●リプレイ本文
時刻は遡るーー
アイナの乗る車を追いながら、番 朝(
ga7743)が見た風景。それはかつて愛する者を失ったときに見た光景にそっくりだった。
山林の中に倒れる、心を通わせあった動物達。
彼らも無惨に殺された。
そして、保育園にたどり着きアイナを襲う女王を叩き落とした朝は、そこに自分を育ててくれた最愛の祖母と娘を抱えて泣き叫ぶアイナの姿を重ね見て――
「うわあああああああああああ!!!」
アンジェリカの亡骸を抱いたまま泣き叫ぶアイナを見て、冷静さをつなぎ止めておく鎖が――切れた。
咆哮。まるで猛獣のような。
暴走ーー
朝はただ咆哮をあげながらバグアへと向かう。
そして黒剣の語り部、流 星之丞(
ga1928)もまたアンジェリカの死に心を奪われ、ただ感情のままにバグアへと突進した。
「お前かっ! お前がやったのかっ!」
星之丞に見えているのはこの惨状を作りだしたバグアだけ。
問題を抱え続けながらも幸せだったアイナとアンジェリカ母娘の思い出が、星之丞の頭の中をぐるぐると巡る。
バグアの施設から脱走し、自分たちの窮地を救いながらも強化人間であるということで軍に連行されたアイナ――
保育園で‥‥この場所での新年会で微笑み会う母娘――
マンティコア――強大な力を持つキメラとの戦闘で獅子奮迅の働きをし、代償として記憶の一部を失い、それでもなお立とうとするアイナ――
その引き換えに与えられたわずか三時間ばかりの買い物。誘拐されたアンジェリカと必死に探し出す自分たち。そして再会が叶った時の、安堵の涙を流しながら抱きしめあう二人の姿――
そんな様子が星之丞の頭に浮かんでは消える。
「よくも、よくも穢したな!!」
星之丞は吼える。
当然二人の前には女王が立ちはだかるが、二人はそのまま突っ込んでいく。
「邪魔を、するなっ!」
星之丞が叫びながら女王を切り落とす。
朝は咆哮をあげ続けながら、不規則な太刀筋で大剣を振るい、道を塞ぐ女王を落としてゆく。
黒剣使いの朋友たるサンディ(
gb4343)は、飛び出してゆく二人を追いかける。
その際アイナを一瞬横目でとらえるが、かける言葉が見つからない。アンジェリカの亡骸を抱いて嗚咽を漏らす彼女に、なにを言えばいいというのだろうか。
悔しさに、歯噛みする。そしてそれを怒りに変える。
二人に追いついたサンディは、盾で襲い来る女王の攻撃を防ぎながら朝と星之丞に怒り混じりの言葉をかける。
「落ち着けアシタ! お前はアイナを守るんじゃなかったのか!?」
――以前朝はサンディに語っていた。「俺は何があってもアイナ君を止めてみせる。これ以上アイナ君の寿命を縮めたくはないから」と。それ故にサンディの言葉には怒りが混じる。
「お前もだホシノジョウ! 私たちがなんのためにいるかを考えろ!」
何のために――アイナの監視と護衛。そして今はまさにアイナの護衛をしなければいけない時であった。
しかしその言葉は怒りに我を忘れた二人の心の奥までは届かなかった。なにか、後一つ何かが足りない。
サンディは二人を盾で庇いながらその猪突を押さえ、二人を止める何かを探す。
星之丞と同じく黒剣の語り部たる結城加依理(
ga9556)も飛び出す二人を抑えるべく無線で呼びかけていた。
「聞こえていますか二人とも! 落ち着いてください。壊すだけでは‥失ったものは、なにも元には戻らないのですよ! あなたたち二人の彼女に言った言は嘘だったんですか!?」
サンディの言葉に続いてのこの語りかけに、星之丞は何とか我を取り戻した。しかし星之丞はそのまま突進する。
