タイトル:【薄幸】白と紅と――マスター:ArK

シナリオ形態: ショート
難易度: 難しい
参加人数: 10 人
サポート人数: 1 人
リプレイ完成日時:
2010/10/05 18:09

●オープニング本文


――移転も引継ぎも完了。さすれば――


 ニッポンの四国にあった、ひとつの敵拠点。先日、傭兵達はその解体に成功した。それから数週間、交戦の最中姿を消した拠点主の行方を捜すが要としてつかめず。敵勢力からのアプローチもない為、この事件はこのまま幕が下ろされようとしていた‥‥。


『事件に関連する重要参考人――城野シロウ。彼はヨリシロ候補としてバグア――羽根石コウに取り置かれていた存在。先日の作戦に同行し、それと遭遇。羽根石は城野の奪還を試みていたようだが、それが不可能と判断するや、目的を暗殺に切り換えた。
 傭兵達により最悪の事態は回避された。まだ敵勢力の情報を引きだす手段が残っているかもしれない参考人だ、失うには惜しい。
 だが新たな問題が浮上――』


「さて、次はどこの任務を片付けるとしようか」
「少し遠いけどこれなんかは? かなり急いでるみたい」
 傭兵へ依頼が掲示される本部。今日も多くの傭兵が電子掲示板とにらみ合っている。
「そうだな。『アレ』以来この辺のキメラ発生も落ち着いてるようだし、そっちの応援に回るとするかね」
「気味悪いくらい静かになったわよね。面倒な蝶の出現事例も聞かないし、本当に撤退したのかしら?」
 各地で見られた、胴部分が人体を模した蝶キメラ。それは彼の拠点で研究されていた素体だった。それが出現したという依頼はまったくといって現れない。
 傭兵達は専属していた区分を離れ、新たな敵地へ散り始めている。それはそんな最中だった。
――緊急依頼発生。
 突然四国支部の依頼掲示室に緊張の声が響いた。室内に居た全ての者が、緊張の面持ちで耳を傾ける。
――D地区にて小型飛行系キメラが大量来襲。襲撃地区を中心に靄のようなものが発生、通信困難。至急現地へ確認、対応へ向かって下さい。
 巨大モニターに現地の映像がノイズ交じりに映し出された。地上からの映像だと思われるそれには、まるで多くの発煙筒をたき、消火器を一声噴射したような色に包まれる町の映像。黒い何かが画面に飛び掛ってきて‥‥映像が途切れる。そんなほんの数秒の映像が何度も繰り返し流され続ける。
 通報を受けたオペレーターによると、通報者は女性だったという。映像送信主も同じ。状況を確認し終える前に、通信が切れてしまい、以後不通。詳細は不明だという。
――繰り返す‥‥


『新たに発生した問題、それは城野シロウの容態。容態と書くのが正確であるかはおいておく。保護から敵地強襲までの間、彼は洗脳の残滓こそあったものの、明るく口数の多い青年であった。しかし、先日の作戦後から急に言葉を失った。こちらの問いかけにも何も反応しない。
 一般病棟から、再び支部監視施設への移動が決定。LHへの移送も延期しなくてはならないだろう。
 身体に異常なし。声帯も問題ないことから精神面、もしくは敵接触時に何かを仕掛けられたものと想定している。
 作戦チームの報告書からも、道中は自ら案内をしようとする等、自主性、協力性が見らる。具体的にいつから様子が変わったかは誰も認識していなかった様子。戦闘の最中にそこまで気を配る余裕はなかったと――』


 町は怪しい空気に包まれていた。人々は我先にと白い空間から外へ飛び出してくる、中には負傷している者もいた。数人の傭兵が駆け寄っているのが見えた。
 白の外からでは中の様子はまったく確認できない。ただ、時折レーザー光線のような一閃が白を突き抜け外へ、空へ放出されている。
「中では何が起こってるんだ‥‥?」
 待機中の能力者等は、その異様な光景に言葉を呑むのであった。
 

――やっぱり、能力者は、戦うのが、好きな、悪い人‥‥なんだ――

●参加者一覧

終夜・無月(ga3084
20歳・♂・AA
UNKNOWN(ga4276
35歳・♂・ER
百地・悠季(ga8270
20歳・♀・ER
ハミル・ジャウザール(gb4773
22歳・♂・HG
御守 剣清(gb6210
27歳・♂・PN
フォルテ・レーン(gb7364
28歳・♂・FT
湊 獅子鷹(gc0233
17歳・♂・AA
ムーグ・リード(gc0402
21歳・♂・AA
シクル・ハーツ(gc1986
19歳・♀・PN
ザイン・ハイルング(gc4957
23歳・♂・ST

