●リプレイ本文
●少女の為に
そこは山奥の小さな村だった。特にこれといった特徴もない、人々の暮らす集落。
「日本‥‥来るのって初めてかも。少し、楽しみ」
四国の大地に降り立ったトリシア・トールズソン(
gb4346)は口ではそう言ったものの、ふと自分の心の中にあるものに視線を落として。
(「私は冷めているのだろうか‥‥? その祈りは、最早届かないと思ってしまっている」)
通された家の布団の上にうつ伏せになっている同年代の少女、カシアを見てトリシアは思う。
(「戦場で暮らし、多くの届かない祈りを見続けてきた私はそう思ってしまう」)
だが、だからこそ。
今だ祈り続ける彼女の力になりたいと思ったのかも知れない。
「か弱い女の子を背後から襲うなんて許せない。必ず成敗してやるから」
カシアの顔を覗き込むようにしてサンディ(
gb4343)が告げれば、彼女は弱々しく微笑んで小さく頷いた。
(「それにしても、自分を捨てた両親のことを五年間も祈り続けているなんて、健気な子だよ。実はこの子を捨てた両親も許せないけど、それはおいておこうか」)
サンディの怒りはもっともであるが、今はキメラ退治が優先だ。
「命に別状は‥‥ないみたいで‥‥良かった‥‥。今は林にいるけど‥‥いつ村にも危害が及ぶか‥‥分からない‥‥。必ず‥‥全てのキメラを‥‥倒さないと‥‥」
弱々しくではあるが微笑んだカシアを見て安心した幡多野克(
ga0444)は「思い出すのは辛いかもしれないけど‥‥」と言葉を選んで。それをアンナ・グリム(
gb6136)が引き継いだ。
「キメラが襲ってきた範囲を知りたいの。良く覚えていなかったら大体でいいわよ」
「丘の、十字架が立っている木の側を境にして‥‥林側に出てくるみたい‥‥。もしかしたら十字架、壊されちゃってるかも‥‥」
「それも合わせて見てくるわ。これ、預かってて」
アンナは持ってきた日傘をカシアに預ける。迎えに来るからその時に返して、そんな意味を込めて。
(「なんとも健気な事だ。祈りが報われるか否かはさて置き、障害は排除せねばな」)
(「健気な少女だねェ‥‥きっとその願い、叶えてやっからな」)
ティルヒローゼ(
ga8256)は後方からカシアの様子を見やり、意思を強く持つ。ヤナギ・エリューナク(
gb5107)も同じだ。言葉には出さないが、秘めたる思いは皆と同じ。
「さて、カシアと村の為にやるとしますか‥‥っと」
煙草をもみ消しながら告げられたヤナギの言葉に頷きあい、一同は民家を出た。
●祈り妨げるもの
「騎士としての初陣‥‥しっかりこなさないと」
『ミカエル』に身を包んだ浅川聖次(
gb4658)が自分に言い聞かせるように呟いた。隣で零された雪代蛍(
gb3625)の呟きを彼は拾う。
「こんなキメラだから何だか退治するのが後味悪いような気になるよ」
「ウサギというと愛くるしいイメージがありますが‥‥今回は遠慮なく倒してしまいましょう」
愛くるしさが武器のウサギではあるが、今回は明らかに敵だ。なんとなくためらってしまう気持ちも解らなくは無いが、仕方がないと割り切るしかない。
「これだな、十字架っつーのは」
雨風にさらされて年季を感じさせる簡素な木製の十字架を視界に納め、天原大地(
gb5927)が言う。これを壊さないように――それは全員に徹底してある。
「‥‥貴方の背中は私が預かるわ。無理しすぎないでね」
「頼むッス」
武器を取り出した紅アリカ(
ga8708)に倣い、大地も他の者も戦闘準備を整えた。
「‥‥行くね」
『バハムート』に身を包んだ蛍が竜の翼で一気に林側へと接近する。すると何処かで人の気配を感じ取っていたのか、複数のウサギが飛び出してきた。体長約80cmもあるそれは一種の白い塊のようにも見える。
「少女の傷の代償は、払ってもらいますよ」
囲まれそうになった蛍をカバーするように聖次が動き、竜の爪で強化された槍を突き刺す。
「こっちへ来いってね」
