●リプレイ本文
●つかの間の、刻
一行は出発時に借りた合鍵で用務員通路から事務局に入る。
そこに設置されている大きな園内地図を確認し、案内パンフレットを必要数手に取る。
「ここはウェストパークってエリアみたいね」
百地・悠季(
ga8270)が壁にかかる大きな地図で確認を取る。展望塔を中心に、大きな道が園をぐるり囲んでいる。
「どこにいるかわからないからね、台風の目にいるうちに効率よく探そうよ」
窓から晴れ渡った青い空を目にして、和泉 沙羅(
gb8652)が提案する。
彼らがここに到着したとき、丁度台風の目に入ったところだった。去ったわけではない、再び暴風域に入る前に仕事をした方がよいだろうという意見は全員一致。
「と、なると二手に分かれるか。時計回りと、反時計回り‥‥どうだろう」
西から北を巡り東へ向かう1組と、西から南を巡り東へ向かう1組、アーヴァス・レイン(
gb6961)の提案を元に面子を割り振る。
「こんな時でもなかったら、依頼後ゆっくり遊びたいところですけど‥‥」
窓から園内の散らかりようを見て残念がるレア・デュラン(
ga6212)。しばし実家の手伝いで手を離れていた為、依頼を受けるのは久しぶりとのことだ。
「あー、だめだ。電気は通ってないっぽい、断線か?」
事務局の照明スイッチを何度か操作してみたが、聞こえるのはカチカチという音だけ。何の反応もなかった。灯りをと思った飲兵衛(
gb8895)だったが、現在の園内に電気は通っていないようだった。これでは監視カメラ、呼び出し放送等も使えないだろう。
「通電してないとなると、乗り物は動かないよね。連絡も無線機、かな?」
初依頼が遊園地とあって楽しみにしていた月明里 光輝(
gb8936)だったが、今は依頼中、出来ることをしなければならない、と頭を切り替える。
「猛獣、ってなんだろう? 虎かな? ライオンかな?」
ピンク色をした猫じゃらしの先を揺らしながら、マルセル・ライスター(
gb4909)は園内にいるといわれている猛獣に思いをはせた。
「な、何に使うの、その猫じゃらし‥‥」
細かいことは気にしないといえど、流石の北条・港(
gb3624)も目の端を揺れ動くピンクの物体に意識を奪われた。
それについての答えは――猫?
●退く嵐、寄る嵐
遊園地中央にそびえる望遠塔。そこから園内を見渡す影2つ。
「まったく、計算では台風なんて来るはずなかったのよ!」
背の高い女性がヒステリックに天気について論じている。
「やっぱり自然って何が起こるかわからないね‥‥っと、お客さんだ」
双眼鏡で園内の様子を見ていた少年のような青年が、園内への侵入者を確認した。
事務局から外にでると、頭上には雲ひとつない青空が広がっていた。ただ生温い大気が肌を不気味に湿らせる。木の葉や看板があちこちに散乱していた。
「じゃあ対象を見つけたら照明弾か無線で連絡を」
「了解、そっちも気をつけてね」
冷静に最終確認を行なうアーヴァスに、無線機を見せて応える百地。
そして二手に分かれる。
「うーん。人気の無い遊園地って、ちょっと不気味ですね」
北を巡る組に属するマルセルが周囲を気にする。無論「にんき」ではなく「ひとけ」。本来なら親子連れの会話が流れ聞こえてきたり、乗り物待ちの長い行列があったりするのだろう、それが一切無い。
「この辺には‥‥特に何もみえないね」
近くにあったレンガ塀にひょい、と軽々と上り、高い位置から双眼鏡を通して周囲の様子を窺う北条だったが、そのレンズに人影は写らなかった。ひらりと飛び降りる。
(「こんなところでかくれんぼしたら‥‥」)
