●オープニング本文
前回のリプレイを見る「オラは姫子を助けに鬼ヶ島へ行くだ。必ず勝って帰ってくるべさ、待っててくんろ」
大人ぶった態度で、桃太は集まった村人達にペコリと頭を下げる。
「桃太さ、これ持っていげ!」
なにやら感極まった表情で手先の器用なおばさんが進み出て、桃太の背嚢に「日本一」という小さな旗を差した。さらに老婆も追いすがると、「腹が減ったら食べんしゃい‥」と腰に団子が入った袋を付ける。
やいのやいのと、自分の子供の事のように村人達は桃太の世話を焼こうとした。はじめは大人達のされるがままになっていた桃太も、とうとう我慢の限界に達したらしい。
「それじゃオラ、もう行ぐから!」
早口で言い捨てて小走りに村人達を振り切った。
その背中を心配そうに眉をひそめる者、頼もしそうに微笑を浮かべる者、希望を託して祈る者、村人達の反応は様々だ。小さい背中はみるみる遠くなっていく。
「止めなくても良かったんだか‥‥村長」
ふいに、初老の男が心配そうな顔で隣へと声を掛ける。
村長は大きく頷くともう一度、もう見えなくなった桃太の方へと視線を注ぐ。
「‥‥この村には桃太と姫子しか子供が居らん。周りを見渡せば老人や大人ばかりのこの村で、子供同士のあの二人はいつも一緒じゃった。桃太と姫子、ワシ等が想像できんぐらいお互い大切な存在だったんじゃよ‥‥。
ワシに桃太は止められんわい。ここに居る誰にも無理なんじゃ。姫子を救えるのは他でもない‥‥桃太だけなんじゃよ」
そう言い放った声が風に流されて消える。村には盛りを超えた大人だけが残り、寂しげな静寂だけが漂っていた。
「‥さぁ、二人が帰って来た時のためにお祝いの準備を始めるべさ!」
「そうだべ!」
村人の誰かが明るく言い放った声に、同調の声が重なる。
そんな明るい雰囲気に包まれた村の様子に村長も穏やかに微笑むと「さて、ゆーえるてぃーに依頼書を出さなければのぅ」と呟いて歩き出した。
先週、傭兵達と共に餓鬼を倒してから数日後の事。
桃太の村からほど近い漁村の外れで、漁師達が数隻の手漕ぎ船を発見した。しかもその船の横腹には『鬼ヶ島丸』だとか『鬼ヶ島号』だのという名称が書かれており、桃太の村が餓鬼達に襲われた事を知っていた漁師達はピンと来た。
すぐに村の者を走らせてそれを桃太の村に知らせたのだ。
餓鬼達を退治したという桃太達が、この漁村にもやって来てくれるのを期待して――。
村を出てから数時間。
山を越え、海が見え、ようやくの事で辿り着いて桃太が目にしたのは、――あまりにも活気が無い漁村だった。
天気も良く風も無い穏やかな日だった。
しかし村では漁師とおぼしき逞しい男達が至る所で内職に勤しんでいる。放置されたままの漁船が何隻も浜辺に上がっている。ただの貧しい漁村というだけでなく、何か大きな暗い影が村全体を包み込んでいるようだった。
そんな村の光景に唖然として歩く桃太は、気を取り直して漁師らしい男に声を掛けてみる。ここに来た経緯を話していると、その男は話を遮って怪訝そうに桃太を見つめた。
「まさかてめぇが‥‥餓鬼達を退治したっていう桃太か?」
ふいに掛けられた質問に、桃太は「そうだ」と強く頷いた。
しかし一升瓶を片手に持った赤ら顔のその男は、呆然としてその年端もいかない少年を見つめる。男は信じられないという表情だったが、桃太が差した刀や姿が物々しい格好だったのでその話が本当らしい事に気付いた。
男は明らかに失望したように投げやりに酒を煽り、呻いた。
