タイトル:悲劇の聖女マスター:朝臣 あむ

シナリオ形態: ショート
難易度: やや難
参加人数: 6 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2011/08/31 07:03

●オープニング本文


●???
 シーリア・C・クレッセン。
 戦場に舞い降りた聖女、祝福の歌姫。そう、複数の呼び名を持つ彼女が、戦場を離れてどれだけの時が経っただろう。
「‥‥再び傭兵に戻るかはわかりません‥‥されど‥‥」
 シーリアは、目の前に据える墓石を見詰め息を吐く。
 脳裏に過る彼女をLHに連れ戻した傭兵たちの言葉。それを胸に静かに瞼を伏せる。
「――罪を明らかに‥‥」
 そう口にして再び息が零れた。
 彼女は緩やかに首を横に振り、そして瞼を上げる。
 そうして開いた唇から零れ落ちるのは、死者を弔うための優しい歌。
 彼女は自らの瞳に映る墓石に刻まれた名を見詰めながら、優しくも悲しい歌を奏で続けた。

●UPC本部
「なあ、シーリアが戻ったって本当か?」
 キルト・ガング(gz0430)はそう問いかけると、山本総二郎が腰を据えるカウンターに寄りかかった。
 そんな彼の手には、前回シーリアが連れ戻された時の報告書がある。
「戻って来たね。何‥‥知り合いだったの?」
 そう言えば、キルトはシーリアが発見された場所近くまで行った事があった。
 それを思えば彼がシーリアと知り合いであったとしても不思議ではない。それに彼は、総二郎以上に顔が広い。
「軍学校にいた頃にちょっと、な」
 そう言って苦笑すると、キルトは報告書から顔を上げた。
 その上で総二郎を見る。
「シーリアは今どこにいるんだ? LH内のどっかで事情でも聞かれてるのかね?」
「昨日までは缶詰め状態で聞かれてたみたいだけど、今日は出掛ける所があるからって、一時解放されてるよ」
「ふぅん、出掛ける所‥‥」
 言って何気なく、総二郎の傍に置かれているカレンダーを見て「ああ」と言う声が漏れた。
「今日はジョニーの命日か‥‥」
 それなら仕方がない。
 キルトはそう口にしてカウンターから離れた。
 その様子を見て総二郎の首が傾げられる。
「なあ、キルト‥‥1つ聞きたい事があるんだけど、良いかな?」
「あん?」
 総二郎が質問をすることはよくある。
 彼は好奇心旺盛だ。そしてだからこそ多くの質問をし、多くの知識を持っている。
 それが良いか悪いかはわからないが、その性格があるからこそ、キルトは彼のオペレーターとしての能力を高く評価していた。
「この前、街で例の奴らが大規模な実験をしてただろ。その時に郊外で動いている敵が居たんだけど‥‥知ってる?」
「あー‥‥名前までは知らんけど、なんかいたみたいだな」
 爬虫類のような目を持っていたバグア――確か、名前をレプトンと言っただろうか。
 そのレプトンともう1人、現場近くにバグアがいた。
 そのバグアの報告自体は出ていたのだが、実はキルト、その噂を耳にしてから報告書に一切目を通していない。
 理由としては、発作を起こさない為なのだが‥‥。
「実は敵の名前をきちんと覚えてる人が居なくて情報が遅れてたんだ‥‥それが先日判明してね」
 総二郎はそう言うと、ゴソゴソと書類を漁り始めた。
 たぶん、その時の報告書を引っ張り出そうと言うのだろう。
 だが出されたところでキルトには見る気がない。
「その敵がシーリアと関係があるのか?」
「んー‥‥絶対に関係がある、とは言えないんだけど‥‥あ、あったあった」
 彼はかなり下の方にあった報告書を引っ張り出すと、それを彼に差し出した。
「名前を教えてくれたのは、キルトと同じ傭兵のカシェル君って男の子だよ。そこに辿り着くまでが本当に大変でね‥‥あ、ここだけ見てくれればいいよ」
 カシェルと言う名は、聞いたことがある。
 キルトは「ふぅん」と言いながら、示された場所に目を落した。
 その目が大きく見開かれる。
「おい‥‥この名前‥‥」
 反射的に上げた顔に、総二郎が頷く。
「やっぱり、同じなんだね?」
 彼の言う「同じ」とは何なのか。それは問わなくても分かる。
 報告書に記された真新しい名前、そこに書かれている名は――
「『ジョニー・マクス』‥‥シーリアの、元恋人と同じ名だ」
 キルトはそう口にすると、苦い表情で腰を上げた。
「何処に行くの?」
「‥‥シーリアに会いに行く」
「え‥‥」
 シーリアが、今外出しているのは言ったはずだ。
 彼女は今、LHに居ない。
 それはキルトも分かってるはずだ。
「シーリアの行き先ならわかる‥‥そこで、話を聞いてくる」
「‥‥何を、聞くんだ?」
 聞きたい事はたくさんあるだろう。
 キルトは総二郎を振り返ると、若干蒼くなった顔で苦笑を浮かべた。
 その表情から察するに、彼の発作が起きかけているのが伺える。
 たぶん、キルトにとってこの話を持ち出すのはタブーだ。
 この話、彼の発作――バグア恐怖症を発症させる確率が高い。
 それでも彼がその話を持ち出し、直接シーリアの話を聞こうとしているのは、彼なりに何か思うところがあるからだろう。
「ジョニーは、俺とシーリアの目の前で死んでる‥‥それがあってるかどうか、確かめに行ってくる」
 そう言うと、キルトはUPC本部を後にした。

