タイトル:【JTFM】流れの中でマスター:青井えう

シナリオ形態: ショート
難易度: やや難
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2010/08/12 23:59

●オープニング本文


  南米中部の内陸国『ボリビア』。
 建国以来、血で血を洗う闘争の歴史を積み重ね、殺し合いを体験しない世代が無いのでは無いか、というほどに市民全員にハッキリと戦いの記憶がこびりついている国。
 そのために、束の間の平和‥‥バグアと全人類との戦いにおいて『中立国』という危うい位置に立って沈黙していた期間は、それでも想像以上に幸福な時間を彼ら一般市民に与えていた。
 家族、友人、仲間、いや町でただすれ違うだけの人間でさえいたずらに死なずに済む。そんな当たり前の事でさえ、彼らにはとても新鮮で幸せな事だったのだ。
 だが所詮、それは仮初め。
 地球に住まう全人類と、異星の来訪者による侵略。いわば二つの星間で繰り広げるこの戦争において、地上にあって本当の平和な場所など有りはしない。
 このボリビアも例外ではなく、平和は少しずつ綻びつつあった。
 去年の秋頃よりUPC南中央軍のコロンビア侵攻に影響される形で、この国にも様々なバグアの脅威が現れ始め、それを辛うじてULTの傭兵達が撃退している。
 だがこの状況において、国王に代わり実際の政治を取り仕切る摂政マガロ一派は強硬に中立の姿勢を崩さない。
 UPC軍の駐留を認めず、できるだけ中立を貫く姿勢を取り続けた。しかし、キメラやワームによる襲撃事件は増加は止まらない。
 ボリビアの変化は確実に始まっているのだ。
 世論の中にはバグアの脅威を認識し始め、UPCへの加盟を望む声も上がり始めた。
 といってもそれはまだごく一部。
 やはり大多数を占めるのは中立派だった。
 ‥‥それは当然かもしれない。
 誰が選べるだろう。仮初めにも得た平和を投げ出して武器を取れ、そんな酷な選択を。
 長い戦いに疲れ果てた彼らが、戦いの無い世界を望んだ所で何の罪があるだろう。そんな夢のような世界に生きる事を、誰が責められるだろう。
 そう、彼らは何も悪くはない。
 ――ただ世界が、これ以上それを許さなかっただけ。
 短くも幸せな夢はもう、醒めようとしているのだ。


 ボリビアにある街の一角。
 人通りもそこそこに多いその場所では、ULTの専用トラック四台が路肩に停められSES兵器や物資の提供、簡易のエミタ適性検査を行っていた。
 キメラの襲撃や親バグア派のテロにより治安が悪化する中で、市民一人一人の自衛能力向上を目的とした活動である。
 それでも中には‥‥その活動自体が『治安を悪化させる原因』として捉える人間も居る。
 彼らは冷たい視線を向け、憎々しげにツバを吐き捨て、あからさまな敵意を剥き出して罵詈雑言を吐く者も少なく無かった。
「皆さん。我々はバグアの脅威から身を守る手段を得るべく、その手助けをする者です。昨今、このボリビアでもキメラによる襲撃事件などが多発するようになりました。バグアの扱うキメラは、簡単に人を殺します。しかもその脅威は‥‥」
 一般人のULTオペレーターであるマヤ・キャンベルもこのボリビアの地に降り立ち、切々と住民達への自発的な行動を呼びかけていた。
 だが、それに表立って賛同を示す者は十人に一人居るか居ないか。
 ULTを敵視しない市民でも、ほとんどの者は目を逸らして歩き去っていく。彼らは未だ目を閉じて耳を塞ぎ、決めかねていたのだ。
 しかしだからといって、見放す事は出来無い。
 現実にボリビアでは危険が日々高まっている。バグアの餌食にならないようUPCへの加盟を、それが無理ならせめて自衛の手段だけでも持つようにとの説得を街頭で続けていた。

