●リプレイ本文
●てんき
(「轟音が聞こえる、襲撃? 防災無線だ‥‥」)
田んぼの間に浮かび上がった道を歩く影。それは突然立ち止まって、
(「そうだ、逃げなくちゃ! 先輩は、どこ?」)
ただ思い出したように天を仰いだ。
「避難は完了しとるらしいけど、念の為確認しとかんとなあ」
視界を阻む雨露から目を護るよう、手の側面を額にあてながら、エレノア・ハーベスト(
ga8856)は遠くに目をやった。
「視界も悪いですし、どこかではぐれた人がいる可能性も、ですよねぇ‥‥」
日中というのに、厚い雨雲のせいで薄暗い。その闇をランタンで照らしながら、御守 剣清(
gb6210)が相槌を返した。爪先で水没した田畑との境目を探っている。
「この道をこの状況下で通路にするのは不利だろう。地元の者がここを選んで通るとは思えない――が、道を誤る可能性もゼロではない」
冷静に状況を鑑み、淡々と告げるのはアグレアーブル(
ga0095)。泥雑じりの淀んだ水がブーツを湿らせた。
3つの灯火が確認できるその対岸で、また3つの灯りが移ろっている。
「こんな悪天に襲撃なんてね。冬の雨じゃないだけましって考えるべき?」
ゴーグルを曇らす水滴を拭いつつ、百地・悠季(
ga8270)はため息を漏らした。
「少年も気になるけど‥‥雨、か‥‥」
番 朝(
ga7743)の脳裏に、とある別れの日の情景が浮かび上がった。その間の一瞬に、水滴と化した雨粒が頬を伝い落ちていった。
「ランタン、ヲ、目印ニ、移動シマ、ショウ」
複数用意したランタンをムーグ・リード(
gc0402)が水に濡れ火が消えないよう注意しながら地に置く。それは敵に遭遇した時の為の足場目安として。
しかし、設置後、歩き出して僅かの後、背後の明かりは消失した。破損音と共に。
●あめつち
「高低もなし、平坦で、薄暗い、かぁ」
ユステズ(
gc3154)は双眼鏡から目を離し、大きく一呼吸。薄暗いせいで細長い看板すら人影に見えなくない状況。そのため仲間のランタン位置と、いくつかの小さな光点以外の判別はいまいちだった。
「っと、気をつけろ、でかい影が動いた!」
地面を打ち付けはじける水の音とは別に、即席の池と化した田んぼからの異音。フォルテ・レーン(
gb7364)はそれを聞き逃さなかった。即座に音の原因を探し、確認。
「静かにしぃ! 気付かれるで。うちらの仕事はあれやない」
視界に入ったのは普段では考えられない大きさのカエル、キメラだった。水に飛び込んだばかりで、対岸へ向けて泳いでいく背が見えた。
「あ、ああ。そうだったな、あっちに報告しよう」
ユステズに制されたフォルテは、抜きかけた妖刀から手を離し、代わりに無線機を取った。雨対策に渡されたビニール袋ごしに操作、キメラの発見を仲間に通達する。
「じゃ、いこか」
2人はキメラを仲間にまかせ、また、雨降る道に注意を走らせた。
「キメラが発見された、こちらへ来るとのことだ」
無線機を仕舞い、銃を構えながらアグレアーブルが告げる。
「了解っ。それじゃぁいっちょやりますか」
御守は鞘に収めたままの刀に手をかけ、いつでも抜けるように身構えた。得意とするのは抜刀術、相対した瞬間が勝負。
「3、2、1‥‥きますで!」
間合いを計っていたエレノアが叫ぶ。それぞれ本体への対処を準備していたが、実際に現われたのは紅く細長い物体だった。
「ちっ‥‥!」
攻撃とみた瞬間、御守は半歩後ろへ下がったが回避には間に合わず、紅い線が柄を握る手に絡み縛りついた。
「リーチは長いようだな」
そういいながらアグレアーブルは水中から御守を縛り付ける線へ弾丸を撃ち込む。それは弾力があったが近距離からの的確な一撃に打ち抜かれ、切断された。同時に御守が礼を言いながら、自由になった手で絡みついたものを引き剥がす。
「そこかいなっ!」
瞬時の覚醒により苛烈な性格に変貌したエレノアが、紅い線の戻る先へソニックブームを打ち込んだ。大きな水しぶきが上がる。衝撃波が水を裂き、一瞬だけ敵の姿を浮かび上がらせた。それはカエル。
「やられてばかりではいられませんから、ね」
御守は敵に向かい駆ける疾風。雨をものともせず迅雷のように間合いへ詰め寄る。泥に足を取られる前にことを締める必要があった。
灯火を映し輝く刃がキメラへ向かい振り下ろされた。刹那身の半ばまで刃が食い込み、キメラは身を捩った。刃を引き剥がそうとのた打ち回るキメラの動作に合わせて水がしぶく。
「う‥‥?」
弾かれた水を受けて一瞬めまいを覚えた御守。柄を握る手から力が抜けた。
