●リプレイ本文
●秘密生の動員
秘密裏に選出された者達。彼らは問題の扉の前にいた。
「‥‥うぅ‥‥なんだか嫌な気配を感じるです‥‥」
まだ開けてもいない金属の扉越しに感じた不穏な風にうめく知世(
gb9614)。しかし僅かに高揚もしているようだった。
「他の者には秘密、なのだな?」
ゆったりと紫煙を吐き出してUNKNOWN(
ga4276)が問う。
「うん、そうだよ。あんまり大事にしたくないって話。とりあえず掃除用具はここに置いとくからね!」
用務員のナヤンが掃除用具を積んだ一輪車を部屋の前に置きながら答えた。用事があれば呼び出してと付け加え、残骸の運搬も受け持つ。
「‥‥そのときは、お願いします」
希崎 十夜(
gb9800)は、口数少なく、ややぎこちない動作で礼をした。人付き合いの苦手さを克服する為と自身へ課した課題、そのキッカケを掴もうとの努力だろう。
「ま、そんなかたくなるな‥‥気合入れた掃除をすればいいだけだ」
表情を殺し、淡々と綾河 零音(
gb9784)は語った。そして軽く希崎の肩を小突くと、
「え? あ、ひゃい!」
上ずった返事が返ってきた。希崎は特に女性との交流が苦手らしい、突然のことに動転したようだ。
「緊張‥‥か?」
2人の様子をみて何かを悟ったのか、UNKNOWNが小さな笑みを漏らした。
「お待たせしましたでしょうか? 申し訳ありません」
通路の先から引き締まるように澄んだ声が聞こえた。もう1人の協力者、祝部 流転(
gb9839)の声だ。白い手袋をはめた手の中に、小さな霧吹きを抱えている。
「‥‥ん〜ん、まだそんなに待ってないよ〜」
「そうですか、それは良かった。件の消臭剤を譲り受けにいっていましたもので」
知世が否定すると、祝部は恭しく礼をして霧吹きを見せる。半透明容器の内部で、少ない液体がたぽんと揺れた。
「準備はいいかな? 二重扉になってるけど、『極力』内部の空気が外に流れないようにね〜」
正確な室内の状況は不明だがよくないのは確かである、と暗に示しつつ施錠された扉は開かれた。
●小さなジャングル
様子を見るため2枚目の扉を最初にくぐったのはUNKNOWN。
内部は熱帯雨林を思わせる木々が生い茂っていた。枝葉に阻まれ正確な部屋の広さは不明だが、そこまで広くはないだろう。
じっとりと湿って、何かが発酵しているような異臭が鼻腔を燻ぶる。掃除後に使用予定だったが、耐え難いものだったので強力消臭剤を少しずつ吹き付けた。掃除後に使う分も残すよう気を配る。
「これは‥‥ひどいな‥‥」
どこから手をつけてよいものかと思案。一筋縄でいく掃除ではなさそうだった。一度戻ろうとしたその時、張り巡らせていたUNKNOWNの第六感が何かを捕らえた。
(「‥‥何か、いる――?」)
若干ぬかるむ土を踏みしめる靴底を通し、感じる違和感。何かが足元で動いている。UNKNOWNはとっさに帽子を押さえ、コートを翻し高く跳躍、足元を見下ろす。すると先ほど居た位置に白く細長い何かが集まっていた。そしてそれは着地前に消えた。
一旦戻る。
「うぅ‥‥あけた瞬間すごい臭いでした‥‥大丈夫でした‥‥?」
腕にまいたリストバンドで口元を覆い、尋ねる知世。
「ちらっと見えたが本当に部屋なのか‥‥?」
綾河も内部の様子を確認するため言葉を繋ぐ。
「ふー‥‥、部屋も確かにろくでもないが‥‥敵意がある者もいる感じがあった」
UNKNOWNは新しいタバコに火をつけ、咥えながら答えた。
「実はジョン教諭の観察対象、環境における植物じゃなく、キメラ、だったりして」
