タイトル:【アイナ】猛獣と剣士マスター:碧風凛音

シナリオ形態: ショート
難易度: 難しい
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2009/02/16 03:17

●オープニング本文


 アイナ・モーランドが居住しているUPC北中央軍の基地のある町は比較的安全とはいえ競合地域であり、これまでにキメラが侵入してくることは何度かあった。だがそれは駐留している部隊だけで防げる規模であった。これまでは。
 だが、条件が変わってしまった。
 戦闘の激しかった隣町が、完全にバグアに支配されてしまったのだ。バグアはその町を橋頭堡に、この町に大量のキメラを送りつけてくるようになった。
 キメラの数がこれまでとは比較にならないほど多く、次第に軍は劣勢になっていく。参謀達は傭兵を投入し、援軍を呼ぶことを提案。上層部に受入れられたために即座に傭兵が投入された。援軍は数百人規模になる見通しだが、到着まで多少時間がかかるという。
 傭兵の投入によって多少は戦況が傾きかけたが、やがて傭兵達でも手に負えないキメラが出てきた。
 それは老人の顔が着いた大型の猛獣型キメラで、飛行してこちらの防御陣地を容易く突破していく。しかも長射程の闇弾まで放ち、尻尾と鉤爪、あるいは尻尾と闇弾で複数の相手を同時にこなし、軍や傭兵を翻弄していく。肉体能力も高く下手な攻撃は避けられてしまう。
 このキメラは敵の中核を成すらしく3体しかいなかったが、それでもネズミキメラ数百匹を相手にしていた方がましな、そんな印象を抱かせる強さであった。そのキメラは、伝説になぞらえてマンティコアと命名された。
 マンティコアに対して軍は作戦を変更。敏捷性と接近戦能力が高い傭兵と長距離射撃が得意な傭兵とに分けて配置し、接近戦と同時に遠距離から攻撃を仕掛けると言うものである。この作戦はある程度の成果――マンティコアを一匹倒すのに成功した――を上げたがそれ以上に接近戦組の傭兵の被害が大きく、参謀達はさらに頭を悩ませた。
「そうだ、メルビン少佐! 貴官の子飼いの強化人間がいましたな。アレを投入してはどうでしょう。元々フェンシングの王者の一人。接近戦においてはこの町で並ぶものはいないと思いますが?」
「子飼いという言い方は彼女の名誉に関わる。軽々しくそのようなことを言うのはやめていただきたい。それから、強化人間はいつ暴走したり裏切ったりするか分りません。そのようなリスクの高い物の投入は賛成できかねます」
 メルビン少佐が抗議すると、別の参謀が口を開いた。
「ならば首輪を‥‥安全装置をつけるがいい。そうだな、遠隔で操作できる爆弾などだ」
「そんな非人道的な行為には賛成しかねる!」
 メルビンはそう主張するが、別の参謀が口を挟む。
「それでは彼女は処刑した方が安全でしょう。もっとも私はそんなことは反対ですがね。まあ、戦場でマンティコアを倒してくれれば良し。倒せずにモーランド女史が死んでも我々にはなんの被害もない。どうだろう‥‥」
 メルビンが同僚達の態度に堪えかねて爆発寸前というその時、メルビンに通信が入ったことを告げる兵士がやってた。
「少々失礼する」と言って退席する。
 メルビンが通信装置をオンにすると、そこにはアイナがいた。
「どうしたね、モーランド女史。まあ、言いたいことは想像できるが」
「ならば話は早い。私をキメラと‥‥」
「だめです」
 メルビンは即座に否定する。
「もしモーランド女史がキメラと戦うことになったとしてですね、貴女はいつ暴走するか分らない強化人間です。それ相応の戒め‥‥例えば遠隔操作の爆弾でも体に着けてもらわないことには許可は出せないと言うのが参謀達の意見です。貴女が自分が潔白だと言いうなら、我々の不安を解くためにもこの措置を受入れて欲しい」
「分った。その戒めを受けよう。それで町の人々が救われるならば」
「よろしい。すぐに迎えを出す。闘いの準備をしていてください」
「了解した」
 メルビン少佐は通信を着ると参謀達に向かってアイナが出撃することとと爆弾の装着を認めたことを話した。
 露骨に安堵の色を見せる参謀達。
 彼等は強化人間の怖さを知らないのだろうか?
 メルビンは一人考える。いやに楽天的な参謀達の考えが気になった。
 しかし、参謀達の思惑はともかく、アイナは獅子奮迅の働きを見せ、マンティコア2体を倒した。
「今だ、雑魚を叩け!」
 号令と歓声と怒声が響く中で、アイナの体が崩れ落ちる。近くにいた衛生兵がアイナの状態を確かめると、担架で彼女を後方へ運んだ。

