●リプレイ本文
●語られざる詩 貴重な時間
バグアの気まぐれによって与えられた10分間の時間。それは能力者たちにとっては幸運であった。
「因縁の相手を倒す機会は恐らく今回が最後だ。だから確認しておく。あなたが自分の手で決着をつける事を望むのかどうか」
白鐘剣一郎(
ga0184)がアイナに尋ねる。
「無論だ。でなければ何のために土地家屋を売却してまで依頼を出すものか」
「そうか。ならば機が訪れるまで力の行使を出来るだけ抑えることと捨て身になることをやめてほしい。守ってくれるのであれば力を貸すことを惜しまない」
「約束しよう」
アイナがそう答えると流 星之丞(
ga1928)が呟いた。
「アイナさんに残された時間が短いのなら、アイナさんに思いを遂げさせてあげたい‥‥僕はその為の力になりたいと、そう思います」
「感謝する、星之丞」
「アイナさん! 俺まだあなたと模擬戦してませんから、最後だからって馬鹿な考えはしないでくださいよ?」
レールズ(
ga5293)がそう言って微笑む。
「無論だ。むざむざ相打ちになるつもりはない」
「アイナさん‥‥聞きたい事があります‥‥今の貴方は復讐のタメですか? それとも1人の戦‥‥いえ‥‥剣士としてですか?」
結城加依理(
ga9556)が尋ねると、アイナは困った顔をしながら答えた。
「両方だ。私の運命を狂わせたあのバグアは、必ず殺したい」
「そうですか‥‥アイナさん‥‥コレを‥‥あの時は渡せなくて‥‥スイマセンでした‥‥でも僕が今ココにいられるのはコレのおかげだと思うんです‥‥ですから‥‥今は貴方がコレを持っていて下さい‥‥」
加依理はそう言ってアイナに黒いエペを渡そうとするが、アイナは首を振った。
「いや、それは加依理が持っていてくれ。私はもうすぐ死ぬだろう。だから、生きた証として、この世に存在した証として、誰かに持っていてほしいのだ」
「‥‥そうですか。では‥‥これは預かります」
「すまない」
アイナが謝ると加依理は泣き笑いのような表情で頷いた。
「アイナ、あんたの気持ちもわからんでもない。ワシも娘をこの戦争でなくしてるんでな‥‥」
巽源十朗(
gb1508)がアイナに静かに語りかける。
「だが、娘と同い年くらいの女を見捨てる訳にはいかん。アイナ、お前の為に15人集まった。お前を死なせない為に集まったんだ。生きてくれ。お節介と言われ様が、これがワシの純粋な想いだ」
「ありがとう‥‥」
アイナの頬に、一滴の涙がこぼれる。
嗚呼。自分は一人ではないのだと。
そして源十朗は拳銃に貫通弾をこめていく。そして少しずつ移動しながら、バグアのデスクに置いてある光線銃まで直線でいける位置を確保した。それから銃の周辺に不審な点がないかを確認する。
まだ時間に余裕があるので煙草で一服することにした。
「奴はあたし達が何とかする。だからアイナは手を出さず、最後まで見ていて。あたしは殺されても、誰かに仇をとって欲しいと思わない。アンジェリカだってアイナのことそう思うんじゃないの? まして、力を振るえばアイナは死んでしまう。残り僅かなら尚更、その時間を大事にして欲しいんだ」
赤崎羽矢子(
gb2140)がアイナにそう言うが、アイナは笑って首を振った。
「羽矢子、私を案じてくれるのはありがたいが、これは私の私闘なのだ。皆の手は借りるし無闇に力を使わないようにはするが、止めは私がさす」
「だめだよアイナ、天国でアンジェリカを抱き締める腕を、あんな奴の血で汚しちゃ駄目だ」
「ありがとう羽矢子。でも私は天国にいけるかわからないよ。母親として、してやるべきことを何もしてこなかった最低の母親だからな」
「行けるさ」
「そうだろうか‥‥」
羽矢子はバグアに向き直りながら、
「決めるのはアイナだ。だけど、あたしはアイナにここで死んで欲しくない」
そう言ってハミングバードを構えた。
「アイナさんのことはよく知らないでありますが、美虎たちとおなじ仲間だと思っているでありますよ。美虎たちより限られた時間でしか生きられないことは知っていますが、あえて生きるために戦ってほしいであります。決して憎しみのために戦っては欲しくないのでありますよ」
