●リプレイ本文
●対策
オルランド・イブラヒム(
ga2438)、蒼仙(
ga3644)の2人はUPC本部へと訪れていた。依頼内容を受付に告げると担当であるULT職員が姿を現す。声を聞くとどうやら連絡をしてきたのは彼女のようだ。
地図や無線機の貸出はどうにか手続きが終了したのだが、予想通り個人情報の開示には難色を示された。
「確かに彼の行動は問題です。だからと言ってその要望にお答えする事は出来ません」
そう言って首を横に振るULT職員。その言葉にオルランドは、
「規則的にまずい事は分かるが敢えてお願いする」
と静かに呟く。
「軽々しく聞きだせるとは思ってないよ」
と蒼仙も追従する。
「ただ彼の嗜好や判断材料を事前に知っておく事で対処がしやすくなる」
そう言葉を続け、
「それに彼の更正にも必要だ」
最後に念を押す。自分達の事ばかりを考えている訳ではない、彼の今後も視野に入れているのだと。そんな2人の粘り強い交渉にULT職員は折れた。
「‥‥分かりました。ご用意致しますので少々お待ち下さい」
一方、本人に直接接触を図ったのは烏莉(
ga3160)だ。1人で居る所を見計らって静かに彼へと忍び寄る。背後に人の気配を感じ振り向いた彼と、目が合った。
「‥‥! びっくりさせんなよ。スライム退治で一緒の奴だろ。俺に何か用か?」
と応じる彼に、
「おまえの噂は聞いている。命が惜しければ大人しくしている事だな」
と脅迫めいた台詞を吐く烏莉。一気に辺りに不穏な空気が漂い始める。
「何しに来たか知らんが帰れ」
語気鋭く返される。その言葉に冷たい一瞥を返し、烏莉は来た時と同じ様に静かにその場を立ち去っていった。
(「‥‥んじゃ、あの子もお仲間って事か」)
烏莉の姿が見えなくなった頃、依頼ブレイカーの脳裏に過ぎったのは同じく依頼で一緒になる雪村 風華(
ga4900)だ。彼女は実戦経験がない事を逆手に取り、助言を求めるという名目で顔合わせの後も頻繁に彼と連絡を取り、情報を聞き出そうとしていた。
(「やけに俺に絡んできた訳だ。じゃあ他の奴等ももしかすると‥‥」)
眉根を寄せて思案気な表情を浮かべる。
(「‥‥んまっ、俺は俺で適当にやるだけだけどね」)
極僅かだったが。
●打ち合わせ
「そして、奴は来なかったと」
高速移動艇の中、そう呟いたのは崔 南斗(
ga4407)だ。
出発当日、待ち合わせ場所であった高速移動艇発着場に時間になってもその能力者は現れず、結局彼を除いた8人で高速移動艇に乗り込んだのであった。
「後はキメラ退治に全力を尽くすだけだな」
威龍(
ga3859)はそう言って左の掌に拳を打ち付ける。依頼ブレイカーの所業に対して侮蔑の感情を抑え切れなさそうだった彼は、キメラ対策にのみ思考を集中していた為、特に気合が入っていた。
「では確認するぞ。敵戦力はスライムタイプ、平均よりやや小型、赤い体色が特徴。複数群れを成しており、最大同時発見数は8、火を好んで物理攻撃にやや耐性を持つが動きは鈍い」
キメラの特徴を再度確認する緑川安則(
ga4773)の言葉に、メアリー・エッセンバル(
ga0194)は自身の身に付けているメタルナックルに目を向ける。大きさは市販のメタルナックルと然程変わりはないのだが、未来科学研究所での度重なる強化を受けた結果、表面からはうっすらと冷気が立ち上り、触るとひんやりと冷たい。これならば物理攻撃に耐性を有するとは言っても火を好む今回のキメラに効果がありそうだ。烏莉も同じ様に装備しているハンドガンに手を触れている。
「誘き出す役目の人が来なかった訳だけど、誰か手は打ってあるの?」
そう疑問を呈した風華にオルランドが、
「問題ない。既に市長には住民の避難や消火活動も含めて連絡をしている」
と答えた。実は依頼ブレイカーの事も説明したのだが、どうやら市長の能力者に対する印象を下げてしまったらしいという事は割愛した。本人が関わらない今となっては話題にしても特別意味がない。斯く言う風華も依頼ブレイカーの行動に対し危険度別に暗号を考え皆に伝えていたのだが、それも無駄になりそうだった。
「無理を言って貰ったこれは役立ちそうにないな」
蒼仙はそう言って手に持っていた紙の束をひらひらと振る。依頼ブレイカーの略歴が書かれた書類だ。興味を持った風華が蒼仙の手からさらりと奪い取り目を通す。
「ライル・ブルームーン‥‥変わった名字なのね」
●厄介 ライル>キメラ
ライルがいない今、後はキメラを倒すだけ。そう考えていた能力者達だったのだが、その考えが甘かった事を思い知らされる事になる。