「水に有害物質でも溶け出しているのか?」
駆け寄ろうとしたエレノアの腕を、アグレアーブルの手が包んで止めた。そしてアグレアーブルは連続で引き金を弾く。まずは足、胴、そして頭と次々に打ち込むうち、キメラは動かなくなった。
「ん〜どうしたらいいやろ。あんた自分で動けるか〜?」
位置からして、水に触れないように御守を引き上げるのは難しかった。意識有無の確認を兼ねてエレノアが声を掛ける。
「あ、あぁどうにか。うん、大丈夫だから待っててくれ」
痺れを覚える身体だったが、心配をかけぬよう気を強く持ち、自らの無事を示してみせるのだった。敵はまだ潜んでいるかもしれないのだから――。
「また傭兵だ‥‥。ボクのキメラをいじめてる、自然を壊して‥‥あれ? 違ったっけ、壊れてたのは、壊してたのは――?」
虚ろな表情で、自分を見失ったかのように、青年は、雨の田んぼ道をとぼとぼと歩き、考えていた。その為周囲への注意が散漫になっていたのだ、そこを狙われた。
「――!」
青年が気付いた時には遅かった足元にいたずら妖精の名を与えた蝶が、何匹も何匹も群がり噛り付かれていたのだ。豪雨の中で、青年は痛みに耐えかねた叫びを発すた。
幸か不幸か、助けは直ぐにやってきた。
「あんた大丈夫か!」
目標捜索中だったフォルテとユステズだ。人が襲われているとあっては放置しておくわけにはいかない。戸惑う事無く、フォルテは颯爽と超機械「扇嵐」から発した竜巻でキメラの引き剥がしを狙うが、牙が深く刺さっている様で思うようにはいかなかった。
「しかたないわね、少し我慢してちょうだい!」
ユステズが近接し、青年の足元に屈み込む。そして人体胴を持つ蝶の身を握り、ダガーをもって引き剥がした。地道な作業をこつこつと。
(「この子は本当に襲われてるだけ、か。逃げ遅れかしら」)
痛みにのた打ち回り、雨も相成って泥だらけ。目標の青年のことを思い起こしたが、思慮の時ではない。また、例え目標の写真が手元にあったとしてもこれでは人相判断も難しいといえる。今ここで判断をすることは、2人には出来なかった。
それもそのはず、血の臭いをかぎつけてか、次々に両脇の水辺から小さな蝶が這い上がってきたからだ。
「こいつらは飛べないタイプ、か。的が小さいだけに――くっ」
蝶が這った部分が、オイルを流したように虹色に揺らいでいる。鱗粉が溶け出しているのだろう、2人は不用意に触れぬよう気をつける。
「フォルテ君、エマージェンシーキット借りるわよ! 応急手当だけ済ませる」
ユステズは蝶の引き剥がしを終えるや、フォルテの携帯品から簡易医療キットを拝借。手際よく止血を行なう。その終始、青年はぐったりとした様子で身じろぎさえしない。
「そいつ大丈夫か!?」
「‥‥ちょっと熱があるわね、避難所に連れて行ったほうがよさそう」
「了解、片付き次第戻ろうぜ!」
這い寄る蝶を防ぎ、いなし、討つフォルテは、ひたすら確実にキメラを倒すことに集中した。
時間は、道に置いたランタンの灯が消えたところまで戻って――
「どうした!」
異常を察した番が、ランタンを翳しながらすかさず振り返る。灯りを目指してやってきたのか、雨の中に飛ぶ蝶の数体がそこに確認できた。反射的に覚醒し、言葉が消える。
「右カラ、モ、大キナ、影ガ」
闇の中で巨影が跳ねたのを視界の端で捕らえるムーグ。翻す御で番天印を構え、発射。跳ねて無防備にさらけ出された腹へ一弾。瞬時の判断であったが武器精度も相成り命中。飛び跳ねたカエル型キメラは四肢を突っ張らせるも、着地時に体勢を崩した。
「動かないでかぶつは、いい的でしかないわね」
ムーグの稼いだ時間を、百地が引き継ぐ。大ぶりの銃を構え、寝そべったカエルに照準を合わせるには十分だった。デヴァステイターから放たれた三連射は、雨をものともせず目標を貫いた。
「あら、意外とあっけな――」
「マダ、居ル!」
百地が銃の構えを解こうとした時、ムーグが吠えた。対岸から紅い舌が素早い速度で伸びてきたのだ。番は蝶キメラを牽制している最中で、武器のリーチも足りない。
「くっ」
百地は咄嗟に、その場で身を倒して直線的な斜線上から逃れた。地面衝突時の衝撃に備えて身を固めた。路面の水がしぶきとあがると同時、回避に成功するが倒れた状態となる。
「今ノ、ウチニ!」
倒れた百地を背にするように、立ち位置を入替え、ムーグが前面へ立ち構えた。目標を失った舌が戻りきる前を狙い、切断を試みる。植物の蔦を切るように、それは容易なことだった。しかし先端部分を打ち落としただけで、大部分はもとの鞘――口へ戻って行ったようだ。追撃に備える。
