●リプレイ本文
私はエルル・ラウ・シーフォン。
屋敷と言う籠に捕らわれた、数日後には成功率の低い手術を受ける、死神に魅入られた鳥。
「私の王子様は、どこに‥‥」
「お嬢様、失礼致します。実はお嬢様にお客様がお見えに――」
「お客様‥‥私に?」
私に客人などありはしない。けれど誰か来たと言うのなら、少し位はこの寂しさを紛らわせる事が出来るかしら。
「わかったわ。通し――」
そう言って振り返った先に見えた6人の男性。それもどの方々も見目麗しい、まるで奇跡のような光景に、思わず言葉を失ってしまった。
「お嬢さんがエルル嬢だね」
タキシードを着た仮面の紳士(後にメシア・ローザリア(
gb6467)様と名を知る方)がそう言って頭を下げる。硬く、張りのある声が心地よい彼は、私の手を取ると仮面に隠れた眼差しを私に向けてくれた。
「私は、きみの心に応えた者だ」
声が穏やかに微笑み、思わず倒れそうになる。そんな私を支えた手。それはきっと執事の彼――そう思ったのだけど、現実は違った。
「やあ、エルル‥‥大丈夫かな?」
中性的な美貌を持つ男性(セシル・ディル(
gc6964)様)は、陽の光の様に穏やかな微笑みで私を見詰め、心配して下さっている。
「あ、あなた方はいったい‥‥」
頬が上気して普通じゃいられないけど、ここは堪えないと。
「あんたがエルルか。俺は追儺。で、こっちが‥‥おい、キルトっ!」
逞しい印象の追儺(
gc5241)様。そんな追儺様が引っ張り寄せた、不幸酬漂う男性はキルト・ガング(gz0430)様。
お2人とも仲が宜しいのね。と、そんな事を思っていると、少し影のある微笑が近付いてきたの。
「ねえ、エルルって呼び捨てでいいのかな?」
そう囁く男性(この方は、兎々(
ga7859))は、少しだけ頬を染めて囁いて来る。
「‥‥いや、そう呼びたいんだけどね」
ついつい2度目のノックアウト――いえ、眩暈に踏み止まる。そうしなければ、あと1人、あと1人の自己紹介が聞けないものっ!
「待ちたまえ。その残る1人の自己紹介にサウル様が混ざっているのだろうか!」
甲冑姿で進み出た鎧――いえ、男性はサウル・リズメリア(
gc1031)様と仰るらしく、ウザやか――いえ、爽やかスマイルで微笑んだわ。
そう言えば、この方を数に入れ忘れていたわ。でもそれは黙っておきましょう。
「‥‥それ以前に、心の声、漏れてたかしら?」
そんな事を零していると、今度こそ残るお1人の男性が――
「初めまして。私はラルスです。君の名前を教えてくれますか? 一目で私を虜にした天使の名を、この胸に刻み込みたいのです」
そっと手を取って触れた温かな感触。陽の光を集めたかのような王子様こと、ラルス・フェルセン(
ga5133)様の口づけに、今にも倒れてしまいそうっ!
