●リプレイ本文
目的地に向かう高速移動艇の中で、霧島 葵(
gc7435)は地図を手に、これから向かう場所へと思いを馳せていた。
「初任務の場所の近くやな‥‥」
目で辿る目的地までの道。そこから彼が初めて任務を受けた場所まではほんの僅かの距離。
「キルトが迷ったのは何か意味があるんやろうか?」
彼の知るその場所は、既に人の姿はないと言う。
にも拘わらず、キルト・ガング(gz0430)が向かったのには何か意味があるのだろうか。
「まぁ、探しながら調べてみるか、単に迷ったってこともあるしな‥‥」
出発前に見た写メから判断するにその可能性が高い。それでも勘ぐってしまうのは、初任務の結果の所為だろうか。
「にしても――」
「何故こんなトコに子犬ガ‥‥」
葵の言葉を拾う様に降ってきた声。それに彼の目が向かう。
「今回はヨロシク!」
そう言って笑うのは、ラサ・ジェネシス(
gc2273)だ。
彼女は地図を覗き込むと、「ふむ」と首を捻った。
「いい大人‥‥しかも能力者が迷子になるなんテ」
見た感じ迷うほどの森でもない。
ラサは首に下げている水筒を両手で包み込むと、呆れたように眉を寄せた。
「情けないニモ程があるのダ」
「その意見、山田も同意ですよー」
能力者の大人が森で遭難。
しかも餓死寸前まで追いやられるとは何事か。
山田 虎太郎(
gc6679)は自前のカメラを手に呟くと、2人に近付いて来た。
「山田は、興味本位でやって来たのですよー」
彼女が言う興味本位とは、遭難して餓死しそうな傭兵を見たい。というその部分だ。
彼女はカメラで地図を取ると、ふむと首を傾げた。
「それにしても、何やら結構ヘタレな感じですよねー」
「ダナ」
虎太郎の声に頷くラサ。
そんな彼女達から僅かに離れた場所で、一ヶ瀬 蒼子(
gc4104)はぶつぶつと何かを呟いていた。
「一人で鰐キメラのとこ行って死に掛けて、寄生キメラのいる街で音信普通になりかけて、今度は寄り道して子犬と仲良く遭難とか――」
これ、全てキルトのことだ。
彼が遭難するのは今回が初めてではない。
遭難するたびに迷惑を掛ける彼に、蒼子も今回ばかりはかなりご立腹のようだ。
「本当ッ、馬っっっっ鹿じゃないのあの人っ!」
ダンッと拳を叩き付けて叫んだ彼女に、傍で情報の確認を行っていた天羽 恵(
gc6280)と王 珠姫(
gc6684)が思わず目を向ける。
「‥‥一ヶ瀬さん‥‥大丈夫、ですか?」
そう問いかけるのは珠姫だ。
彼女は心配そうな表情で蒼子の顔を覗き込むと、小さく首を傾げた。
「あ、いえ‥‥別に心配しているとか、そういうことではないのよ。ただ、相変わらず馬鹿って言うか‥‥その‥‥」
「その気持ち、わかります」
そう口にするのは恵だ。
その声に蒼子の口からホッと息が漏れる。
その上で思うのは――
「なんだって遭難なんか‥‥」
「子犬のために寄り道した‥‥とか、そういうところじゃないでしょうか。だとしたら、意外とやさしい所もあるのかな」
子犬を保護している以上、ただの寄り道ではない可能性がある。
だからこそ恵はキルトを「やさしい」と評価するのだが、そんな彼女にも皆と同じ思いがあった。
「でも、それで自分も迷子になったら意味無いけど」
「です、ね‥‥」
恵の口から洩れた呆れた声に、珠姫は頷きを返して自らの荷物に目を落した。
中には子犬用のご飯と水、それに小皿が入っている。
「無事だと良いのですけど‥‥」
「そうね。とにかく無事を確認して叱らないと」
高速移動艇はもうじき目的地に着く――と、ここまで来て、葵はある事に気付いていた。
「今回の任務、よう考えたら男俺一人だけか‥‥」
だから如何したと言う訳ではないが、男一人と思うと責任感に似た思いが湧いてくる。