ヤナギが爪で軽く引っかき、ウサギを挑発する。同じくティルヒローゼが鎌でひっかけ、計2体をひきつけた。そのまま2人は十字架とは別方向にウサギを誘導していく。小動物ゆえに小回りの効く敵に後ろを取られぬように、二人でカバーしあいながら。
「数に物を言わせて、鬱陶しいわね‥‥」
流し斬りを与えたウサギを睨みつけ、辺りに蝶を舞わせたアンナが呟いた。
「確かに‥‥数は多いね‥‥。耐久度は‥‥それほどではないみたいだね‥‥」
克が両手の刀を使った二段撃からの急所突きで傷を与えると、どすんとウサギらしからぬ音を立てて一体が倒れた。
「サンディ‥‥行くよ」
「さあ、懺悔の時間だ」
幾多の戦場を共にしてきたトリシアとサンディは息のあった攻撃で、ウサギを翻弄する。舞うように切りつけるトリシアは円閃を織り交ぜながら。サンディはトリシアの攻撃でウサギに出来た隙を見逃さず、スマッシュを使用してダメージを加えていく。
「‥‥どこから湧いて出たのか知らないけど、人を傷つけた以上ただで済むと思わない事ね」
蒼い炎のような陽炎を纏ったアリカが剣を一閃させる。その横では大地が完全にブチ切れていた。
「こんな小さな祈りさえ‥‥願いさえ‥‥踏み躙るかよッ!! テメェらはぁあッ!!!」
噛み付こうと開けられたウサギの口に拳を突っ込みそのまま叩きつける。技術もへったくれも無いが、それが一番彼の心情を表しているようだった。
数こそ劣っているが、状況は一同に有利に働いていた。ウサギ達はそれほど強いようではなく、ツーマンセルでの各個撃破で旨い事対応できていた。たまにその鋭い牙がかすりはするが、深い傷にはならないですんでいる。
ウサギの白い毛皮を切り裂く――的が比較的大きさを保っているためか、通常のウサギよりも当てやすい。徐々にウサギの白い体が地に伏して行き、それと同時に一同は林へと迫る。
「これで何体目かな?」
鎌を振りぬいたティルヒローゼが隣でウサギの牙を避けたヤナギに尋ねる。
「数えてなかったな」
牙を避けられて体勢を崩したウサギに、爪で鋭い傷跡を残して。
「痛いじゃない。可愛くない兎ね‥‥」
牙を受けたアンナが活性化で傷を治す間、克が彼女を守るように前へと出る。
「そろそろ逃げ場がなくなってきたなぁ!」
力任せに振り下ろした大地の剣にあわせるようにしてアリカが攻撃をする。敵の数が減ってくると、自然、敵は林を背後にして包囲された形になった。
「林に逃げ込ませはしませんよ」
聖次と蛍が素早くウサギ達の背後に回り、林への逃亡経路を塞ぐ。
逃げ場がないと悟ったのか、ウサギは2体同時にその牙を剥いた。1体はサンディが盾で受け止め、その横からトリシアが円閃で止めを刺す。もう1体は噛まれたお返しにとばかりにアンナが流し斬りで止めを刺した。
「やったね!」
視界に動く敵が居なくなった事を見て、トリシアがサンディに喜びの声をかける。
「15体居ますね。事前情報どおりです」
聖次が律儀に数を数え、殲滅が終わった事を告げた。
「あ、ああイヤさっきのは‥‥参ったッスねコリャ」
感情の昂ぶりで自分の素をあらわしてしまった大地は、ばつが悪そうに言い訳をしてみたりして。カシアを迎えに行くという9人とは離れて、彼は一人その場で待つことにした。
「なあ神様‥‥アンタが本当に居るなら‥‥あの子の願いくらい叶えてくれよ‥‥」
その切なる呟きは風に乗って、曇天へと静かに昇って行った。
●少女の祈り、皆の祈り
「行こう、カシア。祈りを届けに‥‥」
トリシアの言葉に頷いたカシアはおぶさりなさいと言ったアリカの申し出を「重いですから」と固辞したが、歩くのがまだ辛いのはかわらず、結局のところ男性陣に運んでもらう事となった。
ヤナギと克によって運ばれたカシアは、背中の傷が痛むのか、まだ座るのが辛そうだった。だがそれでも支えられて、十字架の前に跪いて。
「自分を捨てた人の事を‥‥祈るなんて‥‥俺にはできない‥‥。カシアちゃんは‥‥強いね‥‥。俺よりも‥‥ずっと‥‥」
克は己の家族を思い出し、そして祈りを捧げる彼女に囁く。その手は彼女を優しく支える。
