●リプレイ本文
●まずは敵を知る
能力者達は未知の攻撃方法を持つと思われるキメラを警戒し、充分な距離を取って相手を観察していた。
優に50 mは離れているにも関わらず、はっきりと視認できる程に巨大なキメラ。
「あれが件のキメラですか‥‥随分と大きいですね」
話に聞いていたとはいえ、そのあまりの大きさに鳴神 伊織(
ga0421)が驚きの声を上げる。
「デカイ分だけ当てやすいですね。しっかりやりましょう」
そう続けられた周防 誠(
ga7131)の言葉に気を引き締める能力者達。
「ここまで大きなスライムだと、見ていてあまり気持ちの良いものではありませんわね‥‥」
双眼鏡を覗きながらそう呟いたのは、エリザベス・シモンズ(
ga2979)だ。
視線の先で蠢く不定形の物体に嫌悪の感情を隠し切れないリズ。
彼女は酸を吐く予兆動作を確認しようとしていたのだが、キメラは一向にその様子を見せていない。
その為、地面にはうっすらと変色した跡があるにはあるのだが、それがキメラの吐き出す酸に拠るものなのか、いまだ見せていない攻撃手段によるものなのか、はたまた全く関係ないものなのかどうかが判断できない。
(「有用な手掛りはなしですか‥‥」)
静かに目を閉じた裏で、目まぐるしく思考を廻らせるリズ。
(「謎の攻撃についても推測したい処ですけれど‥‥」)
無味無臭のガス、特殊な音波・電磁波など考え付く限りの方法を、彼女は頭に思い浮かべる。
(「‥‥いずれにしても現段階では、仮説以前の当て推量でしかありませんわね」)
そんな思案気な表情の彼女の横では、同じく双眼鏡で様子を伺っていたアルヴァイム(
ga5051)がキメラの周囲の状況について仲間達に説明している。
(「皆さんの足を引っ張らないように、できるだけ慎重に行動しなければ‥‥」)
彼の説明を聞きながら、思い詰めた様な表情で唇を噛み締める優(
ga8480)の肩に手が掛かる。
「あんま無理するなよ」
以前南米で同じ依頼を請けたクラウド・ストライフ(
ga4846)だ。
「もしもの時は俺に任せとけ。死んでも助けてやるからよ」
状況を観察し終え、今度はそれぞれの装備を入念に確認する能力者達。
回復手段を持たない南部 祐希(
ga4390)にクラウドが救急セットを渡すと、能力者達は三方からキメラを包囲するように動き出した。
また同じようなキメラが現れるかもしれない以上、原因を突き止めるに越した事はないのだが、取り敢えずはどのくらい離れていれば安全なのかを把握しておかなければいけない。
安全を優先する為とはいえ必要以上に離れて戦えば、幾ら的が大きくとも狙いが付け辛く、また仲間の援護に駆けつける際に離れている分余計に時間がかかるからだ。
そんな能力者達の意図に気がついていないのか、それとも余裕の表れなのか、キメラは先程の場所から動く事無く伸びたり縮んだりを繰り返している。
その姿を見て、鏑木 硯(
ga0280)が蛍火を握る感触を確めながら、
「あのぷよぷよしたのは殴ったり関節技かけたりがあまり効果ないんで、ちょっと苦手なんですよね」
と本音を漏らす。その言葉に、
「そうですね〜、スライム型キメラは物理攻撃に耐性があるようですからね〜」
と、やや間延びした声で返したラルス・フェルセン(
ga5133)。
彼につられて、まぁ、俺は今回後衛の方を活かせれば良いかな? なんて思ってるんですよね〜と語尾が延びる。
「そろそろ、キメラと愉しい異文化交流の始まりか〜」
その横で今からパーティーでもあるのかと思わせるような台詞を黒江 開裡(
ga8341)が吐くと、
「まいったね〜」