「まあ、やるしかないな‥‥」
言って頬を叩く事で気合を入れると、彼は到着した高速移動艇を出る為に立ち上がった。
●
「あの木を辿って行くのが手っ取り早いかしらね」
恵はそう言うと、キルトが目印にしたとされる、黄色い幹の木を見た。
その周辺には白い幹の木もある。
「ウム、ソレが確実だろうナ」
ラサは頷きながら呟くと、近くの木に触れて生き物の気配を感じ取る珠姫に目を向けた。
「何カいるカナ?」
「人は、いません‥‥でも、動物の気配はあります」
僅かな数と然程大きくない生き物。
それは人ではないと判断できる以上、キルトが力の届く範囲にいない可能性は極めて高い。
それならば先に進むしかない。
3人はお互いに注意を払うよう言葉を交わすと、共に森の中に入った。
森の中は、思ったよりも見通しが良かった。
「キルトさーん‥‥子犬さーん‥‥」
珠姫は彼らの名前を呼びながら辺りを見回す。そんな彼女の隣では、ラサがブブゼラを吹き鳴らし、救援の合図を加えていた。
「もう一度ダ」
大きく遠くまで響く音は森に良く響く。
そしてその音を聞きながら、恵は携帯メールの送信ボタンを押した。
何度も押してはエラーを表示する画面。それを見ながら、もう一度送信ボタンを押す。
「あ、送れた‥‥」
これで送れたメールは2通だ。
返事はないが確認できていれば問題ない。
でも――
恵は危惧する気持ちを溜息に変えて吐き出すと、ペイント弾を木に撃ち込むラサに目を向けた。
「それは?」
「我輩達が遭難する訳にはいかないカラ、予備対策だヨ」
彼女が付けた印はベットリと木に付いていて簡単には落ちそうにない。
「人がいないからいいものノ中々迷惑行為だナ‥‥まぁ責任はキルト殿で」
全ては遭難したキルトが悪い。
そう括ったところで、珠姫が声を上げた。
「狼が‥‥います」
要所でバイブレーションセンサーを使用していた彼女は、言って前方を指差した。
そこにいたのは、警戒した様子でこちらを見る2体の狼だ。
「追い払いますか。それとも――」
――倒しますか。
その言葉を呑み込み、恵は前を見る。
「縄張りに入ったのは私達でしょうし‥‥でも無暗に奪い奪われる必要はない、です」
珠姫は恵の肩をそっと叩くと、美しい横笛の超機械に手を添えた。
だがその動きには迷いがある。
「威嚇すればいなくなるカモ」
そう言ってラサは小銃を構えると、迷うことなく弾丸を放った。
これに狼は悲鳴を上げて逃げてゆく。
その姿を見送り恵はホッと安堵の息を吐いた。
「‥‥勝手に縄張りに踏み込んでごめんなさい」
本来なら狼の威嚇や怒りがもっともで、自分たちの行動がダメなのは明白。
「キルトさんたちが、襲われる前に‥‥急ぎましょう‥‥」
珠姫は視線を落としたままの恵の手を取ると、それを引いて歩き出した。
その時だ――
「雨、こんなときに‥‥」
ポツポツと落ち始めた滴。
それを受けて恵の目が近くの木に向かう。
話に聞いていた通り、白から黄色へと変色して行く幹。このままでは捜索に支障が出るとも限らない。
「キルトさんなら‥‥蹲っても子犬を庇っていそう‥‥」
空腹と疲労、それに加えて雨に当ったら、体力はどんどん消耗するだろう。
珠姫は雨が凌げそうな木の陰に目を向け歩き出そうとした彼女たちの耳に、無線機の音が鳴り響いた。
「もしかして、見つかったのカ?」
ラサはそう言うと、急ぎ無線機を取り出したのだった。
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森に入る前、虎太郎は照明銃を空に放っていた。
その時目にした空の雲行きが怪しかった。
「雨が来るかもしれないですよー」
今見える空は青い。
