●リプレイ本文
出撃前。
深夜のKV格納庫は明々と照らされ、整備員達が怒声を上げながら作業する。氷点下を下回る気温の中、既に傭兵達の姿も見えていた。
「全く‥‥少しはゆっくりと寝かせて欲しいものです」
鹿嶋 悠(
gb1333)が眉間に手を当て溜め息を吐く。
「‥‥ここは常に危険と隣り合わせですか。一機たりとも通すわけにはいきませんね」
隣機のディアブロからは如月・由梨(
ga1805)が言い放つ。その自信は、多くの経験と馴染んだ機体に裏付けられているのだろう。
「空戦はこの前やったばかり‥大丈夫落ち着いてやれば必ずできる‥」
「夜中で悪天候。さて、今の俺でどこまでやれるか‥‥試してみるか」
一方で、並んだシュテルン二機からはアセット・アナスタシア(
gb0694)と水葉・優樹(
ga8184)の緊張した声が漏れた。
「電子戦機無しの夜間戦闘だ、今の内に曳光弾を準備できないか!?」
風間・夕姫(
ga8525)が機上から叫ぶのを、ヒゲ面整備員は首を横に振って否定した。
「無理でさぁ! 弾丸にそういったモンを混ぜるとバグア共の装甲を破れなくなるそうで! それでも良ければ――曳光弾を入れますがね!」
それは初耳だった。一発でもそういうモノを交ぜると効果が無いらしい。
「それならば、基地の防空設備から照明弾を打ち上げる事はできないか?」
井筒 珠美(
ga0090)が別角度から提案する。
その案にはヒゲ面も賛成らしく、ニッコリと笑って頷いた。
「そりゃ名案ですな。分かりやした、上に打診しておきますぜ」
そう確約すると見習い整備員を走りに出すヒゲ。
入れ替わるように一人の整備員がハンガーに姿を見せた。
「出撃命令が出たぞッ! 一分以内に全機発進させろォッ――!」
「三十秒で十分だ! まわせーッ!!」
号令の下、傭兵達は慌ただしくKVを転がし始める。
先頭を切ってリディス(
ga0022)のディスタンがハンガーを出た。雪の舞う中をKV用短滑走路まで移動する。
「敵強襲が確定したか。‥あぁ未早、こんなつまらんところで落ちるなよ。――未来の奥さん」
「からかわないで下さいリディス隊長。‥‥分かってますよ。――EF−006ワイバーン、Holger機、ラストチャンスクリア。ローリングテイクオフ‥出撃します!」
黒虎のKVに続き、水上・未早(
ga0049)のワイバーンも夜空に上がる。一応暗視装置を持参したが、それより幾分かマシな機体搭載の赤外線カメラがあった。
八機の飛行灯が夜空に煌く。暗い雪の舞う中を北方に向かって加速した――。
雪夜空を飛行する傭兵達。しかし進むにつれて、電子機器が徐々に狂い始めていく。
『ノイズがひどい、ですね‥‥一体、どれだけいるのやら』
由梨の呟き。
それにも耳障りな雑音が混じっている。
ちなみにワームは微弱ながら発光しているらしい。しかし、雪や両者の移動速度などの要因で索敵は困難である。
『何も見えないな‥‥そろそろ照明弾を上げるか?』
『そうですね。では二秒後、十二時方向に発射します』
優樹の提案に悠は同意、全機に注意を促す。
一呼吸を置いて雷電から一発の光弾が放たれた。
途端に明るくなる空。全員が肉眼による索敵を開始する――。
『‥‥あ、アレ! みんな二時方向っ!』
すぐにアセットの興奮した声がヘッドフォンに響いた。
照らされた空の向こう側に――ワームの群れ。距離およそ1km。
八機のKVはすぐさま方向転換すると、敵群へ加速し始める。
しかしほぼ同時、照明弾が光を失った。
「どうする。次の照明弾は――。‥‥チッ、通じんか」
夕姫が通信を断念する。ノイズばかりで既に通信機器は死んでいた。
