タイトル:鳴かずの聖女マスター:朝臣 あむ

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 6 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2011/06/12 22:04

●オープニング本文


 風薫る台地。
 芽吹く伊吹は心地よく、訪れる囀りは心を擽る。
 静かに響く水音を耳に、シーリアは目を伏せた。
 その手に握り締めるのは、焼け焦げた十字架。
 全身に刻まれた傷は深く、纏う修道服にも至る所に傷がついている。
「‥‥どうか、皆さんに神の加護があらんことを――」
 鈴の音のような涼やかな声が響く。
 その声に誘われるように、彼女のいる場所を囲う木々がざわめいた。
 ここはシーリアがお世話になっていた修道院で、彼女の背には廃墟となった建物がある。
 割れた窓に、罅の入った壁。崩れた扉からは伺える中は散々たるものだ。
 シーリアは礼拝堂を振り返ると、崩れ落ちたマリア像に眉を潜めた。
「死は等しく降り注ぐもの‥‥されど、今はまだ‥‥」
 耳を打つ水音は敷地内に作られた噴水が発するものだ。
 そしてそこにはシーリア自身も身を置いている。
 全身を濡らす水は冷たく、髪からは滴る量の水が零れ落ちてくる。
 彼女はそれを払うと、水音をさせながら立ち上がった。
 ポツリ、ポツリと滴る水が僅かに黒い。
 しかし彼女はその事に気を留めることなく噴水の外に出ると、十字架を懐に向け周囲を見た。
 その目に飛び込んできたのは、無数の狼だ。
 牙を輝かせ、喉を唸らせる存在に、彼女の手が地面に伏せていた武器に触れる。
 そうして取り上げた身の丈はあろうかと言う銃身を、彼女は軽々と持ち上げた。
 カチリと鳴り響くのは安全装置を外す音だろうか。
 シーリアは徐々に姿を現す狼を前に、深く息を吸い込む。そうする事で高揚しかける気持ちを抑えようと言うのだ。
 そして落ち着くように息を吐き出すと、彼女は声高らかに叫んだ。
「――聖域を汚す悪しき存在。アナタ方のお相手は、このシーリアがお相手致しますっ!」
 修道服に隠された赤の髪が炎を纏うように猛り、金色の瞳にも炎が混じった。
 直後、彼女の持つ銃弾からエネルギー弾が放たれた。
 それは彼女の間合いを確かめるように動く狼の一体を撃ち抜く。
 これが全ての合図だった。
 修道院があったその場所は、一気に戦場と化したのだった。

●人への願い
「お願いします、お姉様を‥‥シーリア様をお助け下さい!」
 雑音の混じった通信音。それを聞きながら、UPC本部に籍を置くオペレーターの山本総二郎は、驚いたように目を見開いた。
「‥‥今、シーリアって言ったかい‥‥?」
「はい。シーリアお姉様は私と同じ修道院で働くシスターです‥‥修道院が突然キメラに襲われて、お姉様はそこに残って、キメラの相手を‥‥」
 彼女が言うには、シーリアと言う女性は、修道院を襲ったキメラからシスターを助けるために1人、囮になったと言う。
 出たキメラは、狼型の一種類のみ。だがその種類は相当数いるとのこと。
 至急、救援を向けなければいけないだろうが、総二郎には1つ気になる事があった。
「その、シーリアって人‥‥能力者なのかい?」
「あ、はい‥‥お姉様は修道院で働く、唯一の能力者でした。でも、今は引退していて‥‥」
「そう‥‥」
 聞いたことがある。
 何処の修道院だかは知らないが、腕のたつ傭兵が戦場を離れ神にその身を捧げたと言う。
 その理由は語られていないが、周囲では「大事な人が亡くなった」とか、「傭兵生命を絶たれる事故かがあった」とか、色々なうわさが流れている。
 だが総二郎は彼女が関わった最後の依頼の報告書を見ている。
「もし、あのシーリアさんだとするとそう簡単にやられるとも思えないけど‥‥」
 シーリアが傭兵生命を絶たれたと言う噂は嘘だろう。そう思える根拠が、報告書には書かれていた。
 もし助けを乞うシーリアと言う人物が、元傭兵なら、そう慌てる必要もないだろう。
「何せ、戦場に舞い降りた聖女‥‥祝福の歌姫なんて呼ばれてた人だもんな。そう簡単に負けるはずが――」
「祝福の歌姫‥‥? 何を言ってるんです、シーリアお姉様は唄うことなんて出来ません」
「え‥‥?」
 驚く総二郎に依頼を持ちこんだ少女は言う。
「シーリアお姉様は聖歌を歌うことも、話をすることも出来ません。そんなお姉様が、歌姫と呼ばれるはずがありません。きっと、人違いです」
 言い切った彼女に、総二郎は目を瞬いた。
 彼が知る戦場に舞い降りた聖女、そして祝福の歌姫と呼ばれるシーリアは、当時ハーモナーと言うクラスが無いときにもその歌声で人々を癒し、志気を上げたと言う。
 また、真偽のほどは定かではないが、彼女の歌声にキメラやバグアが聞き惚れ、攻撃を止めたという話まである。
 その彼女が一度も歌を歌わない。
 しかも声を失っているとはどういうことなのか。
「‥‥別人、なのか‥‥?」
 呟くが答えは出ない。
 それにもし別人だとするなら、急がなければいけない。
「場所の情報と、シーリアさんの特徴を教えてください。至急、手の空いている傭兵に救援を申し出ます」
「は、はい!」
 こうしてUPC本部に依頼が出される。
 その際に出されたシーリアの特徴はこうだ。