だが、遠くに雨雲らしき雲が見えたと、彼女は言う。
「なら、少し急いだ方がええな」
そう言って、葵は黄色い幹を見て歩き出す。
それを蒼子が遮った。
「ねえ、白い幹の木を追って行くのはどう?」
「白い幹を?」
「ええ。白い幹は、確か雨が降ると変色するのよね。もしそれを彼が知らずに動いていたと仮定したら――」
白い幹を、黄色い幹と思って歩いて行った可能性がある。
それならば遭難してもおかしくなかった。
「確かに。ほんなら、俺らは白い幹の木を辿ってみようや」
葵はそう言葉を向けると、足を森に向けた。
その姿を見て、蒼子の目がふと虎太郎を捉える。
「山田さんの方はどう?」
「駄目ですよー。通じないですね」
虎太郎は耳に当てた携帯に目を落すと、不満げに呟いた。
やはり電波は良くないらしい。
「出来るだけ連絡は続けていきますよー。緊急の際に役に立つかもですからー」
「そうね、お願いするわ」
こうして彼女たちは森に足を踏み入れたのだが、その中はラサたちが捜索する場所と同じく、そう見通しの悪いものではなかった。
「これなら比較的安全に進めそうやな」
警戒は怠ってはいけない。
それでも視界が良好なのは好ましいことだ。
だが、進む一行の足を直ぐに虎太郎が引き止めた。
「狼ですよー」
彼女の視線の先に居るのは3体の狼だ。
彼らは警戒してこちらを見ている。
「‥‥襲ってくるんか?」
出来ることなら野生の動物は傷つけたくない。
だがもし向こうが襲ってくるのなら、話は別だ。
そして――
「来た!」
蒼子は急ぎ安全装置を外すと、狼の先手を取って引き金を引いた。
それが突進してくる狼の足元を貫く。
これに相手が怯み、その隙を突いて葵が地を蹴るのだが、彼が刃を振るうよりも早く、澄んだ歌声が耳を掠めた。
「こん声は‥‥」
振り返った先に居たのは虎太郎だ。
彼女が歌うのは子守唄。優しく眠りに誘う歌声に、狼たちが欠伸を零し崩れ落ちてゆく。
それを見て、蒼子と葵は武器を下げた。
「助かったわ。ありがとさん」
「本当、ありがとうね」
「‥‥出来ることをしただけですよー。えっと、山田の勘だと、西の方が怪しい感じですねー。所で西ってお日様が昇る方でしたっけ?」
「ちゃうわ。お日様が昇るんは東やで」
虎太郎の真面目なボケにツッコむ葵。
その声に「そうでしたかー?」と首を傾げると、虎太郎は改めて大地に手を添えた。
そこから伝わる生き物の震動。
今逃げた狼の動きとは違う、少し大きく、弱々しい生き物の震動に彼女の目が上がる。
「――見つけたかもしれないですよー」
そう言うと、彼女は無線機を取り出して、感知した反応が何であるのか確認すべく歩き出した。
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「依頼対象と迷子傭兵一人確保っと。やれやれやな」
葵はそう言うと、木の陰で丸くなっている人物を見て息を吐いた。
幸いなことにキルトは無事だった。
多少痩せてはいるが命に別状はないだろう。
「――あー‥‥やっと、か‥‥」
彼はそう言って仰向けになると、胸元から子犬を取り出した。
「飯、食わしてやってくれぇ‥‥」
そう言って息を吐くのだが、そんな彼の目にカメラが飛び込んできた。
「はい、キルトさん、救助された感想はどうですかー? カメラに一言下さいよ」
そこにいたのは虎太郎だ。
彼女はレポーターのように手を差し出すと、キルトにコメントを求めた。
これに彼がカラリと笑う。
「‥‥飯‥‥かねぇ」
そう言った彼に、虎太郎は「なるほど」と頷く。そこに荒々しい足音が近付いて来た。
「あ、貴方って人は――っ!」
「お‥‥蒼子だ‥‥元気か?」
「元気か、じゃなくて‥‥だからその、あれよ‥‥」