「許せない! 許さない!! 守りたかったのに。母娘のささやかな幸せを! 僕はお前を、お前等を、そして何よりも、二人を守れなかった僕自身を許せない! 一矢、せめて一矢報いてやる!」
そう叫んで女王の攻撃をかわし続けながらバグアに向かって走り続ける。
「勝手は承知しています。援護を、援護をお願いします」
星之丞がそう叫ぶと、女王殲滅のために動こうとしていたブロッサム(
gb4710)が「背中は気にするな! 私が貴様を狙う者を打ち落としてやる」と答えた。そしてアイナに
「仇を討ちたいか? 私達がお膳立てしてやる。だから、今は下がっていろ」
と一言告げると稲妻模様のAU−KVを纏った。
そして飛び出していった三人を見て、怒りも悲しみも意図的に切り離して押さえ込み、冷静になるようにつとめながら一人呟いた。
「任務よりも感情を優先させるか‥‥褒められたことではないが実に健全だ」と。
そして突出した三人にまとわりつく女王を一匹ずつ打ち落としていく。
水無月 春奈(
gb4000)は突出する三人に女王が群がるのを見て「あぁ、‥もう。前に出すぎです」と呟くと、ブロッサムに自分のことも援護するよう依頼し、三人のフォローに向かった。そして女王の攻撃を盾で受け止め、動きが止まったところを剣で切る。
「自身を武器として攻撃するのは良いですが、受け止められたら、離脱できませんよねっ!」
そう言いながら女王を確実に落としていった。
レールズ(
ga5293)はいつかネパールでみた惨状を思い出しつつ、剣を求めるアイナの説得にかかっていた。
「あなたが戦っても寿命を縮めるだけです。バグアのことは俺たちに任せてください」
「頼む。私に娘の仇をとらせてくれ。私に、剣を‥‥」
その言葉にレールズは怒った。彼女のエペはSESもないただの古い剣だ。そんなもので戦うなどと言い出すとは‥‥
「ふざけるな!」
レールズは強引にアイナの顔を自分に向けさせると、迸る思いを言の葉に乗せた。
「切れぬ剣で徒に寿命を磨り減らして仇討ちするのを、アンジェリカが望んでるとでも思ってるのか!?」
できるならアイナだけにでも生き延びてほしい。そのためにも強化人間としての力を使わせるつもりはなかった。
「っ‥‥私は‥‥私は‥‥」
そんなやりとりの最中にも女王は襲ってくるーーが、
「天都神影流・虚空閃!」
衝撃派がアイナに近づく女王を落とす。
「アイナはやらせん。そしておれの首も、容易く取れると思わぬことだ」
白鐘剣一郎(
ga0184)はアイナを庇いながら迫りくる女王を次々と切り落としてゆく。
「怒りに惑わず、悲しみに流されず、ただ、一振りの剣としてここに‥‥俺は、いる」
女王を切り捨てた剣一郎は、仲間がアイナを説得できる時間と環境を作り出すために、黙々と剣を振るっていった。
「ちぃっ! 厄介な‥‥」
紅月・焔(
gb1386)は盾を駆使しながら、襲ってくる女王をカウンターで迎撃する。そして敵の数が減ってくると、味方の援護に回り始めた。味方の攻撃にあわせて銃弾を放つ。
焔はバグアやアイナの存在に一切目を向けない。ただ、女王を撃ち落とすのみである。
「悪いが、逃がしはしない。これ以上の被害拡大は抑えたいのでね」
そして女王の数が半数位に減ってくると、焔は女王の逃走を防ぐために、敵に気づかれないように慎重に立ち居地を変え始めた。
星井 由愛(
gb1898)はアイナを抱きしめるようにしがみつき、落ち着くように言葉を重ねる。
「エペは渡します。ただアイナさんが殺したいのは、あのバグアですよね。だから、渡すのは女王がいなくなってからです」
「‥‥確かに、それは‥‥」
アイナはその言葉にやや冷静さを取り戻す。
