●リプレイ本文
晴天の空の下。
地元商店街の人たちの協力で設置した特設ステージ。勿論、周辺店舗の人たちの避難は終了しているし、一般人の立ち入りは一切禁止。
その代り、ステージを映せるようにカメラを数店設置。その様子を観戦出来るように、商店街住人の人たちや天使の園の広間にモニターを置かせて貰う周到さだ。
モニターがある場所には警備もしっかり備えており、準備は万端。後は博士を誘き出す事が出来れば、この作戦は成功となる。
――のだが、既にコレ、2テイク目だったりする。
怪人らが勢いよく襲い掛かった際、運の悪い事に怪人役の傭兵が本気で負傷してしまったのだ。
その結果、勝負はドロー。改めて撮り始めているのだが、果たしてこの調子で大丈夫なのだろうか‥‥
「ふはははは!」
ステージに響く不敵な笑い。
そこに現れた普段通りの黒い服を着た殺(
gc0726)は、腕に少女を抱える形でカメラの前に立った。
「今日こそビューティーホープ最後の日。この娘を生贄に私は勝って見せる!」
ビシッとカメラ目線で決めた彼に、モニターの前にいる子供達は大ブーイング。しかしこの声は聞こえない。
「さあ、少女を助けたくば、今すぐここに来い!」
「助けて〜、ビューティーホープ〜!」
目をうるうるさせて迫真の演技で助けを求めるこの少女は、エレナ・クルック(
ga4247)と言う。
彼女はビューティーホープ(gz0412)(以下、BH)こと、愛と面識はない。けれど愛の計画を聞き、彼女の助けになりたいと申し出てくれた。
そして今は、人質役の真っ最中だ。
「早くしないと、怪人カイージに食べられちゃうです〜〜」
「‥‥カイージ? そんな名前だったか?」
「今、考えたです」
えへっと笑う彼女に、殺は心の中で苦笑する。
ともあれ、殺こと怪人カイージは彼女を抱え上げて叫ぶ。
「さあ、食べてやるぞー!」
ふはははは!
怪人登場から人質の演出まではまだ許せる。しかしこう‥‥何かが微妙にズレている気がする。
それでも登場せねば。
「美少女戦士のみんな、よろしく頼むわよ」
颯爽とステージ袖で振り返った燕に、キョーコ・クルック(
ga4770)の口元が少しだが引き攣った。
「‥‥さすがにこの年で美少女は‥‥や、この前名乗ったけども‥‥」
「美少女戦士が少女って幻想は捨てなさい。この場合、美少女戦士と名乗ればそれで問題ないわよ」
「‥‥いや、あるだろ」
思わずツッコんだキョーコを物ともせず、燕は壇上を指差す。
「四の五の言わずに、行きなさいっ!」
ていっと背中を押して美少女戦士登場か?
いや、違った。
「「「待ちなさい!」」」
3つに重なった颯爽とした声。
それを辿る様に顔をあげたカイージと人質の少女。そしてカメラがステージの遥か上を捉える。
「燦々照りつける真夏の太陽。その中で繰り広げられる不届きな行い! 例え、もう直ぐやってくる台風太郎や全らす☆ほぷの住人が許しても、この私が許さない!」
「‥‥微妙に台詞、変わってないか?」
「まあまあ、ですよ〜」
太陽を背に口上を述べたBHにカイージと人質の少女は苦笑する。
流石に2テイク目ともなれば甘い部分も出てくるのだろうか。ともあれ、BHの登場は完了。ここであの台詞を言わなければ。
「誰だ!」
「愛と美と正義の戦士、美少女戦士ビューティーホープ! らす☆ほぷの傭兵に代わって、爆散してあげる☆」
「ビューティーホープだぁ? 小か――」
小賢しい。
そう、台詞通りに言おうとしたのだが、なんとなんと、この台詞に被さる様に台詞が響く。
「同じく、正義の戦士、メイド・ゴールド推参! 人質を取るような卑怯なやつはあたしが成敗してくれる!」
BH同様に華麗にポーズを決めたメイド・ゴールドことキョーコは、舞台上に飛び降りた。
