●リプレイ本文
「人は襲わず、金品のみを奪うキメラ、そんなキメラいるのでしょうか‥?」
如月・由梨(
ga1805)の洩らした言葉は、メンバー全員の心境を代弁していた。
「うーん‥どうも今回のキメラは様子がおかしそうだ。金品は盗んでいくのに人には興味がないのか危害を加えることなく去っていくみたいだな。なんかこのキメラには裏がありそうだ、慎重に探ってみるか」
クラウド・ストライフ(
ga4846)の呼びかけに応じ、まずは情報収集に励む事とした。
●警備員へ聞き込み
赤霧・連(
ga0668)、如月、樹エル(
ga4839)は、現場へ赴き、現場検証と、事件時にキメラを目撃した警備員への聞き込みを行った。
「キメラですよキメラ! いやあ、すごい殺気だったですよ! もうね、ほんと生きて帰れた事が奇跡に思えますよ!」
興奮した口調で、警備員は雄弁に語った。
「身長は約3メートル、咆えると地面が揺れ、血の臭いが充満しました。死の恐怖に震えましたが、仕事を遂行すべきと、自分を奮い立たせたのです。放った弾丸は、見事化け物の胸に命中したのです。奴は衝撃を受け、ひるみました。‥しかし、残念ながら、一般人である私に出来た事はそれだけだったのです。我々は、無傷のキメラに対し、無念の思いで撤退せざるを得ませんでした」
まるで映画のワンシーンの解説を受けているようだ。かなり脚色されている情報だったが、三人は、この話の中で、一番意味のある情報のみに注目した。
「弾丸が当たってひるんだ‥?」
「フォースフィールドが展開されてなかった、という事でしょうか?」
「そんな馬鹿な? そんな話は、聞いた事がないですネ」
現場検証により、キメラは、価値のある宝飾品の納められたケースなどを集中的に破壊しており、無駄な暴走による家屋への損壊などは一切なかった事が判明した。
この事からも、今回のキメラは、金銭的利益を追求する知性を備えており、これまでに知られたどんなキメラとも異なる、という事が予測された。
●下町での聞き込み その1
アンジェリナ(
ga6940)は、街中で聞き込みを行った。
最初に訪れた、依頼人の邸宅があった通りとはまるで雰囲気の違う、下町の町並み。
大人も子供も、粗末な衣服に身を包み、慌ただしく日々の暮らしに追われているようだ。
アンジェリナは、陽のあるうちから、下町の裏びれた酒場の戸をくぐった。
陽の射さないカウンターに、男が二人、少し離れて座っていた。
「らっしゃい‥よそから来られたのかね? 珍しいな」
ちらりと顔をあげてマスターが言ったが、それ以上興味をひかれる様子もなく、また、黙々とグラスを洗う作業に戻っていった。
「仕事で来た。この取引がうまくいくように乾杯したい。あの人達にも、バーボン注いで」
アンジェリナは自然な口調で言った。
グラスを受け取った男達は、戸惑いと警戒と期待の入り混じった顔で、彼女を見、礼を言った。
アンジェリナは自分のグラスを持って男達に歩み寄る。
三人で、『アンジェリナの取引の成功を願って』乾杯する。
「それにしても、この辺りは景気が悪いみたいだ。小さな子供まで、遊びもせずに働いている」
「ああ、あのキメラって化け物のせいで、この街は変わっちまったのさ」
「流通経路がすっかりおかしくなっちまったからな。中小規模の商売はまったくやっていけなくなった。自分の会社を持っていたような奴でも、職がなくなり、大工場の下働きなんかで、食う為に日銭を稼ぐだけの毎日さ」
男達の愚痴に、アンジェリナは深く頷いた。
「早く化け物どもが一匹残らず、地球からいなくなってしまえばいいのに」