レアは身を震わせた。人気の無いその場所が、過去に忘れ去られた自分の記憶を思い起こす。皆に離れずに付いて行こう、と心に留める。
「こっちにあるのは湖、か。流石に水辺に避難もないだろう、先へ進もう」
台風で増水し、若干足元を濡らす水を一瞥し、定期連絡を別班へ入れてからアーヴァスは足を進めた。
『――湖には流石に居ないようだ、北から東へ向かう』
『了解、こっちもまだ進展ないわ』
左回りに進む百地達も各所確認しながら進んでいた。
「ええーと、建物の鍵は閉まってる‥‥よな!?」
ガタガタとアトラクションセンターの扉を引きながら、飲兵衛は入れる建物が無いかと確認していった。嵐となれば屋内に避難している可能性がある、一つ一つ行なうのは面倒ではあるが、石橋を叩きながら割る根底の信念は揺るがない。
「う、うん、ちゃんと閉まってるよ」
月明里が同じように扉を引いて再確認した。自動ドアならば電気がなければ動かない、ガラスが割れている気配も無い。
「本当に救助依頼で、対象は『人』なのかな? ‥‥なんかおかしいよ」
それぞれ薄々と感じていたソレを和泉が口にする。人の知恵があれば、嵐の中を歩き回ることはまず無い、関係者なら尚のこと避難する場所くらい分かるだろう。依頼受信時の連絡が突然途絶えたということも気にかかる。
「そうね‥‥もしかして‥‥」
百地は額に手を当て、目を伏せた。ひんやりとした熱を感じる、頭痛はない。キューブワームの存在を疑ってのことだったがソレは居ないようだ。
「そういえば、前にもこの近くで時期狙いが悪い事件があったような‥‥」
ところは中央展望塔。
「くっ、連休という時期は悪くないはずよ! 悪かったのはそう‥‥進路変更した台風!」
まるで百地の呟きが聞こえたように、苦虫を噛み潰したような顔になる女性。
「あー、ピエロキメラ、このまま行くと遭遇しそうだね。勝てるかな〜?」
女性の独り言も気に解さず、青年は双方の動きを見守っていた。
イーストパークへ向かう緩やかなカーブの途中、双眼鏡に派手な衣装と白い顔が映った。ゆっくりとした足取り、まっすぐ中央の道を進んでいる。
「いた‥‥けどこっちには気づいてないみたいね」
全員、身を乱れた深緑の影に隠して様子を窺う。こちらに気づいた気配は無い。
「発見の連絡しておくよ、『あー、うん、聞こえる?』」
百地が双眼鏡に集中しているため、かわりに和泉が無線機を取る。
「隠密潜行で先の様子、みてくるか?」
「ちょっと戦うには足場が悪いかも、先の広場の方がいいんじゃないかな?」
声を潜めて相談する飲兵衛と月明里。
「うん、連絡ついたよ。作戦はこう――」
双班とも道化師を確認していた。そして向かう先が合流地点になりそうなため、そこで戦闘を行なうことにする。そこまで潜みながら進もう、と。
「――と、いうわけだ。遊園地にキメラとはな‥‥俺達も見つからぬよう気をつけながら進もう」
右回り班にアーヴァスが作戦を説明した。
「キ、キメラだったんですか!? で、でも台風のおかげで被害がなかったようなものですよねっ。しかも今は台風の目! とってもラッキーです♪」
これがジャパニーズ・カミカゼか――と、とある侵攻を妨げた暴風を思ったのだろうか、日本文化好きのマルセルは瞳を輝かせていた。今回の場合、暴風によって妨害されたのが、何であるかは判断しがたいが‥‥。
そのうち視認できる範囲に互いが近づいた。それは道化師が2人と巨体のライオン1匹。衣装も毛並みも乱れてはいるが足取りはしっかりとしていた。
「ぴ、ピエラット‥‥ですよね、ぶ、不気味ですっ!」
