●オープニング本文
前回のリプレイを見る「レッドバード‥‥ワシの、エース達が‥‥」
司令デスクに腰掛け、机の上で組んだ両手に額を押し付けるポボス大佐。彼だけの司令室は、ひっそりと静まり返っていた。
パウダーリバー基地も普段に比べれば真夜中のように沈黙に包まれている。
ほとんどの戦力は前線陣地に出張っており、ここには最低限の戦力しか残されていなかった。
ポボスは目をつむったまま机に上半身を投げ出す。その瞳からは中年の男には似合わない涙が流れ落ちた。
「くそ‥‥っ、糞っ‥‥! バグアめ‥‥」
呪詛を吐きながら机の上に置いた写真を手に取る。絶対の信頼を置いていた部下。赤いS−01Hの前に整列したレッドバード隊員達が、写真の中でポボス大佐に微笑んでいた。
その創設からの思い出に浸る脳裏に、つい先日の記憶がフラッシュバックする。
自軍‥ナトロナ軍を攻撃する赤い四機。見覚えのあるその機動が、四機の息の合った連携が――陣地を消し飛ばしていた。
ポボスは体をもたげると、憂鬱そうに首を振る。
「もうダメだ‥‥レッドバードに勝てるわけが無い。ナトロナは‥‥終わりだ」
気力も萎えたポボスが、怯えから唇を震わせる。
それからしばらくの逡巡の後、おもむろに内線の受話器を取った。
「ポボスだ‥‥。偵察で発見されたCW兵器について、詳細な情報を入手する必要がある。よって我々司令部は――ナトロナから離れてカリフォルニアの基地へ移動する。‥すぐに準備にかかれ」
『し、司令‥‥。お言葉ですが、前線では一触即発の状況が続いています。もし中枢たる司令部が離れれば更なる士気の低下が予想されますが‥‥』
「黙れ! そんな事は分かっておる。どうしても必要な措置だ、さっさとせんか!」
『りょ‥‥了解。すぐに準備に取り掛かります』
一喝され、受話器の向こうの士官が了承する。
ポボスは電話を切ると椅子に深くもたれかかった。そうして窓の外へ顔を向ける。
まるで最後に目に焼き付けるかの如く、そこからナトロナの風景を眺めた。
「そんな‥‥!? ポボス司令がナトロナから抜けたんですか!?」
悲鳴に近いヒータの声が響き渡る。
報告に来た士官は重々しく頷いて、顔を伏せる。その報告は今や前線全体へと広がっていた。
「バカな! キャスパー奪還作戦はどうするつもりなんです? もうここまで来ているというのに‥‥」
ライト少尉が困惑したようにその士官を問い質す。だが、諦めたように相手は肩を竦めた。
「ポボス司令からの命令です。軍の指揮権はイカロス隊に一時委譲するので、司令達が戻ってくるまで奪還作戦を継続せよと」
「私達に‥‥? 司令部はいつ頃戻ってくるんですか?」
「それは‥‥分かりません。司令は自分が必ずしも前線に居る必要は無い、と仰ってカリフォルニアへ向かいました」
「‥‥つまりイカロスへ責任転嫁して逃げた訳だな」
ズカズカと歩み寄って来たクロウ隊隊長のバルト中尉が、咥えたタバコを苛立たしげに噛みながら言い放った。
「俺達はどうするんだ? まぁ司令なんて元々当てにはしてねぇが‥‥それでも軍の頭が抜ければ、これを敗戦と認めたようなもんだろうが」
「‥‥こちらに言われても」
士官は自嘲気味に笑って首を振った。彼も置いていかれた一人だったのだ。
「司令は、敵基地に設置されたCW装置を調べにカリフォルニアへ戻りました。こんな田舎では情報網が貧弱なので。おかげでカリフォルニアで見つけた資料が送られてきています」
キャスパー基地地上に設置されていたCW。遠距離まで届く怪電波は、なんらかの特殊装置が使用されていたせいだろう。
