タイトル:血に濡れたカンバスマスター:青峰輝楽

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2008/04/16 01:20

●オープニング本文


 利香の足は、その場に縫いつけられたかのように、動かす事が出来なかった。
 恐怖によって、縫いつけられたかのように。
 目の前に横たわっているのは、死体。
 惨殺された、人間。
 知っている人間が、喉から大量の血を迸らせて死んでいるその光景を、利香の理性はなかなか現実として受け入れる事が出来なかった。

 死んでいるのは、部活の顧問の教師。
 ここは、高校の美術室だ。
 今日は休日だが、作品を出す予定の展覧会の期日が迫っているので、彼女は休日返上して描きあげようと、早朝から家を出てきたのだ。
 川沿いの道を、心地よい風に吹かれながら自転車を走らせた事約40分。
 誰とも出会わなかった事を、特に気にも止めなかったが、実はその間に、キメラ出現による緊急避難警告が出されていたのだ。
 小さく鼻歌を歌いながら部室の扉を開けた彼女の視界に飛び込んできたのは、これまでの平和な人生を打ち砕くような無惨な死体。
 郊外の山裾に位置する、幼稚園から大学までの一貫教育を謳う学園の広大な敷地。キメラは数人を殺し、いま、そのどこかに潜んでいる。

「おい、如月!」
 声をかけられるまで、人が近付く気配にまったく気付かなかった。それ程に、衝撃は強く、恐怖は深かったのだ。
「?! いやっ!!」
 反射的に悲鳴をあげた口を、入ってきた少年は慌てて塞いだ。
「バカ、静かにしろ!」
「ぶ、部長‥?」
 そこに立っていたのは、美術部長、西沢省吾。人の良さそうなその丸顔を目にして、ようやく利香のショック状態は解かれ、涙が溢れてきた。
「部長‥田中先生が‥」
「わかってる。キメラの仕業だ」
「きめ‥ら?」
 知っている単語なのに、その意味が利香の頭に浸透するまで、少し時間を要した。
「キメラって、人間を殺す化け物の? それが学校にいるんですか? なんで? うちの町は平和じゃないですか。戦争はうちの町には来てないでしょう?!」
「昨日までそうだったからって、今日もそうとは限らない」
 省吾は冷静に答えた。彼は、警報を知った上で、ここに来たのだ。部員が来る筈だから‥利香が来る筈だから‥その身を案じて。現在の利香は、何故彼がここにいるのかなんて、考える余裕はなかったけれど。
「そんな話は後だ。早く逃げよう。学校から半径1kmの地区は封鎖されてる。そこまで行けば、助かる」
 彼は利香の手を引こうとした。だが、その時‥。

 ガチャーーン!!

 遠くで、何かが割れる音がした。二人ははっと身体を固まらせた。
「なんの音‥‥?」
「畜生、きっとキメラだ。まだこの校舎の中にいるんだ」
「いやっ‥‥怖い!!」
「静かに!」
 省吾は、利香の両腕を掴んで揺さぶった。
「落ち着くんだ。お前はここに隠れてろ。キメラは一度ここに来てるんだから、もう人間はいないと思ってここには来ないだろう。その間に、俺が様子を探って、どの出口から出れば安全か、確かめてくる」
「でも、部長‥」
「すぐ戻ってくるから。鍵かけてろよ」
 省吾は利香を残し、外から扉を閉めた。

 言われた通りに鍵をかけ、教師の死体を視界に入れないようにしながら、利香は窓際に移動し、壁に背中をつけて座り込んだ。
 恐怖で吐きそうだった。
 
 省吾が出て行った時間を確認しておけばよかったのに、そんな事を思いつくゆとりがなかった。
 あれから何分経ったのか、それとも何時間も経ったのか、利香にはまったく分からない。
 省吾はどこにいるのだろう。どうして怖くないんだろう。
 好きな女の子の前で、精一杯の虚勢を張っているだけで、本当は彼も怖いのだ、などという事は、全く思い浮かばなかった。

 ‥‥もしかしたら、彼は一人で逃げたのかも知れない。
 不意に利香は、その可能性に思い当たった。
 自分をここに残して、囮にして。
 キメラは、先生を食べる為に戻ってくるかも知れない。
 こんな所にはいられない!