すると、年かさの男が突然、にやりとした。少し、酒が回ってきたせいもあるのか、ぽつぽつとしか話さなかった彼が、途端に饒舌になった。
「いやいやお姉ちゃん、それがさ、良いキメラ、ってのも、中にはいるんだぜ?」
「良いキメラ? そんなものがいる訳ない」
眉をひそめたアンジェリナに、男は勝ち誇ったように、それが、いるのさ、と言い切った。もう一人の男が、よそ者にそんな話をするな、と言いたげに、肘で突いたが、話を止めようとしない。
「この街の屑ども、金と力にしがみついて豪邸なんぞに住んでる輩、あいつらを成敗している、正義のキメラさ」
「正義のキメラ?」
訳がわからない、というように、アンジェリナは首を傾げてみせた。
「あのキメラは、屑どもが不当に持ってる財産を盗んでは、その稼ぎを子供達に分けてやっているのさ。危険も顧みず、まったく偉い奴さ、あのジ‥」
「おやっさん!!」
強い制止の声をあげたのは、それまで無言でグラスを磨いていたマスターだった。
流石に、男もはっとして口をつぐんだ。
●下町での聞き込み その2
「近郊の下町は酷く貧しい暮らしを余儀なくされているみたいだ‥このことからも何か手がかりがあるのかもしれない。そこも気をつけて調べてみよう」
ストライフは、単身で下町に繰り出し情報収集、又、現場の警備員とも話をしてみる事にした。
赤霧、如月、樹もまた、下町で聞き込みを行った。
盗まれた金品の行方の調査が目的だ。
美術品の売買を行う古物商などを数軒あたり、盗まれた美術品等はやはり、既に売却され金銭に換えられている事が判明した。
途中で、アンジェリナも合流した。
「住民の、生活苦からの犯行でしょうか?」
路地で四人が集まり、相談していると、数人の子供が寄ってきた。
「お姉さん、よその人なの? ねえ、このお花綺麗でしょう?」
やや萎れた花束を売りつけようとしてくる。その時、一人の子供が転び、泥の水たまりの中に倒れてしまった。
わあっと泣き出す子供を、樹が優しく助け起こす。
「大丈夫? どこが痛いの?」
「い‥痛くはないけど‥服が‥ジョー兄ちゃんに貰った服が‥」
子供の服は泥まみれになっている。見れば、ぼろぼろのズボンとは不釣り合いな、真新しいトレーナーだった。
「ジョー兄ちゃんて誰?」
この問いに、子供達は嬉しそうに口々に言い出した。
「とっても優しいんだよ!」
「お菓子や服をくれるの」
「体操の選手で、かっこいいんだよ!」
四人は、顔を見合わせた。
「泣かないで。お花を下さいな」
如月が精一杯の笑顔を作り、泣きじゃくる子供をなだめた。
子供達から、ジョー・クライトン35歳、元体操のオリンピック選手で、現在は体操のコーチである男の情報を得た。
体操を習うのは、上流層の子供ばかりだが、それ程収入があるとは思えない。なのに、最近よく現れては、子供達に色々なプレゼントをくれる、というのだ。
現れた日を聞けば、いつも盗難騒ぎから数日以内の事。
「怪盗キメラ‥人は倒さず金品のみ奪っていく。まさに現代の五右衛門ですネ」
赤霧の呟きが、全員の推測した犯人像を代弁していた。
●ベスへの聞き込み
アンジェリナは更に、子供達から、ジョーの身を案じる女性の存在を聞き出した。
「ベス姉ちゃんは、最近いつも悲しそうなんだ」
「すっごい美人なんだよ!」
子供達に口止めし、彼女の住居を聞き出したアンジェリナは、単身向かった。
物陰に隠れて様子を窺っていると、体格のよい男が出てきた。彼がジョーなのだろう。昔、テレビで見た記憶が微かにある、とアンジェリナは思った。
ジョーが去った後、アンジェリナは正面から女性宅を訪れた。
「どなた?」
「ジョー・クライトンさんの事を聞きたい」
