タイトル:【極北】春はまだ遠いマスター:敦賀イコ

シナリオ形態: ショート
難易度: 難しい
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2011/04/15 18:36

●オープニング本文



「アンジーさんはお亡くなりになりました」
 傭兵達との交戦によりアンジーが斃れたその日、春遠 朱螺(gz0367)はアストレアの私室を訪ねていた。
 恐らくは、と予測し、既に覚悟をしていたアストレア(gz0377)は動揺を表に出すことなく、淡々とうなずいた。
 ベルサリアとロウ、ガウルについても続けて聞かされたアストレアは、何事かを決意したように拳を硬く握り締める。
「もし、あなたが望むなら」
 春遠がそんなアストレアへと手を差し伸べた。
 どこへなりとも連れて行く、と語る掌を前にアストレアは小さく頭を振る。

 仲間が全てだった。それは今でも変わらない。仲間が消えていった今でも。

 アストレアが目にすることのできた記録に残されていた仲間達の最期、結末は決して、彼らが望むものではなかったかもしれない。
 だが、望むとおりに生きられる人間など極少数でしかない。
 大概はわけのわからないものを押し付けられて、わけのわからないまま生きて行くしかないのだ。
『人生や運命などは自分で切り拓いて行くもの』だと、よく言われる事だが、選択の余地も無ければ自分の意思も関係ない状況というものは往々にしてあるものだ。

 自らが置かれた状況の中で、精一杯生き、殉じた仲間達。
 そこから逃げることは彼らを否定し、侮辱することになる。

「わたしは、ハーモニウムの生徒会長です」

 胸を張り、毅然した態度で顔を上げたアストレア。
 春遠は差し出した手をスラックスのポケットに収めると、穏やかに満足そうに微笑んだ。

「あなたのその決意と誇りが汚されないことを祈ります」




 氷原の丘、見下ろす先にUPC軍基地。
 中折れ帽にトレンチコート、手には革のトランクといった旅装の春遠は、過日に別れを告げたアストレアはどうしただろうかと、ほんの少し考えていた。

 グリーンランド南部。
 チューレ基地を目標として北上するグリーンランドのUPC軍とゴットホープとの間に入り込んだ春遠は、沿岸に点在する難民村、いくつかの町をキメラに襲わせ、そこに住んでいた人間を手近なUPC軍基地へと追い立てさせた。

 当然のようにUPC軍基地の前には黒山の人だかりが出来る。
 当初は作戦行動中であることを理由に基地の門は閉ざされていたが、すぐに開門された。
 人はものを食べ眠らなくては生きてゆけない。そして寒さにさらされ続ければ死ぬ。
 フェンス一枚を隔て目の前にいる人間が成す術も無く死んで行くのを看過できるほど、軍人達は冷酷ではなかった。
 しかし、現実は厳しい。
 難民化した人々を受け入れたはいいものの、支援のための人員や居住スペースを割り当てなければならなかったし、必要とされる物資食料医療品も心もとない。
 人員の配置も輸送計画も計算の上綿密に立てられたものであり、予想外の状況に対応できるほどの柔軟性があるとは言い難った。
 ましてや、極寒の北極圏。この地において自力で調達できるものといえば雪と氷しかない。

「……キメラは散会させた」
「あ、はい。ご苦労様です」
 大鋏を手にした黒衣の男、レイ・C・シス(gz0312)の声に物思いを中断し、振り向く春遠。
「こうして敵陣の消耗を早める、というのは古来よりの手でしてね。基地に入り込んだ人間が伝染病を患っていればさらに効果的なんですが」
「……無価値。あのような基地など、あなたならすぐに攻め落とせるだろうに」
 シスは興味が無いといった風に息をついた。
「そりゃそうですけれど。そもそもあの基地を攻め落としたところで大した意味は無いんですよ」
 ならばなぜ、という怪訝そうな視線を受けた春遠は笑顔で答える。
「──嫌がらせに決まってるじゃないですか」


 それから三日後、早くも基地が疲弊してきた。
 前線への物資中継としての機能を持たされていた基地である。当たり前のことだが前線への物資供給を途絶えさせるわけには行かない。
 機能維持をする。難民支援をする。その二つのことを同時に行うにはあまりにも余力が無かった。
 難民を早急に後方へと移送するべきだったが、飢えと寒さに疲労し衰弱した人々が寒中の移送に耐えられるとは思われなかったうえに、移送には護衛が必要となる。キメラが活発に活動している今、そのために基地の防衛戦力を割くことは出来なかった。
 消耗に耐えながら、ゴットホープからの援軍到着を待つしかなかったのだ。