●ジョニーの墓前
 天高く、清らかに響く歌声――そこに無粋な音が響いた。
「ブラボー!」
 辺りに響き渡るような大きな拍手。
 それに彼女の目が開かれる。
「ビュティフォー! 実に素晴らしいソング、アーンド、ボイスデース!」
 褐色の肌にシルクハット。
 一見して怪しい雰囲気のその人は、素直な感想と感動を前面に出している。
 シーリアは、深く被った帽子の向こうにある顔を見ようと目を眇めた。
 だが、陰になって良く見えない。
「‥‥誰?」
 歌を褒められるのも、聞かれるのも、シーリアにとっては久しいこと。
 そして、目の前にいるこの人物は、彼女の記憶に刻まれた人物にとても良く似ていた。
「オーウ! これはソーリーデース」
――‥‥誰?
 そう問いかける声に、男はおどけて肩を竦める。
 その上で取られたシルクハットに、彼女の目が見開かれた。
「私はジョニー‥‥『ジョニー・マクス』デース」
「‥‥ジョニー‥‥?」
 ジリッと足が下がった。
 それに合わせて、ジョニーの足が前に出る。
「貴女の声、イイデスネ。そのボイス、是非欲しいデス」
 ニヤリと笑んだ唇に、シーリアの足が動いた。
 咄嗟に駆け出し、急ぎこの場から去ろうとする。
 しかし――
「――ッ!」
「逃げるのはダメでーす。ベリーグッドな、鳥籠を用意しマス‥‥鳴く鳥は籠の中へ」
 クツリ。
 嫌な笑いが耳を打ち、シーリアの前に2体の強化人間が立ち塞がったのだった。

●参加者一覧

アレックス(gb3735
20歳・♂・HD
サンディ(gb4343
18歳・♀・AA
メシア・ローザリア(gb6467
20歳・♀・GD
湊 獅子鷹(gc0233
17歳・♂・AA
ジャック・ジェリア(gc0672
25歳・♂・GD
赤槻 空也(gc2336
18歳・♂・AA

●リプレイ本文

「イッツ・ショーターイム♪」
 楽しげなジョニーの声。
 それを耳に、シーリアは修道着の内側に隠していた銃を取出して構え、引き金を引いた。

 パンッ!