声を殺してレアが戦慄く。実際相手の風貌は極めて不気味そのものだった。
気づかれぬよう通信を控えているのだろうが、左回りの班も近くに来ているだろう。
「ええっと、ここは‥‥ちゃ、着装!!」
AU−KV装着と覚醒を行なうマルセル。ピエロは怖くない、怖いのはホラーハウス、と目の端に移ったお化け屋敷の建物を見なかったことにし飛び出す。その存在にキメラも気づく。
「じゃ、ちゃちゃっと退治してしまおう!」
北条もすっくと立ち上がった。
棍棒を手に、ブーツの爪を慣らしながら一体のピエロに飛び掛っていった。
「狙い撃つぜ‥‥なーんてな‥‥」
飲兵衛は木陰に隠れたまま、両手に構えたライフルの照準を後方のライオンに合わせた。正面に気を取られている間に背後から鋭覚狙撃を試みる。
いつかピカイチになりたい狙撃の腕、そのためにもきっちり仕事をして経験をもうと意気を込めた発射。一発、尾を捉える。二発、振り返る身に回避される――。
「ちっ、気づかれたか」
ライオンがほぼ正面に自分を見据えていることに気づきその場を離れた。
「余所見はいけないよっ!」
銃弾に気を向けた瞬間を狙い、月明里がコメットナックルで側面から殴りにかかった。連携を意識してタイミングを見計らっていたのだ。これで飲兵衛が再び距離をとる時間が稼げる。
「あ‥‥風。吹き返しがはじまったのかも、急がないと」
緊張する頬に僅かな風を感じた。狙撃手にとって風は弾道を歪める大敵となる、レアはそれを念頭に置き早期決戦を、と眼前射程内のナイフをジャグリングしていたクラウンへ、アサルトライフルを向け、フルオート全20弾を連射。
幸いナイフ投げを警戒して周囲に味方はおらず、弾を気兼ねなく飛ばすことができた。弾は貫通せず体内に留まっているようだった。幾つもの弾痕を開けたクラウンがゆっくりと振り返り、一本のナイフを投げてきた。
(「う‥‥夢にでそうかも」)
そんなことを思いながらナイフをなんとか回避。
「ほら、こっちだ‥‥来いよ」
レアを追撃しようとしたジャグリングクラウンの意識を阻害したのはアーヴァスだった。小銃「S−01」から放った一発が、手のナイフを弾いた。
牽制用の銃を仕舞うと、天剣「ウラノス」を両手に構え疾風を発動。脚力が一気に上昇し距離が詰める。
「‥‥もらった」
静かに真紅に瞳を光らせ、アーヴァスはジャグリングクラウンを袈裟懸けに切り捨てた。
手にしていたナイフが繋がる道を失い地に落ち、その後を追いクラウンも倒れる。――まず一体。
「近づけない〜」
マルセルはヴィーナスの盾で、鞭使いクラウンの攻撃に耐えていた。射程を詰め榠櫨で切り付けたいところだがなかなか隙が出来ない。鞭は両手に構えられ、双方が隙無く動いていた。
「本当、まるで踊りだね」
北条は、適度に疾風脚で補助しながら鞭を避けるようサイドステップを踏む。そのリズムがまるで踊っているように思えた。どうにか棍棒を伸ばし一本の鞭を弾くが、もう一本がまだある。
「前に集中すると後ろががら空き、ってね」
その膠着状態を打ち破ったのは百地だった。台座の上にのぼり、正面で攻撃を防ぐ2人に被害がないよう注意。斜め上から地面へ向けるようにガトリングシールドの砲口から弾丸を放った。
多少風も強まり、道を弾かれた弾もいくつかあったが大体が命中。クラウンは鞭を打つ腕を止め地にひざをついた。それでもまだ立ち上がろうと脚に力を込めている最中だった。
「悠季ー! ありがとっ」
マルセル、北条は百地の援護射撃に感謝。生まれた隙を見逃さず北条は一気に踏み込み、脚を振り上げキャンディーブーツから連鎖的な蹴りを放つ。片足で起用にバランスを取しっかりと打ち込む。反応は硬いが確実にダメージは蓄積しているだろう、次第に動きが鈍ってきていた。
