タイトル:【聖夜】歌えない歌姫 マスター:碧風凛音

シナリオ形態: イベント
難易度: やや難
参加人数: 6 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2009/12/17 00:53

●オープニング本文


「彼はね、作詞家だったんです。いつも私にすばらしい言葉を綴ってくれました。おかげで私はトップアイドルになれました。でも、三ヶ月前、彼が亡くなったんです。それからです。私が歌えなくなったのは。彼は、病気でした。それも、手術をしなければならないほどの。でも、私を育て上げるためにつらいのを我慢して、手術もしないで‥‥馬鹿ですよね。死んだら何にもならないのに」
 ローザ・ギネ・エヴァンシスは集まった傭兵たちの前でそう語り始めた。
「彼は、もし自分に何かあったらパソコンのとあるフォルダを開くように言いました。でも、そのフォルダにはパスワードがかかっていて、プロの方に頼んでみたんですけど駄目だったと‥‥」
「何か、ヒントは無いんですか?」
 傭兵の一人がそう尋ねた。
「彼が残したメモがあります。それには、euHiulau nshnsantと書かれていました。もちろんこれがパスワードかと思って入力してみたんですけど、駄目でした。彼は遠まわしな言葉の伝え方が好きだったので、これもヒントだと思うのですが‥‥」
 そう言うと彼女は悲しそうに首を振った。
「ああ、ジラソール。何で死んでしまったの!?」
「ジラソール?」
「彼の筆名です。私に歌詞を提供するときだけ、その筆名を使っていました。本名は、ディエンティス・デ・リオンといいます」
 ローザはハンカチで目元にたまった涙を拭くと、言葉を続けた。
「私以外の歌手に歌詞を提供するときは、彼はソッフィオーネという筆名を使っていました」
「ディエンティス・デ・リオン‥‥? 彼はラテン系の人間ですか?」
 何か心当たりがあるのだろうか? 別の傭兵がそう尋ねた。
「ええ。イタリアかスペインか、そちらのほうの移民らしいです。気障な伊達男で、女には甘くて‥‥でも、私にだけは特別でした。私が舞台に立つときの衣装は、全て彼のプレゼントでした」
 そう言うと彼女はノートパソコンを立ち上げ、写真の納まったフォルダを開いて、スライドショーを始めた。
 白いウェディングドレスのような衣装に、向日葵の髪飾りにダイヤのネックレス。赤いタイトなドレスに、向日葵のブローチにルビーを使ったティアラ。とにかく豪華な衣装ばかりだった。
「これを全部、彼がプレゼントで?」
「ええ。彼の家は裕福で、私が新人のときから、素晴らしい舞台衣装をいつも届けてくれたんです。何でも、『お前の才能に目をかけた。トップアイドルになったら出世払いで返してもらう』といっていましたが‥‥結局彼には何も返せませんでした」
「ローザさん、私は芸能界にあまり詳しくないので、あなたの歌も知らないのですが、何か映像記録でもあったら見せていただけませんか?」
「ええ。では、ライブの映像をお見せしますね」
 そう言ってローザはノートパソコンにディスクを入れると動画を再生し始めた。
 舞台に立っているローザはピンクのドレスに小さな向日葵をあしらったネックレス、そして白い髪飾りという衣装で、儚い歌を歌っていた。

