●リプレイ本文
瓦礫の中、土埃を上げて駆け行く者。
目的があって、目標があって、叶えたい願いがあって駆ける者。
全ては目に見える真実だけでなく、裏に潜む事実でもなく、非現実のそのまた先に隠された事実でもなく、まだ定められていない、見えていない未来を決める為に走る。
「私はこの先へ。あんのんのん、頼みましてよ」
ミリハナク(
gc4008)は金色に輝く髪を風に靡かせ、目の前に飛び出してきた黒の障害を見据える。が、彼女の目的はコレではない。
「さて、舞台ごと引っくり返しに行ってみようか」
駆ける者の1人、ジャック・ジェリア(
gc0672)がミリハナクを死角に置いて立ち止まる。その手に掲げられるのは、薄青色に輝く清浄の刃だ。
障害は目に見えるだけで5つ。そのどれもが漆黒を身に纏い、素早い動きで右へ左へと飛躍する。
その動きはまるで風に踊る木の葉の様。
ひらり、ひらりと、掴みどころのない動きに翻弄されそうだが、新緑と真紅に彩るジャックの目には、その動きが確かに映っていた。
「最悪3体引き付けられればいい。それで初手はクリアだ。例え全てが無駄であっても、背負った信頼に賭けてそこから先へは通せない」
上げた口角に、咥え煙草を押し上げて舌で支える。この期に及んでこれを手放さないのは、単純にそのタイミングを逃しただけ。そうしておこう。
ジャックは彼の背に肩を添えるよう立ったもう1人の男を見る。その上で刃を反すと、前髪のひと房が真珠のような輝きを放った。
直後、凄まじい存在感が彼を際立たせる。
「これは凄い」
彼の背に立った終夜・無月(
ga3084)は感心した声を零す。
それもその筈、ジャックから放たれる覇気――否、気迫とでも言うのだろうか。
全身から放たれる殺気が、強い波動となって周囲の目を惹きつけているのだ。その存在感は、仲間である無月でさえも気を惹く程。
「負けてられませんね」
そう、敵はジャックに気を取られた3体だけじゃない。この先へ向かう仲間を援護するには残る2体も如何にかしなければならないのだ。
「――聖女を護るも、聖剣の導きか‥‥」
掲げた神聖な輝きを放つ大剣。それに唇を寄せて囁く。
戦場で祈りの歌を掲げる聖女。その歌声は先程聞いた。
その歌声を絶やさぬ為に。
「参ります!」
ザッと薙いだ刃が、ステップを踏んで間合いを計る黒に近付く。勿論、無月の動きに無駄はない。
巨大な刃を己が腕の様に扱い斬り込んでゆくさまは、歴戦の戦士を思わせる。
だが攻撃は寸前で交わされた。
人をおちょくる様にクルリと回って回避する姿は挑発で無いのなら、何なのか。
1つ見舞う攻撃に、2つ余分な動きを付けて避けて行く。そこに絶えず攻撃を打ち込むが、やはり寸前の所で交わされてしまう。
「なら、これは如何でしょう」
素早く持ち替えた銃。
漆黒の輝きを持つそれを敵の額目掛けて構える。その間、攻撃に転じるまでのロスが生じるが、何てことはない。
「邪魔はさせませんわよ」
未だ無月は戦闘態勢を整えていない。にも拘わらず、銃弾が黒の頬を掠めた。
「主よ、全てあなたに託します」
如何か、お導きを――
そう囁き、メシア・ローザリア(
gb6467)が所持する、神聖色の銃が火を噴く。
攻撃は無月が攻撃に転じるまでの隙を作る。そうして銃身を構えた無月は、メシアの攻撃を避ける為に動く黒の存在にそれを向けた。
「ひとつ目のチェックメイトです」
引き金に誘われて響き渡る悲鳴。
肩を貫き、腕をもいだ激に、黒の存在から赤の飛沫が上がる。まるで枯れた大地に降る雨の様に燦々と落ちる飛沫を目に、彼等は次の攻撃に転じる。
「僕も負けてられないな」
足止めされていない敵はまだいる。
それはミリハナクが向かった先、そしてもう1つ、彼女と共にジョニーの元へ向かう影を追おうとしていた。
「僕だって力になれるんだ。こんな終わり方、きっと誰も本心では納得してない筈だから」
決意を篭め踏み出した鐘依 透(
ga6282)の足が大地を抜ける。
風の様に、雷撃の様に駆け抜けた足が砂埃を上げ急停止。そうして身を反転させると直ぐ傍に敵の顔が見えた。