「――この音は」
 探査の眼を発動し、軍用双眼鏡を手に索敵していたメシア・ローザリア(gb6467)が顔を上げた。
 これに傭兵たちが駆け出し、タクティカルゴーグルを使用したアレックス(gb3735)が複数の人影を発見する。
「あの野郎!」
 崖に繋がる丘。その先には、銃を突かれ、手をレイピアで貫かれたシーリアの姿がある。
 だがそれ以上に、アレックスの目を惹いたのは強化人間の傍に控える人物――ジョニーの姿だ。
「どっかで見た顔が居やがるじゃねえか」
 舌打ちと共に吐き出した声。
 それと同時にAU−KVを纏った彼の脚部が光る。
 そして一気に丘を駆け上がると、メシアも彼に続いた。
 丘を駆け上がるメシアの胸元でロザリオが光る。そして大地を蹴りあげると、それが宙に舞い上がった。
 メシアは一瞬だけ姿を消し――次の瞬間、シーリアの傍に居た。
「ガング様!」
「あいよ!」
 メシアの事前の指示に従い、迅雷を使用したキルト・ガング(gz0430)が強化人間の影に立つ。
 2人はシーリアの動きを捕捉した強化人間の腕と足を攻撃すると、間合いを手に入れる為に動いた。
 しかし流石は強化人間。
 キルトとメシア。双方の動きを読み、レイピアを下げたその身が、ステップを踏む要領で後方に飛ぶ。
 だがこちらとて数は上。
 間合いを取る為に飛んだその姿に新たな攻撃が迫る。
「前回より動きが良くなってるか?」
 アレックスは金色に猛る炎の中で呟くと、間近にガトリングガンを構えた。
「――当てる!」
 凄まじい量の弾丸が降り注ぐ。
 銃弾と舞い上がる土によってできたカーテン。それに隠れるようにメシアがシーリアの腕を引く。
 だがそこにも強化人間の手が迫っていた。
「――ッ」
 メシアの顔が歪んだ。
 ドレスを裂き、腕を貫通したレイピアにシーリアを掴んだ手が離される。
 それを見て強化人間の手が伸びると、彼女の身は敵側へと引き寄せられた。
「っと、ヤバいか?」
 距離をとって戦闘を眺めていたジャック・ジェリア(gc0672)は、咥えていた煙草を吐き捨てて息を吸い込んだ。
 そして――
「お前らがどれくらい弱いか証明してやる!」
 怒声と共に放出された覇気に、強化人間の動きが止まる。
 そうして合った視線に、ジャックの口角が上がった。
「――来いよ!」
 空気を揺らす声に、シーリアから手が離される。
 そうして敵が向かうのはジャックの元だ。
「っ、速いッ!」
 透かさず灰褐色の銃身を構えて引き金を引く。すると複数の弾丸が強化人間に命中した。
 だが――
「ぅあっ!」
 細い刀身が彼の肩を貫く。
「腕を、盾に‥‥、――ッ」
 刀身を抜き取り再び降る攻撃。それを天使の盾で辛うじて防ぐと、彼の口から盛大な舌打ちが漏れた。
 弾の殆どは腕に命中。だがよく見れば、攻撃は全てが腕に当たった訳ではないようだ。
「そっちも無傷じゃない、か」
 なら相子だ。
 そう言わんばかりに呟いた彼へ、敵の腕が再び上げられる。
 しかし――
「悪いがそれ以上はやらせないぜ」
 強化人間とシーリアの分断に成功した湊 獅子鷹(gc0233)が、強化人間を前に囁く。
 そう、シーリアは無事傭兵の手に渡った。
 だがそこに到るまでには、誰もが無傷だった訳ではない。