 目を開けると、そこは白い天井だった。
「ここは‥‥どこだ?」
 アイナがそう呟くと、起きた気配を感じたのか、白衣を着た壮年の男性がやってきた。
「ドクター、貴方がここにいると言うことは?」
「そうだ。ここは研究所の中だよ」
 強化人間の研究施設。彼はここの責任者だった。
「貴女は倒れてから三日ほど眠っていましたが、戦闘中に何がありました?」
 ドクターがそう言うと、アイナは怪訝そうな顔をする。
「戦闘? 倒れた? わたしの方こそ聞きたい。なぜわたしが倒れたのだ?」
「貴女はキメラと戦闘をして、そのキメラを倒したところで倒れたと聞いています。念のためにと脳のMRI検査もやってみましたが、今のところは異常なしですね」
 その言葉を聞いてアイナは驚愕する。
「キメラ!? わたしはキメラと戦った記憶など無いぞ。どういう事だ?」
 それを聞いてドクターも驚く。
「記憶障害? 脳に負荷がかかりすぎたのか? しかし‥‥」
「‥‥ん? どういう事だ、ドクター?」
 ドクターの言葉には引っかかるものがあった。しかし追求してもドクターはお茶を濁すだけだった。
 それからしばらくの間アイナは横になって休んでいたが、不意に娘のことを思い出した。
「ドクター、娘は、アンジェリカはどうした?」
 それに対しドクターは笑って答える。
「毎日見舞いに来てたが、元気で、気丈だったよ。暫く君には安静を勧めるが、もう帰っても構わんよ。娘さんと一緒の時間を過ごしてやるといい」
 ドクターがそう言った刹那、基地内にレッドアラームが鳴り響く。そしてアナウンスが告げるキメラの襲来。
「そうか、思い出したぞ。わたしは確かマンティコアと呼称される敵と戦っていた。そしてこの腕のリング‥‥」
「やはり一時的な記憶障害の可能性が高い。洗脳が失敗した副作用かもしれんな‥‥暫くは強化人間としての力を使用しない方が良いかもしれないですね」
 ドクターがそう言ったとき、いきなり通信回線が開いた。モニタに映ったのはメルビン少佐だった。
「モーランド女史、気が付いたか。件のキメラが現れた。今回は4匹だ。出来れば、傭兵と協力して倒して欲しい」
「ああ、無論だ」
 アイナが答えたところでドクターが慌てて割り込んだ。
「一寸待った。彼女が今回倒れたのは強化人間としての力を使ったからという可能性が高い。また戦闘すれば今度は倒れるだけではすまないかもしれん」
 だが、アイナはドクターの言葉を気にもとめずに研究所を出て行った。
 そして、物語は動き出す。

●参加者一覧

流 星之丞(ga1928
17歳・♂・GP
番 朝(ga7743
14歳・♀・AA
八神零(ga7992
22歳・♂・FT
終夜・朔(ga9003
10歳・♀・ER
結城加依理(ga9556
22歳・♂・SN
赤崎羽矢子(gb2140
28歳・♀・PN
メビウス イグゼクス(gb3858
20歳・♂・GD
ブロッサム(gb4710
18歳・♀・DG