変わらぬ淡々とした口調で語りながら、綾河は進入の準備を進めている。まずは鬱蒼としている植物をどうにかしなくてはならないだろう。
「私は大丈夫ですので、皆様の御準備が整いましたらいつでも‥‥」
祝部は各々にGooDLucKを付与し、幸運を祈った。
「時間も惜しい、警戒もそうだが作業を進めていこう」
暗がりに潜む何かに注意しながら、本来の目的である掃除に着手する希崎。
「UNKNOWN殿お気をつけて。私も後ろを見ていよう」
率先して奥へ分け入ってく背に綾河が注意を促す。その瞳は探査の目、己もまた草刈鎌で得たい不明の植物を切り倒しながら周囲を警戒していた。
「こんな大きな木どこからもってきたんだろう‥‥」
知世は壁沿いに撓っている木を見上げため息を漏らした。掃除は高いところから、とはいうが木を上から片付けたのでは埒が明かない。携えていたソードを手に取ると、木の幹を切り始める。
「うぅ‥‥刃こぼれするかも‥‥」
「宜しければお手伝い致しましょう」
知世の背後から祝部が超機械を手に応援を申し出る。ところどころを電圧で焼き焦がしていく。共同作業で高くそびえていた木を寝かすことが出来た。
「運搬しやすいよう、もう少し分解した方が宜しいでしょう」
「あ、力仕事なら俺に任せてくれ!」
別所で土を掘り返していた希崎が名乗りを上げ駆け寄って来る。さりげなく知世から遠い場所を通り、祝部の横へ。いざ、と腕まくりした瞬間――銃声が聞こえた。
(「ちょ、ちょっとまてえええええええ、待て待て待て! なんだこれは!?」)
綾河の足に、細長く白い繊維が絡み付いている。それに驚き、小銃「S−01」を発砲したらしい。一般的な蔓科の植物もあるにはあったが、成長するには早すぎる動き。怪しい研究と思えばおかしな植物が生育されているとも考えられるが――違った。
足を多く防護具に裂傷が生じる。溶けているのか切り裂かれているのか、明らかに敵意が見えた。
「暴れるなよ」
萎びはじめた草木を踏みつけながらUNKNOWNが颯爽と駆けて来た。そして剣を一振りし、白い繊維を切断。
「大丈夫か」
「す、すまない。な、なんでこんなものが‥‥」
一言礼を述べ、足に絡みついた繊維をはがすと、それは柔軟な物体。植物の根のようだった。
(「まるで触手のようなヤツだな‥‥本体はどこだ!」)
表面に出さない怒りと羞恥を胸に秘め、辺りをうかがう綾河。しかし地面の上には何者もいなかった。
「キメラ‥‥か? 地中にいるのかもしれないな、気をつけよう」
姿が見えない相手はまず見つけねばならない、とスコップを手に地面を掘り返すUNKNOWN。いつの間にかその足回りにも白い繊維が地面から顔を出していた。今度は綾河がそれをなぎ払う。
「む‥‥?」
スコップの先に床ではない異物を感じた。切っ先を受け付けない堅固な障壁、フォースフィールド。突き刺す位置を変え、その物体自体を掘り上げる。
「球根!?」
綾河が声を上げる。地中から顔を出したのは大きな球根だった。その底面から数多くの白い繊維が伸びている。UNKNOWNも物体を彫り上げるや否や退避、タバコを強く噛み締め武器を構える。
「さっきのお返しだ!!」
デュミナスソードを手に、綾河が挑む。どうやら本体自体に攻撃の手段はないらしい、地中から進行を防ごうとする繊維が飛び出してくるだけだ。UNKNOWNの援護を受けて道を切り開き接近。力を込めて両断すると、それはぱっくり綺麗に割れた。
同じ頃、木を運び出そうと持ち上げた瞬間、彼らにも魔の手が襲い掛かった。
「と、っとと!」
思わずつんのめったが、ぎりぎりのところで踏ん張る希崎。ここで転んだら‥‥あまりいいことはないだろう。
