●リプレイ本文
●出撃の朝
滑走路の誘導灯が輝く航空基地。
大型輸送機を上空で待っているのは、傭兵KV八機だった。
「マヤさん。あの、大型HWの事なんですけど――」
ロングボウの操縦桿を握りながら、橘川 海(
gb4179)がオペレーターに質問を投げかける。
大型HWの出現予想地点。戦法、正規軍の被害状況などなど‥繰り返される質疑応答。
「だがロッキー山脈周辺、‥と言われてもな。かなり範囲が広いぞ?」
リュイン・カミーユ(
ga3871)がやれやれと困ったように呟くが、それ以上の情報は無かった。
『こちら輸送機隊だ、待たせたな傭兵達。ナトロナ行きの長旅‥‥俺達の命は預けたぞ?』
「ああ、任せとけ。‥‥しかしそうか、ようやくパウダーリバーに着いたのか」
高度数千mの上空からナトロナの方角へ目を向け、山崎 健二(
ga8182)が感慨深げに呟く。「あっちに着いたらホークスアイと一杯やりてぇなぁ」と少し楽しみな表情で。
「安心しろ。酒ならたんまり持ってきているぞ」
サイファー『アリス』のコックピットで、鬼非鬼 つー(
gb0847)は酒の香りを充満させている。
‥というか軽く呑んでいた。むろん支障が出ない程度だが。
「‥よし、配置完了。輸送機の護衛は大事なお仕事だよね」
『ああ、今回の積荷にはKVもあるからな』
「え、少尉の機体乗ってるの!? それはますます大事な――〜〜ッ!」
意気込んだ依神 隼瀬(
gb2747)は硬直し、次の瞬間には顔をしかめて脇腹を押さえる。実は重傷を押しての任務だったのだ。
そんな様子を通信モニタ越しに見ながら、田中 直人(
gb2062)が眉をひそめた。
「おい、大丈夫か? あんまり無理すんなよ?」
「だ、大丈夫大丈夫★」
強張った笑みを直人に返す隼瀬。が、そんな状態で安心できるわけが無い。
直人は溜め息を漏らしつつ煙幕装置を再度確認した。
『よし、準備OK。全機方位060、ナトロナへ出発だ』
輸送機隊の号令の下、全機は北米内陸へ機首を向ける。
「しかし、長距離か‥‥。大丈夫だとは思うんだけどな」
アリステア・ラムゼイ(
gb6304)は自機の残燃料数値に目を向けて呟く。
予定ルート上で大型HWの出現の可能性があり、その場合は激しい戦闘が予想されているのだ。
部隊最後方を飛行する桜色のロビン「赫映」。
その紅いコックピットの中で、澄野・絣(
gb3855)は『野生の大型HW』と名付けられた敵情報を主モニタから消した。
●山脈までの621マイル(約1000km)
任務の対策は大型HW一点に絞られていたが、もちろん戦闘はそれだけでは無い。
部隊は長い航行の途上で、幾多もキメラやHWとの小規模な戦闘を繰り返していた。
とはいえ、輸送機隊の全周囲を固める傭兵KVは容易に敵の突破を許さない。
進行方向左側からの敵に対しては、リュイン機、つー機、健二機、隼瀬機が迎撃。遠中近距離のバランスの取れた編成で安定して敵を撃墜していく。
ミサイルと練力を温存しつつも、数が多い場合は適宜リュイン機がUK−10を発射した。
反対側の四機は直人機のスナイパーライフルの援護下、海機、アリステア機、絣機が近接戦を仕掛ける。そのスタイル故に損傷も比較的多く、数方向から来た場合は若干の苦戦を強いられたものの‥‥アリステア機が適宜ミサイルを発射して凌ぎ切る。
さらに状況次第ではほぼ全機で連携を取って敵掃討に当たる場合もあった。
‥‥そうして戦闘を繰り広げながら、傭兵各機は燃料弾薬を温存して多少の損害を受けながらもHW10、キメラ55体を落とし、それでいながら輸送機は被弾0という成果を挙げる。
二時間半にも及ぶ、長い航行の事だった。
