●リプレイ本文
燦々と降り注ぐ太陽。
それを受けて転がる金色のゴマフアザラシこと金ゴマを、能力者たちは食い入るように見つめていた。
「うぅ〜‥‥とってもラヴリィです〜♪」
顔をフェンスに押し付けて呟くのは、小笠原 恋(
gb4844)だ。
その目は完全に金ゴマにくびったけ。
お腹を仰向けに爆睡している姿を見つめている。
「転がっているだけでも可愛いです。いわゆる1つの癒し系ですね」
ほうっと息を吐いて呟く。
その直後、金ゴマが寝返りを打った。
「金ゴマさん‥‥かわいっ!」
嬉々として上がった声に、金ゴマを見つめていた毒島 風海(
gc4644)が顔ごと振り返った。
そこにいたのは張 天莉(
gc3344)だ。
彼は「毒島のガスマスク」を着けた少女の視線を受けると、ハッとなって咳払いを零した。
「――じゃなくて‥‥キメラを放置しておけば被害が出るかもですからね。しっかりと動きを観察しておかないと」
そう言いながらチラリと見た金ゴマは、気持ち良さそうに欠伸している。
「か、可愛いっ!!」
再び上がってしまった声を消せるも無く、天莉は照れくさそうに笑うと、金ゴマを見た。
一方、同じように前を向いた海風はふと呟きを零す。
「金のゴマフアザラシ‥。略して金ゴマ。‥‥何かのタレのような響きですね」
――確かに‥‥そう、同意して天莉は苦笑した。
そこにリズレット・ベイヤール(
gc4816)の声が響いてくる。
「‥剥製にしちゃうなんて‥‥金ゴマちゃんが可哀想です‥‥」
彼女は金ゴマ捕獲後の対応に不満を持っているが、現状では如何にも出来ない。
不安いっぱいで金ゴマを見るリズレットとは別に、α(
ga8545)はうっとりと金ゴマを見つめていた。
「あざらしさん、可愛いですね〜♪」
ほうっと息を吐いて微笑む。
それに対して沙玖(
gc4538)が届く。
「‥‥確かにかわいらしいキメラではあるが、キメラには違いない」
そうは言うものの、目は金ゴマにある辺り素直ではない。
だが、沙玖の言うことは間違っていないのだ。
「まったく、依頼主も皆も――」
「え? 見ているだけではダメですか?」
言葉途中で投げかけられた問いに、沙玖の眉が上がった。
悲しげなαの視線に、言葉に詰まる。
「あんなに可愛いのに‥‥」
「そう、ですよね‥‥あぅ。こんなに可愛らしいのに‥‥キメラだなんて‥‥」
αに続いてリズレットまでもが呟く。
その純粋な2人の目を見て、沙玖は金ゴマを捉えた。
「‥いや、気持ちは分かるが‥‥」
――それでもキメラだ。
その言葉を呑みこみ、沙玖は大きな溜息を零した。
●挑戦!
