タイトル:【PG】深淵の街マスター:朝臣 あむ

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 6 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2011/10/04 14:23

●オープニング本文


 ‥‥ピチョン‥‥ピチョン‥‥。

 水面に滴る水の音。
 その音を聞きながら、青年は力なく空を見上げた。
 遥か先に見える空は青く美しく、自らを濡らす水は、エメラルドの色合いを含んでいて、やはり美しい。
「‥‥、‥‥ここが、終いの場所、か‥‥」
 呟き、彼は息を吸い込んで瞼を閉じた。
 耳を打つ水の音は止まらない。
 それどころか、その音は徐々に近付いて来る。

 ‥‥チョン‥‥ピチョン、ピチョン‥‥。

 青年はこの音の正体を知っている。
 彼がここを訪れる事になった切っ掛けは、一枚の写真だった。
 たまたま覗いた個展。そこに飾られていた写真が彼の心を捉えたのだ。
 澄んだ空と、それを移し込む水面。
 そしてそこに沈む今は亡き街の姿が幻想的で心を惹いた。
 一目見て「ここに行きたい」「この目でこの景色を見てみたい」そう思った。
「終いが‥‥この景色なら‥‥悪く、ない‥‥」
 青年はゆっくり瞼を上げると、目に映り込む青、そして僅かに視界に入る水に沈む廃墟を捉えた。
 自分が何故ここに惹かれたのかはわからない。
 それでもこの景色を見た時、ここに来て良かったと思った。
「‥‥けど‥‥」
 濡れた体がゆっくり起き上がる。
 よく見ればそこかしこに傷があり、普通の人間なら動く事もままならない程の傷を負っている。
 そんな傷を負いながらも、彼はふらつく足で立ち上がった。
「ここに‥‥お前みたいのが居たら、ダメだろ‥‥ここは、あの写真のように‥‥清らかでなきゃ、ダメだ‥‥」
 本来なら血で汚す事も憚られる。
 しかし今の自分は無傷で帰還する事も、目の前の存在を見逃す事も出来ない。
 彼は水面から顔を覗かせる奇妙な物体に目を止めた。
 蛇のような尾に、上半身が女性の胴をした生き物は、明らかにこの世の生物ではない。
「何で‥‥ここにキメラがいるか、そんなのは、知らないが‥‥ダメ、だろ‥‥」
 ここは、この景色は静かなままで。
 彼は口中でそう囁くと、懐に仕舞っておいた拳銃を取り出した。
 その仕草に顔を覗かせた女の顔が嬉しそうに歪む。
「‥‥来い、俺が‥‥――倒す!」
 声にキメラは甲高い笑い声を上げて水面に潜り込んだ。
 水の深さは高い所で彼の腰。低い所だと膝位まで。
 また彼が今立つ場所は、ちょうど岩があって踝位の高さまでしかない。
 ただしそうした奇跡的な物は滅多になく、動くには水の中を歩く他ない。それはつまり、キメラの行動範囲内を無造作に動く必要がある――そう言うことだ。
 水は濁っている訳ではないが色がある。
 近場ならば透き通っていて中を見る事が出来るが、少し離れてしまうと見えなくなってしまう。
「そこか!」
 言葉と共に銃弾が放たれる。
 これに水面に沈んでいたキメラが飛び上がった。
「ッ‥‥」
 腕に突き刺さった透明な刃。
 生き物の部位で例えるなら鱗だろうか。指一本分くらいの大きさのそれは、刺さった場所から痺れを誘う。
 青年は片手を腕に添え、痺れを誤魔化すように銃撃を放つ。
 それでも敵の動きは止まらない。
 素早く、そして彼を翻弄するように縦横無尽に動く。
「くそっ‥‥俺1人じゃ‥‥無理なのか――っ!」
 悲観に暮れそうになった彼の目に、白銀の何かが飛び込んで来る。
 これに咄嗟に目と腕を上げるが遅かった。
「――――」
 声にならない悲鳴を上げた直後、彼はそこから忽然と姿を消した。