『黒髪・金の瞳。
 修道着を着たシスター。
 声を失っており救援を求めることは不可能。
 能力者であり、シスター達を護るために修道院に残っている』


「黒の髪‥‥やっぱり、別人なのか?」
 総二郎は自らが出した依頼を確認しながら、呟くと思案気に眉を寄せた。

●参加者一覧

鹿島 綾(gb4549
22歳・♀・AA
メシア・ローザリア(gb6467
20歳・♀・GD
ソウマ(gc0505
14歳・♂・DG
ユウ・ターナー(gc2715
12歳・♀・JG
悠夜(gc2930
18歳・♂・AA
霧島 葵(gc7435
24歳・♂・FT

●リプレイ本文

 メシア・ローザリア(gb6467)は、森の中を走りながら、オペレーターの総二郎から聞いた話を思い出していた。
 戦場に舞い降りた聖女、祝福の歌姫。
 そう過去に呼ばれた傭兵が今回の救助対象者かもしれない。そう、彼は言った。
 しかし――
「貴方は私を見たので信じたのですか。見なくても信じる者は幸いです」
 メシアはそう呟き、胸に下げたロザリオを手にした。
 その声に霧島 葵(gc7435)の目が向かう。
「今のは?」
「キリストの仰った言葉です。本当に人類側として戦うのか、それともバグアの見せる姦計か‥‥見定めねば」
 彼女は口中で呟くと、前方を見据えて走った。
 そして彼女の声を耳にした、悠夜(gc2930)もまた森の中を走る。
「‥‥まあ、同感だな」
 呟く彼の脳裏には、以前受けた依頼の苦い思い出が蘇っている。
「他の皆には悪いが、シスターにも注意を払っておこう」
 シスターが敵でないという確実な情報はない。故に警戒するのは当然だろう。
 だがシスターを助けるという目的を忘れた訳ではない。
 ただ注意をしたいだけ。
 そんな彼の耳に、葵の明るい声が響いてきた。
「しっかし、初依頼が人助けなんてラッキーやな」
「おや、今回が初依頼でしたか。そうですね‥‥ラッキーかどうかはわかりませんが、人助けは重要です」
 葵の声を聞き取ったソウマ(gc0505)は、そう口にしてシスターの情報を思い出す。
 もし救助対象者が噂の聖女であるなら、彼女の戦いを是非この目で見てみたい。
 不謹慎ながらもそう思ってしまう。それに‥‥。
「勇敢なシスターを、キメラなんかに殺させる訳にはいきませんしね」
「そうやな。やっぱ人助けあっての傭兵やしな」
 ソウマは葵の同意を得て、前方を見据えると、冷静な声とは裏腹に鋭い光を自らの目に宿した。

「もう少しで目的地に着く。到着後、迅速に動くぞ!」
 高速移動艇を離れて僅か。
 鹿島 綾(gb4549)は前を見て駆けながら声を放つ。
「まあ、どちらがいるかはわからんが‥‥」
 口にして思い出すのは総二郎が言うシーリアの特徴と、依頼を出した少女が言うシーリアの特徴だ。
 過去、名を遺したシーリアは、赤髪に金色の瞳だが、救助依頼が出ているシーリアは、黒髪に金色の瞳だ。
 そして赤髪のシーリアは、一言でも囀れば疲れた者の心を癒すという。
 しかし黒髪のシーリアは声が出ないという。
「とにかく、時は一刻を争う」
 綾はそう口にして隣を見た。
 そこを走るのはユウ・ターナー(gc2715)だ。
 彼女は総二郎にしきりにシーリアの事を聞いていた。
 彼女がどんな傭兵だったのか、どんな戦い方をしたのか。それは同じく神に仕える身としての興味なのか、それとも他の何かなのか。
 何にしても彼女が一際熱心に話を聞いていたのは確かだ。
「天使のような歌声か‥‥ユウ、聞いてみたいな」
 総二郎はシーリアの歌声をそう評価した。
 故に益々聞きたいという気持ちと、会ってみたいという気持ちが強くなる。
 そして、皆の目に十字架が飛び込んできた。
「マリアさま‥‥どうかご加護を‥‥」
 ユウはそう口にすると、胸元のロザリアを握り締め、戦闘区域に足を踏み入れた。

