タイトル:この醜くも美しい世界マスター:朝霧カイト

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2008/01/14 02:33

●オープニング本文


 あるアメリカの山脈地帯の上空で、あるKVによって、一機の小型ヘルメットワームが撃墜された。
 KVとワームがどのように遭遇し、どのように戦闘し、どのように撃墜されたのかは、記録に残っていない。KVのパイロットが誰だったのか、そこで何をしていたのか、それもさほど重要なことではない。
 大事なのは、ヘルメットワームが撃墜された、という事実だ。
 小型ヘルメットワームは駆動部をやられ、ふらふらと高度を下げた後、ニカラグアのマサヤ火山の軟泥地帯に墜ちた。ワームは他に僚機をともなっておらず、単機での飛行だった。近くに戦闘地域はなく、ヘルメットワームがなぜ現場近くの空域を飛行してたいのかは分からない。
 作戦行動中でなかったことを証明するかのように、その後ワームには救援はなく、活火山の頂上近くに取り残されている。

 UPC正規軍は、このワーム機体を回収することに決めた。理由はいくつかあったが、ヘルメットワーム機体はエンジン部分のみの損傷で、そのほかはほぼ無傷の状態で墜落したことが決定的に大きかった。バグアに関する情報が手に入るだろう。まだ人類の知らない新技術が、そこにはあるかもしれない。もしそれが有人飛行タイプであれば、たとえ搭乗者が死んでいたとしても、バグアの生態に関する情報の宝庫になるだろう。そして人類が最も知りたいこと――「バグアとは何か?」、その謎に関する手がかりがあるかもしれない。


 今回の諸兄の任務は、この火山に登り、ヘルメットワームの機体を回収することだ。まずマサヤ火山の麓地点まで輸送艇で移動し、パラシュート降下する。その後墜落現場まで徒歩で移動。ヘルメットワームの内部を調査し、機体を回収可能であるかどうか報告してもらいたい。もし可能であれば軍が回収用の飛行艇を派遣させる。
 万が一、バグアとの白兵戦戦闘が発生した場合、極力殺傷せず、生きたまま連れ帰ってもらいたい。バグアの生存サンプルは極めて例が少ない。もし生きたバグア兵を手に入れられれば、人類のバグア研究が一挙に進むかもしれない。

 なお、マサヤ火山は世界でも有数の活火山だ。山中には硫黄ガスが充満し、マグマが露出している地点もある。必要な登山装備ほかは軍が用意するが、細心の注意を払って登山に臨んでもらいたい。

●参加者一覧

藤田あやこ(ga0204
21歳・♀・ST
ドクター・ウェスト(ga0241
40歳・♂・ER
ヒカル・スローター(ga0535
15歳・♀・JG
ファルティス(ga3559
30歳・♂・ER
楓華(ga4514
23歳・♀・SN
辰巳 空(ga4698
20歳・♂・PN
鬼界 燿燎(ga4899
18歳・♀・GP
瓜生 巴(ga5119
20歳・♀・DG

●リプレイ本文

 マサヤ火山はニカラグアの都市マサヤの北に位置する。5つの火口と4つの丘と1つの湖を擁する、赤茶けた活火山である。
 赤い土と白い岩のごつごつとした外観は、上空の移動艇から眺めると、死んだ老人の厳めしい皮膚のようにも見える。
 ヒカル・スローター(ga0535)、辰巳 空(ga4698)、瓜生 巴(ga5119)が事前に気象情報、登山情報等を調べた。必要装備を先に投下した後、彼らは降下した。
 着地しパラシュートを隠した後、鬼界 燿燎(ga4899)が無線機に向かって通信を送った。「こちら燿燎じゃ。無事に降下したぞ。合流地点の真上、どんぴしゃりじゃ。ホールインワンじゃのう」
「こちら藤田あやこ(ga0204)。ちょーっとばかし西に流されちゃったわ。これから合流地点に向かうけど、少し時間がかかりそう」
「こちらファルロス(ga3559)。あやこ、俺が見えるか? 俺も西に流されちまった。ダブルボギーだ」
「ファルロスさん、見つけました。いったん合流しましょう」
 ふたりは共に合流地点に向かった。登攀は楽ではなかった。溶岩が冷えてできた岩石は硬いがもろく、手を掛けると根元から折れて降り注いだ。足場は乏しく、四つん這いで坂道を登らなければならない場面も多かった。ファルロスとあやこは互いを命綱で結び、手探りでルートを変えながら進んだ。
「ヘルメットワームは何だって、こんな辺鄙なところを選んで落ちたんだ?」ファルロスが崖下を通り抜けながら愚痴をこぼした。「暑いし、空気は悪いし、道は親切さのかけらもない。調査に行くこっちの苦労も考えてくれ」
「あら、ヘルメットワームに会うためだったら私、海の底にだって行きますけど」あやこがにっこり笑う。
「いや、それはさすがに‥‥」苦笑するファルロス。「俺が言いたいのは、こんな攻撃目標もない山奥で、バグアは一体何をやってたんだって話」
「やっぱり偵察では? 中立国コスタリカも近いですし」
「かねえ」

