●リプレイ本文
●訓練日早朝
朝早くから起き出してエル・ウッド(gz0207)は準備を整えると、訓練センターのシミュレーター室に出向いた。
集合時間の約30分前。
(「さすがに誰も居ないだろうな」)
‥‥しかし、扉を開けたエルの目に飛び込んできたのは――意外な光景だった。
部屋を埋める11人の傭兵達。彼らは部屋を歩き回り、まるで当然のように今日の作戦について確認したり、ディスクに入れたKVデータの確認などをしている。
一瞬、自分が時間を間違ったのかとSASウォッチに目を向けるエル。まごまごする彼に、ふと声が掛かった。
「エル君。おはよう‥‥」
「あ、お、おはようございます」
ハッと我に返って、エルは白岩 椛(
gb3059)に挨拶を返す。以前からの依頼で、彼女とはもうすっかり顔馴染みだ。
しかし、そんな椛はまだ何か言いたげにモジモジと指を遊ばせている。
「‥‥どうしたんですか? 椛さん」
「ッ! う、ううん、何も。今回は敵同士だけど、よろしくお願いします」
椛は慌てたように言って空席に座ると、心なし嬉しそうにメモ帳を開いて何か書き始めた。
不思議そうに首を傾げるエルに、今度は違う声が掛かる。
「エル君、おはよう。あたしとは初めましてだね。KVの操縦は初めて?」
「あ、実は、そうなんです‥‥」
「ん、それじゃKVの基礎と、軽くコツも教えておくよ。なんでも基礎が大事だからね。まずは‥‥」
重要な部分だけを要約しながら、赤崎羽矢子(
gb2140)はKVについて話し聞かせる。基礎といっても実戦を体験してきた傭兵が語るのだ。言葉の重みが段違いである。
「‥‥と、まぁこんな所だね」
「はい‥‥ありがとうございました!」
「おっと羽矢子、大切なもんを忘れてるぜ? エル、受け取りな」
突然横合いから飛んできた声。エルが振り向くと、鹿島 綾(
gb4549)がズイッと数枚のメモを突き出した。
「これは‥‥?」
エルが受け取って見てみると、そこには『冷静に連携』、『後衛を忘れず、窮地は救え』などの言葉が書かれている。思わず顔を上げて綾を見た。
「ん、まあKV戦心得ってとこだな」
「わあ‥‥凄いです」
顔を綻ばせるエル。それから彼はすぐに復習を始めたのだった。
そして時間になり、昨日の技術教官が部屋に入ってきた。
「どうもおはようございます。‥‥皆さん揃っているようですね」
彼は簡単に挨拶を済ませると、データディスクを全員から回収した。そしてそれをメインコンピューターに移し変えながら、背中越しに口を開く。
「‥‥さて、今日の日程ですが。皆さんには今からすぐ空戦を行ってもらい、終わり次第休憩、昼から陸戦、そして最後には一日通しての反省会、という予定になります。少し長いですが‥‥集中力を切らさないで下さいね」
言い終わると同時、技術教官がエンターキーを軽く弾く。
シミュレーター室に通じるドアロックが外れ、グリーンランプを点灯させて開いた。
「‥‥ではどうぞ、中へ。早速、空戦訓練から始めましょう」
ほぼ前置きも無しに。そう言って技術教官は、――傭兵達を促したのだった。
●午前プログラム「模擬空戦」
ちなみにシミュレーションは二班に別れての紅白戦である。
そして以下が、その班分けだ。
A班
エル・ウッド:ウーフー
如月・由梨(
ga1805):ディアブロ
美崎 瑠璃(
gb0339):ワイバーン
赤崎羽矢子:シュテルン
鷲羽・栗花落(
gb4249):ロングボウ
鹿島 綾:ディアブロ
B班
アーク・ウイング(
gb4432):シュテルン
御神・夕姫(
gb3754):シュテルン
白岩 椛:S−01改
音影 一葉(
ga9077):ディスタン
榊 刑部(
ga7524):ミカガミ
聖 綾乃(
ga7770):アンジェリカ