「お嬢様。皆様、お嬢様にお会いしたく集まって下さった方々ばかり。如何なさいますか?」
私は動悸膨らむ胸を抑えつつ起き上がると、改めて皆様を見たわ。
ここまで麗しい方々が揃ったのなら、やるべき事は1つ。
「勿論『らぶ☆りあ』を実行するわ」
こうして私の楽しいひと時が始まったのよ。
●サンルーム
温かな光の元、お花たちに囲まれてのティータイム。今日は更に、素敵なお客様も加わって、私の心は弾むばかり。
「今日のお茶は――え、これは‥‥」
「さあ、俺の手作り紅茶、サウル紅茶だぜ!」
サウル様が差し出した異様な紅茶(?)。色味と言い、香りと言い、嗅いだことのない匂いがして来る。
けれど折角のお茶だもの。飲まないと‥‥
そう思っていると、突然別の手がカップを攫ったの。そして――
「サウル、口を開けろ」
「ぅ? ふげええ!」
物凄い勢いでキルト様がサウル様の口に、異物を流し込んだわ。しかも、飲み終えたサウル様は、ピクピクして倒れてる。
「エルルのお茶はこっち。執事さんが淹れてくれたお茶だから大丈夫だよ」
兎々様がそう言って渡して下さったのはローズティー。確かにこれは、何時ものお茶ね。
ホッと息を吐いてカップを口に運ぶと、兎々様の声が聞こえてきたの。
「ねえ、エルルはイマとミライどっちが欲しい? もしもイマなら飛び出しちゃおうか?」
ごきゅっ。
思わず飲み込んだ紅茶に目をパチクリ。
「わ、私は‥‥その‥‥」
真正面から男性に目を見られた事など無かったからかしら。頬が熱くて、目も逸らし――
「!」
兎々様の視線から逃れるように動かした瞳。それにぶつかった視線がもう1つ。
「ラルス様、何を見て‥‥っ」
再び逸らした視線。
少し失礼だったかしら。でも、ラルス様ったら、皆様から離れた場所で私を見てらっしゃるんだもの。
恥ずかし過ぎて、私、顔がっ。
「そう言えば、エルルは何の花が好きなんだ?俺は、断然百合だな、俺の家の紋章だしよ」
何時の間に回復されたのでしょう。
サウル様が問いかける声に、追儺様が重ねて問いを向けてらっしゃいます。
「見た所、薔薇が多いか‥‥好きなのか?」
「え、ええ。薔薇は種類も豊富ですし、何よりも咲き誇る姿の美しさが好きです」
追儺様は先程から私に合わせて話をして下さってるみたい。
私の好きな物や興味のある物、そうした物を探そうとして下さっているのが伝わってくる。
「セシル様は、どのようなお花がお好きなのでしょう」
この方はどのような花を好むのでしょう。そう、問いかけたはずでしたのに‥‥
「僕はキミと居られるだけで嬉しいかな」
「え」
「花も良いけど、キミが居る、この時に、この世界に在れた事を嬉しく思うよ。キミこそが、僕の花。キミと居るだけで‥‥心が、満ちていく」
慈しむように向けられた微笑みに、ふらぁっと意識が遠退いてしまいそう。
もう、もう、駄目っ!
このままだと私が溶けてしまいそう!
「エルル嬢、甘い時に溶けてしまうにはまだ早い」
現実に引き戻す、ローズの香り。
そうだったわ。私はまだこの空間を味わいきって無いもの!
「メシア様、有難うございます」
言って、紅茶を受け取る――と、それを何かに攫われて――
「きゃあっ!」
「失礼を許して下さいね、エルル君」
突然の浮遊感に目を瞬くと、ラルス様のお顔が間近に。
彼は皆様から少し離れた場所に私を座らせると、別に用意して下さったお菓子を勧めて下さったの。
「あの、何故ここへ‥‥」
お茶なら皆様と一緒でも。
そう言おうとした私に、ラルス様の繊細な指が唇に触れる。そして――
「私はね、こう見えてヤキモチ妬きなんですよ?」
そう言うと、彼は新たな紅茶を私に勧めて微笑んだの。
●エルルの部屋
皆様とのティータイムはとても楽しくて、時間が過ぎてしまうのも忘れてしまう程。けれど、体調の事もあるし、今度は皆様を自室へお招きする事になったの。
「そうだ、エルル嬢。もし体調が良ければ、ピアノを弾いてくれるかい?」