女性の顔色が変わった。
「警察のかた‥‥?」
「いや、私は能力者。この都市に出没するキメラ退治を依頼されて来た」
それを聞くと、女性はわなわなと震えたかと思うと、必死の形相でアンジェリナの腕を掴んだ。
「あの人はただの一般人よ! どうかあの人を殺さないで!」
アンジェリナは、ジョーにすぐに危害を加える事はないと話して、何とか女性を落ち着かせ、彼に関する情報を聞き出した。
彼に危険な事を止めさせ、命を救いたい一心で、女性は洗いざらいを話してくれた。
やはり彼がキメラの正体であり、子供達の為に盗みを働いていたのだ。
●依頼主の調査
赤霧と如月は、キメラ調査と合わせ、依頼主に対する調査も極秘に行う事にした。
あまりの貧富の差を目の当たりにし、この都市の有りように、深く疑問を植え付けられたからだ。
金回りや人脈関係、アンティークに関する何らかの不正の証拠など、依頼主にとって不利な事柄も探っていく。
犯罪行為はないものの、やはりあまり表に出したくない事柄もあるようだった。
●現場で合流
「町はこれだけ苦難に満ちているのに、ここはこんなに富んでいるのですね‥‥」
豪華な調度品に目をやりながら、千光寺 巴(
ga1247)は呟いた。
「金持ちさんの依頼か、自分の私利私欲しか考えてないのだろうな、なんだか気が進まないな。周りには貧しい下町があるというのに少しは寄付でもすれば人の心を取り戻せるだろうに」
ストライフも同調する。
聞き込みをした能力者達は、得た情報を整理した。ストライフの調べた情報も、ジョー=キメラ説に合致した。
「下町の事などどうでもいい! それよりあんた達、本当にちゃんと守ってくれるんだろうな?! 私の大事なシンシア‥いや、コレクションを?!」
せわしなく額の汗を拭いながらわめく依頼人。
「私たちは経験を積んだ能力者です。一般人すら傷つけられないキメラなど、ものの数ではありません。ただ、戦闘の際に、一般人の警備員の方を巻き込んではいけませんから、現場は私たちだけに守らせて下さい」
「あんた達だけで? しかし‥」
如月の言葉に、疑い深そうな表情の依頼人スミス。
「美術品や調度品は決して破損させないと保証しますから」
千光寺が念押しするように言うと、渋々スミスは、警備員を撤退させた。
●対峙
リリリリリ‥‥鳴り響く防犯ベルの中、能力者達は、現れたキメラと対峙した。
「ガアアアアア!!!」
威嚇するように咆吼するキメラ。冷静に聞くと、この声は、録音した獣の声のようだった。
武器も構えず、冷静な表情の能力者達に、キメラはやや戸惑ったようだった。
「さぁ、盗れるものなら盗りにこい。まぁ‥‥無理だろうけどな」
コレクションの前に仁王立ちになったストライフの挑発に、後には引けないと心を決めたのか、キメラは向かってきた。
一般人としては素早いパンチを、ストライフに向かって放ったが、勿論安々と避ける。
「おい‥‥お前本当にキメラか!?」
「‥‥‥」
焦った様子のキメラに向かい、樹が言った。
「私たちは、あなたを退治する為に雇われた能力者です。もしあなたが本当にキメラなら、私たち全員で攻撃します。でも、もしキメラでないと言うのなら‥」
「それならば、あなたを傷つける意志はありません。金品のみを奪うキメラなんていません。町を想うならご協力していただけませんか。悪い様にはしませんから」
千光寺が重ねて言った。
キメラは少し躊躇したが、全く勝ち目のない状況である事を悟ったようだった。
「これでお終いか‥もう少し、子供達の笑顔を見たかったものだ」
そう言うと、彼はゴリラの被り物を外した。中から現れたのは、アンジェリナがベスの家で目撃した青年‥ジョー・クライトンの、苦笑いの顔だった。