●リプレイ本文

「あれがマンティコア‥‥」
 緊急招集を受けたジョーこと流 星之丞(ga1928)が殺戮の限りを好きなままにしている怪物を見て唸った。
「また神話の怪物か‥‥バグアも懲りないな」
 そう呟いたのは八神零(ga7992)であった。
「アイナ君、無茶をするようなら止めるからな」
 番 朝(ga7743)厳しい表情で言う。だがそれは心配してのことだ。そしてアイナもそれを見抜けないほど甘くはない。
「わかった。力はセーブしよう」
「はじめまして‥‥なの。朔は‥‥終夜・朔(ga9003)って言うの」
 朔はそう言うと猫耳をパタパタさせた。
「初めまして、朔」
 朔は一目見てアイナになついたらしく、興奮して覚醒してしまっていた。
 参加者達の後ろに隠れ少し暗そうな様子をしている人物がいた。結城加依理(ga9556)だ。
「お久しぶりですね」
「久しいな、加依理。ん? なにか言いたそうだな」
 そう問われて、やっぱりそう見えますかと答えてから加依理は言った。
「アイナさん、僕はまだあなたを心から信じていません。でも‥‥アンジェリカちゃんの母親としてのあなたなら信じられる。そう思えるんです」
 そう言ってから一呼吸置いた。
「だから僕はあなたが敵になった時は迷わず引き金を引きます。それがあなたとアンジェリカちゃんへ僕にできることですから。これからも決して迷わず戦ってください」
「‥‥すまない」
「あなたはアンジェリカちゃんのために生きていて欲しいんです。それだけです」
 沈黙。
「初めましてだね、赤崎羽矢子(gb2140)です。あなた、暴走したら爆死するんだよ? 今回はあたし達に任せて下がってて。娘さんのためにもね?」
「だが、奴は手強い。気をつけた方が良い」
「わかってるよ。傭兵さんは戦うのが仕事だからね。でもあなたは一般人だ。戦う義務はない」
「それは‥‥!」
 そこでアイナの言葉に割り込んだ者がいる。
「私は貴女を信じています。だから、貴女も私達を信じてください」
 メビウス イグゼクス(gb3858)がそう言うとアイナは頷いた。
「剣と銃、形は違えど通じる物があるはずだ。背中は任せろ」
「了解だ」
 ブロッサム(gb4710)の言葉にアイナが答え「さあ、行こう。あいつは一筋縄ではいかんぞ」と言った。

「はああっ!」
 まずマンティコアと戦ったことのあるアイナが飛び出した。能力者の中にはアイナに銃で後方からサポートをして欲しいなどと、一度倒れたという彼女の身を案じる者もいたが、アイナは射撃の腕が天才的に酷いことを恥ずかしそうに説明し、「やはり私は剣で行く」と言って聞かなかったのだ。
 アイナはキメラに対してフェイントを交えながら隙を見て確実に急所を突いていく。実際にクリーンヒットしたのは2回だけだが、実質的には最初の一撃でキメラはほぼ死んでいた。
「すごい戦いだ‥‥だけど彼女は」
 加依理が怖れ半分畏敬半分と言った口調で呟く。

「彼女に後れをとるな。行くぞ!」
 零は二本の剣を構えながらマンティコアの正面に向かう。右手の剣でキメラを怯ませ、その隙に跳躍してキメラの体の上に上る。
「空を飛ばれるのは厄介だからな」
 零は能力をフルに活用し、二本の刀でキメラの翼を切って捨てる。そしてそのまま返す刀で背中に剣を突き刺す。
 キメラが耳障りな悲鳴を上げながら暴れ回る。だが零が振り落とされることはなかった。
 そして零と組んで前衛に立っていた朔が瞬天速で一気に近付き右前足を爪で裂く。だが、丁度キメラも攻撃の準備を終えていた。零距離から闇の弾が放たれ、直撃を受けた朔が悲鳴を上げる。
 しかし朝はそれを好機と読んだのだろう。キメラの側面から能力を使って一気に後ろに回り、祖母の形見の大剣を振るう。が、その攻撃は紙一重で回避されてしまう。だがそれはキメラに大きな隙を作った。
 加依理が二丁の拳銃を一斉に連射する。それはキメラの急所に当たり、その活動を停止させることに成功した。
「化け物は倒されるものと、相場が決まってる」
 零がそう呟く。

