●オープニング本文
前回のリプレイを見る「‥‥チキショウ、いてぇ‥‥、体中いてぇ‥‥クソどもが‥‥ッ」
能力者達との戦闘から数日。命からがら城に逃げ込んだ鬼太郎だったがその傷はまだ完治していないらしく、全身に包帯を巻いた姿で壁に手をつきつつ長い廊下を歩く。
「許さねぇ‥‥俺をこんな目に合わせやがって‥‥チキショウ」
そう言い放つなり鬼太郎は咳き込んでその場にうずくまる。ギラギラと輝くその目には暗い憎悪が渦巻いていた。
その廊下は暗く狭く、カビ臭く湿っていた。日の光を通す窓も無く、人工の灯りが長い距離で一定間隔に並んでいる。そのまま円を描きながら微妙な傾斜が付いており、そのまま地下へ続いてる事が見て取れる。
そんなまるで地獄へ続くかのような道を、呪詛を吐いて進む鬼太郎の姿は――まさに亡者。人を呪い、世界を呪い、やがて人の道を外れてしまった男の末路だった。
しかし、『今味わっている苦しみの原因は全て他人にある』――そう信じて疑わない鬼太郎にとって、その心には復讐の念しか無かった。
「ぶちのめしてやる‥‥、せいぜい良い気になってやがれ‥‥けけけ」
まるで夢の中をさ迷うように、鬼太郎はうわ言を繰り返す。
そうして長い長い時間を掛けてその廊下を歩き切ると、鬼太郎の目前には――とうとう固く閉ざされた巨大な扉が現われた。
「ククク、奴ら今頃は気分良く寝てるこったろうよ‥‥ああ、腹が立つぜぇ‥‥土下座させて俺の靴を舐めさせてやる‥。それからその頭を踏み潰すんだ‥‥けけ、‥‥ひっひひひひ!!」
気の触れた哄笑を撒き散らしながら鬼太郎が扉を両手で押す。
その力に僅かに抵抗した鉄の扉だったが、強化人間である鬼太郎の前には無意味だった。何かが折れる音が中から響き、その後に軋みながら扉はゆっくりと開いていく。
そしてその中の――巨大な闇を映し出した。
広い空間に脈動する音。地下奥深くに巻き起こる息吹。小山の如く不動の影。
城の奥深く。
そこに隠されていたのは、強大な力を持ちながら暴走を繰り返し、失敗作としてバグアへの服従プログラムすら入れられずに封印されていた――最凶の鬼。
だが鬼太郎にとってはこの鬼がなぜここに封印されているか、などは頭に無かった。『ここはにあの能力者達を圧倒し得る力がある』。それだけが重要だったのだ。
鬼太郎は入り口の傍らに据えられた装置へ歩み寄ると、思いっきり両手を振り下ろした。
火花が走り、明滅していた機器が沈黙。
その一撃が鬼の鎖を解き放つ鍵だった。
「さあ目を覚ませ‥‥ヤツラを全部血祭りに上げてやれ、――酒天童鬼!」
鬼太郎は影へ振り返り、狂信的な歓喜の声を響かせる。
それに応えるかのように黒い小山はビクリと体を震わすと、おもむろに大きく動き出す。
その姿はあまりに巨大だった。
八メートルはあろうかという巨体がさらに伸びをするように両手を上げると、天井を突き破りこの地下空間に穴を空ける。
そして射し込む夕闇の光に照らされた酒天童鬼の巨体姿は、――見る者を戦慄させずには居られない恐ろしい姿だった。
赤い髪に赤い皮膚、頭から突き出た角が五本、目は前後左右に合わせて十個付いている。
その酒天童鬼が立ち上がった事によっていともたやすく天井は崩れ去り、上に乗った城がこのフロアに陥没する。
しかし酒天童鬼はそれを受け止めると、雄叫びを上げて彼方の方角へ投げ飛ばした。
城は放物線を描き鬼ヶ島を飛び越し、海に落ちて粉々になる。
そんな荒業を足元からポカンとして見上げていた鬼太郎は、おもむろに瞳を輝かせて声を上げた。
