●リプレイ本文
「きゃすぱー、それじゃいってくるね‥‥あっ、ばれちゃうから気をつけよう」
子供のように愛機に声を掛けて、柿原ミズキ(
ga9347)が慌てて口元を手で隠した。そのまま顔を赤らめて格納庫を去っていく。
その背後。
KV群の中で一機、人型形態で片膝を付いて鎮座するディアブロがあった。
「‥すごーい! 見てパパ、強そうなロボットーッ!」
「ああ、そうだな。皆を守ってくれるんだぞ」
鋭角的なフォルムに改造された月影・透夜(
ga1806)の愛機『月洸』は、静かに待機する。
‥‥さらにその場所から少し離れた、軍属KVが立ち並ぶ区画。
依神 隼瀬(
gb2747)が首を捻りながらKV各機を見回す。
「あっれー? おかしいなぁ‥‥」
先日の任務で運んだ物資にライト・ブローウィン(gz0172)のKVもあったはずだが‥‥目の前に並ぶのは使い古された七機だけ。
「むー、機体が気になって来たんだけどなぁ」
頭を掻きながら隼瀬は出口へ歩いていった。
その兵器格納庫に、ヒラヒラと『☆LINDBERG出張所/GargoyleメイドCAFE☆』というチラシが舞い飛んでいた――。
◆
「アロルド中尉‥いえ、少佐でしょうか」
基地郊外の墓所。
そこで静々とした声が響き渡る。
【Aroldo・O・Basile Major 01.18 2010】
そう銘打たれた墓標の前で、水上・未早(
ga0049)はそっと目を閉じた。
「タロー軍曹からお聞き及びかと思いますが、少佐の犠牲を最後に撤退部隊はパウダーリバーに到着しました。無事‥とはいえない状況ですが、あれだけの規模の部隊をここまで逃がしきったのは紛れもなく同行していたナトロナKV部隊の尽力の賜物です」
未早の言霊に導かれるように雲が割れ、墓所一帯に空から日が差し込む。
その光りに照らされながらラウラ・ブレイク(
gb1395)が並び立つ墓標の一つ一つに献花していった。
「‥‥この戦いを終わらせたら、皆一緒に家へ帰りましょうね」
十字架の名を胸に刻み、死者達へ語りかけていく。
「それまではどうか‥‥皆を見守って」
囁き、ラウラが手を組んで静かに祈る。
やがて流れる雲はまた太陽を覆った。
「‥‥苦難の道程、本当にお疲れ様でした。あとは貴方の信頼する右腕たる軍曹と我々に任せお休みください」
そう呟いた後で未早は立ち上がり、――そして誓う。
「暫くはまだ騒がしいと思いますが、必ずベッセマーベンドへ‥‥そして再びキャスパーの地へ――お連れしますので」
未早が長い傭兵生活で覚えた敬礼をすると、その横でラウラも軍隊式の綺麗な敬礼を見せる。
直後――二人の背後の遠い場所から、割れんばかりの歓声が響いた。
◆
「いやぁ、にぎやかにぎやか! たまにはこういう事も無いとな!」
式典舞台の上で、超機械「ST−505」を抱えた須佐 武流(
ga1461)が歓声を浴びていた。
同じく舞台中央にはマイクを持ったフェイト・グラスベル(
gb5417)が、集まり出した観客に手を振ってMCする。
「今日は皆さんに元気になって貰えるよう、気合い入れて歌うのですよーっ!」
それに応えて上がる歓声。二人のアーティストに期待の眼差しが向けられる。
「んー良いねぇ‥‥。大きい舞台で弾くのはあんまり無いんだけど――今日は張り切って目立っちゃいますよ、ホント!」
ギターを一つかき鳴らす武流。舞台に設置された大型アンプが歪んだ爆音を会場に響かせる。
その盛大なイベントに人々は足を止め、集まり出していた。
「‥という訳で、IMPっていうのをやってたりなのですがー、ココで私を知ってる方って居るのでしょーか?」
フェイトの言葉に‥‥しかし観衆の反応は薄かった。
すると悔しそうに眉をひそめ。
「むむむ‥‥、知らなくてもこれを機会に興味を持って貰えたら嬉しいのです! でわでわ、いきますよ〜!」
「え、あれ、フェイトちゃん‥‥? まだ他のメンバーが揃って――」
武流が制止しようとする声は、歓声に掻き消されて。
バッ! とフェイトが長い上着を脱ぎ捨てる。
舞い飛ぶ服の下から十九歳に成長したフェイトが現れ、露出過多の服にリボンを飾り立てた健康的セクシー衣装を身に纏い――ズビッと観客に人差し指を突きつけた。
「私の歌を聴けぇぇぇぇぇ!!」
絶叫と、ナトロナの歓声が、重なる。
◆
「メイドCafe[LINDBERG]へよぉこそ☆ ご主人様♪」
「整備員の皆にはメンテのお礼も兼ねてサービスしちゃうよン♪」
エプロンに開店したメイドカフェは盛況だった。
ピンクのメイド姿で聖・綾乃(
ga7770)が愛らしい笑顔で客を迎え入れた後、キリッとしたバーテン風に決めた聖・真琴(
ga1622)が颯爽と注文を作る。