●リプレイ本文


『俺が、お前の代わりに、アイツの気持ちを確かめてくる』

 数人が、言葉を閉ざした城野シロウとの面会を求め、一人ずつに短い時間が与えられた。これはフォルテ・レーン(gb7364)が、彼に掛けた言葉の一片。
「シロを助けたのが‥‥お節介だったとは思いたくねえんだ」
 支部の無線をいじりながら、フォルテは呟く。
「あんまし思い詰めると疲れるぞっと。何がよかったか悪かったかなんて終わってみなきゃわからんのだからっと‥‥」
 フォルテの言葉を拾い、ザイン・ハイルング(gc4957)が大らかな声を投げかける。
「あ、いや‥‥そうなんだよな、まだ終わっちゃいない。心配かけて悪いな、早くこれをどうにかしちまおう」
 落ち掛けた陰を拭い去り、フォルテは幾度目かの試行、無線機に耳を当てた。
 そして、今彼と面会しているのは御守 剣清(gb6210)。

『俺は守りたいものがある。ソレを傷つけるヤツとは、どんな姿をとっていようと戦う――君の先輩も同じ。でもそれは取り戻す為だ、あんな風に使われてんのは赦せないだろ?』

 現場周囲は慌しかった。複数の車両が到達し、町に繋がる各主道はUPCによって交通規制が引かれている。その中央に位置するのが、白い霧とも、粉とも取れるものに覆いつくされた市街だ。
 そんな厳戒態勢の一角で傭兵達が状況確認を進めていた。
「ああ、聞こえる‥‥しかし、これ以上少しでも市街に近づくとノイズの嵐だ」
 無線機へ、感度を報告しているのはシクル・ハーツ(gc1986)。相手は支部にいるフォルテだ。思うところ有、無線を準備しようとしていたのだが、霧に近づくほど音は奪われ、耳障りな雑音にかき消されてしまうのだった。
「残念だけどこの辺に境界線があるみたいね。通信妨害は珍しくないといえばそうだけど‥‥あの嫌に光る粉と、何か関係あるのかとか考えちゃうわね」
 支部に貸し出されたいくつかの無線機で試行してみるが、いずれも同じ反応、と百地・悠季(ga8270)が口を添えた。そして彼女には思い当たる一片。
「過去の報告書にあった、あれ‥‥か?」
「そ。こーくると通報者の女、ってのも勘繰りたくなるわね」
 二人は市街に視線を投げるのだった。

『城野さん、あなたはどうしたいんですか‥‥? 僕たちは、今から、――「ヨリシロ」を倒しに行きます』

 それはハミル・ジャウザール(gb4773)が、目前の青年に投げかけた言葉。当の青年は机を挟んで、一人の職員に付き添われ、肩を落し、項垂れ、生気のない表情で椅子に座っていた。
 そんな、何事にも反応を示さない彼に、ハミルは、反応も期待せず語りかけていた。
「ヨリシロというのは、どんなに知っている人に似ていても中身は完全な別人なんです。どんなに君の知っている羽根石さんに似ていようとも、振りをしていようとも、根底の考え方は別物」
 一度言葉を切り、一口水を飲み、そしてまた続ける。
「今起きている事件、ヨリシロはそこにいるでしょう。僕たちが言うことではなく、彼女に言われたことでもなく、貴方自身が思うように、したいことをすべきです」
 また一呼吸。少々職員の顔色を伺って、告げるべきか悩んだ素振りの末――
「こんなこと言うと怒られそうですけど‥‥。たとえ貴方がしたいことが僕たちと敵対することでも、後悔しない道を選ぶべきです」
 口早にだが、確実にはっきりと告げて、ハミルは部屋をあとにした。

