かべる周太郎は、見てみぬ振りを決め込んだ。
「二人とも、お肉が焼けてしまいましたよ?」
「こんがり上手に焼けましたー!」
フィルトの言葉に、引き戻される。膝の上にちまっと座ったフェリアは、フィルトの焼いた肉へ素早く小皿を差し出して、その眼を輝かせる。
「まま、上手ー!」
「沢山ありますから、お腹一杯食べて下さいね」
フェリアを見つめ、フェルトは控えめに微笑み掛ける。きょとと首を傾げるフェルト。周太郎はそんなフェリアの頭を撫でて、フェルトへと顔を向ける。
「すまん、ちょっと、お姫様を見て貰えるかな。飲物を取りに行くから」
「ぱぱよりも‥‥やわらかーーーーい!」
ぼふっと、懐へ飛び込むフェリア。
驚きながらもフェルトは、彼女の頭を撫でた。
(「こういう賑やかな食事は、孤児院での生活を思い出しますね‥‥」)
どこと無く感慨深そうな表情を浮かべる、ホアキン・デ・ラ・ロサ(
ga2416)。
「一年ぶりか‥‥」
「はい、ケナ。あ〜ん♪」
気付くと、風(
ga4739)が肉を差し出し、ホアキンの口元に差し出している。風の為に肉を焼いていた筈なのに、何時の間に――ホアキンはやや驚きながらも、しかし、躊躇無くそれを口にする。
「‥‥暫く会えなかったけど‥‥また一段と、綺麗になったね」
その一言に、風は頬を染めた。
「な、何だか夫婦みたいだよね、あたし達」
照れ紛れにクスクスと笑う。
髪を書き上げる指には、ダイヤモンドの指輪が光る。
「うへへ、熱々やのぅ。お二人さん‥‥」
そんな二人の隣から、冷やかし混じりの声を投げ掛ける。ますます頬を赤らめる風を見て、彼女は小悪魔のような笑みを浮かべ、風へと顔を寄せる。
「二人の間に桃色の‥‥」
「悠、しっかり食べているか?」
「えっ」
今までの強気な笑顔はどこへやら。ハッとして、悠は振り返った。
ホアキンと同じパターン。
差し出されていたのは、レティの指に乗ったレタス。焼きたての肉が挟まれている。
予想外の出来事。
顔を真っ赤にして、悠は、ぴたりとその動きを止めてしまった。
「どうしたんだ。ほら。あーん」
「あっ、はい、あーん‥‥」
はたと気を取り直し、ぱくりとレタスにかぶりつく。
「‥‥よしっ」
ニコリと顔を綻ばせるレティ。
もちろん、悠もお返しした。どきどきが収まらなくて、少し、ぎこちなかったけれど。
「――それで、うちの兄は興味無かったんですけど」
少し意地悪そうな表情で、自分の『兄』を指差す美雲。
「オカマ番長って事で他校からバカにされて。兄の学校にいた不良達は凄い肩身が狭かったんじゃないかなぁ、って♪」
酒盛りの余興。あっち向いてホイで暴露話。
かといって氷狩は氷狩で、それを暴露されたからと痛くも痒くも無い風で。隣で酔いつぶれているアスカを揺り起こし。
「アスカはん、ウチの前でそんな無防備な姿見せたらアカンで?」
「うぃっく‥‥むにゃ」
「全く、これじゃ背伸びする未成年と一緒だな」
やれやれと肩をすくめて、桂木も苦笑を浮かべた。
そんな泥酔者を出し始めた頃には、時計も21時を指し示す。
「ううっ、素直に奢らせて欲しかったなぁ‥‥」
ぽつねんと膝を抱えるメアリー。
「勝負は勝負。今日は、私が奢らせて頂きます」
隣で、レジに立つのはルノアだ。ビビンバを完食できるか否か。『奢る権利』を賭けたその勝負は、ルノアの勝利だった。
「外、少し寒いかな‥‥」
玄関から一歩出て、空を見上げるヴァレス。
つられて空を見上げる流叶の肩に、ふわりとコートが被せられる。
「あっ、コートなんていらな――」
掛けられたコートに手を伸ばす。その瞬間、今度は彼女の身体自体がふわりと浮いた。今見せた一瞬の隙を突いて、ヴァレスは、彼女を抱きかかえる。
「いいからいいから♪」
顔を真っ赤にして暴れる流叶を宥め、そのまま歩き始める。
流叶もやがては抵抗を諦めて、二人は夜の中に消えて行った。
●宴、未だ終わらず
「ロシアでは、皆さんお疲れ様でした。という訳で今夜はこんな席を用意してみました。今夜は小隊長の奢りですから、皆さん楽しんで下さい」
居並ぶ小隊員達を前に、リディス(
ga0022)が挨拶を済ませる。10名を越える8246小隊の面々が、わっと手を叩く。
「諸君!」
元気良く立ち上がる阿野次 のもじ(
ga5480)。
リディスの挨拶に続けて、いかにも鷹揚な様子で、話し始める。
「我々は焼肉が好きだ。食べ放題が好きだ。
タン塩が好きだ。
カルビが好きだ――」
「‥‥大げさだな」
演説調ののもじを眺めて、こめかみへ指を当てる玖珂・円(
ga9340)。
「ならば、今日は喰いほうデーだ!