●A班セットアップ
「センターで訓練するのもこれで三回目、かぁ。大規模作戦も迫ってるみたいだし‥‥この『Lapis Lazuli』にももっと慣れなきゃ。今回もよろしくね、エル君!」
「あ、はい、よろしく‥‥お願いします」
瑠璃が感慨深そうに言うのを聞きながら、エルは初めての操縦に集中していた。エミタAIが補助してくれるとはいえ、やはりその機動はどこかぎこちない。
それを見る栗花落は、何か神妙な顔付きで頷いていた。
「これボクも苦労したんだよねぇ。というか、この手の機械は壊しちゃいそうで扱うのが怖かったというか‥‥。とりあえずエル君、電子戦機はまず落ちない事が仕事だからね。落ちなければそれだけ情報に繋がって、勝利に近付くから」
「それに加えて、エルさんの乗るウーフーの場合は攻撃に転ずる力もあります。いざとなった時の攻撃も可能な機体だと思いますよ」
栗花落のアドバイス、そしてそこに入る由梨の補足をエルは胸に刻む。
さらにエルは羽矢子の先ほどの基礎講座を参考にしつつ、綾から貰ったメモをコックピットの目に付く場所に貼り付けて、万全の練習態勢を整えた。
●B班セットアップ
「今回エルとは敵同士なのね。ま、大規模作戦も近いことだし、自分の実力を知るいい機会ね」
「アーちゃんはKVでの実戦経験は乏しいから、こういう訓練はいろいろと勉強になるよ」
夕姫の言葉に、アークも同意した。KV戦のシミュレーションとなると、コンピューターに戦闘経過ログが残せる為、後から客観的に自分の実力・欠点などを見直す良い機会である。
そして他にも、普段のKV戦なら体験できない利点があった。
「エース機相手にどこまでやれるか腕試しですね」
「戦力差は大きいですけど、みんなで覆しましょ♪」
刑部と綾乃が不敵に言い放つ。シミュレーションだから出来る事。それは格上の戦力、エース機に挑戦できる事である。
A班にはKV初心者のエルが居るとはいえ、その代わり比較的強力な布陣が集まっていたのだ。さらにエルが乗るのは電子戦機ウーフー。腕に関係なく、味方に一定の支援を与えられる機である。
「脅し弾も囮も無視です、我々の作戦を展開しますよ」
一葉が通信に真剣な声を乗せる。気を引き締めて機体を駆った。
『are you ready?』
A班、B班のセットアップが完了すると、各員の視界に中規模程度の街が投影された。ビルや小型建造物の乱立する廃墟――今回のフィールドである。
全機は強制的にオートパイロットモードへ移行した。同時に、戦闘前のカウントダウンがディスプレイに表示される。
高速で双方の班が接近していく。眼下に街が近付き、まだ見えない敵をKVレーダーが――捕捉した。
『Combat start!』
全員のディスプレイに灯るグリーンカラー。オートパイロットモード解除。即座に全機がスロットル最大出力まで引き絞る――。
咆哮を上げる12機が爆発的に加速した。
●戦闘開始
距離1400m。
それはバグアとの戦闘でさえ、まだとても交戦レンジ内とは言えない超遠距離。
しかしKV12機の中の1機だけは、――既にそこから敵を射程範囲に捉えていた。
「ボクのアジュールから逃げることは出来るかな? なんてね」
動き回っていた目標指示ボックスが敵KVを捕捉、栗花落の瞳に発射を促すシュート・キューが映る。
一瞬後、誘導システムを起動したロングボウが、全機の先陣を切って多目的誘導弾二発を強烈な噴炎と共に発射した。
1400mの距離を一気に縮めていく白頭の矢。
「――ミサイル接近! 煙幕展開、ブレイク!」
B班はすぐに対応する。一葉が前方に煙幕を撃ち放つと6機は綺麗に上下へと散開、ブーストを掛けて回避機動に専念する。対応して、栗花落機のミサイルは上下へ一発ずつ分かれた。
「当たりませんっ‥‥!」