「だ、大丈夫ですか!? 希崎様!」
祝部が慌てて足元にしゃがみこみ、障害物を探った。切り倒した木の枝か、絡み合った草の葉か、危険物があるなら除去すべきと身が反射的に動いたのだ。その目に入ったのは白く細長い物体。
「ど、どうしたんですか!? な、なにか絡み付いてますよ〜‥‥って、きゃっ!?」
異変に気付いた知世も、その正体を確かめようと近づく――が、途中で絡めとられてしまう。そして倒れた木に抱きつく形で着地。
そのことで、より地面に近くなり、相手の格好の餌食となってしまったようだ。
「わわわっ、ちょ、ちょっと! だめですー!」
白い繊維に捕らわれ、じたばたと暴れる知世。厭々しているが、どことなく愉しそうにも感じる叫び。
「知世様!?」
知世を傷つけないように注意しながら繊維を焼き切っていく祝部。希崎も自分の足元を処理し終え合流する。
「ったく、何がどうなって‥‥!」
地面から重力に逆らって生えていることは分かったが、規則性のない位置から突出しており正体が見極められずにいた。とりあえず突き刺してあったスコップを抜き取り、付近を掘り返す。
希崎にも繊維は絡み付いてきたが、それを構わず作業に集中。そのうち知世を救出した祝部がどうにかしてくれるだろうと信じた。
「‥‥こいつか!」
土の塊を取り除いた時、地上面に現れている白い髭をたわわに携えた球根を発見した。すぐさま2人へ合図を送り、注視を求める。
「食虫植物は、人は襲わないです、人を襲うのは‥‥キメラ‥‥!」
紫の瞳に涙をにじませ、にじり寄る知世。祝部もそれをフォローするように練成強化を施す。おそらく自身で反撃を試みたいだろうと思慮した末の援護。
「このおおっっ!!」
小さな球体目掛けてソードを突き刺す、突き刺す、突き刺す。時には目標をはずれ、土を穿ったがそれも構わず突き続けた。
「えーっと‥‥」
希崎はかける言葉を失い、周囲の繊維除去をしていた。
「はぁ、はぁ‥‥もう、いいですよね‥‥」
本体の活動が鈍ったのもあり、繊維たちも次第に勢いを失っていった。それと入替るように知世が言葉を吐き、止めの一撃を加える。
覚醒すると性格や嗜好が変わるものがいるというが、この行動はその一種なのだろうか――。
5人は、在するキメラが他にもいるかもしれないと地面に注意を払った。白い物体を見つけては痕跡を辿り、土を掘り返し、抹消。時には区画を作る白いロープだったりもした。
その作業の副効果といってもいいだろう。床を覆っていた土は山になり、除草剤で撓っていた草は土に混じり、最初にまいた消臭剤の効果が土に染み渡っていた。
「禍転じて福となる‥‥だったかな」
キメラが潜んでいないことを確認したUNKNOWNが一息つく。ここからは力仕事と微細な仕事だ。
「じゃ、そろそろ搬出作業に入ろうか、袋、誰か持っててくれ」
希崎がスコップを手に呼びかけると綾河が手を出した。少し驚く希崎。覚醒中は気にならなかったが、やはり解除してしまうと苦手意識が表面化してしまうようだ。それでも任務と言い聞かせ共に作業を進めた。
「はい、バケツに水です。こちらが洗剤と雑巾、タワシもありますね。土がなくなったところから参りましょう」
道具を丁寧に手渡す祝部。思わず、知世もかしこまってそれを受け取った。
壁に洗剤を吹き付け、汚れが浮かび上がったところを掬い取る、しつこい汚れは力を込めてこすると綺麗になった。元々が掃除し易いように出来ている金属なのか、比較的容易に磨くことが出来た。
「これだけすんなりと輝いて下さいますと心地よいですね」
知世が届かない、と背伸びする位置を請け負いながら、祝部の掃除は手際よく進んだ。
