●リプレイ本文
住宅街に響き渡る銃声。
それを耳にした殺(
gc0726)は、足を止めると空を見上げた。
「近いな‥‥」
依頼帰り、こうして異変を感じるのは何度目だろう。彼は赤の瞳を眇めると、ふと視線を落とした。
「‥‥またアイツが絡んでるんじゃないのか。だとしたら‥‥」
――アイツなら手伝いに行くか。
そう思い立ち足を動かすと、彼は見覚えのある人物を目にした。
「念の為にと用意しておいたものが、役に立ちそうですね」
そう言って、殺と同じ方角を目指して走るのは王 憐華(
ga4039)だ。
その手には花束が握られている。
「久しぶりだな。花を持って何処かに出かける途中だったのか?」
速度を同じにし、隣を走りながら問う存在に、憐華の目が向かう。
「‥‥お見舞いです」
「見舞い?」
誰の――そう問う前に、憐華からビューティーホープ(gz0412)(以下、BH)が襲われたと言う話を聞く。
「それにしても、また襲撃‥‥」
憐華は花束を握り締めて表情を険しくする。
「もしこれがBHだとしたら、彼女には能力者と言うだけじゃない、何か秘密でもあるのでしょうか」
思わず呟いた声に、殺はチラリとだけ目を向け、口を噤んだ。
その頃、キョーコ・クルック(
ga4770)も銃声を聞き付け街中を走っていた。
「場所は花時計のある公園。周辺住人の避難誘導は任せるわ」
言って、無線機を切る。
彼女は記憶に留めた街の地図から場所を割り出し、救急車と警察へ警備の要請をした。
「前回のは偶然じゃないと思ったけど、こうも立て続けに‥‥!」
まだBHが関わっていると決まった訳ではない。だが嫌な予感は拭えない。
断続的に響いてくる銃声も、場所も、嫌な予感しか起こさせない。
「――無事でいなさいよ」
彼女はそう口にすると、急ぐ足を更に急かし、街の中を駆けて行った。
「‥‥さすがにこの格好なら、大丈夫‥‥そう思ってたんだけど」
ミコト(
gc4601)はそう呟き、完全装備の自身を見下ろした。
先日、天使の園で襲撃事件があったと聞き、園の様子を見に行くついでに、自分への認識を変えて貰おうと思ってした格好だったりする。
ちなみに「認識」とは彼の性別の事だ。
「まさか、こんな形で役に立つなんて、ね」
走りながら見えてきたのは見覚えのある公園だ。
「ここは確か、前に桜のキメラにあ――‥‥」
公園に飛び込んだ瞬間、セクシーホープ(以下、SH)が倒れるのが見えた。
「チッ、厄介ごとばかりだね」
血塗れで倒れる少女の姿に駆け込む――と、同時に飛び込む影があった。
「名乗りの台詞位考えておけば良かったな」
冗談とも本気とも取れる呟きを漏らしたのは完全装備の男だ。
「周辺のパトロールをしていたんだ」
ニッと笑って見せる彼は、手にした黒塗りの盾を振り上げると足を加速させた。
「まあ、アレだ。俺は夜十字、よっちーとでも呼んでくれ。援護するぞ、ヒーロー!」
土を踏み、夜十字・信人(
ga8235)がSHとBHの前で盾を構え――全身から覇気を放った。
その気に戦闘少女の目が向かう。
「服装の趣味は悪くない。ちょいとお兄さんと遊ぼうか」
聞こえた声に無数の弾丸が撃ち込まれる。
信人は攻撃を盾で受け止めながら、白銀の刃を抜き取った。だがそれを振るう余裕がない。
「‥‥零れ弾が予想以上に多い、か」
頬を裂き、腕を裂き、足を裂く弾。切れた場所が熱を帯びるのを感じながら、じっと攻撃に耐える。
本来なら銃撃を受けたまま突っ込みたい所。しかし攻撃が重くて進めない。
「援護するであります!」
長方形の盾を手に駆け込んできたのはラサ・ジェネシス(