だが返事するように、先頭の由梨機が光弾が放つ――。
再び夜空に光が甦った。
ハッキリと視認できる敵の群れ。
敵の数、CW10、HW7、大型キメラ9。
‥‥ほぼ最悪の予想戦力が当たった形である。すぐには数えられない敵の数に傭兵達も一瞬戸惑ってしまう。夜の不利に加えこれでは――。
その時突如、地上の対空砲が火を噴いた。
「要請は呑んでくれたか‥‥助かる」
珠美が呟く。
打ち上げられた照明弾の照準は少しズレていたが、傭兵達が放った照明弾の補助程度の効果はある。暗闇の不利は――消えた。
「まずは強烈な一撃をお見舞いします――!」
先制を仕掛けたのは能力者側。由梨がブーストを掛けてアグレッシブ・フォースを起動、K−01ミサイルを敵の群れへ発射した。
全弾命中とはいかないものの、キメラ二体を電光石火で撃墜。HWには一体に命中、他の二体は回避した。
続いて、ディスタンがスラスターライフルを掃射しながら戦端に加わる。優樹機、悠機も続き敵に均等な放火を浴びせかけるが、――その全てを敵は回避。
「くっ、まるで他人の身体のようだ‥‥」
攻撃を当てられずにリディスは顔を歪める。
優樹、悠も焦りを覚える。キメラを落とした由梨でさえも、内心では一つでも回避された事に驚いていた。
照明弾で視界は十分。にも関わらずこの命中率の悪さは――CWの妨害電波によるものだ。
KVの攻撃に応えてプロトン砲の光線が乱れ飛ぶ。やや後方の優樹機以外の三機が照準に取られ、三方向、あるいは四方向から同時に各機は貫かれた。
誰もが肝を冷やすような光景。
しかし――、
「その程度で‥‥この『帝虎』は落とせんな」
被弾した悠は冷淡な笑みを浮かべていた。
圧倒的な硬さを誇る前衛三機は、――囮だ。
四機の後方でワイバーンがMブーストとブーストを併用して点火。
彗星のようにワーム群へと切り込んだ。
囮班に集中していたHWとキメラは咄嗟の事に対応できない。そんな敵には目もくれずに未早機はすり抜け、その奥――CWへと接近する。
「今作戦の要は‥‥CWの殲滅。最初から全力で行きます――!」
CWによって命中精度は激減していたが、ブーストの力を得て正確に射撃。一体を撃墜、さらに他の一体へもバルカン砲を直撃させた。
それに続く夕姫機。敵左翼へ接近して一番端のCWへ攻撃を試みる。しかし一つ攻撃を外し、撃墜には至らない。
珠美機とアセット機もレーザーガトリング砲を連続で撃ち放つ――。
「ってあれ、出力値が‥‥?」
「くっ――、これでは豆鉄砲の方がマシだなっ‥!」
二人はCWのFFも貫けない自機の攻撃力に愕然とする。CWが知覚兵装にも強烈な影響をもたらしているのだ。珠美機のアテナイだけがCWに軽いダメージを与える。
その間に敵も態勢を立て直し、強烈な反撃を繰り出した。プロトン砲、フェザー砲の入り混じった砲撃の乱舞がKV群を突き抜ける。その後に大型キメラが突進した。
流動的な戦況で偶然生まれたキルゾーン。そこに運悪く入っていた珠美機のロングボウは、一気に機体損傷率50%以上に跳ね上がる。
他の全機もいずれかの攻撃に被弾。散る火花、溶ける装甲。激しい猛攻を受けた――。
‥‥地上から打ち上げられる第二の照明弾。同時に優樹機も上方に照明弾を放ち、そのままバルカンを撃ち放った。
「いい加減に‥離れろッ」
珠美機を狙っていたキメラの鼻先を弾丸が掠める。そのまま優樹機は掃射、複数のキメラを自分に引き付けた。
他の囮班三機も通信不能の中、個々に敵の注意を引き付ける事に成功。
しかし、引き付けた攻撃はCWのせいで回避できなかった。リディス機は七度の砲撃に直撃し、悠機は六度キメラに切り裂かれ、由梨機と優樹機も無傷で済まない。
