●リプレイ本文
●召喚は突然に
「大きな森ですね。色々なものがありそうです」
別の魔法界からやってきた澄野・絣(
gb3855)は窓の外を眺めて感嘆の息を漏らす。
「異世界‥‥か」
銀華(
gb5318)も現状確認がてら小屋の中を見回る。突然の転移に驚いた様子を見せないのは、やはり別次元で魔女をしているから。
最も大変だったのは、召喚直後。
視界が晴れ、反射的に膝を付き礼をした白雪(
gb2228)。
「招致に応じました。この度の任務は如何なるもので‥‥‥って」
面を上げると、目の前にいたのは少女。黒髪を揺らしながら、状況を確認する。
「貴女誰!? 勝手に私の事を召喚するなんて!! こっちにも仕事がね!?」
召還にではなく、想定外の場所に戸惑いを見せる白雪。女神として招致を受けていた丁度その時にやってきてしまったらしい。ナヤンを捕まえ、謎の言葉でまくし立てた。
「あら‥‥他のみんなは? この場所ごと召喚‥‥?」
百地・悠季(
ga8270)は訝しげに周囲を観察。確か学校で召喚の実地講座を受けていたはず――
「あ、その制服は山向こうの忍者学校の‥‥」
制服から、マリナは彼女が同じ世界の者だと気付く。はっとしたのは百地、召喚する側が召喚される側になったのは何故、とマリナから魔道書を受取り熟読するのだった。
「こ、これはバグアの特殊能力!? く、幻覚に惑わされなど!」
ティム・ウェンライト(
gb4274)は反射的に剣を構えた。目前の少女が敵かも知れないと思ったが、違ったようだ。安心した瞬間、今度は鎧の内側に違和感を覚える。
失礼、と部屋の隅に行き、鎧を外すと、
(「ぇええええええ!? 今覚醒してないのになんで体が‥‥!?」)
ティムは覚醒を行なうと性別が変わる特性があった。しかし今は非覚醒――想定外の事態に頭を抱え部屋の隅で1人問答を始めてしまう。
「ほぅ‥‥それは難儀でありんすなぁ。わっちが指名されるなど、殿方からだけと思いんしたが」
暗殺者を兼ねた花魁というカンタレラ(
gb9927)は豪奢な着物を纏い、慌てた様子もなく落ち着き、妖艶な笑みを浮かべた。
「しかしわっちより、あすこに倒れておる殿が危篤にみえよるぞ?」
細い指で床を示唆すると、全く気付かなかった影がひとつ倒れていた。慌てて助け起こすマリナ。
「あ、う‥‥こ、ここは‥‥寝て、無いぞ、今は何ページ‥‥」
目の下に深い隈が刻まれ、全身傷だらけ。意識を取り戻すや、大剣を支えによろよろと立ち上がる夜十字・信人(
ga8235)。言動も妖しく、まるで連日不眠不休で戦い続けた戦士出で立ち。それでも俺は戦う、と呪文のように繰り返す辺り――ダメかもしれない。
紆余曲折あったものの、森で暴れているシロ退治を頼むことになった。
●躾は飼い主の任務
一行が小屋を出ると丁度目の前を白馬に跨ったミルファリア・クラウソナス(
gb4229)が通りかかった。
「僕はあの山の向こうにあるじゃがいも国の王子ミル‥‥ミルフィードだ」
これも何かの縁として協力をと、申し出る。一行の中に気になる女性を見つけたという想いもあったのかもしれない。視線の先には、ティム。
森のあちこちから悲鳴が上がっていた。ナヤンによると仲間の声だという。
「つまり、この声が聞こえるところに行けばいいわけね」
学校に帰るにも事を解決してからと腹を括る百地。簡単な打ち合わせを行い、手順を確認する。
「犬は好きでありんすが‥‥生意気な犬は嫌いでありんす。躾がいがありそうですの」
艶やかな微笑みを浮かべるカンタレラ。
「‥‥っと、話を進めるにはこっちの私じゃないと」
