タイトル:黒いサンタ・クロースマスター:浅葱 翔

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2007/12/31 23:46

●オープニング本文


サンタにはね

赤い服を着たのと、黒い服を着たのがいるの

赤い服のはね

良い子にプレゼントを置いていってくれる、優しいサンタ

だけど、黒い服のは

子供をさらっていく、怖いサンタ

特に親の言う事を聞かないで悪戯ばかりするような悪い子をね

だから、お父さん、お母さんの言う事をよく聞くように

皆もさらわれるよりプレゼントの方が良いでしょう?

※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

 どこの国にもある教訓めいた昔話。
 これがある町を恐怖に陥れる事になると、一体どれ程の人が考えていただろうか。

 事の起こりは12月6日の事だった。
 第一発見者は新聞配達の少年。
 夜明けの太陽に照らされた建物がいつもとは異なり赤く染まっているのを見て腰を抜かし、慌てて警察へと駆け込んだ事から事態は動き出す。
 唸るサイレンの音で目覚めを迎えた住民達は家の外壁の惨状に目を剥き、声を失い、また果敢にもその赤が何であるかと触れてみた者は、自分の指に付いた赤く糸を引く粘度の高い液体、それが血液である事に気付き、さらに騒ぎを大きくする事となった。
 犯人は分からず、意図も不明。早朝に犯行が行われたと思われる異常な事件に街中が騒然としていた。

「‥‥検査結果により、血液は人間ではなく豚の物である事が判明致しました。現在、ボランティアの方々が清掃作業に当たっておりますが、行政からも派遣なさるべきかと存じます。宜しいでしょうか?」
「構わん」
 補佐官からの報告に、町長は短くそう答えた。
「次に今回の事態に対する行政側の対応です。その犯行から『黒いサンタ・クロース』の伝承を利用したものかと推測されます。愉快犯ならば職員の見回りで事足りますが、バグアであった場合、事態の収束は難しいかと思います。よって、能力者に調査を依頼するべきかと存じます」
 世界中で頻発しているバグアの被害、その一端を担うキメラは神話や伝承上の存在に似た姿をしている物が多いという話は彼も耳にしている。黒いサンタ・クロースの伝承をバグアが利用しないとは限らない。人間相手であれば街に厳戒態勢を引けば事足りるのかもしれないが、バグアだった場合、一般人ではまず太刀打ちできない。警戒に当たった職員に死人でも出れば、それこそ一大事だ。町長もその可能性が頭には浮かんだが、
「放っておけ。性質の悪い悪戯だ」
 自らかき消した。
 能力者に依頼するともなれば街の予算を割かなければならない。
 だが、潤沢とは言えない予算から能力者達が満足のいく報酬が捻出できるとはとても思えず、だからと言って私財を投げ打つ気など全くない。
「ですが‥‥「いいから放っておけ!」」
 再度進言しようとする補佐官の言葉に重なるよう、町長は強く言い放つ。
 決定権はお前にはない。まるでそう宣言するかのように。
「‥‥ではそのように」
 補佐官はそれ以上の言葉は発さず、静かに部屋を後にした。

 しかし、その対応は適切ではなかった。

 窓や壁に付着した血液は綺麗に洗い流され、街は一応の平穏こそ取り戻したものの、住民に宿ってしまった不安まで拭う事は出来なかった。
(犯人が人間であるならば良い。性質の悪い悪戯だが時が過ぎれば笑い話で済む。だがバグアならば‥‥)
 誰も口にこそしないものの、住民の不安は来たるべき日に向けて徐々に高まり‥‥‥。

 そして。
 一気に爆発した。

 行政の対応を迫る脅迫めいた抗議の電話や子供を抱えて口々に不安を訴える保護者が相次ぎ、普段は静かな役所内が瞬く間に騒音で溢れかえった。慌てた職員が総出で対処に当たってはいるものの既に掌握できる範疇を大きく超え、騒ぎが収まりそうな気配は微塵も感じられない。