 季節外れの 雪に抱(いだ)かれて 去りゆく君に捧ぐ 別れ歌

 赤と白との二色(にしき)の花びら 去りゆく君に捧ぐ 手向けの花

「お別れの時が 来たのですね」と 微笑み 瞳閉じ 君は言った


 散りゆく桜の儚さと 消えゆくものを重ね むせび泣く

 新たな命の めざめる そんなときに散りゆく‥‥


「桜の咲くころ また会いましょう」と 微笑む君がとても 愛しくて 

 かなわぬ願いと知りながらも 固く約束をして くちづけした 去りゆく君に‥‥

 メロディが止まるとローザは映像を止める。
「これは、『散り行く桜の儚さと』という歌です。ジラソールは花が好きで、これは日本の桜という花をモチーフにしたレクイエムだそうです。日本の花言葉で、『純潔』とか『精神美』という意味があるそうです。学名はPrunus × yedoensis Matsumura 『Yedoensis』というそうですね。ジラソールはいろんな花の花言葉と学名を私に教えてくれました。そして、二人の記念日のプレゼントは全て花でした。小憎らしいですよね。花言葉を教えた花で、気持ちを伝えてくるんですから。本当、遠まわしな人です」
 そう言ってローザは再び涙を拭った。
「話を戻しましょう。皆様にお願いしたいのは、彼の残した言葉の謎を解いて、フォルダのパスワードを解除することです。そして、彼が残したものが何なのか、私に教えてください。報酬はできる限りのものを用意しました。どうぞよろしくお願いします」
 そう言ってローザは頭を下げた。その頭には向日葵の髪飾りが飾られていた。

●参加者一覧

/ 新条 拓那(ga1294) / 終夜・無月(ga3084) / 雨霧 零(ga4508) / 終夜・朔(ga9003) / 丙 七基(gb8823) / アクセル・ランパード(gc0052

●リプレイ本文


 私は、ずっと不思議に想っていた。
 私達人間の言う、生とはなんなのか。死とはなんなのか。
 いくら考えても、出てくるのは着飾られた言葉による私の勝手な幻想だ。
 人は私を恵まれているという、生まれながらにして全てを手に入れてきたと。才能があると。だが私は恵まれているなら恵まれているなりに、才能があるなら才能があるなりに努力をしてきたつもりだ。それに甘んじて来たつもりはないし、これからもそれはない。
 それが私の誇りであり、自分を強く感じることができる唯一の手段だったからだ。
 
 『才能のある者ほど、経済淘汰される時代だ』
 
 こんな言葉を良く耳にする。そして認めたくはないが、そんな一面も確実にあることを、私は知っている。そんな若者にも、私のような人間にも皆等しくあるもの。それが『死』だ。
 色々な形がある。事故、殺人、自殺、寿命そして病気。奇しくも、私はそのうちの一つ、病にこの身体を長年侵されてきた。不治の病に近いものだと医者から宣告された時、不思議と絶望感に襲われることはなかった。むしろ、心は安らかだった。
 それからだった、私の創ったモノが、今まで以上の評価を人々から貰い始めたのは。人は死に直面した時にこそ、価値ある物を生み出すことができるとは良く言ったものだ。

 だけど、私にとってそれらは大して興味はなかった。

 私が作る水や肥料は、たった一つの花の為だけにある。それを人々がどのように捉えどの様に評価しようが、それはどうでもいい。
 私の願い唯一つ。
 花を綺麗に咲かせることだけ。

 そして、叶う事はもはやないが、その香りを枯れるまで、この身体の隅々まで通わせることだけが願い。

 ならばせめて。

 私の心にある大切なモノが、その花を時が来るまでずっと力強く咲いていてくれるよう、私は切に願う――



                    Dientisth Du Leon





「だいぶ寒くなってきましたね‥‥新しいお茶、淹れてきますね?」
 ローザ・ギネ・エヴァンシスは静かに笑みを零し、冷たい風を迎え入れ続けていた窓をそっと閉めた。冷えた室内の温度により熱を失った客人5人の器を品のある動作で回収し、部屋の入り口でそっと礼をし廊下へと姿を消す。
 部屋に残ったのは5人の傭兵。ローザがLHからの派遣を要請した能力者達だ。要請をしたということは、依頼である。仕事の内容は亡き恋人が遺したファイルのパスワードを解き、彼女へ内容を伝えること。
 意気揚々と依頼を引き受け、この場所までやってきた彼らであったが、依頼人が居ない部屋は静まり返っていた。