 四日目の朝、門前で歩哨に立った兵士は地吹雪の中を歩いてやってくる男の姿を目にした。
「どーも。おはようございます」
 斜めに被った中折れ帽を軽く持ち上げ、朗らかな笑顔で挨拶を送る男に、能力者の援軍が来たかと兵士は安堵の表情を浮かべる。
 男はそのまま門へと近づき、小石ほどの大きさの塊を親指で弾いた。
 弾かれ、まっすぐに飛んだそれは門にぶつかり、爆発を起こす。
「……なっ…!」
「はい、敵襲ですよ」
 咄嗟に対応できず、立ち尽くした兵士に向かって男……春遠は笑いかけた。

 異変にサイレンが鳴り響く。
 襲撃の一報に兵士達が武器を手に取り、配置に就く。

 春遠は悠然と、爆破した正門から基地に入り、兵士達にはまるきり目もくれず、歩きながら構造物を狙い指弾を飛ばしていった。
 周到なことに、車両などの通行を阻害するように道路、地面にもダメージを与えている。

 これ以上の蹂躙は許さない、と勇敢な兵士達が銃を手に春遠の前へと立ち塞がった。
「ひ、一人でどうにかなると思っているのか!?」
 歩を止めた春遠は、超小型の榴弾を手の中で弄びながらにこやかな表情を浮かべる。
「いやいや、今日は折角ですんでね」
 掌で跳ね上げた榴弾を両手の指の間に挟み取ると、手首のスナップを利かせて一気に全てを投げ放つ。
「もう一人来ています」
 兵士達の頬を掠めすり抜けていった榴弾が次々に爆発を引き起こしていった。



●参加者一覧

狭間 久志(ga9021
31歳・♂・PN
瑞姫・イェーガー(ga9347
23歳・♀・AA
セレスタ・レネンティア(gb1731
23歳・♀・AA
狐月 銀子(gb2552
20歳・♀・HD
杠葉 凛生(gb6638
50歳・♂・JG
サウル・リズメリア(gc1031
21歳・♂・AA
ラナ・ヴェクサー(gc1748
19歳・♀・PN
レインウォーカー(gc2524
24歳・♂・PN

●リプレイ本文


「攻撃?こんな時に‥!」
 セレスタ・レネンティア(gb1731)は暖炉の傍で乾かしていた防寒着に再び袖を通し、居住棟から走り出る。
 バイクの点検をしていた瑞姫・イェーガー(ga9347)はエンジンを始動させ、いつでも発進できるように支度を整えて待っていた。
「行こう‥そして絶対生きて帰ろう」
 火の手が上がる倉庫へと、初期消火に向かう二人。
 杠葉 凛生(gb6638)は、指令棟にいる兵士に敵ではなく基地の施設保持、ダメージコントロールを優先させるように伝え、自らは指令棟・居住棟周辺の警戒に就いた。
 また、消火設備の場所を聞き、セレスタとミズキに無線を通じて連絡を行う。
 セレスタは凛生から伝え聞いた基地の消火設備を用い、ミズキは杭打機で倉庫を内側に倒れる様に破壊し延焼を食い止めようと積極的に動く。そこへと兵士が合流し、速やかな鎮火に成功した。
 あとは自分たちが対処する、と申し出た兵士にその場を任せ、二人は居住棟へと引き返す。
「いくら強いとはいえ、正面から一人で現れるというのはどこか不自然です。二次襲撃があるかもしれません」
 正面を陽動と考えれば、当然、手薄となった裏手を狙い敵が現れるはずだとセレスタは予測する。裏手に当たる位置には避難民が収容されている居住棟がある。
 彼女らはそちらへと向かい、周辺の警戒と同時に恐慌状態に陥りつつあった難民を落ち着けるように努めた。



 襲撃者の下へと向かう狐月 銀子(gb2552)、レインウォーカー(gc2524
 銀子はレインウォーカーにとある強化人間について語る。『意思』という言葉に揺れていた事。説得ではなく本人の意思が動くまでの時間を与えたかった事。
「ま‥あの子を殺した事は否定できないけどね‥」
 そしてそれを自身が奪ってしまった後悔。傭兵業の退陣も考慮しているほど、彼女の心情はやや不安定であった。