「事態は我々の予測を超えました」
 ブラインド越しにその様子を見ていた町長に補佐官が端的に指摘した。
「バグアに対する不安が予想以上です。能力者に依頼し、住民の沈静化を図る為にもそれを公表するべきかと存じます」
 丁寧だが抑揚なく続けられるその言葉に町長は苛立っていた。この女はいつもそうだ。事務的で感情が見えない。だが指摘は尤もだ。バグアが関連しているかどうかは問題ではない。問題は『バグアに対する不安で住民が半暴徒化している現状』だ。
「‥‥仕方がない」
 予算に捕われ、対応に甘さが生じたのは明らかだった。今回の事態がどうであれ、責任を問われる事はまず間違いない。事によれば辞職を求められるだろう。
「くそっ、忌々しいっ!!」
 激情に任せて町長は足元にあったゴミ箱を蹴り上げた。派手な音を立てて宙へと舞い上がったそれは、中身を散乱させながら綺麗な放物線を描いて壁に当たり、床へと転がる。
「では、そのように」
 その様子を補佐官は横目に見ながら、静かに部屋を後にした。
(所詮この程度か‥‥。次もこの立場を維持出来るように今から策を弄しておかなければ‥‥‥)
 自室に向かって歩く道すがら、彼女はそのような事を考え始めていた。

●参加者一覧

真田 一(ga0039
20歳・♂・FT
白鐘剣一郎(ga0184
24歳・♂・AA
相麻 了(ga0224
17歳・♂・DG
江崎里香(ga0315
16歳・♀・SN
八田光一郎(ga0482
17歳・♂・GP
藤川 翔(ga0937
18歳・♀・ST
セラ・インフィールド(ga1889
23歳・♂・AA
レディオガール(ga5200
12歳・♀・EL

●リプレイ本文

●表 ―能力者達の責務―
 真田 一(ga0039)、白鐘剣一郎(ga0184)、藤川 翔(ga0937)、レディオガール(ga5200)の4人は、到着早々職員の案内で、町長が開いたという住民感情の沈静化を図る為の説明会へと通されていた。庁舎の一角にあるその部屋は人で溢れ、室内に収まり切らなかった人の列が廊下にまで伸びている。
 そんな状態にも関わらず説明会自体は当の本人である町長が現れない為、一向に始まる様子を見せなかった。住民と対面した形で設置された、本来なら町長及びその関係者が座るであろう席に未だ事情の知らされていない能力者の4人がいるというおかしな光景が、既に5分近く続いている。
「(一、何となくだがレディ達は好奇の視線に晒されていないか?)」
「(何となくではない、そのものだ。気にするな)」
 隣同士に座った一とレディが小声でひそひそと会話を交わす。
 だが、それは無理もない話だった。
 行政側が能力者達の意向を確認せず、説明会に彼らが列席する旨を書いた回覧板を回した為に、室内には町長の責任を問う者達とは別に、未だ能力者を見た事がない住民達が興味半分にやって来ていたのだった。勿論、能力者達はこの事を知らない。
 と、分厚い書類を携えて町長の補佐官である女性がただ1人室内へと入ってくる。
「大変申し訳ありませんが、町長は心労の為、体調を崩されました。この説明会には出席できません」
 彼女よりもたらされた衝撃の事実に、部屋中に住民達の怒号が鳴り響いた。その様子を黙って見つめる補佐官。その冷たい視線に見つめられ徐々に冷静さを取り戻した者が、それでも荒々しく席に着く。
「ですが、ご安心下さい。行政と致しましては、住民の皆様が少しでも早く平和な日常を取り戻して頂ける様、万全を期す所存です」
 その言葉の後にたっぷりと余韻を持たせる補佐官。
「今回の捜査の主導を、我々行政ではなく、こちらにいらっしゃる能力者の方々に取って頂きます」
 彼女の声によって、住民の目が一斉に能力者達へと向けられる。4人には初耳だ。
(「そのような話は聞いていなかったが、こうなっては仕方がない」)
 剣一郎はゆっくりと椅子から立ち上がり、
「俺達も捜査に加わります。事件解決の為、皆さんもご協力下さい」
 そう言って深々と頭を下げ、座り直した。
(「ここで私が不安な顔をしては、住民の皆様に伝染してしまいますわ」)
 と笑顔を浮かべる翔とは反対に、一は渋い顔だ。
(「『協力』ではなく『主導』か。失敗したら俺達に責任転嫁をする布石‥‥なかなか喰えんな‥‥」)
 一方、表面上こそ可愛らしい様子で手を振るレディだったが、
(「ふふふ、これで付近一帯の男子はレディの配下に‥‥」)
 などと少し邪な事を考えていた。
 そんな4人の能力者に住民の誰かが思わず歓声を洩らした。すると、それが引き金となり小波の様に声が上がり、いつしかそれは部屋を溢れんばかりの声となった。それは能力者を歓迎する住民達の声であり、矛先を逸らす為に補佐官が待ち望んだ声でもあった。
 こうして、それぞれこの事件に対する思いは様々だったが、この町を恐怖と混乱に陥れた悪質な悪戯の捜査が、今幕を開けたのだった。