 再び現場。
「‥‥ああ、助かる。こんなこと頼んで悪かったな」
 終夜・無月(ga3084)は、市街から逃れてきた住民の話をまとめていた。協力者は親しくしている仲間の一人。引き続き脱出してきた者の保護を頼み、終夜は突入班の仲間と合流する。
「首尾はどうだ?」
 戻ってきた終夜に気づいたUNKNOWN(ga4276)は、アイテム調整の手を止め、状況を尋ねる。
「かなり混乱しているのはよくわかった。着の身着もそのままに、ただ夢中で走ってきたと誰もが言っている。視界は不明瞭、怪物――キメラが徘徊しているともいっていた。負傷者も幾人かいたな」
 霧の中に入った先鋒隊の報告はない。いや、無線が通じない以上、斥候が戻ってこない限り内情をしることが出来ないともいうが。
「はっ! そんならこんな所でちんたらしてねーでさっさと突入しようぜ! 市街っつーのが面倒でなんねーがな」
 禍々しく、好戦的な雰囲気をかもし出す男が近づいてくるや一声、吐き捨てるように告げた。湊 獅子鷹(gc0233)だ。ただ戦いの場を求めてこの場に居る。
「まぁ、確かに準備も大体終わった頃合だろう、俺たちも集まり、そろそろ行くとしようか」
「はい、そうですね」
 湊に後押しされたからというわけでもないが、終夜とUNKNOWNは頷きあい、他で待つ仲間と合流することにした。

 小さな個室。向かい合う席ひとつふたつ。位置する一人と二人。面会室には今、ムーグ・リード(gc0402)がいた。何度か対面した彼。これまでのことも概ね理解している。
「少シ、オ話ヲ、シマショウ‥‥」
 そういって、ムーグは自己の身に起きた話を語りだす。滅ぼされた故郷、命を落とした同胞、生き残った自分、そして能力者になった経緯。そして、
「今、シカナイ、コノ時、後悔ハ、サセタク無イ」
 何かしたいと思っても、既にその場に居ない何も出来ない、ムーグはそう重ねる。それはこれから居なくなろうとしている、居なくしようとしている当事者になるだろうこと。ゼロではない可能性で目の前の彼が居なってしまうこともありうる。今以降のことは誰にも分からない。
 それを穏やかに諭し、彼は発つ、戦地へと。跡に、何かが残ることを信じて。

 ――‥‥後悔‥‥‥‥――
 ――違う‥‥僕は‥‥――
 ――僕が嫌だったのは――


 周囲は白の海。晴れているのが幸か不幸か、きらきらと視界を阻む怪しい輝きは突入するや否や、一同の視界を一瞬にして奪った。且つ、この白きモノには感覚を麻痺させる効能があるらしい。正体不明の飛翔体が空を覆い、とたん白くなった周囲、中心部から逃げてきた者は口々にそう告げていた。
「通報はここからされたようだ」
 シクルが指すそこは通信所。通報用の通信機等が置いてある場所だ。詰め所もかねていたようだが――
「これはひどい」
 UNKNOWNが、酸素供給源となっている煙草型ボンベを強く噛み締めた。設置されていたすべての通信機はすべて破壊されている、何かの衝撃で押しつぶされたような湾曲。そして地は一面血の海、人の躯――獣の足音。
「きなすったな!」
 湊が嬉々として獲物を構えた。わずかに遅れてUNKNOWN等も警戒を強める。おそらく近くで躯を貪っていたモノだろう、3匹の狼型キメラだ。
「これ以上こんなことは続けさせない‥‥!」
 紅く染まる狼の口元、シクルは瞳に青い瞳を宿し、長弓の矢を弾いた。躯体に刺さる光、しかし狼は身じろぎもためらいもなく一直線に、息のよい獲物めがけ牙を剥く。ためらいが無かったのは湊も同じ。直刀を煌かせ、飛び込んでくる狼の脇へ飛び込み、振り下ろす。骨が砕ける鈍い音。AU−KVを纏っている為表情までは見て取れないが、喜びを感じているのは確かなようだ。背を砕かれ、起き上がれぬ腹に一刀つき立て次の目標へ駆ける。
「まだ動いているが‥‥脅威ではない。さすれば」
 終夜は持ち変えた扇で周囲に竜巻を起こす。とたんその周囲だけ白が晴れ、コンクリートの人工的な色がむき出しにされる、同時に鮮明な銅の色と臭気が情報を一致させる。それも戦場ではままあること。狼を前に、狼と化す終夜。姿を明確にした敵に明鏡止水をかざす。一時的とはいえ白はその場から退いたが、じわじわと再び侵食が始まっている。それまでにこの場を片付けること。
「参る」
 続く仲間へ繋ぐ動きで太刀を振る。そして離脱。そこへ百地が特殊銃を発砲。脚を砕かれ、牙を削がれ、目を貫かれる。それでもまだしぶとく動くのは獣の性か。終夜が追撃の合間を縫い、とどめの斬撃を見舞わすのはまもなくのこと。一瞬にして鮮やかに3匹のキメラは傭兵たちにより処理されたのだった。
 開け放たれた通信所の扉、中に引かれる白と紅。しかしここばかりにとらわれていられない。収穫の無い場所であることを再度確認して、一同は駆ける。助けを求める声の先へ。