ミサイルに僅か5mと迫られた綾乃機は、補助スラスターを併用して鋭角的な機動を行った。
追随しきれないミサイルは、そのままアンジェリカの後方で爆発、――綾乃機は回避。
しかし、下方ではもう一発のミサイルがアーク機に迫る。
シュテルンは煙幕を展開、ブーストでその中に飛び込むが――ミサイルはそれでも正確に追って来た。
「ダメだね‥‥避けきれないよ」
アークは命中を覚悟して、PRMシステムを防御に最大まで回した。
ほぼ同時、爆炎と衝撃波がアーク機に激しく襲い掛かる。しかしPRMシステムを発動したおかげで、ダメージは限定的だった。
そんな上下に散開したB班とは反対に、A班では二機編隊で前衛、中衛、後衛と直線状に展開する。
しかしブーストで接敵を仕掛けていた羽矢子機と瑠璃機は、B班の一葉機が最前に放った煙幕に視界を阻まれ、敵の上下散開に反応が遅れていた。
「‥‥くっ、やられたよッ!」
「羽矢子さん、上っ!」
瑠璃機が上空を通過しようとするB班KVにスナイパーライフルD−02、ミサイルを発射する。椛機と夕姫機にそれぞれ命中し、二機の装甲を剥ぎ取った。
しかし、反応してきたのは違う機体。
「どちらが堕ちるか‥試しましょうか?」
綾乃機アンジェリカがロケット弾を羽矢子機達に撃ちこみながらダイブ。激しい弾幕を展開しながらそのままドッグファイトへと持ち込む。他のB班機は前方へ。
敵の後方支援機に狙いを定めていた。
由梨は頭上、そして機体下部の死角から敵が接近しているのを承知で、エルに鋭く指示を飛ばした。
「戦況把握と味方への警告! 友軍に情報を与えて全体の生存率を少しでも高めるのです!」
「は、はい! 由梨機、綾機の頭上700mからKV二機、下方1000mからKV二機が接近! 上下の時間差は約1秒!」
「了解しました。後はそのまま支援攻撃に移行して下さい!」
由梨機が機首を上方に向ける。その先にはダイブしてくるシュテルン、ミカガミの二機が迫っていた。
直後、交換される火線。
高速で落下してきながらUK−10AAM、D−02、マシンガンを発射するB班の夕姫機と刑部機、それに対応するA班の由梨機、綾機はUK−10AAM、AAM、スラスターライフルを発射する。
空中で激しい爆発の応酬が起き、弾丸や破片が舞い飛んだ。
「くっ、さすがに劣勢ですね‥‥」
「でも私たちの役目は生き残ってかき回すこと。簡単には落とされないわよ!」
刑部機と夕姫機の損傷は激しい。それもそのはず由梨・綾ペアはA班のアタッカー的存在で、敵の中でも最大級の脅威なのだ。
しかもそこへ――。
「刑部さん、夕姫さん、ロックオンされています! エル君‥‥ウーフーに!」
やや高めの高度で戦況の把握に努めていた椛が、機首をそちらに合わせるウーフーを発見した。それに気付いた二機もすぐさま回避機動を取ろうとする、が。
「今だよ、エル君」
「はい!」
一歩早く、栗花落の指示でエルが親指を押し込む。
ウーフーから噴煙を立ててミサイルG−01が発射、夕姫機と刑部機を激しい衝撃と爆炎で包み込んだ――。
『刑部機、損傷率約50%です!』
『こちら夕姫機も40%ぐらいね』
「了解です。‥‥そのダメージ、無駄にはしません!」
一葉のディスタンが、A班の下方から接近する。
向かう目標は綾機ディアブロ。上方の突撃班が攻撃したお陰で相手には隙ができていた。一葉は照準サークルの十字線に赤いディアブロを捉えて――トリガーを引く。
爆音と共にスラスターライフルが射撃開始。綾機へ命中して機体を穿った。
更に連携するようにアーク機のシュテルンがスナイパーライフルを撃ち放つ。甲高い銃声と綾機への着弾とは同時だった。
「ったく、チクチクとやりやがって!」
被弾して激しく振動するコックピットの中で綾が悪態を吐く。致命的な損傷では無い、しかし確実にダメージを貰っている。