「鬼を倒したというから期待して待っててみりゃ、まさかこんな小僧だったとはな‥‥。へっ、こりゃ無理だ、とんだお笑い草だぜ‥‥!」
そう言ってまた酒を煽り出す男。
桃太は訳が分からず眉をひそめて男に向き直る。
「おじさん、一体どうしたんだべ」
「へっ、どうしたもこうしたもあるめぇ。俺達ゃあな、鬼共をギタンギタンにぶっ倒した桃太郎様が居るってんで、この村にもやって来てくれんのを待ってたんだよ。あの鬼を倒しにな」
「あの鬼を倒しにオラを? どういう事だべ‥‥? もしかして‥‥鬼の船の話は嘘だったべか!?」
桃太が軽く怒気を孕んだ声で言うが、男は軽く鼻で笑って首を振った。
「嘘なんかじゃねぇ、ほんとの話よ。ただこっちの村にも鬼が出てな、ほとほと困ってんだ‥‥」
そう言って、男はその鬼の事を語り出す――。
その日、沖の方から魚を満載して漁船は帰途に付いていた。
なにしろ最近の不漁を全て吹き飛ばすほどの大漁だ。これだから漁師はやめられねぇ、と乗組員達は陽気に歌いだす。その声は海を渡り、島々に響き渡るほどだった。
だがしかし。村が見え出した頃、いきなり雲行きが怪しくなってきた。
波が高く荒れ、強い風が吹き付ける。雨も降らないのに雷が鳴り響く。――そして突然、声が聞こえた。
『‥‥魚をよこせ』
ひどく低いが、よく響き渡る声。海が怒ってるような、そんな恐ろしい声だ。乗組員達は硬直して付近の海に目を走らせると‥‥見えた。
おどろおどろしいバケモンの影が水の中に映っているのが。
直後に突然、船が岩に乗り上げたみたいに強烈に揺れた。というより、衝撃が走った。気付けば、船のドテッ腹には穴が空いている。
船が沈み始めて漁師達は諦めて海に飛び込むしかなかった。
最後に見たのは‥‥クモみたいな身体をした牛の頭を持つ怪物が、船底に齧り付いている所だったんだ――。
「‥‥とまぁそれが最初。それからは船を出す度に襲われて、最近じゃ浜辺にも時々来て暴れやがる。死人が出てないのが奇跡だぜ‥‥」
溜め息を吐き、また酒を煽る男。
するとその話をジッと聞いていた桃太が、ふいに口を開いた。
「んだば、そいつを退治しよう」
「は‥‥? くっ、はっはっは! 無理だ無理! おめぇみたいな小童じゃあな、奴ぁ船ほども大きなバケモンでな。三メートル、いや、四メートルはあるんだ」
その小バカにしたような態度にも動じず、桃太は静かに首を振る。
「確かにオラだけじゃ無理かもしんねぇ‥‥だけどオラには助けてくれる人達が居る。――心強い仲間が居るだ」
脳裏に過ぎるのは一週間前の出来事。そして、姫子が攫われたあの日の事。
「オラはこんな所で立ち止まるわけにはいかねぇだ。もし化け物を退治したら‥‥船でオラを鬼ヶ島まで連れてってくれ」
「‥‥ほお」
子供の物とも思えない真剣な眼差しを向けられて、男は感心したような表情を浮かべる。それからニヤリと笑って頷いた。
「良いぜ‥‥約束してやる。危ない島の噂は聞いてんだ、鬼ヶ島ってのはそこだろう。ただし、バケモンを退治できたらな」
その言葉に桃太は強く頷く。
いつの間にか曇った海の彼方、不吉な雷鳴が一つ轟いた――。
●リプレイ本文
まだ薄暗い早朝。
「やあー!!」
砂を蹴り少年が刀を振るう。
それを鬼金棒で受け止めるは鬼非鬼 つー(
gb0847)。薄暗い浜の上に火花が散る。
よく見ればそこに居るのは二人だけでは無い。前回、餓鬼退治の時に桃太を助けたメンバーがそこに揃っていた。
「力で負けている相手に力んでどうする!」