 ほんの少し前、シーリアの手を放した強化人間を目にしたジョニーが、残るもう一体に指示を出した。
「喉が無事ならグッドデース‥‥捕まえなさい」
 おどけた口調が消え、静かで低い声が響く。
 これに強化人間の動きが速くなった。
 一瞬にしてシーリアに接近し、彼女の腕を掴むメシアの腕を両断に掛かる。
 これに誰もが反応に遅れた――否、シーリアだけは反応していた。
「放しなさい!」
 メシアの腕を引き剥がし、寸前の所で攻撃を交わさせたのだ。
 だがそれは強化人間に彼女を渡すのと同じ事。再び強化人間の手に渡ったシーリアは、足を振り上げて腕を蹴りあげようとする。
 だがその足が細身の刃に貫かれると、彼女の口から悲鳴が零れた。
「ん〜、良いボイス♪ ハミングバード、こっちに来るデース」
 差し出された手にシーリアが渡ろうとする――その時だ。
「その手を離しなさい!」
 風の勢いで強化人間とシーリア、そしてジョニーの間に割って入ったサンディ(gb4343)が陽の光に祝福された刃を叩き込んだ。
 しかし叩き込まれた刃は陽炎に似た軌跡を残し通り過ぎてしまう。
 だがこれが、またとない好機を生んだ。
「アレックス、獅子鷹!」
 彼女の声に機会を伺っていた2人が動いた。
「よお、また会ったな。何を企んでやがる、ジョニー・マクス!」
 強化人間への援護、そしてシーリアを捕縛しようとする動きを遮るよう前に立ったアレックスに、ジョニーの眉尻が上がる。
「フー・アー・ユー?」
「何?」
 アレックスのガトリングガンがカチリと鳴る。これにジョニーの口角が上がった気がした。
 直後、後方から凄まじい音が響く。
「ッ、――」
 轟音と共に突かれた強化人間の剣。それを真正面から受け止めた獅子鷹が苦笑する。
「湊、大丈夫か!」
「手が、ビリビリするぜ」
 その頬を1筋の汗が伝う様子から、攻撃は軽い物ではなかったと思われる。
 なにより、本来なら攻撃を回避の方向で闘うつもりだった彼には予想外の事だ。
「舞踊に剣技を隠して攻めて来るってのは、流石にやり辛いな」
 そう、強化人間はただフェンシングの真似事をしている訳ではない。踊る様に、身軽な動きで迫ってくるのだ。
 その動きは彼の言う様に正に舞踊――何処から剣先が迫るか詠み切れない。
 獅子鷹は防御用義手『アイギス』を握ると、拳を自らの方に引き寄せた。
 敵の剣と自身の太刀は未だ噛み合ったまま、このまま拳を叩き込めば――そう獅子鷹が動く後方では、赤槻 空也(gc2336)がシーリアの腕を引いていた。
「その足じゃ走れねぇか‥‥そっちの傷も深そうだな」
 シーリアとメシア。双方の傷を確認したところに、白く淡い光が降り注ぐ。
「傷が‥‥」
 シーリアが顔を上げると、メシアが癒しの歌を奏でている最中だった。
 これによりシーリアとメシアの傷が癒されて行くのだが、同時に最悪の事態が起こった。
「ッ、なん、だと‥‥っ!?」
 強化人間の攻撃を受けていた獅子鷹が後方に弾き飛ばされる。
 先程までは受けた銃弾の傷もあり攻防は互角だった。
 しかし――
「‥‥敵を効果範囲に入れて、歌うな‥‥っ、‥‥」
 キルトの声に全員が目を見張る。
 効果範囲内の全ての対象を回復する術は、味方のみならず敵までも回復する。故に、傍に居た強化人間は自然と回復の手段を手に入れ、傷を癒してしまったのだ。
「不味いな。急いでこの場を脱しねぇと‥‥って、オイ?!」
 空也はキルトに離脱の手伝いを頼もうとした。
 しかしキルトは地に蹲って顔を青くしている。それだけではない、明らかに嫌な汗が額を伝い、見ている側からしても相当辛いのが想像できる。
「アンタも、トラウマが‥‥、‥あるだろ回復動作!」
 叫ぶ声に動こうとするが立ち上がれない。
 このままではシーリアを連れて脱する事が出来ても、メンバー全員での帰還は難しくなる。
「サンディ様、湊様、それにアレックス様‥‥アレを使いますわ。その間、敵をお願いします」
 メシアは閃光手榴弾をキルトから取り上げると、それを握り締め栓を抜いた。
「――‥‥30」
 開始されたカウントダウン。
 強化人間はこれにより標的をメシアに定めた。
「エスコートにしては、無粋ですわよ」
 伸びる剣を神の盾で薙ぎ、獅子鷹がメシアと強化人間の間に入る。
 彼は目に意識を集中し、敵の動きを余さず視界に留める。
 時に義手で、時に太刀で、攻撃の全てを削ぎ落すように回避してゆく。
 それでも回避しきれないものは当然彼の体を傷つけた。
 それでもそこを退く事はしない。
「炎の拳、拝ませてもらうぜ」
「――任せろ」
 銃器から篭手に武器を変えたアレックスは、金色の炎を纏う拳を引いて拳を叩き込む。
 だが敵は彼らの動きを読んで回避してしまう。しかしそれはこちらとて予測済みだ。
「――‥‥20、――‥‥10」
 カウントダウンの声を聞きながら、サンディは炎揺らめく刃を握り締める。
「フェンシング、ですか。私も以前嗜んでいました」
 口にした直後、彼女全身を淡い青の光が包みこむ。そうして振り上げた太刀が凄まじい勢いで強化人間に叩き込まれた。
 ガッ。
 嫌な音が響き、強化人間の腕が垂れ下がる。
 しかし攻撃は止まらない。
 太刀の動きに外に重心を持って行かれた彼女は、両足を深く踏み締めその場に留まる。
 そして刃を持つ手を下げ、左手を大地と平行に伸ばすとバランスを取って再び大地を蹴った。
「勝負!」
 剣先を揺らし迫る刃に彼女の瞳が眇められる。そして剣先と太刀、それらがスレスレの所で交差すると、彼女の刃が垂れ下がった腕を、強化人間の刀身が彼女の腕を貫いた。
「ッ、‥‥く」
 大きく揺らぐ体。
 それを必死に堪えた耳にカウントダウンが響く。
「――‥‥1‥‥皆さま、目を!」
 直後――閃光が走った。
 そしてシーリアとメシア、そして空也とキルトが戦線を離脱してゆく。
 こうしてシーリアの奪還は成功した。