「声が聞こえたのはこの辺りだと思ったが‥‥」
 明かりを求めて群がってくる羽虫のようなキメラを薙ぎながら歩を進める。探査の眼を張りながらUNKNOWNが先行、百地がそれに続くように商店街に入っていく。どこから何が飛び掛ってきてもおかしくない構造になっていると聞いている。店と店の間、屋根の上、看板の裏、散らかった売り物の陰――動くものの一切の気配を掴み損ねぬよう。
「あたしたちが気づくことが出来たんだからキメラだって、なんて考えちゃだめ、よね?」
 不安を拭い去るよう、そんなことない、と自分自身へも含めて説く百地。商店街も半ばに差し掛かった頃、
「そこっ!」
 終夜が扇で風を射ち、霧を退けると、小道に子供が倒れているのが分かった。幸い外傷は見当たらないが、ぐったりとしていて動きの一切がなかった。
「だ、大丈夫か!?」
 周りを警戒する仲間を残し、シクルが駆け寄る。ギリギリまで近くによると、辛うじて胸の上下が確認できた。前進が小刻みに震えている、痙攣、だろうか。
「息がある、とりあえずどこか‥‥」
 子供を抱えあげると、シクルは軽く周囲を見渡し、重いガラス戸が張られた書店を見つけた。中は明るく、透き通っている。この霧はどうやら屋内までは届いていないらしい、破損していたり、開放されている家屋は別として。
 急ぎ入り、扉を閉める。開くときにいくらか吸い込んだが、閉じる動きで再び押し出し、締め出す。
「これは‥‥霧影響だな」
 救急セットで出来る限りの応急処置を行う終夜。影響力には個体差があるが、場合によっては呼吸器が麻痺し、死に至るケースもあるらしい。幸いこの子供のはそれまで及んでいない。
「救助を頼みたいところだが‥‥通信は利かないのだったな‥‥」
 通信でのやりとりに慣れてしまうと、ないことを不便に思うのは仕方のないこと。少し回復するのを待ち、霧の外まで連れ出すしかないだろう。脈と胸の上下を確認し経過を待つ。
 同時刻外。
 興味なく、外――商店街のアーケード下に残った湊は、獲物を手に一人歩いていた。敵あらば瞬時に切り捨てる意気。そんな彼も、後ろから規則的に続く物音には気づいていた。重苦しく、ひとつ響く度に地面が揺れるような錯覚を覚える。――背後に巨体が構えている、熊型のキメラだ。
 関与すまいとしつつ、暗に救助地点からの引き離しを行う事となっていた。湊が振り返らず足を止め、熊が腕を振り上げる――
 刹那、不吉に静まり返っていたその場に音が響く。
 それは鳴声。獣の、禍々しくも野太い、咆哮ではない鳴声。湊の刀圏内に入った腕が、瞬時に切り落とされたのだ。紅いものが周囲に飛び散る。
「ったく、めんどう、めんどう‥‥気兼ねにぶっぱなせやしねぇ」
 向き直り、構えなおした湊が、キメラ越しにUNKNOWNの姿を確認した。彼も敵の気配と、湊を追ってきたのだろう。構えているのはエネルギーキャノン、しかし撃ちはしない、出来ない。
「ふぅぅ‥‥しゃあねえなぁ」
 キメラにとって、既に獲物はどちらでもよかった、腕をひとつ失ったせいか、動きも鈍く、バランスも悪いが、二本の脚で確実に距離を詰め、体当たり宜しく一気に襲い掛かる。
 狙いはUNKNOWN。
 しかし彼にとって、その攻撃は脅威でもなんでもなかった。ひらりと無駄のない動きで容易にかわす。すれ違う身を脚払い、かの巨体を崩すにはそれで十分だった。
 既にバランスを失った体はずぅんと音をあげてその場に崩れた。
「放っておいても絶えるだろうが‥‥」
「これで仕舞いだ!」
 やりたい盛りの青年、湊がまたたく間に切り刻み、肉塊に変えてしまった。能力者になってUNKNOWNの様、何も変わらず元のまま、湊のように好戦的になる者、それは多様。ただし、湊の場合は背景も関与している様子だが。
「仕留めたなら問題ないだろう、一度拠点に戻ることになった、来い」
 静かに告げるUNKNOWN。湊も獲物が途絶えるや興味をなくしたようで、刀の血を払い、納めるのだった。
 合流し、帰還する道中も幾人かの要救助者を抱えることになる――。