「は、ははははは!! すげぇ、こいつあ最高だあぁ!! おい、酒天! 行くぞ! お前の力で人間どもを踏み潰してやれ!」
そう叫びながら鬼太郎は酒天童鬼の気を引くために足を叩く。
すると、酒天童鬼は初めて気が付いたように足元の鬼太郎を見た。
小さすぎてよく見えないとでも言うように、凶暴な角と牙の生えた顔をそちらに近づける。
しかし興奮した鬼太郎には、それが恭順を示す仕草のように見えた。
「そうだ、俺がお前の主人だ! 見りゃあ分かるだろうが、えぇ、このデカブツよ! ほら、早くそのでっかい肩にでも乗せやがれ!」
鬼太郎は興奮しながら嬉々とした表情で叫ぶ。
しかし酒天童鬼はそんな鬼太郎を身動きもせずに見つめる。鬼太郎はそんな相手に痺れを切らして、ますます声高に叫んで身振り手振りで指図する。
すると酒天童鬼はそんな鬼太郎へ――おもむろに拳を振り下ろした。
「うげぇっ‥‥!?」
鬼太郎は何かに押し潰されて地面に陥没するのが分かった。全身が嫌な音を立てて粉々に砕ける。
酒天童鬼が拳を上げる。鬼太郎はそれでようやく、たった今自分の配下に付けたつもりで居た酒天童鬼にやられた事を悟った。
「‥‥お、おい、てめぇ‥‥ちょっと待て‥。ふざけんなよ‥、誰がてめぇを起こしてやったと思ってやがる‥‥! 分かってんのか‥このクソ野郎ッ‥!!」
鬼太郎が虫の息になりながら悪態を吐く。
だが酒天童鬼は聞く耳を持たず、むしろ言ってる事を理解していない様子で、また拳を振り上げた。
それを見て初めて鬼太郎は正気に返ったように、その目に恐怖の色を浮かべた。
「‥‥ま、待てっ。待て待て待ってくれ! わわ分かった、もうお前の好きなようにやれば良い! だから、な、命は! 命だけは‥‥っ!」
「‥‥?」
相手の様子が変わったのを見て取って酒天童鬼は拳を振り上げたまま動きを止める。そのまま不思議そうに首を少し傾げた。
鬼太郎はその反応にホッと安堵の息を吐く。
――直後、酒天童鬼は拳を振り下ろした。
死の一撃が落ちてくる。鬼太郎はその最後の一瞬に目を見開いた。
「‥ひっ、誰かああああああああーー!!!!」
その断末魔が響くと同時、ズシンッと鬼ヶ島は震動する。
それきり島は静かになった。
海が大きく波立つ。
その上でポツンと揺られる漁船。波を何度もかぶり、今にも沈みそうになりながら辛うじてその漁船は浮いていた。
「一体アレは‥なんなんだべ‥‥?」
傷を癒してから再度、鬼ヶ島へと向かっていた桃太達。しかし彼らの目には鬼ヶ島がただの岩程度にしか映らなかった。
それほどまでに――巨大な鬼がその島には立っている。恐ろしい咆哮が何海里も離れた海にも響く。
「おいおい、あんな化け物‥‥倒せるわけがねぇ!」
「も、桃太‥‥」
船長が叫び、一緒に乗り込んでいた姫子が不安そうに桃太の服を掴む。
しかし桃太は足が震えるのを感じながら、それを表に出さずに姫子に頷いた。
「それでも、行かなきゃならないべ‥‥。オラ、決めたんだ。悪い鬼を討つって」
桃太は力強く言い放つ。
「だってオラ、――もう誰も悲しませたく無いんだべさっ!」
桃太は笑う。
その言葉に同乗した能力者達が微笑んで頷き、船を鬼ヶ島へ近づけるように船長に指示した。
そうして最凶の鬼――酒天童鬼を退治すべく、船は滑り出した。
●リプレイ本文
「‥‥ほ、本当に行くのか?」
「‥はい。どれだけ絶望的な状況が待ち受けていようとも‥私達は行かなくてはならないんです。理不尽な行いから人々を救う為に‥そう、それが能力者となった私達の使命ですから」
船長の言葉に、ロアンナ・デュヴェリ(
gb4295)はハッキリ答える。