gc2273)だ。
彼女は信人が敵の攻撃を受けている隙をついて接近しようとした。
しかし――
「これは‥‥」
ライフルを持つのとは別の手で小銃を撃ってくる。
それを盾で受け止めると、ラサは攻撃を転換させた。
「‥‥変身している暇は無いな」
苦笑を滲ませて呟き、身軽に地面を蹴った。
こちらとて、ただ攻撃を受ける訳にはいかない。
ラサは信人の後方に控えるBHとSHを見やり、利き手に持つ白銀の銃を敵に据えた。
「これはどうでアリますか!」
引き金を引き放たれた弾に、敵の眉が揺れた。
先程まで信人にのみ向いていた目がチラリと動き、直後、彼女の足が後方に飛ぶ。
扇状に繰り広げられる弾丸は、少女の服を裂き、身体の至る所に傷を作ったが倒すには至らない。
しかし、距離は出来た。
「――重断」
「!」
いつの間に接近したのか、殺が後方で呟く。と、次の瞬間、横薙ぎの一閃が迫った。
「っ、‥‥」
咄嗟に身を引いて交わしたが、少女の眉間に皺が刻まれている。彼女は攻撃を放った殺に銃を向けると、攻撃に転じた。
しかし彼の姿は無い。
慌てて周囲を見回し、漸く自分の状況を認識する。
少女を取り囲む能力者。
「‥‥邪魔者捕捉、戦闘を再開」
状況は不利。しかし彼女は退くという選択を取らなかった。
「BHを抹消する」
言って放たれた銃弾は、この場の全員へと向いていた。
●
信人は銃撃を受けながら、盾の向こうに見える敵の動きを捕捉していた。
「全部は、無理か」
流れ弾はやはり減らない。
彼は後方に目をやると、BHとSHの姿を捉えた。
彼女たちは流れ弾から少年を守ろうと、動かない体に鞭を打って動こうとしていた。
そこに金色の影が差す。
「後は任せなさい」
現れたのは、戦闘用メイド服を着たキョーコだ。
彼女は半透明の盾を持って2人の前に立つと、流れ弾を受け止めた。
「そこの君、危ないからそこを動かないでね。悪い人の攻撃は、このメイド・ゴールドが全部防いであげるから!」
――メイド・ゴールド。
この名に少年の目が上がる。
以前、天使の園に来てくれた傭兵に同じ名前を使って遊んでくれた人がいた。
彼はそれを覚えていたのだ。
少年はキョーコに見えるように頷くと、恐る恐るその場にしゃがんだ。そこにBHが手を伸ばす。
「‥‥これ位は、出来るから」
安心してね。そう言葉を添え、SHを見た――その時だった。
傭兵の姿に安心したSHの身が崩れた。
膝を折り、その場に倒れる彼女に憐華が駆け寄る。
パッと見でもわかる程に状態は酷い。何処から応急処置を施して良いかも分からず、息も絶え絶えで、意識を保っているのが不思議なほどに血も、体力も消耗している。
「こんな所で‥‥ようやくみえた友情の灯火を、消させはしません」
憐華は銀色の、羽根に似た光を放ち、SHとBHの双方に治療を施す。
そしてその力は、前方で攻撃を防いでいたキョーコにも降り注いでいた。
「ここで倒れたら、メイド・ゴールドの名が泣くんでねっ! 倒れる訳にはいかないんだよ!」
腕の筋肉を隆起させ、盾を構え続ける。
何時まで耐えられるか分からないが、眼前で信人が耐えている内は耐えて見せる。
「SHとその子は任せたよ。こっちはあたしが引き受けたからっ!」
BHに声を掛けると、キョーコは戦闘少女と傭兵たちの闘いに目を向けた。
●
「ガーディアンの端くれとしては、負傷者に攻撃を通すのは恥なのさ」
言うと同時に駆け出した信人。
撃ち込まれる弾丸は気にせず、無茶を承知で突っ込む。
そうして入り込んだ相手の懐。そこで鋭い眼光を飛ばすと、敵の目が向いた。
至近距離から撃ち込まれるライフル。幾つも幾つも、まるで雨のように降る弾が盾を攻撃する。