「この先へは行かせない」
弧を描く様に土を掻いた刃が、間近に迫る黒を切裂く。だが手応えはない。
早さ故に出来た残像だけが切れ、彼は青く染まった瞳を眇めると、更なる一撃を見舞う。
今は未だ、単純に先に進ませなければ良い。その為の攻撃は必要だ。
「透さん、ごめん。遅れた」
「抜けられないように、援護して」
支援武器を持つ月野 現(
gc7488)が合流したならもう抜けられる心配はないだろう。案の定、この読みは正しかった。
先程までは抜けられないようにとの懸念が強かったせいで、大胆な動きに出れなかった。しかし今は違う。
「人を、道具のように使い捨てる奴を許すつもりない」
まずは、お前たちだ。
そう意気込みを見せて放つ弾。冷静に、透の後方から敵の動きを見、そこから最悪の事態を避ける場所を狙う。
ただそれだけの事が実は重要であり、戦局を大きく左右する。
その結果だろう。目に見えて敵の動きが鈍っている。
「あそこは大丈夫そうだな。っと――」
戦闘下、全ての強化人間の足が止まった。
そしてその結果を踏まえ、先程まで青い顔で踏ん張っていたキルト・ガング(gz0430)が崩れ落ちる。
それを追儺(
gc5241)の手が引き止めると、彼は眉間に皺を寄せて彼の顔を見た。
顔色はすこぶる悪い。正直、さっきまで良く闘って居たと褒めれる程に。
だが、ここで彼を誉める事はしない。
なぜなら、
「まだやる事があるだろ?」
「‥‥当然だ」
そう、キルトにはやる事がある。
全てに決着をつけ、前に進む為の儀式のようなもの。それを為す為には、ここで足を止める訳にはいかない。
「大丈夫だ、お前は戦える‥‥お前と俺が運命共同体なら、俺が戦えてお前が戦えないはずがない。そうだろう、相棒?」
「‥‥恥ずかしいこと言ってんな。けどまあ、そうだな‥‥お前に出来て、俺に出来ない訳がねえ」
立ち上がらせる為に伸びた手を、確り握って立ち上がる。
全身を駆け抜ける悪寒も、バグアに対する嫌悪感も消えない。当然、立っているのだってやっとだ。
それでも支えてくれる仲間が居ると言うのであれば、進むしかない。
支えを無駄にしない。それ位の事は出来るはずだから。
「行くか、相棒」
「おう」
●
青い空に薄ら浮かんでいた雲。そこに紛れ込む黒雲に、辺りに冷たい風が吹き込む。
舞い上がる土埃が湿気を伴い、もうじき、全てを洗う雨が降り注ぐ事を予想させる。
けれど、一度始まった闘いは終焉まで止まらない。
漆黒の強化人間5体を相手にする傍ら、それを伴うバグアことジョニーと対峙する能力者。
その中の1人が、ある事を思い付く。
そう、それがこの物語の第2の始まり。
――まだ、間に合うかもしれん。
この言葉に賛同した者は多かった。
何が、そう問われればこの先を見ればわかる。そう言うしかない。だが、敢えて答えるならば、それは「生存への希望」だ。
「眠り姫には目覚めて貰おう、か」
UNKNOWN(
ga4276)はニヒルに笑んで突出する。その後方からは、支援と、その後の戦闘の為にミリハナクは付いている。
彼等の目指す先に居るのは、ジョニー‥‥そして、戦場の悲しき鳥、シーリアだ。
「幸せというのは人それぞれですのね」
音速の中で呟かれた声。
これを拾った男は、何も答えず口角を上げる。
幸せは人それぞれ。正にそれが今の状態。
「でも私は悪を倒して皆が笑えるハッピーエンドが好きですの」
「同感だ」
漸く貰えた同意にミリハナクは艶やかに笑んで赤黒い斧を構えた。
この瞬間のジョニーとの距離は無いも同然。当然、向こうも警戒している。
腕を掴んだままのシーリアの手を引き離し、彼女の体を抱き込むようにして回避の動きを見せる。だが、爬虫類の様に眇められた瞳が、その動きを逃さない。
「ごきげんようイケメンさん。私とも遊んでいただけないかしら?」
加速する脚と、それに掛かった重力。
腕を最深まで振り下げ、両の足を踏み締める。その上でジョニーを見ると、赤い舌が唇を舐めあげた。
「腕ごと、貰うわね!」
刹那、凄まじい風が舞い上がり、ジョニーの手からシーリアが離れた――否、違う。