「天井はどうしよう‥‥? ちょっと高いよ〜」
「確か梯子がありましたね、私が抑えておりますから知世様がおのぼり下さい」
祝部はにこりと微笑むのだった。
●もう一歩
汚れを取り除いた後、一同は一度身を清めることにした。仕上げと飾りつけが残っているが、汚れた衣服のままでは支障があると判断したのだろう。カンパネラの湯へ向かい、力仕事で緊張した筋肉をほぐした。
程なく現場に戻ると、残骸の運搬はナヤンにより終了した後だった。
部屋は再度念入りに水洗い、消毒をした後、乾いた布で拭き取り、ワックス掛けをする。
「あとは感想させるだけだな」
一応施設基準として空調はついていたが、ダクト内が怪しい為持ち込んだ乾燥機を起動させるUNKNOWN。
「異様な異臭もなし、除菌も‥‥大丈夫そうですね」
用具を部屋の外へ持ち出しながら祝部が告げる。
「本当、この部屋がどうすればあんなんなるんだか‥‥聞いてみたいよ」
表情は変えなかったが、ため息混じりに綾河が言葉をこぼす。そればかりは当の本人に聞いてみる以外分からないだろう。
「そうだナヤン」
「ほい?」
用具を片付けていた用務員を呼びとめ、UNKNOWNがなにやら尋ねる。しばし考えるそぶりを見せるナヤンだったが「確認してみる」と言い残し駆けて行った。
部屋が乾きあがるのを待って、一同はもう1つの依頼に取り掛かることにする。それは装飾。
「誰がパーティするんでしょうね〜?」
天井に星空を作るUNKNOWNの作業を手伝いながら、知世がにこやかに問うた。あらゆる意味で脅威が去った部屋は愉しげである。
「コンセント、コンセント‥‥どこ?」
電源を求めてプラグを持ち歩く綾河。しかし壁の何処にもそれらしき穴は見つからなかった。注意深く探ると壁の低い位置に、ボタンのようなものと、その脇に四角い板が見て取れた。ボタンを押してみると板がスライドし、中からコンセントパネルが現れた。差し込むと、壁を這っていた電飾に色が灯った。突然のことに作業中の仲間も手を止めそれに注意をとられた。
しかしまだ作業中なので通電のみを確認し、抜き置く。
「何もない空間は、出来るだけ小物を並べて埋めていくようにするといいですよ」
センスに自信のなかった希崎は祝部について助言を求めていた。人形のようなものや綿のようなものを運び、床に置く。
「なるほど‥‥そういえばツリーは‥‥?」
きょろきょろと見渡すが、クリスマスの定番、『あの木』がなかった。それには現れたナヤンが答える。
「『学園には大きいのがあるじゃない』、って教諭が言ってたよ。あ、UNKNOWN君、さっきの話、この後なら大丈夫だってよ?」
●慰労会
「は〜‥‥つかれたぁ‥‥お疲れさまだよぉ」
食堂の椅子にもたれかかった知世が、大きく息を吐いた。テーブルの上には僅かながらのお菓子や飲み物が置いてあり、中央にはリーフグリーンのアロマキャンドルに火が灯されていた。
「紅茶でしたら私が」
優雅な手つきでカップへ紅茶を注いでいく祝部。
「ノンアルコールなカクテルとかないの?」
「ミックスジュースでよろしければお作りしますが」
綾河の問いかけにも申し訳なさそうに、丁寧に答える祝部。流石にその素材はなかったらしい。
「まあ、ここは学園だからな。――と、これはエルシー教諭からの差し入れだそうだ」
UNKNOWNが焼きたてのパイを一皿運んできた。表面に塗られたバターがキラキラと輝いている。
「出来立てのうちに切り分けたほうがいいんじゃないか‥‥?」
希崎の提案に一同は賛成。すぐさま切り分け、それぞれ一口――味は、ご想像にお任せ、とのことです。