『パスワードを解き、内容を伝える』

 それが仕事概要。
 だが彼らは一様に、それだけで仕事を終わらすつもりは毛頭なかった。実際にローザという人となりを見て、そう感じたのだ。今やトップクラスのアイドル。彼女が歌う詩に励まされたり、泣いたり、喜びを感じたり。聴く人々に、観る人々に多大なる影響を与えていたこの歌姫は、今はその心に深い影を落とし、その口からはいつかは聴けた美しい音色は奏でられることはなくなってしまったのだった。
 できることなら、彼女に歌を取り戻してあげたい。
 でも、それは他人である彼等にできることではないということは自身達が一番よく判っていた。
 だからこそ、彼等は賭けていた。
 恋人であり、彼女の仕事のパートナーであるディエンティス・デ・リオン、否――ジラソールがその鍵を必ず遺してくれていることに。

「ま、気持ちは痛いほど判るけど、立ち直れないだなんて事‥‥探偵としては見過ごせないしね」
 雨霧 零(ga4508)はフカフカのソファーにその身を沈めながら、天井のシャンデリアを見上げぽつりと呟く。

「お話は伺っております。 あなたの手元に残された謎を、必ず解いてみせますわ」

 と、ここに着くとすぐに自己紹介をして鼻息を荒くしながら謎に取り掛かったはいいが。謎を紐解いていけば行くほど、彼女だけではなく、他の4人の心にもなんとも言えない切なさが込み上げて来ていた。
「切ないな‥‥」
 アクセル(gc0052)も同様にソファーに身を沈め、重い表情を浮かべる。そうか、そういうことか‥‥としきりに呟きながら、無表情に天井を零と一緒に見上げる。

 彼等は実はここに到着して早々に、謎を解いていたのだ。パスワードも、そしてジラソールが遺した数々の想いをも紐解いて。だが、肝心のファイルはまだ未開封。これだけは彼女が最初に読むべきものなのだ。
 それだけ、彼らが汲み取ったジラソールの遺志は、切なく、そして溢れんばかりに、たった一人の女性へと込めた愛で溢れていたのだ。思わず涙ぐむくらいに。
「俺達が、意気消沈していて、どうするんです‥‥?」
 終夜・無月(ga3084)仲間達へと静かな笑みを向け、そっと言葉を紡ぐ。その傍らには、スヤスヤと眠る終夜・朔(ga9003)の姿。幼い彼女も立派な傭兵、元気一杯だった彼女だがまだまだ子供。今や疲れきって静かに寝息を立てていた。

「彼女に伝えてあげないと、ですね。 彼の大切な気持ちを」
 新条 拓那(ga1294)はジラソールが遺した遺志達に思いを馳せてみる。花が大好だった彼は、彼女にたくさんの想いを、そして花を通してそれらを遺していた。その一つ一つはとても暖かくて、寂しくて。できれば本人の口からそれを伝えて欲しかったがそれはもはや叶わぬ望み。今はただ、自分達を介して言葉を、そして想いを伝えるだけである。

「言った張本人がいないと意味がないだろうに‥‥」
 哀しい笑顔を浮かべ、零は静かに朔の頭をそっと撫でる。
 この子の希望、消させるわけにもいかないしね。そんなことをそっと想いながら。





 芳醇な紅茶の香りが部屋を埋め尽くした。ローズマリーの香り。鼻をくすぐる暖かい湯気に頬を緩ませながら、ローザは静かに腰を下ろした。
「さて、ローザさん」
「はい?」
「我ら、傭兵探偵団、この謎を解きました」
「‥‥本当ですか?」
 僅かに表情を緩ませ、応えるローザ。だが、どことなくそこには悲しみが帯びていた。
「はい! 団長にして名探偵のこの私と助手たちにかかればどんな謎でもすぐに解いてみせます」
 仰々しく室内を歩きながら嬉々として語る零。どうやら自分の推理を早く披露したくて堪らないらしい。
「では、推理を説明するとしよう」
「その前に、ローザさんにお話しなければならないことがあります」
 悪気なく、拓那の言葉により遮られてしまった零。あ、いじけた。
 部屋の角の方にあるソファに、きちんと靴は脱いでから、体育座りしていじいじとなにやらぶつぶつベソをかきながら呟いている。しまいにはソファでふて寝をし始めた!
 苦笑いを零しながら、拓那は改めてローザへと向き直る。