バグアによって『ヴィルト』と名付けられた装置の資料をヒータに渡すと、士官は溜め息を吐いて空の幕僚テントに入って行った。
かのエース部隊レッドバードが敵として出現し、ナトロナ軍司令部はカリフォルニアへ脱出した。
その報を受けたナトロナ軍兵士達の心は叩きのめされていた。辛うじて軍規は保たれているものの、それもギリギリの状態だろう。
前線陣地はまるで通夜のように沈鬱な雰囲気に沈み、誰しもが絶望で戦う気力も無い。
「こんな状態では戦闘どころではありません。この上キャスパーの奪還なんて‥‥」
幕僚テントの中でヒータがポツリと呟く。全員がその言葉に俯いていた。
「大尉‥‥」
ふと、躊躇いながらライトが名を呼んだ。全員の視線がそちらに集まった。
ライトは自分を励ますように目を閉じ、しばらくして言葉を紡ぐ。
「‥‥兵士の士気を上げ、そしてキャスパーを奪還するために、ヴィルトを叩きましょう。それしか――ありません」
決然と言い切った。
「‥だけど、叩く方法があるッスか? ヴィルトがある以上、簡単には敵基地に突っ込めないッスよ」
異を唱えるタロー軍曹。ヴィルト破壊の為にはキャスパーへ乗り込まなければならない。そうすればレッドバードが黙っていないだろう。
ヴィルトの影響を受けながらレッドバードと交戦するなど‥‥自殺行為に等しい。
「あれ? ちょっと待って下さい‥‥このヴィルトって装置、本体は地下に埋まってるんですね」
資料をめくりながら、クロウ隊副長のカスピが声を発する。
ヴィルトは地下の中枢装置からコードが延び、地上の幾つかの増幅装置と繋がっているのだ。その中枢さえ破壊すればもはや地上装置はただのガラクタになるようだ。
「‥‥つっても、地面の下のどこにあるかも分からんぞ? そもそも、入り込むのも難しいだろう」
「いや、隊長。聞いた事ないですか、キャスパーの地下シェルターの噂」
そう聞いてバルトがふと黙り込んだ。何か心当たりがあるらしい。
代わりにライトが顔を向ける。
「地下シェルターとは?」
「キャスパーがまだバグアに落とされていない時に、建造中だったそうです。住居や各軍施設を作っていたとか」
「それが事実ならこのヴィルト中枢装置は‥‥」
ライトの言葉に、ヒータも頷く。
各員は幕僚テントにあった部隊表を見つけると、すぐにそれに目を注いだ。
工兵部隊の隊長がテントに呼ばれたのはそれからすぐの事だった。
「地下シェルター‥‥? ああ、心当たりある」
その隊長はすぐさま頷く。工兵部隊もその建設に従事していたとの事だった。
ヒータがかいつまんでヴィルト中枢装置について話すと、彼はアゴをさすりながら紙に見取り図を描き始めた。
「そんな中枢装置を設置できるのは格納庫だろう。かなりの空間と強度がある。他の施設は中途半端なものばかりだ」
「ではその辺りにフレア弾を落とせば‥‥」
「それよりも地下へ直接潜入する手もあるぞ」
彼の言葉に怪訝そうに各員が顔を向ける。
「‥ここだ。ここに、正規の設計図にも無い秘密の脱出路出口がある」
そう言って示したのは、キャスパー基地より1km離れた廃村。
「キャスパー地下主要部に繋がっている。どうだ、やってみる価値はあるんじゃないか?」
にやりと工兵隊長は笑った。
●リプレイ本文
「総員、機体へ。緊急待機だ」
「了解。緊急待機」
キャスパー基地で、マルケ大尉が指示を飛ばす。
敵陣から遠距離砲撃が開始され、六つの機影が地上から近付いているのをレーダーが捉えていた。
マルケはそれを見やり、格納庫に据えられたコンソールを操作する。
<ワーム迎撃部隊:出撃>