振り上げられた刃に向け、シーリアを突き放したのだ。
これにミリハナクとUNKNOWNが反応する。すぐさま刃を下げる為に腕の軌道を変えた彼女と、刃とジョニー、その間に割り込んで目標を奪取する彼。
攻撃は寸前の所でシーリアの皮膚を裂き、僅かに、UNKNOWNの腕も裂く。
だがこれで当初の目的は達した。
「――会うのは、初めてか。悪いが、彼女は貰って行くよ」
言うや否や、速攻で戦線を離脱したUNKNOWN。それを追うために足を動かしたジョニーだったが、案の定、と言うか、必然。ミリハナクが行く手を阻んだ。
「私とも遊んでいただけないかしら‥‥そう、言いましたわよね?」
彼女はそう言って、血色の刃を構える。
「弱い人間ハ、興味アリマセーン」
「あら、そんなこと言って良いのかしら。私、強くてよ?」
いつの間にか空を覆った黒い雲。
今にも降り出しそうな空の下、ミリハナクとジョニーが睨み合う。そして、大粒の雨が1つ大地に落ちると、彼女等は同時に飛び出した。
その頃、戦線を離脱したUNKNOWNは、雲行きから判断し、瓦礫の、それも雨を凌げる場所を探して足を止めた。
「胸を貫かれているね。せめて、心臓が傷ついていない事を願うばかりだが」
先の攻防はほぼ一瞬。
彼女の息が途絶えてから時間は立っていない。普通の人間ならば蘇生は不可能に近いだろうが、強化人間にして元能力者なら、可能性はあるはず。
「生きなさい」
傷口に手を添えて送り込む気。蘇生術を繰り出し、すぐさま錬成治療を施す。何度も、何度も、何度も。
彼女の目が覚めるまで、何度でも繰り返す。
必要であれば心肺蘇生法も併用し、携帯した医療器具も使用する。人の生、その原理を歪める行為だとしても、これを成す為に自分はここに居る。そして、成す為に仲間が手を貸してくれている。
「――」
一瞬、何かが動いた気がした。
それは降り始めた雨が見せた幻か。それとも、彼が蘇生を試みるシーリアか。
わからないが、手を止める訳にはいかない。
UNKNOWNは祈りを篭め、手を動かす。
誰もが望む、未来の為に。
●
降り続く雨が大地に溜まりを作り、若干だが動きを鈍らせる。
視界は曇り、足を取る泥も邪魔だ。それでも闘いを辞める訳にはいかない能力者達は、各々が出来る力を振り絞る。
「無事、奪還できたみたいだね」
思わず綻んだ口元を隠し、透は呟いた。
戦線を離脱するUNKNOWNの腕にはシーリアが抱かれていた。それは目標への第一歩が達成されたことを示す。
「頼もしいな」
誇らしい気持ちもあり、励まされる気持ちもあり。
透は溜まりに足を着くと、それを蹴り上げた。
上がる泥飛沫に、回避する黒。
そこに間合いを詰めるべく飛び入ると、黒の後ろに味方の姿が見えた。
「頼もしいし、だからこそ簡単に死なせる訳にはいかないよな」
「勿論」
口角を上げて笑む現。彼は照準の先に捉える黒と透を見て囁き、更に狙いを定める。
この場合の狙いは黒。
出来るだけ透の負担を軽くすべく動くのが彼の役目。本来はUNKNOWNに付いて行き、彼の護衛をするべきなのだが、綺麗に敵が二分され、彼に害がないと判断された為こちらに付いた。
「透さん!」
素早い敵の動きを防ぐように斬撃を見舞う透に現の合図が入る。
これに透が飛び退くと、間髪入れずに銃声が響いた。
凄まじい勢いで飛び散った血と、地面に落ちる腕。衝撃波相当の物だったと思われる。
だがこれで動きを止める敵ではない。
「まだ足がある。油断はできないね」
だから次は足だ。
戦闘を続ける中で徐々にだが相手の動きに慣れてきた。これならば、自分らしい闘いが出来る。
「月野君、フォローは任せたよ」
「良いよ、任された!」
快諾を受け、透の姿が消える――否、消えていない。速過ぎる動き故に、残像が残っている。
そしてその場に狙い通りに攻撃が繰り出されると、残像が本物であると錯覚させる為、現は銃を放った。
打撃を見舞ったのと同じ、もしくはそれ以上の衝撃が、敵の足を襲う。これを好機と感じた敵は、素早く第2打に踏み込む。