 不運にも発生したすれ違い。終夜等が救助者を連れて霧の外へ出るわずか前、入れ違うように突入した隊があった。
 支部から遅れて出発した御守等5人だ。
「連絡を取る時間や合流のタイミングを話し合っておくべきだったな‥‥内と外で通信が不能とは」
「ま、大分白みも晴れてきたようだし、そのうち合流できんだろ」
 御守のため息に、フォルテがフォロー。彼も目論んでいた、支部への無線送信が出来ず無念を感じている面があった。ただ、通信妨害の原因を白い霧と仮定するのであれば、風に流され薄らぎつつある現在、取り払われれば回復の見込みもあった。
「不便なのは皆同じです、今は出来ることをしましょう。まだ救出されていない民間人もいるとかいいますし――っ」
 大事なのは別のところにあるとハミルが諭しかけた時、薄く晴れた空に浮かぶ影が二つ。場所は公園。崩壊した池の噴水、石造りの地面に至っては巨大な穴が穿たれている。
「これは‥‥HW‥‥ですね‥‥っと」
 ザインをはじめ、敵影を目撃するや、速やかに姿を林に隠す一行。初めての現地任務で出会うHWに表情を翳らせるザイン。
「ダイ、丈夫。皆、イマス。頑張リマ、show」
 武者震いか、震える肩に優しく手を添えるムーグ。次第に奮えは収まっていった。そして、それぞれ襲撃のタイミングを示し合わせる。相手はまだこちらに気づいていない様子、ならば――
「いっくぜぇ!」
 フォルテが巨大な両刃の斧を振りかざし飛び出した。合流まで無理はしたくなかったが、目処が不明ではやるしかないと回避を念頭に置いた前面に立つ。
「高度をどうにか下げさせます。それまで引き付け頼みました」
 背に黒翼を背負ったハミルがエナジーガンを構える。高度の意味で射程は問題ない、あとは距離。ムーグも命中度を意識して番天印を抱えていた。
 フォルテが飛び出してまもなく、前方、と思われる部位が彼等側を顧みた。その反転の合間を狙い、射撃を行う二人――奇襲成功。ここからが正念場。
 振り返ったHWは砲撃を開始する。狙いは突出したフォルテ。回避は心がけるが両の脇を塞がれてしまうと前に跳ぶしかなくなる。微細な犠牲を払いつつ、ひたすら戦場を駆ける。同じく立ち回るのは御守。構えるのは小銃だが前へ。
「向こうへ回らせるわけにはいかなくてね‥‥!」
 回避をかねて腹の下を駆け抜けると同時、そこへ弾丸を撃ち込む。逸れ掛けた注意を再度向けさせるにはそれで十分。相手の連射が利かないのが幸いだろう。
 ひとつひとつは小さなダメージ。しかしそれも蓄積すれば大きなものとなる。引きずり落す為の最後の一撃を狙ったときだった、
「い、池に‥‥っ!」
 銃身に集中を張る2人の背後を護っていたザインが警鐘をがなった。そして池に浮かんだ影へ扇嵐をかざし、竜巻を仕掛けた。池の水が竜巻に巻き上げられ天へ昇る。
 現れたのは巨大な蛙型キメラ。水の中に潜んでいたらしい。長い下を鞭のようにうねらせ、ザインへ、またその後方に構える射撃隊に向ける。
「お、俺がやるしかない‥‥かっと」
 仲間を信じてお互い位置している、ならその責を果たすまで。竜巻で舌を狙い、ねじまげる。それから一呼吸つないで爪に持ち替え突撃。踏み込みというよりは超低空の飛翔、一気に間合いを詰め、切り裂く。蛙型キメラについての情報も過去の資料で確認済み‥‥気をつけるべきは体液。しかし駆け出しの身では攻撃するのがやっとのこと。切り裂いた後、撤退するのがわずかに遅れた。
 天から落ちてきた水と、蛙の体から放出された体液を交えて浴びることになった。
「うはぁっと――」
 むせりながら水を吐き出していくザイン。水と混ざっていたのが幸い、影響は大分薄まっていた。
 ザインが健闘している間もHW戦は進んでいた。そしてそれも丁度終盤。1体は弾切れか、地で足掻いているところをフォルテの斬とハミルのガンによって。もう1体はムーグの射撃で風穴を開けた後落下、その場を御守によって処断されていた。
 いずれもいくらかの怪我を負っていた。
 いく時経ったか、いつの間にか空の青が晴れて見えた。そして誰かの腰元が鳴った――。