喰い放題を、一心不乱の食べ放題を!」
何処からとも無く歓声を上げる脳内観衆。乙女回路特有の強力なカロリー演算機を遮断し、甘味制限のリミッターを解除して、彼女は静に腰を降ろす。
「それでは。皆さん、ロシア遠征おっつかれっさまっしたー、乾杯☆」
「乾杯〜!」
一番素早く酒ビンを掲げるのは、ブラッディ・ハウンド(
ga0089)。グラスではなくビンという、酒に対する気合の入れようからして、他の参加者とは一線を画している。
「う〜ん、せやけど、うち、ここにおってええん?」
「‥‥その。ボクの誘いじゃ不満なのか?」
守原有希(
ga8582)の不安に、クリア・サーレク(
ga4864)が眼を向ける。そういうつもりじゃない、有希は慌てて頭を振る。そうかと笑顔を見せて、クリアは肉や野菜を焼き始める。
DR以来、どうにも体調の優れぬ有希だ。
沢山食べて、少しでも体調を整えて欲しい。それ以上を望みながらも、クリアは決して表に出さない。そしてまた、そんな想いを知っていてなお、有希は応えられない。理由は当人達しか知らない。
クリアは誠実な人なのだな、と思う。
彼はふと、彼女の耳元へ、口を寄せる。
「うちの事が負担になるとが一番嫌やけん、うちの想いとか兎に角後回しでよかです。目標へ突っ走って下さい。うち、真直ぐで明るいクリアさんに惚れました。これからもそうあって欲しかけん、うちに意地ば張らせて下さい」
言い終えた直後、クリアは、真赤な顔を向けた。
「死ぬほど食え‥‥安心しろ、吐きそうになったら戻してやる」
「‥‥」
威圧的に笑って見せるガイスト(
ga7104)。
彼を前にして、黒桐白夜(
gb1936)は半ばうんざりとした表情を見せた。呼び出されてのこのこやって来て見れば、待っていたのは体力強化祭り。散々走らされた挙句、焼肉屋にまで連行された。
「過酷な環境に、貧弱な身体で耐えられると思うなよ。食った分だけ人を救えると思えっ」
(「いや、食った分と人救うのとは関係ないだろ‥‥!」)
ガイストの言葉を前に、心の中で突っ込む白夜。
声に出して反論できない辺り、もはや大勢は決している気もするが。
「あ、カルビばっかりで飽きちゃいました?」
もう一人の強敵はレーゲン・シュナイダー(
ga4458)。白夜の右隣に座っている。
「ちょうどタン塩焼きあがったので、これどうぞです♪」
悪気が無い。無理強いでも無い。が故に、余計断れない。肉自体は嫌いではないが、ものには限度と言うものがある。
「‥‥じゃあ、ハラミはどうでしょうか」
そしてもう一人。朧 幸乃(
ga3078)。初対面だ。
ニット帽に隠れた傷跡が、痛々しかった。傷の事もあって、彼女は無理をしないよう心がけている。いや、だからその分他人に食べさせようという訳ではないけれど。
(「っていうか! 初対面の筈の朧にまで食わせられるとか何でだ!?」)
青い顔をして肉の山を見つめる白夜。
中々箸を進まぬ白夜を見て、朧とレーゲンは、良く見知った同士、互いに顔を見合わせた。
「‥‥ふう」
小さく溜息をつくレーゲン。
朧とガイストは眼を伏せ、白夜はびくりと震えて顔を上げる。震える空気。金網を熱する炭火の熱気と共に、周辺の空間が上昇気流に包まれる。
「‥‥なんだい百夜、その情け無い顔は」
レーゲン、覚醒。
「男だろうっ、しゃきっとおし!」
殺気すら篭った鋭い視線が一閃、白夜を突き殺す。
慌てて口の中に肉を放り込む様子に、レーゲンの覚醒は一瞬で解除される。先程までと変わらぬ、のほほんとした笑顔で肉を焼き、ビールを煽るレーゲン。