都市に着いた能力者を出迎えたのがライル・ブルームーンその人だったからだ。
「遅いよ、キミ達」
遅いも何もライル自身が早く来ただけの話だ。当然、誰もが無視もしくは気にしない事にした。
「それじゃ、キメラを誘き出す場所に移動な」
と言って、早々に歩いていくライル。能力者達も後に続いていく。どうやら街の中心部から郊外へと移動するらしい。
「街中で誘き出さないの?」
別にそんな事をして欲しいとは微塵にも思ってもいないのだが、確認の為にそう尋ねる風華。それにライルは、
「‥‥モニタにあったのは『都市近辺に現れるスライム型キメラを退治し、住民の不安を取り除いて欲しい』だろ? 誘き寄せるにしても街中でファイヤー! なんてやったらキメラが雪崩込んできて逆に不安煽っちまうだろうが」
と呆れた様に答えた。
(「その言葉は全く以ってその通りなんだけど、今までした事を聞いてると‥‥ねえ‥‥‥」)
と風華は思わなくもなかったのだが、今の言葉で分かった事が1つある。『住民の不安を取り除く』と書かれたら不安にさせる様な行為は行わない‥‥という事はライルは書かれた言葉には一応従うらしい。勿論、曲解されれば問題は出てくるだろうが、今回の依頼においては彼女が懸念していたような街や一般人への被害はなさそうだ。
後は彼の援護だ。自分達に被害が及ぶものかどうかを見極めなければならない。
「任務中不適切な行動が多いって、あんたUPC上層部から目を付けられ始めてるらしいぜ。気をつけろよ」
ライルに牽制の意味を込めて声を掛ける南斗に、そりゃご忠告どーもと気のない返事を返すライル。後に繋がる重要の布石だが、ライルが特別意に介した様子はなかった。
「あっ、そうそう。消火はオルランドが手配したんだろ? 俺すっかり忘れてたから助かったわ」
その感謝を述べた‥‥らしいライルの言葉に、本当に忘れてただけなら良いがと思った能力者は決して少なくなかった。そんな疑いの眼差しを向ける能力者達の中で、唯一友好的に接したのがメアリーだ。
「色々ありがとう、ライルさん。準備も一手に引き受けてくれたし‥‥。援護、頼りにしてるね!」
そう言って笑いかけるメアリー。その言葉にライルは何故か困ったような表情を浮かべる。
「‥‥‥メアリーだっけ? あんた、変な奴だな」
数分後、ライルがぼそっと呟いた。
「もうすぐだぜ」
辿り着いた場所は周囲に建物らしき物もなく、地面も舗装されていない為、剥き出しの大地が顔を覗かせている、かなり広く開けた場所だ。その中央には薪が堆く積み上げられており既に火はついており、赤々と燃え上がっている。そして、その周囲には伸び縮みを繰り返しながらゆっくりと炎に近づいてゆくキメラの姿が見える。その数、8体。報告された通りだ。
それを見てまず動いたのは安則だ。爬虫類を思わせる鱗が肌の表面に現れるとともに顔の形が変わってゆく。そして、残像を残しながらスライムへと肉薄する。相手の側面にまわりこみ一太刀を加え、返す刀でもう一太刀。攻撃を加えられたスライムが耐え切れずに四散する。
「これぞ龍の傭兵たる我が力!」
高らかに吼える安則。そんな彼を踏み台にして高く飛び上がる威龍。常なら黒い瞳が今は銀色に光を放ち、あるスライムを捕らえる。落下の勢いを乗せて攻撃を加える威龍。スライムの身体にディガイアの爪が深々と埋まった。堪らず攻撃を加えられたスライムが反撃を試みるが、攻撃の反動に任せて距離を取った彼には届かない。
そんな2人を皮切りにして能力者達も次々とスライムに攻撃を加えてゆく。中でもオルランドの超機械一号、メアリーのメタルナックル、烏莉のハンドガンはスライムに効果的な打撃を与えてゆき、能力者が終始有利な状態のまま戦闘は続くかに見えた。しかし、そう簡単にはいかなかった。
既に明確な形を失いただの残骸かと思われていたスライムの一体が急に動き出し、手近にいたメアリーに接近していたのだ。
「メアリー!」
気付いたオルランドが注意を喚起するも、炎の爆ぜる音にかき消され彼女の耳に届かなかった。超機械で援護しようにも別のスライムに止めを刺している最中で動けない。ゆっくりと、だが確実にメアリーへと近づいて行くキメラにどうする事も出来ないオルランド。
そして目の前の敵に気を取られ、背後に忍び寄る危険に気が付かないメアリー。相手にしていたスライムに最期の一撃を加えた彼女が気付いた時には伸び上がった赤色の粘液が自分に襲い掛かろうとしているところだった。避けられない!