「何とか合流できてよかったわね。霧も晴れて、大分見通しよくなってきたし」
 拠点にて一行は合流を果たした。予測通り通信を阻んでいたのは白い霧のようだった。また、その霧の正体は蝶型キメラの鱗粉。これまでも幾度となく通信不能なことがあったのも、これが原因であったとするなら頷ける。改良されていったのだろう。
 百地は見通しがよくなった、一部破壊された市街地を双眼鏡で眺めながら告げた。現在は今までの状況、戦果を報告しあっている最中だ。
「ココ、デ、HWト、撃チ合イ」
 ムーグが公園に丸をつける。
「この一帯で子供がまとまって倒れていた‥‥学校から逃げる途中だったのだろう」
 中心から外に伸びる線、それを終夜が描き込む。
「他の隊がこの辺りを見回った成果は‥‥こんなかんじっと?」
 各キメラの遭遇と撃破数を書き込むのはザイン。
「この、敵のレパートリー‥‥やっぱしアレしかないと思うんだが、みつからねぇよな」
 全体が明確になったところでフォルテ。
「まぁ‥‥居る、と決め付けるのも難だろう。あくまで可能性論、だ」
「いえ、おそらく居ると見てよいでしょう、明らかにキメラではなしえない所業の数々があったとハミルが意見する。HWが、というのもありうるが――。
「どーでもいーがさっさと往こーぜ! ゾンビ狩すんだろ〜?」
 湊はすぐにでも戦場に飛び出していきそうな勢い。まだ街中からは銃声や剣撃が響いてきている。その音が彼を戦場に掻き立てる様子。
「そう‥‥だな、補給が済み次第行くとしよう」
「うん、それがいいね。あまり休んでるのも申し訳ない」
 シクル、御守と続いて、それぞれ装備の見直しを図るのだった。