 ULTの一団は数時間それを続け、肯定的な意味と否定的な意味で興味を惹かれた市民達が数十人と集まり出した頃。
 ふと、道路の向こうから一台の大型トラックが異常な速度で姿を現したのが見えた。
「‥‥っ!? み、皆さん、こちらへ下がってください!!」
 マヤが焦りながらも市民集団に素早く指示をして、自ら建物際へ下がる。
 同時、護衛に当たっていた傭兵がトラックへ速度を緩めるように警告。数秒を置いて、手に持っていた配布用の拳銃を――発砲した。
 トラックの前輪タイヤが火花を噴いて脱輪し、制御できなくなったトラックは横に傾きながら滑る。
 やがて不安定な姿勢と早すぎる速度、それらに耐え切れなくなったトラックが道路の中央で横転。二度、三度転がり、ようやく止まった。
 と思ったのも――束の間。
 突如、停止したトラックが揺れ動き、荷台部分が内側から醜く膨れ上がる。
 二、三度荷台が変形した後、荷台は派手に破裂した。
 中から蠢き出てくるのは――大量のキメラ。
 異形の鳥や獣が、まるでパンドラの箱を開けてしまったかのように溢れ出した。
「きゃあああああああああああああ!!!」
 凍りついた人々を動かしたのは、悲鳴。
 そしてマヤがこれを親バグア派のテロだろう事を悟ったのは、トラックの運転席の窓から血まみれで半身を出した男が、満足げに笑って息耐えたのを見届けた時だった。
「に、逃げろおおおおおお!!」
「キメラだ!! 化け物が出たぁあああ!!」
 恐慌状態に陥った群集は我先にとその場から走り出す。
「お前らが来たせいだ!! お前らが来なければ‥‥っ!!」
「早くあの化け物どもをどうにかしろぉ!!」
「くそ、お前らが本当の敵だ! この悪魔どもめ!!」
 ULTの一団へ詰め寄り、殺気だった言葉を掛ける群集。まるでそのULTの職員をそのまま殺してしまえば、キメラは襲って来ないとでも思っているような振る舞いだった。
 だがトラックから出たばかりのキメラ達は方々に目を向けていたが、やがて遠くへ行った獲物を諦め、一箇所に視線を凝らした。
 その場で最も人が集まっている場所。
 ULTの一団とそれを取り巻く集団を等しく『獲物』と見定め――牙を剥いて駆け出した。
「危ない‥‥ッ!!」
 集団の端に居たマヤがそう叫んで駆け出す。
 見れば市民達の後ろ、ULT一団に詰め寄るせいで顧みられなくなっていた場所で、一人の子供が泣きながら座り込んでいた。
「‥‥くぅッ!」
 咄嗟にマヤは、子供に覆い被さっていた。
 先頭を走ってきていたキメラの爪がその上を掠め、避け切れなかったマヤの背中を広く切り裂く。
 だがその下で子供は、確かに生きていた。
 それを見守る群衆もまた、言葉を失っていた。
 その静かな世界でキメラがもう一度異常に長い爪を振り上げた――直後。
 突然の衝撃を受けてキメラは吹き飛ばされ、さらにマヤと子供も後方へ連れ去られていた。
 瞬時に展開したのは、ULTの傭兵達。
「‥‥皆さん、我々は、‥‥敵ではありません」
 囁くような弱い声が群集の後ろから聞こえる。
 さらにその群集を背中に守るようにして――傭兵達はそれぞれの武器を抜き放った。

●参加者一覧

アグレアーブル(ga0095
21歳・♀・PN
叢雲(ga2494
25歳・♂・JG
寿 源次(ga3427
30歳・♂・ST
宗太郎=シルエイト(ga4261
22歳・♂・AA
カララク(gb1394
26歳・♂・JG
鳳覚羅(gb3095
20歳・♂・AA
シクル・ハーツ(gc1986
19歳・♀・PN
Kody(gc3498
30歳・♂・GP