●神の御許で
 崩れ落ちた塀と門、周囲に転がる狼型のキメラの亡骸が、戦場の悲惨さを物語る。
「こいつは凄いな」
 悠夜は狼の亡骸を見ると、息の根が絶たれていることを確認した。
「攻撃を受けた形跡は一度だけやな‥‥噂に違わず、と言ったとこやろか」
 葵はそう口にして教会を見た。
 視線の先から聞こえる狼の声、そして時折響く爆音がシーリアの無事と現状の過酷さを物語っている。
「当初の目的通りに動く。後は頼んだぞ」
 綾はそう言って、誰より先に教会に駆け出した。
 その腕には僅かに鮮血が滲んでいる。
 こうすることで、少しでも狼の気を惹く。それが目的だ。
「さあ、僕たちも行きましょう」
 ソウマは綾が去るのを見届け、脚力を強化して駆け出した。
 彼が向かうのは、綾とは逆方向で、その先には教会がある。
 そして建物の裏に入ろうとした所で、彼の足は止まった。
「あれは‥‥」
 身の丈はあろうかという銃身を構え、狼を捉える女性がいる。そう、彼女こそ救助対象者のシーリアだ。
 炎のようにうねる髪は、総二郎が言っていた噂の聖女に近い。
「ソウマ様、参りますわよ」
 メシアは遅れてソウマの隣に立つと、シーリアを囲む狼に目を向けた。
 その数は目に見えるだけで相当数。
 彼女は大地に手を添えると、周囲の状況を探った。
 それに習いソウマも大地に手を止める。
「前方に13、14‥‥20近くいるかしら」
「森の中にも幾らか控えていますね」
 振動が伝わる範囲だけでもかなりの数。これはこの近辺にぐるりと狼型キメラがいると見て良いだろう。
「綾さんの行動に期待ですね」
 ソウマはそう言って、メシアと共に駆け出した。
 その先に居るのは狼とシーリアだ。
 メシアは迷うことなく狼の間合いに身を投じると、大地を深く踏み締め足を振り上げた。
 彼女の修道着から覗く足、その先にあるのは誇り高い花の名を得た脚甲だ。
「邪魔ですわよ」
 メシアはそう囁き、踏み込みを軸に回転を加え狼の溝尾を討つ。そうして倒れた存在は捨て置きシーリアに駆け寄った。
「ULTより参りました。仲間も此方へ向かっております、此処は任せて退きますわよ」
「援軍、ご苦労様です‥‥されど、わたくしはここを退く訳には参りません」
 一瞬だけ向けられた炎の混じる金色の瞳。
 しかし向けられた瞳はすぐさま前を捉えた。
 そしてエネルギーの弾丸が狼たちを組み敷き放たれる――と、その時、シーリアの足元が揺らいだ。
 それをソウマが支えると、彼女が受けていた傷が癒されてゆく。
「無理をするモノではないですよ。貴女を助けて欲しいと本部に連絡を入れたお嬢さんが可哀相です」
 彼はそう言うと、依頼の経由を話して聞かせた。
 この間にも狼の攻撃の手は止まる事が無い。
 その攻撃の殆どはメシアが防いでいる。
「これ以上は厳しいですわよ」
 盾で攻撃を防ぐ彼女だったが、敵の数が増しているのか徐々に押されてきている。
 このままでは、最低限の任務も遂行できなくなってしまうだろう。
 メシアは無線機を取り出すと、周辺で闘う仲間に連絡を取った。
「後は任せます、わたくしは彼女の援護に回りますわ」
 言って回線を切ると、閃光手榴弾を取り出した。
 そうしてピンを抜き取き、シーリアの手を取る。
「主は倒れてゆく全ての者を支え、屈んでいる全ての者を立ちあがらせておられます‥‥決してこの地を、邪悪な侵略者に任せる訳には参りません」
 けれど‥‥と、彼女は言葉を切った。
「主の元へ旅立てば、己が手で護る事は出来なくなってしまいますわ」
 静かに告げられた声に、シーリアの目が落ちた。
 それと同時にメシアの手から手榴弾が放たれる。
 舞いあがる粉塵と爆音。それを前にメシアはシーリアの手を引いて駆け出した。
 これにソウマも続くと、シーリアは戦場から離脱した。