美虎(
gb4284)がそう言うと、アイナは微笑んだ。
「ありがとう。優しい娘だな、美虎は」
その微笑を見て、アイナとは今までに直接の面識はないものの、受けた仕打ちに関しては身につまされる思いのある美虎は、彼女の残された一分一秒が、無駄にならないように死力を尽くす覚悟を決めるのであった。
「最後に娘さんに報告に行く為にもここで死なないで下さい」
日野 竜彦(
gb6596)がそういうと、アイナは頷いた
「皆想ってる。俺も願ってる。アイナ君が少しでも、楽しい時間、皆と過ごせますように」
番 朝(
ga7743)が最後にそう言う。
ブロッサム(
gb4710)はただ黙々とライフルに貫通弾をこめていく。
「‥‥それで、作戦名は『APPLE』だタイミングはこっちで見計らう」
レールズがそういうと、
「了解です。蝶のように刺し、蜂のように舞うであります‥‥よ?」
と美虎がボケる。
広がる場違いな笑い。
「まあ、それもありなのであります」
そう言って笑いをおさめる。そして色々な作戦が決まったころ‥‥
「‥‥そろそろ10分。さあ始めよう」
源十朗がそう言うと、皆に緊張感が走った。
●語られざる詩 血戦
立ち上がり武器を構える傭兵たち。だが、アイナは後ろに下がって見ているだけだった。
「どうした失敗作。お前は攻めてこないのか? ならばこちらから行くぞ」
そういうとバグアは光線銃を羽矢子に放った。
しかしそれを水無月 春奈(
gb4000)が竜の鱗で防御力を上げた上で盾を前に出して庇いに入る。
「くっ!」
「ほぅ‥‥味方を庇うか。理解できん感情だ‥‥」
「これでも、しぶとさには定評がありますから」
バグアの言葉に、春奈は笑いながらそういう。
「ならば、これはどうかな?」
バグアは光線銃のスイッチを切り替えると、今度は春奈めがけて放った。
「くっ。まだまだです」
「そうか‥‥つまらんな。ではこれでどうだ」
今度は竜彦めがけて光線銃を放つが、それでも春奈は庇いに入る。
「やらせません!」
光線銃が命中して爆発するが、それでも春奈は気丈に立っていた。
「‥‥興が削がれた。攻撃してくるが良い」
「そうかい。じゃあ、こっちからいくよ」
羽矢子が剣一郎、レールズと一緒に集中攻撃をかける。
羽矢子は敵の間合いを読み戦場全体を俯瞰的に捉え、攻撃のタイミングを探す。剣一郎の攻撃がヒットするが大きなダメージを与えた様子はない。
「ご自慢の盾のお陰で余裕綽々といった所か」
波状攻撃が決まり、フォース・フィールドが肉眼で見えるようになる。観察したところ、フォース・フィールドは常にバグアの体の回りに張られていると言うことだった。意識しなくても常に展開されているらしい。
レールズと羽矢子の攻撃が決まるが、フォース・フィールドに防がれ有効打足りえない。だが‥‥
「見えた!」
一瞬の隙を突いて剣一郎の奥義が炸裂する。その攻撃がヒットしてフォース・フィールドが赤く光った瞬間、レールズと羽矢子も攻撃を加える。
それは相乗的な効果を生み出してバグアの障壁を破る。
「ぐはっ!」
「我らに破れぬ壁は無し。慢心したな、バグア」
その攻撃はバグアの生命力を半分以上奪っていった。
「そして、さらに油断したね! あたしは、あんたみたいな外道の居場所を、この世界のどこにも認めない! 獣突!」
羽矢子はハミングバードにスキルを乗せてバグアの背後から攻撃する。
その攻撃はダメージを与えるまでにはいかなかったが、狙い通り室内の調度品を散らしながらバグアを廊下へと弾き飛ばす。
「ぐぉおおおおお、おのれ、人間め!」
立ち上がったバグアは、光線銃をでたらめに撃ち放した。
それはバグアが吹っ飛んだ隙に瞬天速でデスクまで移動し、デスク上の光線銃を奪取した巽源十朗に命中する。
源十朗は大きなダメージを受けるが、まだ活動に支障が出るほどではない。とはいえ、もう一発同じのを食らったら危険だろうとは感じた。
「今だ! 作戦『APPLE』!」
レールズは背後で閃光手榴弾のピンを抜き、アラームを合わせる。
サンディ(
gb4343)はバグアの視線が源十朗に向かうのを避けるため、身に着けているマントをバグアに投げる。