 能力者達が二班に分かれていたため、一般兵が必死に弾幕を張ってその侵攻を押しとどめていたキメラが、目障りな物を振り払うかのように左右の爪と後ろの尻尾を振う。
 爪で引き裂かれた一般兵はシュレッダーにかけられた紙のようになって、尻尾にやられた一般兵は胴が万力で締められたようにねじ曲がっていた。そして闇弾が二発飛ぶと、新たな犠牲者が2人生まれた。
「たかが一匹に良いようにやられるんじゃない。絶対に潰せ!」
 安全な所から指揮をする隊長だか指揮官だか知らないが、明らかに高級士官とわかる男が、自分だけ安全な所から命がけで戦う兵士を罵倒する。
「ここの参謀は‥‥いや、将校は無能揃いかい?」
 羽矢子が戦いながらそう毒づく。
「早く、倒さないとな」
 アイナがそう言って余っていたキメラに向かって駆けていった。

 一方、もう一匹のキメラにはりついていた班は、零ほどに突出した攻撃力を持つ者がいないので若干苦戦していた。
 ジョーがキメラの爪を剣で受け止める。
「さぁ、みなさん、今のうちに!」
 鍔迫り合いになっている状態で他の能力者達が一斉に攻撃を仕掛ける。なにせやっと出来たチャンスなのである。これを逃す手はない。
「せっかく来てくれた所を悪いけどご退場願おうか。ここにあんた達の居場所は無いんだよっ!」
 羽矢子が細身の剣でキメラの急所、喉と目を突く。そして返す刀で体を回転させ、必殺の一撃を叩き込む。これでキメラの生命力は大幅に削られた。
「雷神閃覇‥‥行けェ!」
 一瞬溜の姿勢から突進し、突きのモーションに入る。メビウスは半ば立ち上がる形で鍔迫り合いをしていたキメラの腹にその一撃を叩き込む。その瞬間キメラが爪で防衛を計るが、どこからとも無く弾丸が飛んできてキメラの脳髄をかち割った。
「とっておきの、隠し玉だ。この貸しは高く付くぞ、色男。確実に仕留めろ」
 それはブロッサムの援護だった。そしてメビウスがキメラを貫く。どう、という音がしてキメラは倒れ込む。
 
 アイナがキメラの元に到着すると、兵士からは歓声が上がる。そしてキメラが攻撃のモーションを見せたので隊長が命令する。
「今だ、弾幕を張れ」
「イエッサー!」
 対戦車ライフルやロケットランチャーが火を噴き、キメラの足止めをする。そして煙が晴れるとアイナは剣を両手で握って大きく踏み込む。まるで自らが一本の剣であるかのように。
 それは違うことなくキメラの心臓を貫きその生命活動を停止せさめた。だが、その瞬間、アイナも崩れ落ちる。
 凍り付く時。
 静かに崩れ落ちるアイナ。
 誰からともなく衛生兵と叫ぶ声が聞こえる。
「おい!? どうした、しっかりしろ!」
 ブロッサムが駆け寄る。
(「また倒れるとは。彼女の身に何が起きているのだ‥‥?」)
 そう考えているうちに他の面々も集る。
 羽矢子もいつの間にか駆け寄っていた、そして衛生兵と叫ぶ。だが、衛生兵も何が起きたのか理解できず動けないようだった。
「何か限界の兆候があれば休ませようと思ったけど‥‥何もないのか‥‥」
 もし最後のキメラと戦っていなければ、とも思うが加依理は口に出せない。
 朔は瞬天速を使って駆け寄ると救急セットを取り出す。だが、外傷がない彼女にどう処置をすればいいのかわからなかった。涙目になりながら四苦八苦し、やがて治療を諦めアイナに抱きつく。
「アイナさん‥‥目を‥‥覚まして欲しいの」
 朔の汚れなき涙が、アイナの頬に落ちる。だが、それでも眠りの魔法は解けなかった。
「アイナさん、アイナさん‥‥しっかりしてください!」
 ジョーが彼女を抱きかかえながら叫ぶ。その足は基地へと向かっていた。そして強化人間研究施設のベッドに彼女は横たわる。それからすぐに色々な検査がされて、アンジェリカが呼ばれてきて、母親の名を呼びながら泣き叫ぶ。そして、1週間が過ぎた。