「どうだ‥‥、これで良いか」
さらにそこへ、フリフリのメイド服を身に着けて姿を現したエイラ・リトヴァク(
gb9458)が現れた。
「わぁ、すっごく似合ってますよ♪」
「そっ、そうか? ばか、‥照れるじゃねぇかよ」
耳まで真っ赤になりながらそっぽを向くエイラ。
それから話題を逸らすように、真琴へ目を向ける。
「し、しかし隊長はやっぱ男まっ――」
「‥ァン、何か言ったかぁ?」
「男装が良く似合ってるぜ」
「あ、お客さんが呼んでるよ」
タイミングよくミズキが声を上げる。それを合図に、各々はそれぞれの仕事に取り掛かった。
‥‥と、そこへ遠くの式典舞台からギターの音が響き渡る。同時に大勢の歓声が沸き起こった。
「‥ぅおっ、もぉそンな時間かっ!? 綾乃‥‥走れぇ〜〜〜!」
「わわわぁっ!?」
真琴が綾乃の手を引っ張り、物凄い勢いでライブ会場へ走り出す。
「真琴さん行ってらっしゃい。ボク達で切り盛りするから」
「ン、ごめんねぇ〜! 頼ンだ〜〜〜♪」
◆
「? ギターの音が‥‥まだ少し早く無いか?」
祝宴格納庫で、酒を確保しつつ透夜が時計を見上げた。
「ふむ予定が変わったようだな‥。間に合うか?」
少し眉をひそめた透夜が、酒を抱えてライブ会場へと走り出す。
「あ、ひっく、酒泥棒ぉ〜!」
見咎めた酔っ払いが声を上げる。酒は余っていたが、些細な事が気になるのが酔っ払い。
怒鳴りだす兵士に、困り顔で微笑む鳳覚羅(
gb3095)が近付いた。
「はいはい、代わりにこれで良いかな? 俺が自前で持って来た酒だけど」
そう言って差し出すウォッカ。
兵士はそれを手に取るなりラッパ飲みして――途端に眠りこけた。
「‥悪いな傭兵さん。普段は良い奴なのに酔っ払うと面倒なんだよソイツ。全く‥‥」
「ああ、そうみたいだね。まぁ気にしてないよ‥‥このナトロナじゃ色々溜まるモノもあるだろうからね」
微笑みながらそんな事を言う覚羅に、仲間の兵士は嬉しそうに何度も頷いた。
「話が分かる、‥あんたとは良い酒が飲めそうだ。こっちへ来てくれ、俺の仲間を紹介するぜ」
言うなり兵士は有無を言わさず覚羅の肩に手を回して引っ張って行く――。
‥とその途中、兵士は誰かにぶつかった。
「きゃ――」
「おっと、すまねぇな。大丈夫か?」
「‥‥いえ、大丈夫です。それよりお酒はどうですか?」
銀髪を赤いリボンで結い上げ、黒いドレスを身に纏ったセクシーな女性が、柔らかく微笑んで二人にグラスを差し出す。
「あれ、姉ちゃんどっかで‥会った事あるか?」
それほど親しくは無いがどこかで‥‥そんな感じを抱いて頭を捻る兵士。
その隣では覚羅が彼には珍しく驚いた表情を浮かべる。そのまま何か言いかけた時、女性の悪戯っぽい目配せを受けて口を閉ざした。
「はい‥‥どうぞ。今日は一日楽しみましょう」
立ち尽くす二人にお酒のグラスを渡し、少しあどけない微笑を残して女性は去っていく。
それを二人で見やりながら。
「にしても‥‥綺麗な女だったなぁ」
「‥ん、将来が楽しみだね」
「は‥‥将来?」
怪訝そうに振り向いた兵士に、覚羅は曖昧な微笑を返す。
その背後、覚醒して大人びた姿となった――ルノア・アラバスター(
gb5133)が兵士達にお酒を配りながら凛然と歩いていた。
◆
「ま、何だかんだでとりあえず引越しは済んだんだ。今日くらいは馬鹿騒ぎに興じても構わんだろ‥‥生き残った者の特権だわな」
そう呟きながら屋台の中、大量の食材を鉄板で転がしているのは風羽・シン(
ga8190)だった。
美味しそうな匂いと、大量の焼きソバを焼く姿が面白いらしく、その屋台には意外な行列が出来ていた。
‥‥が、いくら待てども料理が完成する気配が無い。
まぁ大量の食材を一気に調理してるので時間が掛かるのは当然だが、それでも異常な待ち時間の長さだった。
「あ‥‥、そういやさ、お前噂の機体見たか?」
「ん、噂の機体って?」
暇を持て余した二人の兵士が雑談に講じ始める。
「このナトロナに現れる‥‥謎のKVだよ。ドロームとUPCが最近共同開発した極秘の新型機だとか‥‥」
「おい、それ俺も聞いた事があるぞ‥‥。人類が解明したバグア技術全てが注ぎ込まれた試験機って――」
そこへふと――影が差す。
「ごきげんよう、君達。調子はいかがかな? 何か‥‥楽しそうな話をしているようだがね」
そこに、男が立っていた。
ロンドンにでも出てきそうな、『紳士』然とした雰囲気の男。
UNKNOWN(
ga4276)が、咥えタバコに微笑みを浮かべ――目だけが凍ったまま鋭く二人を射抜いていた。
「‥‥良ければ、詳しく聞かせてもらおうか。誰も邪魔の入らない場所で‥‥ゆっくりと、ね」
「え、う、い、いや‥‥」
二人の兵士は声も出せない。
