タイトル:【エル】少年は立つマスター:碧風凛音

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2009/01/25 01:32

●オープニング本文


 サンフランシスコ近郊。そこに彼らの新天地があった。
 かつてキメラに村を脅かされ、UPCと能力者達の説得によって聖地と崇めていた村を捨て、この地へとやってきた。
 ここでの生活は快適だった。命の危険もなければ、餓える心配もない。けれど、少年の心は満たされなかった。
 なにより、自分の力で村を守れなかった。大切な暮らしを守れなかった。それが少年、エル・ウッドの心を痛めていた。悩み、苦しみ、考え抜いた末、少年は決意する。自分の村は、聖地は、自分の手で取替えそうと。
 そのためにはどうすればいいか?
 敵はキメラだ。
 そしてそのキメラを操るバグアとか言うわけの分んない連中だ。
 生身のままでは、いくら武装をしても奴等には敵わない。
 ではどうするか?
 そうだ――能力者になればいい。能力者になって、あの変形する飛行機に乗って、バグアと闘う。
 それしか方法がないように、エルには思えた。農業や牧畜、工場での生産などで社会を支えること。それもバグアと闘う立派な手段の一つなのだが、闘うことが、戦士になることがエルには一番良いように思われた。
「あの兄ちゃんや姉ちゃんみたいに、闘うだけの力が欲しい‥‥」
 エルの呟きは、一人の能力者の耳に届いた。かつてこの少年の村を移住させることに関わった能力者だった。
 エルの村を襲うキメラを退治したのは別の能力者だが、その後も多くの能力者がネイティブアメリカンの貴重な文化を守るために働いた。その結果が今の新天地での暮しである。
「そっか、エルは闘いたいのか」
「うん。結局、能力者の人たちに任せっきりだった。俺より小さい子供もいたのに、俺よりも強かった。俺もいつかは部族一の戦士になろうと思っていたけど、そんなのじゃ甘いんだ。人間の限界まで、強くならないと、奴等には勝てないんだ!」
 エルは叫ぶ。故郷を失った悲しみ。いつかは帰れると能力者やUPCは約束してくれたが、いつになるかは分らない。それに、エルはなんでも他人任せにしている今の村の現状がものすごく嫌だった。
「だったら近くのUPCの基地までいってみなよ。大きな基地なら、能力者になれるかどうかのテストを受けさせてくれる。もし適性があれば――そのときは新しい地獄が、戦場が待っているかもしれない。でも、自分の力で自分の村を取り戻すきっかけにはなるかもしれないよ」
 能力者のその言葉は、エルにとって天啓だった。エルはその能力者に基地に連れて行くように頼み込む。
「分ったよ。その代り、適性がなかったら食べるものを作って売ることで、村を支え、その食べ物で地球を支えるんだ。いいね」
「うん!」
 そうして、エルはこの近くにある傭兵実務訓練センターに連れてこられた。
 ここは最強を求められる元アメリカ軍海兵隊の訓練メニューを基本として、基礎体力向上、兵器の扱いの習得、戦闘技術の向上、応急手当、炊き出し、能力の使い方の訓練などが行われている施設で、当然のことながらエミタの適性検査もやっていた。
 1000分の1の確率とはいえ傭兵の志願者と新人能力者が後を絶たないのが現状だ。そんな連中のために建てられたのが傭兵実務訓練センター、通称センターである。センターは新人を鍛えるためだけにUPC太平洋軍の本部があるサンフランシスコ近郊の元海兵隊基地に建てられた施設なのだ。
 エルはそこでエミタの適性検査を受け、幸か不幸かビーストマンの適性が見つかった。そして変身する獣はジャガー。彼らネイティブアメリカンが神聖視している獣である。それだけエルの決意が強かったことの表れかもしれない。
 そしてエルは体力訓練や軍隊格闘など、能力を使わないで行う全ての項目の訓練を終えた。ここからは能力を使った訓練になる。下手をすれば訓練中に死ぬかもしれない。それでも訓練を続けるか否かと聞かれたとき、エルはすぐさま『応』と答えた。そして能力の使用を解禁されたエルに与えられた初めての訓練メニュー。それは現役の傭兵との組み手による実戦訓練だった。