「‥‥大変ですね」
声に、朧が振り返る。
「あ‥‥」
不知火真琴(
ga7201)を前に、声が途切れた。一人、他人を間に挟んだだけの距離に座っていた真琴に、今まで全然気付かなかったのだ。朧に続いて、真琴へ会釈するレーゲン。
「こんばんは。元気だった?」
頷く二人を前に、肉を焼き続ける真琴。
暫しの雑談に興じる間にも、肉は次から次へと焼かれ、焼けた肉は片っ端から叢雲(
ga2494)の皿へと取り分けられていく。
「食細いので、そんなに食べられませんよ‥‥?」
冷や汗混じりに肉の山へと箸を向ける叢雲。だが。
「あ、こっちのお肉もう焼けてるね! さっきうちも食べたけど、これは美味しかったよー」
「え、いや‥‥」
「焼肉、嫌いだった?」
戸惑う叢雲の言葉を遮って、瞳を潤ませる真琴の表情に、叢雲は言葉を飲み込む。
「はい、どうぞ」
満面の笑みで差し出された肉にぱくつく叢雲。
何かもう、一年分は肉を喰ったと言わんばかりの表情で、視線を逸らす。その視線の先に居たのは、白夜だった。何の因果か。偶然にも振り向いた白夜と視線があう。その時の二人の様子は、互いに互いの境遇を悟らせるに十分だった。
光と共に、言葉が走る。
(「彼は‥‥同類か‥‥!」)
(「仲間、らしいね‥‥」)
互いに笑顔を浮かべる。心のどこかに通い合う何かがあったとか、無かったとか。そんな二人の視界は、巨大な肉の塊に遮られた。
「んと。それじゃ今度はこの肉ですっ」
ただまぁ、速度と量重視で食べまくる者居れば、ゆっくりと食べる者も当然居る訳で。
「あーん」
「あーん」
ヨグ=ニグラス(
gb1949)が差し出す肉を食べて、箱守睦(
gb4462)は首を傾げた。一見すると男同士で「はい、あーん」をやっているようにも見え、何と言うかその、少し「アレ」な訳だが、どうも、様子が違う。
睦の視界が目隠しによって覆われているのだ。
「あ、これ美味しいー。美味しいけど‥‥えーと、とにかく肉! 肉!」
だから余計に妖しい雰囲気が――と、そうではなくて。
二人の遊びは利き肉。
利き酒の焼肉版。ちょっとした余興だ。
「それじゃあ次は‥‥あーん」
「‥‥うーん?」
口に含んで、睦は眉を顰めた。
今までに味わった事の無い肉だ。とろけるように崩れ、カラメルの甘さに支えられた不思議な――
「こ、この肉は‥‥ってこれプリンだろ!?」
プリンでした。
(「‥‥プリンだなんて、子供ですね」)
勝ち誇ったような笑みを、心の中に浮かべる直江 夢理(
gb3361)。
彼女はスッと一升瓶を取り出す。傭兵殺しの異名を持つ強力な日本酒を、月夜魅(
ga7375)へと向ける。
「月夜魅お姉さま‥‥お酒とお肉を一緒に召し上がると、より大人の美しさが映えるそうですよ♪」
「んん? そうなの? ‥‥だったら一杯貰おうかな〜」
言葉通り、タン塩を食べながらコップを受け取る月夜魅。
疑念を抱かなかった訳ではない。が。「大人の美しさ」が効いた。思い切って一杯を煽る――たちまち。
「‥‥ひっく」
一瞬で頬の紅潮する月夜魅。
その姿を見て、ほんわりと見とれる夢理。
「紅潮したお姉さま、色っぽいです‥‥」
「‥‥え。どうしたの?」
ぼんやりとした表情の月夜魅が、座席の上からじりと夢理に詰め寄る。
(「あぁ! 月夜魅お姉さま、そんな熱い視線で私を見て‥‥もしや押し倒されて、あんな事とかに発展したり‥‥!?」)
「良く聞こえニャかったのー」