それはバグアの顔に絡まり視界を奪う。それと同時に携帯品の苦無をありったけ投げる。だがそれはフォース・フィールドに当たって地面に落ちた。
「人の心を踏みにじるお前を、僕は絶対に許さない!」
流 星之丞がバグアを部屋に入れないように剣を振るう。
それはダメージを与えるまでにはいたらなかったが、渾身の一撃を受けたバグアは、フォース・フィールドの性質で攻撃のエネルギーごと弾き飛ばされる。
番 朝はアイナを守る位置に立ち、バグアの様子を見守っている。
バグアは顔にまきついたマントを取ると怒りの咆哮を上げた。
後方から銃で支援をしていた紅月・焔(
gb1386)は冷静な口調で「扉を閉めろ」と言う。
それに従って春奈と美虎が扉を閉め、自らの体で扉を開かないようにする。
「ふう。してやられたな。だが私を部屋から追い出してどうするつもりだ?」
バグアが怒りの混じった声で言う。
「扉を破るのは簡単だが、貴様らが何を企んでいるのかに興味がある。一分だけ待ってやろう‥‥」
慢心の隙をつかれて大きなダメージを受けたばかりだと言うのにバグアは反省する様子はない。ただ不意をつかれただけだと思っているのであろう。
そして何もしないまま数十秒が過ぎ、レールズのアラームがなる。
その途端レールズは扉を開けて閃光手榴弾を転がし、すぐさま閉める。
大きな爆音。
「ぐああああああ!」
閃光手榴弾の爆発で目と耳をやられるバグア。
「アイナさん、今です!」
加依理が叫んでバグアに銃弾を放つ。
アイナと同時にエリザ(
gb3560)とメビウス イグゼクス(
gb3858)が飛び出す。
「アンジェリカの仇!」
「貰った・・! 天閃牙ッ!」
「行きます!」
メビウスのジャンプからの上段薙ぎ払いと、エリザの竜の爪を使用した竜斬斧「ベオウルフ」 の一撃、そしてアイナの渾身の一撃が回避する術のないバグアのフォース・フィールドを再び貫く。
そして大ダメージを受けるバグア。
バグアはでたらめに銃を撃ち放すが、すでにバグアの後ろに抜けていた三人に当たることはなかった。だがそれは廊下の壁や天井に当たり、石造りの天井が崩れ落ちてバグアと部屋にいる面子とを遮る
「源十朗、もう一度攻撃を受けたら貴様はやばい。銃を渡してくれ」
ブロッサムはそういうと、源十朗から光線銃を受け取る。切り替えスイッチと引き金以外には装置らしきものは見当たらない。
「良し。実際に試してみるか」
ブロッサムは窓に向けて光線銃を撃ってみる。窓は大きく破壊され、人一人が通り抜けられそうな大穴ができた。
「その光線銃であの瓦礫の撤去だな。銃でできた瓦礫は銃で片付けよう」
日野 竜彦が光線銃の威力を見て言う。
「そしてバグアにトドメだ」
凛とした口調で竜彦が言う。そしてそのバグアが、閃光手榴弾のショックから立ち直ろうとしていた。そして状況を把握し、背後にいるアイナを見て「逃がさんぞ失敗作」
と叫ぶ。冷静さを失っているようだった。アイナを囮にバグアを戦いやすいホールまで誘い出す。それも彼らの考えた作戦の一つだった。
だがバグアは懐に手を入れ、宝石のようなものを取り出す。
「行け、首狩り女王! 殺しつくせ!」
「今更‥‥見え透いた手を使うな、小賢しいッ!」ブロッサムは光線銃で瓦礫を破壊すると首狩り女王を撃墜する。
「赦せないね。アンタみたいな奴は」
竜彦もクルメタルP−38で首狩り女王を撃墜する。だが、残ったそれはアイナの側とこちら側に分かれて飛来してきた。
「おのれ、人間どもめ!」
メビウスの背中向かって光線銃を放つ。
「ぐお!」
そして扉を開けて立っていた美虎へ。
「くっ」
ブロッサムへ。
「くうっ!」
竜彦へ。
「うわあ!」
それぞれが大きなダメージを受ける。
「くそ。私ももう一度受けたら拙いな。加依理、使え!」
ブロッサムが自分のダメージを冷静に判断して加依理に銃を渡す。
バグアはアイナを追いかけ廊下を駆けていく。そして無傷の者達がバグアを追いかけ、傷を受けたものもその後ろからついていく。そんな形になった。首狩り女王と戦いながら。
そして戦場はホールに移動する。