 パニックに陥った利香は、美術室から駈け出した。階段を転がるように下り、廊下を走って校庭に出た。
 外は明るかった。何もかもが、ただの悪夢だった、そう思えるくらいに静かだった。
 少しほっとしながら、利香は外の空気を吸った。
 その時、何かを感じて振り向いた利香の目の前に、それはいた。
 肉食獣。艶やかな毛皮と鋭い牙を持ったモノ。ここに居る筈のないモノ。
 利香は、座り込んでしまった。

「如月!」
 どこかで声がした。何かが落ちてきた。
 見上げると、省吾がキメラに向かって、美術室の窓から、手当たり次第に色んな物を投げていた。
 絵の具箱、イーゼル、石膏の像‥。
 大きなカンバスが、キメラの頭に当たった。キメラは怒りの咆吼をあげた。
 利香の事は忘れ、身を翻し、校舎内へ駆け戻っていった。省吾を、引き裂く為に。
 利香は、震えながら近くのプレハブの用務員室へ入り、鍵をかけた。そこにも人が死んでいたが、気にする余裕はなかった。
(「‥部長が死んじゃう。あたしが、あたしが信じなかったから‥」)
 恐怖と罪におののきながら、ただそこに座っているしかなかった。

●参加者一覧

西島 百白(ga2123
18歳・♂・PN
伊河 凛(ga3175
24歳・♂・FT
不破 梓(ga3236
28歳・♀・PN
アルガノ・シェラード(ga3805
20歳・♂・ST
大川 楓(ga4011
22歳・♀・GP
オットー・メララ(ga7255
25歳・♂・FT
ブレイズ・S・イーグル(ga7498
27歳・♂・AA
榊原 紫峰(ga7665
27歳・♂・EL

●リプレイ本文

●突入前
「迅速に動かねば、助けられるものも助けられなくなる‥。時間との勝負だ」
「‥一刻の猶予も許されない感じね。急ぎましょう」
 不破 梓(ga3236)、大川 楓(ga4011)の台詞が、状況を的確に表していた。

 広い構内で、とにかく生存者を少しでも早く発見・救助する為、能力者達は、二人一組の四班に分かれる事にした。

 西島 百白(ga2123)、オットー・メララ(ga7255)。
 伊河 凛(ga3175)、榊原 紫峰(ga7665)。
 不破 梓、アルガノ・シェラード(ga3805)。
 大川 楓、ブレイズ・S・イーグル(ga7498)。

 この組み合わせで、依頼に臨む。

「生存者と敵の数は不明か‥厳しい探索になりそうで御座るな。しかし、未来ある若者やその恩師達を‥必ず助け出す!」
 オットーの言葉に、皆は深く頷いた。

●百白とオットー
「‥学園‥か‥」
 百白は呟いた。オットーは振り向いたが、その表情からは、学園に対しどんな思いがあるのか、読む事は出来なかった。
 何か思い出があるのかと聞こうとし、余計な話をしている時ではない、とすぐに思い直す。
「拙者らは、校舎外から探索する予定で御座るな。キメラを発見したら、どういう戦術を使うで御座るか?」
「生存者の‥安全第一だ‥」
「確かに、戦闘は極力避けたいで御座るな」
 オットーは頷いた。
「‥始めるか」

「‥広い‥な」
 敷地の外郭を回りながら、百白は呟いた。
 だがすぐに、敷地の外れにそびえ立つ、一本の巨木が目に入った。
 オットーが身軽によじ登る。木の上からは、勿論死角はあるものの、敷地内全体が展望できる。
「む?」
 遠くの建物の間に、一瞬、動くものが見えた。人間のものではない、影。
「キメラで御座る! 生存者もその辺にいるかも知れないで御座る!」
 オットーはするすると木から下り、百白に向かって叫んだ。
 すぐに身を翻し、百白はオットーの指し示した方へ走り出した。