無事な姿を見たせいか、出発前に怒ると決めていた気持ちがカラ回る。
そして結局出たのは、大仰なため息だ。
「ああもう! そんな死に掛けの姿見てたら、説教する気も失せたわよ‥‥」
「‥‥すまねぇな」
頭を掻き乱す恵に苦笑を向け、キルトはのっそり起き上がった。
そこに再び虎太郎のカメラが向かう。
「この子犬は非常食ですか? むしろキルトさんが子犬の非常食にですかー」
「犬は食わねぇ‥‥」
そう言って彼女の頭をクシャリと撫でる――と、目の前に飲み物が差し出された。
「これでも飲んでなさい。あ、いっぺんに飲むんじゃないわよ!?」
「おう、サンキューな‥‥とと‥‥」
喉は乾いていた。
だからこそ直ぐに口を吐けようとしたのだが、それよりも先に子犬が彼の飲み物を奪ってしまった。
その姿にキルトの口元に苦笑が浮かぶ。
「しょうがんねぇな‥‥」
やれやれと息を吐くと、賑やかな声が響いてきた。
「おーい‥‥生きてるカー」
やって来たのはラサと恵、それに珠姫だ。
ラサは飲み物を子犬に取られたらしいキルトを見ると、首から下げていた水筒を差し出した。
「太っ腹な我輩に感謝してあがめてもよいゾ」
「おー‥‥ラサ様、マジに感謝!」
パンッと手を打って受け取った飲み物は、人肌と同じ温かさのスポーツドリンクだ。
彼はゆっくりそれを飲み下すと、満面の笑みで子犬を抱きしめるラサに目を向けた。
そこに声が掛かる。
「怪我は、なさそうですね‥‥」
声の主は珠姫だ。
彼女は子犬の食料と水を用意している。
それを見たキルトの目が瞬かれた。
「‥‥俺のは?」
「‥‥キルトさんの分は、持って来ていません」
「持ってきてない、って‥‥」
そうか‥‥と苦笑を零すキルトに頷きを返す珠姫。
それを見て、子犬と戯れていたラサが首を傾げた。
「王殿は怒ってるノカ?」
「え‥‥怒って‥‥いるんでしょうか?」
心配はしていた。
帰ってこないと聞き、子犬を抱いていると聞き、その行動に納得を覚えた。
それと同時に、彼にとって大事な人が返りを待っている事を忘れてしまっているのでは‥‥そんな寂しさもあった。
だからこそふと問うてみる。
「キルトさんは待っている人が居るのは嬉しく、ないですか?」
「うん? まあ、嬉しく無いはずはないよな」
「それなら‥‥これからは成長期の仔犬を放って長く出歩いちゃ、いけませんね?」
言って、珠姫は子犬の頭を撫でた。
その姿に思わず口角を上げたのだが唐突に、その表情は崩れた。
脳天にとんでもない衝撃が走ったのだ。
「相変わらず、無茶ばかりしているみたいですね。こんなことばかり続けていたらいつか本当に死にますよ」
そう言ってキルトの頭に落とした手刀を下げるのは恵だ。
「‥‥次からは死ぬほど空腹になる前に呼んでください。無駄に心配しなくてはいけなくなりますから」
「ああ‥‥サンキュ」
彼女なりに心配してくれたのだろう。
ついでにと差し出してくれた食べ物を受け取ると、彼は恵の頭を撫でてそれに口を吐けた。
そしてそれらの様子を見ていた葵が、ふと呟く。
「心配してくれる人が多くいるんやな」
「ああ、有り難いことだ」
感謝すべきことが多すぎる。
そう口にするキルトを見て、葵は彼の前にしゃがみ込んだ。
「なあ。ちょい聞きたいんやけど、何か変わったもんとかなかったか?」
――何が。
キルトはそう言葉を返さなかった。
苦笑気味に葵の目を見て、そして重い腰を上げる。
「あの子犬ぐらいで他は何もない‥‥得れるもんは無かった」
言って肩を竦めた彼に、葵は僅かに目を瞬くと彼と同じく立ち上がった。
そこにラサが駆け寄ってくる。
「エリス殿が心配しているヨ、早く帰ろう」
この声にキルトが頷くと、傭兵たちは救助対象者(犬)とオマケを連れ森を後にしたのだった。