「今回の仕事の目的である、遺されたファイルのパスワードは恐らく解くことが出来ました」
「恐らく‥‥?」
「えぇ、実はまだ、俺たちはファイルを開けてはいません。 これは俺たちじゃなく、最初に貴方が目を通すべきものだから」
「‥‥‥」
 神妙な顔立ちで静かに語られる言葉へと耳を傾けるローザ。その表情は嬉しいというより、少し悲しみさえ見て取れるようだった。そして彼女の口から出た言葉は、ある意味予想されたものだった。
「‥‥いや」
「え?」
 確かめるようにアクセルが聞き返す。
「‥‥いやだ、見たくない!」
「でも、ジラソールがあんたに遺した」
「いや!!!」
 両耳を塞ぎその場で声を荒げてへたり込むローザ。
 恐らく彼女は怖いのだ。彼が遺したものたちに想いを馳せるだけで、彼女は歌えなくとも、彼を感じることができる。
 でももしそこに書かれていることがそれを壊すようなものだったら。
 そんな現実よりも、私は、終わりのないこの幻想を選ぶ、手放したくない!
 彼女は今でも涙が零れそうなその瞳で、暗にそう訴えてかけていた。

「ローザさん‥‥」
 口元まで運んでいた紅茶をそっと下ろし、静観していた無月はローザの元へと膝をおろす。
「俺達は‥‥パスワードを解くために色々なモノに考えを巡らせました‥‥例えば」
「あんたが身につけてた物全部だ」
 アクセルが静かに無月の言葉を引き継ぐ。
「至る所に、彼はあんたにメッセージを残してたんだよローザさん。 聞いてくれるか‥‥?」
 なるべく穏やかに、そして優しく微笑む。
 涙を浮かべながらも、ローザは静かに頷くのだった。




 傭兵たちは彼女から見せてもらったスライドショー再度起動させて、それをローザへと向けた。
「ローザさん、彼が残したパスワードを求めて推理の道を歩いているうちに、私達はとある道の上を歩いていることに気づいたの」
 いつのまにかソファの上で機嫌を直した零が少し離れたところから声を飛ばす。
 眠っている朔にそっと毛布を掛けていたローザはただその言葉の先を待っている。
「彼の気持ちがたくさん詰まった、想いの道でした」
 拓那はそっとスライドショーを動かす。
「ローザさんが身につけていた衣装は全部ジラソールさんからのプレゼントでしたよね」
 こくりと頷くローザ。彼女が無言で見詰めるのは、自分がステージで着たいくつもの彼との思い出。その一つ一つがとても暖かくて、幸せに満ちていて。失うなんて思いもしなかった。想像すらしないほど、幸せだったから。
「彼は余程素直に気持ちを伝えるのが苦手な人だったんですね、考察しているうちにこちらのほうが恥ずかしくなるほどでした」
 照れ笑いを浮かべながらスライドショーを、彼女が歌っている動画へ移行させた。

 