その間、百地は膝を立て、その勢いを使って一気に立ち上がる。番は蝶キメラが2人の方へ向かわぬよう、次々に剣術を繰り出し、一匹一匹確実に潰していく。
「転ばせてくれた敵は水の中?」
「ソノヨウ、DEATH」
既に雨によってずぶ濡れになっているが、両生類を相手に、水の中へ足場を移すのはおそらく不利。
「縁に気をつけて銃撃になりそうね‥‥」
奇襲を考慮し、多方向に留意しつつ、舌の伸びてきた田に注意を払うムーグと百地。
「次の攻撃がきたら――お願い」
ランタンを揺らし、合図を送る百地。ほぼそれと同時、紅い舌が雨粒を弾き飛ばしながら、弾丸の速さで伸びてきた。
「こっの‥‥!」
狙われたのは再び百地。舌の数は普通に考えて1本、それを繋ぎ伝えばそこに本体がある。出来るだけ時間を引き延ばすべく距離をとり、注意を引く。
「今、デスネ」
百地が注意を集めている間に、ムーグが本体を視界に補足。威力を上乗せした弾丸を放ち、確実に息の根を仕留めることに成功する。
その間に蝶の始末を終えた番が駆け寄り、合流。
「ごめん! そっちに集中できるように、って思ったんだけど」
「アナタ、コソ、無事デ、ヨカッタ、デス」
胴を寸断された蝶がころころと転がっているのが見て取れる。
「ちょっと待って!? 今さっき、ランタンに集まってきたわよね!? もし集まる習性があるなら、」
「避難所‥‥!」
3人は周囲にキメラがいないことを確認すると、急ぎ避難所へ足を向けた。
●しょうたい
フォルテとユステズが農道で発見した青年を担ぎこんだ時、役場に数体の蝶が向かっていることに気付いた。無線で応援を頼もうとするも雨の影響か、応答はなかった。急ぎ役場へ青年を預け、外で迎え撃つ。
「どこまでやれますか、いえ、うちらがやらんとね」
「その通り、ってね」
ユステズはダガーを構え、地を走ってくる蝶を狙い、フォルテは低速で低空飛行をしている蝶へ刃を向けた。背後の明かりが草して狙いは定めやすい。雨水にぬれた衣服が重くなるがそれを厭わず、2人は避難場所を護る為戦い続けた。
間もなく、2人が奮闘を終えた頃、灯りと蝶の関係を警告しようと戻ってきた番らが合流。生き残りが居ないか確認し、確実に処理した。
「醜悪ナ、顔、住人ノ目ニ、留マル前、処分DEATH」
「あれ? この男の子‥‥」
傷を負い、熱に意識を失っている青年の顔をまじまじと番が覗き込んだ。その顔に見覚えがあった、つい最近と、春口に。
「普通に外で襲われてたんだ、ここも教われそうだったから役人に任せちまったが‥‥」
フォルテが救出時の状況と経緯を説明する。薄暗かったのと、泥だらけだったのと、急いでいたのもあって気付かなかったが、
「もしかしてシロウくんじゃ」
声を潜めて、秘密裏に依頼された捕獲対象の名を口にする番。
「やっぱり現場をうろついてたのね。にしてもこの状態は‥‥。とりあえず一般人をここに近づけさせないようにした方がいいわね、支部にも連絡とってくるわ」
百地は支部と連絡を取る為、そして人払いを頼む為にシロウが寝かされている部屋を出て行く。
(「もし人であるなら‥‥救い出せないものだろうか」)
(「予測サレタノハ、ヨリシロ‥‥シカシ、コレデハ無防備デ、非力スギル‥‥」)
より多くの人を護りたいと思っている御守や、何度となく蝶と青年が絡む依頼を受けていたムーグはそれぞれに思いを巡らせた。
「今度は逃げないように捕まえておかないと、だ」
しかしそう言う番も、ただ熱にうなされている青年を拘束するにも行かず、迎えの便が来るまで警戒用に人員を裂くに留めるのだった。
「可能なら追跡してねぐらを探そうともおもいましたが‥‥それはこれから聞けばいいやろね」
「ああ、アレが演技だとしたら避難所においておくのは危険なのも事実だ。だが、避難解除の際、虫の息だろうがキメラが残っていても危険だ」
ユステズとアグレアーブルは、雨が小降りになり、雲間から光が差し始めた頃、見回りに出ていた。存在自体が脅威。撃ち漏らしがあっては叶わないと、2人は晴れた視界に目を凝らしていく。
「は〜‥‥置いといたランタンもいくつか壊れてしまっとるなぁ。人体を模した蝶といいはれば童話の妖精を思い浮かべるとこですが‥‥流石にこれは」
醜悪にゆがんだ顔、歪な形の胴体、煌く鱗粉は有害そのものとあっては夢も何もありはしない。エレノアはそんな残骸を片付け、ランタンを回収しながらため息を付くのだった。
「今では思います、最初からあれをヨリシロにしていればよかった、と」
薄暗い闇の中で、背の高い女性が誰にでもなく呟いていた――‥‥