それに合わせて、殺がアドリブを効かせる。
「なにぃ!? メイド・ゴールドだと!? それこそ小か――」
小賢しい。
この言葉、いつになったら言えるのか。
再び被せて発せられた台詞に、殺も若干めげそうになる。その様子にエレナが肩を叩くと、彼は小さく首を振って「大丈夫だ」と零したとか。
「愛の戦士、ヴァルキリー・ホープ! ただいま推参!! 愛の名の下に修正してあげる☆」
そう言えば、さっき声は3つ重なっていた。
つまり、そう言うことだ。
ヴァルキリー・ホープこと王 憐華(
ga4039)も見事に参上し、舞台は一気に賑やかになる。
この場合の美少女戦士の定義は、気にしてはいけない。ここは年齢ではなく、見た目で判断すべきなのだ。
それが、正しい大人の姿‥‥
「私達、正義の美少女戦士軍団が、貴方を成敗してあげる!」
壇上に降り立った3人の美少女戦士(?)は殺こと怪人カイージを取り囲む。
「メイド・ゴールド〜、ヴァリキリー・ホープ〜!」
エレナは興奮気味に叫んで腕を伸ばす。
しかしそれを殺が遮った。
「小賢しい、小賢しい、小賢しいッ!」
彼はそう叫んで怪人を招集しようと目論む。が、彼の見方は現れない。
だって、1テイク目で美少女戦士軍団が倒してしまったから。
「さあ、一世一代の大舞台! これで最後にするんだからっ!!」
そう言って武器を構えた美少女戦士らに、殺は若干冷や汗を伝わせる。
この距離にこの人数相手は流石に拙くないか。
「話し合えば――」
「「「話し合いは無用!」」」
綺麗にハモった声に、彼はもう遠い目だ。
そしてこの様子を特設ステージが良く見える建物の上から眺めていた漸 王零(
ga2930)は苦笑しながら、肩を竦めていた。
「まったく‥‥せっかくの休日だというのにどこに行くのかと思えば‥‥何をやってるんだか」
溜息を零して見詰める先に居るのは、自らの愛しき妻、憐華の姿。しかもその姿は何と言うか‥‥個性的だ。
とは言え、楽しそうな姿は見ていて楽しいので、邪魔をするのは憚られる。ただ気になるのは、彼女が武器を持って出かけた事だ。
ただの劇に参加するだけならそのような物は必要ないし、単純に考えて邪魔なだけだ。
敢えてリアリティを求めて、と言うのであればわからなくもないが、そう云う訳でもなさそうである。
そもそも壇上でSES兵装を装着している妻と、彼女と共に武装状態で動く少女を見ていると、単純な劇とも思えない。
「何かあるのだろうか‥‥」
そう零し、ふと視線が上がった。
「む?」
念の為にと持ってきていた小銃。それに手を伸ばした瞬間、凄まじい銃撃音が響いてきた。
「茶番はそこまで!」
響き渡るじじい‥‥いえ、老人の声。
この声に舞台上の全員が「来た!」と目を動かす。そしてそこに在ったのは、白髪に白髭の老人の姿。
優しげな相貌と白衣を纏うその姿にBHが叫ぶ。
「博士!」
そう、彼が今回の黒幕。そして彼の前に立つ黒い美少女戦士の衣装を纏うブラック・ホープ(以下、BLH)こそ黒幕を守る戦士だ。
「美少女戦士最後の闘いと言う物を見せてくれる!」
これが最終決戦。
壇上の戦士たちを含めた怪人らは、己が武器を握り締めると、BLHと博士を見据えた。
●BLHとの戦闘
「ビューティーホープ、抹消する!」
撃ち込まれる無数の銃弾と響き渡るリズムの無い声。目を向けた先に居たのは、BLHだ。
彼女は泣きそうな表情のまま突っ込んでくると、手にしているライフルと小銃から次々と弾を撃ち込んでゆく。
「あの子は、またっ」
悲痛そうな表情と戦う為だけに舞い降りた戦士に、BHが応戦に飛び出そうとする――しかし。
「ついに博士と対峙するとき来ましたね‥‥がんばってくださいね。ビューティーホープ」
BHの肩を掴んで引き止める者が2人。