『傭兵各機へ告ぐ。ロッキー山脈が見えた。‥‥ここからが本番だぞ』
そして、遥か上空からでさえ圧倒的存在感を放つ‥そこへ今。
ナトロナへの物資を載せた輸送機と、それを守る傭兵KV八機が――突入した。
●神出鬼没の巨大HW
「‥そろそろ出て来るか? 前後上下左右、見落とさんように、と」
ロッキー山脈上空に入った部隊。左後方を守るリュインは一際強い警戒に入る。
だがそのまま数kmを何事も無く進み、「本当に大型HWは出現するのか?」と。そんな考えがふと頭を過ぎった直後。
それは唐突に――レーダー上に現れた。
『このでかい光点‥‥! 出た、大型HWだ!』
悲鳴のような輸送機長の声が響き渡る。
レーダーは次々に光点を捉える。大型の他に小型HW4、キメラ11。進行方向315度。
すぐさま編隊を整えようとする傭兵部隊へ――長距離からのプロトン砲が連射された。
左翼のKV各機へ吹き荒れる閃光。紅色に突き立てられる光柱を、各機は鋭い散開機動で回避していく。
だが――。
『う、うわぁ! 撃って来たっ!』
『こら、編隊を乱すな!』
「ッ――!?」
つー機と健二機が回避しようとした先に、輸送機が割り込んだ。二機のKVが動きを止める。
――それを、小型HWが主砲で撃ち抜いた。
溶解して青空に飛沫を上げるKV装甲。激しい震動の中で、二機は態勢を立て直す。
だがその間に、大型キメラ群が部隊へと突進して来ていた。まだ傭兵各機は完璧な迎撃態勢とは言い難い。
だが一機。
長距離攻撃が可能なロングボウが、いち早く兵装を開放した。
「邪魔させませんよっ!」
海が機体の特殊能力を使用し、AAMを発射。白尾を引いて高速で滑ったミサイルが着弾、轟音を響かせて炎と破片を撒き散らす。
若干怯むキメラ群。その一瞬の隙で、各機が態勢を整えていく。
「数減らします。抜けてきたのを叩いて下さい。さて‥‥どれだけ抜けてくるかな」
『インフィニティア』の両肩からせり上がるコンテナ。ディスプレイで乱舞する目標指示ボックスを見ながら――アリステアは二度、ボタンを押し込んだ。
発射される総数500発のミサイル。
空を覆う大量のミサイルは次々にキメラ群へ着弾、小さな爆発がそこかしこで噴き上がった。
だがキメラ群は耐え切る。それでも傭兵達の見る限り、そのダメージは少なく無い。
故に――リュイン機とつー機は、未だ無傷の小型HW二体を別々にロックオンした。
「小型といえど、砲撃されるとマズイからな」
リュインの言下。二機が――ドゥオーモを撃ち放つ。
空を染める200発の小型ミサイルが、小型二体を包み込む。なり止まない放電に空気は歪み、被弾し続けるHWは全身から火花を上げた。
「露払いはこんなもんだ。繋いだぜ、お二人さん」
突進してきたキメラと錐揉みのドッグファイトに入りながら、つーが視線を払う。
その先に‥戦艦のように巨大なHWの姿があった。
そちらへ――マイクロブーストを掛けた桜色のロビン『赫映』が駆ける。
「逃げる前に削り切る‥‥それくらいの気持ちでやるわよっ」
その機体下には巨大なオメガレイ。絣は自機の十数倍あるHWへとその照準を定め――トリガーを引いた。
機体練力を吸い込んでオメガレイが赤熱する。強烈に吐き出された光条が敵の装甲を穿ち――背後の空へと貫通した。
強烈な一撃に揺らぐ巨体。その弓矢桜紋『赫映』のやや斜め後方から、濃紺と暗灰色のディアブロも砲を向ける。
「OK、合わせるぜ澄野ちゃん! ド派手な花火を打ち上げようぜ!」
健二機が構えるはM−12粒子砲。それが大量の練力を喰らうと同時――。
天空を突き抜くような大光条を吐き出した。
大型HWの被弾箇所は即座に融解し、風穴が空く。二機の激烈な攻撃に機体を明滅させて震える。
