●リプレイ本文
●小さな願いを背負って
ヒドラが巣食う街へと向かう前、避難してきていたその件の少女を連れてバルトレッド・ケイオンは皆の見送りにきた。
「どうしても、とせがまれて‥‥」
不安そうな顔をした少女を鏑木 硯(
ga0280)は屈んで目線を合わせ、頭を撫でる。
「ぬいぐるみは必ず取ってくるから」
「お、お願いします!」
ぺこっと頭を下げる少女。
そんなやりとりを百瀬 香澄(
ga4089)はコーヒー片手に見ていた。
この間もぬいぐるみ救出を行って、今回もまたメインではないがそれがある。
「何か縁でもあるんかな‥‥ま、それで泣き顔が笑顔に変わるんなら何度だってやるけどね」
気合を入れ、コーヒーを一口。
硯と少女のやり取りをみていた藤川 翔(
ga0937)は想いを言葉にする。
「人々が平穏な暮らしを送れなくするヒドラはぜひとも倒したいものです」
「でも、ヒドラって、なんだか強そうですよ〜」
癖のない長い空色の髪をしたアイリス(
ga3942)が言う。
確かに強そうだが、こちらも準備は色々としてきている。しっかり事前に地図も貰い、地形もほぼ把握した。
「大丈夫、色々情報聞き出したし」
鷹代 由稀(
ga1601)はきっちりわかる範囲、可能な限りUPCよりヒドラの情報を貰ってきていた。それはもちろん、全員へと伝わっている。
「街を壊したあげく、教会に居座るなんて良い度胸ね」
シャロン・エイヴァリー(
ga1843)は画面の中のヒドラを思い出す。ヒドラのいるあたりは、完全に瓦礫の山。
残っている街をそうはさせない、と思う。
「‥‥ちゃっちゃと神話の世界にお帰り願って、大事な物を探すとしましょうか」
高速移動艇に由稀は最初に乗り込む。
それに続いて他のメンバーも。
蒼羅 玲(
ga1092)が乗り込み、その後をラン 桐生(
ga0382)が少しそわそわしつつ続く。
浮き上がる高速移動艇。
気をつけて、と少女の声は聞こえないが、その想いを8人はしっかりと持って、戦いへと赴いてゆく
●眠るヒドラ
ヒドラの首が持ち上がる。
それはちょっとした違和感をとらえてのことだった。
静かに息を沈めて近づく能力者たち。
このヒドラはどうかはまだ確信が持てないが、首ごとに属性が違うもの、属性関係なく攻撃を行うもの、個体差があるらしい。
そして再生能力があるかどうかについては、まったくの未知数。
ただ、街へやってきた時、住民からみた情報によると一つの首からは一つの攻撃しかしてなかったという情報があった。
「武器を出すでおじゃる」
翔の覚醒。
ざぁっと黒い髪が腰まで一気に長くなり、垂れ、言葉遣いが変わる。
それぞれの持つ武器に、練成強化。
「さぁ、気合入れていこうか」
香澄の言葉にそれぞれ頷く。
今いるのは、街の南北方面。比較的無事な東側に被害を出さないように仕向けるためだ。
「ったく、冬なんだからゆっくり冬眠してりゃあいいのに」
香澄の視界にヒドラが収まる。
体を起こす気配はなく、眠っているような、そんな雰囲気だ。
「話聞く限りじゃ結構なデカブツっぽかったけど、本当にデカブツ‥‥油断は禁物‥‥か」
「作戦は事前に話した通りに、じゃあ‥‥行くわよっ!」
シャロンの一言に、それぞれが計画通りに動いて行く。
ヒドラをある程度囲むように、静かに散開。
「覚悟しとけ、五回きっちり葬ってやるよ」
香澄の瞳の色が金色に変色。そして髪が風が吹いたかのようになびく。
「はぅ。玲がちんまいよー。あんなにちんまいよぅー」
少し高い場所から狙うランは、小柄な少女である玲をみる。
だが、しっかりとやることはやる。
その玲も覚醒。
瞳の色が黒から、緋色へと変わる。
タイミングを合わせて、それぞれがヒドラへと、攻撃を開始。
●ヒドラの首
最初の攻撃は遠距離から。
眠るヒドラをたたき起し、注意をひきつけて、東とは反対の方向へと向かせることに成功。
「えと、行くですよ!」
先制攻撃はアイリスのはなった弾。