「‥‥少女よ。君には、真っ先にやるべきことがある‥‥さっさと逃げるか、もしくは早急に俺を倒すことだ」
ニイッと至近距離で笑んだ相手に、戦闘少女の眉が上がった。
直後、もう片方の手が小銃を手に信人を撃つ。
何度も、何度も、同じ場所に撃ち込んでゆく攻撃に、盾の耐久も徐々に弱まって行く。そして、あまりに動かない相手に戦闘少女の方が先に焦れた。
「――邪魔を、するな!」
二丁の銃を盾に付き付け、一気に引き金を引く。
ピシッ。
僅かな亀裂の音が響くが、まだ盾はそこに在る。
「俺が立っている限り、君の銃弾は誰の命にも届かないぞ」
「‥‥!」
この言葉が敵を次の行動に動かした。
銃撃を放ちながら、地面を蹴った彼女の足が盾を越え、信人の顔に迫る。しかし彼はそれを寸前の所で避けると、手にしていた白銀の剣を抜くと、宙に舞う敵に向けた。
本来ならこれで敵を討てる――だが、少女には届かなかった。
「なっ」
宙に上がった足が、彼の盾を足場に飛躍する。そうして宙返りするように身を反転させると、盾とそれを持つ手の両方に弾丸が降り注いだ。
ガラン‥‥ッ。
重い音を立てて落ちる盾。
敵はその瞬間を見逃さず、新たな弾を放つ。
しかし――
「何故、退かない」
零された声に、信人の口角が上がる。その端からは血が零れ、彼の全身からも血が溢れている。
それでも彼は退かない。
「退かないのなら、邪魔者は消す」
少女はそう言うと2つの銃口を信人に向けた。
そこに鋭い影が迫る。
「動けない者を攻撃するのは見逃せないね‥‥」
銃を蹴る勢いで迫った脚。それを自らの脚で受け止めた少女は、攻撃を向けたミコトに目を向けた。
「お節介だとは思うけど‥‥、彼女たちを攻撃するなら、俺を倒してからにしてもらおうか」
言って、重ねた脚を蹴り上げて間合いを作る。そうして眩い光を放つ剣が敵の姿を捕らえると、彼は静かに構えを取った。
直後、少女の持つライフル銃がミコトを、小銃が信人を捉える。
そして迷う事無く銃弾が放たれると、ミコトは剣で弾の軌道を逸らし、敵との間合いを詰めに掛かった。
だが敵は直ぐに間合いを測る為に後方に飛ぶ。それをラサが遮った。
少女の背後に回り込み、斜め下からの回し蹴りを見舞う。それを少女は小銃を放って受け流そうとするのだが、その攻撃はラサの持つ盾が弾いた。
「まだダ」
彼女は盾を重心に地を蹴ると、今度は後方から回し蹴りを放った。
その瞬間、脚に衝撃が走り、腕で受け止められたと知る。だが彼女の攻撃はこれだけではない。
脚が受け止められたと知ると、すぐさま盾を捨て地に足を突いてもう片方の脚を振り上げた。
「――ッ」
少女の頬を鋭い痛みが走る。そして次いで降った弾丸に彼女の目が見開かれた。
「我輩は実は格闘のほうが得意なのだな」
咄嗟に左手に持つ武器を捨てて弾を受け止めた少女に、ラサが囁く。だが彼女にも少女の攻撃が迫っていた。
「‥‥ぁ」
腹部を抉る様に迫った脚に、ラサの身が後方に飛ぶ。ただ辛うじて受け身は取ったので、大き過ぎるダメージは負わなかった。
それでも衝撃は強い。
腹を抱えて蹲る彼女に、ライフルが向けられるが、今度は別の攻撃がそれを遮った。
「次から次に、邪魔を‥‥!」
初めて苛立ちを覗かせた少女は、迫り来る忍刀を避けると、攻撃を向けた殺を睨み付けた。
右上部から迫っていた刃が軌道を変え、身体を反転させた勢いで斬り掛かってくる。
綺麗に一閃を引いた刀をライフルで受け止め、接近戦に持ち込もうと足技を繰り出す。そこに殺は、超機械から生み出したレーザーを繰り出すと、左下から斜めに切り上げた。