『季節外れの 雪に抱(いだ)かれて 去りゆく君に捧ぐ 別れ歌

 赤と白との二色(にしき)の花びら 去りゆく君に捧ぐ 手向けの花

「お別れの時が 来たのですね」と 微笑み 瞳閉じ 君は言った


 散りゆく桜の儚さと 消えゆくものを重ね むせび泣く

 新たな命の めざめる そんなときに散りゆく‥‥


「桜の咲くころ また会いましょう」と 微笑む君がとても 愛しくて 

 かなわぬ願いと知りながらも 固く約束をして くちづけした 去りゆく君に‥‥』


「散り行く桜の儚さと‥‥」
「あぁ‥‥」
 ローザの呟きにアクセルは言葉を紡ぎ出す。
「いい歌だよな、これ。 すごく暖かくて、優しくて。 知ってるか? 桜が咲くのって四月なんだ」
 アクセルの言葉は静かだが、力強く、ゆっくりと続けて言った。
「あんたが身に着けていたダイヤはな四月の誕生石さ。 そして桜の咲く四月は、日本では色々な意味で新しい命が生まれる頃でもある」
 アクセルは続けて、歌の歌詞の解説に入った。が、それは途中でローザに引き継がれた。
 アクセルが語ろうと思っていた内容を、彼女がそのまま言い続けたのだ。

「自分が歌っている歌ですもの、意味は痛いほどわかっています‥‥でも、受け入れるのが‥‥怖かった」
 収まっていた涙が再び彼女の瞳に溢れてくる。

「遠まわしもここまでくると、伊達男よね」
 零はローザにハンカチを手渡し優しく微笑みかけるように続けた。
「彼の想い、あなたが一番わかっているんじゃないの?」
 そう言いながら、彼女の髪に飾られていた向日葵の髪飾りをそっと抜いた。
「向日葵‥‥」
 目の前に持ってこられたその『思い出』をじっと見つめる。
「向日葵は大輪の華を咲かせた後に、多くの種を実らせるらしい。 彼が大切に育てた君は、まだ種を実らせる時期には見えないのだけど‥‥?」
「‥‥‥」
「花言葉でずっと想いを伝えられていたのでしょう? この意味、君はわかるはず」
「‥‥‥」
 静寂が部屋を包む。きっと喉まで出かかっているのに、そこから先が言えないのだ。零はそんな彼女の頭をそっと撫でて、静かにそれを口に出す。

『あなただけを、見つめています』

「‥‥‥」
 ぼろ
「‥‥‥」
 ぼろぼろっ

 堪えていた涙が咳を切ったかの様にあふれ出る。
「彼が使っていた、筆名、ジラソールには同じ名前の石があってね。 色々な意味が存在するけど、要約すると『不安を取り除き、癒してあげる』という意味だそうです」
 拓那も少し瞳を赤くしながら、亡き恋人の想いを全て伝えようと言葉を頑張って紡いでいく。
「本名もまんま、向日葵だしなっ」
 アクセルはにかっと笑みを浮かべた。大丈夫、彼女への想いは伝わっている、そんな手応えを感じながら、慎重に言葉を選ぶ。
「他の歌手のときの筆名、ソッフィオーネだっけか? 不謹慎だが、その言葉の意味も、向日葵の花言葉と同じだと思うんだ」
 仕事だから、彼女以外の歌手にも詩を提供していたことももちろんあるだろう。だが、彼にとっての歌姫は、ローザだけだったのだ。確かに不謹慎かもしれないが、そこには嘘偽りのない彼のメッセージが込められていた。

「確かに桜は散りますけど、また春がきたら咲き誇るでしょ? 貴女なら、きっと同じようにもう一度輝くことも出来ますよ」
 あなたが散ったままだと、彼との思い出も、散ったままです。その言葉に、彼女はハッと顔をあげる。そこには自分へと向けられたパソコンの画面。
「以上のことから‥‥パスワードはこれ以外‥‥有り得ませんよ‥」
 にこっと笑顔を浮かべ、アナグラムを並べ替える無月。

        euHiulau nshnsant
            ↓
        Helianthus annuus
          【向日葵】

         ACCESS APPLIED

 コード解除のメッセージの後にメッセージのテキストと、一つのフォルダが姿を現す。
 テキストタイトルには『ローザへ』と。
 そしてフォルダには『かがり火』と。

 ローザは恐る恐る、テキストを開く。そこには、ジラソールからローザへの言葉が綴られていた。
 私は、ずっと不思議に想っていた――そんな言葉から始まったジラソールのメッセージ。そこには彼の色々な想いが込められていた。読み進めていくローザの表情は重く、真剣だ。それが最後のほうに来たとき、彼女は無表情のまま、大粒涙を落とした。止め処なく。
 そこには初めての、彼のまっすぐな、遠まわしじゃない、言葉があった。