首の一つが彼女へと向く。単純に牙をむいて、襲いくる頭。
物理攻撃ばかりのその首をよけながら、少しずつ確実に、ダメージを与えていく。
接近されすぎそうになったら、弾幕を張り防御代わりに。
後からは、さらに翔が超機械γで補佐するように、攻撃を仕掛ける。
攻撃に首を持ち上げたヒドラは、その五つの首を別の方向へそれぞれ向ける。
飛び出すようにヒドラの方へ走り込む硯。
ポニーテールに結いあげた髪が靡き、軽装で動きやすくしている。
ヒドラの顎の付け根あたりを狙ったメタルナックルでの一撃。
重い音が響くが、それをこらえてヒドラはその口を開ける。
ちらり、と炎のようなものが見えた瞬間、硯は後にさがってその攻撃をよける。
吐かれる炎を見て、戦う相手はチェンジ。
玲がその首の相手をすることになる。
自分の身近くある蛍火を振り上げ、攻撃。
火炎使用後の隙ができたタイミングに、その攻撃ははまる。
深い傷を首下あたりへ、けれども首を落とすにはまだ弱い。
と、その隣の首が雷撃を吐く態勢へと入る。
首をあげて、バチバチと雷の音。
だが高く持ち上げられた首に、弾丸が降る。
仲間へとあたらないよう、持ち上げた首を狙うのはラン。
「うきゃ〜。玲が動いてるー。ちょこまか動いてるぅー」
騒ぎつつもしっかりと仕事はこなし、同じ場所から二度攻撃はしない。移動をして目標を定めさせないように。
「玲、硯、こっちは私が叩くわ。他の頭をお願い!」
そしてその撃ち抜かれた首が下へと下がった瞬間に、豪破斬撃をシャロンは下から上へと、繰り出す。
落ちてくる首の重力と攻撃。重なりあえばダメージも増える。
水属性の防具をもつ二人とこの首の相性は悪い。シャロンはそれを引き受け、他の首を任せる。
「懺悔があるなら聞いてあげる。けど‥‥今日のシスターは優しくないわよ?」
不敵に微笑み挑発。
まだこの一撃では浅く、首の注意を自分に引き付けていくように。
と、風を切る音がする。
それはヒドラの尻尾が横に薙がれる音だった。
「!!」
それに気が付き下がるものの、その攻撃がシャロンをかすってゆく。
「いっ‥‥たぁ‥‥く、ないわよっ!」
だがそのダメージも翔がすぐに練成治療。すぐ戦える態勢へと治してゆく。
常に戦えるように、首を相手に激しく戦うわけではないが翔は自分の仕事をしっかりとこなしていた。
そしてだからこそ、前にいるものたちも闘える。
「事前に装備変えておいて良かったわ。切り替え面倒だけど、上手いこと対応できる‥‥」
由稀は長弓『鬼灯』を構え、矢を放つ。
持ちあがった首をランと同時に撃ち抜いたり、はたまた東へ向かおうとするのを牽制したり。
「お帰りはそっちじゃないわよ。アンタの帰る場所は暗い穴の底っ!!」
茶から銀へ変わった瞳と髪。その瞳で敵を射抜くように見つめる。
「‥‥神話の世界に‥‥帰れってのよ!!」
鋭い声とともに眉間へと突き刺さる矢。
その痛みに振り回される首。隙が多くなったその首に疾風脚を使い香澄がさらに急所を狙う。
槍を回り、そして激しい攻勢。
連続で攻撃を入れていくうちに、耳障りな声を発しその首が倒れ落ちる。
「首一つ目!」
首が一つなくなれば、攻撃の手もまた他の首へと回りだす。
冷気を吐く首を、硯と香澄で懐に飛び込み攻撃。
冷たい息は吐かれることなくその首は暴れる続ける。
その暴れる首は、他の首の攻撃も、そしてこちらの攻撃の邪魔となる。
暴れれば暴れるほどに、どう動くかの予想ができない。
すこし距離をとり、先にその首を遠距離攻撃で捉える。
瓦礫に身を隠し、遠くから銃でその首を狙うのはアイリス。
連続して吐き出される弾はその首を貫通。
動きが鈍った瞬間に、シャロンと玲がその首を、切り落とす。
そしてその瞬間に生まれる隙に、香澄が他の首の目を潰す。
残る首は三つ。明らかに優位性はこちら側。
この機を逃すべきでないと、翔は練成強化を再び。
威力の上がったその武器でもって、まず雷の首をシャロンと由稀で。