●裏 ―それぞれの行動―
 先にバックパッカー学生として現地へ潜入した相麻 了(ga0224)は取り敢えず手当たり次第に道行く女の子に声を掛けていた。現在、勝率三割一分。
(「皆恥ずかしがり屋だぁ‥‥でも俺そゆの好き」)
 特にめげる訳でもなく声を掛け続ける了。
 あまり同じ場所に居続けるとただの怪しい人になってしまうので、数十分おきに移動を繰り返していた了だったが、ある時同じ様に女の子に声を掛ける男を発見した。了に負けず劣らず、なかなかの美青年だ。
(「俺と同じ匂いがする‥‥」)
 そう感じた了は軽い足取りで歩み寄り、声を掛けた。
「どう、調子は?」
「全然。ガード堅くってさ。綺麗どころは多いんだけど」
 話し掛けられた男がそう言って屈託なく笑う。白い歯が眩しい。
(「‥‥『どう、調子は?』って言っただけなのに」)
 と多少不思議に感じはしたものの、察しが良いんだろう、俺みたいにと了は思う事にした。
「この街の人間‥‥じゃなさそうだな」
 バックパッカー姿の了を見てそう話す男に、
「クリスマス休暇中の学生さ」
 とさらりと嘘を吐く了。俺もそうなんだよと喜ぶ様子の相手に了は罪悪感を、
(「ま、相手男だし」)
 さほど抱いていなかった。
「そろそろ飯時か‥‥。旅先で出会った好みで一緒に飯でも食わねぇ? 良い店知ってんだ。店員、超可愛いの」
「よろしく頼むよ、兄弟」
 先ほど嘘を吐いた事などすっかり忘れて相手の手を堅く握り締める了に、
「良い男が2人揃った方が勝率も上がるってもんさ」
 相手も結構現金な考えをしている事をさらりと述べた。
 その時、お互い相手に抱いていた感想は同じだった。
((「俺と同じ匂いがする‥‥」))
「んじゃ、行こーぜ‥‥おっと、名前名乗るの忘れてた。俺はライル・ブルームーン」
「珍しい名字だな。俺は相麻 了。伊達男のジョーカーと呼んでくれ」
「トランプかよ。じゃあ、俺はハンサムガイ・ジャックとでも呼んでくれ」

 江崎里香(ga0315)はバグアよりも人間が犯人なのではないかと考えていた。というのも起きた事件は『多数の家屋の外壁に豚の血が塗られた』というもの1つだけ。バグアなら引き起こされた混乱に乗じてもう一押ししてくるのではないかというのが里香の読みだったからだ。
 そこで里香は行政側に依頼し、苦情を言いに来た住民のリストを作成してもらい、そこから現状若しくは町長自身に不満がありそうな人物を絞る為に調査を進めてゆく。
 リストの多くは線で消されたが、それでも十数人が未だに残っていた。
 町長の対立候補だった男、職を失ったホームレス、乳飲み子を抱えるも生活手当てが支給されない未婚女性‥‥‥。
 その誰もが犯行動機足りえる理由を持ち、事件前後若しくは両方ともにアリバイがなかった。
(「これ以上は限界‥‥かな。まあ、あたしが分かる範囲で調べて、後は任せても良いでしょ」)