しかし、攻撃は不発に終わった。
いつの間にか宙に舞った体と視界。全身を打つ異様な程早い打撃に、黒の口から赤黒の血液が飛び出す。
もう勝負は決したと言って良いだろう。
白目を剥く敵に戦意は無い。
透と現は互いの目を合わすと、止めを刺すべく、それぞれの武器を構え残る一打を踏み込んだ。
敵は1体の強化人間だけではない。
先に強化人間の足を止めたジャックも、1体の存在を撃破した後、次の敵を葬ろうと動いていた。だが敵の動きはあまりに速い。
以前、一度だけ刃を交わした事があるが、動きはそれを凌駕する。前と同じと油断していたら大怪我をしていた事だろう。
しかしそんなヘマはしない。
確実に前と違う場所、そして同じ場所を探して瞳を眇める。容赦なく、敵の弱点を探る。
「初手成功。次は、役者の交代と退場を願わないとな」
次々と繰り出される蹴りや打撃。盾で封じても次にはその隙間を突いて襲い掛かってくる動きは、やはり流石と言うべきか。
とは言え、目で追えない動きではない。
強いて速さ以外の難を言うならば、
「明確な隙が出来れば楽なんだがな」
こんな所だろう。
「でしたら、わたくしが手伝いますわ」
電磁波と共に見舞われた銃撃。その2つの攻撃に敵が吹き飛んだ。
振り返った先に居るのは、金色の瞳を微笑ませるメシアだ。彼女はジャックに微笑みかけると、新たな隙を作ろうと腕を動かす。
これに頷きを向け、前方を捉えた。
メシアが間合いを作ってくれたお蔭で遣り易くなった。いま一度隙を作って貰えれば、その間に出来た間合いを消して攻撃する事も可能だろう。
「攻撃の隙は与えませんわ。わたくしを信じて下さいな」
「随分な自信家だな」
「自信とは相応の努力があって生まれるもの。違いまして?」
「いや、違わないな」
闘いを知らない子供が戦場に居た所で足手纏いだ。しかし闘いを知り、戦場を知った子供なら、足手纏いどころか貴重な戦力となる。
これまでの経験と、それを為すに相応しい力と努力があってこそ。人は闘う事が出来る。
それは自ずと自信となり、彼等、そして彼女等を動かす。
「――信じてるぞ」
ザッと駆け出した足が飛沫を上げる。
それを見届け、メシアの銃が火を噴いた。
前方から間合いを詰める為に駆け抜ける黒が、銃撃を縫うように軽やかにやってくる。しかしその動きは鈍り始めていた。
原因は動きを詠み、先へ先へと銃撃を放ち始めたメシアの攻撃だ。
彼女は自身の技術と判断力で、言葉通りの行動を成してゆく。
「流石だ」
間合いを奪取したジャックに、黒が急ぎ足を振り上げる。だが攻撃は詠めた。
盾で流すように攻撃を受け、片手に持つ刃が還される。直後、彼の腕が刃と一体になって踊り続ける脚を裂いた。
ゴキッ。
鈍い音が響き、黒が雨溜まりに落ちて行く。
飛沫を上げ、それでも片腕で突っぱねるようにして飛び上がり、逃れ、そしてまた闘おうともがく。
「悪足掻きはそこまでだ‥‥じゃあな」
脚の無い状態で逃げることなど不可能。
ジャックの声と共に切り裂かれた体が地面に落ちると、彼等は次に向かって走り出した。が、メシアの足だけが止まる。
未だ強化人間と闘う追儺とキルト、その様子がおかしい。
「っ、立て、相棒!」
ジョニーと接近した為だろうか。
一度は状態を持ち直したキルトの足が止まっている。しかも膝を着き、呼吸困難さながらの状態で蹲っているではないか。
追儺は黒の足を受け止め、キルトを庇いながら闘っている。これでは本領を発揮できない上に、下手をすれば彼すら倒れる可能性がある。
「‥‥、‥‥」
それはキルトも分かっているのだろう。
何とか動こうとするが、やはり難しい。と、その時だ。
「貴方は死なないわ。死も全て、斬り捨てなさい!」
声と共に蹴り上げられた体。
加減はされていたのだろうが、蹲った状態では転がる他ない。泥の中に落ちるように転がったキルトは、自らを蹴った人物を見上げ、若干の苦笑を見せた。
しかし、その表情が直ぐに固まる。
「シーリア様が息を吹き返したら、貴方が支えるのよ。しっかりなさい!」
「‥‥何?」
今、何と言った?