「正門まで、引きましょう。それから、朝さんが‥‥」
そういわれてバグアの方を見ると、朝が未だに暴走を続けていた。
「馬鹿者‥‥」
皆がアイナを抑えていなければアイナが朝のようになっていたはずだ。アイナは感謝と怒りを混ぜた感情のままに朝に向かって叫ぶ。
「朝! 私を止めるといった言葉は嘘だったのか!? 止めるはずのお前が私より先に暴走してどうする!」
その言葉は果たして朝に届いた。
朝は冷静さを取り戻し、だが大きく隙を晒して女王を引きつける。
「朝君は囮になるつもりのようです!」
女王の行動パターンを分析していたシン・ブラウ・シュッツ(
gb2155)が朝の行動を見てそう告げる。
「女王は攻撃の直前に無防備になるようです。速度も少しですが落ちます。狙うならそのタイミングです!」
そして取得できた情報の中から有益そうなものを選んで仲間に伝える。
「心得ました!」
メビウス イグゼクス(
gb3858)は女王を迎撃しながら、シンが伝えた情報を最大限に活用するために剣を一度鞘に収める。
そして居合いの構えをとり、抜刀。それと同時に衝撃派を放つ。
「蒼雷破!」
それはメビウスに攻撃する直前の女王を捉え、薄紙一枚の距離で両断する。
「‥幼い‥命‥‥なんて‥‥貴様等には地獄でも生ぬるい!」
怒りを込め、悲しみを込め、メビウスは剣を振るう。
「アイナさん、この戦争で大切なモノを失ったのは貴女だけではない!」
そして戦いながらもアイナにそう呼びかける。
「だが、私にはもうなにも無い。失うものなど、何もない。私にはアンジェリカだけが全てだった‥‥」
「そうですね、アイナさん。ゴメンなさい‥‥無力で。でももう、あなたは戦う必要はないんですよ。戦士ではなく‥‥一人の人間として、生きてください。もう戦わなくても‥‥イイ‥‥です」
加依理がそういうと、メビウスが言葉を続けた。
「馬鹿なことを言わないでくださいアイナさん。貴女はまだ全てを失っていない‥‥貴女が亡くなれば悲しむ者たちがここにいる! 加依理のように、生きてほしいと願っている人間がいる。あなたはまだ全てを無くしたわけではない!」
その言葉に、アイナは息を飲む。
「そうだ、生き残った者には生き残った者の義務がある! 一生懸命に生きて幸せになる。亡くなった者の未来を背負って明日を担う義務が! 目を覚ませ、アイナ・モーランド! 剣士なら剣士らしく、戦士なら戦士らしく。命の賭け時を間違えるな!!」
アイナが冷静さを取り戻した瞬間に、レールズが言葉を重ねる。そして剣一郎も叫ぶ。
「剣士としてアンジェリカを打ち捨てて剣を取るか、それとも母としてアンジェリカを抱いて退くか。二つに一つだ!」
それらを聞いて、アイナは悔恨の涙を漏らした。
いままで彼女は剣のため、そして強化人間となってからは軍のモルモットになったため、アンジェリカをかまってやれる時間があまりにも少なかった。そしてそれがこんな形で終わってしまうとは‥‥
「ごめんね、アンジェリカ。最後の最後まで母親らしいことができなかった。だからせめて、今だけでもお前に寄り添おう」
せめてこの時だけでも‥‥そう決めたアイナの言葉にレールズは笑顔で手を差し延べる。その二つ名に偽りなく。
「‥‥今は生きるんです。俺たちと共に‥‥!」
そして差し出された手を握ったアイナにレールズは再び微笑む。
「手を握ったからには絶対に離しませんよ!」
そしてアイナを立ち上がらせ正門まで後退する。
「よし! 後は降り注ぐ火の粉を振り払うだけだ!」
レールズは襲い来る女王を打ち落とす。
(「ミサイルやレーザーだって避けてきたんだ‥‥冷静に見極めれば‥‥!)