 紅く光る刀身を地に刺したサンディは、負傷した腕を後方に庇い、改めて刃を抜き取った。
「受け流しまで動きが追いつきませんか‥‥」
 呟き、痛みを感じないかのように攻撃に転じようとする敵に刃を構える。
「私は‥‥仲間を助けに来たの。フェンシングをする為に来たわけではないの‥‥――アレックス!」
 この声に蒼き竜の紋章を浮き上がらせたアレックスが前に出る。
 同時に飛び出した存在に、敵のジャケットが翻る。直後、優雅な動きで薙がれた剣がアレックスの眉間に伸びた。
 しかし彼は目を逸らさない。
 あくまで真っ直ぐ剣先を見据え、拳に力を蓄える。
「出力全開‥‥オーバー・イグニッション!」
 口中で囁き、金色の瞳を眇め――
「破ッ!」
 寸前の所で顔を逸らして交わした攻撃に、前髪がヒラリと舞う。
 そうして叩き込んだ拳が、強化人間の胸を打った。
「破ッ! せいやあぁぁぁッ!!」
 何度も繰り返し叩き込まれる拳。
 初めこそ耐えていた相手だったが、これだけの数を叩き込まれると息が出来ずに上体が揺らぐ。
 その瞬間を、彼らは見逃さなかった。
「――いける」
 サンディは呟くと、アレックスに目配せをし、太刀を大きく引いた。
 アレックスも彼女の動きに合わせて拳を引く。そして頷き合うと、同時に地面を蹴った。
 クロスするように強化人間を横切った彼らに、強化人間の武器が落ちる。
 サンディの太刀は強化人間の胴に減り込み、アレックスの拳は敵の胸を貫いた。
 これで生きている方がおかしい。

 ドサッ。

 膝を折る様にして倒れ込んだ存在に、2人の目が向かう。
「まずは、一体‥‥ん?」
 援軍に向かおうとしたアレックスの目が飛んだ。
 周囲を見回し、僅かに眉を寄せる。
「ジョニーがいねェ‥‥」
 そうジョニーはいつの間にか姿を消していた。
 そしてそれを確認した時、彼の後方で別の強化人間が倒れる音がした。