 苛酷なメニューだが、それだけセンターの人間もエルの熱意と根性に感銘を受けたとも言える。そしてこの組み手を無事終了できたら、傭兵として仕事を受けても良いと言われた。いわば特別な形の修了試験だった。
 本来ならば、訓練生達は訓練の後に、臨時隊長と言う名の教官随伴の元でキメラ退治などを繰り返してからセンターでの訓練を終了する。色々な意味で特別待遇と言えた。
「で、諸君にはこいつに能力者の戦いというものがどういうものかを身を持って教えて欲しい。まあ、こいつの訓練はこれで終了させるつもりなんで、軽くで良い。エミタを移植したばかりの能力者ってのはまだまだ弱い存在だし、本気を出して壊されちゃ困るぜ」
 センターの教官はそう言って笑った。

●参加者一覧

如月・由梨(ga1805
21歳・♀・AA
ゼラス(ga2924
24歳・♂・AA
最上 憐 (gb0002
10歳・♀・PN
美崎 瑠璃(gb0339
16歳・♀・ER
米本 剛(gb0843
29歳・♂・GD
ドッグ・ラブラード(gb2486
18歳・♂・ST
白岩 椛(gb3059
13歳・♀・EP
鷲羽・栗花落(gb4249
21歳・♀・PN

●リプレイ本文

「さて、エル、ちゃんと挨拶するんだぞ」
 傭兵実務訓練センター。通称、センター。
 センターでの能力を使った戦闘訓練のために作られた、頑丈な壁と広いフィールドを持つ、まるでアメリカンフットボールの競技場のような施設特殊戦闘訓練所。その中にある休憩室でエルの担当教官はそう言うと、隣の部屋で控えていた能力者達を呼んだ。そして8人の能力者達と対面する。教官が目線でエルを促す。
「初めまして。エル・ウッドです。今日はわざわざオレ‥‥いえ、私のために集まっていただいてありがとうございます」
 緊張しきった挨拶をするエルを見て、如月・由梨(ga1805)が微笑ましいと思いながら挨拶を返した。
「はじめまして。如月・由梨です。よろしくお願いいたしますわね」
 富豪の令嬢である由梨の品のこもった挨拶に、エルは余計固くなる。
「オレはゼラス(ga2924)だ。始めは誰でもヒヨっ子さ。そっから頑張れるかどうかが‥‥って奴だな。ま、生き残るためにガンバローゼ」
 ゼラスの挨拶は大人の余裕を見せつけながらも気安い雰囲気で、最後の方はエルの肩を軽く叩きながら言った。
「‥‥ん。最上 憐(gb0002)。よろしく‥‥」
 憐は淡々と話す。エルは自分より小さいのに闘い慣れしてそうだなと言う印象を持った。実際、その印象の通り彼女はかなりの場数を踏んでいたりする。
「あたしは美崎 瑠璃(gb0339)。あたしKVで戦ったことはあるけど、生身ははじめてだからエル君とあまり変わらないね。よろしくね、エル君!」
 非常に元気な挨拶である。一瞬にして場の空気が爽やかになる。
「自分、ダークファイターのヨネモトタケシ(gb0843)と申します。以後御見知り置きをぉ」
 握手をしながら挨拶をしてきたヨネモトにエルは一瞬驚くが、悪い人ではない、と直感で悟った。
「ドッグ・ラブラード(gb2486)です。エルさん! 今日はよろしくお願いいたします!」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
 ドッグの挨拶はエルに返事をさせるだけの何かを持っていた。だが未熟なエルにはそれが分らない。
「白岩 椛(gb3059)です。よろしくお願いします。同い年ですね、仲良くしてください」
「あ、ああ‥‥」
 エルと椛は二人とも13歳だった。和装の少女は微笑むと、何かをメモ帳に書き取った。
「ボクは鷲羽・栗花落(gb4249)、今回一緒する能力者だよ。宜しくね♪ 初めてだろうから色々勝手も分からないだろうけど頑張ろうね。ボクもまだまだ駆け出しだし‥‥あはは」