●リプレイ本文

「‥まずは生き残らなければ話にならないですね。この場は必ず凌ぎます、どうか指示に従って下さい」
 宗太郎=シルエイト(ga4261)が縮こまる群集へ振り返り、覚醒。その風貌が派手派手しく変化する。
「あぁ、あと一つ。俺のやり方は派手らしいからな。腰抜かさねーよう、気ぃつけな」
 口調までガラリと変えて、しかし頼もしい笑みを浮かべて走り出す。
 それと同時、アグレアーブル(ga0095)もジャケットを擦らせて前へ出ていた。
「‥‥テロ?」
 キメラをぶちまけるだけなら随分と甘いと彼女は思考する。
 他の新手も警戒しながら適切に、アグレアーブルはいつも通り任務を開始した。
「っ、あんな無茶を‥!」
 後方、寿 源次(ga3427)はマヤの元へ駆けつけて練成治療を施す。
「‥‥だが状況は多少動いたか。後は自分等が気張らねば!」
 群集達がマヤを心配そうに見守るのを見て、源次は気負った。
「やれやれ。少しは空気を読んで欲しいですね」
 キメラを牽制するように群集との間に立ち、巨大な十字架を地面に突き立てる叢雲(ga2494)。
 それから背中越しに群集達へ語りかける。
「別にUPCにつけとか、立ち向かえだなんて言うつもりはありません」
 誰だって自分が可愛いのだから。
「‥ただ、今この場では我々に貴方達を守らせてくれませんか?」
 そう語りかける彼へ、ふいに前方からオンコットが高速で接敵。
 叢雲は十字架を振るい、敵の爪を寸前で受け止める。
 その直後に響く――銃声。
 同時、オンコットの肩から血が噴き出した。
「この状況では楽観出来んな。‥‥面倒な置き土産をしてくれた」
 『ラグエル』を構えたカララク(gb1394)。彼が無表情に、オンコットへ数度引き金を絞る。
 オンコットは転がり逃げるように標的を変えて――群集へ駆け出した。
 人々は蛇に睨まれたカエルのように息を飲んで硬直する。
「君達が望まなくとも時は動き出している‥‥君達の家族や友人を失って後悔してからでは遅いんだよ」
 身体から焔の幻影を立ち昇らせて前へ出る鳳覚羅(gb3095)。
「まだまだ受け入れ難いようだが‥‥この戦いは他人事じゃないんだ。人類の種の存続を賭けた戦いだってのを分かってくれっ!」
 同じく前へ踏み出し、Kody(gc3498)が旋棍を構えて吼えた。
 群集の前に立ち塞がる二人へ、駆け寄った猿が放つ爪の同時攻撃。
 Kodyはそれを旋棍で受け、覚羅は避けた動作で巨斧を振り下ろす。
 キメラ頭部を粉砕、血が飛沫をあげる。そこへKodyが踏み込んで放つトドメの打突。
 吹き飛ばされたオンコットは――そのまま動かなくなった。

 血を見て昂るキメラ達へ、ふいに矢が降り注ぐ。
「誰も傷つけさせない‥!」
 キメラ対応班の中衛、シクル・ハーツ(gc1986)が長弓『桜姫』で矢の雨を放つ。
 だがそれが発火剤となり、がむしゃらに駆け出したオンコットを――鋭い衝撃と激しい爆炎が弾き返した。
「オペレーターの姉ちゃんが体張ったんだ! その信念、無駄にはしねぇ!!」
 最前衛、道路中央で槍を構えた宗太郎が立ち塞がる。
 強いて彼に死角があるとすれば、道路の際。家々の前を駆ける鼠達へはその爆発を起こす武器の特性上、攻撃を仕掛けにくい。
 しかしその鼠の一匹が――ふいに「キィィイ!」と断末魔に似た叫びを上げた。
 アグレアーブルが無表情に鼠を見下して地面を抉るような蹴りを閃せている。その靴先に付いた爪が鼠の一体を寸断していた。
 周りに居た二体の鼠は危機を感じ取り、一斉にアグレアーブルへ向けて口を開く。そこから高速で吐き出す物体。
 それを瞬時に見極め、捌けると判断した彼女は手に握った拳銃のグリップでそれを受け止めた。
 走る衝撃。初弾の硬い石が手を痺れさせ、次弾の石は――突如、粉々に砕けて粘着質の液体をぶちまけた。
「っ‥‥」
 液体を浴びたアグレアーブルの動きが鈍る。
 そこへ追い撃ちをかけるべく動き出した鼠達へ――ふいに銃撃が走った。
 後方のカララクが両手を前に突き出し、彼女と民家を避けた高効率の援護射撃を放つ。灰色の炎が服の下で体を焦がすのを気にも留めず、ただ淡々と苛烈な弾幕を張る。
 その援護を受けながら、アグレアーブルは鼠の二体目を屠った。