 ジャックは視線を強化人間に留めたまま、銃身を拾い上げ、手早く安全装置を解除した。
 その上で、目で敵を威嚇する。
――こっちに来い。こっちに意識を向けろ。
 そう念じるには訳がある。
「遠慮無く、行かせてもらおうか、盾は任せた」
 獅子鷹のこの声にジャックの口から苦笑が漏れる。
 そう、彼は敵を惹き付ける盾になる事にしたのだ。
「ほら、来いよ!」
 叫び、この声に強化人間の剣先が揺れた。
 その動きにジャックの瞳が注意深く動く――と、直後、彼の銃が火を噴いた。
 一気に間合いを詰めようと動く足元に放たれた弾丸が、容赦なく敵の脛を撃つ。
 しかし一瞬上体を揺らしただけで敵は怯まない。それどころかスピードを上げて迫ってくる。
「化けもんか!」
 チッと声を零し再び弾丸を撃ち込む。
 それでも迫る敵の刃が彼の腕を裂いた。
 だがジャックは怯む事無く弾丸を撃ち込む。
 敵の攻撃が此方に向けば向くほど都合がいい。何せ、この間に強化人間の終わりは確実に近付いているから。
「もう、終わりだな」
 静かに零された声に、強化人間の表情が一瞬だが動いた気がした。
 しかし其れを確認する暇などない。
 突然、強化人間の顔に影が差した。
 そして顔が後方を振り返った時、強化人間の体が人形のように吹き飛んだ。
 バキボキガキッ。
 確実に骨の折れた音が響き、続いて風を切る音が響いた。
 直後、彼らの視界に赤い滴が飛び散る。
「――悪いな」
 倒れた相手に刃を振り下ろすのは士道に反する。
 しかし――
「俺は侍じゃないんでね」
 そう言い捨てると、獅子鷹の刃が強化人間の喉を貫き、1つの生に幕を下ろした。


 戦線を離脱し、離れた森の中に逃げ込んだメシアは、膝を抱えて座るシーリアに目を向けた。
「ジョニー‥‥だったかしら?」
「!」
「キリストは仰った、ラザロは眠っていると。死者は神の世まで休んでいるのです――と」
 死者は蘇らない。そして愛しき人は土の中で眠っている。だから安心して欲しい。
 メシアはそう語りかける。
 しかし、シーリアは首を横に振った。
 そこに空也が呟く。
「‥‥そういやぁ、『罪を明らかに』か」
「!」
 弾かれたように顔を上げたシーリアへ、空也の唇が「やはり」と動く。
「確かにそりゃ大事だ‥‥けど、もっと当たり前の『逃げない、背けない』ってのが大事。違うか?」
――逃げない、背けない。
 この言葉に目が逸らされる。
 メシアが言う様に別人かもしれない。
 けれど、別人でない可能性が高い。
 彼女は離脱後、嘔吐を続けるキルトに目を向けた。
「キルト先輩‥‥ジョニーは、本当に死んだのですか‥‥?」
 この声にキルトの嘔吐が激しくなる。
 これでは話を聞くなど無理だ。
「暴露療法、思考リセット‥‥何かしらないのか」
 空也が呟くがキルトは答えない。
「自分のココロからは誰も逃げれねぇ。なら、血ヘド吐いても『今』立ち向かうしかねェ‥‥そうだろうがっ」
「‥‥お前たちは、眩し過ぎる」
 口元を拭い吐き出された声に、空也の眉が上がった。
 そこに足音が近付く。
「ただいま。さて、話を‥‥――って、おい」
 本来なら詳しい話を聞きたい所だったが、シーリアもキルトも、話を出来る状態ではなさそうだ。
 アレックスは頭の後ろを掻くと残念そうに眉を顰めた。
 そこにサンディが歩み寄ってくる。
 祝福の歌姫と呼ばれた人物。どのような歌を歌うのか興味があった人物が、今は静かに言の葉も紡がずにいる。
「さ、帰ろう。シーリア」
 サンディはそう言って手を差し伸べると、優しく微笑んで彼女の手を引いた。