聞こえた言葉を疑うように凝らされた目。その目を見てメシアの目が瞬かれる。
「今、UNKNOWN様がシーリア様の蘇生を試みているわ‥‥ご存じなくて?」
能力者の間で交わされていた言葉。
けれど、キルトが知り得ない言葉。
もしかしたら戦闘開始前に話していたのかもしれない。それとも、バグアに気を取られている最中にだろうか。
どちらにしろ、キルトは知らなかった。
急ぎ、目を動かしてUNKNOWNとシーリアの姿を探す。その姿にバグア恐怖症の影は見えない。
「おい、どうし――‥‥何処に行くんだ!」
突如駆け出したキルトに、追儺も駆け出す。
そこに黒が迫るが知った事ではなかった。
抜刀の瞬間に断切った胴。それに合わせて上がる鮮血をその身に受けながら、脇目もふらず駆けて行く。
そしてその足が向かうのは、UNKNOWNとシーリアの居る場所。今正に息を吐き出したシーリアがいる、その場所だった。
●
黒の強化人間を前に聖剣を振り上げる無月。瞳に大粒の雨が落ちるが、そんな事は気にならない。
気になるのは眼前で戦いを挑む、敵のみ。
「動きは速い。でも、それだけか?」
女性と見紛う肢体を揺らし、彼の脚が黒の間合いに踏み込む。直後、討ち込まれる動きを刃で受け止め「やはり」と呟いた。
腕に感じる衝撃は大したことない。
見た目同様に、素早さに比例した重い一打と言うのが無いのかもしれない。とは言え、油断は禁物。
接近した敵の鳩尾を蹴り上げ、一度距離を取る。当然敵は、鳩尾への攻撃に息を詰まらせる訳だが、それで隙が生じる程安くもない。
「‥‥速さ比べと行こう」
泥濘を蹴って飛び出した白銀の髪が、白い線を引いて流れて行く。
まるで白い雲が意志を持って駆け抜ける様にも見える光景だが、流れているのは無月と言う戦士の髪。
彼は軽やかに飛び退く敵のリズムに合わせて飛び込み、聖剣の柄や刃を屈指して構える隙を与えない。加えて自身ではなく、敵の隙を作り上げられれば上出来だ。
無月は敵の速さに合わせ動く腕や足、全ての動作を徐々に早くしてゆく。崩れゆくリズムと、不調和。次第に遠くなる速度に黒の動きに挙動が浮かび始める。
「生かして済む相手でも無し、一気に蹴りをつける」
急所を外し、生き残り、油断しかけた所で攻撃されたなど冗談ではない。
やるならば一撃で仕留める。
刀身に吸収される剣の紋章。それが全て消え去る瞬間を待ち、無月の腕が吼えた。
深く、胸を抉る様に突き刺さった刃が、1回転の後に引き抜かれる。そうして崩れ落ちた存在を足元に、確かな息の音が止まっている事を確認して、歩き出した。
ほぼ同時期、ジョニーと対峙するミリハナクは、息を切らせ、全身を血塗らせて苦戦していた。
やはり、1人で全てを背負うのは苦だったのだろう。とは言え、足を着く事などしない。
「ホワット、ミーはまだ闘えマース。バーッド、ユーは難しそうデスね?」
シルクハットを指で押し上げ不敵に笑う。
その余裕を含む声に、ミリハナクは斧を大地に落して息を吐いた。片手で掻き上げた髪が、雨露を払い不思議な輝きを放つ。
その上で今一度柄を掴むと、大きく息を吸い込んで、両の足で立って斧を持ち上げた。
ズッシリと重い感触が、傷付いた腕を痺らせる。だが、悪くない。
「これで終わり‥‥そんなつまらないことしませんわ。勝負はこれからですもの」
楽しみましょう?
