タイトル:【BS】No princessマスター:朝臣 あむ

シナリオ形態: ショート
難易度: やや難
参加人数: 6 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2011/11/10 08:34

●オープニング本文


●No smile princess
 昔々ある所に、決して笑わないお姫様がおりました。
 そんなお姫様に嘆き、王様はあるおふれを出しました。
「姫を笑わせた者には、何でも褒美を与えよう」
 国中の人は、お姫様を笑わせようと頑張りました。
 時にはプレゼントを、時には芸を、時には身を張って笑わせようとしました。
 けれどお姫様は笑いません。
「誰か、姫を笑わせる事の出来る者はいないのか‥‥」
 王様は一向に笑おうとしないお姫様に、悲しみ、涙し、そしてついには病気になって死んでしまいました。
 けれどお姫様は、笑うどころか泣きもしません。
 大臣たちは、王様の死を悲しみもしないお姫様では国を治められないと、お姫様を森の奥深くに隠してしまいました。
 それでもお姫様は何の感情も見せません。

――誰か、姫を笑わせる事の出来る者はいないのか‥‥。

 この王様の想いだけが、森の奥深くへと注がれていました。

●Inspiration
 薄暗い部屋の中に灯った明かり。
 ディレクターはその下で、ただ只管に筆を走らせていた。
「良いわ、良いわぁ、ゾクゾクしちゃう〜♪」
 呟きながら原稿用紙を捲る彼の顔には、濃いクマと無精髭がある。
 彼を知る強化人間曰く、ここ数日風呂にも入らず、睡眠も取っていないらしいが、それだけ集中していると言う事だろう。

 コンコン。

「失礼します。サプリメントをお持ちしました」
「失礼します。滋養強壮効果のあるハーブティーをお持ちしました」
 ノックと共に現れたのは、ピンクの執事服とメイド服を着た強化人間だ。
 彼らはデスクの上にトレイを置くと、その場を去ろうとした。
 だが‥‥
「出来たわぁ♪」
 上がった声に足が止まった。
 振り返ると、物凄い勢いでサプリメントと紅茶を飲み干す姿が見える。
「さあ、マイクとカメラ、あたしを崇めなさい!」
 カップを置き、オーバーアクションで両手を広げた彼に、瓜二つの顔が見合わせる。そして数度目を瞬いた後、鈍い拍手が響いた。
「わぁ〜」
「ぱちぱちぱち」
 何処をどう聞いても感情は無い。
 しかし彼は、歓声を恍惚の表情で受け止めると、腰をくねらせた。
「今回は豪華2本立ての超大作よん♪ モチーフは地球に伝わる童話と、火の国を舞台にした必殺活劇!」
 洋と和の2本立て! と彼は言うが、実際の所は両方とも捨てがたくて無理をしたに過ぎない。
「マイクとカメラにも配役があるわ。あーたたちにもスポットライトを浴びるチャンスがあるのよ。嬉しいでしょう?」
 素直な感想を述べるなら、マイクやカメラにとってスポットライトは如何でも良い。だが彼が嬉しいかと問う以上、頷く他ない。
 ディレクターは2人の頷きを見ると、笑顔で脚本と地図を差し出した。
「さあ、場所の確保に行くわよ。でもその前に‥‥シャワータイムが、さ・き♪」
 覗いちゃいやよん♪
 そう言って腰をくねらすと、彼はシャワールームに消えて行った。