「‥‥こんな物を、用意してみました」
風海が示したのは、鉄製の檻だ。メトロニウム製は調達が難しく、泣く泣く諦めた。
一体ここまでどうやって持って来たのかは、この際、目を瞑っておこう。
「あと、お魚もです」
「あ、お魚でしたら、わたくしも‥‥」
αはは事前に購入していた魚を取り出した。
「秋刀魚です!」
「うわあ‥‥高かったでしょう?」
差し出された袋を覗き込んだ天莉が問う。
幾ら旬とは言え、まだ時期は早い。手に入れるのは多少値が張る。
「出来るだけ大振りのを‥‥と、思ったら、秋刀魚が。‥今年はお財布に痛いですけれど、アザラシさんのためですっ!」
なんたる愛ゴマ精神。
ぐっと拳を握り締める姿に、天莉は拍手を送る。
そこに同じくメロメロな恋が、風海が用意したビーチボールを抱いて金ゴマに熱い視線を注いでいた。
「恋さん、何してんだ‥‥?」
「金ゴマちゃんは傷つけずに捕らえます」
「は?」
不意に零された声に、沙玖の目が瞬かれる。
「剣は一応持って来てるんですけど、使いません」
「‥‥あの、恋さん?」
「だって、とっても可愛らしいんですもん! 傷つけるなんてできません!」
ボールを抱いたまま振り返った恋に、沙玖は反射的に頷いた。
何もそこまで力説しなくても‥‥そう、言いたかったが、きっとその発言はタブーだ。
「――仕方ない。協力するか」
沙玖は渋々そう口にすると、用意された檻に視線を向けた。
「せっかくの依頼だから、楽しんで貰わないとな」
そう言いながら、「俺はキメラに興味ないし」と言葉を添えるのを忘れなかった。
「ずっと‥‥寝てますね‥‥」
金ゴマを観察し続けるリズレットは、胸の前で手を組むとほうっと息を吐いた。
金ゴマの生活リズムを残さず見ようと目をくぎ付けにすること数十分。その間、金ゴマは気持ち良さそうに寝返りを打ったり、自由きままに日光浴をしたりし続けている。
「‥‥か、可愛いです‥‥」
仕草だけを見るだけなら、本物のゴマフアザラシと何ら変わりは無い。
しかし相手はキメラ。そして彼女たちの目的は、金ゴマを観察し続けることではない。
それを思い出したリズレットは、「ハッ」と顔を上げると、慌てて皆を振り返った。
「ち、違いますよ? これは、調査です‥‥」
慌てて言って、ふと首が横に倒れる。
それもその筈、金ゴマに目をくぎ付けにしていたのは、何もリズレットだけではなかった。
皆が皆、思い思いの表情で金ゴマを見つめている。
「‥‥えっと、そろそろ‥‥動きます、か?」
遠慮がちに言ったリズレットに、皆がハッとして頷いたのだった。
○
檻の前に置かれた秋刀魚。
それを見つめる愛くるしい瞳を、能力者たちは見つめていた。
「‥‥食べて、くれるでしょうか」
「そのままの習性を受け継いでいるのなら、広食性で口に入る魚なら何でも食べると思いますが‥‥」
αの言葉に答え、風海が身を乗り出す。
その顔には未だガスマスクが付いているのだが、これは仕方がない。
そしてその時は、直ぐに訪れた。
――もぞ、もぞもぞ‥‥モヒッ‥‥パクッ☆
「あ! 食べましたよ!」
のっそり秋刀魚に近付き、頭を咥えた直後に呑みこむ姿に、恋が興奮して叫んだ。
「もう一尾っ‥‥うぅ〜‥‥食べてる姿も可愛いですぅ♪」
頬を上気させながら、魚を食べる金ゴマにご満悦な様子の恋。
だが、その顔は直ぐに強張った。
カサカサと金ゴマの傍を通り過ぎる一匹の鼠。
通常なら無視する筈の動物だが、金ゴマは違った。
「え」
「‥‥所詮、キメラか」
目を丸くする数名と、冷静に呟く沙玖。
彼らの目の前では、金ゴマが鼠を丸呑みにしている。
それは一瞬の出来事で、金ゴマの素早さを垣間見た気がした。
これにはメロメロになっていた能力者たちも唖然と目を瞬く。
しかし――、
「‥‥つ、次です! 次は、ボールで遊ぶのですよ、ね‥‥?」
気を取り直すように言ったリズレットに、恋はハッとして頷いた。
「ボールなら、ここにあります!」
「では、少し近づいてみましょう。上手くいけば、かなり接近できるかも」
天莉がそう言うと、皆は次の行動に出た。
ビーチボールを手に金ゴマに接近を試みる恋。
その傍には、同じく金ゴマに接近を試みる、風海がいる。
「まずは警戒を解くところから‥‥」
そう言いながら、ガスマスク装着中の風海。
寧ろ、その格好の方が怖いのでは‥‥とは、誰も突っ込まず近付いて行く。
その事に、ピクリと金ゴマの顔が揺れた。
――パンパンパンパンッ!