「‥‥これだけは言っておく。例え、貴方方がどう思おうとも、自分達は貴方方を無事避難させる」
 後方でマヤの治療を終えた源次が言い放つ。
 さすがにそこまで言われて悪態を吐ける人間は居ない。源次は戦闘範囲外まで後退する旨を滔々と説明していく。
 ふと、道路のずっと先で四つの巨大な影が落ちた。
 空を舞う翼竜、タペジャラが建物群の間を抜けて飛来する。
「みすみす――通すかよッ!!」
 頭上の翼竜を見据え、宗太郎が駆けた。
 手近の建物の壁を蹴り、空高くへ跳躍。スキル発動で全身の筋肉が隆起し、さらに炎のようなオーラを迸らせて――翼竜の頭上を取る。
 タペジャラが咄嗟に鋭いトサカを振るう。それが皮膚を切り裂いたが――宗太郎は無視してランスを打ち下ろした。
 敵の延髄を突く強烈な爆発。
 翼竜はその衝撃で意識を失い、道路へと落下していった。
 だが他の翼竜三体は、そのまま後方へと抜ける。
「‥空から抜けられたら厄介だ。ここで切り落とす!」
 シクルが限界まで引き絞る弦。
 その手を離した瞬間、空へ疾った矢が敵の翼へ突き刺さる。
「キシャアア!!」
 痛みに吼える翼竜は、眼下へ目を向ける。そこに弓を持つ人間を発見するなり――トサカを立てて地面へ滑空した。
「この太刀の間合いなら‥!」
 だがシクルの腕から弓が消え、その手は常人には捉えられない速度で刀剣袋を掴んでいる。
 抜刀・瞬。
 2m近い大太刀風鳥を掴み、高速飛来する翼竜を迎え撃つ。
 だが敵のトサカは思いのほか大きい。間合いの外から放とうとした一撃はほぼ同時に交錯、互いに弾き飛ばされた。
「くっ‥!」
 硬い道路を転がったシクルが剣を立てて跳ね起きる。
 その前方で、顔に焼け傷を負った翼竜は再び空へ羽ばたく。手強い傭兵を空中でパスし、他の二体と共に群集へ。
 だがそれを押し留めようと噴き上がる激しい銃撃。
 先手必勝で火線を放つ叢雲と、二連射で物理と知覚の銃を交互に撃ち放つカララク。
 それに煽られて三体の翼に弾痕が走る。手負いだったタペジャラが大きく傾ぎながら建物の影に隠れようと巨体を翻した。
 しかし同時、叢雲が駆け出していた。
 赤い瞳は敵を捉え、建物の凸凹を足がかりに一気に――空へ。
「逃がしはしない‥」
 いつの間にかタペジャラの目前、零距離。
 そのトサカが動くより先に叢雲が先手必勝を発動。翼竜の横っ面へ十字架ステークをぶち込んだ。
「ピギィイッ!」
 トサカと頭蓋が砕かれ、タペジャラは体勢を崩して落下。地面に叩きつけられたキメラへ、叢雲が着地しながらトドメの銃撃を撃ち込む。
 残る翼竜は二体。
 だがそちらへ両手を向けて連射していたカララクが、ふと銃口を水平へ戻す。
 数を頼みに前衛を抜けて来た鼠三体へ、銃を向けた。

