タイトル:クッキーは誰がためにマスター:蒼月 雄

シナリオ形態: ショート
難易度: 易しい
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2008/02/06 13:22

●オープニング本文


 黛サキは困惑していた。
 こんな気持ちになったのは初めてなのである。胸の奥に芽生えた、むず痒いような燃えるような想い。それは肺を押さえつけ、呼吸を困難にさせる。
 この想いに名前をつけるのなら、そう――「恋」だ。

「あの人にこの想いを伝えたい。でも、初対面なのにいきなり告白なんてしたら‥‥」
 黛サキは地味を体現したような少女である。そして、内気であると同時に慎重であった。彼女が思いを寄せる相手に対して、少しずつアプローチをしていく事によって、親睦を深めようと決意したのである。

 そこで考えたのが、「お菓子をプレゼントする」事だ。
 思いを寄せる相手が無類のお菓子好きだと言うのは、既に調査済み。どんな方法で調査をしたかは‥‥乙女の秘密という事で伏せておこう。
あとは、彼にお菓子を作って、さり気無く渡すだけである。

 しかし、そこまで考えて彼女の思考は停止した。
 彼女は、料理が全く出来ないのである。
「どうしよう‥‥。でも、手作りのお菓子を作って、家庭的な所をアピールしたいし」
 思いを寄せる相手の好みは、「家庭的な女性」なのである。最早、料理が出来ないなどとは言っていられない。とは言え、一人で料理本を片手に調理するのは気がひけた。意図せずに炭を作る事が確実だからだ。
「誰か一緒に作ってくれないかしら‥‥。でも、友達を誘ったら絶対にからかわれるに決まってるわ‥‥!」
 相手が誰だかを打ち明けるのすら、恥ずかしくてたまらないのだ。しかし、彼女の友人はそんな事もお構い無しに質問攻めにしてくる事だろう。
そのような事態は絶対に避けたい。黛サキは顔を真っ赤にしながら公衆電話へ向う。

こんな事を頼めるのは、第三者にだけ。
どうか、料理下手な自分に、相手にプレゼントできるだけのお菓子が作れるよう、手伝って欲しい。
彼女の切実な想いは、果たして届くのだろうか。

●参加者一覧

水上・未早(ga0049
20歳・♀・JG
チャペル・ローズマリィ(ga0050
16歳・♀・SN
アルフレッド・ランド(ga0082
20歳・♂・FT
国谷 真彼(ga2331
34歳・♂・ST
アッシュ・リーゲン(ga3804
28歳・♂・JG
大島 菱義(ga4322
25歳・♂・SN
風(ga4739
23歳・♀・BM
中松百合子(ga4861
33歳・♀・BM

●リプレイ本文

●集結した戦士達
 黛サキの切実な訴えに応えたのは、八人の能力者であった。
「えと‥‥、今日はお集まり頂き、あ、有り難う御座いまひゅ」
 頭を下げる前に、思わず噛んでしまうサキ。だが、そんな彼女の肩を優しく叩いたのは国谷 真彼(ga2331)であった。人の警戒心を解くような笑みが、サキの緊張を解す。
「季節も季節ですし。何のためかは何となくわかります」
 視線の先には風(ga4739)がいた。視線を受けた風は「うんうん」と何度も頷いて、
「あたしもお料理苦手でさ‥‥もう直ぐあの日じゃない? だから、彼にちゃんとしたの、作れる様になりたいんだよ」
「え‥‥、風さんも‥‥ですか?」
 きょとんとして見つめるサキに、風は苦笑を一つ。
「だから、一緒にがんばろっ!」
「はい!」
 それを微笑ましそうに見守っていたのは水上・未早(ga0049)であった。この時期にお菓子作りと言えば、大体は察しがつく。ならば是非とも応援したいと思っていた。
 意気投合する風とサキに乗るかのように、チャペル・ローズマリィ(ga0050)がビシッと親指を立てて宣言する。
「お菓子‥‥それは人類に残された希望! 小さな子から大人までを虜にする魅惑の存在! それにヲトメの夢のためなら、ボクは喜んで力を貸してあげる♪」
「好きな人に振り向いて貰う為に何かを学ぼうというのは素敵な事だわ。恋する女の子っていいわねぇ。微力ながら手伝うわ」
 魅惑の微笑みを浮かべた中松百合子(ga4861)は、同意を求めるようにアッシュ・リーゲン(ga3804)へ視線を向ける。彼は「当然」とばかりに気さくな笑みを浮かべると、
「菓子作りの指導か、ナイスタイミングだな」
丁度バレンタインの講師を頼まれているし。とひらりと右手を上げて返した。
 能力者達の頼もしい言葉に、俄然やる気を出すサキ。そんな彼女に、アルフレッド・ランド(ga0082)は「そうそう」と掌を叩くと、
「プレゼントを相手の嗜好を確認したいのですが、良いですか? 苦手な食材は避けたいので」
 馴れ初めなどについても興味があったが――それは兎も角、事前のチェックは欠かせない。
「それについては完璧です! お菓子だったら何でも好きみたいですし!」
 サキは使い込んだメモ帳をアルフレッドに広げて見せる。そこには、細かい字でびっしりとお菓子の名前が書かれてあった。日付や店の名前が書いてある所から、サキは相手の行動を全てチェックしていたのだろうか。わざわざ能力者を雇って「料理を覚えたい」というサキの剛毅さに感銘を受けて依頼に乗った彼であったが、これには剛毅以上のものを感じる。
「それでは、早速始めましょう。厨房に案内してくれませんか?」
 大島 菱義(ga4322)の丁寧な促しに、サキは大きく頷く。
「勿論です! ちょっと狭いかもしれませんが、直ぐに案内しますね」
 意気揚々と厨房に向うサキに、未早は静かに微笑んだ。
「気持ち、伝わると良いですね」
「あ、有り難う御座います! 頑張ります!」
 真彼もまた、サキと共に厨房に向う風を見てにっこりと微笑む。そう、彼女も恋をしている筈だ、と。
 嘗てケーキ屋を夢見て、今尚お菓子作りに励むチャペル、料理が趣味でクッキング傭兵とまで言われたアルフレッド、一人身で自炊歴が長い真彼、料理の中でもお菓子作りにはなかなかの腕を持つというアッシュ、某ホテルの従業員時代に家事経験を磨いた菱義、家事万能の百合子。このエキスパート集団を前に、誰もが順調に行くと思った。そう、この時は。
 