確かにそれらに比べれば、女王の動きは見切れないものではない。
アイナの説得が成功し、アイナが正門まで退くことを承諾すると、サンディは殊更に派手に動き出しバグアと女王の注意を集める。
「そこのサディスト! お前は何もしないのか?」
サンディはバグアに向けて挑発の言葉を放つが、バグアは悠然とそれを受け取った。
「ふっ‥‥褒め言葉として聞いておこう。あいにくと今回は別件だったのでね、そこの失敗作の始末はまたの機会にすることにしようと考えている。新兵器の実験結果も上々だ。そろそろ私は失礼させてもらうとしよう」
そう言ってバグアが逃走しようとしたところに、いつの間にかバグアの死角に回っていた加依理が小銃を撃つ。
それは不意をついたこともあってバグアの背中に命中しーーだが強固なフォース・フィールドに阻まれ、かすり傷程度のダメージしか与えることができなかった。
「っ‥‥ほう。私の背後を取るとはなかなかやるな。だが、そこまでだ」
バグアはただ純粋に、自分の背後を取った加依理を賞賛しているような口調だった。嘲り交じりに――
しかし首狩り女王はすでに全滅していた。バグア自身も包囲されている。それなのにこいつは余裕たっぷりだった。
「諸君程度の攻撃では私に傷などつけることはできんよ。さて、死にたくなかったら道をあけることだ‥‥」
「そうはさせん! 人の命を戯れに弄ぶ外道が‥‥‥‥幼い命を奪ったその報い、その身を以って受けるがいい」
剣一郎がそう叫び、居合いの構えから奥義を放つ。
「天都神影流『奥義』断空牙っ!!」
赤い衝撃波がバグアに向かって飛ぶ。
回避はできない――そして首を狙ったそれを両腕で防ぐ。
両腕に浅い傷がついたが戦闘の続行にも逃走にも問題はない。バグアはそう判断し、手薄な背後――加依理に向かって銃を放つ。
「っ――」
即死ではないが重症だった。
「加依理!」
アイナが叫ぶ。
「クックック。こうなりたくなかったら大人しくしている事だ」
バグアの腹の底からの邪悪な笑いに嫌悪感を示しながらも、星之丞はバグアに向かって攻撃しようとし、足を後ろから射抜かれて倒れる。
「なっ!」
驚愕と共に見たのは銃口をこちらに向けて立っている焔の姿だった。
「感情だけで飛び込むな! 犠牲が増えるぞ!」
焔の言葉にバグアも共感の意を示す。なぜなら、星之丞の上半身があった空間を弾丸が空しく通り過ぎていくのを見たからだった。
「いい判断だ。たとえ味方に一時的に傷を負わせてでも、より大きな出血を防ぐ。我々の側にほしいくらいだ」
「あいにくとお断りだ。貴様にそう言われると反吐が出る」
焔は、ただ冷静に最善を考えて状況把握をして、行動をしたまでだ。ほかに手段はなかった。だからバグアに賞賛されて心の底から嫌悪した。そしてバグアが焔を賞賛したその瞬間、バグアの眉間に銃弾が――だが、フォース・フィールドに防がれた。
「力が足りない‥‥か‥‥」
ライフルを構えたブロッサムが悔しそうに呟く。
バグアは己の力に絶対的な自信を持っているのだろう。その銃弾を避けようともしなかった。
「その通り。諸君らには力が足りない。せいぜい己の無力さを悔やみながらあがき続けるがいい」
そういってバグアは高笑いをすると逃げ去ろうとして、「おっと。失敗作、お前は来ないのか? お前ならば私を殺せるだろう。だが、それまでの間脳が持てばの話だがな」そういって邪悪さをふんだんに含んだ高笑いをした。
「くっ! 剣を、今度こそ剣をくれ」
「そうですね‥‥ここまで来た以上、引くよりは前に出ましょう。あのお馬鹿さんを逃がしてあげる義理はありませんから」
「何を言うんですか! ここでいたずらに犠牲を広げても意味はないですよ。あいつに勝てるわけがないです」