それまで無言、無表情だった銀華が思い出したように言葉を発する。同時に髪と瞳が銀から黒へ変貌。コミュニケーション能力に差があるのだという。
「私は、笛、吹いてみます‥‥」
雑草とした森の中も惑うことなく先頭をきって進んでいたのは澄野。森は歩きなれた庭、それが初めての場であっても。
「大きな白いのがいるよ!」
真っ先に対象を発見したのはティム。女性体であることに開き直ったのか、表情は引き締まっていた。
「あれはまさかフェンリル‥‥!? ‥‥な、訳はないか」
白雪は、その巨体を己が敵とも思ったが、直ぐにその考えを振り払う。
「では行きましょう!」
ミルファリアが愛馬ティムーンで疾駆した。シロとよばれる巨犬の注意が巨木からミルファリアへ移行する。その僅かの間に視線を送る相手は、ティム。
(「ぇ‥‥?」)
ティム自身も何かが気になる様子で何度目かの視線に気付くが、今はそのときではない、依頼に集中。
シロも遊び相手を認知、嬉しそうに高く鳴いた。
「我がもたらすのは死ではない! 滅と知、‥‥え?」
全力で魔の弦を引き、狙いを定めたところで、誰かが腕を引く感覚。視線を落とすと、マリナが『倒しちゃだめ』と訴えている。
「あ、えーっと‥‥いい加減に暴れるのをやめなさい! 怒りますよ!」
歯痒さを覚えつつも、白雪は言い換える。百地もその隣で同様に弓を構え、期を待つ。
(「母の形見の笛‥‥小動物を呼び寄せ、癒す笛‥‥」)
明らかに小動物ではないので効果に自信がないが、と一応吹いてみる澄野。ひょろろろ〜と、間の抜けた音が森に反響。
「とおっ!」
と、同時にシロの脇を愛馬で並走していたミルファリアが跳んだ。そしてシロの背にしがみ付く。長毛を掴み、背を優しく撫でるが落ち着いてくれる様子はなかった。
「‥‥笛、効果がないみたいです‥‥ナヤンさんが寄ってきました」
澄野の笛はシロに影響を与えなかった。変わりにナヤンをはじめとして、多くの妖精が澄野を囲い寛いでいる。他の対処手段がない為、そこからの応援に徹する。尚、そのすぐ横に、
「あ゛ー‥‥う゛ー‥‥ぐ‥‥」
必死に動こうとするのだが途中で力尽き、もがいている夜十字の肢体。笛の音に釣られて寄って来たリスや鳥が徐々に留まり、その中に埋もれてゆく存在た。ただ、うめき声だけが聞こえる。
「今よ!!」
シロの注意が、背のミルファリアに移ったのを確認した百地が合図を送る。百地と白雪の二連射撃。急所を外し狙ったはずなのだが、甘かった。分厚い障壁があるのか、刺さりすらせず弾き飛ばされた。
「くっ、この程度ではいけないのか‥‥!」
「噂だけは聞いてたけど手ごわいじゃないのっ!」
舌打ちをする2人。逆にそれは比較的本気でいってもいいだろうという解釈へ繋がった。ためらうことなく次々に矢を打ち込んでゆく。
「接近戦の魔術師の力‥‥みせてあげるわ!」
ピコピコハンマーを召還し、変身する銀華。射撃の邪魔にならぬよう注意しつつ打撃を叩き込む。
一方カンタレラは退路を塞ぎつつ、様子を見守る。
「わっちのほうへ来るなら阻むのみでありんすなぁ」
手には武器と霧吹き。寄って来た際に阻む為そこに居る。
「餌の方はまき終わりました、この周囲からは離れないと思います」
隣にティムが顔を出す。被害地域が広がらぬよう、興味を引く対象として餌を用意したのだ。
(「動物好きだから‥‥手荒できなくて‥‥ごめんなさい、王子」)
応援しか出来ない自分の性分を歯噛みする。そして何度も勇敢にシロへ立ち向かうミルファリアへ個人的な心の声援を送り続けた。
「ん〜‥‥攻撃、っていう攻撃がないのよね。痛くないし」