「白い‥‥」
 アイナは目を覚ますとその光景に既視感を感じた。
「アイナさん、大丈夫ですか!?」
 誰かが自分に話し掛けている。
「お前は、誰だ?」
 アイナが問い掛けると、その人物は驚いたような悲しそうな表情を見せた。そして名乗る。
「僕は、ジョー。流 星之丞です。アイナさん、この名前の響、憶えていないですか?」
「俺は朝だ。番 朝だ。本当に忘れたのか!?」
「僕は加依理。結城加依理ですよ。アイナさん、思い出せませんか?」
 アイナと出会ったときからずっと彼女のことを見てきた3人が口々に問い掛ける。
「‥‥そうだったな。君たちを忘れてしまうなんて。ということは私はまた倒れたのか?」
「そうだ。アイナ君は倒れた。そしてアイナ君が寝てる間に色々検査がされたよ」
「それで、どうだったのだ?」
 朝の言葉に、アイナが尋ねる。
「それは私が説明しよう」
 そう言ってドクターがやってきた。彼は何枚かの写真を撮りだし、発光板に貼り付け、スイッチを入れる。
「これはモーランド女史の脳のMRI写真だ。左から順に研究初期の物、最初に倒れた後に撮った物、今回撮った物だ」
 そういってドクターはMRI写真のとある部分に赤ペンで円をかく。
「見たまえ、色が変わっているだろう? そしてその部分がだんだん大きくなっている。前回は見逃したが、今回ははっきりと判った」
「それで!? 僕にとって、アイナさんは大切な仲間です。いったい彼女に何が起こっているんですか!」
 ジョーが問い詰めるとドクターは渋い顔をして答えた。
「彼女は、軍の空爆中に洗脳手術を受けていたようだ。そしてこれは憶測なのだが、何かのトラブルで洗脳装置がほんの何秒か止ったのだろう。例えば、停電とかで。そしてそのおかげで彼女は洗脳から逃れることが出来た。だがその代償がこれだ。この色が変わっているのは脳細胞が破壊されたことを示す部分だ。強化人間としての力を使うと、このように次第に脳細胞が破壊され、記憶障害が起こり、最後には植物状態か脳死だ。メルビン少佐にも伝えておいたが、これからは戦わない方が良いな」
「そうか‥‥だが、私は戦士だ。誇り高き貴族の末裔だ。私には守る力と権利と義務がある」
「俺、置いて行かれる気持ちならわかる‥‥アンジェリカ君に同じ思いはさせたくない」
 過去に親友である動物たちと祖母をキメラに殺された経験がある朝は、そう言ってアイナを睨む。
「だから今以上に無茶するなら、俺は何がなんでもアイナ君を止めるぞ?」
 無表情だが怒りのこもった声で朝が言う。
「朝‥‥」
 アイナはその真剣さに言葉を詰まらせた。
「強化人間ったって軍人じゃないんだし、本来は守られるべき一般人でしょうが。貴女が守るのは娘さんだけで十分だよ」
 羽矢子がそう言うと、アイナは珍しくうなだれた。
「しかし‥‥」
 言葉を詰まらせるアイナに、ジョーが問い掛ける。
「そんな体で、それでも戦って、貴女って人はどうして‥‥」
「私が生まれついての戦士だからだ‥‥大切な物を守るには、戦うしかない」
「それで1週間も倒れて、アンジェリカ君を毎日見舞いに来させて、泣かせた。それで守ってるなんて言えるのか?」
 朝が問い詰める。
「1週間。そうか、私は罪深い母親だな」
「そうだな、アイナ。君は罪深い。本当に子供のことを考えるのならば、もうこれ以上の無茶はやめるべきだ」
 零が言う。その言葉はアイナの胸に抜けないトゲとして刺さった。