「見知った顔、ひとつ、ふたつ――」
 それはまもなくのことだった。それは相手から訪れてきた。
「羽根石‥‥!」
 誰ともなく叫ぶ。余裕の笑みを浮かべ、軽く宙に浮いて見える、蝶の飛翔能力だろうか?
「そっちから出てきてくれるとはありがたい。ききてぇことがあったんだ!」
 警戒を緩めぬまま、フォルテが啖呵を切る。羽根石は並んだ10人を眺めたまま何もいわない。武器も手には、ない。
「手短にどうぞ?」
 ――その躯は何時から使ってる?
「必要だった其のときから」
 ――その女の町を潰したのもその女を殺したのもお前か?
「間違っては居ない、程度でしょうか」
 羽根石は極めて無感情。そこまで静かに答えていたのだが、10人の中に動くものを見、移る。
 湊が動いたのだ。
「その隙は余裕の証か!? むかつくんだよ!」
 放たれるショットガン、可能な限り轟然と連射される弾丸。羽根石は軽く腕を盾の様に翳し、すべて受けきる。弾丸は肉に沈むこともなく鋼のような掌に握りつぶされる。
「ふむ‥‥虚を突いてこの程度。まぁ、どの道戦闘系は要らないから問題ない。お望みどおりはじめましょうか?」
 羽根石自身もこれを最後にしようとしているのか、退く素振りは微塵もなかった。
「ちっ――」
 まだ聞きたい事があったのにとばかりに、フォルテが舌打ちする。羽根石の言葉を合図とばかりに、複数のキメラが、いつのまにかおのれ等を囲みこみ、環を作っていたのだ。気を緩めては居られない。
 地に狼。
「取り巻き、か」
 UNKNOWNがため息混じりに群れの中心へ向け、エネルギーキャノンを放つ。一射にして空気以外のものが焦げる匂いが周囲に広がる。それでも崩れ落ちるモノ以外、いまだ闘志たぎる眼でにらみすえてくる。
「こっちから征くぜ‥‥!」
 刀を強く握り、御守が、滾る眼に瞬きの暇も与えない速さで鋭く斬る。向かってきた牙のいくつかが身を掠めたが大事ではない。
 宙にHWと蝶。
「ほら、こっち向きなさい! 前と同じ性能なら余裕? ふふ」
 百地が牽制の銃撃。大振りから放たれるそれは飛礫以上に相手の気を惹くに十分だろう。
「マダ、居、マシタ、カ」
 注意が削げても装甲力が落ちるわけではない。ムーグは火力を存分に伸ばしたケルベルスを唸らせた。放たれたのは三弾。ガリガリと外壁を削り落とし、防御を殺ぐ。
「早々に退場願おうか――明鏡止水‥‥」
 薄らいだ装甲の部位を狙い、終夜が迅雷で数メートルの間合いを一足跳びに詰める、しかしそれだけでは彼の闊歩は止まらない。布斬逆刃が付与された重い太刀の猛攻。それは容易にHWを活動停止に追い込んだ。
「援護はまかせてっと!」
 空を覆う蝶と白を祓うのはザイン。風を飛ばし、能力で仲間を伸ばし、ひたすら援護に尽くした。
 取り巻きは徐々に数を減らしていく。それは羽根石の能力を殺ぐことにも繋がっている。彼女をヨリシロにしているバグアは従えるキメラの持つ能力を扱う。しかし、彼の場合近くに居なければ使えない様子、それは以前の闘いで見た。
中空、羽根石――ヨリシロ。
(「浮力が減ってきたか‥‥」)
 猛攻を仕掛けるのは湊、ひとつの容赦もためらいもなくただ、圧す。斬撃の間合いすらないにもかかわらず、それもあっさり捨て、一直線に柄頭を相手の喉めがけて打ち込む――が、
「ちっ、硬すぎだ‥‥!」
 羽根石自身近接戦は好んでいないらしく、ただひたすら間合いを取ろうと、握る銃身で受け止め、はじくを繰り返している。
(「これはある意味チャンスかもしれないですね」)
 捕獲を考えていたものの一人、ハミルが囁く。今なら湊の猛攻に気をとられ、いや、遊んでいる? 他への注意がややおざなりになって見える。しかし現状、その懐は既に埋まっている、峰撃ちを狙うのは難しいだろう。どのみちあの様子では通るかも怪しい。しばし様子見も兼ね、慎重に、援護射撃で相手の動きを封じることに徹する。
「通信はまだ利かねえのか――」
 キメラを殺ぐ合間に、支部との通信を試み続けるのはフォルテ。狙いが適うかはまだ分からない。熊の腕が頭を狙い繰り出される、咄嗟にひざを折り回避。しかし体制を整える間に鈍い一撃を受け、後方へ転がる。それを受け止めるはシクル。丁度斜線上にいただけともいう。
「す、すまん」
「集中なさい! もし彼女を無傷で無力化できればそれも同時に達成されるはず。いこう」
 シクルこそ「すまない」と呟き、大太刀を奮う。熊はこれで最後、ブレスの可能性が消失する。