●UPC本部
「‥‥総二郎、さん‥‥これ、本当ですか‥‥?」
 エリス・フラデュラー(gz0388)は、自身に提示された依頼を見詰め、ギュッと両の手を握り締めた。
「間違いなら良かったんだけど、事実だね」
 山本総二郎はそう言って頷くと、一枚の書面を彼女の前に差し出した。
 そこに書かれているのは、今回の依頼に関係のある人物の名前だ。
 その数は1つや2つではない。
「‥‥こんなに‥‥」
 エリスは1人1人の名前を目で追い、ふとある人物の名前の所でその目を止めた。
「この人‥‥個展で名刺の交換をした人‥‥この人も、行方不明?」
「うん、数日前から連絡が取れなくなってる」
 エリスに提示された依頼。
 それは行方不明者の捜索、そして原因を究明し可能ならばその原因を排除すると言う物だ。
 行方不明者は全て、エリスの個展を訪れ、一枚の写真を目にした後に消息を絶っている。
 そしてその誰もが行き先を告げているのが今回の特徴だ。
「捜索はエリスちゃんの写真――深淵の街――が撮られた場所だよ。エリスちゃんならその場所、知ってるよね?」
 勿論知っている。
 コクリと頷きを返した彼女に、総二郎は思案気に視線を落とす。
「ねえ、他に知ってることとかあるかな? 今回の依頼はエリスちゃんだけでなく、他の人にも声を掛ける事になってる。情報は多ければ多い程、安全に事を運べると思うんだ」
 言って、彼は改めてエリスの目を見た。
 彼女は今動揺している。
 それは当然の事なのかもしれない。もしかすると、彼女に依頼を頼む事自体間違っているのかもしれない。
 けれど、彼女の写真が元で人がいなくなった。
 そして彼女にはその原因を究明するだけの力がある。
 前の‥‥能力者ではない頃とは違うのだ。
「‥‥深淵の街、には‥‥キメラが、いるの‥‥白銀の髪を持つ、女性の体を持った‥‥キメラ‥‥」
 そう呟き、エリスは少しずつキメラの情報を開示して行った。

●参加者一覧

赤槻 空也(gc2336
18歳・♂・AA
ネジリ(gc3290
22歳・♀・EP
火霧里 星威(gc3597
10歳・♂・HA
一ヶ瀬 蒼子(gc4104
20歳・♀・GD
ミコト(gc4601
15歳・♂・AA
蒼唯 雛菊(gc4693
15歳・♀・AA

●リプレイ本文

 ピチョ‥‥ピチョン‥‥。

 水が滴る街。
 能力者たちはこの場所へ遣って来た時、街全体の姿を確認して、まず驚いた。
「湖の中に街が建った‥‥そんな感じですの」
 蒼唯 雛菊(gc4693)が言う様に、街は湖が先に在ったかのように見える。
 だが実際はその逆なのだろう。その証拠に、水に対する対策などは見えない。
 雛菊はじっと湖を見詰めると、スッと一歩を踏み出した。