●Castle
 遊園地を襲った複数のキメラ。
 その目的は集まった人間を攻撃する事――と思いきや、意外な事にキメラは遊園地から人間を追い出す事に役割を置いて行動していた。
 そしてそのキメラを率いるのは、どぎついピンクの髪をしたバグア――ディレクターだ。
「ど・れ・に・し・よ・う・か・な♪」
 ディレクターは鼻歌交じりにそう言うと、アトラクションを眺め見た。その傍には、ピンクの総フリルドレスを着たマイクがいる。
 彼女の頭には王冠型のヘッドセットマイクが着いており、髪は縦巻きロールでかなりゴージャスだ。
 ディレクターは指をくるくる回すと、あるアトラクションでそれを止めた。
「あそこなんて良さそうね!」
 彼が見付けたのは巨大なお城だ。
 その雰囲気は、マイクの服装に良く合っている。
「うふふ、あーたはあのお城でお姫様になるの♪」
 実に楽しげに笑って差し出した台本。
 そこには彼の撮りたい物語が切々と描かれている。
「笑う事を忘れたお姫様。それが、あーたの役。元々感情のないあーたなら簡単でしょ?」
 確かにマイクには感情と呼べるものがない。故に、彼女ならば笑わないお姫様を演じるのは簡単だろう。
 だが気になる事がある。
「ディレクター、台本の先がありません」
 そう、ディレクターの台本には終わりがない。つまり、物語は途中で終わっているのだ。
「あたしは本物が撮りたいのよ。その為には作った笑いでは駄目。あーたが本当に笑った顔、それが必要なのよ」
 わかる? 彼はそう囁き、マイクの顔を覗き込んだ。
「マイクは笑えません」
「あらそう? ああ、そうだわ」
「?」
「あーたが笑った後は、能力者を処分しちゃいなさいね♪」
 良い絵が撮れれば充分。
 そう言った彼に頷くと、ディレクターは3体のキメラを彼女に渡した。
「お城の制圧はあーたとキメラに任すわ。しっかりやんなさいね」
 マイクに付けられたのは鎧型のキメラ。
 これらのキメラとマイクがいれば城は簡単に制圧できるだろう。
 彼女は其れに対して頷くと、言いつけ通りに城へ向かおうとした――と、その足が止まる。
「ねえ。参考までに聞くけど、あーたが好きな物って何かしら?」
 その問いかけに、マイクの目がディレクターで止まった。
「あらぁん、嬉しいじゃない♪」
 腰をくねらせて喜ぶディレクター。
 それを見て若干だがマイクの表情が変わったような気がした。

 その頃、遊園地が強襲されたと聞き駆けつけたキルト・ガング(gz0430)は、手にハートマークのシールが付いた封筒を手に、キメラと格闘していた。
「嫌な予感しかしねえ‥‥」
 封筒は遊園地到着直後、入り口でキメラから渡された――基、落とされた。
「‥‥開けるの‥‥嫌なんだが、開けるべき、か?」
 思わず同行者を振り返るが、そこに助けなど無かった。
 無言のプレッシャーが突き刺さり、結果、目の前のキメラを撃破して封筒を開ける事に。
「ぅ‥‥、‥‥」
 もわんっと零れてきた、強烈な薔薇の香りに顔が顰められる。
 それでもなんとか中のカードを取り出すと、書かれている文字に眉が寄った。

『姫を笑わせた者には、何でも褒美を与えよう』

「‥‥何じゃこりゃ」
 言って、裏面を返す――と、そこにも文字か書かれていた。
「‥‥敵は、お姫様が居そうな場所‥‥一定条件を満たさない場合の攻撃は、ペナルティ‥‥?」
 何処かで聞いたような条件に、更に眉が寄る。
「まさかとは思うが、この前の奴と同じじゃねえだろうな‥‥」
 以前、山間部を走る暴走列車を止めた事があった。
 それと手口が似ている気がする。
「にしても『お姫様を笑わせ』とか『登場シーンを練れ』とか、ふざけてやがる‥‥でもま、衣装を考えろ、がないだけ良いのかね」
 とは言え、オカシナことに違いはない。
「さて如何する?」
 キルトは同行者を振り返ると意見を仰いだ。
 その結果、進行を邪魔するキメラを撃破しつつ、お城を目指す事になった。
 勿論、登場シーンを練りつつ‥‥

●参加者一覧

須佐 武流(ga1461
20歳・♂・PN
メシア・ローザリア(gb6467
20歳・♀・GD
春夏秋冬 立花(gc3009
16歳・♀・ER
滝沢タキトゥス(gc4659
23歳・♂・GD
追儺(gc5241
24歳・♂・PN
ルーガ・バルハザード(gc8043
28歳・♀・AA

