●リプレイ本文
●不穏な幕開け
出発を控えて、高速移動艇乗り場へと集まる能力者達。
だが、集合時間はとっくに過ぎているにも関わらず、朏 弁天丸(
ga5505)だけが未だ姿を現さない。
「まだ来ないのかな〜」
待ちくたびれた月森 花(
ga0053)がふわぁ〜と大きく伸びをしながら声を上げると、
「‥‥あの人‥‥‥本当に来るのかしら」
紅 アリカ(
ga8708)が眉根を寄せて静かに呟いた。
今回、キメラ討伐の作戦を練る際に、弁天丸と他の能力者達との間には決定的な溝が生じており、それが埋められぬまま出発を迎えてしまっていた。
アリカが弁天丸が現れるのかどうか疑ってしまうのも無理はない。
「きっと来るッス。仲間を信頼するッス。それがチームの醍醐味の一つッス」
エスター(
ga0149)が力強く答えると、‥‥そうね、考え過ぎだわとアリカは口にはしたが、思案気な表情はあまり変わらなかった。
能力者達の間を重い空気が漂う中、それを払拭するかのように霧雨 夜々(
ga7866)がじゃじゃ〜んと派手な声を出した。
何が始まるのだろうかと能力者達が目を向けると、彼女は懐から長楕円形の木の実を取り出す。
「今日はネコ科のキメラが相手という事で、マ・タ・タ・ビ、持ってきましたぁー」
これでふにゃふにゃのメロメロにさせちゃいますよぉーと意気込む夜々。
「だいごろさんも頼りにしてますからねぇー。猫科の動物は柑橘系の香りに弱いって話ですからぁー」
そう続けられた言葉に、にやりと笑みを浮かべて応えたのは増田 大五郎(
ga6752)だ。
彼が瞬時に覚醒すると辺りに爽やかな香りが漂った。
そこへ、搭乗予定の高速移動艇が出発準備に入ったアナウンスが流れる。タイム・リミットだ。
「‥‥仕方がない、9人で化け物退治に行くとしようか‥‥」
諦めた様に八神零(
ga7992)が呟いた。
――その頃、弁天丸は。
(「寄って集ってわらわを除者扱いしおって‥‥」)
チームメンバーと協力する意思を捨てた彼女は、独りキメラの許へと向かっていた。
(「意味がないじゃと? 囮に立候補したわらわの親切心を仇で返すとは‥‥もうよい。キメラなぞ1人で仕留めてくれるわ‥‥」)
憤りの余り、ギリギリと唇を噛み締めながら荒々しく歩き続ける弁天丸。
――そして、そんな彼女を物陰からじっと見つめる影が1つ。
討伐対象のキメラだ。弁天丸を見つめる瞳がすうっと細くなる。
次の瞬間、その巨体を微塵も感じさせないような動きで軽々と跳躍すると、キメラは弁天丸へと襲い掛かった。
風に乗る僅かな獣の臭いにはっと我に返った弁天丸が慌ててドローム製SMGを盾に防御姿勢を取るが、落下の勢いが乗ったキメラの攻撃にガキッと嫌な音を立て手から大きく弾き飛ばされる。
身を守る術をなくした弁天丸。
キメラが勝利を確信するかの様に、高らかに吼えた。
●緊急事態! 急行せよ!!