 ピチャ‥‥

「足場‥‥最悪ですの‥‥ぶくぶくぶく」
「ちょ‥‥大丈夫!?」
 足を浸し、先に進もうとした彼女を、一ヶ瀬 蒼子(gc4104)が引き止める。
 その上でハンカチを差し出すと、雛菊に付いた水滴を拭って苦笑した。
「ほら、拭きなさい」
 そう言いながら、ふと視線が別の方角へと移る。そこに居るのはエリス・フラデュラー(gz0388)だ。
「随分と、表情が硬いわね」
 思わず呟いた声に、雛菊の首が傾げられる。
 蒼子はエリスと何度も依頼を共にしていた。但しそれは『依頼人と傭兵』としてだ。
「今回が初陣だね。あんまり緊張しないで、リラックスだよ」
 言って、エリスの肩を叩いたのはミコト(gc4601)だ。
 彼は皆へ挨拶を向けた後、改めてエリスの元を訪れた。
 その表情は何時も見せる笑顔と同じ。
「いつもどおり、やれることをやってれば大丈夫」
「ミコトさん‥‥」
 普段と変わらぬ笑顔に、エリスの顔にも若干笑みが浮かぶ。そして彼女の瞳が湖に沈む街――深淵の街へと移った。
――あの写真さえ、撮らなければ‥‥。
 行方不明になった者達は、エリスの写真を見ていなくなった。
 それを聞いた時から、何度も何度も過った言葉だ。
「彼らは彼ら自身の意志でそこに向かった‥‥エリスさんが責任を感じる必要はないわ」
 いつの間に傍に来たのだろう。
 蒼子はそう言うと、エリスの視線に小首を傾げた。
「ただ、それでも何かしらの罪悪感のようなものを感じるのなら、自分の手でケリをつけなさい。それがプロってものだし‥‥」
 能力者となり、戦友となったエリス。
 彼女を前にして戸惑いが無い訳ではない。だがそれは彼女も同じ筈。
 戦友としてただの友として、彼女の初依頼を無事に終える事。今はそれに意識を傾けるべきだ。
「今のエリスさんには、それをなすための力があるのでしょう?」
 蒼子は以前とは多少雰囲気の異なるエリスの顔を覗き込む。その視線と言葉に、彼女の首が縦に振れた。
 そこに軽快な足音と声が響いてきた。
「行方ふめーなんだって! ゼンリョクでお助けしなきゃ! ねー空にぃ♪」
 元気に、そして無邪気に声を上げるのは火霧里 星威(gc3597)だ。
 彼の視線の先には、赤槻 空也(gc2336)がいる。そんな彼の表情は、無邪気な星威に反して苦い物だった。
「‥‥1人でさ、こんなトコに動けなくなってよ‥‥しかも近くにゃキメラが居るって‥‥どんな気分なんだろうな‥‥」
 ポンッと星威の頭を叩く。
 廃墟と化した街。そこに身を落とした段階でその人物は孤独だった筈。
 1人残され、危険に晒される恐怖は測り知れない。
 そんな空也の想いを汲んでか、先程まで無邪気な色を浮かべていた星威の目に不安が過った。
「‥‥きっと皆生きてるよね? 生きてるよね? ヤなの‥‥ヒト死んじゃうの、ヤなの‥‥」
 10やそこらの少年が、人の生死に慣れている筈がない――否、慣れてはいけない。
 空也は自身の小隊の部下であり、弟のように可愛がっている彼の頭を撫でると、スッと視線を合わせた。
「俺達は現実を見ないでいるワケにゃいかねぇ。これが‥‥救い様のねぇ現実だ。けど‥‥それでも目指すしかねェ‥‥!」
 真っ直ぐに語りかける声。
 大きな瞳は真摯にそれを受け止め、決意を浮かべた。
「‥‥ボク、頑張るっ」
 星威はそう口にするとエリスを振り返った。
「エリスちゃんもがんばろーねっ!」
 エリスが初陣だと言う話は誰もが知っている。
 エリスはその声にしっかり頷きを返すと、自身のカメラに手を添えた。
「さて、そろそろ中に入ろう」
 先程まで手元の写真に目を落していたネジリ(gc3290)が呟く。
 彼女が見ていたのは、行方不明になった者達の写真だ。
 彼女はそれをポケットにしまうと、エリスに目を向けた。
「すまん、ここからは別行動だ。エリスを頼んだ」
「え」
 エリスを見、皆を見たネジリの言葉に、エリスの目が瞬かれる。
「エリス、何かあったら呼べ。すぐ行く」
 それから‥‥と言葉を切って、思案気に視線が落とされる。
 言うべき事を頭の中で纏め、そして伝えたい言葉を紡ぎ出す。
「基本、敵を常に意識に入れろ。後は‥‥とりあえず頑張れ」
 ポンッと肩を叩いた彼女に、エリスはただ頷いた。
 そしてそれを見たネジリが一歩を踏み出す――と、その足が止まった。
「‥‥一応。『一因』である事と、『原因』である事は大きく違うからな」
 言って、彼女は湖に足を突っ込んだ。
 それに続き、他の面々も湖に入って行く。
「一因と、原因は、違う‥‥」
 エリスは言われた言葉を噛み締めると、皆の跡に続いて街の中に足を踏み入れた。


