●リプレイ本文
「‥‥これは一体、何の騒ぎかしら?」
街中に響く、騒がしいくらいのざわめきと悲鳴に、紅 アリカ(
ga8708)は買い物帰りの足を止め、周囲を見回した。
「‥‥まさか、キメラが出たというの?」
逃げてくる人の数はそう多くない。だが混乱は手に取るようにわかる。
彼女は自分の手に視線を落とすと、それを握り締めた。
軋むように重い手。いつもなら何の障害もない動作が、今は不自由に感じる。
「‥‥さすがにいつもより身体が重いわ」
彼女は、前の依頼で重体を負っていた。
本来なら戦闘に参加できる体ではない。それでも彼女の足は、人々が逃げてくる方に向いていた。
「重い――でも‥‥だからと言って、黙って見ているわけにはいかないのよね」
アリカはそう言って駆け出した。
そして、そんな彼女と同じく、買い物帰りにこの騒動に遭遇していたティルヒローゼ(
ga8256)は、黒く短い髪をかき上げると息を吐き出した。
「茶葉を仕入れに来ただけだというのに、こんな事態に遭遇するとは‥‥」
そう言いながら、アリカが駆けて行った方角を見る。
「やはり島の外はまだ物騒という事か」
言って、買い物袋とは別の包みを持ち上げた。
人の背丈の以上ある包みは、彼女がLHから持ってきた物だ。
「念の為に持ってきて店員や地域住民に訝しげに見られていたコレが無駄にならなくて残念だよ――包装布に包んでも職質されたからな!」
苦笑を唇に滲ませ叫ぶと、包みを開け放った。
そこに現れたのは全長2mの槍斧鎌――ハルバートサイズだ。
彼女は槍斧鎌を一振りすると、騒動の方角を見て口角を上げた。
「さて、では突発仕事を始めようか!」
そう言った彼女の足は、既に人の波と逆に走り出していた。
時を同じくして、武器屋の前にいたフェリア(
ga9011)は、ショーウインドウに見える武器を一心不乱に見つめていた。
「国士無双より長い刀は無いですか〜?」
国士無双といえば、長さ3mほどの巨大な刀だ。それをこんな幼い女の子が扱えるとは思えないのだが、実は彼女、その国士無双の二刀流の使い手だったりする。
フェリアは意を決したように店の入り口に手を掛けると扉の向こうに行こうとした。
だが、その足が止まる。
「うおぉ、店内に入れないなぜなのだ」
ワキワキと泳ぐ手。
それを彼女に連れ回される形で同行していたアルジェ(
gb4812)が冷静に見つめていた。
「リーダー‥‥国士無双が引っ掛かってる」
淡々としたツッコミに、フェリアが目を瞬く――と、その時、彼女たちは確かに聞いた。
悲痛な少女の叫びを‥‥。
その声につられて目を向けた先で、フェリアは思わず目を見開く。
「む、痛い系‥‥ゴホッ、いたいけな少女が触手攻めに!?」
そう叫んだ彼女が目にしたのは、巨大な樹木型のキメラが美少女戦士・ビューティーホープを絡め取る姿。
ビューティーホープは動きを封じる枝を払おうともがいている。
「よし、写メ撮ってネットに‥‥とか言ってないで助けなければ!」
「‥‥そうだね、助けるのが先」
コクリと頷いたアルジェは、ゴスロリ調のSPスーツのスカートを翻すと、キメラに向き直った。
その姿にフェリアが国士無双を抜き取って差し出す。
「アルジェ殿、私の国士無双をぶん投げるのだ!」
だがアルジェはその声に無言で頷くと、むんずっとそれを、フェリアの腕ごと掴み取った。
「って、アレ? アルジェ殿? なんで私の手を取ッ――あんですとぉォォ!?」
物凄い勢いでフェリアの腕が引っ張られたかと思うと、グルンと身を一回転したアルジェの手から国士無双を含む、フェリアが投擲された。