●リプレイ本文

 城の最上部。屋根に腰を下ろした須佐 武流(ga1461)は、眼下を見て眉を潜めた。
「‥‥ここだと何も見えないな。仕方ない、少し降りるか」
 言って、もそもそと屋根を伝って下りる。そうしてバルコニーに辿りついた直後、彼の頬を何かが掠めた。
「‥‥」
 ツウッと頬を伝うのは血だ。
 彼は若干表情を引き攣らせて中を覗き込む。
「そんな攻撃では当りませんことよ!」
 声と共に銃声を響かせるメシア・ローザリア(gb6467)。それに応戦して銃弾を撃ち返すのはキルト・ガング(gz0430)だ。
 2人は寸前の所で弾を避けれるよう銃弾を放ち、徐々に強化人間――マイクに近付いてゆく。
「来た‥‥と言うよりは、もう始まってるのか?」
「いや、アレは彼女等なりの登場シーンだそうだ」
「ああ、そうなのか――い゛!?」
 声に振り返った彼は、ギョッと目を見開き硬直した。
 そこに居たのは、切れ長な目が印象的な女性――ルーガ・バルハザード(gc8043)だ。
「‥‥遊園地を襲うキメラか。それに挑発的な手紙‥‥笑わせろ、ねえ。やれやれ、不釣り合いな依頼を受けてしまったな」
 そう言って、億劫そうに溜息を零す。その姿は似合っているのだが‥‥
「それ、自前か?」
 武流はそう言うと、ルーガの衣装を指差した。
「あまり深く突っ込むなよ。色々とギリギリなんだ」
「‥‥だろう、な」
 ルーガの年齢はそろそろ三十路。そんな彼女が着るのはセーラー服と言う奇抜さ。
 武流はふるっと首を振ると、改めて中を見た。
「あそこならいけるか」
 彼は登場場所を室内の天井に変えるらしく、動き始めた。
 そんな彼の耳に、凛とした声が響く。
「世界が認める美女ガンナー、メシア。そしてその下僕のキルト。推参ですの!」
「ちょ、下僕って――ぐあッ!」
「ツッコみは受け付けませんの」
 撃ち合いの末に膝を折ったキルト。そんな彼の腹に喰い込ませた足を下ろし、メシアは改めてマイクを見た。
「おー‥‥痛そうだ‥‥」
 その様子を扉越しに見ていた滝沢タキトゥス(gc4659)は、引き攣り気味のまま、顔を扉の外に戻した。
 その視線の先に居るのは追儺(gc5241)だ。
「あれは響くぞ。それにしても、遊園地で戦闘なんて、変わってるな‥‥」
 彼はそう言いながら、フード付きのコートを羽織ると、フードを被って両の手に自前の篭手を嵌めた。
「滝沢さん、それは‥‥?」
「俺は暗殺者、暗殺者、暗殺者‥‥」
 ぶつぶつと自分に言い聞かせるように繰り返す声に、追儺の目が瞬かれる。
 そして次の瞬間、彼はホールに入って行った。
 それを見送り、追儺の指が自分の頬を掻く。
「皆、大変だな」
 そうは言うが、今回の依頼は自体がオカシイ。
「笑わせるね‥‥人を笑わせるのはあまり得意じゃない上、笑わない相手が相手となれば難しいか」
 呟き、追儺がマイクを捉える。
「だが、あいつが笑顔を見せる相手は何となくわからなくもない」
 彼はそう言うと中をぐるりと見回して状況の確認に入った。