<ヴィルト:起動>
別格納庫の解放される地響きを足裏に感じ、同時にCW装置が一斉に強い輝きを発した。
「っ‥‥」
突然の不快感を受けてルノア・アラバスター(
gb5133)が顔をしかめる。
「‥‥こんな形でこの基地に戻って来る事になるとはね。早いトコ大っぴらに出入りできる様にしたいもんだぜ」
風羽・シン(
ga8190)は溜め息を吐く。
秘密路を抜けた地下司令室、そこに暗視装置を付けた六人は静かに降り立った。
「ここが‥‥キャスパー、地下」
赤宮 リア(
ga9958)の囁きは強張っていた。
久しぶりの生身、しかも敵に人間が現れる可能性を思えば‥気が重い。
それでもすぐ動き、秘密通路の入り口に剣で小さな目印を付けておいた。
「危機は転じて好機となる。証明しよう、心配など無用だという事を」
SASウォッチに目を落としていた鹿島 綾(
gb4549)が毅然として言い放つ。
そのまま入り口ドアを観察していたルノアが罠の無い事を確認。
各員へ頷き、そっと開く。
――同時、何かが部屋に飛び込んだ。
咄嗟に先手必勝を掛けたルノアがエネルギーキャノンを向け、射撃。黒い獣を掠めたその一撃は、しかし消音装置が不完全な為に冷や汗が出るほどの発射音と光を上げた。
即座に全員が得物を手に動いた。怪電波影響下の辛い状況ながらも僅かな時間で始末する。
‥‥だが死体を見下ろして、ここが敵陣だという事を改めて認識した。
「乗り越えられない困難なんてない。こっちも‥それを証明するよ」
蒼河 拓人(
gb2873)はドアの向こうへ呟く。
ルノアが死体を物陰に隠す間、リアが軽傷の仲間を救急セットで治療する。
各員はハンドシグナルでやり取りしながら、慎重に部屋の外へ出た。
ふと、依神 隼瀬(
gb2747)が振り返った先は‥‥司令用デスクが鎮座する。
「俺達だって‥‥RBと戦いたくないんだからな」
溜め息混じりの苦笑は、パイドロスの内側で反響した。
「‥‥?」
『どうかなさいましたか、大尉』
「いや、気にするな」
『了解。‥‥地上KVですが、やはり囮ですね』
マルケもそれを既に捉えていた。別方角に現れた光点が、キャスパーへ高速で接近している。
「‥‥。ヴィルトへの爆撃か。無駄だ」
「レッドバード隊出撃。――敵を止める」
赤い四機が空へ舞い上がった。
片翼章を付けた六機が機首をもたげる。低高度から高高度へ。
「けど司令部不在で任務遂行しろってか。司令抜きでど〜‥‥あ? 良いのか別に、オッサンなら居なくても?」
山崎 健二(
ga8182)は、ふと本気っぽく言い放った。
「少しは楽をさせていただきたいものですが‥‥泣き言は言っていられませんね。全力を尽くします」
セラ・インフィールド(
ga1889)には珍しく険しい表情で、レーダーに目を落とす。
HW八機、RBらしき機影が二機。地空へ二機ずつ別れているようだった。
「く、見つかったか‥‥ヒータは臨時指揮官でもある。落とされるなよ」
CWの不快感に耐えながら、月影・透夜(
ga1806)が言い放つ。ヒータはハッキリと頷いた。
『来た、ヘッドオンするぞ!』
ライト・ブローウィン(gz0172)の声。眼前、陥ちたキャスパーを背後に――赤いS−01H二機が迫っていた。
水上・未早(
ga0049)はどこか哀しそうにそちらへ目を向ける。
「貴方が守りたかったのはキャスパーの街‥その形だけですか、マルケ大尉」
『護りたかったもの、か』
意外にも、赤い一番機から返事があった。
『‥‥欲しいのは‥‥翼を広げる場所だけだ』
いつもの冷淡さはなく、少しぼんやりした声で。