そして国士無双ごと放られたアルジェが、キメラの直前で無残にも落ちる。
「‥‥少し、距離があったの」
呟くアルジェの声に、フェリアがピクリと指先を揺らす。
この状況下でも言わなければいけないことがある。
「とりあえず‥‥――無言実行」
「し、死すたーず‥‥」
アルジェの声にフェリアが続き、決めのポーズをとる‥‥と、そこにツッコミが入った。
「ちょっと、助けるなら普通に助けて!」
叫んだのはビューティーホープだ。
彼女は枝に取られた腕を動かすと、何とか逃れようと動く。
そこに殺(
gc0726)が駆け込んできた。
「騒ぎを聞きつけて来てみれば‥‥」
颯爽と現場に駆け込んできた彼は、現状を見ると僅かに眉を寄せてみせた。
場所は人の多い大通り。
店が軒を連ね、至る所に人々が逃げた跡がある。
「こんなところにまで入り込むなんてな」
見たところ避難は完了している様子。
だが彼の目に幼い女の子とその母親らしき人物の姿が入った。
「逃げたほうが良い」
殺は2人に近付くと、そう言葉を発して彼女たちを背に庇った。
その上で改めて樹木型のキメラを見る。
器用に動く根が足よりも複雑な動きで地を這っている。それはまるで蛸の足のようだ。
「――少し、注意を引いてみるか」
言って動かそうとした彼の足が止まった。
ゆっくり動いた顔が、電柱の上を辿る。
「‥‥何だ、アレ」
電柱の上に佇む人影。
黒いマントにシルクハット、そして顔面を隠すために着けられたチューリップをモチーフにした黒い仮面。
天から響く笑い声にキメラの注意もそちらに向いた。
「聞こえる‥‥正義を愛するハートが‥‥我輩を呼んでイル‥‥決戦のバトルフィールドに向かうノダ」
口中で呟き閉じていた目を開けた。
その目の先に居るのはビューティーホープだ。
「我が名は黒いチューリップ! 地獄に落ちても忘れるナ」
黒いチューリップこと――ラサ・ジェネシス(
gc2273)は、腕を組むと高らかに笑いキメラを見下ろした。
そこにキメラの枝が向かう。
だが、枝が触れる前に、ラサは電柱を飛び立った。
「ビューティーホープ! ユーのジャスティスしかと受け取っタ!」
言って、マントが広げられた。
僅かに隆起した腕に握られた、金色の煌びやかな剣。それが大きく振り上げられる。
「魔剣ティルフィングヨ、ワガ魂を喰らイその力を示すがヨイ!」
風を切り、重力と共に振り下ろされる刃。
バキバキと音を立てて枝が切り落とされるのだが枝は次々と伸び、ラサの身に迫る。
しかし、彼女の身に迫った枝を、巨大な鎌が切り落とした。
「間に合ったみたいね」
駆け付けたのは、ティルヒローゼだ。
彼女は器用に根元から枝を斬り落としてゆく。そしてその間に、ラサの刃がビューティーホープを掴む枝を叩いていた。
「きゃあッ!」
途端に縛る物が無くなった少女が地面に落ちてゆく。
それを傍で見ていた殺がキャッチすると、彼は迅雷を使ってキメラから距離を取った。
「ここなら大丈夫だろう。ここに居ろよ」
そう言い置いて、彼女を下ろしてキメラの元に戻ってゆく。
それを、苦い思いで見送る彼女に声が掛かった。
「‥‥大丈夫?」
目を向けた先に居たのは、アリカだ。
彼女はビューティーホープの前に立つと、紅い刀身の刀を抜き取った。
「‥‥私も無理はできないけど、貴女を守るくらいはできるわよ」
そう言った彼女の視線の先では、フェリアが起き上がり、アルジェがトレードマークの外套を広げている。
その下にあるのは無数の武器で、彼女はその中から爪と刀を装備すると、キメラに向き直った。
「‥‥役者が揃った‥‥」
この声を合図に、キメラと能力者の戦闘が本格的に始まったのだった。