 一方、ドクター・ウェスト(ga0241)、楓華(ga4514)、ヒカル、空、巴、燿燎は荷物の回収に向かっていた。こちらの道行きはかつての登山道を登るルートである。
 ヒカルが坂の上を見ながら言った。「煙が濃くて山頂が見えぬ。火山とはまた厄介なところに落ちた物じゃのう」
 ドクターがにやりと笑った。「確かに厄介だね〜。ところで、科学者には生物学者やら天文学者やらいろんな種類があるけど、いちばん短命な科学者は何か知ってるかな〜?」
「火山学者、ですね」巴が表情を変えずに言う。
「その通り〜、大正解!」ドクターがけひゃひゃひゃ、と笑う。「火山の正体は地球そのもののエネルギーだからね〜。人類が地球や自然をコントロール可能だった時代は歴史上なかったし、これからもないのだよ〜」
 
 合流地点で一行は合流。その後、ヘルメットワームの墜落地点に向かうべく、登山道を逸れ、道なき道への登山が始まった。
「これからが本番ですね‥‥」空が言った。
 地形図を確認する役がヒカル。ルート開拓を空が担当した。あやこがガス検知器で亜硫酸ガス濃度をチェックした。一行は一列縦隊に並び、空の指示に従って、周囲を警戒しつつ進んだ。
 300 年前に噴火口だったクレーターの泥地を越え、熱に強い植物が生い茂る低木林地を通り抜けた。周囲にはいつの間にか火山灰が降りはじめていた。灰は雪よりも細かく、青く、手触りに乏しかった。数十m先が見えず、絶えず方位磁石で現在位置を確認しなければならなかった。防毒マスクなしでは呼吸もできないほどだった。能力者たちはお互いほとんど喋らず、互いを命綱で結んで、黙々と進んだ。
「まるで世界の果てですね‥‥」楓華がぽつりと言った。「こういう場所を歩いていると、ふと考えてしまいませんか‥‥人間はほんとうに、自分たちの住んでいる地球というもののことを十分に知っているんだろうか、バグアと人間が奪い合ってるこの地球って、つまり結局、何なのだろう、って」

 しばらく進んだとき、ルートを選定していた空が呻いた。
「困りましたね‥‥地図にない地割れがあります。これ以上は進めそうもありません。迂回ルートですが‥‥北側のルートは両側が崖で、高濃度の硫黄ガスが蓄積しやすい地帯らしいんです」
「その他に道はないんですか?」楓華が訊ねる。
「ええ。大きく南に迂回する道があるにはあるんですが‥‥こちらはところどころ火砕サージ‥‥高温蒸気が噴きだしているそうです。こちらも同じくらい危険です」
「引き返した方がいいかもしれぬな」とヒカル。「風向きが変わるのを待って、別のルートから接近したほうが良いやも知れぬ。人の命と引き替えにするほどの依頼でもあるまい」
「何を言っているんだい? 進むに決まっているじゃあないか」ドクターが飄々と言った。「この機会を逃してしまっては、我々は数少ないチャンスをみすみす手放すだけだよ〜」
「しかし、危険です」空が難しい顔をして言った。「撤退の選択肢は常に残しておくべきです。相手は火山です。私たちの世界の常識は通用しない」
「言いたいことは分かるよ〜。しかしね辰巳君。バグアを倒す、そのために研究が必要。それ以上に確かな常識が、この世にあるのかい?」ドクターは当たり前のように言う。「人の命? そんなもの、我々と地球の未来に比べれば些細なものだ」
「あのー、私もドクターに賛成です」後ろからあやこが声を掛ける。「私たちは能力者です。多少の怪我なら錬成治療で治せます」
「あやこはヘルメットワームを早く見たいだけだろう」ファルロスが言う。「だが、俺も進むべきだと思うな。硫黄ガス地帯だろうが、覚醒して走れば、息を止めてるうちに抜けるだろ」
「‥‥分かりました」空が言う。「北側のルートを抜けましょう。硫黄地帯は一本道で300mほどです。2人一組で走り、何かあったら照明弾か、銃を空に向かって撃つこと。いいですね?」
 合流地点を地図で確認し、綿密に打ち合わせしてから、一行は走り出した。
 覚醒した能力者たちは、一般人なら世界記録と言えるほどの速度で硫黄地帯を走り抜けた。しかしそれだけの距離でも、硫黄は防毒マスクを越えて能力者たちの肺を灼き、耐酸処理の隙間を縫って装備を腐食した。ガス地帯を抜けた後、彼らはドクターとあやこの<錬成治療>と、あやこの持ってきた消石灰による装備品の中和処理を行うため、休憩をとらなくてはならなかった。
 それから再度登山を開始して数分後、彼らはヘルメットワームの見える丘の上までたどり着いた。