盛大にお腹を叩きだす仕草に、風海がたじろぐ。そして、何かを考えるように間を置いた直後、躊躇いがちにガスマスクを外した。
「あ、可愛い」
呟いた天莉に、風海の肩が跳ねあがる。
そして彼女は、ガスマスクを抱き締めると、涙目でプルプルと震えた出した。
「や‥‥あまりこっち‥‥みない‥‥で」
消え入りそうな声で呟いた声に、全員が心の中で「可愛い」と思った。
だがそんな事は言えない。
「そう言えば、先ほどのお魚‥‥結局、薬を入れたのでしたわね」
「そう言えばそうだな。変化は‥‥まだ無いか」
金ゴマを見据えて口にする沙玖に頷くαは、初めは魚に薬など入れられないと思っていた。
しかし仲間の勧めもあり仕方なく、魚に薬を混入させた。
本来ならば、徐々に近付いて行き、最終的に手から魚をあげたかったのだが、鼠を捕食したのを見た後では流石に近付けない。
遊びで注意を惹く事が出来るのなら、それに作戦を切り替えるのは仕方のないことだった。
「お魚作戦がダメだった以上、皆様のお手伝いに専念します。でも‥‥」
残念な気持ちだけは偽れない。
しゅんっと項垂れるαの肩を天莉が叩いた。
「作戦が巧くいったら、遊びましょう。そうしたら手からお魚、あげられるかもしれません」
ニコリと笑った天莉に、αは頷きを返した。
――一方、金ゴマに接近し、遊びを仕掛ける風海と恋は苦戦していた。
「気を付けて、下さい‥‥あ」
リズレットが2人に声援を掛けた瞬間、「ふぎょ!!」と声を上げて風海がこけた。
しかも、何もない場所で‥‥。
これに金ゴマが反応した。
ピキーンッと目を光らせ、突如起きあがったのだ。
「これはチャンスです!」
こちらに目があるということは、ボールを見てくれるかもしれない。
恋は、手にしていたビーチボールを持ち上げると、えいっと投げた。
――キシャアァァア!!
「!!」
にょきっと出現した角。
それがビーチボールを串刺しにする。
しかも角が生えた瞬間、愛らしく丸かった瞳が、敵意むき出しに吊り上がり、能力者たちを捉えたのだ。
「し、仕方ないですね。ここは最後の手段です」
そう呟いた恋に、皆が渋々と動き出した。
●どうしても‥‥
「皆さん、目を瞑って下さい」
恋はそう言うと、ピンを抜いた閃光手榴弾を構えた。
心の中で数を数え、タイミングを測る。
そして――。
「ごめんなさいっ!」
謝罪して投げた閃光手榴弾は、金ゴマの傍で弾けるとまばゆい光を放った。
それを見計らい、恋がアスファルトを蹴る。
自身障壁で防御と抵抗を上げ、一気に近付く。
それに習うように天莉も地を蹴ると、自身障壁を発動させて盾を構えた。
「お手伝いします!」
天莉の援護に頷いた恋は、目を眩ませて怯む金ゴマの背後に回る。
そして腕を伸ばすと、ぬっと腕を伸ばした。
「や、柔らかいっ! はふぅ〜、もふもふもふもふ〜♪」
「ず、ずるいですっ」
「そうですわっ!」
強行手段で金ゴマに抱きついた恋。その姿に、風海とαが声を上げる。
「思った通り気持ち良い♪」
金ゴマにちゃっかり触った天莉も満足そうだ。
だが、いつまでも金ゴマが大人しくしているわけがない。
「そのまま檻へは無理か」
沙玖がそう言った瞬間、盛大に身をよじった金ゴマは、恋に噛みついた。
それに慌てた天莉が、急いで盾を振って金ゴマを引き剥がす。
「恋さん、大丈夫です‥‥ね」
「これくらいは、自分で治します。さぁ! かかって来なさい!」
恐ろしいくらい良い笑顔で、自分の傷を治癒した恋に、天莉は苦笑した。
そうして気を取り直すと、金ゴマに向かって手を叩いた。
「金ゴマさーん! こっちですよー♪」
その音に、ギンッと目を光らせた金ゴマが突進して行く。
その速さは、聞いていた以上だ。
「っ!」
天莉は回避を取りながら、チラリと見た先には壁があり、角が刺されば動きが封じれる筈だ。