B班の殲滅班はそのままドッグファイトに移行、突撃班は下方へとヒット&アウェイ。
さらに、今では後方となった位置で、B班の二機、A班の前衛二機も独自に戦闘を繰り広げる。
KV同士の激しい火線の応酬。戦術と技術を発揮して、全機がKVを相手どって全力で当たっていた。
綾乃機と羽矢子機が衝突しそうな格闘戦を繰り広げる。その二機の僚機それぞれが、遠距離からスナイパーライフルで援護する。
そんな折、綾乃機の会心の高分子レーザーが相手を抉った。
「どうだ‥‥!」
綾乃は手応えを感じて声を上げる。だが、その予想に反して――相手の損傷は軽微。
「ふんっ! まだまだだよ!」
直前、羽矢子機はPRMシステム作動して抵抗力を上昇させていたのだ。今までも何度か被弾してはいるものの、それによってまだ致命的ダメージはない。
しかしそこでPRMの使用限界が来ていた。
両者の純粋な機体性能としては相手の方が一枚上手。羽矢子は囮として、それを承知で交戦していたのだ。だが、PRMを使えなくなってしまった以上――このまま交戦を続けるのは不利。
「美崎っ!」
「ん、了解っ!」
羽矢子は瑠璃に合図を送る。それと同時、羽矢子は煙幕を展開した。
「なに‥‥!?」
「綾乃さん、相手は‥‥撤退しようとしています」
椛が通信しながらブレス・ノウを起動、撤退させまいとUK−10AAMを発射する。
しかし羽矢子機は尾を引いて迫る弾頭を軽々と回避。さらに瑠璃機からの狙撃が椛機を穿ち、撤退を支援する。
そしてその向かう先にも――激しい空戦が繰り広げられていた。
甲高い銃声、連射される砲撃、白い線を空に曳くミサイル。六機ずつに別れた騎士鳥達は、縄張りを争うように青空を舞い飛んだ。
「由梨機、ブレイクしろ! 3、2、1、今ッ!」
綾機が援護のAAMを発射して、一葉機の照準を外させる。その隙を狙って由梨機ブレイク。
しかし、その綾機の背後へ刑部機が食らいつき、ソードウイングを閃かせて接敵する――。
だが突如、綾機は煙幕散布。濃い濃霧のような煙が刑部の視界の中からディアブロを一瞬消し去る。
「しまった‥‥!」
橙色の機首をした『モーニング・スパロー』は急上昇、急減速をしていた。煙に一瞬反応の遅れた刑部機のミカガミは、そのすぐ下を通り過ぎてしまう。
「”貰った”。そう思ったろ?」
綾機がロール。煙幕を抜けた二機は、すっかり機体位置が逆転している。まるで手品のような一瞬の出来事。
直後、綾機のスラスターライフルが火を噴き上げる。刑部機に命中、撃墜。
しかしほぼ同時、綾機を高速の弾丸が貫いた。
「くッ――!?」
「照準に捉えたよ」
殲滅班のアーク機から放たれたミサイルが空を滑る。二度上がる爆炎に包まれて、綾機は瞬く間に撃墜された。
さらに混戦の合間を縫って、B班の夕姫機がA班の後衛へ向かって加速。
「ブーストオン! いくわよ、――即席マニューバ!」
シュテルンのPRMで命中を強化。猛速でエル機の護衛、栗花落機に接近してD−02、AAM、レーザーガトリングの連撃を放つ。
「つっ、ボクはまだ落ちないよっ」
しかし被弾しながら栗花落機はAAMを発射。D−02で夕姫機のエンジンに致命的なダメージを叩き込んだ。夕姫機は制御不能、墜落。
しかし、代わりに一機のアンジェリカが栗花落機に接近、ロケット弾を連射して撃墜した。
「栗花落さん!」
「自分の心配をするんだな‥‥」
「ッ――!」
栗花落機を落とした綾乃機が、ロケット弾の照準をエル機にもあわせる。
痛烈な衝撃がエルを襲った。
戦闘は更に熾烈さを極める。両陣営ともミサイルは撃ち尽くし、自然にドッグファイトかスナイパーライフルで援護する機体に分かれる。
全体的な戦力はほぼ互角か、A班がやや上。