その間に直衛、隼瀬機と直人機も動いていた。
輸送機隊を誘導、交戦区域を迂回するように先導する。
だが、遊撃班の激しい砲火を潜り抜けてキメラが接近していた。その先頭を直人機がスナイパーライフルで撃墜する。
さらに近付く二体のキメラに対して、隼瀬機がオメガレイを連射。キメラは胸や背に風穴を空けて一体落ち、もう一体も瀕死を負う。‥だが反撃に振るわれた尻尾に被弾し、真珠色のロビンが大きく揺らいだ。
即座に直人機がそちらへ動き、ガトリング射撃。
――キメラを蜂の巣にした。
「‥おい、まだいけるか?」
「うん、平気平気っ」
直人の問いに、傷口を押さえて隼瀬が気丈に返す。
だがその額には‥薄っすら汗が浮かんでいた。
●白煙たなびく大空
突如、大型HWのセンサー類が激しく瞬いた。大量の練力と引き換えに‥‥HW機体性能を限界まで引き上げたのだ。
そこから放たれるプロトン砲の二連打。それに周囲を飛び回る絣機が被弾、レッドアラートが鳴り響く。
その間に大型HWは方向転換すると、戦線離脱しようとしている輸送機部隊に砲口を向けた。
「オメェの相手はそっちじゃねぇ、ちぃっとオレと遊んでけ!」
健二機『Baalzephon』がライフルを連射しながら高速接近、弾幕で穿った部位を大きく剣翼で切り裂いた。激しい火花と共に、内部機構の塊が傷口から落下していく。
反撃に大型HWの各部からフェザー砲が放たれる。健二機は一つを回避したものの、機体下部からの光条に被弾した。
荒れ狂う大型HW。だがそれを、――ボロボロの絣機が捉えていた。
マイクロブーストを噴かして高速接近。オメガレイが赤熱し、まるで六本の光剣を振るうように敵を二度撃ち貫いた。
爆発を起こし、大きく傾ぐHW。
だがふと、その全身各部が開くと。空へ放射される――大量のミサイル。
『あんなモノが――ッ!?』
前衛KV六機を包む六百発近い小型ミサイル。盛大な爆炎と白煙が空の大部分を濁らせる。
その炎煙の雲から最初に姿を見せたのは――三体のキメラと二体のHWだった。
「こっちへ来る! 輸送隊、ラージフレアの使用を!」
『了解!』
直人の指示で輸送機群がフレアを放射。さらに直人機が煙幕を展開――。
その直後、プロトン砲が閃いた。
一つは隼瀬機へ、そしてもう一つは――輸送機。
『ッ――!』
隼瀬機は被弾したものの、輸送機はフレアと煙幕の助けを借りて回避していた。そのまま全速で離脱を試みる。
それを追おうとしたHW一体の背中に突如‥螺旋弾頭が突き刺さり、――敵を爆散させた。
「‥全く、我の許可無しに抜けるな」
アクチュエータを起動して白煙の中に青く浮かび上がるリュイン機。もう一体のHWへ向けても螺旋ミサイルを発射すると、間髪おかずにライフルで射撃して撃破した。
直人機と隼瀬機も狙撃、G放電でキメラを掃討する。初撃でダメージを負っていたキメラ達は、攻撃を加えると面白いように落ちて行った。
続いて白煙の中から抜けようとするキメラ一体を、アリステアが弾丸の雨を降らせて叩き落す。
「これ以上抜かせる気は無いよ。‥‥もちろん、大人しく帰す気も無いけどね」
落下していくキメラを一瞥し、アリステアが言い放つ。
そのすぐ側で、二体のキメラと激しいドッグファイトを繰り広げるつー機。敵の爪に切り裂かれながらも、全兵装を駆使した連続攻撃で敵を怯ませ――アーバレストの矢をキメラの頭部に突き立てた。
「フルコースの味はどうだい?」
その言葉とは裏腹にむしろキメラを料理して、つー機がもう一体の方へ向き直る。
「制限を解除っ。新型複合式ミサイル誘導システム、連続起動っ!」
やや後方。海機のロングボウが練力を大量に飲みながら、AAMを三発ばら撒く。精緻に誘導されたAAMはHWの裂傷部を貫き――爆発。撃墜した。