「朔は本当のお父さんとお母さんのことを何も知らないの。だから、リカちゃんを悲しませないであげて欲しいの」
 朔がそう言うと、アイナは泣き出しそうな表情になった。
「そうだな。私は愚かだ。愚かな母親だ」
「戦うことが生きることか‥‥傭兵の私が言えた義理じゃないが、悲しい性(さが)だな」
 ブロッサムがそう呟く。
「アイナさん、あなたはアンジェリカちゃんのために生きていて欲しいんです。もう、戦うのはやめにしませんか?」
 加依理がそう言うと、アイナはようやく頷いた。そしてメビウスがドクターに向かって叫ぶ。
「彼女は被害者なんです。望まずして手に入れた力を、これ以上無闇に振るわせないで頂きたい!」
「わかっている。だからメルビン少佐にもそう具申した。彼女の戦闘とこの脳細胞の破壊具合を見るに、あと2〜3回が限度だ。それ以上戦えば彼女の命は危ういだろう」
「‥‥あなた達親子を守るなんて僕の思い上がりかも知れません。でも僕はあなた達親子は守りたい。例えあなたが敵になったとしても」
「加依理‥‥」
 アイナは言葉を詰まらせ、そして嗚咽を上げ始めた。北米フェンシング界の王者で一児の母とは言え、彼女はまだ21歳だ。父親が死んでから生まれて来た娘を守るためにずっと戦ってきたが、その事が結果的に娘を泣かせることになってしまった。ああ、なんと愚かなのだろう。私は愚かで、馬鹿で、そして道化だ。これでは、何のために戦ってきたのか‥‥
 アイナは深い自己嫌悪に陥る。だが、能力者達がかけてくれた言葉のおかげで、次第に立ち直っていった。
「ドクター、メルビン少佐に自由時間を申請してくれないだろうか。三時間くらいでいい。アンジェリカに今までの詫びをしなくてはならない」
「申請だけはしてみますが、通るかは判りませんよ。それでもよろしければ」
「ああ、頼む」
「それでは、私達はこれで失礼します。そろそろアンジェリカさんが来る時間ですしね‥‥」
 メビウスがそう言って退室すると、他の能力者も口々に言葉をかけながら退室する。
「待ってくれ、良ければ私の居室のリビングから黒いエペを持っていって欲しい。そしてもし私に何かあった時は娘に託して欲しい‥‥」
「わかった」
 ブロッサムがそう返事をして出て行く。
 そして能力者が退室してから5分後、アンジェリカがやってきた。
「ママ! ままぁあああああああああ!」
 アンジェリカは母親が起きていることを確認すると、たまらずに泣き出しながら駆け寄る。アイナに抱きつくアンジェリカ。能力者の言葉を思い出しながら、優しく娘を抱き上げた。
「アンジェリカ、心配かけてごめんね。ママ、もう戦わないから。倒れたりしないから」
「ホント?」
「ああ、約束する」
「よかった‥‥」
 アンジェリカは泣き止むともっと母親に寄り添った。そして、泣き疲れたのか寝息を立て始めた。アイナは娘の頭を撫でてやる。そうして束の間の幸せな時間を過ごしているとドクターがやってきた。
「ドクター」
「朗報だよ。軍上層部が三時間の外出許可を出してくれた。もちろん能力者の護衛兼監視付き。その爆弾も着いたままだがね」
「感謝する」
「なに、メルビン少佐がかなり駆け回ってくれたそうだ。そして今回の功績と、君の‥‥いや、なんでもない。ともかく、束の間でも良い、幸せを味わってくると良いだろう」
「感謝する」
 そう言うと、アイナも再び眠りに入ったのだった‥‥