 戦闘区域を離れようと移動を開始した群集の頭上へ、不吉な捕食者の影が差した。
「ひ、ひぃ!? キメラだぁッ!」
「おい、さっさと進めよぉ!」
 翼竜を見て再び騒ぎ始める群集。
「全員落ち着け! あんな鳥ぐらい俺達が叩き落してやる!」
 旋棍を握り、Kodyがキメラへ啖呵を切る。
 その言葉を嘲笑うように、二体の翼竜は高速降下。同時に群集から引き攣るような短い悲鳴が漏れた。
「生憎と‥この人達に毛ほどの傷も負わせる心算はなくてね」
 落ち着いた様子で群集をその背中に隠す覚羅。
 だが飛来する翼竜のトサカが――ふいに光を帯びる。
「――っ!」
 突進した二体のタペジャラは、非物理の光刃を振るった。武器で受けられず二人の体に直接熱と衝撃が走る。
 さらにそのままの勢いで群集へ斬り込もうとするタペジャラ。
 ――しかし、Kodyは体が焼ける痛みを押して地面を蹴っていた。
「うぉらあ!!」
 翼竜の横面に打ち込む、瞬即撃の一撃。キメラは身構える事も出来ずに地面へ叩きつけられて滑っていく。
 さらにもう一体の眼前へ、バックステップと最短の動きでいつの間にか回り込む覚羅。
「俺は、言ったはずだよ――」
 傷つけさせない、と。
 彼の全身から迸る焔が一際赤く染まる。それは常に微笑を浮かべる彼が、唯一感情を表すシグナル。
 突進する敵へ振り下ろす超重量の『竜斬』斧が――翼竜の首を刈り取った。

 ‥‥その戦闘の様子を眼下に見る一人の男が居た。
 建物の内側に響く浅い呼吸。その男の震える手の中には、手榴弾。血走った目を下界へ注ぎ。
 ――――腕だけを外に突き出した。
「っ! 全員、伏せるんだッ!」
 窓から突き出た腕を、源次が見逃さなかった。
 群集は全く気付いていない。ただ源次が地面を強く蹴り、投下された手榴弾を抱えるように――空中で受け止めた。
「ぐぅッ‥!」
 直後、炸裂音がして爆圧と鋭い破片が源次の体を引き裂く。
「キャーー!?」
「な、なんだ!?」
 爆発音を聞きつけた群集はしかし、ただ戸惑っていた。
 彼らを身を呈して守った源次は着地と同時に膝を付く。そして顔を上げて建物の窓を睨んだ。
「あそこだ‥‥! 誰か居る!」
 即座に動いたのは――覚羅とKody。
「受けてみるかい、鳳凰の羽ばたきを――」
 覚羅が斧を振るうと同時、放たれた衝撃波が建物の壁を瓦解させる。
 崩れた壁の内側に、男が怯えた表情で立っていた。
 そこへ瞬天速を使ったKodyが一気に距離を詰める。建物際に寄り、数mの高さを蹴り上がった。
「ひっ!?」
 男が反応する暇も無いまま、Kodyが肩で相手を弾き飛ばす。
 壁まで吹き飛んで失神した所を見ると、能力者ではなく一般人らしい。
「‥‥大丈夫ですか!?」
「ああ、かすり傷だ」
 救急箱を持って駆け寄るマヤ・キャンベル(gz0293)へ、源次は頷き返す。
 それから小さな溜め息を吐いた。
 もし今の攻撃に気付かなければ‥‥手榴弾の爆発はキメラと交戦する傭兵達が起こした、暴発事故と取られる可能性もあった。

 前方で激化する戦闘は、しかし交戦班がしっかりと食い止めていた。
「後ろも何とか無事だったか。‥‥あのトラックの運ちゃんは貧乏くじ引いたなぁ」
 宗太郎は三体のオンコットに囲まれながら、激しい波状攻撃をランスで弾き、受けながら口元を吊り上げる。
「命かけて突っ込んだその成果、悪いが纏めて踏み倒す――!」
 流し斬りの連続発動。金髪を留める蒼い髪留め紐が激しく揺れ、――三体のオンコットそれぞれへ強烈な一撃を見舞っていく。
 爆炎。道路を焦がす熱風に煽られて、道路際の大きなツボが倒れて砕けた。
「ぁ‥‥」
 その影に隠れていた少女が表情を変えて心細い声を上げる。
 それを、這い回る鼠は見逃さない。口を開け、照準を少女に合わせる――。
 だがその弾丸を、着物の裾を翻してシクルが受け止めた。
「やらせない‥!」
 迅雷で高速移動したシクルが、その勢いで忍刀『颯颯』を閃かせて鼠を寸断。さらに別の標的へ奔り、少女への攻撃を妨害していく。
 だが同時、一匹の猿も高速移動で少女へと駆ける。
「きゃっ‥‥!」
 少女の視界が揺らぐと同時。
 オンコットの鋭い爪は――空を切っていた。
 猿が目を点にして首を捻った瞬間、その背中へ発砲音が重なる。
 少女を無造作に肩へ担いだアグレアーブルが、『黒猫』で猿に銃撃を次々に見舞う。涼しい顔で、瞬天速と限界突破を使用して少女を確保していたのだった。
 さらに鼠達が走り回るのへ、叢雲とカララクの弾幕が阻止する。銃撃、それに反撃する鼠の弾丸。
 二人は絶妙な立ち位置で後方へ射線が通らないように自分の体を割り込ませ、前衛を援護する形で激しい火線を浴びせかけていく。
 その援護射撃を受けて、他の三人は次々にキメラを撃破していった。
 身を呈してキメラを殲滅していく傭兵達を、群集はただその目に焼き付ける。
 ‥‥そして最後の銃声が町に鳴り響き――キメラは全て息絶えた。