 八田光一郎(ga0482)は地元の不良達から情報を引き出そうとしていた。
「オメー達、なんか知らねぇか?」
 そう問う光一郎に、
「何か分かったら教えてやるよ」
「そうそう、俺らに任せとけって」
 渡した差し入れにすっかり気を良くしたのか仲間に対するような口振で話す不良達。
「頼むぜ。あと、オメー達のダチで最近いなくなった奴とか聞かねぇか?」
 重ねて質問をする光一郎に、
「聞かないわね。でも、何でそんな事が聞きたいのさ?」
 と、逆に厄介な質問が投げ掛けられる。
「‥‥ちょっとな」
 その問いにやや歯切れの悪い答えを光一郎は返す。
 出来るだけ正体を伏せておきたいのが本音だ。だが、そこで渋って機嫌を損ねられたのでは困る。再度尋ねられれば素直に正体を明かそうと考えていた光一郎だったが、
「まあ深くは聞かんさ。ダチの頼みは断れねぇ」
 不良達の中では仲間どころか既にダチである事が発覚し、嬉しいやら反応に困るやらで苦笑いを浮かべたのであった。

 セラ・インフィールド(ga1889)は黒いサンタ・クロースに関する噂の出所を主に調査していた。時期が時期だとは言え、豚の血が塗られたぐらいで古い伝承と結びつけるのは余りにも短絡的。故意に噂を流した人物がいるのではないかというのがセラの読みだ。
 だが、噂を辿ってゆく捜査は思いのほか難航した。
 聞き込みを続けていくと噂の出所と思われるある老婦人へは結び付いたのだが、その女性によれば黒いサンタ・クロースが子供を浚う代わりに豚の臓物をベッドに置いていくという伝承と、今回の騒動で壁に塗られた血が豚の物であった事から『血が塗られた家の子共が浚われるのではないか』と自分が口にした事が原因なのではないかという話だった。
(「‥‥目印のような物‥‥という事でしょうか‥‥‥」)
 しかし、ただの偶然かもしれない。
 取り敢えず、豚の血が塗られた家の区画を重点的に見回る事にしたセラだったが、許まで辿れたのはその老婦人のみで、故意に噂を流した人物がいたのかまでは特定出来なかった。

●発見、そして‥‥
 事態が動き始めたのは、依頼に宛がわれた期間の最終日に当たる夜だった。
 最後の日だからと言って手を抜く事もなく犯人探しに精を出していた光一郎の前に、裏路地から転がり出すように見知った不良達が飛び出してきた。
「どうした!」
 駆け寄る光一郎に、恐怖に震える手で出てきた方向を指差す不良の1人。
 その先には、本来なら真紅の部分を漆黒に染めたサンタの服を身に纏う、バグアの姿があった。
「とっとと逃げろ!」
 と怒鳴り、不良を庇うようにして立つ光一郎。
 その声でこちらに気付いた様子のバグアが手に持った大きな袋を放って逃げ出す。どすんと重い音を立てたそれは表面がねっとりと濡れており、湯気を上げていた。
「待て、ゴラァッ!」
 通信機で仲間に連絡を入れながら後を追う光一郎。その為、全力で追いかけるよりも速度は遅い筈なのだが、相手はこちらを意識している様で一定の距離を保っている。
(「クソッ、バカにしやがって‥‥」)
「ブッ潰す!」
 その言葉と同時に光一郎の手の甲が赤い光を纏う。髪がふわりと舞い上がり、獅子の鬣を思わせるように立ち上がり、そして。
 光一郎の姿がその場から掻き消えた。
 次の瞬間現れたのはバグアの極間近だった。
 気配を感じて振り返ったバグアの顔面を狙って放たれた拳は、相手の鼻先を掠め何かを地面に落とした。
 それは。
 バグアを模したゴム製のマスクだった。
「お、お前、にんげ‥‥」
 驚きを隠せない光一郎。次の一手に移る前に側頭部に重い衝撃が走った。
 相手が光一郎に向かって回し蹴りを放ったのだ。
 前回の依頼の疲労からか打撃を受けた光一郎はそのまま昏倒する。
「お前、能力者だったんだ。気付くの遅れてたらヤバかったわ」
 落ちたマスクを拾い上げ、懐へと忍ばせる犯人。
「知られちゃ不味いんだよね、色々と」
 替わりに取り出したのはアーミーナイフだった。
 光一郎に近づき、足蹴にする犯人。
「頼む、死んでくれ」