そんな二人の肩へガッシと腕を回し、引きずるようにして紳士の男は何処かへ歩き去っていく。
「‥‥いよっしゃあ、いっちょでき上がり! ほれ、買った買った!」
直後にシンの声が響き渡り、待ちかねた客が屋台へと殺到する。
すぐ近くからはギターの音色に、激しい歌声が重なり響き渡っていた。
◆
〜♪ ♪♪ ♪
【蒼空に舞うハガネの翼
吼えるEngine Beat
風を貫き響き渡る】
♪〜〜♪ ♪
フェイトの歌声と、武流の魅せるギターが会場に響く。
そこに突如、弦を爪弾くファンキーなベース音とキーボードの転がるような音色が加わった。
ツインネックのギター&ベースを持った真琴と、ショルダー型キーボードを持った綾乃が舞台袖から歩み出て、二人の曲に音の厚みを重ねる。
観衆が沸いた。
♪ 〜♪♪ ♪
【眩く輝くBoost Fire
もっと早く もっと遠くへ
一直線に光の尾を引く】
♪ ♪ ♪ ♪
鳴り響くクラッシュシンバルの金属音。
いつの間にか一段高いドラムの椅子に透夜が座っていた。
激しいドラムロールがサビ前のフレーズを埋めていく。駆け上がっていくようなロールに期待が高まり、――爆発する。
♪――――
【Dash OUT!!】
フェイトの絶叫に合わせ、バンドが一体となって怒涛の如く音が流れた。刺々しい音色達が重なり合うままに、混然と調和の取れた一曲の音楽を構成していく。
♪ ♪♪♪ ♪
【赤の月のその向こうへ
ボクらは行くんだ宙(ソラ)の彼方へ――】
♪ ♪ ♪
ライヴに集まった観衆もその奔流に身を任せるままに声を張り上げ、身体を動かす。
そこに理屈はない。ただ躍動する音楽の渦が――ナトロナの暗い雲を吹き飛ばしていった。
◆
「ふむ‥‥。やはりこういう催しは良いモノだ」
ステージの手前、最前列。
跳ね飛ぶ観衆の中、リヴァル・クロウ(
gb2337)は直立のままでシミジミと呟いていた。
焼きソバを啜りながら、友人の出演する舞台を熱心な目で見つめる。時折ノリノリの周りにも目を向け、小さく唸る。表情は乏しいが何となく満足げでもあった。
カルマ・シュタット(
ga6302)も同じようにライブ観賞する一人だったが‥‥ふと観客の中にライト・ブローウィン(gz0172)の姿を見つけた。
彼がヒータ大尉を意識しているのは一部で周知の事実である。それを知っていたカルマはそちらへ歩み寄った。
「こんにちは、ライト少尉。‥‥ところで今はバレンタインですよ。何かアタックかけなくて良いんですか?」
「え、おお、カルマさんか。い、いや、しかし何だいきなり、アタックとは‥‥?」
突然の言葉にライトはしどろもどろだ。
だがカルマはしたり顔で首を振る。
「例えば、今ライヴをやっているんですから、一緒に踊ろうとか‥さり気なく近付いてみるとか‥やるべきですよ」
コソコソと何か秘め事でもするように話す二人。
しかもライトは冷や汗まで浮かべて‥‥傍から見れば脅されている風に見えなくも無い。
「‥‥。まぁ、こんな時期に上手く行ったら嫉妬対象になるだけですがね」
「ああ、嫉妬対象に‥‥ってえぇ!?」
事実、若干脅されていた。
「嫉妬対象‥‥そ、それは怖いな。やはりもう少し時期をずらして‥‥」
「‥ほぉ‥ライト少尉が行かないなら俺が行っても良いって事ですよねぇ」
不敵に言い放つカルマ。
実は彼も彼女は居らず、バレンタイン中止派である。故にその言は――重みがあった。
「え、いや、それは困る!!」
思わず声を張り上げるライトに、カルマはにやりと笑みを浮かべる。
「じゃあ行くって事ですね。まったく、そうならそうと‥‥。ところで、肝心のヒータ大尉はどこに居るんです?」
「う、うむ‥‥まぁ一応、仕事が終わったらこのKV前で、と待ち合わせをしていたんだが‥‥」
そう言って舞台横に佇むKVを見上げるライト。どうやらそれを誘うのにも多大な勇気を振り絞ったらしい。
「‥‥ドラゴンの囮を務めても‥姫様のナイトは難しいのかな」
やれやれと隣でカルマが苦笑を浮かべた。
◆
「‥‥おや、これは奇遇だね」
「あ、UNKNOWNさん‥‥?」
屋台の立ち並ぶエプロンで、バッタリと出くわすUNKNOWNとヒータ大尉。
そのUNKNOWNの手には豪華な花束が収まっていた。
「‥ちょうど良かった、さっき花屋の屋台を見つけてね。ヒータにと思って、――コレを」
そう言って自然な仕草で花束を差し出すUNKNOWN。
だが彼女は顔を赤らめて首を横に振った。
「い、いえ、でも困りますっ」
「何も困る事は無い‥‥私のほんの気持ちだ。それに君をデートへ誘える口実にもなるし、ね」
遠慮がちに花束を押し返すヒータへ、冗談とも本気ともつかない言葉を吐いてUNKNOWNが接近する――。