ヤナギがブルースハープを奏でる。その音色は切なく、胸に届く澄んでいて。カシアの願いが届くように、想いが乗せられている。
「‥‥昨年、諸事情により日本風の多神教に改宗したばかりでね。さして厚い信仰ではないが、不肖私も一緒に祈らせてもらうよ」
「ありがとうございます」
隣に立ったティルヒローゼに小さく礼をいい、カシアは祈り続ける。
そんな彼女を複雑に眺めている者たちも居る。聖次もその一人だ。彼は両親を失ったが、カシアは見捨てられた。
(「でも死んだという訳ではないのだから、無事を一緒に祈ってあげたいです」)
無責任かもしれないが、苦しくてもいつか再会してもらえたら、自分の祈りは通じた事になる――そんな気がするのだ。
(「最近、大切な人の幸せを祈ることが多くなった‥‥」)
祈りを捧げるカシアを見て、トリシアはふと自分の事を顧みる。
自分と同い年の‥‥祈りを捧げる少女。最初は彼女の祈りは届かないと思ってしまっていたが、今になってみると‥‥
(「私は昔と変わって来たのかも知れない」)
変えてくれたのは誰か。周りに居る大切な人たちか。
トリシアが幸せを祈る大切な人達が、彼女を変えた。彼女は無意識に大切なチンクエディアを抱きしめた。
ぐら、と傾いだカシアの身体を、横からすっと出した手でアリカが支える。言葉は無いが、その手には気遣いが含まれていて。カシアも、彼女の手に体重を預けた。
「‥‥‥‥」
アンナは無言で祈りを捧げる。カシアの行為を肯定も否定もしないけれど、その強い想いは認めるから。
(「本当はうすうす気づいてるんじゃない? でも信じる事で救われているなら、私が口を出す事じゃないわ‥‥」)
真剣に祈りを捧げる彼女の横顔を見て、アンナは再び祈りに集中した。
「カシア、無理しなくても良いよ」
「そうだね‥‥身体が辛いなら、無理はしないほうがいいよ‥‥。重要なのは祈りの時間の長さじゃなく‥‥想いの強さだと思うから‥‥」
脂汗の浮いた額を見て、蛍と克がカシアの肩を叩いた。
(「あたしには‥‥ここまで信じるなんて出来るかわからないな‥‥」)
蛍は羨望にも似た思いを抱き、そしてぼそりと零す。
「カシアは逢えるかもしれない。でもあたしにはもういないから」
わずかに震える語尾。蛍は追憶の向こうにある「あの日」を思い出す。
母親と喧嘩をして「大嫌い」なんて言ってしまった日。いつでもすぐに仲直りできる日常があると思っていた。あの日が最後になるなんて、思わなかったから。
なんであの時素直になれなかったんだろう――自分を責める思いが胸を突き上げる。
(「あたしは頑張ってるよ。きっとそんな生き方は望んでいないだろうけど」)
能力者になった時はいろいろあったけれど、今は信じられる人も友達も出来た。
でも。
強がっているけど‥‥もう逢えないから本当は寂しくて、今でも一人になると泣いているのは蛍だけの秘密。今でも素直じゃなくて、生意気な女の子なんだから。
「泣かないって決めたんだから、泣いてなんか‥‥泣いてなんか」
蛍の語尾が震えているのを誰もが気づいていたが、誰もが気づかない振りをしていた。それが、一番の優しさである――そんな気がしたから。
「小さな祈り、か‥‥」
大地は皆から一回り離れたところで小さく呟いた。
神様、本当に居るのなら――小さな祈りに耳を傾けてくれ――心の中で祈る。
「あなたのご両親は、いつでもあなたの心の中にいます。いつも見守っています」
サンディが膝をついてカシアと視線の高さを合わせ、そして真っ直ぐな瞳で続けた。
「だから、どうかあなたもこんなところで立ち止まらず、強く逞しく、優しく生きてください」
風がさぁっと下草を揺らして吹き抜けた。
流れる髪を押さえるようにして、一同の視線がカシアに集まる。
「‥‥‥はい」
少女は瞳に涙をため、そして笑顔を浮かべて頷いた。
ひたむきに生きる一人の少女は、この先もこうして祈りを続けていくのだろう。
ありがとう――能力者たち。
ありがとう――共に祈りを。