『ローザ、今までちゃんと言わなかったことを、今になって言うことをどうか赦しておくれ。
 ‥‥心から、愛している。 そして、たくさんの思い出をありがとう、最愛の人よ。 どうかその歌で、その綺麗な声で、想いを綴り続けておくれ。 私はずっと貴方を見守り続ける約束するよ。 
 そしてどうか、これがキミを縛りつける鎖ではなく、解き放つ鍵へとなってくれることを強く願う。 だって、私はお前を癒す石、意思だから。
 別フォルダで、キミに最後のプレゼントを用意したよ、喜んでくれるといいが。
 ローザ‥‥どうか、幸せになっておくれ。ありがとう。そしてさようなら。

                        ジラソール』

「うぅっ‥‥‥!」
 彼女はもはや涙を隠そうとも、拭おうともしない。
 ただただ、画面にしがみつき、流れるままに想いを流し続けた。
 しばらくして、落ち着きを取り戻した彼女は、涙で濡れた顔でパソコンへと視線を戻す。鼻すすりながら、『かがり火』フォルダを開ける。

 そこにあったのは一つの歌詞だった。


●かがり火

 暗闇の中に 舞い散る火の粉が
 夜空を 赤に染める

 世界中の宝石箱をひっくり返したような空からは
 瞬く光が降り注ぎ
 まるで 幾千万年もの時を一人占めしたかのような
 太陽の子等が悠久のときを経て
 自分のためだけに集まったかのような 錯覚に囚われ
 軽い目眩を覚える

 星の車輪の戦車をペガサスに引かせた騎士が
 私の目の前に降りてきて 傅(かしず)いた

 兜を脱いだ騎士の瞳は 夜の闇よりも青く
 その視線は 優しげな光で私を包む

 彼は私の手を取ると 優しく甲に口付けをして
 銀の月で作った指輪を
 薬指に填めたの

 私の心は歓喜に奮え
 頬を伝って落ちた滴は 海色のサファイアとなり
 彼の薬指を飾ったわ



 暗闇の中に 舞い散る火の粉が
 二人の心を 赤に染める


 優しい風がそよいで
 私の背中を押した

 私はそっと手を差し出して 彼に精一杯微笑む
 月と同じ色の髪をした騎士は 優しく私の腕を取り
 彼の戦車に私を乗せてくれた

 雄々しきペガサスが嘶(いなな)くと
 私達はオリオンにむけて飛び立った

 頬をなでる風は少し冷たいけれど
 私を抱(いだく)く彼の瞳は 小春日和の太陽のように暖かくて
 昔私を守ってくれた父のように この人の胸は大きくて
 私は懐かしい安らぎに目を細めたわ

 天の川の近くに来ると
 白鳥が私達を祝福してくれた
 そして白鳥の素敵な鳴き声に混じって
 オルフェウスの竪琴の音も 聞こえてきたの

 そして時は止まったわ
 私達は永遠になったの

 私達は愛だけになって
 本当の永遠を手に入れたの‥‥‥



「‥‥とある‥女の子の話です」
 無月は静かに、彼女の涙を拭うように、とある少女の物語を語りだした。


 彼女は何も持っていなかった。
 帰る家も無ければ、家族も居ない。
 自分の名前、そして記憶すらも。

 傍らに眠る朔を静かに見つめ、続ける。

 そんな彼女にも変化が訪れ、そして今はどうしても実現させたい夢があるそうです。
 貴女に会えると聴いてハシャイでいましたよ、なにせ同じ夢を実現させた人に会えるのだから。
 