●正義の戦闘
樹木型キメラは、獲物が無くなったことを怒るように、無数の枝を振り散らかしていた。
「ドコを狙ってイル!」
ラサは緑の小銃を構えると、降り掛かる攻撃を避けて、全ての弾丸をキメラに撃ち込んだ。
すると、威嚇する弾丸に隙が生じた。
そこに殺が瞬く間に斬り込んでゆく。
白銀色のレーザーが縦横無尽に枝を斬り落とし、そこに負けじと枝が迫る。
だが彼は迷いもなく忍刀を突き入れると、枝を薙ぎ倒して行った。
そしてそれはティルヒローゼも同じだ。
「キリのない枝ね」
呟き、積極的に攻撃を繰り出してゆく。
基本は鎌だが、落ちそうもなければ斧の部分を使う。
なんとも器用な立ち回りだが、武器を振るう姿は見事なものだった。
だが決め手が欠けている。
それに気付いたラサが、立ち竦んだままのビューティーホープに気付き声を上げた。
「戦うんダ、ビューティーホープ! 貴女の正義を悪のキメラに示すのデス」
その声に、ビューティーホープの顔が上がった。
キメラに捕らえられた屈辱。安全な場所にいることへの罪悪感――全てが悔しい。
そしてそんな彼女にフェリアが声をかける。
「ビューティーホープ! ボクは妖精フェリア! ボクと契約して命と魂をボクに捧げて!」
何処までが本気なのか、それとも全てが冗談なのか。
掴みきれない声に、彼女は苦笑してフェリアの頭を撫でた。
その上でキメラの近くにある、バイクに目を向ける。
「あそこに行ければ」
そう呟いた彼女の肩をアリカが叩いた。
「‥‥無理はできないけど、サポートするわよ」
本来なら危険に晒してはいけない相手。だが今は頼るしかない。
2人は頷き合うと、同時に地面を蹴った。
アリカの速さに合わせて駆けて行く。迫る枝はアリカが落として行った。
しかし重体の身で凌げる攻撃には限界がある。
だが――
「この程度の攻撃で我輩の正義が揺らぐと思うナ!」
マントを翻して枝を叩き斬った黄金の刃に、ビューティーホープの目が向かう。
マントを身代りに華麗に避けて見せるラサに、彼女は心の中で頭を下げた。
――あと少しでバイクに辿り着く。
そこまで来て再び枝の邪魔が入った。
だがこれもまた、能力者によって阻まれる。
「アルジェ殿、そちらは任せたぞ」
「‥‥わかった」
国士無双で斬り込んできたフェリアを補佐する様に、反対側から枝に斬り込んでゆくアルジェ。
息の合った2人の素早い動きに、キメラが翻弄されてゆく。
そしてその間に、彼女はバイクに辿り着いた。
「これで戦闘に‥‥――ッ、しまった!」
バイクに辿り着いた油断が隙を生んだ。
だが攻撃がビューティーホープに触れることは無かった。
「危機一髪ね」
太い枝を幹から一刀両断したティルヒローゼが口角を上げて見せる。
そうして踏み込みを深くすると、彼女を包む漆黒と濃紺のオーラが大きくなった。
「攻撃は最大の防御――喰らいなさい!」
武器に赤い光が纏い、彼女の腕にオーラが収束されてゆく。
そして凄まじい勢いで彼女の武器、ハルバートサイズが迫る枝を叩き斬った。
「ビューティーホープ、行きなさい!」
皆が加える攻撃のお蔭で枝の攻撃が分散して道が出来ている。
ここを抜ければキメラに直接攻撃が出来る筈。
ビューティーホープはAU−KVを纏うと、足に紫の電流を纏い一気に駆け出した。
そこに同じ速度の味方が迫る。
「留まっているように言ったはずなんだが」
そう言いながらスピードと武器の力を合わせた攻撃で、殺が抵抗を見せる枝を叩き斬った。
残り僅かでキメラに到達する――そこまできて太い枝が迫る。それを、遠心力を使って回転した殺の刀が叩き斬った。