振り下ろされた刃を弾きながらつーが叫ぶ。刀ごと体が浮くような衝撃に桃太は一瞬怯み――そこへつーからの蹴りがまともに入った。
「何をしている、手を止めるな! 足を止めるな!」
「く‥‥っ、やぁあッ!」
叱咤され、歯を食いしばる桃太。目の前の赤鬼へ走り出すと、刀を構えて渾身の一撃を狙う――。
そこへ横なぎに振るわれた金棒が側頭部に直撃した。
頭から吹き飛んで転がる桃太。その動きが止まったのと同時、空を舞っていた桃太の刀が砂に深く突き刺さった。
「はい、勝負あり。でもほんと‥‥見かけ通りのファイターぶりだね、桃太君」
常世・阿頼耶(
gb2835)が桃太に歩み寄りながら声を掛ける。
彼女はULTへ桃太のクラスとスキルを照会していた。結果、桃太はファイターで、紅蓮衝撃と強力発現がセットされている事が分かったのだ。
しかし半身を起こした桃太は、阿頼耶の方へ戸惑った顔を向ける。
「‥でも俺、よぐ分がらねぇ‥‥」
一応説明を受けたものの、まだ完全に理解していない桃太。
とはいえ、性格に合ったクラスだったので「そんな感じで良いんじゃない」と阿頼耶は頷いて見せる。桃太は少しホッとした様子だった。
ふと、その頭上に小さめな影が落ちる。
「あらゆる障害を越え、あらゆる困難を打ち破り、ただひとつの頂を目指す者。人それを努力という――。どうじゃ、自分に必要なものは見えてきたかの? 少年」
エマジェンシーキットを小脇に抱えた藍紗・T・ディートリヒ(
ga6141)だった。
彼女は水筒を桃太に手渡しつつ、傷を診るために屈み込む。桃太は若干恥ずかしそうだったが、黙ってされるがままになっていた。
藍紗の消毒液に顔を歪めつつ、投げられた問いにポツリと答える。
「‥‥やっぱり、力が足りない」
「ふむ、力のう。‥‥それでも、今なら常人の十倍はあるぞ?」
「んだげど‥‥!」
桃太が泣きそうな顔でつーを見上げた。
鬼の姿をしたつーは、日本酒を大盃『桜』になみなみ注いで余裕の態度で飲んでいる。そんな相手に一太刀も浴びせられなかったのが悔しくて堪らないようだった。
しかし、ふいにその様子を見ていた不破 梓(
ga3236)が動いた。砂浜に刺さった刀を引き抜いて桃太の隣へ放り投げる。
「まずは生き残ることを考えろ。攻めを考えるのはそれからだ」
「でも守り、なんて‥。オラは早く強くならねぇと――強くなって姫子を助けねぇと!」
その意気込みを買うように梓が二刀を構える。桃太も立ち上がり、覚醒した。
ほぼ同時、梓が踏み込んでいく。
「強くなりたければ毎日剣を振れ、振った回数がお前の中で自信と実力に変わる。全ては積み重ねだ。それがお前を強くする」
「‥‥く、つっ!」
桃太は必死に防御するので手一杯で答える余裕も無い。
あらゆる角度から振るわれる刃には隙が無く、なかなか反撃にも踏み出せなかった。
ギリギリで受けて打ち合わす事数度。
‥‥そのうち桃太は、この況に痺れを切らした。相手の斬撃を弾いたタイミングで強引に踏み込み、そのまま刀を鋭く振るう――。
「甘いッ!」
「つっ!?」
だが打ち込んだはずの斬撃は――梓の二刀目、月詠の上で止まっていた。
直後、肩を襲う鈍い衝撃。反転する視界。
梓の峰打ちを受けて、桃太は砂の上に倒れ伏していた。
「たた‥、ダメだったか‥‥」
「無理をすればそうなるんだ。‥‥牛鬼との戦いに生き残れたら次を教えてやる」
梓が納刀して後ろを向く。
しかし二度まで倒されながら、桃太はまた刀を手に立ち上がる。
「まだまだ‥オラはやれるべ」
「‥‥相変わらず無茶だね。よし良いよ、お姉さんが教えてあげよう」