 黛邸の厨房は九人が収まるには多少狭いものの、一般の家庭の厨房よりは断然広くて使い易そうだ。
 先ずは講師役と生徒役――そして、味見役に分れ、講師役がそれぞれのレシピを披露し、サキにレシピを決めて貰うという流れとなった。
 サキと風、そして、未早が生徒役となる。未早は生徒側から二人のフォローをしてくれるというのだ。真彼と菱義は味見をして指導を、チャペル、アルフレッド、アッシュ、百合子が講師役を務めることとなった。
 そんな中、真彼は、料理風景の録画を提案する。
「僕も調理番組を録画して、繰り返して見たものです」
 用意したワイヤレスのカメラなどを手際よく設置した。録画したものは自分で編集や文字入れを行い、参加者に配布するつもりだ。
 準備が整ったところで、先ずは講師役の腕の見せ所である。サキと風が期待の眼差しを送る中、それは始まった。
 一番手はチャペル。用意したレシピは卵白と砂糖で作るメレンゲクッキーであった。
「他のお菓子作りで余った卵白やメレンゲで手軽に作れちゃうのが良い所なの。メレンゲは色々なお菓子に使うから、覚えておいた方が絶対お得!」
 メレンゲさえ出来れば、後は失敗する可能性は少ない。最初は分離して上手く出来ないかもしれないが、根気よくみっちりと修行をしよう。そんなアドバイスを聞きながら、サキは尊敬の眼差しで見つめていた。
「こ、これが、人類に残された希望なのですね‥‥!」
「そうそう。あと、失敗したメレンゲはミルクセーキやマドレーヌ、ホットケーキに使えるからね。後でちゃんと教えてあげる」
 二番手は百合子。用意したレシピはシンプルなプレーンクッキーだ。
「基本的なお菓子作りに必要なのはきちんと分量を量る事。器に入れて量る時は、器の重さを引いて量るの」
 粉の篩い方に、練ったバターの頃合や砂糖を入れる回数やタイミング。そして、卵とバターが分離しないように気をつける事、粉の練り方等を丁寧に教えてくれた。混ぜ合わされたチョコチップが甘い香りを醸し出す。
 さて、次はアルフレッドの出番だ。
「メンバーがオーブンを使用するので、俺はオーブンを使わない苺のババロアを教えます」
 慣れた手つきで生クリームを泡立てる姿は、流石はクッキング傭兵と言ったところか。彼が予め用意していたプリンやゼリーの型に流し込まれたババロアを見、サキは思わず唾を飲む。苺の香りが鼻腔を擽った。
 講師役最後はアッシュ。彼が用意したレシピはパウンド・ケーキ。
「先ずは下準備だな」
 冷蔵庫にあったバターと卵を室温に戻したり、薄力粉とベーキングパウダーを混ぜて振るいにかけたりと、準備をテキパキとこなすアッシュにサキは思わず感嘆を漏らす。下準備の段階で器具を引っくり返しているのでは駄目なのだと自分に言い聞かせた。
 講師役の丁寧なレシピ披露が終了すれば、サキのレシピ選択タイムが始まる。サキは、完成した御菓子を摘みながら悩んでいた。どれも作ってみたいのだが、全てをマスターするには時間が掛かってしまう。
 一方で、誰もいなくなった厨房では、使命感に燃える菱義がいた。
「今日、私は洗い場の鬼と化す‥‥!」
 腕まくりをしてテキパキと調理器具を片付けるその姿には、なんとも鬼気迫るものがある。見る見るうちに綺麗になっていく厨房を背に、サキは心を決めた。
「私‥‥決めました! プレーンクッキーを作ります!」
 背景に荒波でも背負いそうな勢いで拳を掲げたサキの目には、激しい炎が宿っていた。その心意気に思わず拍手をする能力者達であったが、サキは直ぐに拳を降ろすと、徐に真彼に頭を下げる。
「でも、他の皆さんのレシピも後で練習してみたいんで‥‥録画したのを下さいねっ」
「勿論です。それでは、レシピも決まった事ですし、僕は編集作業をして来ますね」
 真彼は編集作業をすべく、隣の部屋へと向う。
「さて、早速で悪いが腕前の程、拝見させて貰えるか? 笑ったりしないから。なぁ?」
 アッシュが講師役に問い掛ければ、勿論。と言わんばかりの頷きが返される。生徒役のサキと未早、風は顔を見合わせると、ニッコリと微笑んだ。
「じゃあ、頑張ろうね。サキちゃん!」
「焦らずにじっくりとやりましょうね」
「勿論です。風さん! 未早さん!」
 こうして、戦いの火蓋は切って落とされたのであった。