●凛と紫峰
「学び舎を狙うキメラか‥出来ればとことん教育してやりたいが、先ずは取り残された奴等の救出だな、急いだほうがよさそうだ」
 凛の言葉に、紫峰は軽く頷く。
 二人は、校内を一階の端から隈なくみて回った。
「誰かいるか? いるなら返事はせずに出て来い」
 教室に入る度、凛はそう声をかけたが、応じる者はない。
「救出に来ました。ご安心ください」
 ロッカーの中、トイレの中‥扉を開ける毎に、怯えているであろう生存者を怖がらせないよう、紫峰も声かけを怠らなかったが、やはり成果はなかった。
 廊下の中ほどの教室で、一人の少年が倒れていた。
 駆け寄ったが、鉤爪で胸を抉られ、既に息はない。
「間に合わなかったか‥すまん」
 凛は搾り出すような声で死者に謝罪した。紫峰は無言で、恐怖に見開かれ、硬直したままの瞳を閉じさせた。
 その時、遠くの方で、何かが壊れるような音がした。上階からだ。
 二人は顔を見合わせ、すぐに階段に向かって駆け出した。

●梓とアルガノ
(「‥平和な町にもキメラの手が迫っているのですね。閉鎖された町の静けさが、この時代の恐怖を物語っているみたいです」)
 梓と、体育用具室や部室などの校舎外の屋外施設を探索しながら、アルガノは思っていた。
 プール裏の木の下に、中年の男性が血を流して倒れていた。服装から、用務員と思われた。既にこと切れている。
「‥救助に遅れて済みません。でも今は生きている人の救出を優先させて貰います。後で必ず御祈りを捧げさせて頂きます」
 アルガノは死者に詫び、梓は、
「これ以上の犠牲者を出さずに完遂する‥」
 唇を噛み、呟いた。

「救出に来ました。どなたか居ませんか?」
 新たな扉を開く度のアルガノの呼びかけにも、応答は得られない。もしかして、生存者はもういないのだろうか?
 プレハブの用務員室の戸を開けながら、梓はゆっくりと、
「‥誰かいるか? UPCから依頼を受けて来た者だ‥」
 と、声をかけた。
 何かの、気配がした。

●利香
 がちゃりと音を立てて、用務員室の扉が開いた。
 獣のキメラなら、ドアノブを回して入ってきたりはしない筈だが、利香の理性は、そんな判断をする力も失っていた。
(「化け物が来た‥殺される!」)
 その恐怖心が、彼女のすべてを占めた。
 物陰から窺うと、長身の女性が二人立っていた。優しい表情を浮かべているが、見せかけに決まっている。
 銀髪の女性がこちらを向き、喜びの表情を浮かべた。
「連絡を受けて救助に来ました。さぁ、逃げましょう」
 見つかった‥利香はパニックに陥った。
「いや‥来ないで、来ないで!」
 何をすべきか判断する力もなく、彼女は手近にあったものを、近づく女性に投げつけた。机の上の電話の子機が女性の額に当たった。だが、女性はひるまなかった。もう駄目だ‥。

 アルガノは、恐慌状態の利香を、ぎゅっと抱きしめた。
「もう大丈夫です。落ち着いて下さい」
 温かい体温と気持ちが、利香に伝わる。それから、額から流れる血も。
「あたしを、殺さない‥?」
 利香は尋ね、アルガノは頷いた。
 ようやく、目の前の人物達が、救出に来た者であると悟り、利香は泣いた。

「他に誰か隠れている場所を知らないか‥?」
 梓の問いに、安心しかけていた利香の顔が強張った。
「ぶちょう‥部長が、校舎に‥」
「部長?」
「美術部の部長です‥でも‥ああ、だめ‥キメラに食べられちゃったに決まってる! キメラが狙って行ったもの!」
「狙って?」
 利香は先程起こった事を二人に説明した。
「あたしのせいなの! あたしが部長を殺したんだ!」
「まだ彼が死んだと決まった訳じゃない。落ち着け!」
 梓は言い、すぐに携帯で校舎内を探索しているチームに連絡をいれる。
「大丈夫です。私の仲間達が必ず彼を救出してくれます。だから安心して下さい」
 アルガノの優しい笑顔に、利香はただ泣きじゃくるのみだった。

●楓とブレイズ
「一応確認。必要以上に怖がらせないためにも人間が来たということを伝えるために声を掛けながら探すこと。キメラに出会ったら状況次第で自己判断‥ね」
 楓の確認に、ブレイズは頷いた。
「ああ。よろしく頼むぜ」
 二人は、探索を開始する最上階まで一気に駆け上がった。