 ホールの中は言ってみればカオスだった。
「魂も汚れきった、愛を忘れた外道ども! このアっ‥‥ッ、アタイを敵に回して、生きては帰れねぇぜ!」
 颯爽と舞い降りたルーガは、セーラー服の裾を舞い上がらせながら着地すると、手にしたヨーヨーをマイクに突き付けた。
 その姿を見たマイクが呟く。
「‥‥今、噛みました」
「か、噛んでなどいない、断じていないぞっ!」
 言い掛かりだ。そう叫ぶ彼女の後ろにもう1つの影。
 ルーガと同じく、何処からともなく飛び降りてきた武流は、騎士キメラの前に片膝を着くと、ニッと笑って顔をあげた。
「さぁて、いっちょ行きますか‥‥!」
 拳を突き付けると同時に、薙がれた槍。これに彼が後方に飛ぶが、武流は構えを取った段階で固まってしまった。
「動かない、だと?」
 先程は動いた筈なのに、今は動かない。
 如何やら、現状は間合いに入った相手を攻撃するだけらしい。
 クッと眉を潜めた武流。そんな彼の傍に、別の人材が降り立った。
「よし、ここ来で良いな」
 何処から持ってきたのか。ハリボテの草むらを設置して、タキトゥスが呟く。
 そして彼は、盛大に笑い声を上げマイクの前に飛び出して来た。
「フハハハハハ! さあ出てこい、この私―――孤高の暗殺者、滝沢がこの手で貴様を昇天させてやろう!」
 彼は声高らかに笑い、籠手に隠した短剣を突き付けると厳かに言い放った。
 これに対し、マイクは‥‥
「もう、目の前に居ます」
 あまりに冷静な言葉に、心が折れそうになる。
「自分だってこんな気持ち悪い事したくは――‥‥って、ちっがぁう! 俺は暗殺者、滝沢だ! 異論は認めん!!」
 内心半ベソ、正直穴があったら入りたい。だが、ここはじっと我慢だ。
「堪えてるところスマンが、少し手伝ってくれ」
 声を掛けてきたのは武流だ。
 キメラが望む動きをしない以上、作戦を実行するには彼の力が不可欠だ。
 武流はタキトゥスに詳細を説明すると即行動開始だ。
「――行くぞ!」
 タキトゥスはそう言うと、迷う事無く拳を突き入れた。すると彼は地面に一回転して回避する。
 攻撃を回避する武流に、追い縋るタキトゥス。
 武流は必死に転げるように攻撃を避け、そして――逃げた。
「っ、逃がさん!」
 反射的に逃亡する相手の背に蹴りを喰らわすタキトゥス。しかし武流は、前のめりに倒れる事でそれを回避すると、ある物を見付けた。
「え゛‥‥須佐さん、それ‥‥」
「ククク‥‥さっきあんたが利用したハリボテだッ!!」
「ンなもん投げんなぁっ!!」
 凄まじい勢いで迫るハリボテに、今度はタキトゥスが逃げ惑う。
 その様子を見て、マイクの首が傾げられた。
 本来は無様に逃げ回る様を滑稽と笑って欲しかった。
 だがマイクには通じないらしい。彼女は首を傾げたまま目を瞬くのみだ。
 そこに新たな声が響く。
「ふふ、正しい下僕の使い方と淑女の嗜みを、教えて差し上げましょう。さあ、取ってきなさい?」
 メシアはハイヒールの踵を鳴らすと、指輪を外して足元に落としてキルトを見た。
 これにキルトは硬直するが有無は言わせない。
 無言の圧力に負けた彼が、指輪を拾って差し出す。
 だが指輪を見た瞬間、メシアはそれを放った。
「嫌だ、汚れてるじゃない、服で拭きなさいよ」
「え‥‥ヒィッ!」
 異論は認めない。
 目の前に降って来たヒールの踵に慌てて指輪を拭いて差し出す。そして彼女はそれを受け取ると、今度は欠伸を零し始めた。
「退屈ね。キルト、ワルツを踊るわよ」
「‥‥何故」
 抵抗は無意味。
 そう学んだ彼は、渋々踊り出す。そうして迎えた最後のポーズ。
 背を向けた状態で2人が同時に振り返る。
「これが、淑女の嗜みですわ」
 ニコリと笑ったメシアと、鼻眼鏡でドヤ顔を作るキルト。
「ぶはっ!」
 吹き出す声にメシアが「やった?」と目を見張った。
 しかし――
「す、すまない‥‥」
 どうやら笑ったのはルーガのようだ。
 彼女は視線を逸らすと、咳払いを一つして、マイクにヨーヨーを突き付けた。
「次は、アタイのバンダナ!」
 何か発音が違う。そんなツッコミはさて置き、セーラー服姿のルーガは言い放つ。
「姫さんよォ! どんなにキレイな服を着て外ヅラ飾ったところで、あんたの凍った心はあたたかい人間の血がながっ、‥‥流れちゃいねえんだ!」
「また、噛みました」
「噛んでないっ!」
「噛んだ」
「噛んでないッ! とーにかくッ! 人々を泣かせるような真似はもうさせねえぜ!」
 マイクの所為でグダグダになってしまった口上に、ルーガは服装と重なって得た羞恥心に顔を逸らす。
 しかも笑わすことには失敗。
「っ‥‥私の努力が‥‥」
 そう、打ちひしがれた時だ。
 トリコロールを使って天井から降りてきた春夏秋冬 立花(gc3009)。彼女はマイクの横に立つと、ニコリと笑んで彼女の手を取った。
 そして――
「じゃっ」
 高速でワイヤーを巻き取り、天井を伝って外に飛び出していく。
 その姿を見て、一行は呆然とし、ハッとなった後は急いで城の内部に飛び出して行った。