「義賊のつもり、ですか? それでも、社会から見れば悪には変わらないのですよ」
如月は、淡々と言った。
「俺が悪? そうだな、確かに盗みは悪だろう。だが、それは綺麗事だ! 本当に悪なのは、弱者を苦しめて平気な顔のあいつらだ!」
頬を紅潮させるジョーに、赤霧が強い口調で言う。
「盗みは盗み犯罪です、ダメ絶対!」
「しかし‥!」
「青年クン、目先の幸福しか見ていないキミは弱いです」
青年の瞳をジッと逸らさずにきっぱりはっきりと言い放つ。
「言い訳は聞きません。事情は知りません。どんな逆行の中でもどんなに挫けそうな時でも弱さを言い訳にしてはいけません。私達は弱さに負けてはいけません」
「俺が弱いと言うのか? そりゃあ、能力者のあんたに比べれば弱いに決まってる。だが、俺は精一杯‥!!」
「青年クン、キミの無茶は誰も幸せにしません。だって、キミを信じて疑わない誰かが側にいるのです。ソレを裏切ってはいけません」
「ベスの事か? ベスに会ったのか、そうか、ベスが‥」
がっくりと肩を落としたジョーに、樹が声をかける。
「富裕層から盗んだ金品をただ人々に配っているだけでは、なんの解決にもなりません」
「――愚かな富豪達とは言え、悪行によって一矢報いることは筋違いだ‥‥あなたならばきっと他にも道はある」
アンジェリナはそれだけ言うと、後は他のメンバーの説得に任せ、自分は屋敷の壁に寄り掛かって遠巻きに成り行きを見守り続ける。
樹は提案した。解決方法の一例として、富裕層のメンバーが持つ企業を介さない、独自の流通ルートの確立。
安全の確立については、自身が能力者になる、能力者にキメラ退治を依頼、など。
「俺が能力者に‥それは、思いつかなかった」
ジョーは言う。
「だが、奴らから離れた、独自のルートを持つ事は、困難だ‥」
「そうでもないかも知れませんよ」
如月は、依頼人について調査した事を、ジョーに伝えた。
「これは、今後、切り札になるかも知れません。だから、もう二度とこんな事をしてはいけませんよ」
「‥‥まさか、見逃してくれるのか?」
「あなたが帰らないと、大切なひとや子供達が悲しみます。それは、私たちの望みではありませんから」
樹が、皆の思いを代弁してそう告げた。
●仕事の後
「キメラは退治しました」
スミスはほっとしたように頷いた。
「うむ、確かにシンシ‥コレクションは無事なようだ。それで、キメラの死体はどこにあるんだね?」
「死体は蒸発しました」
悪びれる様子もなく、赤霧は言い切った。
「蒸発? そんな馬鹿な!」
「じょ・う・は・つしました」
あくまで、しらを切り通すつもりの赤霧である。もし、スミスらが、犯罪に手を染め、利益を得ているのであれば、それをネタに、子供達へ無利息&無担保の投資を要求するつもりであったが、今回は、残念な事に、そこまでの証拠は得られなかった。
「無事に任務は終えました。もしかしたら、バグアが美術品等に何らかの興味を示しての事だったのかも知れませんね‥‥」
千光寺がこう仄めかし、現状のままだとまた起こり得るかも知れないからと、町への還元を重視する事を提案するに留まった。
ともあれ、任務は遂行した。
後の事は、ジョーやベス、町の者達が変えていかなければならない。
しかし、彼らならきっと出来るだろう。盗みという安易な手段を捨て、子供達の未来を掴む為に。
「――ここまで人と関わったのは初めて‥だな」
アンジェリナが呟いた。
能力者たちは、この都市が元の明るさを取り戻す為に自分達が出来る事‥キメラを世の中から消し去る事に努めようと、思いを新たにし、町を後にした。