 ネジリは行方不明者の捜索に重点を置いていた。
「‥‥いないものだな」
 呟き、腰までの深さの水を掻き分け歩く。
 途中何があっても良いように、研ぎ澄ました目に映るのはシンッと静まり返った街だ。
 人の姿も、件のキメラもない。
「手掛かり1つでも良いから、落ちていないか‥‥」
 捜索対象は生存しているに越した事はない。
 しかし亡くなっていた場合でも探れるものはある。
 ネジリは双眼鏡を取り出すと、光の位置に気を付けながら覗いた――と、一瞬、光る物が見える。
「今のは‥‥」
 急ぎ双眼鏡を下ろして駆け付けた先に在ったのは、僅かな血痕と戦闘を行ったと思われる跡だ。
 生存の可能性は無いと言って良いだろう。
「‥‥全部、食われたか――ん?」
 呟いた目に飛び込んで来た透明な『何か』。
 キラリと光るそれに手を伸ばし、ネジリは「ふむ」と呟く。
「これが攻撃手段、か?」
 ネジリは手にした『何か』を懐に仕舞うと、無線機を取り出したのだった。

 出来るだけ浅瀬を選びながら歩く蒼子は、濡れる足元に眉を潜めた。
「まさか、こんなにも陸地が少ないなんて‥‥」
 街の殆どが水に浸かっている為、歩く度に水音が響いて肝が冷える。
 きっと街に足を踏み入れた時点で、キメラには侵入者の状況が伝わっているだろう。となれば、普段以上に周囲を警戒し、慎重にしなければ。
「皆、注意して――って、蒼唯さん!?」
 声を掛けた瞬間、蒼子は慌てて雛菊を引き寄せた。
 この面子の中で一番背が低い彼女は、ふとした切っ掛けで深みに嵌る。
 その度に誰かが助け出すのだが、些か危険だ。
「あ、ありがとうですの‥‥成人男性で腰くらいまで‥‥私じゃ、水没ですの」
 確かに。と何名かが頷いた。
 ちなみに、星威の場合は空也と後衛の護衛として後ろを歩くミコトが、深みに嵌るのを阻止していた。
「おっと、そこは深いから注意してね」
 言ってミコトが、星威の腕を引く。その上で持ってきていたタオルを取り出すと、前に進んで雛菊にそれを差し出した。
「なんですの?」
「タオル。濡れたままだと寒いからね」
 ニコリと笑んで言われた言葉に「ありがとう」と素直な声が零れる。
 それに笑みを零すと、彼の目が周囲を見回した。
「想像以上に見通しが悪いね」
「そうだな‥‥聞いてた以上に先が見えねェ」
 空也はぐるっと見回して呟く。
 透明度は高い筈なのに、深い部分や遠くは見えない。それに加えて行方不明者の存在も感知出来ないので、苛立ちは募るばかりだ。
「エリスちゃん、お願いできる?」
 おずっと掛けられた星威の声に、エリスは頷いて建物に手を添えた。
 本来なら星威が周辺の状況を探知する筈だったのだが、彼は別の技を所持する為に、エリスにそれを託した。
「‥‥何か、くる?」
 スッと細められた瞳が、遥か先を見据えた。
 それに合わせて全員が警戒を覗かせる。
 蒼子は注意深く周囲に目を馳せると、行方不明者の有無を確認して武器に手を添えた。
「敵の正体は依然として不明‥‥嫌な闘いになるわね」
 思わず呟いた声に空也の目を眇める――と、そこに無線の音が響いた。
『行方不明者の痕跡を発見。他に敵に関して有力な情報を掴んだ。敵の武器は――』
 ネジリだ。
 彼女は入手した情報を余す事無く告げてゆく。
 その声に耳を傾けていた時だ。
「前から、来ます‥‥!」
「――ぶっ潰す」
 エリスの声に雛菊が飛び出した。
 イチかバチか使用した瞬天足で水上を駆け抜けようとする。
 だが――
「!」
 数歩までは良かった。
 しかし少し進んだ所で彼女の足が沈みそうになる。それをミコトが引き上げると、彼は出来るだけ浅瀬に彼女を置いて両刃の剣を抜いた。
「大丈夫? 敵、来るよ!」
 彼の言葉と共に上がった飛沫。そこに姿を現したのは半身が人、半身が蛇のキメラだ。
「‥‥来るなら来やがれ魚ヤロー‥‥今までの分、全部そっくり叩き付けてやらァ!」
 そう叫び、空也は己が拳を握り締めた。