 剣を肩に担ぎ、辺りを見渡しながら廊下を歩いていくブレイズ。
 教室に着いたらノックをし、声をかける。
 楓は一部屋一部屋、それもロッカーの中から教卓、机の下まで隠れられそうなスペース全てを丹念に迅速に調べてまわる。
 
 携帯が鳴った。梓からだ。
「二階で生存者がキメラに襲われているかも? わかったわ」
 同時に、遠くで、何かが壊れるような音がした。
「下よ、ブレイズ!」
 二人は走り出す。

●凛、紫峰、楓、ブレイズ
 駆け上がってきた凛と紫峰、駆け下りてきた楓とアルガノは、廊下の端と端で、互いを視認した。
 そして、その丁度中間点あたりで暴れているのは‥熊のような姿のキメラ。
「こいつか‥」
 キメラは、教室の扉を叩き壊したところだった。粉砕された戸の向こう側から、戸の内側に積まれていた机が、音を立てて崩れる音がした。
「グワオオオ!!」
 能力者たちに気づき、怒りの咆哮をあげるキメラ。
「何かを学ぶって面じゃあないな。場違いだという事を教育してやる」
 凛が、挑発するように言った。キメラの注意を、教室の中の生存者からそらす為だ。
 その言葉に反応したかのように、キメラは凛と紫峰に向かっていった。
 
 その隙に、楓とブレイズは、キメラが襲っていた教室へ入る。
 まず目に入ったのは、教師の遺体。
「ひでぇ有様だぜ、10代のガキにゃチトきついだろうな‥」
 ブレイズが呟く。
「だ‥誰だっ?!」
 怯えた少年の声がした。
「間に合った‥かしら? 大丈夫? 私たちがきたからにはもう、大丈夫。安心して」
 楓の言葉に、武器代わりのイーゼルを構えた少年は、ほっと安堵の吐息を漏らした。
「助けに来てくれたんですか? よ、よかった‥」
 聡明な少年は、二人が派遣された能力者である事をすぐに悟ったらしい。
「あ! 外にもう一人いるんです!」
「あなたは西沢省吾くんよね? 大丈夫、如月利香さんは仲間が既に保護しているわ。彼女が、あなたがここに取り残されている事を教えてくれたのよ」
「そうですか‥よかった‥」
 省吾は、胸を撫で下ろした。

 紫峰は向かってくるキメラに、弾丸を放った。やや焦りがあったのか、この弾は、キメラに素早く避けられてしまう。彼はすぐに、銃を剣に持ち替えた。
 凛は意識的にキメラの四肢を狙う。機動力、攻撃力を削げば、こちらのペースになる。
 得物を持ち替えた紫峰から離れ、キメラを挟み撃ちする体勢に持ち込む。
 その間に、キメラは紫峰に襲いかかった。
「っ‥‥!」
 ギリギリでかわそうとするも、爪が紫峰の腕の薄皮を裂いた。
 更に紫峰に第二撃を加えようとしたキメラの側面から、凛が流し斬りを叩き込む。
 キメラは苦痛の咆吼をあげた。右の前脚が付け根から切断されたのだ。
「大丈夫か、このままカタをつけるぞ!」
「問題ないよ‥」
 生存者は、楓とブレイズが保護した筈だ。二人は目の前のキメラを倒す事に集中した。
 吠え狂いながらも、攻撃をしかけようとしたキメラだが、前脚を失ったその攻撃を、凛は難なく避けた。そのまま、急所突きを使う。
 そして紫峰は、レイ・バックルを発動させ、渾身の一撃を放つ。
 二方向からの攻撃に、キメラは鮮血を撒き散らせながら絶命した。
「お前に未来は無い。生まれ変わって出直してくるんだな」
 冷ややかに、凛は言い捨てた。
「よし、集合場所へ急ごう」

 楓とブレイズが、省吾を連れて出てくる。
 凄惨なキメラの屍に、省吾が青ざめて目を背けた。
「悪いな、見苦しいモンを見せちまった」
 ブレイズが気遣った。

●百白、オットー、梓、アルガノ
 キメラの気配を探りながら、利香を連れ、外へ出た梓とアルガノだったが、数十メートルも行かないうちに、近づくキメラを察知した。校舎の陰から、飛び出してくる‥!!
「行け‥お前たちの安全は私が請け負う。‥まぁ、倒してしまうのが手っ取り早いがな‥」
 梓の言葉に、アルガノは頷いた。
「行きましょう、利香さん」
「どうしたの?」
 状況が掴めない利香の手を引っ張り、アルガノはその場から離脱した。
 一刻も早く、集合場所の正門前まで、無事に彼女を連れて行き、他の者と合流しなければならない。