「まぁ‥其の所為で昨日の夜は眠れずに今こうなっている訳ですが」
 苦笑しながら無月は優しい笑顔を朔に送り、優しくその頬を撫でる。
「知っていますか? ‥向日葵には『笑顔の花』という別名もあるんです‥誰もを笑顔に‥そんな幸せな気分にさせてくれる向日葵のようになって欲しい‥そういう願いも‥あったのかもしれませんね」
 ローザは今は可愛らしく眠る朔の傍へと歩み寄る。純真無垢なその表情。どんな夢をみているのか、すごく幸せそうな寝顔。
「‥‥うみゅ‥ローザ‥さん‥‥」
 ぴくりと、反応するローザ。
「一緒に‥‥お歌‥歌う‥‥ですの‥‥」
 むにゃむにゃと寝言を零す朔の頭を優しく撫でるローザ、綺麗な笑顔で、涙を落としながら。
「どうか‥彼の想いとこの娘の想い‥‥貴女の心で受けてあげては貰えないでしょうか‥」
「できるかな‥‥」
「あぁ、できるさっ」
「本当、ですか‥‥?」
「君が望めば、ね」
「私が望めば‥‥?」
「いえ、もう望んでるはずですよ?」
 
 傭兵達の言葉が彼女の心に降り注ぐ。ジラソールの言葉と共に。

 
 私、勘違いをしていた。
 貴方を失ったことを認めたくなくて、ずっと逃げていた。
 でも、違うのよね‥‥。
 私が散ったら、貴方の想いまでもを散らせてしまう。貴方はそれを望んでいなかった。
 傭兵さんたちに、それを教わった‥‥。
 私、また歌うわ、ジラソール。貴方の想いは、私が紡いでみせる。
 だから、どうか。
 空の上から、私を見守っててね? ジラソール‥‥。
 
 ローザの顔は、もはや穏やかだった。涙でぐちゃぐちゃになった顔で、なんとも言えない笑顔を零す。
「歌、歌っても、いいですか?」
「えぇ‥どうぞ‥‥」

 彼女はここに来たときはまったく真逆の表情で『散り行く桜の儚さと』を歌った。
 それは哀しい別離の歌。
 でもそれは、きっと希望に溢れた始まりの歌。
 捉え方は聞き手しだいなのだ。

「凄いですのっ」
 いつのまにか起きていた朔は歌が終わるや否やローザに飛びつく。そして満面の笑顔で自分の夢を語ったり、歌を教わったり。
 まだ散り時期ではない。
 種を残して育ててからでも遅くはないのでは?
 零の言葉を思い出し、それもそうかもしれないわと、心に呟きながら、ローザは自分を慕ってくれる未来の歌い手を愛おしく抱きしめた。




 室内ではローザと傭兵達がまだ歓談を続けていた。塞ぎ込んでいたローザをどうやら見事に元気付けることができたようだ。そんな賑わいの家の外。
 朔は天使の歌声で、先ほど一度聴いただけのローザの歌を歌う。
「良い曲なの‥‥」
 そして即興の歌を歌う。


 愛に溢れた この手の温もり
 例え貴方が見えなくても 此処にある心は真実
 言葉が 想いが 教えてくれる
 この心が 貴方のモノだと言う事を
 消させない この想い
 消させない この温もり
 私も貴方の心を感じ続けたいから



 貴方は今日、大切な人に想いをちゃんと伝えていますか?
 遠回りでは伝わらない、伝えられない想いってありますよね。
 でも臆病にならないで。
 どうか、怖がらないで。
 言葉が、想いが、教えてくれるから。
 貴方の想いと温もりは決して消えることはないから。

 

 ――そんな歌が、どうか貴方の大切な人にいつか届きますように。



 後日発売されたローザ・ギネ・エヴァンシスの新曲『かがり火』は、今までにない売り上げを記録し、多くの人たちの心へと鳴り響いた。歌詞カードの最後には、そんな小さなメッセージが、最後のほうにひっそりと書かれていた。
 
      『光輝く愛は、貴方だけを見つめています』

                     Rosa Ginnue Evansis                

(代筆 : 虎弥太)