能力者たちは波状攻撃を仕掛けながら、バグアの隙を待っていた。奴はもうすぐ倒れる。止めをさす隙を――
焔の後方からの援護射撃がバグアの眼前でフォース・フィールドに止められた瞬間。わずかだが死角ができた。
「今だ!」
朝の大剣、剣一郎の奥義と、エリザのベオウルフ。そして加依理の光線銃がバグアのフォース・フィールドの限界を突破しバグアにダメージを与える。
「ぐあああああああああああああああああああ!!!!!」
そこにさらにブロッサムの貫通弾が踊り狂う。
「キサマみたいな腐れド外道は、無(ゼロ)に還れッ!!!!」
「確かに、一つ一つの力はちっぽけかも知れない、けれど僕達はその力を束ねて大きな力に変えられる‥‥見ろっ、これが絆の力だっ!」
星之丞の十字大剣クルシフィクスが降り注ぐ。まるで裁きのように。
それらの攻撃によってバグアは完全に戦闘不能に陥る。
「後家の一念岩をも砕くのであります。‥‥後家?」
前に出てバグアの足元を攻撃して動きを封じ込めていたために重症を負った美虎が、いつものボケを発する。
「待たせたな、アイナ。君がケリをつけろ」
剣一郎が言う。
「さて、アイナ、止めをさすかい?」
サンディがアイナにたずねる。
アイナは無言で頷く。
「加依理、銃を貸してくれ。こいつの血で、アンジェリカを抱く手を汚したくない」
そしてアイナは光線銃を受け取ると、加依理に手を添えていてくれるよう頼んだ。
「私は銃が下手だからな‥‥」
「くっ。失敗作め‥‥ずいぶんと余裕だな。だが力を使った貴様の寿命はせいぜいあと一月。それまで死の恐怖に慄くが良い。そして能力者ども。私は方面軍の指揮官に過ぎない。私を殺したところで、この州のバグアの勢力は変わらんぞ‥‥」
「黙れ、下郎!」
アイナは叫ぶと、引き金を引いた。
閃光。
爆発。
そして先ほどまでそこにいたバグアの姿は、跡形もなく消えていた。
「終わった、な」
アイナは安堵ともなんとも取れない表情で溜息をつく。
「終わったよ。アイナ、アンジェリカ、終わったよ」
サンディが優しくアイナを抱きしめる。
ブロッサムもAU−KVのアーマー形態を解除しアイナを抱きしめる。
「‥‥貴女の戦いは、これで終わりだ。命尽きるその最後の一瞬まで、生きてくれ。それが、散って行った者達への手向けになると、私は信じている」
「ああ。ああ」
アイナは涙を流す。
「終ったよアンジェリカ。何もかも、全部」
「咎なら幾らでも受けよう‥それが彼女の幸せに繋がるのなら‥‥」
メビウスが覚醒を解除してそう呟く。
「ふう。方面軍の指令と言う下っ端のバグアでもこんなに手ごわいなんて。本命の幹部バグア相手にはKVが必要ですわね」
エリザがAU−KVのアーマー形態を解除しながら呟く。
「どうやら無事に終ったみたいだな」
源十朗がアイナのそばに来て思い出したように言った。
「源十朗は大丈夫か? 怪我をしているみたいだが?」
「なに、良い女が死ぬのは、見てて気分が悪いからの‥‥それに比べたらたいしたことないわい。あいててて」
それを見てアイナはくすくすと笑った。
「怪我人は手当てをしよう。救急セットを持っているものは協力してくれ」
サンディがそう申し出ると、怪我をしたもの、救急セットを持つものが集まり、中には自分の怪我を治療するものもいた。
加依理はアイナが生きていてよかったと思う感情を胸にしまいながら、これでもうアイナが戦わずに済むこと、そしてもう二度と会えないだろうという複雑な感情などに囚われながら、それに戸惑い何も語らずに一人輪から外れて見守っていた。
朝も何も語らずに外から見守っている。一体何を思っているのかは、本人にしかわからない。
「諦めず希望(林檎)を植えればそれはいずれ大樹となり、我々を守ってくれるものです」
レールズは微笑みながらそういうと、手を差し伸べた。アイナがその手を握りかえす。
「見義不為、無勇也。あなたが俺達だったら同じ事をするでしょ?」
「そうだな。そうだろうな‥‥」
アイナは笑った。
「アイナさん、サンディアナ・マリア・ローゼンブルグ。私の本当の名前です」
「サンディアナ?」