ふと、その隣から声が上がった。
「‥フン、ここを我が根城にするのも悪くないな」
不敵に笑って大盃の酒を飲み干す鬼非鬼 つー(
gb0847)。
近くでは神凪 久遠(
gb3392)が、桃太の方へ振り返る。
「私達はともかく、今回は君が無茶する必要は無いんだよ? 仇はもう居ないんだから‥」
「いや、オラも行くべさ。ずっと一緒だった皆と‥‥最後まで一緒に戦いたいだべ」
その言葉に久遠は頬を緩ませて、頷く。
「‥‥そういえば先日の働きの褒賞だ。受け取れ、桃太」
ふと、つーが自ら持っていた吉備団刀を投げる。
反射的に受け取った桃太は、驚いたように彼を見上げた。
「金銀財宝ではないが、好きに使うといい」
「‥うん、ありがとう! つーさん」
笑顔で答えて、嬉しそうに二本目の刀を差す桃太。
その肩へ、ふと優しく手が置かれた。
「では共に参りましょー。君の気概に負けぬよう、力を尽くしませんとね〜」
やんわりと微笑みを浮かべるラルス・フェルセン(
ga5133)。それから鋭く目を細めると、その額にルーンが浮かび上がった。
「ですから互いに‥死なぬよう、――最後まで戦い抜きましょう」
目の前に立つ強大な最後の鬼を倒す。誰一人、倒れる事なく。
「‥だが桃太。もしもの時は姫子を守って逃げろ‥。守る者が居る奴は‥死んではいかん」
ここまで桃太を弟子のように可愛がってきた不破 梓(
ga3236)の最後の警句。
しかし桃太は「いんや」と首を横に振った。そして隣の心配そうな姫子へ、微笑んで見せる。
「大丈夫だ、必ず帰って来るべさ。‥‥オラ達みんなで!」
そう、言い切った。
「‥うむ、準備は良いかの」
「最終決戦ですね」
全身から赤黒いオーラを迸らせる藍紗・T・ディートリヒ(
ga6141)と、瞳の虹彩を虹色に輝かせてAU−KV『ミカエル』に身を包む常世・阿頼耶(
gb2835)。
さらにケルト神ヌァザのごとく、鷲羽・栗花落(
gb4249)は両腕を銀に輝かせる。
「よし、行こう! 最後の鬼退治だ!」
船が一瞬沈み、その上から九人の姿が掻き消える。
――空を滑り、再び鬼ヶ島へ。
九人が上陸すると同時、酒天童鬼が咆哮を上げた。
「‥‥でか」
「わー‥‥あれは鬼というか悪鬼そのもの、って感じだよねぇ‥」
阿頼耶と栗花落が改めてその大きさに呆然とする。
「‥しかし鬼太郎の姿が見えぬが‥‥どうしたのじゃろうか。‥‥考える前に、まずはあのデカブツを何とかせねば‥か」
首を傾げつつ、藍紗はすぐに思考を切り替える。
能力者達は素早く三方向に分かれて、展開。島の中心からやや外れて――会敵した。
「筧神命流、神凪久遠‥。参る!」
真正面から久遠、つー、桃太。左方向から梓、阿頼耶、藍紗。右前方から栗花落、ロアンナ、ラルスが、戦闘態勢に入る。
戦端を開いたのはラルスと藍紗の二人。ラルスが急所突きとファングバックルを併用して十ある目の一つを狙い撃つ。
その反対側で即射を使用した藍紗が、五の矢を一瞬で放っていた。
――しかし鬼が大きく頭を振ると両側から放たれた矢は、硬い角を削ぎとっただけでバラバラと地面へ落ちて行く。
「まったく‥死角なし‥という感じじゃな。これで目から怪光線など出たら手に負えぬぞ‥」
藍紗が苦い笑みを浮かべて軽口を叩く。
反対側でラルスも僅かに顔を曇らせながら、黙々と位置を変えるために走り出す。
前方、各員が既に足元まで接敵していた。
竜の翼を使用した阿頼耶が果敢に飛び込む。一気に接敵、赤い刀身を足首に突き立てて切り裂く。そしてすぐに離脱を試みる――が、鬼の反応は速かった。