しかし、四機は我慢強く耐えた。仲間がCWを駆逐するのを信じて――。
「邪魔な敵は叩く‥今はそれが役目だからねっ‥‥!」
苛烈な攻撃を繰り広げるCW班。右翼のアセットがミサイルと滑腔砲をCWへ叩き込んで一体撃破する。
中央でも珠美がAAMを三連射してCW一体撃破。未早はバルカンでCW二体を仕留めた。
「‥‥こちらHolger、CW三体目撃破です」
『お、一応通信は回復したようだな』
口癖のようになった未早の戦果報告に、激しいノイズ付きだが夕姫の声が返って来る。夕姫機はそのままソードウイングでCWを一体撃破した。
急速なCW駆逐がジャミングを緩和し始めている。
‥‥だが敵も黙ってはいない。囮班が引き付けきれなかったHWとキメラが、KV群に猛烈な反撃を加える。
次々と被弾するKV。暗闇に破片がこそぎ落ち、装甲は溶け、機体内部が火花を散らして露出し始める。夕姫機、優樹機が損傷率約50%、珠美機は75%を越えてデッドラインに足を踏み入れた――。
三発目の照明弾が空に上がる。敵に一方的だった戦況は徐々に変わりつつあった。次第に、戦闘は乱戦の様相を見せ始める。
光線と火線の激しい応酬。薄白い雪空を焦がすように火線が走り、KVはジェットコースターのように光線の軌道を縫って滑る。
「こちらHolger、CW四機目撃破です‥‥!」
未早が戦果報告。そのワイバーンにも四条の光線が飛ぶが、ダブルブーストを掛けて高速で回避。
「ほら、よそ見してて大丈夫か?」
リディスが放ったアハトアハトがHWに直撃する。
振り返るHW、――しかし斜め上から降ってきたバルカンに被弾、そのまま爆砕した。
「HW、一機撃破です」
由梨が通信に乗せた戦果は、本日初のHW撃破である。
反撃を試みるバグア。比較的単調な機動を見せる悠機の後ろを取ると、フェザー砲を撃ち放つ。
――だが直前、雷電が消えて砲撃は虚しく空を切った。
「本家の『木の葉落とし』とは違うが‥‥ただの鈍重な雷電とは思わないで貰おうか」
悠機を狙ったHWは、しかし「斜め下後方」から逆に攻撃を浴びていた。
――そのタネは、空中急停止から失速降下しオーバーシュート、再び加速して敵機の後ろに回り込む高度戦闘機動だ。所々に細かなブーストやアクチュエータを併用している。
もちろん、バグアも手玉に取られてばかりではない。物量に任せて大量の砲火をKV群に浴びせる。だいぶ回避率も上がってきたが、まだCWの影響はあった。
「つッ‥‥、まずいな」
優樹機シュテルンの装甲が溶け落ち、最終装甲も破壊されていく。損傷率75%超。
さらに夕姫機がフェザー砲を直撃、キメラの体当たりもまともに食らう。コックピットに響き渡るアラート。機体に無事な箇所が存在しない。ディアブロ損傷率88%
しかし、まだ攻撃は止まない。瀕死の優樹機へフェザー砲が乱れ飛び――。
「CW一体撃破だよ‥!」
「こちらも最後のCW撃破!」
その時、アセットと珠美の通信が耳を叩いた。
同時、優樹の体の不調が消える。
「――うおおぉぉぉッ!!」
思いっきり引いた操縦桿。
機体の底部を――光線が通り過ぎた。
「こちらオウル1。ゴミは全て始末した、さぁパーティの時間だな」
CW班の仕事を終えた夕姫が言い放ち、パーティ会場に明かりを撃ち放つ。
曇天の下にシャンデリアが灯った。
そのまま夕姫機はキメラを銃撃、さらにソードウイングで体を真っ二つに切り裂いた。血しぶきを上げてキメラは即死する。
「何も考えずに撃つ‥‥!」
反対側ではアセット機が出力値が戻ったレーザーガトリングを撃ち放った。激しい弾幕でキメラを穴だらけにして撃破。