「ええ。いつかまた名乗れる日を願い、捨てた名前です。今度会う時は、その名で呼んでください」
「ああ、わかった」
●語られざる詩 ミヤコワスレ
それから暫くの間、アイナは生き残った。
かつて自分と共に戦った傭兵たちが遊びに来ることもあったが、アイナの記憶障害は最近の記憶を奪うまでに至っており、次第に子供帰りして行くようであった。
それでも傭兵たちはそれでよかったのだと思う。苦しい記憶、悲しい記憶が、残りわずかな寿命の彼女を縛るのは傭兵たちにとっても喜ばしくないことであったからだ。
それでも、ときどき、思い出すこともある。
夫と出会ったころのこと。
アンジェリカを身ごもったときのこと。
アンジェリカが生まれたときのこと。
事故で逝ってしまった夫のこと。
三年間にわたる数々の出来事。
フェンシングのこと。
軍付属保育園の新年会のこと。
たった三時間の買い物のこと。
そんなことを思い出したときは、まるで昨日の事のように傭兵たちと語らった。
そして、バグアが予言した一ヶ月が過ぎようとしていたころ、アイナは急にこん睡状態に陥った。
懇意にしていた傭兵たちに連絡が入る。
ある傭兵は語る。その寝顔は子供のようであったと。
悩みも苦しみも忘れた安らかな寝顔。
ベッドの傍らには、親子三人で写った写真と、アンジェリカの遺影。
まるで先に行った夫と娘に見守られるかのように、アイナは静かに息を引き取った。
最後に彼女は、一瞬だけ意識を取り戻し『ありがとう』と一言だけ言った。
それが何に対する礼なのか、誰に対する礼なのかは永遠の謎だが、幸せそうに息を引き取ったアイナを見て、傭兵たちは笑いながら泣いていた。
バグアによって運命を狂わされた一人の女性の、凄絶だが短い人生の最後を彩るのに、それは最高の言葉ではなかっただろうか?
「アイナさんと、人としてお別れができてよかったであります」
美虎と言う傭兵は彼女の最期に対してそう言うと敬礼をしてアイナの病室を出て行った。
そして彼女の遺体は、共同墓地に眠る愛娘アンジェリカの隣に埋められた。多くの傭兵が彼女の葬儀に参加する中で、結城加依理一人だけは葬式に訪れなかった。
そして葬儀が終わって暫くしてから喪服姿で現れた加依理は、一人墓前に花を添えた。
その花の名はミヤコワスレ。
花言葉は、また会う日まで 、しばしの別れなどである。そして彼はアンジェリカの墓にも同じ花を添えた。
「加依理、加依理じゃない?」
そう声をかけたのは赤崎羽矢子だった。
彼女もまた、共同墓地でバグアとキメラの犠牲となった人々の墓前に静かに花を捧げていたのだった。
一輪、一輪、加依理と同じ花を捧げていく。
「羽矢子さん‥‥」
「久しぶりだね、あなたと会うのも」
羽矢子は空を見上げながら呟いた。
「そうですね‥‥なんだか、葬式には出たくなかったんです。本当に、最後の別れになる気がして」
「だから、ミヤコワスレ?」
「ええ。そうです。またいつか、会えるんじゃないかって、そう、おもい‥‥たくて‥‥」
涙がこぼれた。
「あたしも。アンジェリカを抱いて、ひょっこりそこらへんから出てくるんじゃないかって思うときもあるよ」
「幸せな、親子でしたね」
「そうだね、色々あったけど、愛し合っている良い親子だったよ。そうだ加依理、あの剣、持ってる?」
加依理は頷くと、漆黒のエペをとりだした。
「結局返せませんでした。でも、だからこそ、公けには語られることはなくても、この剣にまつわる物語は、語り継いで行きたいと思っています」
「そうかい。それは、いいことだよ。きっといいことだよ」
そういうと羽矢子も涙をこぼした。
「戦争は悲惨だよね。でも、だからこそ、忘れちゃならないんだと思う。悲劇も、喜劇も、名も無き戦士の物語も‥‥あ、アイナは剣士か」
「そうですね‥‥ふふ」
「そうだね‥‥くすくす」
わらった。久しぶりの笑いだった。
ここに、一人の剣士の物語は終った。
公けには語られざる物語。
だが、彼女の生き証人たちは語るだろう。
母親としてのアイナを。
剣士としてのアイナを。
復讐者としてのアイナを。
そして‥‥‥‥
人としてのアイナを。
さあ、幕を閉じよう。カーテンコールの無い、物語の幕を。
END