 舞い上がったキメラが放った透明な『何か』。
 雛菊はそれを氷牙と名付けた刃で撃ち払う。
 バキバキと小気味の良い音が響き、次々と『何か』が落ちてゆく。
「白銀の刃とは良く言ったもんだな!」
 大きく振り上げた太刀が彼女の体を軸に振られる。水面ギリギリを擦った刃は、飛沫を上げてキメラに迫った。
 だが――
「チッ、外したか!」
 空を切った太刀に改めて足を踏ん張る。だが、踏ん張ろうとした瞬間、彼女の足が揺らぐ。
 キメラの尾が足に絡み付き、足場を崩したのだ。
「なっ」
 焦った雛菊の目が見開かれる。
 しかし水面に倒れる事はなかった。
「大丈夫か?」
 空也が受け止め、彼女を立たせる。
 その目の前では、鱗に覆われた尾を、鋭い爪で抉られるキメラがいた。
「ネジリさん、良いタイミングだわ」
 キメラは声無き悲鳴を上げて、尾を振り上げる――瞬間、光に照らされた鱗が、爪を喰い込ませるネジリに放たれた。
 しかしそれを蒼子の盾が遮る。
 彼女は駆け付けたネジリの姿を確認し、瞬時に防御に入れるよう動いたのだ。
「『鱗』の情報、役に立ったわ」
 有難う。蒼子は目を向けずに礼を放つと、銃口を敵に向けた。
 辺りに響く銃声に、キメラの奇声が上がる。だが攻撃は掠り傷、致命傷とは言えない。
「皆、あまり離れないでよ」
 蒼子は自らの力を周囲に向け、皆の守護に入った。それを受けた空也が水中に意識を向ける。
「‥‥しゃらくせぇ! 水ごとフッ飛ばすッ!」
 水中から出てこない敵に、空也が声を上げた。そうして放ったのは強烈な衝撃派だ。
 水面を叩き振動を響かせるそれは、水の中の敵にとって好ましく無い物のようだった。