そして、間近に迫った胴体に白銀色のレーザーと彼の持つ刀が叩き込まれると、キメラの身が揺らいだ。
「今だ!」
「みんなの想いを力に変えて、今あなたを爆散する――ビューティー・ラブウィーップ☆」
AU−KV全体が紫の光に包まれ、次の瞬間彼女の手から凄まじい電流が放たれた。
それがキメラ本体に直撃し、樹木型のキメラが大きくよろける。
ドドーンッ☆
綺麗に横倒したキメラが、粉塵を上げる。
だがこれで終わりではない。
近くで攻撃の機会を伺っていたフェリアが名乗りを上げた。
剣の紋章が彼女の武器に光を与える。
そして――
「国士無双十文字斬りーッ!」
光の軌跡を描きキメラに叩き込まれた一撃。
それは倒れたままのキメラに直撃した。
メキメキと軋みながら割れてゆく幹。そして全体にまでその罅が行き渡ると、最後まで動いていた枝が地面に落ちた。
●大団円
「正直、助かったわ。ありがとう」
ビューティーホープはそう言うと、全員に握手を求めた。
その上で皆の名前を聞いたのだが、アルジェだけは「通りすがりのSPだ」と言葉を返した。
その声に苦笑しながら、彼女は自らの手を握り締める。
「次こそは、自分の力で悪を打ち砕いて見せる」
新たな決意――それを口にしたところで、殺が声をかけた。
「正義の味方も良いけど、理想に溺れて自分を蔑ろにするなよ。ただでさえ自分を犠牲にしたがるヤツが多いからな」
これは彼なりの優しさだ。
だがその言葉に眉を上げると、ビューティーホープは声を荒げたように口を開いた。
「私は理想の為に闘う訳では――」
「あなたの活躍で1人の少女が助けられた。それでいいじゃないですか」
宥めるようにフェリアが言う。
その言葉に彼女の口が閉ざされた。
「強くなるために努力するのはいいこと、でも使い方、間違えない様に」
そうフェリアの言葉をアルジェが捕捉すると、ビューティーホープの前に一枚の名刺が差し出された。
「鍛えて欲しかったら、ここに連絡するといい‥‥アルは、厳しいから‥‥覚悟の上で」
そう言ってフッと笑った少女に、彼女は微かに笑んでその名刺を受け取った。
そしてふとその目を周囲に向ける。
「そう言えば、黒いチューリップは‥‥?」
戦闘中は確かにいたはずの相手がいない。
その事に彼女の目が瞬かれる。
そこに探している筈の相手の声が響いた。
「よくやった! ビューティーホープ! また会おう!」
高笑いと共に遠ざかってゆく声。
あくまで正体をバラすつもりはないらしい。
そんな彼女に正義を感じた彼女もまた、覚醒状態が切れる前に姿を消すことを決めていた。
「では私もこれで‥‥また、いつかどこかで」
そう言ってバイクに跨ると、彼女は颯爽と去って行った。
そしてその姿を見送っていた、フェリアが思い出したように声を上げる。
「捕まった時の画像は電子の海に流しますので4649☆」
既に姿を消したビューティーホープに向かって放たれた一言。
これに対し、「ふざけるなーッ!」という叫びが、街の中に響いたとか‥‥。
そしてティルヒローゼは、綺麗に残骸として残ったキメラの遺体を見て苦笑していた。
「伐採とかの後始末を軽くしておこうか。そうそう、軍でもULTでも良いから、ちゃんと片付けを依頼する様にも言い置いておかないとね」
そう言って、相棒を振り上げる。そこにアリカが声をかけた。
その手には刀が握られている。
「‥‥お手伝いします」
微かに笑んで見せる彼女に、ティルヒローゼは僅かに迷った。
だがすぐに頷いて見せる。
「重体なんだから、無理しないように」
そう言い添えて、2人は少しの間、キメラの残骸を伐採しに掛かったのだった。