憐華は彼女の前に出ると、脚部に装着した超機械に意識を向ける。何時でも、敵の攻撃の間合いに飛び込めるよう。
そして何時でも応戦できるよう、己が銃身も構える。
「――‥‥邪魔!」
ザッと踏み込んだ足。
敵の上半身が捻られ、凄まじい勢いで足が振り上げられる。そしてそのまま後方から前方へと回し蹴る勢いで足を下ろすと、敵の動きは止まった。
「ッ、相変わらず重い攻撃だね。ビューティーホープ、ヴァルキリー・ホープの言う通りだよ。きちんと決着つけてきな。なんでこんなことしたのか、あたしも興味あるしね‥‥ッ!」
そう言うと同時に押し返した足。
すぐさま砂時計型の剣を手の中で回して持ち直す。
相手は射撃の腕も、接近戦も得意な敵。厄介な上に強いとくれば油断は禁物だ。
しかも敵の数は1人ではない。もう1人、ステージ上に舞い降りた戦士がいる。
「あなたの相手は、こっちですっ!」
撃ち込まれたBHへの銃弾。それを、白衣を取り払うことで遮ると、エレナは敵とBHの間に颯爽と入り込んだ。
だが敵もそう簡単に妨害を許可する筈もない。すぐさま戦闘スタイルを変更させると、ライフルの柄を握り返して突進してきた。
ライフル自体を打撃武器として使用するつもりだろうか。一瞬にして縮まった間合いに、殺が透かさず前に出る。
元々エレナと距離が離れていなかった彼は、すぐさま敵の間合いに入る事が出来た。
双方が同時にエレナの元に辿り着く様に飛び込み、同時に手にした武器を振り薙ぐ。
ガンッ。
双方の腕に凄まじい衝撃は走った。
それでも互いの攻撃は止まらない。
BLHは弾かれたライフルはそのまま反動に任せて放置し、反対の手に持つ小銃を殺に定めた。
間髪入れずに撃ち込まれるそれに、ライトピラーの柄を弾かれた彼の頬に赤い筋が走る。それでも、それだけで済ませた。
「こっちの手下が増えた。そう、思ってたんだがね」
勿論これは彼なりの冗談。
冗談が言えるのであれば問題ないだろう。
BHはエレナの苦無を小銃で撃ち落とすBLHを見て、それからもう一度、美少女戦士たちを振り返った。
「私は‥‥」
敵を放って自分だけ別の場所へ向かっても良いのだろうか。
そう思う彼女の目に低姿勢で駆け込むBLHの姿が見えた。
キョーコや憐華の目を掻い潜り、隙を覗かせたBHへ強襲を駆けに来た彼女は、BHの寸前まで一気に距離を詰める。
そして直ぐに射撃に移れるよう手を動かした所で、彼女の足が後方に飛んだ。
1転、2転、後方へ宙返りしながら離れるそこへ撃ち込まれる弾。空から降って来たかのようなそれに、BLHの目が飛ぶ。
そこに居たのは、BHと言うよりは、憐華を庇うように立つ王零だ。
「まったく、汝――」
彼は、憐華に何かを言おうと口を開いた。だが、憐華はその言葉を自らの目で止める。
今は何も。
そう告げる瞳に、彼も言葉を呑む。
代わりにBLHへと金色に輝く刃を向け、そして憐華とキョーコに目配せをする。
「私達は大丈夫です。貴女は博士の元へ行ってください!」
「あたしらの力を見くびっちゃ困るね。行って、あんたの決着ってものを付けておいで!」
仲間の激励の声。
これにBHは決意を固めた。
博士の元へ行き、話を聞く。まずはそれからだ。
BHは大きな頷きを返すと、一気に駆け出した。
そこへBLHたちが向かおうとするが、その動きは阻まれてしまう。
「さあ、黒幕が出てきましたしここからが本番です。私たちの力を見せてあげましょう!」
憐華の声に皆が一斉に動き出した。
●
ステージ上で繰り広げられる攻防。
壁や床、そこかしこに撃ち込まれる弾丸を回避しながら、エレナは周辺の状況を把握する。
事前にステージ上の広さ、そこに置かれる備品等の位置は把握してある。それは彼女が確認した時から変わっていない。
「これなら、思うように動けそうです〜」