 だが能力者たちの戦いは終わっていない。
 囮として1人動く綾は、通信を受けて骨付き肉とレーションを大地にばら撒いていた。
「さて‥‥これで来てくれると良いんだが」
 呟き神の使者の名を授かる槍を2本構える。
 銀色の神々しい光を放つそれは、すぐさま敵の姿を捉えた。
「狼だけのことはあるな」
 嗅覚に優れた狼に、食べ物の匂いは効果があったようだ。
 それに加え香る血の匂いに、狼たちが釣られている。
 だが、あらゆる隠れられる場所から姿を現した敵に、綾は僅かに目を見開いた。
「なん、だ‥‥この数は‥‥」
 想定の範囲を超えていたのだろう。
 驚く彼女の耳に狼の咆哮が響く。
 その声に、囮役の綾を救護して戦闘を始めていた葵が目を向けた。
「あの狼は‥‥」
 他の狼よりも僅かに大きく、毛に赤みを帯びる存在に彼はある事を思いついた。
「もしかするともしかする、か」
 彼は手にした刀の露を祓うと、一気にその場を駆け出した。
 この動きに狼殲滅の為に動く悠夜とユウが気付く。
「これ‥‥効くと良いけど」
 ユウが取り出したのは事前に用意しておいた酢だ。
 彼女は超大型のSMGを構えると、群れを成しこちらに向かい来る狼に弾丸を放った。
 最後の弾まで残さず撃ち尽くすその攻撃に、狼たちは次々と倒れてゆく。しかし全てが倒れた訳ではなかった。
 彼女は残った狼に目を向けると、持ってきた酢を全てバラ撒いた。
「おい、そいつは何だ?」
 傍で小銃を構える悠夜は、鼻を突くような匂いに眉を顰めた。
 その声にユウが得意気に言う。
「昔、施設のシスターが言ってたの‥‥狼とかイヌ科の動物さんは、お酢の匂いに弱いって!」
「ほう、そうなのか‥‥っ、と!」
 銃声と共に狼が弾き飛ばされた。
 悠夜は弾丸を受けて後方に引いた狼に、眩い光を放つ刀身を打ち込む。
 そうして一体地に沈めると、悠夜はポケットに手を突っ込んだ。
「悠夜おにーちゃんこそ、それはなぁに‥‥?」
 おもむろに取り出された煙草。それに目を止めたユウに、彼は戦闘の手を止めずに言った。
「煙草で反応するかと思ってな‥‥だが、まあ‥‥」
 箱を握り潰して苦笑する。
 先程ユウが放った酢の匂いは、狼には効果がないようだ。
 一瞬だけ怯んだものの、後は匂いなどお構いなしに襲ってくる。
 しかし――
「元々殲滅班だ。狼型キメラを殺せばいい‥‥いつも通りじゃないか」
 クッと口角を上げた彼の銃身が火を噴いた。
 相手が怯もうと怯まないと、闘うことに変わりはない。
 彼は手の中の煙草を服の中に戻すと、勢い良く踏み込んだ。
「離れとけ!」
 太陽の光を受けて輝く刀身。
 それを見止たユウが一気に距離をとった。
 そしてそれを待っていたかのように悠夜の刃が大地に突き刺さる。
「狼如きが、お座り!」
 途端に上がった十字架を描く衝撃波。
 それを遠目に視界に納めた綾は、腕を伝う血を舐めると、ニッと口角を上げた。
「盛大にやっているな」
 彼女の周りにも、悠夜やユウ同様に、血に惹かれて集まった狼が多数いる。
 彼女はそれらを前に、一度は拭った血を放った。
 当然敵は、彼女に襲い掛かるのだが、これこそが狙いだ。
「そうら、こっちだ! 来い!」
 言って、彼女の手にする槍が、風を切り、唸り声を上げて天を指す。
「纏めて来てくれて有難う‥‥」
 フッと笑みが零れた。
 そうして振り下ろされた刃が大地を突く。
「――盛大に吹き飛べっ!」
 十字に広がる衝撃派。それに加えて付加された力が狼たちを空に吹き飛ばす。
 次々と大地に落ちる狼を目に、彼女は次なる攻撃に移ろうと動いたのだが、その動きが反転した。
「ッ、悪いが‥‥そこから先には行かせないよ」
 言って狼の前に立ち塞がった彼女の後方にいるのは葵だ。
 何かを目指し進む彼の姿を見て、綾は彼の壁となり狼を討ち払う。
「もう少し、もう少しやっ」
 仲間の援護を受けて、駆ける足が自然と早くなる。
 目の前には行く手を阻む狼が数匹。これを討てば彼の目的とするモノまであと少しだ。
 だが――
「葵おにーちゃん、危ない!」
 目の前の敵に集中するあまり後ろが見えていなかった。
 背後から襲い掛かる狼に反応が遅れる。
 しかし、ユウの弾丸がそれを撃ち砕いた。
「っ、感謝するで!」
 一度は崩れた体勢。それを整え2刀の刃を目にも止まらぬ振り抜く。
 そうして辿り着いた先に居たのは、赤毛の狼だ。
「お前がボスやな! その命、もらい受ける!!」
 瞬時に飛び込んだ相手の間合い。
 同時に斬り込まれた刃に、狼も牙を剥き応戦しようとする。
 しかし僅かに葵の動きの方が早かった。
 突き入れられた刃が肉を抉り、息の根を奪う。そうして倒れた狼を見ていると、突如周囲の音が変わった。
「これは‥‥」
 先程までは隙を窺いながら襲い掛かっていた狼たちが、突如思い思いの攻撃をし始めたのだ。
 それは統率の崩れた獣の姿そのもの。
「リーダー格のキメラが倒されたと言うことでしょうか‥‥ならば、後は倒すのみ」
 ソウマはそう口にすると、リュート型の超機械を構えた。
「歌は唄えないのですか‥‥?」
 問いはシーリアに向けたものだ。
 しかし彼女はその問いに答えることなく銃身を構えると、戦闘エリアにその身を戻した。
 その姿を目にして、ソウマの視線が一瞬だけ落ちる。
 だがここで落ち込んでいる場合ではない。
 今は戦闘を終わらせるチャンスなのだ。
「‥‥この神聖な場所を乱すモノは、美しく残酷にこの大地に散れ」
 音色と言の葉に乗り、広範囲にわたる電磁波が放たれた。
 こうしてリーダーを失った狼たちは思いのほかあっけなくその身を地に還したのだった。