 栗花落がそう言って笑うと、エルも微笑んだ。
「さて、挨拶もすんだことだし、そろそろ組み手の準備をお願いしますよ、能力者のみなさん」
 教官はそう言うと、一礼して部屋から出て行った。
「あっ‥‥」
 エルが慌てて教官の方へ手を伸ばすが、その手はヨネモトに止められた。
「さあ、独り立ちしなきゃね。でも、大切なものもある、仲間だ。今回はそれを君に教えられると良いと思ってるよ。みんなね」
「まあ、その辺りは追々と。とりあえず時間はあまりありませんので、早速組み手の方に入りましょう」
 由梨がそう促すと、能力者達はエルを引き連れて特殊戦闘訓練所へと向かった。

「‥‥ん。先ずは。準備運動。準備運動は大切。一緒にやる?」
 最初に最上 憐との組み手をやることになったわけだが、彼女は先ずエルに準備運動を勧めた。
「あ、はい。やります」
 エルはここでの指導を受けるうちに言葉遣いが丁寧になっていった。そんなエルの反応を受けて憐はクスリと笑うとエルと一緒に準備運動を始めた。
「‥‥ん。私は。グラップラーだから。回避と俊敏さ。重視で戦うよ。ビーストマンも早さ重視のはずだし」
「はい。よろしくお願いします」
 そして準備運動が終わると、憐は両手持ちの斧を装備して訓練所の中心に立つ。エルは爪を装備して覚醒する。それは伝説の怪物ワーウルフのように獣と人間が混ざった姿で、ワージャガーとでも呼ぶべき姿であった。
「行きます!」
 先ずはエルから仕掛けた。しなやかに跳んで、爪で攻撃を仕掛ける。だが憐はそれをあっさりと回避すると斧でエルを叩いた。
 それからもエルは様々な角度から攻撃を仕掛けるが、回避とカウンター重視の憐に翻弄されっぱなしであった。業を煮やしたエルがそのしなやかな体を利用して側面から攻撃を仕掛けてくると、彼女は疾風脚を利用してそれを回避する。
「‥‥ん。当たらない。もっと。攻撃。研ぎ澄まさないと」
(「強い‥‥」)
 エルはそう感じて間合いを取った。いったん仕切り直そうとしたのだろう。だがその瞬間瞬天速で間合を詰められ、強烈な一撃を食らう。
「‥‥ん。距離があるからと。油断しない。実践では。どこから。攻撃来るか。分からない」
 そして再び瞬天速で一気に間合を取る。
「そんな手があるなんて‥‥」
 エルは驚愕しつつも立上がり、間合を詰めるべく走り出す。が、そこで憐は勝負の決め所と感じたのだろう。瞬天速と疾風脚で一気にエルの懐に潜り込む。
「‥‥ん。これで。終わり。一気に行く」
 憐は手加減をしつつも連続で攻撃を決めて行き、とどめに一撃を加えて再び瞬天速で間合を取る。
「そこまで!」
 いつの間にかやってきていた教官がそこでストップをかける。そして待機していた治療班がエルの傷を治療する。
「どうだった、エル?」
 教官が尋ねると「強かった。どこからどう攻撃が来るのか分らなかったし、全然敵いませんでした」と答えた。
「‥‥ん。ビーストマンも、慣れれば似たような戦い方になると思う」
「そうだな。ビーストマンにも瞬速縮地っていう似たようなスキルがあるな。瞬天速ほど頻繁には使えないが」
 憐の言葉に教官がフォローを入れる。
「さて、怪我の治療も終わったし、そろそろ次に行こうか。次は集団戦だったかな、諸君?」
「そうです。僕とヨネモトさんがエル君のチームです!」
 栗花落はそう言うとハミングバードとラグエルを持ってエルの側に駆け寄る。
「そうですねえ、エルさんには色々とこの模擬戦の中で学んでもらいたい物がありますからね。精一杯やるつもりです」
「うん。エル君、今回は敵チームだけど、一緒に勉強する感じで行こうね。で、あたしとゼラスさんとドッグ君と椛ちゃんが傭兵チームね。少しそっちの方が数足りないけど、頑張ってね」
 瑠璃はそういうとエル達と対面する位置に立った。他の傭兵チームの面々も同様に瑠璃の付近でフォーメーションを組む。それからチーム内での打ち合せが行われ、準備が完了した。
「それでは、はじめてもらいましょうか‥‥Fight!」