急制動し――大量のミサイルを射出した。
「っ――!」
全機被弾。激しいヴィルトの影響下、ミサイルを振り切れなかった。
直後に敵両翼HW群の一斉砲撃が閃く。淡紅の光柱が空を奔り抜ける中、赤い二番機ファス機が吶喊――弾丸を吐き散らす。
透夜機、未早機、健二機の装甲に容赦無い弾痕が穿たれていった。
「ってぇ‥‥。そんじゃ次はこっちのターンって事で、削らせてもらうぜ!」
濃紺暗灰の健二機が反転、エネルギー集積砲をHWへ撃ち放つ。
HWは大口径の一撃を避けた。が、即座にイカロス二機が追撃する。
一方で傭兵各機は眼前の敵を向いていた。キャスパーを背後に据える――赤い二機。
「いつまでも持たないっ! 何としてでも抜けないと‥!」
「了解です。一気に行きましょう!」
透夜と未早はスロットルを限界まで押し込む。両機ブースト、弾幕を張りながら赤い二機頭上の突破を図った。
だがファス機に射撃は避けられ、逆に反撃のミサイルが次々と二機に炸裂して装甲を吹き飛ばす。
だがそのファス機に――後方からの機体接近警告が鳴り響いた。
「このまま突き抜けます‥!」
「よっしゃあ行くぜぇ!!」
もう二機の片翼ロッテ。セラ機と健二機が剣翼を翻してブースト加速して駆けた。
ファス機はそれを機敏に掻い潜る。のみならずカウンターの剣翼を――セラ機に叩き込んだ。
「くっ‥‥!」
直前にPRMを防御に回したものの、大きく翼を錐揉みさせてセラ機が揺らぐ。
さらに後方マルケ機からAAEMが乱れ飛ぶ。健二機が被弾、火花を散らす。
続きイカロス二機もキャスパーへ吶喊。HWの洗礼を浴びた。
『ファス、突破させろ』
『了解』
ヴィルトの影響下で圧倒的優勢‥‥マルケは敵の退路を断った。
イカロス六機が基地手前で一斉に爆撃アプローチに入る。
その背後には――RBが喰らい付いていた。
「目標確認‥‥全ブースト、起動!」
『っ‥‥!』
だが未早機がブーストを噴かせて急加速、敵を一気に引き離す。
遥か高く上昇しながら速度を落として、一転。
洋上迷彩のワイバーンが獲物を狙って一直線に落ちる。フレア弾投下サイン、点灯。
同時視界に――突如赤い機体が翻った。
「な‥‥!?」
『いやっほーっ!』
RB四番機――スキピオ機。
嵐のような弾幕に未早の機体が悲鳴をあげて、投下したフレア弾はぶれながら落ちる。
『‥隊長、地上部隊は撃退済みだ』
『了解。よくやった、グラック』
RB四機の全てが――キャスパーの空に姿を見せていた。
爆撃アプローチを各機はことごとく断念する。
「もう一度‥! できるはずですっ」
セラが声を掛けながら、PRMで装甲を強化して激しい被弾に耐える。
バレルロール機動する透夜機の後ろには、ファス機。透夜はブーストの急反転急減速で――敵をオーバーシュートさせた。
「喰らえ!」
さらなる反転から放つ集積砲の一撃。轟音が敵後尾を僅かに吹き飛ばす。
だが透夜機『月洸弐型』は突如、青白い閃光に包まれた。RB他機の援護射撃。
別地点からは健二機が強引な上昇で爆撃態勢へ。
間髪入れずにマルケ機がその後を追った。
「掛かったな? ココらでいっちょ勝負させて貰うぜ。数秒後にこの空を羽ばたいているのは、どっちの翼か‥‥賭けようぜ!」
健二機がブーストしてショートループ。赤い機体へスキル付与の機銃を撒き散らして接近する。
マルケは小さな笑みで――それを迎えた。
‥‥格納庫まであと少し。
「くそ。もうそこだよな?」
シンの囁きが喉に張った通信機を通して、隼瀬に伝わる。
マッピングする隼瀬は小さく頷いた。