「つっッ‥!」
鬼が足を振る。それだけで阿頼耶の体が吹き飛び、荒い岩肌にAU−KVの甲高い金属音が響いた。
「‥大丈夫か!?」
すぐさま梓が接敵、同じ足首へ月詠を振るう。
その反対側では、迅雷で左足へ駆け抜ける栗花落とロアンナ。
栗花落は膝裏へ菫を三度突き入れ、すぐ隣でロアンナがアキレス腱に雲隠を閃かせる。こちらは一撃を斬りつけてすぐに走り出す。
ギリギリその後ろを掠めて、酒天童鬼が足元へと巨大な両腕を薙いでいた。
栗花落、梓はそれを辛うじて回避。しかし、左の阿頼耶、正面の久遠、つー、桃太も太い腕に吹き飛ばされる。
弾き飛ばされたつー、久遠、桃太はすぐさま立ち上がると、駆け出した。
「私、つーさん。今、貴方の後ろにいるの」
「‥‥ッ!? 頭打っただべ!?」
突っ込まれながら、しかし手元だけは確実に鬼のアキレス腱に一撃を叩き込む。
さらに反対の足に月詠を振るう久遠。重い斬撃を二度繰り出し、鬼の皮膚が赤く滲む。
しかし直後、鬼の足が後ろに振られる。鈍い衝撃が久遠を正確に捉えた。
「くっ――!」
倒れる久遠へ追い討ちをかけようと鬼が振り返る。
と、――その肩へ、五本の矢が同時に刺さった。
「こちらがお留守ですよ。一点に構っていて宜しいのですか?」
「味方をみすみす‥やらせはせん」
島の中心部側へ移動した、ラルスと藍紗の射撃。
「鬼さんこちら♪ 手の鳴る方へ♪」
さらに酒を煽りながらつーが拍子を取って鬼を挑発する。
そんな小賢しい能力者達を大股で追いかけて叩き潰そうとする酒天童鬼。
鬼と八人の追いかけっこが始まっていた。
幾度と無く鬼に追いつかれるものの、三方からの波状攻撃と後方からの支援射撃で凌ぎ続ける能力者達。しかし巨体から繰り広げられる攻撃を全て避け切れるはずは無く、深いダメージが各々の身体を蝕んでいく。
それでも軋む身体に耐えながら、能力者達は必死に走り続けた。
梓が巨大な岩の陰へ入って鬼を振り仰ぐ。
「どうしたデカブツ、その大きさは見掛け倒しか!?」
荒い息を吐きつつ、鬼を挑発してまた駆け出す。
しかし鬼は、自分の足元を見失いはしなかった。
巨大な拳を降り落とす。それが地面を揺るがし、その下の――つーを地面ごと押し潰した。
「‥‥っ! よくも!」
「あ、ダメ! 危ない!」
しかし久遠の制止を振り切って、桃太は鬼の足元へ駆け寄る。
――しかしその頭上で、鬼が拳を振り上げていた。
「‥‥ッ!」
桃太が顔を上げると同時、落ちる拳。
しかし、その直前。桃太の身体は何者かに担がれて空に跳んだ。
「え‥‥?」
「まったく‥、桃太殿。あまり無茶するでない」
藍紗は苦笑して、鬼から数メートル離れた場所に着地。肩から桃太を降ろす。
それから得物を持ち替えて鬼の方へ振り返った。
「あいかわらず死角は無い、か‥。――ならば作り出せば良いの」
不敵に言い放ち、藍紗が身を屈めて駆け出す。
「今ッ!」
ロアンナがコートの裾をはためかせて走り抜ける。鬼の足首に雲隠が一瞬閃き、靭帯を傷つけていった。いつの間にか鬼の足は血で染まっている。さらにそこへ――栗花落がエアスマッシュを放った。
「ほら、こっちこっち!」
攻撃を受けて鬼がそちらへ方向転換する。単純にそちらの方が獲物が多い。栗花落、久遠、梓、藍紗。
その四人が――大穴の際に立っていた。
「いっけぇ!」
「走り抜けるぞっ!」
四人は散開して鬼へ向かっていく。直後に落ちてくる巨大な拳。
辛くもそれを避けながら、すれ違いざま足を斬り付けて駆け抜けた――。
「‥‥ふむ、不味くは無い酒だな」