 バシャンッ。

 舞いあがった敵が、尾を鞭のように振り下ろす。
「おっと、やらせはしないよ」
 後衛の護衛に入っていたミコトは、星威とエリスの間に入ると、尾を太陽の刃で、鱗を左手で受け止めた。
「‥‥これは」
 確かに痺れはある。だが、そう強いものではない。
 彼は両の手を何度か握り締め眉を潜めた。
 痺れが手や全身に回ろうとしている。そう見せかける『演技』。
 麻痺に掛かったフリをすれば敵が釣れるかもしれない。そして案の定、敵はミコトに意識を向けた。
 再び水中に潜り接近を試みる。それを見止めた星威が、瞬時に移動したエリスと対の位置から叫んだ。
「今だよエリスちゃんっ!」
「‥‥うん」
 2人は頷き合い、特殊な歌声を響かせる。
 重なり合う2つの音色が迫り来るキメラに迫った。
 途端に動きが鈍くなった敵だが、まだ動いている。くねらせ、何とか反撃しようと伸ばした尾が、近場の空也を捕らえた。
 だが引き摺り込むだけの力はないようだ。
「‥‥ここでクタバんのぁ‥‥テメーだッ!」
 盛大に水中へ突き入れられた拳が、キメラの尾を叩く。
 直後、痛みに顔を覗かせた敵。そこに、痛烈な刃が迫った。
 水を掻き上げるように迫る太刀が、キメラの身を抉る様に振り上げられたのだ。
「この世に創られた事を後悔しろ」
 憎しみの籠る目がキメラを捉えた。
 その目を敵が目にしたかはわからない。何せ、襲い掛かる攻撃はこれだけではないのだから‥‥。
「真空の刃、その身に刻め」
 ミコトの刃が赤色に輝き、次いで全身が炎のようなオーラを纏う。そして一気に突き入れられた刃がキメラの胴を薙ぐと、もう1つ、赤の攻撃が敵に迫った。
「‥‥さっさとエンマ様にシメられて来いよッ! 崩合炎拳!」
 背後に回った空也の拳が、敵の胸を貫く。
 鼓動を討つそこを止められればキメラとてただでは済まない。
 敵は暫く尾をピチピチさせると、やがてその活動を停止させた。


 ミコトは星威に麻痺を治して貰った手を見下ろし、思いの他ずぶ濡れになってしまった面々を見回した。
 その上で持参した水筒を開けて、人数分の紅茶を用意する。
「はい。冷えると動きが鈍くなるからね。少しでも暖めとかないとね」
 言って自分の分の紅茶を淹れてから、ふとエリスに目を向けた。
「どうだった?」
 紅茶を傾けながらネジリが問う。その声にエリスの目が落ちた。
「生存者絶望の報を気にしてるの?」
 蒼子の声にエリスはコクリと頷く。
 ネジリから聞いた報告を思い出し、目頭が熱くなる。
 だが彼女よりも先に、涙を零した者がいた。
「う、うえぇえ‥‥やだっ‥‥やだっ死んじゃやだぁぁ‥‥っ!」
「星威‥‥これが、現実ってヤツだ‥‥」
 ネジリの報告が聞こえたのだろう。星威は声を上げて泣くと、両の手で涙を拭った。
 その様子に空也の大きな手が彼の頭を無造作に、けれど優しく撫でる。
「泣くんじゃねェ。一つでもコレを無くす為に戦ってんだろ‥‥ッ」
「ぐすっぐすっ‥‥うん」
 完全に理解できたわけではないだろうが、あの様子なら大丈夫だろう。彼には支える者がいる。
 ネジリはその姿を見、そして改めてエリスに目を戻した。
「能力者として考える事は多いだろうが‥‥まぁ1つずついこう。詰め込み過ぎるとロクな事にならないしな」
 そう口にしながらも、考えても分からない事もある――と、胸中で苦笑う。
 そこに「あの‥‥」と声が聞こえた。
 目を向けた先に居たのは雛菊だ。
「私が言っても説得力が無いですけど‥‥写真‥‥なんて、関係ないですの。いつかは誰かがこの場所へ来るかもしれないのだから‥‥」
 だから気にしない方が良い。
 彼女の優しい言葉に、エリスは頷きを返す。
「流石に、記念撮影って雰囲気ではないかな」
 ミコトはそう言ったが、エリスはその言葉に顔をあげた。
「‥‥写真、撮りたい‥‥撮っても、良いですか?」
 出来るだけ明るく言葉を発し、皆を見回す。
「皆で頑張る証‥‥欲しい、です」
 そう言うと、エリスはぎこちなく笑ってカメラを構えた。