「――おい、こっちへ来てくれ! 兵士が二人縛られて転がされてるぞ!」
「何ッ!? 本部、本部、応答願う! 現在エプロンCポイントにて‥‥」
UNKNOWNの手が‥ピクリと止まった。
「‥‥おっと。そういえば急用を思い出した」
明らかに怪しい素振りで、UNKNOWNがそそくさと歩き去っていく。
だがともかくヒータはホッと胸を撫で下ろし、‥‥花束を抱えたまま少し憮然として歩き出した。
◆
KV前。
そこではいつの間にか、能力者達のKV談義が繰り広げられていた。
「うん、やっぱりこの機体は『蛇』を冠した名の如く、そのしぶとさが身上よね」
アンジェラ・D.S.(
gb3967)が、どこか楽しそうに呟く。
「装備量と兵装数だけで見ても申し分なく、機体特殊能力でさえ使える類なのだからまだまだ一線級。それにここ北米はドローム社の本拠地だから、そのサポートによる高い整備性も期待できる」
滔々と語られるアンジェラの言葉に、一々深々とライトが頷き返していた。
「まぁそういう所を踏まえると、消耗が激しいナトロナではシラヌイよりも適してるかしらね」
「む‥‥確かにな。バイパーだと整備員も勝手が分かっているだろうし」
全面的に同意するライト。むしろ良くぞ言ってくれたと言わんばかりの表情だった。
‥そこへふと、祝宴格納庫の方からユーリ・ヴェルトライゼン(
ga8751)がやって来た。
「ライトの所にバイパーが届いたっていうので見に来たんだけど‥‥。良かったじゃないか、乗り慣れた機体で」
「おお、ありがとう」
ライトがはにかむように答える。
それに頷き返しながら、ユーリも鎮座するバイパーに目を向けた。
「新型も良いけど、やっぱり乗り慣れたのが一番だよな。性能の面でも旧型機だってそうそう劣ってるとは思わないし」
自身が最初期型のR−01改に乗っているユーリとしては、ほぼ同世代機バイパーに親近感があった。
「強化次第って言うか‥‥実際、今の段階で旧初期機体に乗ってる傭兵って、拘りを持ってるというか、かなり特徴ある強化してたりするだろ? そういう所が良いんだよね」
「む、分かる気がする。実際に新型機に負けず活躍してる機体はあるからな」
うむうむと頷くライト。
ユーリもその言葉に触発され、自身の愛機『ディース』へと想いを馳せる。
「‥俺もまだまだ伸ばしてやりたいと思ってるよ。その内にまた一緒に肩を並べて戦いたいな。その時は宜しく頼むよ」
「それならワタシも。何れここに応援に駆けつける事も有るでしょうから、その時に翼を並べるのを楽しみとするわね」
「ああ、こちらこそ楽しみにしておく」
二人へ頷き返すライト。
‥‥と、そこへ「あー!」という声が響いた。
振り向くと、隼瀬が立っている。足早にライト達の下へ駆け寄ると、目前に立つ機体を見上げた。
「‥‥‥‥シラヌイ、じゃなかったんだ」
「ああ、バイパーだったよ。俺の元の乗機だな」
そう声を掛けたライトへ、隼瀬はにっこりと笑顔を返した。
そしておもむろにバイパーへ近付くと、隼瀬は鋼の機体を優しく撫でる。目を閉じ、対話するように。
そしておもむろに振り返ると‥‥笑顔でライトに声を掛けた。
「愛機が帰って来て良かったね、少尉♪」
「‥‥ああ、うむ。しかし隼瀬さん、なんだか今日は雰囲気が違うな」
ふむと首を捻るライト。
それに隼瀬はちょっと怒ったように口元を尖らせた。
「‥‥俺がワンピース着てるの、そんッなに珍しい!?」
「え、そういう事では‥‥。いや‥‥まぁ珍しいな」
隼瀬がさらに頬を膨らませてそっぽを向く。
ライトが慌てて弁解しようとするも、失言を取り消すのは容易そうでは無い。
と、そこへ今まで黙っていたカルマがシミジミと口を開いた。
「新KVは今流行のシラヌイかと思ってたけど‥‥むしろバイパーで良かったのかもな。
――けど、俺が推すのは断然シュテルンだな!」
シュテルンラヴのカルマは嬉々として断言する。
だがライトは諦めたように溜め息を吐いた。
「しかしシュテルンは高級機だからな‥‥。それにもう大尉が乗ってるし――」
その時ふと。噂をすれば影、こちらへ来るヒータ大尉の姿が見えた。
「おお、大尉。ちょうど今、皆でKV談義を‥‥ん? 花束なんか持ってどうしたんですか?」
のほほんと微笑むライト。
しかしヒータは、そんなライトを見ると涙目で少し怒ったように。
「もう! 少尉ッ!」
八つ当たりのように花束を振るった。
‥‥ぶあっさぁと花びらが舞う。
◆
昼を過ぎた頃。
アロルドの墓前にルノアが佇む。
その胸の前で握る拳は、小さく震えていた。
果たして‥‥彼を殺してしまったのは、誰なのか。
アロルドの最期となった任務。その時自分の我侭に味方を付き合わさなければ、‥‥或いは。