「‥ここから先へは通さん‥お前の行き先は‥‥地獄だ」
 梓は、向かってくるキメラに対峙した。キメラの第一撃を受け流しつつ、防御の姿勢を崩さずに、やや後退する。
 利香達を正門方向へ逃がす為に、積極的に撃っては出ず、取り敢えず足止めをしなければならない。

 だが、その時‥。
「不破殿!」
 駆けつけたのは、オットーと百白。
 オットーは、二刀流の構えで梓の隣に並び立つ。
「西島殿は、シェラード殿と共に生存者を頼むで御座る」
「‥了解‥した‥」
 アルガノへ駆け寄る百白の後ろ姿に、梓はほっとした。これで、仮にもう一体キメラが襲いかかってきたとしても、最悪の事態は避けられる。

「我が蛍火の錆と成り果てろ!」
 オットーは、二刀流の構えのまま、キメラに斬りかかった。咆吼をあげ、キメラは跳びすさるが、その毛皮から血飛沫が舞った。
 オットーを警戒したキメラは、梓に襲いかかる。その瞬間、梓の脳裏には、殺された用務員の倒れた姿が甦った。
「うああああ!!」
 半狂乱になった梓は、キメラに流し斬りを叩き込む。見事に決まり、キメラは悲鳴をあげて地に転がり回った。
「我等の未来に、指一本触れさせぬ!」
 オットーの止めの一撃に、キメラは動かなくなった。

●正門前
 能力者達は、無事に、利香と省吾を救い出した。
「これで‥全員‥か‥?」
 百白の問いに、他の者達は、恐らく間違いない、と頷く。
 死者の弔いは、生存者の二人を無事に送り返してからになるだろう。

「部長‥あたし‥ごめんなさい‥」
 利香は省吾の姿を見て泣き崩れ、省吾は優しく彼女を慰めた。
「如月は悪くないよ。無事で本当によかった」
 微笑ましい二人の様子に、仕事を終えた能力者達も笑みを洩らす。
「戻ったら紅茶でもご馳走するで御座る。拙者が淹れるので味は保障しかねるが」
 優しい微笑みを浮かべ、オットーが二人を和ませた。

「ごめんなさいね‥怖い思いをさせて。でも、生きていてくれてよかったわ‥頑張ったわね」
 楓は、二人を安心させるよう、声をかけると、校舎に向かって目を瞑り頭を垂れた。
 依頼を受けた時点で、既に犠牲者は助けられない状態だったのかも知れない。
 それでも‥何の罪もなく惨殺された職員や生徒の事を思うと、辛く苦しい。
「‥‥キメラは倒した‥生存者も無事救出できた‥。‥それなのに‥‥この無力感は‥なんなんだ‥っ!」
 梓は慟哭した。

 梓の言葉に、省吾の顔が曇る。
「先生や‥他に何人殺されたんだ‥? 俺たちは、逃げるのが精一杯で‥でも、もしかしたら、もっと何か出来たんじゃないだろうか?」
 ブレイズは、首を振った。
「お前らは生き残れたんだ、それだけでも運が良かったと思いな。死んだ奴の分まで生き抜く、それがお前らがしてやれる事じゃねぇのか?」
「‥そう‥でしょうか‥」
「『逃げる』事が‥罪ならば‥俺たちは‥『罪の塊』‥だな‥。俺たち『人類』は‥『戦う』事で‥バグアという‥『恐怖』から‥『逃げて』いる‥のかも‥な」
 百白の言葉は、まだ彼ほどに重い過去を背負っていない省吾と利香に、どれだけ伝わったかは解らない。
「この戦い‥何時まで続くので御座ろうか‥」
 オットーの呟きが、皆の胸の内を表していた。
 
 省吾は頭を垂れ、利香と共に、改めて皆に礼を言った。
「皆さんのおかげで、俺たちは命を救われました。このご恩は一生忘れません」
 その言葉と、二人の無事な姿に、光明を感じた能力者達であった。