銀華が何度かやりあった結果導き出した答を口にする。駆け寄って叩くたびにポコッと可愛らしい音が鳴り、星が散った。
「確かに‥‥遊ばれている感が否めない」
白雪もそれに気付く。
「もー、いっそ一緒に遊び疲れさせちゃうとかどう? お仕置き‥‥はもう十分でしょう」
矢を撃ちつくした百地がぼやくように言った。白雪ともども携帯してきた矢は既に打ちつくしていた。無論シロにも最初ほどの元気さはなかった。毛並みはくたびれ、足先も土まみれだ。
「じゃ、そんな感じで‥‥大人しくしなさい!」
さっと黒と銀を瞬時に入れ替えながら、銀華がピコピコと頭を連続で軽く叩いた。
「く、使うまいとおもったが秘伝の魔術を使う時か! ゆくぞ!!」
振り落とされたミルファリアの胸元が赤く光り、瞳が金色に染まった。
(「彼女の声援を無にはできない! じょ、女性に一目ぼれするとは思わなかったが――関係ない!」)
背の倍はあろうかという巨大な両手剣を掲げ、宣言。刃を使わず鈍器のように殴りつけた。その衝撃に、きゅうんと初めて情け無い鳴き声を響かせる。手ごたえあり、と微笑むミルファリア。
その揺らぎを見逃す者はいなかった。前線の面子は全て手だれ、ねじ伏せるには十分だった。ただ、相手が巨大だったためそれぞれ四肢を押さえつけるので精一杯であったが。
「ほうほう、やっとねじふせたでありんすな‥‥どれ」
状態を見極めたカンタレラがシロの顔に近寄って、鼻先へ軽く霧吹きを噴射。大きな瞳が閉じられる。
「ぬしはただの獣じゃありんせん。この世界はぬしだけのものじゃありんせんのじゃよ」
言葉が通じるかはわからないが、水を噴きつけながら説教を続ける。
(「もふもふ‥‥もふもふ‥‥ふふ」)
押さえつけると同時に、百地が柔らかい毛に顔をうずめて至福を得る。飴と鞭の『飴』というところだろう。
「あ、信人さん、信人さん? 躾にはいったようですよ? 動けますか‥‥?」
押さえつけられたシロをみるや、澄野は隣で多分眠っている夜十字を揺する。このまま目覚めなかった場合は‥‥どうしましょうね?
そんな心配とはよそに、夜十字は小さなうめき声を発した、ほんのちいさな。
「あ、躾にいきましょう?」
「ハイワカリマシター」
仮眠から完全に覚醒しない頭で、ふらふらしながら立ち上がる夜十字。動物や妖精たちはいつの間にか姿を消していた。
一歩進んでは木の幹に激突。
二歩進んでは木の枝に顔面衝突。
三歩進んでくぼ地に埋没した。そして土まみれの顔を、草むらからぬぼぉっと持ち上げる。
「あ、う‥‥」
他の全員がシロの対処に終われる中、澄野は1人、夜十字の回収に追われるのだった。
「まったく、飼い主の顔みてみたいわね。一日二日で完全躾なんてできないんだから‥‥」
大人しいのは、せいぜい遊びつかれて満足している間だろうと考える銀華。遊ぶ場所と相手を提供するべきは飼い主の役目だ。
今は全員で撫でたり話しかけたりして遊んでいる。森の住人達も大人しくなったシロに興味を示し、その背で遊んでいた。シロも暴れる様子はなく、うとうとと目を細めて寛いでいる様子。
(「あの宮殿を守る番犬‥‥今はどうしているやら‥‥」)
白雪は弓を収め、巨体を横たえるシロを眺めながら物思いにふける。むしろ早く帰らないと上司からの評価が下がるのではないかと気が気でないようだった。
●森のお茶会
シロを収めてくれたお礼、と森の住人が小さな宴席を用意してくれた。百地も忍者の知識を使い、山菜類の調理を行なった。仕上がったものを見て、見慣れない料理と珍しがる面々と、他の世界にもあるのかと興味を抱く面々。
「新鮮なおやさい、おいしいです」