何処までも喰らい付く。そんな勢いで微笑んだ彼女に、ジョニーの脚がステップを踏み始める。それは強化人間達の動きに似ているが、若干違う。
確かにリズムを刻んでいるのだが、その動きは不規則。法則性の無い、テンポもない、意味の分からない音。
「‥‥惑わされませんわよ」
戦闘開始後すぐ、ジョニーはこのステップを踏み始めた。それは敵の動きを混乱させる為。
人と言うのは一定のリズムを刻んで動く癖がある。それが誰かの者ならば釣られる事もある。
ジョニーはそこに目を付け、自らのリズムに誘い込む事で相手の動きを狂わせようとしたのだ。
そしてミリハナクは初手、それに嵌った。その結果がこの怪我なのだが、怪我の原因は他にもある。
「次こそ、当てますわよ!」
射程を生かした斬撃。
モーションが大きく、隙が生じやすいのが難点だが、ジョニーを相手にするにはこれが良策。とは言え、これも些か無理のある攻撃ではあった。
何故なら――
「ポウ!」
指を鳴らしてワンターン。
その瞬間、彼を中心とした半径数メートルの間で衝撃波が走った。
これにミリハナクは斧を振り切る前に後方に退く。やはり、間合いでは敵わない。
となれば、取る手段は遠距離攻撃のみ。
瞬時に持ち替えたライフルだが、これまた大きい。構えるだけで力を要する上に、装填されている弾が少ない。
極めつけは地面に固定して撃たなければいけないと言う不便さだ。
正直、1人では撃ち切れる保証も、ジョニーに当てられる保証もない。危険な賭けであると同時に、これしかないと言う思いもある。
「やるしかありませんわね」
呟き、アンチマテリアルライフル使用を決意する彼女だったが、ジョニーは彼女が構える時を待つ気は無いようだった。
「ジ・エンドデース、ポウ!」
クルリと回って華麗にポーズ。
再び放たれた衝撃波にミリハナクは慌てて照準を合わせる。だが間に合わない。
「!」
衝撃に備え身構えた瞬間、見慣れた背が視界を覆った。
「苦戦してるな」
衝撃波が完全に途絶え、雨の中の視界が晴れる。そうして見止めた相手は、緑と赤の目をしており、その目が一瞬だけミリハナクを捉えて前を向いた。
「さっさと準備してくれよ。そう長くはもたないからな」
彼はそう言うと、改めて盾を構えて彼女の前に立った。その姿に別の声が掛かる。
「僕も、お手伝いします」
声はジョニーを挟む対面先。
敵の後方を抑えた透が、攻撃の隙を探して動いている。そんな彼の傍には、後方支援を請け負うべく、無月が2丁の銃を手に立っていた。
「援護はお任せ下さい」
言うや否や、無月の銃が吼える。
次々と繰り出される銃撃に、ジョニーは華麗にステップを踏んで避けて行く。そして4人の姿を視界に止めると、身軽な動作で何故か高速回転し、「ポウ!」と奇声を上げた。
再び衝撃波が見舞われ、透が後方に吹き飛ぶ。
それを無月が支える事で衝撃を抑えるのだが、衝撃波は次々と見舞われた。
こうなっては防戦一方になってしまう。
しかし――
「いけますわ!」
地面への固定終了。銃撃の準備が整ったと言うミリハナクに、ジャックが頷く。
「退いてろ!」
ジョニーに攻撃をさせていた面々が退き、ジャックもミリハナクの前から退く。
ジョニーの前に晒された彼女の瞳が真っ直ぐ敵を捕らえると、すぐさま引き金が引かれた。
静音――否、音はあった。
だが撃ち抜かれた瞬間、ジョニーのステップが止み、音が一瞬止んだかのような錯覚を覚えたのだ。
撃ち抜かれたのは額。
普通なら即死。勿論、噴き出す血の量からみて助からない。
しかし、彼は悪足掻きをした。
「! 動いた!?」
「ふふっ、ラストダンスにアンコールがありましたわね」
再び放たれる弾が、今度は心臓を貫く。
脚は、UNKNOWNやシーリアが要る場所に向かっている。もしかしたら、新しいヨリシロを求めたのかもしれない。
しかし、間に合わなかった。