と誠が大げさに肩を竦めた。
それぞれ普段のラルスの話し方に影響されたのだろう。
内容はともかく、語調だけ切り取ればほのぼのと感じられなくもない光景だが、そんな軽口とは裏腹に4人の目は油断なくキメラへと向けられていた。
一方、彼らとは別の方向から近づくのは、祐希、クラウド、優の3人。
キメラから40 m程離れたところで、いつでも射かけられるようにと待機した祐希の横には、キメラを前にして湧き出る憎悪に冷静さを失わぬよう、必死で自分を押し止めている優の姿があった。
(「キメラは滅ぼすべき敵‥‥キメラは滅ぼすべき敵‥‥」)
思考の迷宮から目の前の任務へと意識を引き戻そうとするが、そうすれば必然的にキメラの姿が目に入る為、心は怒りに煮えたぎる。
(「いけない‥‥このままでは皆さんに迷惑が‥‥‥」)
そう考えた優は一足早く覚醒する。
先程まで苦悩に歪んでいた顔から表情が抜け落ち、合理的な思考へと変化する。
(「嘆くのは後でも出来るし、失った者はもう戻っては来ない‥‥」)
先程まで心に浮かんでいた感傷的な感情をバッサリと切り捨て、今度はキメラ殲滅の為最も効率良く動く方法を、優は幾通りも脳内でシミュレートし始めた。
伊織、リズ、アルヴァイムの3人も別の方向から、キメラへのアプローチをしていた。
キメラからは30 m程離れた場所で待機したリズは拳を握り込んで深呼吸をする。
自身の体力が不自然に消耗していないかを確める為だ。
(「この距離でしたら、まだ大丈夫ですわ‥‥」)
そう冷静に指摘する彼女の前方には、更に歩みを進める伊織とアルヴァイム。
10 m程の距離まで近づいたところで彼らの歩みが止まった。
彼らの顔から血の気が引いていく。
痛みはない。だが、目に見えない波が身体中を駆け巡り、みるみる涙が溢れて視界がぼやけてくる。
同じ様に接近していた、硯、クラウド、開裡も苦悶の表情を浮かべているが、他の能力者達が目を凝らしてもキメラが何かをしている様子は見られない。
(「今後のためにも生命力の減少の正体は知りたいところだけど‥‥」)
そう考えてキメラと苦しむ能力者達を凝視する誠。
足元から何かが伸びている様子はないので、キメラが能力者達と接触している訳ではなさそうだ。
毒素のような物を周囲に撒いているのだろうか。だが、無色無味無臭であればこちらに確認する手立てはない。
とすれば‥‥キメラの特殊能力だろうか。相手を疲労させる、もしくは相手の生気を吸い取る能力。
推論は立てども検証できない事に考えあぐねる誠。
一方、敵の攻撃範囲を調べる為に近づいた能力者達は、身を以ってその範囲を推定する事に成功した。
苦しみ始めた場所から彼らが後退すると、あれ程自身の体を苛んでいた不快な症状は跡形もなく消え失せた。
体力減少の範囲はどうやらキメラを中心にしておよそ10 m。
キメラの意思により、自由に範囲を変えられるかどうかは定かではないが、その時は臨機応変に動けばいい。
●攻撃開始
小休止を入れて万全の状態を整えた能力者達。
祐希は40 m、リズは30 m、ラルスと優は20 m、アルヴァイム、誠、開裡の3人は10 mまで近づき、残りの3人は接近戦を挑む。
キメラへと近づいた事で先程の症状が再発し、若干動きが鈍るがそれでも構わず突っ込む硯、伊織、クラウド。
彼らの勢いよく振り下ろされ、薙がれる刃に、柔らかな弾力で拒否するキメラの肉体。
(「効果が薄いのは判ってる。だから、徐々に細切れに‥‥!」)
刃の動きを、キメラの体を削ぐ様なものへと変化させる硯。
薄く切られた肉片が地面の其処彼処を青緑色に染めた。
その脇を勢いよく放たれた祐希の矢が通りキメラの身体へと突き刺さる。