曲がり角の向こうにキメラ三匹がたむろしている。動く気配が無い。
苛立たしげに時計を見る綾の頭上から――ふと強烈な爆音が轟いた。
もはや限界。
ルノアは振り向いてサインを送ると、自らが改造した閃光手榴弾を――投擲した。
全員が目を伏せる。‥‥が、何も起こらなかった。
「不発‥!?」
それに気付いた直後、三匹のキメラが彼らの目前に駆け出る。
「っ!」
既に矢を番えていたリアの鋭角狙撃が一匹の耳を掠める。さらに拓人がサプレッサー付き番天印を連射。
怯んだキメラへ他の各員が地を蹴る。
乱戦。敵が複数で、ヴィルトの影響下もあって予想以上に手こずった。
ようやくの事で殲滅した時――、後方からは別の気配が迫り始めている。
「気付かれた――!? 走って!」
隼瀬が指示を出す。同時、ナビ役の綾が先頭に立って走りだした。
ルノアがもう一つの閃光手榴弾も投擲。だが事前の細工でおかしくなったのか、やはり不発だった。
悔しそうにルノアが前を向き、駆ける。と、ふいに格納庫入り口への簡素な案内板を発見。
「もう、すぐ、です‥‥!」
彼女達の走る足に迷いが無くなった。
「‥‥あった、あそこだ!」
六人はやがて大きな入り口を発見した。
即座に彼らは重い扉を押し開ける。通路の奥から獣の荒い息遣いが響いてきていた。
「開いた‥!」
突如、広い空間が姿を現す。その暗闇の中で――何かが輝いていた。
『ヴィルト』
その中枢らしき巨大装置が、格納庫の奥に鎮座していた。
「当たりみたいだね‥」
拓人は言いながらも、視線はその下。
――巨大ネズミの群れへ。
大量のキメラが――首をもたげていた。
「‥‥雑魚の群れだ! 斬り込め!!」
鼓舞するように綾は言い放つと、自ら先頭を駆け出した。
その横から拓人も前に出て、制圧射撃を開始した。十数匹のキメラの動きが鈍る。
その中心を断ち割るように、綾、シン、リア、ルノアの四人が中枢装置へと駆けていく。
その後方。
格納庫入り口にもキメラが追いつき、殺到。――が、その一匹がふいに通路へと吹き飛ばされた。
「ここは俺が――通さない!」
AUKVを纏った隼瀬が入り口に立ち塞がり、激しく薙刀を振るう。
機体の厚みで入り口を塞ぎ、さらに竜の咆哮で押し入ろうとした敵を吹き飛ばす。ただ一人で、通路側の敵を食い止めていた。
「‥‥制御装置はっ」
リアは破壊の前に制御装置を探す。一刻も早く怪電波を除かなければならない。
‥‥だが、複雑な機械を前に全く見当が付かなかった。
「構うな! 壊せば良いこった!」
シンが花鳥風月を構えて、装置へと低く駆る。
「表面を、破壊、します‥‥内部に、攻撃を!」
同時、ルノアがエネルギーキャノンを振るうように射撃した。鮮烈な光条が中枢に突き刺さり、明滅する装置を赤く溶かす。
ほぼ同時、リアも弓に弾頭矢を番えている。
即射。
魔法のように放たれた五連射が、装置に吸い込まれて――轟音と共に爆ぜた。
火花を上げて内部が露出した装置にシンが刃を突き入れる。明滅する光の幾つかが消えた。
そんな三人へネズミキメラが一斉に襲い掛かる。鋭い歯に抉られながらも――動きを止めない。
綾が自らも攻撃を受けながら三人に群がるネズミを切り裂いていく。後方からは拓人が制圧射撃と援護射撃を駆使して敵を抑える。
隼瀬も火花を上げながら、必死に入り口で敵を食い止めていた。
「弾頭矢五連射、もう一度行きます!」
即射でリアが番え、装置中心へ放つ。さらにルノアがその射線上に連射。
爆炎と光条で装置は大きく傾ぎ、天井で繋がるパイプの何本かがへし折れた。
さらに抉れた装置中心へ――二刀を繋いだシンが長い刀を奥深くまで突き入れる。