そう言いながら身軽に射撃を回避する。
そんな彼女が纏うのは白衣と言う清いイメージからは一転。闘う者のイメージが濃い、迷彩服だ。
そして手に嵌めるのは漆黒のガントレット。癒しの聖女から、死に招く死神の様に踏み込んでくる彼女へ、BLHも容赦なくライフル銃を見舞う。
だが、距離が近いのに如何しても当たらない。その理由はもう1人の妨害者、殺の存在がある。
「動きが鈍って来たんじゃないか?」
次々と突き入れられる刃の動きは想像を絶する。それを薄皮一枚の所で回避するBLHも凄いが、敵の動きを出来るだけ先へ先へと詠んで攻撃する彼もなかなかだ。
「ッ、何故、邪魔ばかり‥‥」
「ブラックホープさんに譲れないものがあるように、私たちにも譲れないものがあるからです〜」
「‥‥、邪魔者は、排除‥‥!」
BLHにとっての譲れないもの。それが何なのか。そこは想像しか出来ないが、1つはわかる。それは博士の言うことを聞く事。
博士の命令を受けてBHを襲撃し、抹殺することがBLHたちの使命であり、行動理念でもある。
だからこそ、その行動を阻止しようと動くエレナや殺たちは邪魔者なのだ。
「そんなの当たらないですにゃっ」
エレナは左の瞳を紅く染めて囁く。
そうして飛び込んだ敵の間合い。すぐさまガントレットを嵌めた腕を振り上げる。
だがこれは空振り。しかし攻撃はそれで納まらない。
攻撃を避ける為に出来た間合いを再び詰めて踏み込んでゆく。
決して間合いは作らせない。それが、BLHの放つ銃撃を阻む事にもなる。
確かに、その発想は良い。だが、BLHの武器は彼女が手にするライフルや小銃だけではない。
「!」
目の前に飛び込んで来た肘に、エレナは慌てて防御を謀る。しかし若干だが遅れた。
「きゃあ!」
後方に飛ばされた彼女へ、容赦なくBLHの銃口が向けられる。だが攻撃に転じる前に、それが上空へと弾き飛ばされた。
視界を横切ったエネルギーを帯びた光。これは殺の持つライトピラーの光だ。
「――、ぅ‥‥!」
腹部を強打するように打ち込まれたレーザーに、BLHが凄まじい勢いでステージの壁に激突する。それでもここで退かないのがこの敵の凄い所。
「出血が凄いですにゃ、にゃ〜!?」
傷を顧みる事無く突っ込んで来た敵に、体勢を整えたばかりのエレナが眼を見開く。
明らかに普通に動ける傷ではない。
それほどまでに殺の攻撃は深く、BLHの腹を抉っていたのだ。しかし彼女は口端から血を滲ませながらも駆けてくる。
「生半可な気持ちではダメです〜」
気合を入れなければ。
エレナはガントレットを嵌めた手を下げてBLHの動きを目で、そして感覚で追う。
そしてある一定の距離まで彼女が来ると、一気に駆け出した。
「距離を奪うです〜! 殺さん、お願いします〜!」
「了解した」
迅雷で接近した殺。
BLHの真横を走る形で近付く彼に、敵の目が向かう。その瞬間、BLHの目に動く殺の刃が見えた。
咄嗟に回避の行動に出る敵。だがこれは罠だ。
回避の行動に出た瞬間、敵の後方に回り込んだエレナがこの時を待ち望んだと言わんばかりに拳を引く。
そして、
「さよならですにゃっ!」
踏み込んだ足が床板を軋ませる。その音を耳にガントレットに付いた爪を抉る様に振り上げた。
「――――」
悲鳴にならない悲鳴が響き、BLHが上空に弾き飛ばされる形で吹き飛ぶ。
しかしその間でさえ、BLHは諦めていなかった。
手にしたライフルを殺に打ち付けようと振り上げる。だが――
「残念だが当たらない」
振り上げた足で蹴り飛ばされたライフル。
それを見詰めるBLHの目に鋭い刃が飛び込んできた。
打撃音と共にステージに伏す敵。それを目に、殺とエレナは眉を潜めて息を吐き、そして博士と対峙するBHへ目を向けた。