しかし、戦術的な面で言うならばB班の作戦が勝っていた。機動的に動くKVを作ったお陰で、相手陣営を撹乱。
その間に殲滅班がエル機、羽矢子機、瑠璃機を各個撃破していく。
だがもちろんB班に被害が無かったわけではなく、椛機が反撃にあって撃墜された。
残るB班は綾乃機と一葉機、アーク機の三機。引き換えA班は由梨機のみ。
単純な数の勝負で言えば、B班の圧勝だが――しかし。
「当たらない‥‥!」
「速すぎて照準できないよっ」
「私は側面に回ります!」
綾乃機が由梨機に接敵、高分子レーザーを浴びせかけ、アークがスナイパーライフルで援護、一葉機は十字砲火の形でスラスターライフルを射撃する。
しかし、由梨機は常人離れした機体制御で攻撃をことごとく回避。
機銃の照準を――綾乃機に合わせた。
「脇が甘い!」
「――ッ」
バルカンの一点集中を胴体側面に浴びる綾乃機。機体大破、そのまま墜落。
「あわわ、来たっ!」
アーク機にも由梨機へ接敵、バルカンがエンジンを貫き――爆発。
「綾乃さん、アークさん――!」
叫ぶ一葉機にも反転した由梨機が迫った。
咄嗟に照準を合わせ、スラスターライフル射撃――。
しかし超近距離で、しかも機首を一葉機に向けたまま、――由梨機はそれを回避。
反撃のバルカンが、ディスタンのコックピットを貫いた。
●模擬空戦終了
『はい、お疲れ様です。どうぞ昼食休憩を取って下さい』
勝敗が決すると景色は一瞬で消える。結果がどうこうではなく、その過程を研究する事がこの模擬戦の目的だからだ。
しかしそれでも、傭兵達の胸にはそれに対する思いは強かった。
「負けてしまいましたか‥‥」
少し無念そうに肩を落としてコックピットを降りる刑部。
そうしてゾロゾロと動き出す傭兵達の中に、エルの姿もあった。
「どうでしたか、エル君」
「あ、はい‥‥」
技術教官に声を掛けられてエルが立ち止まる。それから今の戦闘を振り返るように俯いて、また顔を上げた。
「やっぱり皆さんは‥‥凄いと思いました。俺はほとんど何もできなかったし」
「ん? そんな事無いと思うけど。あのミサイル痛かったわよ」
二人の会話に気付いた夕姫が、ちょっと苦笑しながら被弾した時の事を話した。
「うんうん。ボクが初めてKVに乗った時なんて、最初の二時間ぐらい操縦桿も握れ無かったんだよ?」
苦虫を噛み潰したような顔で頷く栗花落。それってKVどうこうより、ただの極度な機械オンチなだけなんじゃ‥‥とは、エル君も誰も思ったりはしなかっただろう。
「おーい、先に食堂行ってるよー」
羽矢子が部屋の出口から声を掛ける。
それで四人は我に返り、歩き始めた。食堂にて全員で反省会‥‥というよりも、雑談会である。
昼食時間には少し長いぐらいのインターバル。その間に、各自は疲労した精神を回復させる。KVの操縦は自分が感じる以上に疲れているものだ。それは傭兵達も感覚的に知っていたので、念入りにリラックスして疲れを取った。
傭兵業は休むのも仕事の内である。
●午後プログラム「模擬陸戦」
『では、午後プログラムを開始します。フィールドは中規模街の廃墟。班分けと機体は空戦時と同じ、装備やKVの損傷は回復しています。それでは、幸運を祈ります』
コックピットの中で技術教官の通信を聞くと、先ほどと同じカウントダウンが始まった。緊張する一瞬。既に各自は視界による索敵モードに移りながら、カウント0を迎える――。
しかし、地上戦は空戦とは打って変わって穏やかな始まりだった。 敵の位置は、肉眼でもレーダーにも建造物に遮られて確認する事が出来無い。要するに、移動しながら接近して捕捉しないといけなかったのだ。
「直線は避けて迂回行軍しましょう」
B班では一葉機が提案する。ほぼ肉眼を頼りに前進を始める。
『エル君、レーダーにB班のみんな映るー?』