百地と共に調理を行い、味見をした澄野が満足げにつぶやく。なにものもできたてが一番美味しいもの。
「さ、温かいうちに召し上がれ。まだまだあるし、折角だから他の世界の話も聞かせてほしいところね」
その気持ちは百地を初めとして何人かが抱いていた。森の住人達もそれぞれの話を楽しそうに聞いている。魔法の世界、機械の世界、危険な世界‥‥。
「毒、ですか? この森で一番のものだと‥‥」
マリナが話したのは『ふんばば』という森の守り神が持つ毒だった。おそらくアレ以上シロが暴れていたら、眠りから目覚めて大変なことになっていただろう、と付け加える。
「ふむ、そういう話は最初にきいておきたかったでありんすなぁ」
心持は不明だが、カンタレラは乾いた笑い声を漏らした。
「そこのナヤンさん、でしたかしら。是非私達の元で働きません? 今なら好条件でお迎えしますよ! ああ、仕事は切迫していますので即日勤務可能です」
飛行能力を見込み、ナヤンにアプローチする白雪。手には妖しげな書類と筆が握られている。異世界の文字なので正確な内容は読み取れなかったが、
「そ、その世界に行くことができたら、かなぁ‥‥?」
違う世界である為なんともいえない、と言葉を濁すナヤン。白雪は逆召還の術を探して起きます、と笑顔を浮かべるのだった。
「ひ、膝枕を、誰か、ヒザマクラ、を‥‥」
治癒の術は無い、と断言されてしまい終始瀕死で戦列に加わっていた夜十字が呻く。
「火座ですか、それで楽になれるのでしたら直ぐ用意してきます!」
そう言い遺して、小屋に戻るマリナ。何か勘違いされた悪寒を覚える夜十字。その後どうなったかというと、灼熱に熱された金属性の枕が差し出されたとか。
盛り上がる多勢に対し、別の意味で盛り上がる2人もいた。
(「あぁ‥‥この気持ちもしかして‥‥あ、でもなにか大事なことを忘れていそう‥‥」)
女性化中のティムはミルファリアから熱いラブコール、を飛躍してプロポーズを受けていた。
「僕と結婚してくれないかっ! じゃがいもには一生不自由させない! いや、何も聞かないでくれ‥‥もしそれが叶うならこの薔薇を受取ってほしい!」
どこから取り出したのか一輪の見事な真紅の薔薇を差し出す。
気持ちはティムも同じだった。女性として生きる覚悟も決めた、それならばその申し出を断る理由は何処にも無い!
「俺、じゃなくて私でよろしければ」
薔薇ではなく、ミルファリアの手をそっと包み込むティム。しばらくの間2人は熱く見詰め合うのだった。
裏の魔女と呼ばれるハーネの屋敷に、銀華はシロを連れて訪れていた。
シロは格納庫のような無機質な部屋へ押し込められ、一発で違う世界の者と見抜かれた銀華は豪奢な部屋へ通される。
「きちんと面倒みないとダメなのよ? あのような部屋じゃ余計かわいそうじゃない、って――聞いてるの!?」
飼い主のあり方を説きにきたのだが、当のハーネは相槌を打つのみ。そして銀華の話が途切れるや一方的に異世界についての質問攻めを受けるのであった。
●一森、二犬、三マリナ
「‥‥、ん、私は歩いて帰るか、ら‥‥?」
まぶたの裏にまぶしさを感じ、瞳を開く百地。見渡すと見慣れた部屋。少し悩んだ後、『夢、か』と首をひねる。
同じ頃――
「おはよう、押しに弱いティム‥‥って何してるの?」
長く短い夢から目覚め、ミルファリアは隣で自分の身体を撫で回している夫に疑問を抱く。
「え、あ、おはよう!? い、いつのまにか覚醒してなかったかなーって‥‥それだけだよ」
突然の声に慌てるも、落ち着きを取り戻し妻の額に優しく口付け。それは夢で、他者に抱いてしまった想いへの罪悪感から、謝罪を込めて――。