こうして墓前に立ち、瞳を閉ざすルノアの心には、様々な葛藤や後悔の念が嵐の如く渦巻いていた。
だがその時――ふと、ハーモニカの音色が墓地を包み込む。
「もしかしたら救えたかもしれない命‥‥この世界にifは無いけどね‥‥」
薄く目を開くルノア。
その頭に、ポンと軽く手が置かれる。
「こうして見るとやはりやるせないものがあるね‥‥」
覚羅が隣に並び、墓標の群に目を向ける。
苦笑を浮かべたままで静かに首を横に振った。
「俺は弔いや祈りの言葉なんて物は知らないからね‥‥」
またハーモニカを口にやる覚羅。彼らの想いを全て肩に乗せ、安らかな旋律で慰めていく。
ポツリと、また別の場所から声が響いた。
「‥‥人の生は、何を成したかで決まる」
二人の下へゆっくり歩み寄り、リヴァルがそっと墓標へ花を手向ける。
墓を見渡すその瞳には、この光景が他人事には映っていなかった。
‥‥この地の近郊、リヴァルが手を貸すヒューストンでも幾多の人間が命を落としている。その中の何人かは、もっと自分達に力があれば救えた‥‥と。彼は少なからず自責の念を抱いていた。
「彼らの生を立証するためにも、我々が結果を残さなければならない」
呟く。その想いは遠く。
(「‥‥そうだ。
東京が堕ちた時、俺を生かし死んでいったあいつらのためにも――俺は何かを残さなければならん」)
古い古い記憶をも掘り起こしていた。
静かに紡がれるハーモニカの音色。
それだけが墓地を包み、――空に響いていた。
「ああ!? さっきの黒ドレス美人はどこ行ったぁ!? ひっく、脱いでやる!」
「やめて下さい隊長ー! 何の脈絡もなくー!」
酒に酔うバルトを、カスピ少尉が縋り付いて止める。
そんな調子で、格納庫内の兵士達は酒と陽気に浮かされて子供のように騒ぎ立てていた。
「‥‥どこの所帯も似たようなものね」
どこか懐かしそうにラウラが苦笑する。
ふとそんな彼女の目が‥‥そんな喧騒とは離れて一人で座るタローを捉えた。
「軍曹。‥‥ぼんやりしてるわね。大丈夫?」
「ああ‥‥なんだか、体に力が入らなくって‥‥大丈夫、気にしないで良いッスよ」
弱々しく微笑むタロー。
それをラウラはジッと見つめ‥‥口を開いた。
「軍曹‥‥故人を悼むのは大切。だけど生きてる人々はもっと大切よ」
「‥‥‥」
俯くタローは、力なくうなだれたままだった。
ラウラは屈みこみ、無理矢理に視線を合わせる。
「忘れないで。中尉‥‥少佐が敵から庇った時、どんな願いを貴方に託したか。貴方がその遺志を継がなきゃ、‥‥少佐が報われないわ」
「ッ――!」
目を見開き、言葉にならない感情を浮かべるタロー。
「少し、言い過ぎた?」
「いえ‥‥」
首を振ってタローが立ち上がる。そっと目元を袖で拭って。
「‥‥心に染みたッス」
苦い笑みを浮かべた。
ラウラはニッコリ頷き返すと。
「そう。じゃあ今度は私のお願いを聞いてもらえるかしら?」
ちょっと楽しそうにその話を切り出した。
「――――ひっく、おい姉ひゃん! おめぇ、全然酔ってねぇはろ!」
「ほーだほーだ! ろーなってんら!」
「ぇ? 当然ですよー、私はそんな一杯飲んでないんですからー」
グデングデンになった兵士達にお酒の酌をしながら、殺伐とした厨房から放たれた刺客‥‥もといたまたま通りすがった客人の未早が、にこりと笑い返す。
だが明らかに未早は沢山飲んでいた。兵士達は負けん気を起こして自身も酒を煽るが、結局は飲み負けて次々と地面に転がる。
おかげで炊事班達も笑顔を取り戻していた。料理を運び込みながら未早に感謝するように手を振る。
だがそんな刺客‥‥もとい客人の未早に差す、――怪しい影。
「おう、誰かと思えば傭兵の嬢ちゃんか。‥ひっく」
クロウ隊隊長バルト。後ろ手に酔い潰れた副長カスピを引きずっている。
「か、カスピ少尉。なんとも‥‥痛ましい姿ですね」
未早が心から同情する眼差しで、振り回されっぱなしの少尉を見た。
どことなく自分の境遇と重なるその姿。機会さえあれば彼とは色々語り合いたい気がした。
「に、逃げてー‥‥。水上さん、逃げてー‥‥」
とはいえ、彼は今そんな状況ではなかったが。
「ひっく、ところで嬢ちゃん。さっきあの覚羅から良い酒を貰ったんだ」
そう言って突き出したのは――スブロフ。
そして上から挑発するように口を開く。
「――もちろん、飲むよな?」
「‥‥良いでしょう」
呟く未早。その眼鏡がキラリと鋭く光りを放つ。
「ただし私が勝ったら‥‥その『嬢ちゃん』というのは、辞めて頂きましょうか――!」
「良いぜ! ひっく、まぁ俺に勝てたらの話だがな――!」
火花を散らす酔っぱらい二人。
ショットグラスにスブロフを注ぐと、そのまま同時に一杯目を煽った――!