キメラの目撃情報があった場所へと到着した能力者達は、花、エスター、新居・やすかず(
ga1891)、夜々の後衛陣4人を中心にして円を描くような布陣を敷く。
これならばそう簡単に背後を取られる様な事もなく、また後衛だけが接近戦を挑まれる事もない。
今回のキメラには最適と思われる陣形だ。
周囲を警戒しながらそろりそろりと歩を進める能力者達。
「臭う‥‥近くにいるな、子猫ちゃんが」
風に混じった僅かな臭いの違いを嗅ぎつけた大上誠次(
ga5181)が声に、能力者達は警戒を強める。
その時、花がある物を発見した。
地面に転がったドローム製SMGだ。
「これ‥‥朏さんの‥‥‥」
花の言葉に、能力者達の脳裏に最悪の結末が過ぎる。
自然と進む速度が早くなった。
歩き‥‥小走りになり‥‥大地を駆け。
彼らは目当ての物を発見した。
キメラと―――弁天丸だ。
足許に倒れている彼女を玩ぶ様に前足で転がすキメラ。
その光景に能力者達は息を呑んだ。
「助けなきゃ!」
花が声を上げると、
「あたしも行く」
雪村・さつき(
ga5400)もそれに応じ、2人で先んじて走り出す。
キメラと弁天丸の許へと走る彼女達の傍を、一陣の黒い風が駆け抜けた。
「Lets show time」
漆黒の人狼の姿となった誠次だ。
猛スピードでキメラへと接近すると、渾身の一撃をキメラの横っ腹に叩き込んでキメラを弾き飛ばし、そのまま弁天丸を庇うように仁王立ちになる。
(「ひ、酷い‥‥」)
弁天丸へと駆け寄った花とさつきは、彼女の惨状に声もなかった。
辛うじて呼吸はしているが、自己治癒能力を完全に超えたのであろう、身体にはキメラの牙や爪で付けられたと思われる裂傷で溢れている。
また傷の状態もだが、装備も同じぐらい酷い状態だ。
ジャケットはキメラの鋭い爪によりボロ屑の様に切り裂かれ、髪に飾られていた筈のコサージュも何処かへといってしまっていた。
急いで傷の手当てをしたいところだが、キメラは既に体勢を立て直しこちらへグルルルルッ‥‥と唸り声を上げている。そんな暇はない。
「やんちゃが過ぎた子猫ちゃん‥‥って言うにはちょっと大きすぎるかも知れんけど、きっちりお仕置きしてやらないとな」
おどけた台詞とは裏腹に油断なく身構えた誠次へキメラの牙が迫る。
ガキンッと派手な音を立てて、牙と誠次のロエティシアが激しくぶつかり合った。
力で圧倒するキメラ。耐える誠次。
傍に控えていた花が背中に背負ったショットガンをスラリと抜き放つと素早くスライドさせ、銃身をキメラへと向ける。
「ボク達に近寄るな」
次の瞬間、銃口が火を吹き、勢いよく飛び出した小粒の銃弾が大量にキメラの腕へと降り注いだ。
右前足に手酷い傷を負い、苦悶の声を上げるキメラ。
組み合う誠次を振り払うと、低く身を屈めて跳躍の態勢へと入る。
「逃げるな!」
さつきが追い討ちをかける。
放たれた銃弾はキメラの後ろ足を掠めるが、その行動を止まらせるには至らない。
キメラが天高く跳躍した。
向かうは、先行した3人を追う6人の能力者達。
「落ちろッス!」
エスターは自分達に向かってくるキメラの、頭部と肢の付け根に照準を合わせる。
充分狙いをつけて放たれた弾丸が勢いよく飛び出していく。
狙い通りとまではいかなかったが、一つは大腿部を打ち抜き、もう一つは片目を潰す事に成功した。
怒りに身を滾らせるキメラ。
着地したと同時に先程の動きよりも、数段早くエスターへと接近する。
やすかずがキメラの進路を予測して射撃を行うが、先程までの動きと異なる為に全てを当てる事は叶わず、キメラの進撃も止められない。
能力者達へと接近したキメラはエスターへと鋭い爪を振るうが、庇うように前に進み出た零が2本の月詠で何とか受け止める。
「くっ‥‥」
重い一撃に月詠を持つ手が震える。
「予定変更ですぅ〜」
超機械で援護を行っていた夜々がマタタビを投げつけた。
しかし、キメラは興味こそ示したものの、動きが鈍る様子は見られない。
隣にいる大五郎から発せられる爽やかな香りにも特に反応がなかった。
(「マタタビは気になったみたいですけど、影響は殆どゼロですぅ‥‥」)