●彼らは天国の門を見た
 ここはシンプルなプレーンクッキーに挑戦しようと思ったサキ。渡されたレシピを持つ手が緊張で震える。サキと風はプレーンクッキーを、未早は自らのレシピを元にブラウニーの準備を始める。
「み、皆さんが見てる‥‥。緊張で倒れそうです!」
「リラックス、リラックス。あ、サキちゃん、砂糖は?」
「あ、これです!」
 風はサキから白い粉状の何かが入った瓶を受け取った。二人とも、それが塩だとも知らずに。百合子のレシピと披露時のアドバイスを思い出しながら料理を進める二人であったが、明らかに何かが間違っている。加減が分らず、次々と投入される卵。混ぜた筈なのに混ざっていない素材‥‥。
 やがて、二人のプレーンクッキー――かどうかは分らない謎の物体が完成する。味見役の真彼と菱義は、自らの役名を毒見役と変更した。
「消し炭ね‥‥マユズミだけに」
 黒い物体を見て、真彼はそう零した。
「がぁぁぁん!」
 ガックリと項垂れるサキの傍らでは、風もまたクッキーではない何かを持っていた。菱義は思わず微笑を歪める。
「こ、これは‥‥?」
「‥‥ど、どうぞ‥‥。コレの名前‥‥? ‥‥ヘルダイバー?」
 異臭が鼻をつく。真彼と菱義は覚悟を決めた。神に祈りながら謎の物体を頬張ったその瞬間、二人の顔はサッと青ざめる。
「な、何入れましたかこれ‥‥?」
 真彼は遠くなる意識を何とか保ちながら二人に尋ねた。きょとんとするサキと風に、ブラウニーの生地をオーブンに入れた未早が困ったような表情を浮かべて瓶を持ってくる。
「味を見てみたのですが、これは塩だと思います。‥‥道具、材料は最初に用意して置いた方が良いですよ。材料の計量まで済ませて並べて置けば、焦ってパニックになることもないと思います」
 計量した砂糖には、ちゃんと『砂糖八十グラム』と書くとか、そうフォローする未早に、風とサキは「なるほど!」と目から鱗を落としていた。そのやり取りを聞いていた菱義は、肩をぷるぷると震わせると、
「お菓子の筈なのに塩辛い! ご飯のお供に最高の一品ですね‥‥ってどうすれば塩と砂糖を間違えるんですか、あなた達は!」
「ご‥‥ごめんなさぁい!」
「こ、今度は気をつけます!」
「そうだ! サキちゃん、砂糖沢山入れたら甘くなるよね」
「あ、そうですよね! もっと砂糖を入れれば、ちゃんとしたクッキーになったかも」
「待って!甘さと辛さは違うから!それ中和しないから!」
 真彼の冴えたツッコミが二人の間に割って入る。一先ず、問題のサキと風の腕前を見たアルフレッドは、溜め息混じりに眉尻を下げた。
「これは指導の遣り甲斐がありそうですね」
「そうだな。取り敢えず、作業中の注意点を先に指摘しておくか」
 アッシュは二人の作業をメモした紙を見ながら、注意点を的確に抑えていく。焼き上がった未早のブラウニーの香りが厨房を漂う中、アドバイスを貰ったサキと風はクッキーに対する闘志を燃やしていた。
 