その頃、時を同じくしてもう1人のBLHと戦う憐華は劣勢の様子を見せ表情を歪めていた。
「やはり、一筋縄ではいかないようですね」
もう1人のBLHも戦闘能力は前と同じかそれ以上。それは仲間の戦う姿を視界端に捉えても分かる。
それはBLHが強敵であると言っているも同然。
そしてそんな相手を博士や同じBLHに合流させる訳にはいかなかった。
「メイド・ゴールド!」
「任せな、こっちだよっ!」
キョーコから放たれる覇気。これに一瞬揺らぎかけたBLHの視線が止まる。
敵はここに居る。この敵を倒さない限り前にはいけない。
そう、脳に擦りこむよう、もう一度仁王咆哮を使用する。これにBLHの意識が完全に此方を向いた。
「邪魔者は‥‥――排除する!」
ふわりと舞い上がると同時に構えられたライフル。キョーコを狙って雨の様に降り注ぐ銃弾、その流れ弾に当たらぬよう、王零は咄嗟に憐華を攫って攻撃を回避した。
「まずは‥‥肢体を奪う所からだな」
五体満足に動く手足があるから攻撃が定まらない。そう言いたげに呟いた彼へ、憐華は攻撃力強化のスキルを使用する。
これに目で礼を言って、王零は飛び出した。
まるで高速のからくり人形の様にちょこまかと動く相手に、王零の目が、足が、腕が即座に反応しては攻撃を見舞う。
だがどれも完全なダメージには繋がらない。それは王零も分かっているのだろう。
次々と新たな攻撃を繰り出しては敵の動きに対応してゆく。そしてそれを補佐するように動くキョーコは、なんとか敵の間合いに入ろうと接近を繰り返していた。
「距離さえ奪えれば!」
ライフル銃の動きだけでも封じれれば違う筈。そう信じて接近を繰り返す。
その度に敵は縦横無尽に武器だけでなく、自らの体も駆使して反撃を返してきて、キリがない。
「焦るな‥‥徐々にだが‥‥傷は増えている」
胸の内を見透かすような声にキョーコは唇を引き結んだ。焦っては敵のペースに乗せられる。
それはどんな場面でも言える事だった。
何度も繰り返す接近と遠距離の攻防。成功したかと思えば引き離され、引き離されたかと思うと接近に成功する。
いつになったらこの攻防にケリが付くのか。
そう思った時、転機が起きた。
「――――」
声にならない悲鳴が上がった。
これはもう1人のBLHが放った物だ。
「!」
今までにない反応がBLHに見えた。
一瞬だが、隙を作る様に動きを鈍らせたのだ。これが正に最大のチャンス。
「その腕‥‥貰うぞ」
「――ッ」
ライフルと共に舞った腕に、BLHの目に薄らと涙が浮かぶ。だが敵は止まらない。
逃げた腕など放っておけ。そんな勢いで王零に突っ込んでゆく。その手に握るのは小銃だ。
「その執念‥‥紛い物でも見事だ‥‥ならば我もそれに応えよう」
言葉と共に、揺れるように動いた彼の体が一瞬にしてBLHの間合いに入る。
「!」
「自由を奪うのを止めたのかい?」
攻撃を転じさせ、更なる攻めに転じた彼へ問うキョーコの声に、王零はニッと口角をあげるだけで答えを留める。
そんな彼等にはBLHの乱雑に振り撒く銃弾が降り注ぐが、傷が増える気配はない。
「‥‥どうか、戦う力を皆に‥‥」
傷が増えると降り注ぐ、拡張錬成治療の力。これを与えてくれるのは憐華だ。
彼女は皆の動き、BLHの動きを見て、力が届く場所を選んでスキルを発動させている。
形勢は一気に逆転。
無傷に近い傭兵と、腕を失い、乱雑に戦う事しか出来ない敵の一戦は、もう直ぐ決着が付こうとしている。
「そろそろその銃を放して貰おうかっ!」
キョーコの剣が武器を握るBLHの手を打った。直後、彼女の手から短銃が零れ落ち、王零が透かさず動く。
「――我が魔剣は‥‥血に餓えている」
金色の刃を電磁加速抜剣盾鞘「レールガン・天衝」に納めると、彼は一気にそれを抜き取り、BLHの体に突き入れた。