 そこへ、近くにいた剣一郎、レディの2人が喧騒を聞きつけ駆け込んできた。
 牽制の為、足元に銃弾を放つレディ。光一郎にそれ以上構う素振りを見せる事無く、犯人は脱兎の如く駆け出した。
 剣一郎はそれを追い、レディは再度銃弾を放つ。舗装がバチンと音を立てて弾けた。
「こちら、白鐘。怪しい奴を発見した。至急応援を」
 通信機で仲間に連絡を取る剣一郎。
「(何処にいるの?)」
 最初に応答があったのは里香だ。
「ここは‥‥」
 慣れぬ土地ながらも説明をする剣一郎。
 能力者達の犯人包囲網が今、徐々に形成されようとしていた。

 銃声を聞きつけたものの多少距離があった翔が光一郎の許へと辿り着いていた。倒れている彼に向けて立て続けに練成治療を施す。
 蒼白だった光一郎の顔に僅かに赤味が戻り、安堵する翔。
 続いて自身も犯人追走に赴こうとするものの、怪我人の光一郎をそのままにする訳にもいかず、加えて銃声を聞き様子を伺っていた近隣の住民が、物騒な音がそれ以降しないのを良い事にぞろぞろと姿を現し始め、見知った能力者である翔に説明を求め始めた為に辺りはちょっとした騒ぎになっていた。
「皆さん、落ち着いて下さい。現在、仲間が犯人を追っています。捕まえるのは時間の問題です」
 必死にそう諭す翔。

 しかし。
 その言葉は叶えられなかった。
 他の能力者達を加えた必死の追走も空しく、犯人は夜の闇に隠れるようにして姿を消したのだった。

●意識の違い
「納得いかねぇつうの!」
 高速移動艇でラスト・ホープへと帰還する能力者達。重苦しい雰囲気に包まれた艇内で光一郎は怒りを顕わにしていた。

 遡る事、数時間前。
 犯人と思しき人物の捕縛失敗の報告に庁舎へと訪れた能力者達。相変わらず町長自体は姿を見せず、応対したのは補佐官である女性だったが、
「人間である事が分かった以上、問題はありません」
 顔色一つ変えずにそう答えられ、一同は呆気に取られた。
「皆様はこちらが期待していた成果を充分に上げられました」
 彼女の言葉に翔は、
「成果‥‥犯人の捕縛が目的ではなかったという事でしょうか?」
 と素直な疑問を呈する。
「そうです。無論、可能ならばそれに越した事はありませんでしたが」
 その言葉に光一郎は口惜しそうに拳を握り締める。気付いたレディが静かに肩へ手を掛け、気にする事はないと言う様に首を振った。
「成果?」
 里香がそう尋ねると、
「まずはこれです」
 と示したのは能力者達が調査結果を記録した報告書だった。
「簡単に目を通しましたが、今の体制に不満を持つ住民、親バグア派となり得る不穏分子など有用な情報が幾つ「そうそう、俺、頑張っちゃたよ、美しい貴女の為に」」
 補佐官の言葉を遮る様にして話す了。乗じて肩へ手を回そうとするが、さらりと身を躱された。表情に別段変化は見られなかったが、了の手が触れた部分はしっかりと払っている。
「‥‥噂の真相は分かりましたが、犯人はまだ捕まっていません。住民側にはどう説明なさるのですか?」
 気を取り直したセラが話を元に戻す。
「私達はこのまま調査を続行する事も出来ますが」
 そう続けるセラに、
「住民側には脅威は去ったとだけお伝えし、後の捜索は全てこちらが引き継ぎます。それにあなた方の滞在が長引けば、却って住民の不安が煽られます」
 その言葉に取り逃がした責任の一端を感じているのか剣一郎が食い下がる。
「ですが、バグア関連でなかったとはいえ騒ぎの元凶を捕縛せずこのまま帰る訳には‥‥」
「いいえ、充分です」
 補佐官は静かに答えた。
「行政側が能力者を呼んで対処し、それによって住民が平穏を取り戻した。重要なのはその部分ですから」
 彼女は淡々と言葉を続けた。
「詭弁だな」
 今までの話を黙って聞いていた一は静かに呟いたが、
「それが政治ですから」
 補佐官は特に否定するでもなくそう答えたのだった。