残りは小型HW1、キメラ2、大型HW1、いずれも手負い。
その大型HWは旋回すると――よろめきながら撤退を開始する。
●山脈の荒肌に散れ
各機が敵の掃討に入っていた。リュイン機が小型HWをロックオン、操縦桿を強く押し込む。
「遠慮するな、――残弾全て持っていけッ!」
螺旋ミサイル二連射、被弾したHWは粉々に吹き飛び空の塵と化した。
残りのキメラ二体も、つー機とアリステア機が激しい格闘戦を繰り広げる。
敵の鋭い牙の一撃を、つーがサイファーのFコーティングで受け止める。代わり――首に光線を奔らせた。
そのすぐ脇では、OBを発動したアリステア機がキメラの背後を取った。AAMを発射、爆炎を轟かせる。
――二体のキメラは力なく揺らぎ、山脈に吸い込まれていく。
そんな戦況を省みる事も無く大型HWは撤退。
だが翼を並べた絣機と健二機が――そちらへ機首を向けた。
「ついでにこれも持っていきなさいっ!」
絣機から撃ち出される『ドゥオーモ』。
空を埋めて走るミサイル群の隙間を縫って――健二機もKA−01エネルギー砲を撃ち抜いた。
二機の苛烈な攻撃を被弾。大型HWは全身に小爆発を起こし、黒煙を上げ、火花を上げながら‥‥しかしなお動いていた。
よろめきながらも、――迅速に戦線を離脱していく。
「逃がしませんっ!」
だがそれを逃さない瞳。海のロングボウが、機体能力を使用して――番えた弓を限界まで引き絞る。
この空に続くのは命の兵站線。
ナトロナの人々が生きる為の命綱。
――それを守るために。
距離100以上もある敵を、ロングボウが完全にロックオンした。
「I−01『パンテオン』、いっけーっ!」
海の声が響き、百発のミサイルが一斉射出する。
白煙をたなびかせて――遠く離れた大型HWをミサイル群が喰らいついた。
吹きすさぶ爆炎の嵐。大型HWがそれに包み込まれて。
直後、――太陽にも負けない爆発が空を焦がした。
‥炎を上げ巨体がゆっくりと落下していく。やがて険しい山脈に激突、大型HWは――バラバラに砕け散った。
『やった! 大型HW――撃墜! 帰ったら褒賞モノだぞ!』
輸送機隊の通信が歓声と共に飛び交う。
それにホッと胸を撫で下ろしながら、直衛の直人が隣のKVへ呼びかけた。
「やれやれ、ようやく終わったな。平気か、隼瀬?」
「あー‥‥うう、久々にKV酔いした、かも‥」
脂汗を浮かべてゲッソリと青褪めて隼瀬が答える。少し慌てる直人。
――だがロッキー山脈を越えれば、ナトロナはもうすぐそこだった。
●ゴール祝着
パウダーリバー基地の航空管制に従って、次々に各機が空港に侵入する。
「お待ちの荷物の到着だ。喜べ」
そんな身も蓋も無いリュインの言葉にも、基地の各員は惜しみ無い賞賛の声を送った。
さらにKVを駐機するなり、つーが外へ身体を乗り出し「お前ら、酒だぞー!」と自前の酒を掲げたものだから、基地人員の一部が殺到する。
輸送機の方では物資を下ろす作業が始められ、昼過ぎまで傭兵は休憩だった。
その間に直人が隼瀬を医務室に連れて行ったり、海と絣が基地の散策に出かけたり、アリステアは自機を見やり「やっぱり燃費悪すぎるよなぁ‥」とブツブツ分析したり。ちょっとした酒盛りをする基地人員の輪の中には健二の姿もあった。
だが酒を持ち込んだ張本人であるつーは、基地郊外へ。
「‥酒も飲めずに逝くのは辛かろう」
そう呟く先に並ぶ、幾多の簡素な墓。
その一つ一つに、つーは蟒蛇酒を掛けていった。
‥頭上に広がる青空はどこまでも青く。
その空から運んできた補給物資を使い果たしても、――ナトロナの戦火は止まないだろう。
NFNo.016