地面にめり込み、血を流し、発泡酒を煽るつー。
その片手には――ピンの抜かれた閃光手榴弾が握られていた。
「光、行きますっ!」
大穴の向こう側から、ラルスが大きく腕を振る。同時に反対側でつーも手榴弾を投げた。
それを見て、全員が顔を覆う。直後に二つの手榴弾はほぼ同時に、鬼のすぐ側まで辿り着き――。
――直後、太陽のような閃光が弾けた。
「グォォォオオオオオ――!!!」
鬼が苦悶の声を上げる。
すぐさまその足元へ、竜の翼を使用した阿頼耶が高速で駆け寄った。
「吹き飛ばせ、――ミカエルッ!」
大砲のような音と共に、鬼の右足が岩を砕きながら後退。‥だが、穴の淵に半分足を掛けたまま、鬼はどうにか持ち堪える。
しかし阿頼耶は左足に向き直り、――再び全身にスパークを纏った。
「――もういっちょお!」
ドォン、という轟音。
それと共に巨大な鬼は体勢を大きく崩し――――そのまま穴底へと落ちていった。
「畳み掛けますっ!」
ロアンナが迅雷で穴の淵まで駆け、鬼の頭へ一直線に跳ぶ。その鬼の目を剣で切り裂くべく、空中で円閃を発動して回転――。
しかし、鬼の頭が鋭く動いた。
「くっ!?」
落ちてくるロアンナに角を振るう鬼。太いそれに弾き飛ばされて、ロアンナは穴の横壁に激突する。
「ロアンナさんっ!」
しかし桃太の声にロアンナは応える事無く、気を失ったままゆっくり地面に落下した。
ガレキに叩きつけられる鈍い衝撃音。
それで偶然、その地底に転がるモノが露わになった。
「あれは‥‥鬼太郎か?」
藍紗が地底へ目を細める。そこにあったのは無惨に叩き潰された、――鬼太郎の死体。
それを一瞥してラルスも首を振る。
「‥あの様子では、推して量るべきでしょうね。哀れな事です」
「あの馬鹿が‥‥己に溺れて周りを見なかったものの末路だ‥。‥斬る相手が変わっただけのこと、大差は無い」
後味の悪そうに言い捨てて、梓は顔を上げる。すぐ目の前には酒天童鬼が既に立ち上がっていた。
「行くぞ! さすがに飛び移るには相手が悪いが‥この距離ならば充分だっ!」
梓がソニックブームを発動して刀を振るう。続き、ラルス、藍紗、栗花落の三人が遠距離から鬼の頭部へ猛攻を加える。
鬼は咆哮を上げながら穴の淵に拳を叩き込む。能力者達は散開、しかし飛来した岩塊にラルス、久遠が直撃する。
能力者を怯ませた隙に、穴の淵に手を掛けて這い上がろうとする酒天童鬼。しかしその両手へ、――つーと阿頼耶が駆け寄った。
「させないよっ!」
二人が鬼の爪を剥がすように斬りつけ、叩きつける。久遠も駆け寄り、急所突きで爪下へ刀を刺し入れた。
痛みに絶叫を上げながら、思わず両手を離す鬼。
さらにラルスがエネルギーガンを構えて狙いを付けた。
「そこが貴方の墓です」
放たれる雷光の連射。一射ごとに鬼の顔が焼け爛れ、二つの目が破裂する。
苛烈な戦闘。大地を揺るがしながら、巨大な化け物と死闘を繰り広げる。
やがてその末に――鬼は崩れるように片膝を付いた。
「トドメ――行くよっ!」
穴の淵に掴まる鬼の腕を――栗花落とつーが迅雷、瞬天速を使って駆け降りる。
そして二人は肩で同時に蹴り跳ぶ。そのまま角に強烈な一撃を振り下ろし、鬼の角を根元から――へし折った。
「うおおおおおッ!」
そこへ桃太が続く。片手に雲隠、そしてもう片手に吉備団刀を構えて。紅蓮衝撃発動、鬼の前面に残る――二つの目を刺し貫く。
さらに続いて、穴の淵から直接鬼の頭へ跳ぶ影。
空中で赤く流星のように落下する久遠。その目は――鬼の頭蓋の急所を捉えていた。
「叩き斬るっ! ‥奥義、天譴っ!」