「何だか騒がしいな‥‥?」
「お酒の飲み勝負をやってるらしいね。‥‥それよりレーション食べ比べに来たのに、このケーキ達が美味しすぎる!」
式典格納庫の一角を見てカルマが呟くのを横目に、隼瀬はテーブルに広げられたケーキ達を頬張っていた。
「ああ、特にフォンダンショコラとフルーツタルトがオススメだな。自信作だ」
「え、自信作って‥‥!?」
ギョッとしてユーリへ振り返るすぐ横。アンジェラがシンの屋台で買ったおでんと英国レーションを広げ、インスタント紅茶で紅茶シフォンを食べる姿があった。
「うん、どれも美味しいわね」
物凄い組み合わせだが、満足そうである。
つられてカルマも、先ほど射的屋で取った粉々の招き猫どうしようか、という事を考えつつ、幾つかのレーションの味比べを始めた。
◆
メイドCAFE『LINDBERG』でコーヒーを啜りながら、一人溜め息を吐くヒータ大尉。
ふとそこへ、メイド服のミズキが近寄った。
「ヒータさ‥‥大尉、あの時は有り難うございました」
「‥え? ああ、いいえ全然っ! むしろ‥‥私こそありがとうございました」
「いや、ボクなんか‥‥。ボクの行動原理はいつも他人絡みだから‥‥ここに来たのも、傭兵になったのも、報酬の使い道も」
言いながらミズキは俯いていく。
しかしそんな暗い雰囲気に気付き、慌てて話を変えるように顔を上げた。
「あの、そういえば少尉とは一緒じゃないんですか? ‥‥あ、気に障ったらごめんなさい」
「あー少尉とは、ね。あはは‥‥」
苦い笑いを浮かべ、一つ溜め息を吐く。
「どうなんだろう? あの積極さが――彼にもあったらなぁ」
呟き、また大きな溜め息を吐いた。
◆
ライブも昼休みに入り、各自は自由行動となった。
「そ、それじゃ行こっか、綾乃ちゃん。お昼だし何か‥‥食べたい物ある?」
「えっ? あ、えと、お任せしますっ! ‥‥良いですか?」
「ん、もちろんっ。頑張ってエスコートしちゃうよ」
「えへへ‥、須佐さん頼もしいです♪」
初々しく、なんとも微笑ましい二人。綾乃と武流だった。
ゆっくりと歩き出して、色んな屋台を見て回っていく。
少々年の差はあるものの、傍から見れば十分にカップルに見える。事実、雑踏の中をそういう風に溶け込んでいた。
そんな二人を、『ザ・屋台』の店主シンは見逃さない。
「くわぁ〜! 熱々だねぇ、お二人さん! 幸せそうにしやがってこん野郎! もう良い、大サービスだ! 持ってけ泥棒ぉおーーー!」
大声で冷やかしながら赤字覚悟の出血大サービス。
焼きソバにケバブ、ハンバーガー、あんまんにりんご飴。とにかく統一性の無いカオスラインナップだった。
だがそんな好意を笑顔で受け取る二人。
その荒っぽさが美味いシンの料理を賞味しつつ、次々にゲーム系の屋台を回った。やがて打ち解け、二人の距離は次第に縮まっていく。
一通り屋台を回り終えると‥‥喧騒から少し離れたベンチに隣り合って座る。そして‥‥さりげなく武流が、綾乃の手を握った。
「‥っ‥!」
一瞬身体を震わす綾乃だったが、しかし振り解きはしない。
そこへさらに武流が綾乃の肩に手を回す。
「え‥‥」
少し固まる綾乃。
だが、ここまで来たらもう止まらない。
「綾乃ちゃん‥‥!」
「わわっ‥‥!?」
綾乃を抱き寄せて武流が顔を近づける。そしてその唇が触れた――。
熱々のあんまんに。
「熱ぅっ!?」
「なーにーするんですかー? 須佐さぁ〜ん?」
「いや、まぁ、‥‥そういう雰囲気かなって、うん。‥ね?」
綾乃の物凄く怖い笑顔に、武流の昼休みは必死の弁解に当てられたという。
その間、エプロン上に破竹の勢いで売り上げを伸ばす屋台が登場していた。
その名も「シスタードーナツ」。メイン商品は「ぽんで」という、モチモチのドーナツである。
そしてその包装紙に印刷されたマスコットはどこかで見た事のある姿――。
先ほどまでステージに立っていたフェイトの店だった。
「押さないで、押さないで下さいなのです〜っ」
舞台効果は抜群、その味もあいまって、フェイトの店は大行列が出来ていた。シスタードーナツは大繁盛だった。
手を繋ぎ、幾つもの出店を巡る真琴と透夜。
依頼などで共有する時間は多かったものの、久しぶりの『恋人』としての時間を二人は心行くまで満喫していた。