 こうして、講師役の熱心な指導が始まる。
「それじゃあ、私と一緒にそれぞれで作ってみましょ」
 百合子を中心に全員が一丸になり、時にフォローを、時に厳しく、そして的確にサキにアドバイスを与える。
「落ち着いてやればいい、力じゃなくて想いを込めるんだ」
「はい、コーチ!」
 アッシュの声にサキと風が応える。卵を危なっかしく混ぜる二人を見守りながら、チャペルは初めて料理をした時の事を思い出す。
「ボクも、最初は間違えた分量を正しい比率にする為に、倍の材料を使ったりもしたんだよね。誰でも最初はそんな感じだから、根気強く頑張ろうね」
「え、本当ですか?」
 驚愕するサキに、チャペルは頷く。誰だって最初はそうだと知ったサキの肩からは、自然と力が抜けていた。自分は下手だから、人よりずっと努力しなくてはいけない。そう気負っていた彼女であったが、そうでない事を感じ取ったのである。
「よ、よし」
 落ち着きというものを得たサキは、風と共に一つ一つ確実にこなしていく。しかし、それでも直ぐに美味くなれる筈もなく、失敗作を出しては真彼と菱義を撃沈させていた。
「うちのマッド集団でも、ここまでの予測不可は作らない‥‥」
「‥‥くっ、こ、これは‥‥キメラを退治できるのではないでしょうか? ま、まずい! 誰か練成治療を!」
「ご、ごめんなさい、ごめんなさい!」
 平謝りをするサキと風。真彼が事態を予測して用意した水分と救急箱などが大いに役に立った。治療を受けながら、菱義は虚空を見つめてポツリと零す。
「み、見えます、あれこそ天国への階段‥‥光が‥‥」

●クッキーは想い人のために
「何事も回数を重ねて上手くなるものよ。失敗してもめげちゃ駄目」
 そんな百合子の言葉通り、何だかよく分らない間違った物体は、徐々にプレーンクッキーに近くなっていった。その頃には、毒見役も味見役と言えるようになる。ようやく本来の役目に戻ったのだ。
「ミスは少なくなってきたね。いい感じだよ」
 真彼の言葉に照れ笑いを浮かべるサキ。アルフレッドも危なげがなくなって来た彼女の手つきを見て、
「そうそう。やれば出来るじゃないですか」
と笑みを零す。
 何度オーブンを使ったか分らない。だが、未早にフォローを貰いながらオーブンの癖を理解したという頃、ようやくそれは完成した。
「できたぁ!」
「やったね、サキちゃん!」
 黛邸に歓喜の声が響く。サキによって掲げられたのは、見紛う事なきプレーンクッキーであった。サキと風は互いに抱き合って、クッキーの完成を喜び合う。
 依頼完了。いや、まだ仕事が残っていた。後片付けである。洗い場の鬼、菱義を中心に、戦場の後始末が始まった。
「ちり一つ残しませんよ。おや、ここにまだ埃がありますね。やり直しです」
「はーい‥‥」
 片づけまでがお菓子作りですと言わんばかりの菱義に、サキは眉尻を下げながら必死になって流し台を拭いた。
 
 使う前よりも綺麗な厨房を背に、サキは八人に深々と頭を下げる。
「今回は本当に有り難う御座いました。これからクッキーを渡しに行って来ます!」
 手にしたのは、百合子によって可愛らしくラッピングされた手作りのクッキーである。サキ自身も百合子にメイクを施され、地味な少女とはまるで別人のようだ。その瞳には、自分に対する自信と、目の前の八人に対する感謝が溢れている。
「頑張ったんだもん。サキちゃんの想い、伝わると良いねっ。あたしも頑張る!」
「ええ、風さんも頑張って下さい!」
 ぐっと拳を握る風に、サキもまた拳を握った。
「グッドラック、健闘を祈るぜ」
 ラフな敬礼をして立ち去るアッシュ。途中でトラブルはあれど、無事に依頼をこなした八人は晴れ晴れとした顔で黛邸を後にする。その八人の姿が見えなくなるまで、サキは謝恩に満ちた表情で八人の背中を見送っていた。