じりじりと近付く、紅潮した月夜魅。ふらりと腕が揺れて、彼女はそのまま倒れこむ。前のめりに、夢理へと。
「い、いけませんお姉さま! こんな公衆の面前で‥‥」
「もう。食べれな‥‥Zzz」
「それに、わ、私、まだ心の準備が‥‥!」
暴走する乙女心は最強。
それは、この世の真理だ。
「小隊長争奪戦だ?」
「えぇ。8246小隊の小隊長権をかけて食べる量を競うんです。楽しそうでしょう?」
ただし権利は今夜だけですが――リディスは普段と変わらぬ平静さで、ブレイズ・カーディナル(
ga1851)に告げる。
「‥‥ん? 今の。最後、何だって?」
「あら。細かい条件が気になるのね。自信が無い?」
ブレイズの隣で呟く、レイラ・ブラウニング(
ga0033)。
「そんなつもりじゃねえよ! よおし、大食い勝負ってんなら俺にも分がある! ハンデ付きでも良い位だ!」
胸を張るブレイズに、互いの顔を見合わせるリディスとレイラ。
だがその時既に、ブレイズの周囲には恐るべき――というかあからさまと言えばあからさまな罠が待ち構えていたのである‥‥。
「‥‥何か、向こうが騒がしいな」
首を伸ばし、セグウェイ(
gb6012)は他の座席へと視線をやっていた。
「大地、今の何か解るか?」
「くっ、今は話しかけないでくれ! 俺は、俺は‥‥!!」
天原大地(
gb5927)の必死な声に、セグウェイは、大地の置かれている状況を思い起こした。
「お前そんなに食べて平気なのか‥‥?」
「心配いらねぇ‥‥俺は負けねえっ!」
睨み付ける、大地。彼の視線が先にあるのは、例の激熱激辛石焼ビビンバ。甘味ばかりたいらげているセグウェイとは正反対だ。
「なるほど。君もまた、一人の戦士なのだな」
落ち着いて言葉を選ぶのは、向かいに腰掛けている神無 詩貴(
gb6133)だった。
彼の目の前にも、例のビビンバが置かれている。残りは、およそ二割――しかし、彼のスプーンはそこで止まっていた。
「だが、そうさ。こいつは強敵だ‥‥!」
ビビンバを睨みつける大地。
詩貴も、口を止めたままビビンバを睨む。
暫しの沈黙。
「あぁ‥‥そうか。気分を変えるという方法もあるか」
突如として血走る眼。髪が逆立つ。覚醒だ。
「俺のこの眼が真赤に染まるぅ‥‥完食せよと轟きかける‥‥そうだ‥‥コレは俺の本能だッ! どうぅるるるる!!」
先程までの冷静な様子はどこへやら、勢いに全てを任せて、彼はビビンバを書き込む。一挙に量を減らすビビンバ。勝利は、目前だった。そう。少なくとも、その瞬間までは。
「どるおおああああ‥‥ぐっ、がふっ!?」
手が止まり、喉が震える。
要するに、その、激辛なご飯が鼻に入った。その痛み、もはや筆舌にし難し。この瞬間、勝利の栄光は永遠に失われたのだ。
「甘味の方が美味いと思うけどなぁ‥‥」
パフェを突ついて、セグウェイが一人ぼやいた。
「ふうむ、中々難しいですわねぇ‥‥?」
箸をつけず、肉を眺めるばかりのヴェロニク・ヴァルタン(
gb2488)。
焼肉食い放題に来て、十数分、肉に手を付けない。その様子は不思議でもあり、十分に他人の注意を引くものであった。
「何だ。食べないのか」
「えぇ、ヤキニクに馴染みが御座いませんので、まずは観察から‥‥」
困ったような顔を向けるヴェロニク。
「何だ、それなら俺が教えてやろうk――痛ッ!?」
ずいと身を乗り出した魔神・瑛(
ga8407)が、小さな叫びと共に飛び上がる。
「どうなさいましたか?」
「あ、そのー‥‥」