縦一文字、頭頂部から鬼の頭蓋骨の継ぎ目に沿って刃が走る。
鬼は痙攣しながら。しかしまだ意識があるように動こうとした。
「‥我は外道を裁く鬼。――不破童子。‥その名は伊達ではない‥っ!」
トドメとばかりに刀を振り上げ跳ぶ梓。
赤く輝く瞳の残像は、空中に残して。
月詠を酒天童鬼の頭頂へ――刺し込んだ。
「グオオオオオオォォッッ!!!」
まるで全身に電撃が走ったように硬直する酒天童鬼。
口から泡を吹き、残った目の全てが白目を向き――。
島全体を大きく揺らして――――巨体は地面に倒れ伏した。
いつかの山村。しかし村人達は仕事に手がつかない様子だった。意識せず溜め息が漏れる。
――と、そんな時。
村に続く道の向こうから、「おーーい!」と元気の良い声が響いた。
村人達がハッとしてそちらに目を凝らす。向こうに集団が見え、――その先頭に小さな二つの影が見えた。
「‥桃太! 姫子! 帰って来た、‥‥二人が帰って来たべさ〜っ!」
「姫子っ‥!」
「あ、‥おっがぁ!」
道の先、姫子が走り出して母親と抱き合う。二人は涙を浮かべながら喜びあった。
「‥‥よくやったのぅ、桃太」
村長が微笑んで労う。
しかし、桃太は笑顔で後ろを振り返った。
「オラの力じゃねぇべ。――ここに居るみんなのお陰だべさ」
そこに並んでいたのは八人の能力者達。
村が餓鬼に襲われてから、ずっと力を貸し続けてくれた八人だった。
「これで村も大丈夫だね。後どうするかは、君次第だよっ」
久遠は明るく桃太に言葉をかける。
「今すぐ答えを出す必要はありません。ですが、貴方が本当にどうしたいかを良く考えて決めて下さい」
重傷を負ったロアンナは剣を杖にして立ちながら、精一杯の気持ちを込めて桃太に語りかける。
「しかしどちらにせよー、皆から学んだ事はー。‥どうかお忘れなくーです」
ラルスがほっこりと微笑む。
桃太は三人の言葉に黙って頷く。
そしてしばらく目を閉じて息を吐き――ニッコリ笑った。
「‥うん。やっぱりオラはこの村に残る事にするべ。ずっとこの村を、――姫子を守りたいだべさ」
笑顔で言い放つ桃太。
それに全員が、納得したような顔をした。
「まぁそれが一番良いのかもねー」
阿頼耶がバイクのハンドルに頬杖を付きながら頷く。
その隣で藍紗も感慨深そうに腕を組む。
「そうじゃな。‥では桃太殿、達者でな」
「これで桃太君ともお別れかぁ‥‥ちょっと寂しいけど、しょうがないね」
栗花落が名残惜しそうに一つ息を漏らす。
そうして彼らは歩き出そうとして‥ふと、梓が桃太の方へ振り返った。
「桃太‥。もし、ラストホープに来ることがあったら私を頼れ。‥先輩連中に引き合わせるぐらいはできるからな」
「‥うん、ありがとう。‥‥みんな、どうもありがとうだべ!」
桃太の目からふいに涙が溢れ出す。
その歪んだ視界の向こうで、能力者達の大きな背中が少しずつ遠ざかっていくのが見えた。
桃太達に手を振る八人。桃太も大きく彼らに手を振り返す。何度も何度もそんなやり取りを交わして――やがてお互いは視界から消えてしまった。
「みんな、本当に――お世話になりましたべ‥」
桃太はもう見えない彼らへ深々と頭を下げる。
腰に差した二本刀が、チンッと音を立てた。
「‥‥蓬生にいつか置くべき露の身は今日の夕暮れ明日の曙」
つーがふと、青空に目を向けて前大僧正慈圓の歌を口ずさむ。
そして藍紗がふと海に浮かぶ、あの岩島に思いを馳せた。
鬼ヶ島。
その中心では巨大な鬼の化け物と、――そしてヒッソリと。
金棒を墓標にした哀れな鬼の墓が、――――射し込む日差しに輝いていた。
終劇