そう言って神凪 久遠(
gb3392)が軽い足取りで進み出る。
身構える桃太。しかし、久遠は悪戯っぽく笑うと「その前に‥」と前口上して指を立てる。
彼女はおもむろに、組み手で気付いたアドバイスを何点か挙げていった。
それを一通り聞き終えて、桃太は小さく頷く。
「うん、‥意識して戦ってみるだ」
「よろしい」
久遠は大仰に頷くと、今度は少し真剣な表情になって桃太を見た。
「いい、桃太くん。これから行く場所は鬼の巣窟なの。だから君も最低限戦えないとダメ」
「‥‥うん」
桃太も真剣な表情で答える。
久遠は軽く微笑むと、直後に瞳を紫に変化させて刀を構える。
桃太も刀を構えると、砂を蹴った――。
浜辺に小気味の良い剣戟音が響く。その合間に穏やかな海の波音が押し寄せて、能力者達の耳朶を叩いた。
特訓を開始してから数時間。格段に良くなる桃太の動きは、教える側にも楽しい変化だろう。
「‥あかざりし 花をや人も 遊ぶらむ ありし昔を おもひ出でつつ」
浜の隅に移動させた船の上で覚醒を解いたつーは、軽く口元を緩ませて酒を飲みながら歌を詠む。
他の能力者達も穏やかな目で特訓の様子を見つめていた。
‥それからほどなくして特訓は終了。同時に、桃太は地面の上に倒れこむ。
そんな彼へラルス・フェルセン(
ga5133)が歩み寄っていく。気付いた桃太が振り向くと、二人は目が合った。
「‥私からは一つだけ。戦いにおいて大切な事は『死なない事』です。
当たり前だとお思いでしょうが、その為に己が為すべき事を最後まで諦めず考えて下さい。
そうすれば、おのずと道は見えてきます」
最後には微笑を浮かべられ、桃太も微笑みながら頷き、言葉を胸に刻み込む。
直後、ラルスは覚醒を解いて話を続ける。
「何にせよー、皆さんお困りのようですしー、確り鬼を退治致しましょう〜」
「ぷっ、ラルスさん人が変わりすぎだべ」
おかしそうに桃太が笑う。つられて他の能力者達にも笑いが広がった。
それが一通り静まった後、鷲羽・栗花落(
gb4249)が桃太に向き直る。
「あれこれ言っても覚えきれないからボクからはちょっとだけ。
桃太君、信じる気持ちと大切なものだけは忘れないでね。これからきっとそれが必要になるから」
「‥うん。大丈夫だべ!」
満面の笑みで桃太は答える。
それに栗花落は頷きながら目の前の海を眺めた。
「でも今度は牛鬼かー‥。なんだか御伽噺っていうより妖怪奇談って感じになってきたね」
「本当に日本にいるオーガ――鬼は種類が豊富なんですね。尤も、人に迷惑を掛ける点では万国共通の様ですけど」
近所の漁師から借りてきたベニヤ板とスコップ片手にロアンナ・デュヴェリ(
gb4295)が言った。桃太の特訓も終わったので、彼女は牛鬼退治の為の下準備を始めるようだ。
牛鬼が目撃されたのはほぼ夕方から夜に掛けて。その話を裏付けるように潮風そよぐ浜は穏やかだ。
能力者達は軽く警戒しつつも、戦いに備えて休息を取ったのだった――。
そして時は流れ、夕刻も過ぎて宵に入りつつある頃。
朝の特訓の疲れもすっかり取れた能力者達は、にわかに海が荒れ出した事に気が付いた。
薄闇の下で磯にぶつかった波が飛沫を上げる。海の豹変に何かを感じて目を凝らす能力者達。
「来たみたいだね」
阿頼耶がAU−KVをアーマー形態に変形させながら呟く。
荒波の中――そこに浮かぶ小さな黒山が、まっすぐにこちらの浜へ流れてきていた。
「‥作戦通りに!」
その言葉を合図にそれぞれが散る。刀を携えて牛鬼に近付く者、弓を構えて配置に着く者、その役割は様々だ。