ヴェロニクの視線から顔を背けて、そっと後ろへ振り向く瑛。マリオン・コーダンテ(
ga8411)の眼が、据わっていた。
「私が教えてあげるから」
脚の甲をぎゅうと踏みつけて、瑛を睨むマリオン。
余所見をするなと、その瞳は悠然に語る。女性を怒らせれば怖い。幾ら強面の瑛と言えども、今のマリオン相手には黙って頷くしかない。店員を呼んでナイフとフォークを取り寄せて、ヴェロニクは改めて焼肉へ手を付けた。
良い感じで盛り上がりを増す席の一角、ちょこんと腰掛けた水上・未早(
ga0049)とベル(
ga0924)の間に、口数は少なかった。
「その。水上さんは、お酒は‥‥?」
「えっ、ダメダメ。全然ダメ」
ぶんぶんと首を振る未早。
「それより、ほら、お肉ばっかりじゃなくて野菜も食べなきゃ!」
顔を赤らめ、野菜を取り分ける未早。ベルは静かな、それでいて落ち着かない表情で、小皿に盛り上がる野菜を見つめる。
「‥‥俺も、酒はダメで」
その言葉に思わず眼を背ける未早。実は、嘘をついた。本当はザル。幾ら呑んでもケロッと普段通りなくらい、酒には強いのだ。
ただ、少し猫を被りたかっただけ。
些細な嘘だ。責められる道理は、無いでしょう?
「んだあ? 二人ともそんなぁに、酒弱かったのかぁ?」
酒臭い息を吐いて、未早に肩を寄せるハウンド。
「え、えぇ!」
「勿体無いなぁ。酒を呑めないなんて‥‥優〜お酒ぇ注いでぇー♪」
はじける様に、反対側へ寄りかかる。
視線の先で肉を焼く佐間・優(
ga2974)の肩に頬を寄せ、ハウンドはにんまりと笑う。
「‥‥仕方ないですねぇ」
根負けしたかのように一升瓶へ手を伸ばす優。
脇ががら空きだった。
手を伸ばした瞬間だ。ふわりと、首筋に毛が触れる。背中に体重が掛かって、柔らかなモノが押し付けられて、自分の腰に腕を回されて――つまり、抱きつかれた。
「ちょ、ちょっとブラ! いきなり何すんだよ!?」
「ん〜良いじゃん。抱き付きついでにちょっと成長具合を‥‥」
「うぁ〜‥‥お願いだからやめてぇ!」
罪作りな女性、というのも、世の中にはいるもので。
優の瞳に涙が浮かび上がるに及んで、ハウンドは手を離した。
「あ、その‥‥ごめん」
頬を掻いて頭を下げるハウンド。本当は、もっと大事にしたいのだけど、上手く行かない。何時も、どこかやり過ぎる。
●隊長の行方
胸を張るブレイズの高笑いが、ホールに響く。
「どうだ! 見たか、俺の勝ちだ!」
「おめでとう〜」
巻き起こる拍手。
「‥‥まぁ、おめでとう。一応」
が、意気あがるブレイズに比べ、円の反応は薄い。元々争奪戦に興味が無いんだから、仕方ない。それに彼女は、この勝負のからくりをきちんと観察していた。だから、勝者の行く末も知っている。
「明日はニンニクの匂いどころじゃないわねぇ、最低でも、シャワー浴びてから寝よ」
くっと身体を伸ばすレイラ。
彼女はそのまま立ち上がると、ポンと、ブレイズの肩を叩いた。
「じゃ、頑張ってね」
「あぁ! これから隊長としてバリバリ――」
「うん。まぁまずは、目先の問題をね♪」
「‥‥何?」
首を傾げるブレイズ。
彼の隣で、リディスがにこりと笑う。
「ブレイズさん、おめでとう。アナタが今夜限りの小隊長です。では小隊長、支払いをお願いしますね」
「あ? ‥‥って、ちょ、支払いは隊長‥‥そういう事かー!? この為の争奪戦かあぁぁぁっ!」
頭を抱え、叫ぶブレイズ。
その叫び声は、夜の繁華街に、どこまでも遠く響き渡った。
(代筆:御神楽)