「!」
これが敵の関節を突き、重心を崩させる。そして、出来た隙を利用し、ライフルを持つ手に腕を差し入れると、一気に地面に叩き落とした。
――ボキッ。
乾いた音が響き、少女の目が血走るのが見える。
「アンタの敗因は人の形をしてる事だ。アンタの為の殺人技巧、味わってくれ」
発せられる声に、強化人間の眉間に皺が寄った。
直後、最後の足掻きと、彼女の足が凄まじい勢いで地面を蹴り、殺の元から退いた。
当然、犠牲になった腕は放置し、落ちたライフル銃を口に咥えて駆け出る。向かうのはBHの元だ。
しかし――
「やらせない。それが俺の役目だ」
いつの間に傍に来たのか、ミコトとラサが行く手を阻む。
「悪く思うナ」
言葉と共に足を薙いだラサ。少女は飛び上がってそれを避け前に出ようとする。
「予測済みダ」
勢いよく体当たりされ、地面に転がり込む。
そして横たわしになった身に、ミコトの刃が迫った。
上空に飛ばされた敵。それを追う様に飛び上がった彼の瞳が眇められる。
「その身に刻むがいい‥‥、自らの罪を‥‥!」
言って、赤く染まった白銀の刃が、一気に少女の体に突き刺さる。
そうして地面に着地した時、少女はライフルを口から落し、二度と動かなくなった。
●
信人は地面に伏する少女に目を向け、緩やかに瞼を閉じた。
「‥‥大元は、何処だ」
擦れた声で呟くと、口の中に血の味が広がる。
それに眉を潜めていると、影が差すのを感じた。
「あの‥‥」
薄ら目を開けた先に居たのはBHだ。
彼女は何か言いたげに口を開くが、その先の言葉は信人が遮った。
「礼は、不要だ‥‥なに‥‥完治した後に、写真でも‥‥撮らせて、くれれば‥‥良い」
本来なら喋るの億劫だろうに、零された言葉は何とも言えない物だ。
それに対して少しだけ笑むと、力ない声が響いてきた。
「‥‥わたくしは、良いから‥‥あの子と、他の人を、先に――」
「貴女も美少女戦士を名のる一人でなのでしょう! それならどんな状況だろうと諦めてはいけません。貴女を守る為に戦っている仲間の為にも、貴女自信の為にもこんな怪我に屈してはなりません」
弱音を吐いたSHに憐華の叱責する声が響く。
SHの怪我の状況はどう見ても思わしくない。彼女は憐華の声にフッと笑むと、BHをチラリと見た。
「‥‥手も、足も‥‥動かないのよ」
「!」
先程までは動いていた筈。それが動かないとは如何いう事か。
考えられる物を思い浮かべ、一同の不安な表情が浮かぶ。そこに救急隊員を連れたラサが戻って来た。
「こっちなのダ!」
忙しなく動く人々の波に、信人とSHが救急車に乗せられてゆく。
「動かないって‥‥それって‥‥」
最悪の事態しか浮かんでこない。否、生きているだけマシなのかもしれない。
けれど――
「泣くなよ。泣けばアイツが悲しむ」
ポンッと頭に置かれた手に慌てて目元を拭うと、泣いていないと意志を込めて睨み付けた。
殺はその視線に肩を竦めると、ポンッと肩を叩く。
「少しは自分の体を大事にしろよ」
「まったくだね。何をやるにも動く体があればこそ、だよ」
――動く体があればこそ。
この言葉にBHの目が落ちた。
「ホラ、BHも、病院に行くのダ」
ラサに促され、BHも病院に向かうと、キョーコは心配そうに救急車を見送る少年の頭に手を添えた。
「よくがんばったね。えらいよ♪」
そう言って笑顔を向ける彼女に、少年は少しだけ笑んで頷く。
そして彼の事を警察に託すと、キョーコは現場に残る強化人間の服、そして武器を調べさせて貰った。
「‥‥まさかとは、思うけど、ね」
彼女はそう呟き、手にした物をじっと見つめていた。