最初こそ久方ぶりのデートに変な緊張をしていた二人も、祭りの喧騒がすぐに空気を馴染ませる。
様々な露店を回り、ゲームと屋台の味覚を楽しみ、さらに道で会ったナトロナの各隊へも挨拶していく。
楽しい時間はあっという間に過ぎ去る。
‥‥今はメイドCAFE『LINDBERG』に客として入り、次のライヴまでゆったりとした時間を楽しんでいた。
◆
メイドCAFE『LINDBERG』の屋台を閉店した後。ライヴの準備を手伝うミズキへ、エイラが声を掛けた。
「‥‥ミズキ、墓に行かなくて良いのか?」
「行くのは良いけどさ‥‥。ボクは部外者なんだよ、あそこの人達にとってはさ。まぁ‥‥後で行くよ、礼儀だから」
ミズキの弱気な発言に、エイラが呆れた風に首を振る。
「ったく、自信持てよ、ここを護った一人だろうがよ」
「‥‥うん、そっか。そうだよね‥‥ボクは、ここを護る事が出来たんだよね」
「そーだよ、ったく。‥‥っと、そろそろだな。やべっ、また緊張してきやがった」
舞台裏からエイラがステージへ上っていく。
同時に切ないエモロックの旋律が始まり、――『Phoenix』という曲名がステージのメインモニタに映し出された。
♪ ♪ ♪
【傷付き折れた翼
例え絶望に沈んだとしても
不死鳥のように蘇れ
いつか、この空をつかみ取る
その日まで】
♪♪ ♪
ナトロナの観客達が、その歌詞に自分達の想いを重ねる。激しい曲調の中に深みのある音色の渦が鼓膜を震わせる。
エイラの歌声に合わせて、綾乃の裏声で響くコーラスが加わった。
♪ ♪ ♪
【全て(全て)なぎ倒す黒き車輪
恐れはしない一人では(一人では)無いから
全て(全て)の想いを繋ぎ合わせ
不死鳥の瞬きは(瞬きは)なぎ払う
いつか(いつか)、この自由つかみ取る
その日まで(その日まで)】
ギターソロ、ドラムソロが扇情的に曲を盛り上げ、音楽を終わりへ加速していく。
やがて深く切ない余韻を残して『Phoenix』は鳴り止む。代わりに、割れんばかりの歓声を浴びて――。
◆
「‥‥探したわよ少尉。まずはイカロス隊復帰おめでとう。それに因んで、特別任務があるのだけど」
「特別任務? なんだ、やぶからぼうに‥‥?」
遠くから歓声が聞こえる。その喧騒から離れて一人重い足取りでぶらぶらしていたライトは、突然ラウラに捕まえられた。
驚いているライトへ向かって、ラウラは二つの箱を取り出して見せる。
「まずこれ、化粧箱入りハートペンダントのペア。世の恋人達が大金積んでも欲しがる代物よ?」
「む、どういう事だ‥‥?」
要領を得ない風のライトの手に、ラウラはずいっと二つの箱を握らせた。
「これを大尉に渡して想いを伝えなさい。O.K.なら片割れを貰ってね」
「俺が大尉に‥‥? しかし‥‥」
「皆気付いてるわよ? ――大尉も多分」
「なっ‥‥!」
ライトが素っ頓狂な声を上げてラウラを見る。
さらにそこへ――。
『えー‥お呼び出しッス。お呼び出しッス。イカロス隊のヒータ大尉、ヒータ大尉、兵器格納庫でライト少尉がお待ちッス。至急向かって欲しいッス。繰り返し――』
『――コラァ、軍曹! 無断で何をやっとるかァッ!!』
『ちち違うんスよ! とにかくヒータ大尉、兵器格納庫へ――』
ブツッと途切れる基地放送の音。
呆然とするライト。
そして計画を企図した張本人は、イタズラっぽく微笑んで見せた。
「――煮え切らない態度で女を待たせるのは、どうかしら?」
◆
ステージの上。真琴が観客と墓地とを見渡し、ポツリと呟いた。
「ココに居る‥‥皆に捧げます。―――Soldiers―」
失った全てを悼み、真琴のアルペジオが静かなバラードを紡ぐ。
〜♪
【うなされてた夢の中
失われてく夢と輝き
聞こえてくるよ 燃えゆく街の中
傷付いた子供達の 無邪気な笑い声――】
♪
◆
エプロン上にある屋台BARで、UNKNWONは一人腰掛けていた。
「‥‥私もまだまだ、だな」
モルトウィスキーをロックで喉に流し、戦死者達の冥福を祈る。
これほど強くなってさえ、自身の力不足を痛感する。戦いは苦手だと、そんな想いを抱く。
ただの戦闘力では無い、本当の『強さ』。それを持つ男に想いを馳せて。
「――帰って来い」
ポツリと、誰にも聞こえないほど小さく。
相棒の名を、呼んだ。
◆
♪〜
【空を見上げる君 何見てる?
掌(て)を見下ろす君 何想う?