本来ならこれで終わり。
だが、
「ッ、‥‥ぅ‥‥うぅ!!」
明らかに致命傷を負い、それでもなんとか抜け出して戦おうとする敵に、キョーコの眉が寄った。
「なんだって、あんたは‥‥」
同じ美少女戦士であったかもしれない相手。
何故ここまで博士の為に出来るのか。そして何故ここまでビューティーホープを狙う事が出来るのか。
強化人間の胸中などわかる筈もない。
それでもわかるのは、この相手を楽にしてあげなければいけない、と言うことだ。
「安らかに眠りな‥‥――護剣術、龍巣!」
渾身の力を篭めて突き入れた刃。
それを一気に横に薙ぐと、突き入れたままの王零の刃と重なる感触が伝わってくる。それに目を細め、キョーコは一気にBLHの体を蹴り上げた。
この2つの刃が、敵である彼女の体から抜け落ちるように‥‥。
●
ステージを映すカメラを念入りにチェックしている博士。
戦闘は2の次と言った様子で映像処理に燃えている彼へBHが近付く。
「博士‥‥もう、終わりです」
超機械の武器を構え、博士との間合いを測る。
その気配に博士の目が上がると、彼は穏やかな表情でBHを見た。
その背後に駆け寄る仲間の姿を目にしても、彼の表情は変わらない。まるで、これが彼の本当の顔であるかのように。
「何故、こんなことを‥‥?」
「何故? 何故と君が聞くのかね?」
声は穏やかだが、若干力の篭った声に、BHを含めた皆が身構える。だが博士が構えを取る事はなかった。
ただ白衣のポケットに手を突っ込み、BHや美少女戦士の姿をした傭兵等を見る。
「美少女戦士が好きだからだよ。君とてそうだろう? そして君は美少女戦士になった」
違うかね?
そう問いかける彼に、BHは首を横に振る。
「確かに私は美少女戦士になりたかったし、なったと思ってます。でも‥‥だからって、犠牲を出して良いはずがない」
「臨場感ある、リアルな映像を撮るための犠牲ならば仕方がないだろう。本当なら、ビューティーホープは最終回で消える筈だったのだが‥‥大きな誤算だよ」
言って、ポケットから出した博士の手には小銃らしき物が握られていた。
それを目にした憐華が眉を潜める。
「あの武器‥‥普通の銃かもしれないです。非能力者の一般兵が持ってるような‥‥」
「何?」
王零は注意深く博士の手に在る銃を見た。
見た目にもただの銃。実際に確かめなければ真偽は明らかではないが、もしそれがバグア製でもSES兵器でもなく、人類圏で一般的に流通している銃だとしたら、ある可能性が出てくる。
「まさか‥‥博士はただの人間だって言うのかい?」
キョーコの声に、皆の表情が強張る。
もし博士が一般人なら、能力者である彼女等が一度でも殴れば彼は死んでしまうだろう。
「ビューティーホープ!」
美少女戦士が抵抗できない一般人を傷付け、殺した。
例え相手に罪があろうとも、そんな事になったら、このモニターの向こうにいる人たちはどう思うだろう。天使の園に居る子供達はどう思うだろう。
咄嗟に叫んだエレナの声を耳に、BHが踏み出す。
その動きは速い。
「待――」
「大丈夫だ。信じろ」
引き止める為に前へ出ようとした仲間。それを押し留めた殺がBHの動きを目で追う。
次の瞬間、博士の手に握られていた銃が空を舞った。
くるくると、孤を描いて下りて行く銃。それに紫電の鞭を振るうと、銃はさらに遠くへ飛び去った。
「‥‥博士、終わりです」
先程も言った言葉を口にする。
これに博士は大きな息を吐き、彼女等の前に手を差し出した。
「大人しくしよう‥‥だが、何故殺さなかった? ビューティーホープである君の力ならば、可能だっただろう?」
「本当は、今までの被害を思うとこんなことじゃ気持ちは納まらないです。でも‥‥私の思い描く美少女戦士は戦えない人に刃を向けたりはしない。そんな事をしたら、貴方と同じになってしまうから」