 幾刻続けたか、羽根石は間合いをとることを諦めていた。しつこく食い下がる能力者共――あくまでも好まないだけで出来ないわけではない、と意地の反撃。銃身がレーザーサーベルのように光線へ変身。相手を焼ききろうと大振りに舞う。
「彼は君を倒そうと躍起だが、生憎私は倒す――というのが苦手でね」
 キメラの一派を撃破したUNKNOWNが本戦へ合流。そっと一言‥‥。
「それは幸い。こちらも、倒される――というのは一番困るので」
 これだけ動き回っても息ひとつ乱さぬ羽根石。持久戦では練力も加味すると能力者側が不利。しかし表情に出ぬものの、相手のダメージも大分蓄積していると見える、もともと愚鈍だったが、動きにキレがなくなってきている。
「そうそ、まだ聞かせて貰いたい事があってね!」
 UNKNOWNの攻撃から退いた位置で待ち構えていたフォルテが、構えながら聴く。
「‥‥‥‥」
「その身体の記憶じゃ、シロ、城野のこと、そいつはどうおもってたんだ!」
 それが一番聞きたかった事。その問いに、羽根石は、哂った。
「ああ、なるほど‥‥そういう感情の有無が知りたかった訳、ですか」
 戦斧の斬がわずかに食い込む――装甲が破られはじめたか。
「土産に教えるのもよいでしょう。羨望、嫉妬、対抗心、殆どがソレ。越えられないのが悔しくて悔しくて仕方ない。怒りに近い焦り。だから、其の知識を私が貰ってあげようと思った次第。それはこちらにとっても――有益ですからね」
「こ‥‥!」
 それは予測していた答えとまったく違った。
「対抗意識がなければ智も武も育たない。否定されることではないでしょう」
 ただ、笑っていた。当たり前のことであろう、と。育てて育てて絶望させてその知恵を取り込めれば其の体すらもう不要なモノ。羽根石――を使っているバグアにとって、ほしいのは知識、ただそれだけだった。
「彼の為、と思いましたが‥‥救いようはないのかもしれませんね」
 同じ場で其の言葉を聴いていたハミルが腹を括る。捉えても、望む関係はおそらく築けない。場合によっては更に傷つけてしまいかねない。そう、そのとき、この言葉は、届いてしまっていたのだから。
 となれば。
「ほらみろ! こいつらはこーゆーもんなんだよ! くっくっく、嫌いじゃねえな! 切り捨てたくて仕方がないタイプだ!」
「なら‥‥せめてその身体だけでも返して頂きましょう。それは『こちら』のものです。その言葉が虚であれ実であれ‥‥」
 もしかするとただの挑発かもしれない。しかしやらずには居られない。それぞれ連携を心がけ、ダメージが通るようになった身へ撃を連ねていく。羽根石は引きもせず、強引に姿勢を建て直し続ける。確実に防御の薄いものから戦線を脱させ、強靭な者が残り続ける。
 互いに危機にありつつも尚衰えぬ闘志――こうして最後に生き残った者が。最期に、活。
 誰の放った弾丸だろうか、斬撃だろうか、突きだろうかが、羽根石の身、それぞれを貫いた。濃密な血臭いが辺りを満たす。
「そうして‥‥生き残っていけば‥‥こちらも――」
 活動停止。それはとうとう地に崩れ折れ、動かなくなった。湧き上がる液体が地を染めていった。



「っと、これで事後処理はおしまいかしら? 第二の羽根石が、なんてないわよね?」
 報告書を仕上げつつ、百地が零す。
「その点は問題ないだろう、意識がなかった者はいたといえ、憑依出来る存在はなかった‥‥仕舞い、だな」
 咥え煙草を新しいものに替えながらUNKNOWNが返す。
「でも、さすが先輩ですっと! 俺も追いつけるように頑張るっと!」
 初戦で激地へ飛び込んだザインは幾つも学ぶことを見出した様子。
「またどこかでご一緒出来るその時までお互い精進続けましょう」
 終夜は静かに、新人へエールを送る。
「さて、次の依頼探しと往くか」
 脅威はまだまだ残っている。湊は次の標的を求め、依頼板へ向かうのだった。

 ――一秒もやむことのない痛みは何時からだったろう?
 ――その痛みにすら気付けなかった、甘えていた?

 羽根石の言葉は城野に伝わっていた。用意した無線が最期の最後に繋がったのだ。それがよかったかは、分からない。ただ、彼の表情は変わった。
 町の処理をして支部に戻ったとき、城野はそこに居た。
「ごめん、そして、ありがとう、って」
 連れ帰った、羽根石だった亡骸にそう告げる。
「あー‥‥っと‥‥その、なんていったら」
 いいにくそうなフォルテに、
「ううん。むしろ眼が覚めた感じ、ありがと」
 返す笑顔。
「一応生きて連れてきたかったんだけど‥‥」
 叶わず無念、と言うハミルにも同じく「ありがとう」。
「全部間に受けるモノじゃないと思う。最後の優しさ、とか、さ」
 そうであって欲しいと御守。その言葉には「大丈夫」。
「その、辛かったり、苦しかったりを耐える必要はないぞ‥‥?」
 己を救ってくれた者のように旨くはいえないけれど、とシクル。「目は、もう逸らさない」、それが彼の答え。
「ムーグさんが言ったように、今しかない時、だもんね。だから、僕はこれから皆も知ってる学園へ行くよ。半分は聴取で半分はリハビリ、らしいけど」
 LHでの行き先はカンパネラ学園とのことだった。様々な事情を鑑みれば、上による正しい処断だろう。

 ――体だけじゃなく、心も護れる能力者に。