「いえ‥‥ダメです」
瑠璃の通信に首を振って答えるエル。
同じく索敵を開始したA班も苦戦していた。電子戦機ウーフーの高性能なレーダーでも、ほとんど事情は変わらない。両班共に、レーダーによらない遭遇・白兵戦という形になるだろう。
A班は由梨・綾のペアを先頭に移動を始めた。
ビルで埋め尽くされた廃墟のジャングル。
基本的には両班とも集団で行動したが、B班のアークは狙撃ポイントを探して単身離れた。
作戦の方針的には、A班は比較的大胆に、B班は慎重に索敵行動する。結果、A班は主要道路を押さえて部隊の機動性を確保し、代わりにB班は先に敵を発見した。
「‥‥標準カラーのディアブロ。由梨さんの機体ですね‥‥」
椛はビル陰からKVのカメラアイだけを出し、50mほど先の相手を確認する。主要道路の中心を、ハイディフェンダーを構えて歩く由梨機。50m先、ビル陰の椛機に気付いた様子はない。
R−P1マシンガンを下に構えつつ、刑部機もそちらを覗く。
「今なら先制攻撃も取れそうですが」
「ぅ〜ん、でも向こうのディアブロは二機とも厄介なような‥‥」
綾乃はあまり気乗りしない様子で答えた。先ほど由梨機には三対一の状況で真っ先に落とされたという理由もあるが、何か気が乗らない。こんな主要道路の中心を進むなど見つけてくれと言っているようなものだ。
「電子戦機は見えますか?」
椛機の反対側のビルの陰に隠れて、一葉は質問する。
「由梨さんの50mほど後ろですね‥‥」
「それじゃあディアブロをやり過ごして、ウーフーを狙うのが無難かもね。護衛のロングボウが居るけど」
夕姫機は頑丈そうなビルの高所で伏せて、スコープを覗き込む。
それからスナイパーライフルを放すと、代わりにH−01煙幕銃を握った。
街の主要道路を進み敵を索敵し始めて約十分。
ふいに、エルのレーダーに一瞬だけ光点が灯った。
「あれ、今――」
「ん、何か言った?」
エルの呟きに、栗花落が聞き返した時――。
突然、前方を進む由梨機との間に煙幕が上がり、栗花落機に衝撃が走る。
「った、被弾!?」
「十時の方向に熱源探知――! ビルの屋上です!」
エルがすぐさま敵をレーダーで捉える。が、その直後にその光点は一気に増加した。
建造物の死角から姿を現したB班の数機。エル機、栗花落機を取り囲むように各々の武器を振るって襲い掛かる。
夕姫機と綾乃機に援護されて、ミカガミ内蔵武装『雪村』を発動した刑部が一気に栗花落機を切り裂いた。更に間髪を置かずに一葉機が繰り出したグングニルが装甲に深く食い込む。
奇襲のように強烈な集中砲火を浴びた栗花落機は盾を使う事もままならない。四方からの衝撃に対応して機体制御するのが精一杯だった。いくら接近戦に疎いロングボウとはいえ、装甲中心に強化した栗花落機に初撃で40%の損害を与えたのは、相当熾烈な攻撃だったと言わざるを得ない。
しかも、B班四機の攻撃はそれだけに留まらない。完全な破壊を栗花落機にもたらそうと更に照準を合わせる――。
「四足突進――レイピアアターック!」
「え、うわ!」
しかし突如、そんな通信が聞こえて少し離れた所のビルがガラガラと崩壊した。夕姫機が居たビル。彼女が移動するより早く、瑠璃機が奇襲を掛けたのだ。
一瞬気が逸れた刑部機。その頭上にフッと影が差す。
突如として羽矢子のシュテルンが上空から変形急降下――ハイ・ディフェンダーをその勢いで振り下ろした。PRMを込めた強烈な一撃が刑部機の装甲を叩き潰すように斬り壊す。
「くっ――!」
刑部が呻いて真ツインブレイドを大薙ぎに振るう。羽矢子機はレグルスで受け止めるが、衝撃を殺し切れずに後退。刑部機も距離を取る。 一瞬、動きを止めて対峙する両班。
しかし直後、両班は再び激しく剣と砲を交えた――!