 教官の合図と共に、先ず覚醒して髪が赤く滲んだゼラスが仕掛ける。
「さぁて‥‥疲れてるとこ悪いが、武器以外は加減しねぇぜ」
 その言葉と共に先端がゴムになった鎌を横薙ぎに振るう。それはひと固まりになっていたエル班全体を狙うが、ヨネモトの二本の刀に防がれる。
「おっと、甘いですね」
「ちぃっ! やっぱりテメェが一番油断できねぇ! 模擬戦だろうが加減しねぇぞ!」
「望むところです。まあエルさん、このように仲間がいることでかばい合うことが出来ます。そして栗花落さん、どうぞ!」
「うん! 円閃!!」
 栗花落はゼラスに接近し渾身の一撃を放つ! ゼラスはそれを間一髪で躱すと、それをフォローするようにドッグがバトルブックで栗花落を攻撃する。
「連携の重要性、それは敵も同様。敵の連携は潰せ! です。こんな風にね!」
「甘いです!」
 栗花落は高い回避力でそれを余裕を持って躱すと「まあ、こんな風に味方も敵も連携は重視するから、連携の大切さを忘れないでね!」とエルに言った。
「エルさん、先ほど栗花落さんが使ったスキルは、エルさんも使えるはずです。私は盾で受けますので使ってみてください」
 椛がそう言って盾を構えながらエルに近づく。エルは先ほどの栗花落の攻撃を真似してみた。
「はっ!」
 それは見事に椛の盾に命中したが、椛にダメージを与えるには至らなかった。
「そうです。良い感じです。それからエルさん、受けと言うのは回避と並ぶ重要な要素です。相手の攻撃を受ける事によって発生するメリットは、相手の動きを止められる事、また隙を作れることです。ただし、武器で受けてもダメージが来る事がありますので、回避との選択は相手の攻撃の正確さで判断すれば良いと思います。ただし、回避に失敗すると直撃を受けますので気をつけて下さいね」
「はい!」
 エルが返事をすると、椛は微笑んた。学ぼうという熱意が伝わってくるからだ。
「エル君、隙あり。チャンスだと思ったらスキルを併用してきっつーい一撃をお見舞いするのっ! ってなわけでぇ‥‥必殺! 『瑠璃の牙』っ!」
 即興で考えた技名でエルを攻撃する瑠璃。だがエルは椛の教えの通り爪でその攻撃を受ける。
「くぅぅぅぅっ!」
 相当痛かったようだが、エルは何とか耐えきった。
「集団戦では一人の敵だけに目を奪われてると痛い目を見るよ。でも、味方が敵を引き付けている横合いからの援護は効果的だから、卑怯だと思わないで今みたいにね!」
「はい。それにしても、痛っってええええ」
「ごめんごめん。治療班の人、エル君の怪我直してあげて」
 瑠璃の言葉を受けて、サイエンティストの教官が練成治療を行う。
「それじゃあ、今度からはもっと連携を意識していくぞ!」
 ゼラスがドッグと一緒に走りながら攻撃を仕掛けてくる。と、ふとエルが戦列を離れて飛び出してきた。連係攻撃をあえて受けるつもりだろうか? だがそれを良しとしないドッグは、ペイント弾を撃ち警告する。
「油断と単独行動は禁物です!」
「その通り」
 ヨネモトが前に出てエルをサポートできる位置に立つ。
 そこにゼラスの鎌が大きく振り下ろされ、ヨネモトは先ほどとおなじく刀で受ける。
「いいか! 大振りは威力は増す! だがな、使い方に気をつけな! こう言う風に止められる」
 エルは瞬速縮地を使ってゼラスの懐に潜り込む。しかし、ゼラスの「甘えっ!」との声と共に鎌のあらゆる部分を使った攻撃が襲ってくる。
「だからこう言うことも混ぜていくのさ!」
 殺傷力はなくとも打突によるダメージはある。そこにドッグのバトルブックが続く。
「硬い守りも、隙は生じる。そこを突く。こんな風にね」
 エルはその攻撃を瞬速縮地を使って躱す。
「その通りです。瞬速縮地は多用できませんが、そうやってポイントを見つけて使いましょう」
 椛のアドバイスが飛ぶ。そしてアドバイスをしながらも椛は栗花落に剣で攻撃を仕掛ける。しかし栗花落は難なくそれを回避する。
「さすがに、フェンサーは速すぎますね」
 と椛がこぼす。
「エル君、いまです。一緒に行きますよ!」