ほとんど間をおかずに牛鬼は岩磯と浜辺の中間地点に上陸した。巨大な蜘蛛の体、闘牛の頭を持つ怪物が水を滴らせて砂浜に多くの足を踏み入れる。
――その巨体側面へ、ふいに一本の矢が突き立った。
「‥現れましたね。追いつくものなら、追いかけて来てごらんなさい」
弓をしならせ、もう一矢を放つラルス。
牛鬼は鋭い痛みを受けて何本もの蜘蛛の足を踏み鳴らす。それから飛び跳ねるようにして一瞬でラルスの真正面に向き直った。
「――オアァァッ!」
おぞましい叫びを上げて牛鬼がラルスへ走り出す。
すぐにラルスは浜の中心へと走り出した。その背後に恐ろしい巨体が迫る。
「‥‥くっ、もう良いだべか藍紗さん‥!?」
「焦るでない、まずは海から引き離してからじゃ‥近くに味方がいては、こんなものは打てぬしの‥!」
言うと同時、藍紗が引き絞った弦から指を離す。放たれた矢は牛鬼に命中――爆炎を上げた。
その衝撃で一瞬怯む牛鬼。そこへさらにもう一度同じものが放たれ、牛鬼の上で闇夜が赤く焦げる。
「‥‥今ッ!」
その牛鬼の後方、タイミングを取ってロアンナが『砂の中』から飛び出した。
朝に掘っておいた塹壕。そこから出るなり牛鬼の足をスマッシュで切り裂く。黒い液体が砂の上に飛び散った。
度重なる不意打ちを受けて威嚇の怒声を上げる牛鬼。
ふとその正面へ、栗花落が立って見せた。
「さぁこい牛鬼、ボクたちを食べられるものなら食べてみろ!」
挑発。その途端、怒れる牛鬼は脇目も振らずにそちらへ駆け出した。
「うわ、凄い勢い‥そういえばボクって柔らかくて美味しそうとか前に言われて‥いやそんなこと今はどうでもいいから!」
などとセルフ突っ込みをしつつ、牛鬼の体当たりをかわすべく足に力を込め――。
「‥あれ?」
が、いつの間にか足が砂に埋まっていた。そこへ牛鬼の鋭い角が唸り、栗花落の体が数メートル吹き飛んだ。
「‥大丈夫です!? っ‥‥さぁ牛鬼、今度は私と一緒に踊ってみませんこと!?」
やや離れた位置に走りながらロアンナがコートの裾を翻す。赤いコートは月明かりの下で怪しく映え、さながら闘牛士のマントを彷彿とさせた。
牛鬼は倒れた栗花落からロアンナの方へと駆け出す。しかし八本足の突進は――予想以上に速かった。
「つっ――!?」
ロアンナも避けきれずに直撃。砂の上を転げるように薙ぎ倒される。
しかしその二人は攻撃を受けつつも役割を果たしていた。
「やい牛鬼、そこまでだ! まんまと誘導されてくれたなっ!」
覚醒した桃太が刀を構えて叫びを上げる。その隣で酒を煽るつー。
そして牛鬼の背後、海側には梓、阿頼耶、久遠の三人が立っていた。
牛鬼は完全に誘導され、能力者達に囲まれていたのだ。
「アアァッ‥!」
不利を悟った牛鬼は素早く後ろへ向き直る。そこに立つ三人にめがけて突進、そのまま強引に突破しようとした。
しかし、その行く手を梓が阻む。
強力発現で身体を強化し、真正面から巨体を抑えにいった。角に身を削られ、数メートル後退しながらも、どうにか牛鬼の動きを止める事に成功する。
「逃げられると思うな‥貴様の帰る場所は冥府のみだ‥」
精一杯の力で押し返しながら梓が言い放つ。
その時、フッと牛鬼の突進力が消え、代わりにその足の数本が振り上げられた。――と同時、響く甲高い剣戟音。
動きの止まった牛鬼へ他の能力者達が攻撃を仕掛け、それを牛鬼はそれぞれの足の爪で受け止めたのだった。
しかし続く能力者達の連撃を防ぎ切る事はできず、無数の傷が作られていく。