真っ直ぐ、目を見て言い放った彼女に、博士は「そうか」と声を零して、目を伏せた。
●
「改めまして〜エレナと言います〜よろしくですにゃ〜♪」
ニコニコとそう言ってBHに近付いてきたのはエレナだ。
作戦開始前、まともに挨拶する事すら出来なかった事を思い出し、改めて挨拶に来たのだ。
その律儀で可愛らしい様子にBHは笑顔で頷く。
「ビューティーホープこと、君塚愛です。よろしく、お願いします」
君塚愛。
そう名乗りながらも言葉遣いにたどたどしさが見えない。そんな彼女に燕が少しだけ誇らしげに笑っていた。
そこへ、憐華が近付いて来る。
「お疲れ様でした燕さんにBH‥‥いえ愛さん。私の名前は王憐華といいます。これからはヴァルキリー・ホープとしてではなく一人の友達としてもよろしくお願いしますね」
そう言って差し出された手。それに手を重ねたところで別の声が響く。
「で‥‥汝は我に黙って何をやってるんだ‥‥まったく‥‥少し母親になるってことを腹の中の子のことを考えてくれ」
ぽふぽふと憐華の頭を撫でながら呟く王零に、BHと燕が目を瞬く。
「え‥‥母親‥‥ですか?」
もしかして、妊婦さん!?
思わず叫びそうになるのをグッと堪えて息を呑む。考えてみれば、憐華は戦闘に関して保持に徹していたような気がする。
それでも攻撃を受ける危険性もあっただろうに。
「なんて無茶するのよ」
呆れた声を零す燕に、憐華はクスリと悪びれない笑みを零して王零を示す。
その表情は、どこか自信に満ちた、それでいて幸せそうなものだ。
「えっと‥‥こちらの人が私の愛する夫です」
聞いているこちらが恥ずかしくなるような紹介に、BHと燕がそれぞれの自己紹介をして、頭を下げる。
なんとも言えない空気だが、嫌なものではない。
「でも、これで本当に終わりなんですね。みなさん、ありがとうございました。これでもう、美少女戦士は終わり――」
「その前に、必殺技を実行しないとね?」
「そうですね。トリプルをやらないと♪」
「とりぷる‥‥?」
キョーコと憐華は顔を見合わせて笑うと、そっとBHの耳元で囁いた。
それはステージ上で、もしくは対博士用に考えていた、美少女戦士たちの必殺技。
その名前を聞いたBHの目が輝き、殺を捉えた。直後、彼の顔が強張る。
「あの、折角ですし、必殺技をやってみたいな‥‥と」
ダメ、でしょうか?
小首を傾げて頼むとか。そんな簡単な事でもないような。
それでも殺は諦めたように息を吐くと、僅かに肩を竦めて見せた。
「確かに映像的にはまだ終わってないか。ただし終わったら見せてくれると約束すること。それと、編集はそっち持ちでな?」
そう言って仕方がないと笑った彼に、BHは極上の笑顔で頷いて見せた。
「任せて下さい! では、いきます!」
「何!? 心の準備をする時間はないのか?」
「だって、折角ですから♪」
BHはキョーコと憐華と目を合わせると、頷き合い――
「これが、私達の絆の力です!」
憐華はそう叫び、自らの力でBHとキョーコの攻撃力を強化する。そしてキョーコがこの間に殺との距離を詰め、彼の胸を狙って蹴り上げた。
「ッ、おい、これ、本気ッ」
頑張って防御したが、かなり痛い――いや、痛いなんてレベルじゃない!
「「ビューティーホープ!」」
「はい、任せて下さい! いきますっ、必殺――」
「「「トリプル☆ホープ☆アタック」」」
大地を駆ける紫電の鞭が殺に直撃する。
盛大に後ろに吹き飛ばされた殺はなんとか無事だ。
エレナは急いで駆け寄ると、錬成治癒を施した。
その目は何故か輝いており、
「美少女戦士、かっこいいです〜♪」
そう言ってうっとり微笑んだ彼女に、王零は思わず「‥‥そうか?」とツッコんだとか、なんとか‥‥。