「王子様だったら絵になったのに、ごめんねー」
 立花はそう言ってマイクに笑い掛けた。
「さて、やりたいことといかある? あっ、そうそう。マシュマロ食べる?」
 笑顔でマシュマロを差し出すが、マイクは受け取らない。
「これもマイクを笑わせる術ですか?」
「んー‥‥どうだろう。本当は遊びを考えていたんだけど、外でも眺めてお話ししようか」
 そう言葉を零し、立花はマイクの手を取って城の中を歩き始めた。
 その間にマイクの好きな物や、自分の好きな物。色々な会話をしたのだが、笑うどころか表情も出ない。
 そうして歩き続けた2人が辿り着いたのは、城内にある塔だ。
 立花は塔に入る前、仲間に居場所を報告し、展望スペースまで移動した。
 そこから遊園地を一望できるが、今はディレクターに制圧されており、普段の壮観な景色とは違う殺伐とした景色が見える。
 立花はその景色を見、そしてマイクを見た。
「本当に、笑ったりしないんだね」
 言って、マイクの頬を摘まむが、これにも反応しない。
「ちょっと悲しいけど、ちょっと嬉しいかな。だって、笑ったら戦わないといけないじゃん」
「それがマイクの仕事です」
 何がいけないのか。そう問う彼女に、立花は笑みを零す。
「私はね、マイクちゃんと友達になりに来たんだ」
「友達?」
「だから、LHに来ない? そうしたら私たちは戦わず、一緒に友達でいられるよ?」
「必要ありません。マイクにはディレクターがいます」
 きっぱりとした声に、立花は視線を落とした。
 そこに足音が響く。
 そして風が頬を撫でたかと思うと、駆け付けた追儺が彼女たちの前に現れた。
「よぉ、笑顔を届けに来たぜ?」
 彼はそう言ってマイクの顔を覗き込む。
「成程、確かに表情はない。だが、本当に感情がないのかね? 好きなものがあるっていうんなら間違いなく感情はある筈なんだがな‥‥」
 先程聞こえた声で察する限り、マイクの好きなモノはディレクターだろう。となれば、彼女を笑わす騎士の役目は自分ではない。
 だが聞く事は出来る。
「なあ、ディレクターは何が好きなんだ?」
「‥‥映画と、自分です」
「んじゃあ、ディレクターは何をすると喜んでくれる?」
「ディレクターの喜ぶ、こと」
 問いにマイクの目が瞬かれる。
「映画を撮ればディレクターは喜びます。ディレクターが喜ぶ、映画‥‥成程‥‥そう云うことですか」
 ポツリと呟き、マイクはドレスに巻かれたリボンを抜き取ると、それを振り上げた。
 直後、それが鋭い刃となって能力者に襲い掛かる。
「っ‥‥マイクちゃん!」
「マイクは笑いません。皆さんはマイクを笑わす事が出来ませんでした。この事で、ディレクターの映画が失敗に終わってしまいます。それはディレクターを悲しませます。よって、マイクは映画を完成させる為に強制終了を敢行します」
「やっぱり俺じゃ役不足だったか」
 追儺はそう呟くと、マイクが用意した戦闘ステージに身を投じた。