「桃太君、敵の弱点と思えるところを狙うのは常套手段だよ!」
足の関節部に円閃を叩き込みながら栗花落が叫ぶ。桃太は頷き、そこに攻撃を加えた。
だが牛鬼も必死に抵抗し、鋭い爪が各々を切り裂く。単に足をバタつかせるだけでも巨体から繰り出されるその威力は凄まじい。能力者達は苦戦を強いられた。
その近接班を援護して、ラルスがスキルを使用した渾身の一矢で牛鬼の顔を貫き、逆の背中からは藍紗の放つ矢が乱れ飛ぶ。
牛鬼は遠距離からのそれに危機を感じた。
弓手の藍紗の方へ向き直ると、一直線に駆け出して体当たりする。
「くっ‥!」
回避する暇も無く巨体に弾かれる藍紗。
さらに牛鬼は逃げるように磯の方へと駆け抜けていく。
「とぉーせん、ぼ! ――吼えろ、応龍!」
しかし阿頼耶が相手を逃がさなかった。竜の翼で牛鬼の正面に回りこむと、すかさず竜の咆哮で敵を斬りつけて牛鬼の巨体を後方へ弾き飛ばした。
戻ってきた巨体の足を、能力者達が流し斬りや円閃などを使用して両断していく。牛鬼は残った足で必死に抵抗するも、段々と弱り始めていた。
「桃太君、修行の成果を見せておやりなさいっ」
武器を持ち替えて接近戦に移行していたラルスが、隙を見て桃太に叫ぶ。
頷き、駆け出す桃太。
だが牛鬼の正面では――既にトドメの攻勢が始まっていた。
「宴も酣、締めの一献は貴様の命だ」
酒を飲み干したつーが瞬天速で牛鬼に接近、金棒を大きく振るう二連撃、さらに瞬即撃の一撃を加える鬼非鬼奥義『三歩必酔』を放つ。金棒の鋲が敵の体を深く抉り取った。
苦悶の声を上げる牛鬼。しかしそれでも暴れて動きを止めない相手へ、今度は久遠が走る。
全身から炎のようなオーラを放って牛鬼の頭へ飛び、さらに赤熱に輝く――月詠を一閃。牛鬼の頭を角ごと斬り裂いた。
「‥‥奥義、天譴」
久遠は着地して剣に付いた血を振り払い、ポツリと呟く。
顔の半分を失い硬直した牛鬼は、――しかし直後に両足を大きく薙ぎ払った。
「なっ‥!」
つー、久遠がなぎ倒される。
さらに正面へ回り込もうとしていた桃太へも鋭い爪が振るわれた。目前に迫る攻撃になす術も無く――。
だがその爪は桃太を貫く前に止まった。
「行きなさいっ!」
ロアンナがレイシールドで攻撃を受け止め、叫ぶ。
それを見た桃太は止まりかけていた足をさらに加速させた。刀を横に構え、紅蓮衝撃を発現させる。
「‥こんな所じゃ立ち止まれねぇ、姫子が待ってるんだ! 喰らえっ、鬼を切り裂くこの一撃ッ!」
高く跳んだ桃太の腕から閃く白刃、牛鬼の頭に落ちる強烈な斬撃。
既に虫の息だった牛鬼は黒い血を噴き上げると、――地面に崩れ落ちた。
重々しい震動と同時、桃太は着地する。
牛鬼を中心に黒い血だまりが広がっていく。その体はおぞましく痙攣しながらも、‥‥絶命したようだった。
溜めていた息を吐く能力者達。――直後、突如大きな歓声が浜に響き渡った。
驚き振り向いた能力者達が見たのは、漁村の住民達の飛び上がらんばかりの喝采。牛鬼から解放された喜びの声だった。
「ふぅ‥これで鬼ヶ島への道は開かれたの」
藍紗が弓を肩に担ぎながら呟く。
その言葉に、桃太はふと海の向こうへ目を凝らした。しかしそこに島影は見えず、ただ広い海があるのみ。
「‥‥いよいよ敵の本拠地に殴り込みですね」
ロアンナの言葉には微かな緊張が混ざっている。
だが今日の戦いは終わった。他にやる事といえば次へ備えてゆっくり休む事だろう。
ラルスが救急セットで全員の傷を簡単に処置していく。
能力者達がふと見上げた空は、見事なまでの満月だった。