「俺だって‥‥!」
背を反らしたところにマルセルの渾身の一刀が輝き、クラウンに重い一撃。ぐしゃっと横に倒れる身体、敵意が感じられなくなるのを確認して、残りの敵へ向かう。
「こいつ、意外と丈夫だね」
呆れた、という様子で息を切らせながら和泉がライオンをいなしていた。間近で突進を側面へ移動することで回避しながら通り抜けるその瞬間を狙って円閃を使用した爪を横顔に蹴り付ける。しかし膝は折れず踏ん張り、倒れない。
飲兵衛もライフルをリロードしながら遠距離射撃を試みるが大分風が強くなってきたせいもあり、弾道が読みづらくなってきた。
「‥‥くそっ、弾道がよみずれぇ‥‥」
味方に当たらないのが幸いだが吹き返しの突風が弾を阻む。これ以上は難しいかもしれなかった。しかし無闇に突撃するのは無謀、とライフルをリロードしながら後方での牽制に務める。
「ごめん、回復おねがーい」
そこへ先ほどまで和泉と肩を並べてライオンと向き合っていた月明里が肩口を押さえてりやってきた。爪に裂かれて、と飲兵衛の救急セットを借りに来たのだ。
「あくまで応急処置だけだからな‥‥」
「はー、やっぱり人より本能的に動けるんだろうね、強いや」
手当てを受けながら息を整える月明里。となると今は和泉が1人でライオンの相手をしているということになる。ライフルのスコープから様子を窺うと、戦況は一変していた。
「はいはい、頑張ったわね」
百地が和泉の横合いから、体制を整えるライオンに銃口から零距離砲撃。ダダダン、と身を震わせ双方吠える。
「‥‥丈夫な足も落とせば‥‥!」
連続してアーヴァスの振るうウラノスが閃き、硬いライオンの脚を砕く。
「ふう、それじゃ覚悟してもらおうかな」
仲間の援護を受け、一呼吸。刹那、和泉は爪でライオンの身を抉った。硬かった身も度重なる追撃にもろくなっていたのだろう、ようやく放てた会心の一撃にその身を崩した。
「これでおしまいね」
百地、一呼吸おいて高らかに――次も期待しないけどね!――、と誰にでもなく一言。
吹き荒れる嵐に揺れる望遠塔。
「‥‥ええ、次は、失敗は、ないわ‥‥。勝ちを期待しないことね‥‥」
背の高い女性は、既に戦場を見てはいなかった。
「見本、っていいながらセンパイもだめだな〜♪」
青年は「次は僕の番ね」と、あどけなく笑う。
●嵐、再び
台風の目は完全に過ぎ、激しい暴風雨が一帯を襲っていた。
一行は事務局に避難し、帰りの便が飛び立てるようになるのを待っていた。
「流石にこれじゃぁ高速移動艇も飛べないのか」
和泉は事務局の中にあった懐中電灯を探し出して灯す。曇天の闇中にほのかな光が生まれる。
「まあ、他に、人も敵もいなさそうだし、もう大丈夫だね」
再度確認を行なったが、何の発見もなかったことに安堵する月明里。
「あ、そうだ。サンドイッチ作ってきたんでした‥‥い、いかがです?」
レアは大きなバスケットを持出し、全員に飲み物も含め振舞っていく。
「ありがと。でも今度は天気がいい日に来て遊びたいな」
パンフレットを見ていたマルセルがサンドイッチを受取りながら一言。
(「まさか遊園地を襲ったのって‥‥バグア軍の社員旅行地確保とか‥‥?」)
遊びに来たい、という言葉にそんな思いがレアの中に浮かんだ。きっとあのライオンと道化師はそれ用だったのでしょう、と若干明後日の方向に視線をずらした。
そんな中、北条は独り窓際の椅子にひとり腰掛け、
「台風の、この風の音‥‥あたし好きなんだよね‥‥」
と、外から聞こえる嵐の喝采にウトウトと耳を傾けていた。