「え‥‥」
確かに自室にはピアノがある。
けれど、私の弾く曲など皆様が聴きたいと思えるかどうか。
「音楽を嗜む者が少なくってね、飽き飽きしていたところだ」
是非とも。そう告げて下さるメシア様。勿論私は不安なまま。
そんな私の気持ちを汲んだのでしょう。
「俺もピアノが聴いてみたい。少し位、心に安らぎを求めたっていいだろう?」
優しく笑んで促して下さる追儺様。そしてメシア様と追儺様の言葉を確実にするよう、兎々様の声が響いてきたの。
「エルルの世界を聴かせて」
「私の世界‥‥」
ピアノが世界と繋がる。
そんなこと考えた事も無かったわ。
私はピアノに向かい、メシア様のリクエストでミサ曲を奏でたの。きっと皆様が期待する程、上手くなかったでしょうね。
それでも心を込めて奏でたわ。
そんな折、ふと、兎々様の悲しげな表情が目に入ったの。憂いながら、何かを想い聞き入る姿に、胸が締め付けられそうになる。
「なんだかエルルの気持ちが少し伝わってきた気がする。だからこそ、今幸せでいてもらいたい。幸せにしてあげたい」
ポツリと響いた声に、鍵盤を弾く指がずれてしまう。けれど、補う手が鍵盤を叩き、私は直ぐに持ち直したの。
「エルル嬢。こんな男が神を讃える、滑稽だろう?」
「そ、そんなことは‥‥」
仮面の向こうで笑みが零れる音がしたわ。
私の演奏を助けて下さったメシア様を滑稽と言えるかしら。それに、この方はこの後、一曲奏でて下さった。
それは――
「貴族の娘と、独りの男の愛の曲だ」
初めは奇抜な容姿で驚いてしまったけれど、今ならこの方の優しさがわかる。
「‥‥ありがとう」
素直な言葉でそう零すと、ピアノが優しい音色で答えてくれたの。
●愛の囁き
お別れは必然的に訪れるもの。
皆様が私に挨拶して下さると言うので、お1人ずつ会う事にしました。
「ミライの話がエルルとできたらそっちの方が幸せか。じゃあ、エルルは兎々さんとどんな未来を描く? 兎々さんはねぇ‥‥」
先程お話しした「イマ」と「ミライ」の話。
それをもう一度話しながら、兎々様は儚げに首を傾げる。
「んー。なんだろ? ただ一緒なら、それでいいや!」
何か吹っ切った様に顔を上げた兎々様に、ふとある思いが過る。
「手術の件、皆様ご存じなのですね」
そう、今の話と皆様の様子を見ればわかってしまうわ。
皆様がお優しいのも、きっと――
「関係ないよ」
そう言って離れて行こうとする兎々様を追おうとした時、彼の唇から言葉が漏れて‥‥
「兎々さんはエルルにとっての心臓のような存在になりたい。そうすれば全身に愛を送り続けられるから」
「!」
またね!
そう言葉を残し、部屋を去って行った兎々様に、顔面真っ赤。思わず座り込んでしまいました。
次に来て下さったのは、セシル様。
セシル様は私の手を取ると、その中に何かを置いて握らせたの。そして暖かな手で包み込んでくれた。
「キミにプレゼントがあるんだ。僕とお揃い。受け取ってくれるかな?」
そう言って開けられた手には、幸運のメダルが。
「キミの為でもあるけど、僕とお揃いだから、受け取って欲しいんだ」
穏やかな視線と共に見詰められると耳まで熱くなってしまう。それでも頷きを返すと、セシル様の手がメダルを首に下げて下さった。
「‥‥エルル‥‥僕は、キミを‥‥愛して、いるよ」
セシル様は耳元でそう囁くと、私の体を抱きしめて下さったの。
次に訪れたのは、目の前で膝を折る仮面の紳士。彼は恭しく私の手を取ると、力強く語りかけて来たわ。
「私の胸を開けてみれば心に記されているのがわかるだろう〈エルルは私の愛である〉と」
演劇を思わせる彼の声。
その声に酔っていると、メシア様から愛の歌が響いてきたわ。
真っ直ぐで、心に滲みる歌。
愛の歌を語る術を持たず、それでも何かを伝えようと奏でる声に、私は静かに目を伏せ、その音に酔い痴れたの。
「エルル、ここはアレだ。お姫様抱っこで、温室とか歩いて良いか?」