椛機、アーク機。二機のスナイパーライフルが一斉に空気を震わせる。
弾丸の交差点は由梨機。
しかし二人が砲撃を加えるも、由梨機は簡単にハイ・ディフェンダーで弾いた。二機の方を省みようともせず――ブースト。煙幕を突き抜けて後方の乱戦に突っ込む。
「やはり、止められませんでしたか‥‥」
椛は呟くと、すぐに機体を動かして自らも後方の乱戦に加わるべく機体を駆る――。
と、しかし、突然椛の隣でビルが崩壊した。
「――!?」
振り向いた先には安定性を誇る四足ワイバーンが、半壊したビルにしがみ付くように立っている。その肩のR−P1マシンガンの砲口を椛機に捉えて。
咄嗟に椛機はストライクシールドを前面に構えた。
同時に連続で響く炸裂音。しかし、椛機の盾は火花を散らしながら弾丸を跳ね返した。逆に盾の横からバルカンを撃ち返す。
その攻撃は瑠璃機を軽く焦がす。更に反撃の反撃。負けじと激しい砲火を二機は交える。
そこへ響く、第三、第四の銃声。
煙幕の中から羽矢子機が椛機に高分子レーザーを放ち、一方で遠距離からアーク機の弾丸が瑠璃機に飛ばしたのだった。
由梨機が後衛を助けるべく猛速で切り込む。
しかしその真正面に立ち塞がる者が居た。――グングニルを携える一葉機。
「ディスタンの槍の間合いは鉄壁のフィールドです。相手が由梨さんでも無事では返しませんよ!」
「‥受けて立ちます。ただし、私一人じゃ無いですがッ!」
「なっ!?」
由梨機がハイ・ディフェンダーを振るう。咄嗟にグングニルを繰り出して反撃する一葉機。機槍と機剣が火花を散らした――瞬間、建物の陰から赤と橙色の機体が高く跳び上がった。
「鉄の雨だ。濡れていけ!」
「くっ、伏兵!?」
由梨機に食らい付かれていた一葉機は、空中の綾機から放たれたスラスターライフルに全被弾する。
アタッカー二体に対する一葉機一体。明らかな劣勢を前に、それでも一葉は退かない。
「西研の前衛は、後ろに下がらない。その為のディスタンです!」
アクセル・コーティングを発動させてグングニルを構えたディスタンは、二体相手に不退の構えを取った。
「これで――どうですかッ!」
刑部機が二撃目の雪村をロングボウに叩き込む。さらに、綾乃機のハイ・ディフェンダーが襲い掛かり、夕姫機のスナイプが栗花落機を穿った。
「つ――ッ!」
GFソードで栗花落機も必死に応戦するが、いかんせんKV初心者のエルを入れても2対3。圧倒的不利の感は拭えない。
数度の剣戟の末――綾乃機の剣が機体を貫いた。
「栗花落さん!」
「あーごめんね、落ちちゃったよ」
ロングボウは力なく崩れ落ちて、爆発。栗花落がリタイアする。
「やりました、一機撃破!」
刑部が短く叫び、そのままエル機にも真ツインブレイドを振るう。エルはユニコーンズホーンで受けるものの、ダメージを殺しきれない。
そのまま、二機目撃破を目指そうとした時。
――しかし、夕姫が鋭く声を発した。
「二機とも、後ろ――!」
直後、刑部機と綾乃機に降り注ぐ弾丸。
強烈な衝撃が二人のコックピットを激しく揺らす。被弾警告、ダメージ元は背中。二機は同時に振り返る――。
スパークを上げて、ディスタンが倒れ伏していた。
そして硝煙を上げてゆっくり近付いてくるのは、所々装甲を穿たれた綾機と由梨機だった。二機とも無傷ではない。しかし、淀み無い仕草で機体を進ませる。