容赦なく撃ち込まれてゆく弾に、赤の肉塊は静かに崩れ落ちた。
流れ落ちる雨と共に流れて行く、赤。
それを見詰め、能力者達は息を吐いた。終わった。これで、終わったのだ、と。
だが、まだ、終わっていなかった。
「落ち着けっ!!!」
思わぬ方角から響く怒声に、この場の全員がそちらを見る。そして思わぬものを目撃した。
●
死んだ人間を蘇生する。
普通は不可能だが、もし僅かでも心肺機能が生きていたら、死の淵から呼び戻す事は可能かもしれない。
能力者達はそう思って行動に出た。
優しく、未来を見た彼等の言動。それはキルト自身も心惹かれる物だった筈。そして生きる希望や未来を見る事、意味、多くの物を貰ったはずだった。
だが、それはここに来て崩れ落ちた。
「今すぐ止めろ!」
「何言ってんだ。俺は彼女を蘇生させる。その為に‥‥来たんだ」
蘇生法を続けるUNKNOWNに叫ぶキルト。そんな彼に立ち塞がる形で立った現は、突き付けられた刃をものともせず言い放つ。
「蘇生? ふざけるな! 良いから、そこを退け!」
「ガング様、何を仰ってるのです」
駆け付けたメシアも、そして追儺も意味が分からない。
シーリアと親しくしていた彼なら喜ぶと思っていた。なのに、何故こんなにも怒っているのか。
「本当に、わからないのか?」
怒りに震える声で問いかける。
それにはこの場の皆が固唾を呑んで頷いた。
「‥‥バグアの手を離れた強化人間が、長く生きれると思うか? 放っておけば死ぬ奴に、牢に囚われた暗い地下で、ずっと生きろって言うのか?」
バグアによる調整を受けれない強化人間は、少しずつ衰弱して死んでいく。
ならば人間に戻れば良いのではないか。
そんな意見も出るかもしれないが、彼女は人間に対し恐怖を与え、街1つを滅ぼす原因を作っている。そんな彼女が人間になれる可能性など、殆どと言って良いほどなかった。
それは結論から言って、キルトの言う様に牢に入れられたまま、死を待つという事になる。
「生きていようと、未来の無い奴に生きろって言うのか? お前らはそんな考えの奴等だったか? 良く考えろよ。今生き残っても、この怪我だぞ。長くて数週間、短くて数日で逝っちまうだろ‥‥これ以上、コイツを苦しめて如何するんだよ!」
彼等の優しさは承知している。
承知していて、触れていて、理解しているつもりだった。
でも、大事な人の苦しむ姿をまだ見ろと言うその選択には、同意を見い出せない。
それでも優しい彼等は言う。
「‥‥それでも、生きてれば何かできるはずだ」
希望を捨てない心。
そんな心を持つ人間になりたいと願った時もあった。だが、
「無理だ」
キルトは頑なに動かない現に焦れたように腕を動かす。が、刃を動かした瞬間、別の方面から鮮血が上がった。
「!」
「何してんだ、相棒‥‥牙を剥く相手が、違うんじゃねえか」
現とキルトの間に割り込んだ追儺が刀を受けて苦笑している。その姿に、一瞬正気を戻すも、不意に見えた息を吹き返すシーリアに息を呑む。
だが、息は一瞬にして途絶えた。
繰り返される蘇生法の中で、時折見える息。何度も死を迎えるその姿を見て、冷静になりかけた頭が切れた。
「止めろッ!」
振り上げた刃が、必死に延命を試みるUNKNOWNを傷付けた。
そして、間髪入れずにシーリアの胸にも、キルトの刃が落される。
もしかしたら生き返ったかもしれない命。それを断った彼に、能力者達は言葉を失った。
そして沈黙を破る様に、キルトが口を開く。
「‥‥依頼は、以上だ。お疲れさん‥‥」
言って、傷付けたUNKNOWNと追儺、その2人に「すまない」と零して踵を返す。
その背にメシアが静止の声を掛けたが、キルトは歩みを止めなかった。
これ以降、彼の消息が途絶えた。
何処に行ったのか、何をしているのか、それすらも不明。ただ後日、メシアが作ったとされるシーリアの墓に、献花が添えられていたと、報告が入った。