いえ、ここは温室ではなく私の部屋です。
そんなツッコミをどこへやら。
「なんつーか、その、俺が歩きてーからよ」
言って、そっぽを向いたその姿に、きゅんっと胸が高鳴ったのはココだけの秘密です。
とは言え、ここでお散歩は無理。
「サウル様、そのお心は、次の機会まで取っておいて下さい」
次には是非。そう言葉を添えると、突然サウル様の顔が近付いてきて。
ちゅっ。
「!」
「好きだ!」
額に触れた唇の感触と、手に握らされたメダル。
何もかもがチグハグで、順序も行動も伴ってない。けれど、何処となく憎めない彼の言葉に、思わず――
「っ、ふふ‥‥サウル様は面白いお方ですね。私も、嫌いではありません」
笑って、思わず頭を撫でてしまいました。
そして残るは御三方。
そう、思っていたのですが、何やら私の前には2人の男性が‥‥
「もうすぐ、成功率の低い手術を受けるんだろう? でも、俺はお前と出会えた‥‥そんな奇跡があったんだから、絶対に成功すると思ってる。戻ってくるのを待ってる」
追儺様はそう言うと、私の手を取りました。
人と人が出会う確率と言うのは、とても凄い物だと聞いた事があります。
それは数日後に控える、手術と同じくらい――いえ、それ以上に。
「戻ってきたら、お前にもう一度愛していると言うよ」
熱の篭った瞳で見詰められ、ボッと頬が上気する。そもそもこの姿、キルト様にも見られているのですが‥‥
(‥‥キルト、やれ)
追儺様が何事かを呟くと、キルト様の憂い気な目が私を捕らえました。
そして、大きな手が私の頭を撫で――
「頑張って来い。んで、コイツじゃなくて俺の元に戻って来い。そしたら俺が愛してるって、言ってやるよ」
そう言って力強く笑んだキルト様。
お2人の励ましに、私は自然と笑みが零れたのです。
最後に訪れて下さったのは、ラルス様です。
彼は私をベッドへ寝かせると、自らも添い――添い寝ですって!?
「君は、罪な人ですね」
そう言いながら髪を弄る姿が、何とも艶やかで、私、別の意味でベッドに沈みそうです。
けれどラルス様はそのような事など気にも留めず、穏やかな視線を注いでくださるのです。
「誰にも渡したくないくらい君を愛してしまいました。これ以上は愛せない程。そう‥‥神様にだって渡しはしない」
絡め取られた髪に、ラルス様の唇が触れ。
「君は必ず私の元へ帰ってくるのですよ?」
そう囁く声に、私は知らず、頷きを返していました。
こうして私の『らぶ☆りあ』は終わりを告げました。
私は後日、手術を受けます。
そして手術が無事終わったら、たった1人の王子様へ、赤い薔薇の花を贈ろうと思います。
皆様、ありがとうございました。
●終焉
エルルの家の帰り道、追儺は項垂れて半分再起不能。キルトを巻き込む事には成功したが、精神的に彼の方が堪えたようだ。
そしてそのキルトはと言うと‥‥
「ところでガング様、貴方に愛は囁けるのかしら?」
「‥‥もう囁いて来ましたが」
やはり疲労困憊の様子で、メシアの言葉に答えている。それでも何かを思い出したのだろう。
懐から白い薔薇の花を取り出すと、メシアに差し出した。
「この前のお返しだ‥‥貰いもんだけどな」
どうやら執事に頼んで1本拝借したらしい。
キルトは花をメシアに押し付ける形で手渡すと、追儺の元に駆けて行った。
そして和気あいあいと帰路に着く傭兵たちの最後尾で、兎々とセシルが仲良く手を繋いで歩いていた。
「あの子の手術上手くいくといいね」
「‥‥成功、きっとするわよね」
兎々の言葉に頷く、セシル。
そんな彼女を見て、ふと兎々の足が止まった。
「嫉妬してくれた?」
「嫉妬?」
先程までのエルルとのやり取り。それを思い返せば、嫉妬しない訳がない。
何せ2人は互いを想い合う仲なのだから――
「ねぇ、兎々さん、私の事‥‥好き? 私はね、兎々さんの事、大好きよ」
そう言って微笑んだセシルに、兎々がどう答えたか。
それは2人だけの秘密だ。