と、メアリーに襲い掛かろうとしていたスライムに轟音を立てながらロケットパンチが迫り、そのまま掻っ攫っていく。当たった衝撃で弾け飛んだ粘液が少なからずメアリーの身体に付着した。
「悪りぃな。位置を調整して気を使ったつもりだったんだが」
彼女が声のする方向に視線に巡らすと、そこではライルが手を振っていた。今まで大した援護をしていなかった彼が、メアリーを助けたのであった。
特に大した怪我もなく、無事にキメラを退治し終えた能力者達。新たにキメラが現れる様子もない為、オルランドが消火の手配を行っていた。
「今回はありがとう。お疲れ様!」
腰を下ろし一息吐いていたライルに声を掛け、握手を求める様に手を差し出すメアリー。だが、その言葉に差し出された手を握り返しはしたものの、
「俺に関わるのは止めとけ? 巻き添え食ってハブられんぞ」
とライルは答える。どう反応していいか戸惑っているメアリーを横目に、
「今回は違ったが、簡単な話、もうちょっと依頼を真面目にこなして欲しい。これまでの行動からじゃ親バグア派認定喰らって、遠からずお前が討伐対象になるだろうな」
と安則がライルに声を掛けた。話しかけられた彼は最初こそ聞き流している様子だったのだが、
「このままでは最悪、合同慰霊祭に呼び上げられる名前の候補になってしまうって事だ。名誉の戦死を遂げたな」
その言葉にいきなり剣呑な光がライルの瞳に帯びる。
「死ぬ事に名誉も不名誉もあるか。黙ってろ」
普段の快活そうな声とは打って変わった低く暗い声に能力者の何人かが驚く。
「俺は俺のやりたいようにやる」
そう続けられたライルの言葉に、
「軍曹殿、やはり彼は親バグア派工作員かと思われます」
南斗が声高に唱える。UPC上層部がライルに目を着けている。そう話しかけたのはこの時の為の布石だ。オルランドもそれに併せて探偵時代に愛用していた拳銃をライルに向けた。
「最低限の秩序の為、だ」
感情の篭っていない、冷たい表情を浮かべるオルランドだったが、対するライルも全く動じていなかった。確かに中身は空砲で殺傷能力は低い。しかし、それは外見からは分からない筈だ。にも関わらず銃口が自分に向けられている事などまるで見えていないかのように無造作にオルランドへと歩み寄る。
「へぇ〜、名古屋防衛線で戦功著しいオルランド様がまさか軍曹だったとはねぇ」
そう言って嘲る様に一笑するライル。
「騙したいんなら、もうちょっと上手くやれや」
オルランドに歩み寄って何をするか、事によっては射殺も辞さない覚悟の烏莉はライルに向けて武器を構えていたが、特に何をする訳でもなくそのまま通り過ぎる。
「俺は先に失礼するわ。説教も仲間ゴッコもゴメンだね」
と言って街へと歩き出すライルだったが、数歩歩いた後にくるりと振り返る。
「‥‥メアリーだっけ?」
そう彼女に向かって声を掛けるライル。
「俺はあんたの事だけは嫌いじゃなかったわ」
そう言い残すと彼は二度と振り返らずにその場を去っていった。
●誤算
能力者達の尽力により、都市に被害もなくスライム型キメラを駆逐する事が出来た一方で、彼らが予想もしていなかった事態がUPC本部では起こっていた。件のULT職員が意図的に個人情報を流したとして、懲戒免職という重い処分を受けたのだ。その話を聞きつけたオルランド、蒼仙の2人が彼女の許へと駆けつける。
「すまない。俺達が無理を言ったばかりに‥‥」
と沈痛な面持ちで呟く蒼仙に、
「どうか気になさらないで下さい。断る事も出来たのですから」
そう微笑みかける元・ULT職員。今は見慣れた制服ではなく私服に身を包む彼女、その手には大きなキャリーバッグが1つ握られている。それを見たオルランドは、
「ここを出るのか?」
と問いかける。故郷へと答えた彼女の荷物に彼はそっと手をかけた。
「せめてもの償いだ。送ろう」
高速移動艇発着場まで彼女を見送った2人。別れ際の言葉が2人の耳に繰り返し繰り返し木霊する。
―私が処分を受けたという事は、皆さんが何事もなく依頼を終えられた証です。皆さんがご無事で本当に良かった―
確かにそうだろう。だからといって素直には喜べない。今回の結果は警告あってこそだ。もし彼女からの連絡がなければ自分達の誰かもしくは全員が大怪我を負っていたかもしれないし、都市が損壊していたかもしれないのだから。
苛立たしげに爪を噛む蒼仙に、
「一杯付き合わないか?」
とオルランドは問いかける。
「普段なら断るんだが‥‥いいぜ、一杯くらいなら。今日は飲んでも良い、今日ぐらいはな‥‥」
やり切れなさそうに応える蒼仙。その視線の先では今まさに彼女の乗った高速移動艇がラスト・ホープから飛び立とうとしていた。