さらに別の場所で、突然超高速のミサイルがHWに着弾、激しい炎が機体を包んだ。
「やっとロングボウの真価発揮、か」
珠美機が遠距離から放ったミサイル。まるでスナイパーのようにそのHWを撃墜した。
次々と落とされていくHW。必死の抵抗を試みるも、本来の機動を取り戻したKV群は軽々と避けていく。
混戦状態の中、ふいに黒虎のディスタン、ジャックのワイバーンが一瞬並んだ。
「戻ったか。行くぞ未早、‥‥しっかりこちらの攻撃に合わせろよ!」
「了解、ブースト点火します――!」
ディスタンから放たれる三発のAAM。ブーストを使用したワイバーンがそれを追いかける。
空を高速で滑る火線。HWにミサイルが着弾する側から、追撃のレーザーが飛び中枢機関を破壊。
リディス機と未早機は瞬く間に二体のHWを撃墜した。
「凄いなあの二人‥‥確か弟が所属する小隊の隊長と副隊長か。話には聞いていたが、――飛びぬけてる」
思わず感想を漏らす優樹。
負けていられんとばかりにキメラの体当たりを回避すると、その背中に強烈なレーザーを見舞う。キメラは苦悶の声を上げて、夜の闇へ吸い込まれて行った。
「その程度――避けるほどでも無い!」
悠機はフェザー砲をあえて被弾。装甲を焦がす代わりに、――真正面にHWを捉えた。
雷電『帝虎』から空を裂いて螺旋ミサイルが走る。HWに命中、ドリル弾頭は中ほどまで食い込んだ瞬間――敵の原型も留めずに爆砕した。
他方では、由梨機が敵の猛攻を回避し続けている。
「さて、これだけ集めれば十分ですわね」
その瞳に残虐な炎が宿る。視界の中にはHW一体、キメラ三体。
由梨はディアブロ機体能力発動――K−01ミサイルのトリガーを引いた。
解放されるミサイル格納庫。
次々と飛び出す小爆弾を四体は被弾、途方も無い小爆発に包まれ全大破。敵四体は、炎を上げながら夜の闇を小隕石のように墜落していった――。
残る敵はたったHW一体とキメラ一体。
だがHWは一瞬の隙を縫って、目に見えて被弾率の高そうなKV、夕姫機ディアブロにフェザー砲を向ける。
「‥ッ! チッ、マズい!」
せめて一機でも地獄の道連れにするために。
「間に合うか――!?」
「させん‥‥!」
悠機、リディス機がブーストを点火。HWの射線に割り込もうと機体を加速させる。
だが微妙なタイミング。加えて空中で味方機の盾になるのは困難だ。
悠機が射線一本分だけ上を通り過ぎて――失敗。
そして無常にも、夕姫機にフェザー砲が放たれ――。
光線が到達する前に、何かが遮った。
「人間、――必死なら出来るものだな‥」
神がかったテクニックで割り込んだディスタン。
夕姫機とピッタリ重なるように停止して光線を受け止める。リディス自身でも驚くほど機体が自分の体の一部となり、それを成功させた。
直後、HWは珠美機が撃破。
危機を脱した――かに見えた時、突然夕姫機が――轟音と共に弾けた。
「オウル1ッ‥‥!?」
キメラの体当たりだった。すぐさまアセット機と優樹機が対応、大量のレーザーがキメラをバラバラに寸断する。
「オウル1、大丈夫ですかッ!?」
「持ちそうですか!?」
未早と由梨がマイクに向かって叫ぶ。
「くっ‥‥。ああ、なんとか帰還できそうだ」
機体内部がむき出しになり、不吉な黒煙を上げていた夕姫機は――、しかしどうにか空中に留まる。
全員が安堵の息を漏らした。
「それでは帰還しましょう。――敵全機撃墜、任務完了です」
未早が敵が残っていないのを確認して、全機を促す。
そして雪夜空の中、全機は基地に帰還していったのだった。
戦果
HW×7
大型キメラ×9
CW×10
被撃墜機無し。
――任務成功。