春奈の言葉にシンは加依理の攻撃と加依理への攻撃、そして剣一郎の攻撃を受けたバグアの負傷の度合いを見ながら、冷静を勤めて、アイナやほかの能力者たちを説得する。
「だが、禍根は絶たねばならない。そのためにも、剣を、くれないか?」
アイナに先ほどまでの取り乱した様子はない。ただ冷徹な口調で、鬼気迫る表情で剣を求めた。
「アイナさんのエペはカイリが持っています。だが、カイリは‥‥」
サンディが加依理とアイナとバグアを順番に見ながら言う。そう、加依理はバグアの攻撃を受け重傷だった。
「エペでなくてもかまわん。加依理のためにも剣をくれ」
鬼気迫る表情のアイナに、由愛は怯えを見せながらも言った。
「剣は、お渡しできません。やっぱり戦ってほしくないんです‥‥だ、だってアイナさんは、さっきアンジェリカちゃんを抱いたその手を穢そうとしてる‥‥っそんなの嫌なの!」
「由愛‥‥」
アイナはその言葉に、剣一郎に言われたことを思い出す。
(「剣士としてアンジェリカを打ち捨てて剣を取るか、それとも母としてアンジェリカを抱いて退くか。二つに一つだ!」)
「そう、なのかも知れないな。私はアンジェリカを抱いていてやらねばならないのだったな‥‥」
「そ、そうですよ。本当に復讐するなら、万全の態勢で確実に殺せる時を待てるんじゃないですか! 待った方がいいんじゃないですか?」
「貴女が復讐を望むように、私にも復讐しなければならない相手がいます。でも、今はそのときじゃないと思います!」
由愛の言葉にメビウスが続く。そして‥‥
「おや、こいつは早く手当てをしなければ死んでしまうだろうな‥‥どうするかね諸君? そこの失敗作に万が一を賭けるか、おとなしく退くか。そろそろ結論は出たかね?」
バグアは倒れた加依理を餌にして能力者とアイナの気を引く。
「くっ‥‥」
歯噛みをするアイナ。そして朝がバグアに突っ込むが逆にバグアの銃に肩をやられる。
「ほらほらほら、これ以上犠牲を出す気かね?」
嘲るように言うバグアの言葉に耳を貸さず、朝の怪我にサンディがマントを脱ぎ、かぶせる。
「仕方がない‥‥消えろ。だが、今度あったときが貴様の最後だ」
サンディの言葉に、バグアは満足げに微笑むと、「私は隣の町にいる。挑みたいならいつでも挑むがいい」と言い残し、高く跳躍して消え去った。
「うわあああああああああああああ! どうして、どうして、どうしてなんだーっ!!」
星之丞が絶叫しながら何度も剣を地面に突き立てる。
「確かにどこにでも悲劇が転がっている時代とは言え‥‥酷いな」
そんな様子をブロッサムは眺めながら頭を振る。
「そうだ、生存者を、生存者を探そう!」
サンディはそう叫ぶと、保育園の至る所を探し始めた。それこそ子供が入れそうなスペースならすべて探しつくし‥‥数人の子供が見つかった。その中にはメルビン少佐の孫娘、エミリー・メルビンの姿もあった。
「よかった‥‥」
サンディは安堵の溜息を漏らすと、子供たちを抱きしめた。
そして、サンディと一緒に保育園内を探し回っていたメンバーも地獄の中に光を見たという表情で視線を交し合った。
「リカちゃんのママ!」
そしてその中にアイナの姿を見つけ出し、エミリーはアイナに駆け寄る。
「あのね、あのね、リカちゃんが隠れてろって。ママが悪いバグアと戦うから、私も戦うんだって言って、それで、それで‥‥‥‥」
そこまで言ってエミリーは泣き出した。そんなエミリーを、アイナは我が子にしたように抱きしめる。
「そうか‥‥アンジェリカがそんなことを‥‥‥‥」
アイナは嬉しさと悲しみの入り混じった涙を流す。