――直後、その内部で何かが弾け散った。
轟音。装置は青白い火花を天井まで噴き上げ――。
沈黙した。
『な‥‥!?』
マルケが異変に気付いて機首を翻す。
その目の前を炎塊と化した健二機が通り過ぎた。錐揉みしながら戦線を離脱していく。
そのトドメを捨て置き、マルケは『地下格納庫に侵入者あり』の警告を見る。
ドックファイトに集中して気付かなかったのだ。
『く‥‥どこから入った?』
「影響が消えた!? 成功か‥撤退するぞ!」
「了解。ホッとしますね」
透夜と未早ロッテが赤い二機の攻撃をかわし、ブーストを起動する。
『避けられたっ‥!?』
「煙幕、射出します!」
セラ機、そしてライト機が煙幕を発射。
そのまま片翼部隊は機首を翻し――後方へとブーストを掛けた。
『追うな! すぐ着陸、――地下へ向かう!』
『『了解‥!』』
赤い四機は追撃を断念し、着陸態勢に移る。
「閃光手榴弾――行くぞ!」
シンが閃光手榴弾を帰り通路に投擲。盛大な爆音と閃光が広がった。
「遅刻できないパーティーがあるんでね。通して貰うぞ!」
綾が敵を蹴散らして駆ける。ルートは司令室まで一本道で近道となる大通路。
警報が鳴り響く中を六人は駆け抜けた。
だが途中にあった階段から、――大量のキメラが駆け下りて来ていた。
「恐らく、地上、から、です!」
ルノアは急所突きの銃撃で味方を援護しながら叫んだ。
シンが新たな閃光手榴弾のピンを抜く。さらに、リアが走りながら照明と警告灯を狙撃して破壊。
六人は牙や爪の海へ飛び込み、もがくように掻き分けた。
幸いにもリアが階段下の照明を全て砕いた事で、地上から来たキメラは動きが鈍っていた。
攻撃を受けながらも六人は群れを抜ける。が、すぐにキメラ達は追撃を開始。
拓人がアラスカ454を深く構え、数度撃ち放った。貫通弾が先頭のキメラの足を砕き、その場に転がす。
「全く、キリが無いね‥‥」
「手榴弾、投げるぞ!」
拓人が貫通弾を使い切ったと同時、シンが後ろへ閃光弾を投げる。
広がる閃光。暗闇に慣れ始めたキメラは明らかに怯み、足を止めた――。
‥‥騒動の収まった地下格納庫で、マルケは傾いだ中枢装置を見上げていた。
「修復は無理か」
『隊長』
「敵は見つかったか?」
『いえ。その代わり‥‥秘密通路と思しき物を見つけました』
マルケは無線機を握ったまま目を閉じる。
「‥‥爆破しておけ」
マルケはその場に立ち尽くす。
無線機の砕ける音が、格納庫に響いた。
「「かんぱーい!」」
ナトロナKV部隊と傭兵達がコップを合わせる。
ヴィルト破壊の祝勝会と、ライトの誕生日祝いも兼ねた宴会だった。
「外堀は埋まった‥‥次は本陣だな」
ようやく一息吐いて透夜が呟く。
「ああ。祝杯は‥‥キャスパーを取り戻してから、浴びるほど飲ませてもらうさ」
シンも渡された酒にも手を付けない。テントの中で全員は円陣を組むように固まり、頷きあった。
それからふと――ライトとヒータを残して全員が立ち上がる。
「よっし、じゃあ後はお二人でごゆっくり、な!」
「「‥‥は?」」
バルトの裏のある笑顔に、思わず二人が問い返す。
が、気にせず全員テントをぞろぞろ出て行ってしまった。
「‥‥まったく」
二人だけになって苦笑するライトへ、ヒータもおかしそうに肩を竦める。
外からは誰かの笑い声が絶えず聞こえてくる。あれだけ怯えていた兵士達も、今はかなり克服したように感じた。
そこに混じった拓人は、ふと陣の外へ目を向けて。
「次の誕生日は‥‥あそこで盛大にやろうね」
――キャスパーの方角を、見た。
NFNo.026