炎の首を玲と硯が狙い、残る一つを香澄が請け負い、アイリス、ランと翔はそれぞれの首に対してフォローを行ってゆく。
炎の首が火を向ける的に硯はなるが、その視界に入らない場所から、最初に追わせた傷に向かい、玲は再度攻撃。
そして痛みでうめく瞬間に硯がまた攻撃を同じ場所へと打ち込む。
雷の首は撃ち抜かれることを恐れてか、低く構え、首を伸ばす。
その首向かってアイリスの正射。動きがとまった瞬間、真正面から、シャロンはコンユンクシオを振り下ろす。
そこへ由稀がさらに、急所狙いの一撃。
牙むく首の攻撃を槍で受け止め香澄ははじき返す。反動で浮き上がった首に身を沈め、顎下からの攻撃。
ダメージが募るたびに、ヒドラの動きは、だんだんと鈍くなっていた。
やがて首が一つ、また一つと倒れ、残る首は一つ。
最後の最後、とその首は高く頭をあげて牙を向けた。
攻撃がくる、と思った瞬間、それを繰り出したのは牙でなく、尻尾。
だが。
「同じ攻撃は二度受けないわよ!」
尻尾からの攻撃もありだと認識していたメンバーはそれを難なくかわし、そして最後の一撃を、その身へと叩き込む。
八重の攻撃は、そのヒドラの巨体を沈めるには十分なもので、最後の一声をあげ、ヒドラは地に倒れるのだった。
だがまだ油断はしない。
再生能力もあるかもしれない、と即座に傷ついた分、翔は癒す。
「‥‥再生はなしの、ようだね」
しばらく臨戦態勢解かずだったものの、その一言で緊張が解ける。
無事、ヒドラは倒し、残る一つの大事な仕事を。
●大切なものを
被害も最小限にとどまり、街の破壊はなかった。だが闘った振動は響き、崩れかけた建物は少し、危なげ様子だ。
それらに気をつけながら、戦闘場所より東にある赤い屋根の家を探す。
「家が壊れてなきゃいいんだけど‥‥」
「あった、こっちこっち」
ランが見つけ、手招きする。
家に鍵はかかっておらず、静かに玄関があいた。
1階と2階、手わけして探せば2階の、おそらく少女の部屋なのだろう。
そこにぬいぐるみはあった。
だが、振動でだろう。倒れた本棚の下敷きになっていた。
「‥‥ちょっと力仕事になりそう」
それを見つけた硯と翔は、ぬいぐるみを救出して他の皆と合流する。
無事みつけ、助けたのはいいが問題が一つ。
ずっと下敷きになっていたからなのか、腕が取れそうなのだった。
「綺麗にしてあげたほうがいいんじゃない?」
埃をかぶっているのか少し汚れ気味のぬいぐるみをみてランが言う。だがそれを自分でどうこうするスキルはない、と他のメンバーに任せることに。
はたはたとはたいた後で、由稀が受け取る。
裁縫は得意ではないが、このまま渡すよりはと、針と糸をもってある意味ヒドラよりも悪戦苦闘。
シャロンはその間に化粧道具をごそごそとし、青いリボンを見つける。
由稀が直したぬいぐるみにそのリボンをきゅっと。
「感動の再会に埃まみれじゃ、ね?」
軽い汚れはとって、おめかしもして、ぬいぐるみは少女の元へと、戻る。
●お帰りなさいの笑顔
ラスト・ホープへと帰還。
その地に降りれば少女とバルトレッドが見送られた時と同様にいた。
「おかえりなさい! あ、あの‥‥」
「今度からは周りの人の心配も考えるようにしてくださいね」
はい、とぬいぐるみを渡したのは翔。言葉は注意も含まれるが、その表情は優しげだった。
少女はそれを、嬉しそうに抱きしめる。
と、少し、変わっていることに気がついて、ぬいぐるみを掲げあげた。
取れかけていた腕を由稀は慣れないながらも直し、そしてシャロンが青いリボンを結んでいたのだ。
「‥‥みんな、ありがとうございました!」
ぱぁっと、明るい表情を浮かべる少女。
その少女の頭を香澄がぽんっと手を置いて撫でる。
「宝物、今度は離さないように、な」
うん、と元気よく頷き彼女は幸せそうに笑う。
小さな幸せを少女にプレゼントし、依頼は無事に終わった。
そして、いつの日かまたあの街の人があの場所へと戻ってくるという幸せの芽を、芽生えさせてもいた。