一方、負傷をした加依理や朝を、剣一郎と焔、メビウスの三人が表で待機していた軍の車に運び込み、ちょうど駆けつけたメルビン少佐と軍所属のサイエンティストにゆだねると、メルビン少佐を連れて保育園へと戻った。
「よかった‥‥生きてて、よかった‥‥です」
由愛が一連の動きを見ながら涙目になる。子供がわずかとは言え助かったこと、仲間が死なずにすんだこと、そして今日生み出された悲劇の数々。それらすべてが由愛の頭の中をいっせいに駆け巡る。それらすべてをあわせた複雑な涙であった。
「あのバグア‥‥あのフォース・フィールドはキメラのものとは違いました。キメラのものよりも強い。あんなの相手に、どうやって戦えばいいんだ‥‥」
シンが先ほどの戦闘で、手練れた剣一郎の必殺の一撃をもあっさりと防ぐバグアを見て、分析できずに戸惑っていた。あのバグアはアイナならば自分を殺せるだろうと表情を変えずに言っていた。ならばアイナに戦わせるしかないのか? ほかに方法はないのか? 今は答えが出せないが、アイナに戦わせることだけはさせたくないと彼も思った。
そして負傷者が軍病院へ運ばれ、死者は後日共同墓地で手厚く葬られた。この町に住むものの三割が死亡するという惨事に、軍は頭を痛めていた。
やがてアンジェリカの順番が回ってきた。
大好きだったぬいぐるみと一緒に子供用の小さな棺に入れられ、棺とともに墓穴の中へと沈むアンジェリカ。
祈りの言葉が終わる。
葬列に参列するものは皆口数が少ない。
ブロッサムが沈痛な面持ちでアンジェリカの棺に土をかける。
サンディが覚悟に満ちた顔で土をかける。
(「今度こそ私の剣であのバグアを‥‥」)
春奈が決意を秘めながら土をかける。
(「もうこれ以上、誰かが悲しむ顔は見たくない‥‥」)
メビウスはそう考えながら黙々と土をかける。
シンはいまだにあのバグアのことが頭から離れないまま、恐怖と怒りを悲しみのヴェールで包んで土をかける。
「あ、あの、アイナさん‥‥一緒に、生きて悲しむことができて、不謹慎かもしれないけど少しだけ嬉しいです」
由愛がアイナにそう語りかけながら土をかける。
焔は覚醒中の状態を覚えていないので、後で当時の状況を聞いた。そして、やるせない気持ちで土をかけた。
傷を癒した加依理が、愁いを帯びた表情で土をかける。
同じく傷を癒した朝が「絶対に、仇はとる」とつぶやきながら土をかけた。
「例え明日世界が滅びようとも今日私は林檎の樹を植える‥‥か」
マルティン・ルターの言葉を引用しながら、レールズは土をかけた。希望を捨てない‥‥そういう意味の言葉だ。
星之丞は悲しみと怒りが抜けきらないままに少し乱暴な手つきで土をかけた。そして、再度丁寧に土をかける。
「リカ‥‥エミリーちゃんは君のおかげで助かった。今はそのことに少しだけ寄りかからせてくれ」
剣一郎は戦いの後にサンディから聞いた話を思い浮かべながら、静かに土をかける。
それからメルビン少佐とエミリー、そして彼女の母親が、女王と戦って戦死したエミリーの父親の弔いを終えてアンジェリカの弔いに参加した。
そして最後に、ただ一人の親族としてアイナが土をかけた。その頬を伝うのは一滴の涙。
本来、土をかける作業には家族も立ち会わないとされる。だがこれはアイナや能力者たちが望んで行った最後の別れである。
「さようなら、アンジェリカ‥‥出来ればお前には幸せになってほしかった」
土をかけ終え、アンジェリカから離れていくアイナ。振り返らず、まっすぐに。涙を風に飛ばしながら‥‥‥‥
物語を続けよう。
公けには語られざる物語を。
紡がれざる物語を。
謡われざる物語を。
そして、物語が終えたとき、そこには何が待っているのか?
そこにはどんな結末が待っているのか。
それはまだ、誰も知らない‥‥‥‥