 栗花落はエルに声をかけると、連携して瑠璃に攻撃を仕掛ける。
「なんであたしがぁ〜!」
 と叫びつつも素早さで劣る瑠璃にはふたりの攻撃を躱しきれなかった。慌てて椛が盾で庇いに入る。
「そこまで!」
 椛が攻撃を盾て受けたところで教官が終了を告げる。
「さて、連係もなんとかできるようになったところで、最期の組み手に行こうか。時間もあまりないしな。今回はあえて休憩を挟まずに連戦でやると聞いている。大丈夫か、エル?」
「はい、大丈夫です」
「良し。それでは如月さん、よろしく頼みますよ」
「ええ、おまかせください。でもねエルさん、元気があってよろしいですけど無謀と勇敢を履き違えてはいけませんよ」
 エルの意気込みは買うがそこに危うさも見いだしたのだろう。由梨はそう注意する。
「‥‥わかりました」
 いまいち良く意味が飲み込めていないようだ。
「分ってないのに分ったふりをするのは良くありませんよ。自分と周囲の状況を見極めた上で行けるかどうか判断できるか、そこが勇気と無謀の分かれ目です。連戦して体力がないのに私との組み手をやろうと判断するのは、まあ無謀の範疇ですね。でもまあ、今回は休憩無しでまいりますよ」
「はい!」
「では、始める前に挨拶をしましょう。よろしくお願いします」
 竹刀を正面に持って礼をする。
「あ、はい。よろしくお願いします」
 エルも倣って礼をする。そして、緊張感が漂ってきた。
「私は覚醒無しで行きます。全力でかかってきてください」
 嘘である。だが素朴なエルはそれを信じて攻めに入った。爪が由梨を襲う。
「甘い!」
 瞬間的に覚醒した由梨は今までの丁寧な口調とは打って変わって好戦的な口調になる。そしてエルの攻撃を軽く体を捻って躱すと竹刀でお灸を据える。
「簡単に人の言葉を信じない。特に今の私は敵だ。敵の言葉を信じて真っ直ぐに攻め込んでは格好の餌食になるだけ!」
「ず、ずるい‥‥」
「これも作戦の内だということ。あと、正面からの攻めばかりが攻撃ではない。軍隊格闘術で何を学んだの!?」
(「そうか‥‥あれを応用すればいいのか」)
 軍隊格闘術は最も短時間で相手を無力化する、すなわち殺したり負傷させたりするための格闘術である。
「ならっ!」
 エルは爪からの攻撃だけではなく、足払い肘撃ち等も組み合わせて由梨に隙を生み出そうとする。しかし由梨はそれを躱し、あるいは竹刀で受け止め、文字通り指一本触れさせない。
「良い動きになったけど、っと‥‥」
 エルがフェイントを織り交ぜてきて軽くバランスが崩れる。
「はっ!」
 そこに全体重を乗せたエルの一撃が命中する。
「っくう!」
 新人能力者の攻撃とは言え、無防備な状態で受けたためにそれなりのダメージを受けた。由梨は立ち上がるときに咳をする。
「あ、あの、大丈夫ですか?」
 エルが由梨を心配するそぶりを見せるが、由梨はそこを見逃さなかった。
「甘い! 戦闘中に敵の心配をするなど!」
 すかさず急所突きでエルの喉元に突きを入れる。
「これで一回死んだ! これがSESの搭載されていないただの竹刀でだから良かったものの、キメラの攻撃や真剣だったらどうなると思う?」
「確かに、俺は死んでいました。すみません」
 由梨は覚醒を解くと、「ここまでですね」と言った。
「まだ状況判断能力が甘いですね。でも、ちゃんと覚えたことは応用も利かせているし、その点は良かったっと思いますよ。あとは、如何に実戦の場数を踏んで場慣れするかです」
「そうだな。如月さんの言うとおりだ。だがまあ、これくらい戦えるのであれば実戦に参加しても良いだろう。ということでエル、卒業試験は無事終了だ。おめでとう」
 教官がそう言ってエルの頭を撫でた。
「ありがとうございます!」
 破顔するエル。それを見て口々に祝福の言葉を投げかける能力者達。
「さて、最期に一時間ほど時間を取るので、エルに教えたりないことがあったらどんどん言ってやってほしい」
 教官の言葉に能力者達はエルの元に集って次々と言葉を投げかける。結局、それは二時間以上に及んだのであった‥‥