怯え閉ざした心
力を失くした翼
思い出して それはホントの君なの?】
♪――
静かな音色が一転、アンプがノイジーな音を吐き出す。
聴く者が現実に引き戻されたのも束の間、深い海の底で絶叫するようなギターソロが基地に響き渡った。
◆
式典格納庫、そこは今や酔っ払い達の寝場所として、静寂に包まれている。
その一角に酔い潰れて眠りこけるバルトの姿があった。
テーブルに並べ立てられたショットグラス。
その数は今は空になった席の方が‥‥一つだけ多かった。
◆
今やステージ上の楽器全てが競演するように音色を響かせる。
♪ ♪ ♪
【絶望を希望で塗り替え 誇らしく
君しか出来ない事が 見付かるから
目を逸らさず さぁ行こう
新しい今日が 今始まる
傷付いた天使は 今 舞い降りた――】
♪♪♪♪
歌詞が終わり、終局へ向かう音楽は更なる炎を燃やす。いつまでも終わらない激しい演奏。
観客達は拳を振り上げ、声を張り上げて揺さぶられた想いを吐き出す。
◆
遠くにライヴの歓声が響く中。
人払いのされた兵器格納庫は、どこまでも静寂に包まれていた。
「‥‥なんですか、少尉? 急に‥‥呼び出したりして‥‥」
「た、大尉――」
一瞬物怖じしたように黙り込むライトだったが、すぐに直立不動の姿勢を取り――声を張り上げた。
「大尉! ライト・ブローウィン少尉、本日をもって原隊復帰致しました!」
あまりの大声に、ヒータはちょっと耳を塞いで頷く。
「え、えぇ‥そうですね。これからもよろしくお願いします――」
「しかし、失礼ながら‥‥自分は今までと同じ扱いでのイカロス隊復帰は嫌です!」
「‥‥少尉、それはどういう意味ですか?」
剣呑としてヒータが鋭く言い放つ。
仮にもヒータは上官。普通なら許されない言動だ。
だがライトは、真剣な表情でヒータを真っ直ぐ見つめ――静かに口を開いた。
「‥‥つまり、大尉。俺達がイカロスの落ちない両翼となれるように‥‥。コレを、――受け取って貰えませんか」
「――え?」
ヒータへ差し出される――ハート・ペンダントの片割れ。
――時間が止まった。
長い長い沈黙。
‥‥そしてようやく、ゆっくりとヒータが歩み寄る。
「貰っても、良いんですか‥‥?」
「はい、大尉――貴方が好きです。‥‥心の底から」
「う‥‥少、尉――ッ!」
顔を歪ませ、ヒータがライトの胸へと飛び込む。
静かな兵器格納庫で二人は強く抱き締め合った。
‥‥そのKVや車輌の物陰で、溜め息や涙ぐむ声、笑いを噛み殺す声が響く。
ホークスアイ隊員達、整備班、炊事班、傭兵達ラウラ、カルマ、未早、シン、ユーリ、フェイト、隼瀬、覚羅、ミズキ、アンジェラ、ルノアといった面々だ。
だがそれに気付かず、二人は静かな幸福を噛み締め――。
「‥‥む、こちらから声が聞こえたな。イカロス隊がどうとか‥‥確か、ベッセマーベンドに居たシュテルンのパイロットがその隊だったはずだ」
ふらりと入り口から姿を見せたリヴァル。が、――抱き合う二人を見て真顔で凍り付く。
「「「イヤッホーーーーーウッ!!!」」」
直後、格納庫に一斉に祝福の声が上がった。
クラッカーが打ち鳴らされ、KVや車輌の陰からゾロゾロと現れる――傭兵や兵士達。
「‥‥‥え?」
唖然とする二人に、クラッカーを吹っ掛けながら野次を飛ばす面々。
同時に、外からも割れんばかりの歓声と拍手の音が響いた。
◆
曲が終わり、ステージから傭兵バンドが引き上げていく。
だがいつまで経っても――。
心を震わせた音楽の余韻は残り、ナトロナの歓声は鳴り止まなかった。
◆
日が沈み、傭兵達は申し合わせた訳でもなく墓前に並んでいた。
「ここまで来れたのはお前達のおかげだ。託された志をやり遂げ、胸を張ってお前達の事を語っていこう。‥‥再び、あの基地でな」
透夜が最初に確保していた酒を、控え目に墓へ撒きながら墓地に眠る死者達へ語りかける。
「私達にもっと力があれば‥こんな‥‥」
「その想いを私らが受け継ぐンだよ‥‥」
悲しげに服を掴んでくる綾乃に、真琴が厳かに囁く。
「皆の、【遺志】を――」
用意した花を置き、二人は瞳を閉じた。
「こういう時のセンスが無いから、助言してもらったんだけど‥‥」
ワイオミング州花のカステラソウを墓前に手向けてアンジェラが誓いを新たにする。
隼瀬も梅と水仙を一輪ずつ組み合わせた花を、墓へ順々に供えていく。
必ずこの地に「春」を運んで来るよ、と春告花を。
「もうこんな時間か‥又ここにくるよ‥次は良い結果報告だといいんだけどね」
懐中時計を閉じた覚羅が、微笑んで呟く。
祝宴は終わり、またナトロナに戦いの日々が始まるのだ。
‥最後に覚醒を解いたルノアがそっと後ろを振り返る。
「絶対に、取り、戻し、ます――」
墓地に一際強い風が吹く。
辺りにはたくさんの花びらが舞い、背中を向ける傭兵達を見送るようだった。
NF.018