●鳴かずの聖女
「あんたが、シーリアさん‥‥噂の歌姫さんか?」
 綾はメシアやソウマ、そしてシーリアと合流すると彼女に問いを向けた。
 その声にシーリアは首を横に振る。
 綾はその仕草を見てからメシアを見た。
 その視線に対して、メシアは頷きを返す。
「そうか‥‥まあ、何にせよ無事で良かった。命あってのモノダネってな」
「せやな。あんたが無事でよかったわ」
 葵はそう言ってシーリアを労う――と、突然強い風が吹いた。
 シーリアの服は狼の攻撃を受けてボロボロ。少しの風でも舞い上がるそれに、メシアが急いで前に立つ。
 そうする事で男性陣の視線を遮ったのだが、ソウマにはシーリアの白い肌が見えてしまった。
 これぞ彼の持つラッキーなのかはさておき、ソウマは冷静を装って目を逸らす。
 だがその内心はいっぱいいっぱいだ。
 そしてそんな彼の横で、ユウはシーリアの手を取り彼女の顔を除き込んだ。
「マリアさまの御許でこの出会いが素敵なモノになりますように‥‥」
 にこっと笑う幼い顔に、シーリアの瞳が落ちる。
 そしてそっと握り返すと、彼女はその手を放し歩き出した。
「おい、何処に行く気だ?」
 悠夜は彼女に対して警戒を解いていない。
 それは彼女にも判っているのだろう。
 シーリアは少し距離をとって足を止めると、皆を振り返った。
「助けて頂いた事に対し、主と皆様方に感謝を‥‥されど、関わりは此処までです」
「っ!」
 突如向けられた銃身に、悠夜を含めた皆の顔色が変わる。
 そしてそれを見届けた、彼女の指がトリガーに掛かり――

 ドオオオオンッ。

 地響きと共に舞い上がった粉塵に、各々が対策を講じる。
「‥‥っ、みんな怪我は無いか!」
「大丈夫ですわ。攻撃を当てる気はなかったようですから――‥‥ぁ」
 徐々に消えゆく砂塵。そして視界が晴れてくるころになって、彼らはシーリアが消えた事に気付いた。
「そんな‥‥シーリア、おねーちゃん‥‥」
 後に残ったのは瓦礫と化した教会と、無数の狼の亡骸。
 ユウは胸元のロザリオに手を添えると、きゅっとそれを握り締め、瞼を伏せたのだった。