しかし、金ゴマの動きの方が早かった。
「やっぱりキメラはキメラだ‥‥人を傷つける可能性があるからな、大嫌いだ」
避けきれない天莉の前に出た沙玖は、レイシールドを使って角を受け止めた。
「フッ、獣の分際でこの私にかなうと思っているのか! 永久の地獄へ落ちることになるのだ!」
言いながら雲隠で攻撃を加えるその目が、青から紅へ変わっている。
攻撃は金ゴマに直撃。だが金ゴマは倒れることなく、目を光らせると標的を変えた。
「っ‥‥お願い、止まって‥‥! リズは貴方を傷つけたくない‥‥!」
突進してくる金ゴマに、苦痛の表情で拳銃「スピエガンド」を放つ。
リズレットの放った弾は、金ゴマの進行を遮った。
そこに、再び沙玖が攻撃を加える。
「ああ、金ゴマが‥‥!」
風海は、未だ檻への誘導を諦めていなかった。
傷つく金ゴマに駆け寄り、傷の回復を試みようとする。
しかし――。
「きゃあ!」
沙玖の言葉通り、どんなに可愛くても、やはりキメラだった。
牙を剥き、風海に噛みついた上、角で攻撃をしようとする金ゴマを、恋が遮る。
角を掴んで動きを封じたのだ。
「今です! 取り押さえて下さい!」
暴れながら身をよじる金ゴマの尾が、恋の腕を強打する。それでも押さえ続ける姿に、αも急いで体を押さえつける。
「‥‥ごめんなさい。誰か、お願いします!」
ぶかぶかだったアオザイが、覚醒したためにピチピチになっているが、この際気にしない。
αの必死の声に、天莉が動いた。
「可哀想ですが‥‥眠って下さいね」
――ドゴッ。
頭に加えられた盾での一撃。
FF越しとはいえ衝撃を受けた金ゴマは脳震盪を起こしたように白目をむくと、ドサリとその場に崩れ落ちた。
「‥‥!」
そこに風海が駆け寄り、急いで傷を癒した。
「ようやく捕まったか‥‥ただ倒すんじゃないから気を使ったな」
沙玖はそう言うと、なんとも言えない表情で倒れる金ゴマを見つめた。
●さようなら――
「好きで‥‥キメラの体に生まれたわけじゃないでしょうし、いくら‥‥こうしなければならないとはいえ、少々可哀想‥‥ですね」
言って、風海は視線を背けた。
「‥‥自分のしたことが、正しいと‥‥私は言いきれません‥‥」
目の前には、剥製と化した金ゴマがいる。その姿はとても綺麗で、戦闘を行ったとは思えないほど状態が良い。
「剥製だと動きを楽しむ事が出来ないんですよね‥‥かといって、あのまま飼うという訳にもいきませんでしたし‥‥なんとも、後味が悪いですね」
そう言って息を吐くのは天莉だ。
その隣では、柔らかな毛並みを撫でる沙玖がいる。
「‥‥なあ、このキメラの剥製はどこに飾るんだ?」
動かないキメラは、もふもふし放題だ。
だから聞いたのだが、肝心の依頼人がいない。
そこにULTの関係者が近付いてきた。
「その剥製は研究施設へ寄贈になります。貴重な研究材料ですので」
「‥‥危険な存在と言うのは解ります。でも‥‥」
本来なら、説得を試みて剥製を回避したかった。
それも出来なかったことに、リズレットは酷く心を痛めていた。
そんな彼女の肩を、恋がそっと抱き寄せる。
「かわいそうですけど、キメラと共存が出来ませんからね‥‥」
そう、キメラは人間を襲う為に作られた存在。どんなに可愛くても人を襲い、食べる事もある。
それを考えれば、今回の処置は仕方がなかった。
「‥‥そう言えば、ご依頼主は?」
金ゴマに別れを告げるように撫でていたαは、ふと気付いたように首を傾げた。
それにULTの関係者がニコリと笑う。
「自然保護動物を捕獲しようとしたことへのお説教中です。ああ、依頼料はきちんと払わせますのでご安心ください」
「‥‥踏んだり蹴ったりだけど、自業自得だな」
そう口にした沙玖に、少なからず、この場の全員が同意したのだった。