 場所は塔の上層部。平らな部分は狭く、背後には螺旋階段が続く。そしてそこには何時の間に現れたのか、キメラ・ナイツ――騎士型のキメラが2体いた。
「ここからは俺のステージだぜ!」
 武流はそう言うと、先程試した間合いを思い出す。
 敵は階段の僅か下。彼は階段最上部を蹴ると、段差の勢いを借りて間合いを詰めた。
 そこにキメラの槍が風を斬って迫る。
「当たらなければどうって事ないぜっ!」
 トンッと壁を蹴って回避した一撃。そしてそのまま体を回転させると、片手を敵の頭部に添えて軸にし、一度大きく足を振り上げて下した。
 ガッ。
 鈍い音が響き、敵の頭部に彼の脚爪が食い込む。
 だが攻撃はこれで終わりではない。
「止めはキッチリ刺す!」
 トンッと頭から手を放して階下に着地。そのまま上部を見据え、再び地面を蹴ると、揺らいだが勢いで敵の槍が突いてきた。
 彼はそれを自らの残像を囮に避けると、槍を持つ腕に片足を。そしてその足を軸に敵を蹴ると、残る足で敵の頭を吹き飛ばした。

 カンッ‥‥カラカラカ‥‥

 階段の下に落ちてゆく頭部と体。それを見送り、彼はもう1体のキメラを見た。
 残る1体には追儺が対応している。彼はキメラに間合いを詰めると、薄青色の刃を手に斬り込んでゆく。
 しかし――
「ッ‥‥、やっぱ、重体の身じゃ、キツイか‥‥」
 そう、見た目は健勝でも彼には重度の傷が残っている。敵の攻撃を受け流すだけでも相当な痛みと負傷が伴う。
「追儺、伏せろ!」
 タキトゥスはそう声を掛けると、銃弾を降らせた。
 その上でキメラを視界に留めニッと笑う。
「この私が――じゃなくて俺が貴様――いや、あんたを始末してやる!」
 芝居は終いだ。
 そう言って遠慮なしに撃ち込まれる弾丸。
 敵は高い防御力を屈指してそれを受けるが動けへしないようだ。これなら攻撃の隙はある。
 そしてそれを確実にものにする為には、もうひと押しすればいい。
「俺を無視するとロクな事無いぞ、騎士さんよ!!」
 挑発するように言い放ち、新たな弾丸を撃ち込む。
 これを期に、敵の目が完全にタキトゥスに向いた。
「これを待っていた‥‥――朽ちて貰うぜ」
 ルーガは敵の側面に入ると、炎のような剣に同色のオーラを纏わせ振り上げた。
 鈍い音を伴って胴を割る勢いで迫った刃。
 だがまだ足りない。
 彼女は今一度刃を抜くが、敵もそのまま受ける気はないようだ。
 同時に振り上げた槍が、彼女に迫る。だがその動きは、彼女に触れる前に止まった。
「無視するな。似たような事、言ったよな?」
 そう囁くタキトゥスの目に、武流の脚爪が敵の首を薙ぐ姿が入っていた。

 マイクの武器はリボンのような非物理武器。彼女はそれをメシアに向けて放つと、彼女の腕を絡め取り、腕を引き裂こうとした。
 しかし、その動きが止まる。
「メシア、そのまま抑えとけ」
 痛みを堪えてメシアが紡いだのは敵の動きを止める呪歌。キルトはその隙に接近を果たそうとするのだが、そうするよりも前に立花が飛び出してきた。
「マイクちゃん、私は戦いたくないよ!」
「マイクにとって、ディレクターは絶対です」
「マイクちゃん‥‥」
 何とか体を動かそうとしながら返す言葉に、立花の目が落ちた。
「‥‥わかった。なら、私が殺してあげる」
 彼女は刀身の無い柄を握り締めると、蒼紫の圧縮レーザーを噴出させて彼女に斬り込んで行った。
 それと同時に、メシアの術の効果が解ける。
 当然マイクは、戦闘態勢を継続。メシアに巻き付けたリボンを引き寄せ、今度は立花にそれを放つ。
 しかし、彼女はそれに臆す事無く突っ込んで行くと、光り輝く刃を彼女の胸に突き刺した。
「もし、生まれ変わったら、今度は友達になろうね?」
 そう言って微かに笑んだ彼女に答える事無く、マイクは力なく崩れ落ちた。