さして効果を見せなかった事に残念そうな表情を浮かべる夜々。
だが、それだけで終わる事はなく、彼女の頭では思考の波がめまぐるしく渦巻き、ある仮説へと辿りついていた。
(「もしかして‥‥キメラには素体の習性は残ってても、弱点となりそうな特徴は取り除かれるんじゃあ‥‥」)
閃いたその説に彼女は一瞬喜びかけるが、思い直してふるふると首を振る。
(「今回のだけじゃ何とも言えないですぅ‥‥もっと、も〜っと検証が必要ですぅ‥‥」)
行動から注意が逸れている事を目敏く見つけられたのか、攻撃の矛先を夜々へと変更するキメラ。
猛スピードで自身に迫るキメラに、夜々がきゃあぁと悲鳴を上げた。
そんな彼女の前に大五郎が素早く回り込むと振るわれたキメラの爪を長剣で受け止め、そのまま弾き返した。
「魂の入っていないお前の攻撃など効かんわ!!」
力強く立つ彼の大きな背中に羨望の眼差しを送る夜々。
無論、キメラの攻撃を受け止めた際に手が痺れた事など全く見えてはいない。
続けて何度も打ちかかるキメラの攻撃を、夜々に被害が及ばぬよう文字通り身を盾にして庇う大五郎。
彼に意識が向いているのを好機と見た能力者達が動き出した。
エスターの援護射撃を伴って零とアリカがキメラの後ろ足を狙い、やすかずは顔を狙ってペイント弾を撃つ。
着弾と同時に中の塗料が顔面を覆い、キメラの視界と嗅覚を奪った。
そこへ6人の許へと駆けつけたさつきが腹部の下へと素早く移動し目にも止まらぬ一撃を叩き込み、キメラの背中へと飛び乗った誠次が振り落とされぬようにロエティシアの爪をざっくりと身体に埋め込む。
彼らの行動に大五郎への攻撃を止め、闇雲に暴れるキメラ。
さつきへと振るわれた尾をやすかずが狙い撃つ。絶え間ない攻撃に尻尾の先が弾け飛んだ。
「その動き‥‥封じさせて貰う!」
誠次を振り落とそうとキメラが後ろ足で立ち上がったのを機に、側面へと回り込んだ零が肢に狙いを定める。
月詠が一瞬淡く赤色に輝いた。
振るわれる刀。
能力者達の攻撃を受けて弱っていた肢が切断された。
ぐらりとバランスを崩して地面へと倒れるキメラ。
そこへ一太刀、二太刀、三太刀と流れるような斬撃をアリカは繰り出す。
彼女の攻撃に耐え切れず、重い地響きを立てながらキメラは倒れ伏し、二度と動かなくなった。
「おいたが過ぎたわね」
その言葉と同時に、両手の甲に浮かんでいた紋章が消え、燃え盛る炎の瞳が漆黒へと変化する。
「‥‥やっぱり猫は、小さい方が可愛いわね」
腰まで届くような長髪を風に靡かせながらアリカはぽつりと呟いた。
●似て非なる2人
怪我の大小こそあれ、無事にキメラを退治し終えた能力者達。
零は両手に握られていた月詠を静かに鞘へと収めながら、
「‥‥もっとだ‥‥。もっと強くならなければ‥‥‥」
1人空を見上げて呟いていた。
幼少の頃に両親を事故で亡くし、姉と2人で力を併せて生きてきた零。
しかし、バグアの襲撃によって最後の肉親をも失ってしまった彼は、それ以来復讐を成し遂げるだけの力を追い求め、同時に親しくなった人間を失う事に極度の恐怖を抱くようになり他人へ心を開かなくなってしまった。
――行く行くはバグアをこの地球から駆逐する事が出来るだろう。
その時、彼はもう一度、人と触れ合えるようになるのだろうか?
それとも『兵器』となってしまった彼に残された場所は戦場しかなくなってしまうのだろうか?
人間と道具との狭間に立つ零。彼は次なる戦いを思っていま静かに瞑目する。
一方。
目指す方向にそう違いはない筈なのだが、零とは明らかに温度が異なるのは大五郎だ。
「もっと‥‥俺はもっと硬くなれるはずだ!」
迫りくる夜々への攻撃を全て防ぎきる事が出来た大五郎は、更なる高みを目指し自身に気合を入れていた。
「目指せ! 筋肉でナイトフォーゲル並の装甲!」
拳を振り上げ高らかに宣誓する大五郎。そんな彼に夜々は盛んに声援を送っていた。
―――だが、大五郎よ。ナイトフォーゲルも日々進化しているぞ?
頑張れ、大五郎。負けるな、大五郎。果てしない野望を秘めた彼の、明日はどっちだ!?