「近くにバグアの影はありません」所持していた双眼鏡を覗き込みながら、巴が言った。「というか、あんな所に生物がいるとは思えませんね‥‥」
 巴に借りた双眼鏡を見ながら、燿燎が言った。「何か、ぞっとせんのう‥‥」
 ヘルメットワームは火口のすぐそばに不時着していた。
 噴煙をあげる火口は溶岩こそ見えないものの、周囲に容赦ない熱風と火山灰をまき散らしている。その火口の端は泥土になっており、わずかに突き出した形でヘルメットワームが横たわっている。縁の部分はよく見えないが、微妙なバランスで火口に落ちずとどまっているようにも見える。
「廃熱のほうはどうなっておるかの?」燿燎が訊ねる。
「えーとですね‥‥」赤外線撮影した画像を見ながら、あやこが答える。「見る限り、周囲の同じくらいですね。うん、廃熱なし。システム死んでるのかしら。なにしろ周囲がこの暑さだから、何とも言えないけど」
 偵察のためまずヒカルがヘルメットワーム周囲を索敵するが、やはりバグアの影はなかった。一旦合流後、ドクター、あやこ、ファルロスが調査のためにワーム内に潜入することになった。他のメンバーは周囲の警戒にあたる。
 基底部近くにあるハッチを、ファルロスのシエルクラインで破壊し、内部に潜入した。3人は武器を身構え、内部を警戒するが、そこにもやはりバグアの姿はなかった。
 ワーム内部は外見から想像されるよりもずっと広く、がらんどうとしていた。内部は暗く、つりるとして手掛かりに乏しかった。青黒く静かな内部は、3人の理解を上回る機械でできている。
「何か分かりそうか、あやこ?」
 ファルロスが訊ねるが、あやこは答えない。振り返ると、あやこは両手で口を押さえ、目を輝かせて震えていた。感動して言葉が出ないらしい。
「ドクター、どうだ?」
「どこをどういじったらいいのか見当もつかないね〜」言葉のわりにドクターの声は嬉しそうだ。「けひゃひゃ、これは研究に時間がかかるよ」

 一方、外では他のメンバーが周囲を警戒していた。それぞれの武器を構え、周囲に目を光らせている。巴は周囲を走り回り、せっせと土や金属片をサンプルパックに入れている。
「皆、動くな」ほとんど唇を動かさずに、ヒカルが言った。「西の丘の岩陰を見よ。キメラじゃ」
 能力者たちはそちらを見た。岩陰のひとつにに、ライオンに似た赤い肌のキメラが一匹いた。こちらにはまだ気づいていないらしい。
「どうします」空が言う。
「周囲の安全確保も任務のうちじゃからのう」燿燎が笑う。「どれ、ひとつ相手をしてやるかの」燿燎は両手に異なる種類のナイフを抜きながら覚醒。髪と瞳の色が真紅に染まり、全身から紅の幻炎が立ち上る。
「ドクターの新兵器を試してみませんか?」と空。「フォースフィールド貫通弾です。さっき預かっておきました」ドクターのハンドガンを差し出す。
「私が撃とう」ハンドガンを受け取りながらヒカルが言う。「火山だのワームだの肩の凝る相手より、こういう仕事のほうが、しがない鉄砲撃ちの私には丁度良いよ」
 ヒカルはハンドガンを構え、岩陰に隠れてキメラに接近した。弾丸は一発。ぎりぎりまで接近して撃つため、軟泥に伏せて接近する。
 銃握を固定、狙いを定めてヒカルが覚醒。額に眼を思わせる発光体が出現する。息を吐き、息を吸い、止める。そして引き金を絞ろうとした瞬間。
 大地が揺れた。
 火口の奥から低い振動音が響き、あたりの岩石が崩れはじめる。火口が盛大に煙を吐く。
「噴火かっ?」空が叫ぶ。
 ほぼ同時に、キメラがヒカルの姿に気づいた。
 キメラは低い姿勢で疾走し、体当たりをかける。ヒカルは銃を構えたまま泥土を転がって避ける。
 姿勢を変えようとしたキメラの頭上から、ひと跳びで接近した燿燎がナイフを振り下ろす。「させんよ!」キメラの首の左右にナイフがもぐり込む。キメラが咆吼する。
「今じゃ、撃てい!」燿燎が叫ぶ。
 ヒカルは照準を定め、引き金を引く。特殊な電波吸収素材の弾頭が、キメラの眉間に吸い込まれる。
 そして着弾と同時に、輝く赤い壁が、キメラの表面に漣のように走った。
 火花が散る。
「ちっ」ヒカルの舌打ち。
 空が<瞬速縮地>でキメラの側面に回り込み、キメラの胴体に武器を叩きつける。キメラは吹き飛び、そのまま動かなくなった。
「大丈夫ですか、ヒカルさん」と空。
「失敗じゃ」ヒカルは頭を振る。「うまくいけば人類の強力な武器となったろうに」
「ドクター」空は無線機に向かって言い、すぐ言葉を止める。顔には驚き。そして恐慌。
「ドクター、脱出してください! 今すぐ!」空が無線で叫ぶ。「さっきの地響きで、ワームが傾いています! 今にも火口に落ちそうです!」