「遅くなったわね‥‥、エル」
「強かったぜ、一葉はよ」
言い放つと、二機は武器を構えて地面を蹴り飛ばす――。
そこからの戦いはA班が圧倒的に優勢だった。刑部機は真ツインブレイドを振るって応戦、綾乃機はいったんビル群に紛れ込んで側面からの攻撃を狙っていく。‥‥が、前後で挟撃される形となった刑部機は、エル機に一太刀を浴びせた後に撃沈。綾機のスラスターライフルの前に大破する。
さらに綾乃機、夕姫機の二機はお互いにある程度の距離を取っていたのが仇になった。合流する隙も与えられずに、由梨、綾、エルの三機に追い詰められていく。
そして後方でもA班が優勢だった。
羽矢子機と瑠璃機はアーク機から定期的な遠距離射撃を被弾していたものの、怯まずにハイ・ディフェンダーやメトロニウムレイピアで椛機を攻め立てる。椛機は善戦したが猛烈な攻撃を受けて大破した。
羽矢子機と瑠璃機はその後反転、射撃攻撃でアーク機を追い立てる。
それからのA班の優勢はほぼ覆しようが無く、夕姫がエルを撃破、アークが瑠璃を撃破したのを最後に――B班は全滅。
陸戦は結局、3対0でA班の勝利という形で幕を下ろしたのだった。
●訓練を終えて
「うう、疲れましたぁ〜‥‥。みんなで一息つきましょ☆」
訓練終了後の待機室に綾乃の可愛らしい声が響く。彼女は持参したポットセットで心安らぐ甘い飲み物を振舞う。特に甘党の綾は、このサービスにご満悦のようだった。
「どうでしたか、エル君」
なぜか技術教官もしっかりと飲み物を受け取りつつ、エルに問いかける。
エルは苦笑しつつ溜め息を吐いた。
「やっぱり、難しかったです。色々迷って動きが止まる事も多かったし‥‥」
「んー‥‥。やっぱ重要なのは仲間との連携。それがKVの真髄ね」
夕姫がニコッと笑ってエルに教える。やはり単機よりも数機。頭数が減れば、それだけ負けが近くなるのだ。
「まぁ初めてでアレなら上出来だよ。エル君本当にお疲れ様♪」
栗花落が明るく言葉をかける。エルは嬉しそうにはにかんで頷いた。
「今回の訓練では自分の実力も分かりましたし‥‥良い経験です」
「ほんとだね〜」
まだまだ精進あるのみ、と厳めしく自分を律する刑部に、瑠璃が明るく追随する。今回、同じ傭兵同士で戦う事で、各自は自分の実力を客観的に把握する事が出来た。
更にコンピューターのリプレイ機能で実際に外から見た自分の動きや、他人の動きを研究する。一葉は黙々とリプレイ映像に食い入り、羽矢子と由梨は連携の良し悪しを話し合う。それを耳に入れながら、椛はなにやらメモしていた。
「‥勉強にはなったけど、やっぱり訓練と実戦は違うかな。もっと精進しないといけないね。死にたくないし」
映像を見終わった後、自分に言い聞かすようにアークが呟いた。訓練をいくら重ねても、実戦に勝る物は無い。それは傭兵の総意に違いなかった。
「何はともあれ、お疲れ様です。今日は帰ってゆっくり休んで下さい」
最後に、技術教官が全員を労ってお開きとなる。
外はすっかり日も落ちて暗くなり始めていた。エルは今日学んだ事をしっかり心に刻みつけようと、目を閉じる。
これにて訓練終了。
長い一日は終わりを告げたのだった。
<代筆:青井えう>