優と開裡のスコーピオン、誠のドローム製SMGが着弾する度に、キメラの体表に細かな穴が空いて硝煙が立ち上った。
リズのエネルギーガン、ラルスの超機械が生じさせる電磁波によって焦げたキメラの肉片が剥がれ落ちる。
アルヴァイムは各自の様子を見ながら、彼らの隙を補うかのように精確な射撃を行う。
連携は完璧だった。
だが、キメラはぶよぶよとした身体を攻撃に波打たたせたまま、反撃をする素振りすら見せない。
一合、二合と斬りかかり、発砲するものの、一向に弱っていく様子を見せないキメラに焦りを感じる能力者達。
その流れは、いつまでも続いた。
一体、いつから戦っているのだろうか。
前衛の3人が体力を回復する為に、後方へと退いたのはこれで何度目だろうか。
終わりの見えない戦いにともすれば逃げ出したくなるのを堪え、声を掛け合ってお互いを励ましあう能力者達。
と、何十回と浴びせてきた伊織の一撃にキメラの身体が大きく揺らいだ。
初めてみせるキメラの変化に歓声を上げる能力者達と、不自然な姿勢のまま動かないキメラ。
「酸だ!」
今までにないキメラの動きに誰ともなく注意を喚起する。
その声に応じて、能力者達は一斉に散開。先程まで伊織がいた場所の地面がジュッと音を立てて、黒く変色した。
その酸の噴出孔にラルスが電磁波を当てると、今までにない程大きくキメラの巨体が揺れた。
●動き出したキメラ
近くに寄れば見上げる程に大きかったキメラ。
それが度重なる能力者達の攻撃により削り取られ、辺りは絵の具を零したかのように青緑色に染まり。
キメラの体も3分の1にまでその身を縮めていた。
好機と見た開裡が、得物をクロムブレイドへと持ち替えて接近戦を挑む。
キメラの側面へと回り込んで赤色の光を纏ったクロムブレイドを振るうと、彼の攻撃の隙を埋めるように硯も踏み込んでくる。
その時。
硯は自身の身体に起こっている異変に気付いた。
先程までキメラに近づいた際に必ず生じていた身体の不調。
今、あれが全く感じられなかった。
追撃を加えずに、素早くキメラから距離を取る硯。
「黒江さん! 離れて!」
硯の緊張した声音に異変を感じた開裡が距離を取ろうと動いた、まさにその時に。
先程まで全く身動きのしなかったキメラが、スライム型キメラの外見からは想像もつかない俊敏さで彼らの方へと突進してきた。
その動きを見た能力者達に嫌な緊張が走る。
回避が間に合わずに体当たりをまともに受けた開裡は後方へと大きく飛ばされ、彼を庇うように飛びついた誠とともに二転三転と地面を転がっていく。
武器を小銃へと持ち替えて迫り来るキメラに威嚇射撃を行うが、キメラの動きは一向に衰えない。
硯はその場からかき消える様に姿を消し、一瞬のうちに距離を取る事で辛くも難を逃れたが、勢いの止まらぬキメラは標的をリズ、優、クラウドの3人へと替え、目にも留まらぬ速さで襲い掛かってくる。
対するはスコーピオンから月詠へと持ち替えた優と、彼女を庇うようにして身構えるクラウド。
身体から伸びた触手の様な物を振り下ろされた優は月詠でそれを受け止める。
しかし、威力まで完全に相殺する事は出来ず、優は膝をついた姿勢のまま何とか耐えるが、すぐにクラウドが彼女に襲い掛かる触手を叩き斬った。
身を捩らせるキメラ。その身体に立て続けに4本の矢が突き刺さる。祐希の放った矢だ。
「ここらでお開きにしようか」
その言葉とともにクラウドの体全体が炎のような赤いオーラに包まれると、続け様に月詠、蛍火で一太刀づつキメラの体に叩き込む。
その一撃でキメラの青緑色の体は何億もの細かな粒子となり、そして蒸発するように消えた。