「よかった‥‥誰も怪我してないな」
 戦闘を終え、群集を見回すなりニッコリとシクルは笑んだ。
「‥‥マヤ殿も、子供が無事で良かったな」
 マヤが頷き返すのに、満足そうに微笑する。
「‥‥」
 そっと、アグレアーブルが肩に担いだ少女を地面に下ろす。ずっと無理な態勢を強いていた事を詫びるように、二、三度頭に手をやった。
「‥‥人手は要るか?」
 ふとカララクが物資などの散乱している場所を見やり、ULT職員に問いかける。
 そこには通常物資に紛れて、SES兵器の拳銃もある。
 群集は今、それを受け取ろうとしながらも――やはり迷っているようだった。
「‥武器とは、須らく何かを傷つけるための物です。無理に持たされても、意味はありません」
 『罪人の十字架』を地面に立てて、憂いを帯びた表情で叢雲は彼らに語りかける。
「それでも。守りたい物があり相手を傷つける覚悟があるなら――手に取って下さい」
 武器を持つ者へ最低限のルールを突きつける。
 だがその厳しい警告を潜り抜けて、一人の青年が歩み出た。
 アグレアーブルが助けた少女の肩を抱き、恐らく兄だろう彼は職員から銃を受け取る。
 群集たちの視線がそちらへ集まる中、源次は静かに語りかける。
「分かっているんじゃないか? この状況がいつ冷え切るかも分からないぬるま湯だと。それを攻める気も資格も無い。だが‥あんな子供も守れないなんて悔しいじゃないか?」
 指差したのは、マヤが体を張って救った一人の少年。
「‥‥あったはずだ、守りたい物が。掴みたい夢が――」
 危うい平和ではなく、本当の平和を。
 源次の言葉に男達の血は否応無く昂っていく。
「恐怖に気圧されず、今を見極めて下さい。もう無視できるような状況じゃないのは分かってるはずです」
 宗太郎が真摯な言葉で訴える。
 その声は迷う彼らの心の琴線を揺さぶった。
「共に戦う仲間がいて、守るべき場所も、取るべき武器もある。――あとは、想い一つです」
 そうだ、と肯定の声が上がり、群集の男達は一斉に覚悟を決めたように頷きあった。
「考え方を替える必要なんて無いと思うが‥」
 Kodyは彼らに色々と言いたい事があったが、やがて一つにだけ頭の中で絞り込む。
「今必要なのは、俺ら人類がこの地球上に生存し続けるという確固たる意志! それだけは忘れるな!!」
 バグアとの戦争は、人類の根本を揺るがす戦い。
 ただ生き続けろ、という熱い言葉に‥‥群集は意味も無く涙ぐんでいた。
「戦いの無い世界か‥‥仮に俺がここで暮らしていたとしたらどうなっていたのかな‥」
 彼らの様子をボンヤリと眺めて、覚羅はそんな空想に浸ってみる。
 だが所詮、この地球上にある限り戦火はどこにでも噴き上がるだろう。どの国にも、町にも。

 ――きっとこの、ボリビアでも。


・追記
 建物に隠れていた男は治療が間に合わず死亡。その体内からは異常量の薬物も検出された。