「何!」通信を聞いたファルロスが叫ぶ。「逃げよう!」
「え〜、落ちちゃうのかあ〜。勿体ないねえ」首をひねるドクター。
「嫌、逃げるなんて嫌よ! 私はこのコをお持ち帰りするの!」
「いやいやいやいや!」とファルロス。「命あっての物種だろ!」
 船底でがりっという鈍い音。ワームがさらに傾ぐ。
「早く!」叫ぶファルロス。
「落ちる前に、何かひとつだけでも‥‥」ドクターがあたりを見回す。
「いいから!」ファルロスがふたりの襟首をつかみ、戸外に飛び出す。
 同時に岩石の折れる不快な音。続いて岩棚の滑落する音。
 ファルロスがふたりの腕を掴み、覚醒。落下するワームの船体を蹴って飛び出す。
 崖の上に到着と同時に、火口を滑り落ちていくワームの大きな破砕音が響いた。
「助かった‥‥」ファルロスが呟く。
「ああ、ヘルメットワームちゃん‥‥」あやこが声を震わせて言う。
「あやこ、ドクター‥‥残念だったな。折角のチャンスだったのに‥‥何と言ったらいいか」とファルロス。
「文字通り徒労だったね〜」ドクターがけひゃひゃ、と笑う。「だが、ヘルメットワームの自壊装置は働いていなかったね〜。そういうケースがあると分かっただけでも、大きな収穫だ」
「ああー、ヘルメットワームのコンソールにさわっちゃた」あやこの震える声は、やがて嬉しそうな微笑みに変わる。「当分この手は洗わないわ」
「‥‥やれやれ」

 騒ぎの間も、巴は周辺の調査を行っていた。地面を調べているうち、あるものに目を留めた。
「何か見つかりましたか?」肩越しに楓華が問いかける。
「見て」振り向かず巴が言う。「二足歩行の足跡よ‥‥キメラのものじゃない。ここは火山灰がすぐ積もるから、そんなに古い足跡じゃないわ」
「私たちのうちの誰かの足跡ではないのですか?」
「こんな形のブーツを履いている人はいないわ。それに、人間が歩くと体重は踵にかかって親指に抜ける‥‥この足跡は違うわ。まるで見たことがない体重のかかりかた」
「じゃあ、ひょっとして」
「ええ」巴がにやりと笑う。「たぶんバグア兵の足跡よ。追いましょう」

 巴を先頭に、一行はしばらく足跡を追ったが、山頂近くで足跡は途切れていた。山頂の強い風が、灰を吹き流してしまったらしい。周囲を注意深く見渡したが、バグア兵の姿はなかった。
「これ以上の追跡は無理じゃのう」と燿燎。
「あれ‥‥見てください」楓華の言葉と同時に、風向きが変わり、煙が流れて景色がひらけた。
 全員が黙った。
 頂上からはあたりの地形が一望できた。見渡す限りの岩石地帯。赤い大地が陽光を受けて紫色に染まっている。
 目の前には空。
 眼下にはどこまでも赤茶けた岩。岩と岩が重なって皺寄り、地球の丸みの向こうに消えている。遠景にいくつもの火山や湖が見える。
 地球が老人だとしたら、その光景はまさに年老いた地球のざらつく皮膚そのものだった。
 ずっと視界の悪い場所を歩いてきた一行には、あまりの遠景に焦点が合わなかった。近くの物が遠くに見え、遠くの物が迫って見えた。それは全くのところ、現実の風景には見えなかった。それはまるで、
「まるで違う惑星に来たみたいだ」誰かが言った。
 しばらく一行は、黙ってその景色を眺めていた。
「ひょっとしたら‥‥バグアはこの景色を見るために、マサヤに来たのかもしれませんね」と楓華が言った。「バグアと私たちは、この地球をめぐって争う敵同士ですけど‥‥少なくとも、この景色を見たバグアも、今の私たち同じことを感じている‥‥そんな気がするんです」
 太陽は西に沈もうとしていた。誰も何も言わなかった。