 襲撃者である春遠は基地防衛の兵士達を前に悠然と立っている。二人の傭兵の姿を見止めてなお、余裕であった。
「逃げ出そうと思ったけど、顔を見て少し元気が出たわ」
「貴女とは初対面だと思いましたが?」
 銀子の言葉に春遠が首を傾げる。実際、直に顔を合わせたことは無かった。
「ふざけないで! 他人の命を賭けて人を試す権利は誰にも無いのよ!」
 眦を吊り上げる銀子に春遠は微かに眉を顰め、目を細める。
 確かに春遠はハーモニウムの少女の面倒を見ていた。だが、指示を出したのは二度までであり、銀子が問題にしているだろう一件に於いて、春遠は何もしていない。出撃も行動も全て、少女の意思だった。それを否定するような言い様が春遠には不快だった。少女を殺害することになったのは『春遠のせい』である。銀子はそう思いたいのだろう。自らの意思で行動したのにも拘らず、その結果と責任、少女の死から目を逸らしたいのだろう、と。
「アンジーは自分の意思で行動したのかぁ?」
 肯定を示した春遠にレインウォーカーは笑みを浮かべた。
「そうか。ちゃんと宿題をやって来たんだねぇ。自分の意思を持ったアイツと、戦ってみたかったよぉ」
 驚愕する銀子の視線を受け、肩を竦める。
「自分勝手なおかしな男と思ってくれて構わない。ボクは、道化だからねぇ」
 コートのポケットに手を入れたまま春遠が薄く笑う。その酷薄な笑みに銀子が逆上する。
「あたしの正義はこの手と、アンタの存在を認めない!」
 少女を殺めてしまった自分の手が二度と拭えないとしても、運命を弄んだ者は許さない。後戻りはできずとも、その意思まで穢されたくは無い。
 激情を隠そうともせず、銀子は駆けた。
「前に聞いたな、覚悟はあるかって。勿論あるさ。それにボクは忘れないよ、アイツの事を。それもボクの覚悟だぁ」
 鯉口を切ったレインウォーカーもすかさず駆ける。瞬間に輝いた翼の紋章。鋭刃を発動させながら、身体を地面と平行方向に回転させる。
「嗤え」
「他人様の人生弄んで笑ってんじゃないわよ!」
 竜の翼でレインウォーカーとは逆方向に走りこんでいた銀子が【OR】ファルクローを振りかぶる。
 ほぼ同時に繰り出される攻撃。
 挟撃は成功した。
「!?」
 だが。
 銀子とレインウォーカーの武器が貫いたもの。
 それはUPCの兵士だった。
 春遠は退避していなかった兵士を攻撃の矢面に引きずり出していた。兵士に退避が呼びかけられていない状況、傭兵の目から一人を隠すように立ち、攻撃が来ればすぐに引きずり出せるように位置取っていたのだ。


「考えていなかったとは言わせませんよ。貴方達は『誰かを簡単に殺せる』力と武器を持って敵と戦っている。倒している。望む望まないに関わらず貴方達には常に『誰かを殺す』可能性が付き纏っている。それを知らなかったとは言わせませんよ」


 息絶えた兵士が崩れ落ちると同時、春遠が動く。
 即座に危険を察知したレインウォーカーが夜刀神を宙に固定し、それを支点としてアクロバティックな動きで攻撃の回避を行うが、指弾がそれを追う。
 レインウォーカーは腕一本は覚悟の上、とエミタの埋め込まれていない左腕を突き出し盾とした。
「──ッ!」
 カバーしようと銀子が動くが榴弾に襲われる。AUKVが淡く光を纏い、緑に輝いた龍の紋章がダメージを軽減しようと働くものの、それだけで足りるものではなかった。
 春遠は中折れ帽を被りなおすと倒れた二人を尻目に、ゆったりと歩き出す。
「‥やっぱり、かぁ‥ボクらはお前に『敵』と認められてない、わけ、だぁ」
 息も絶え絶えに搾り出したレインウォーカーの声は爆発音に飲み込まれた。

 指令棟付近にいた凛生が新たに生じた爆発に気をとられたその一瞬に、黒い影が裏門を越え基地内へと飛び込んできた。
 黒衣に特徴的な大鋏。
「レイ、C・シス!」
 即座に無線を手にし、襲撃を仲間に伝える。
 シスは凛生の姿を見止めるや否や目の色を変え、鋏を手に地を蹴った。
「下郎ッ、まだ生きていたか!」
 大上段から振り下ろされた鋏を大盾で防いた凛生の両足が舗装を割り沈みこむ。見た目以上に重過ぎる一撃に低く呻く。
「そう簡単に、死ねはしない‥っ」

「二次襲撃!?」
「ギィヒヒ、あいづ、が、ぐる」
 一報を受け、セレスタはミズキに向き直るが、彼女は狂ったような形相で笑みを浮かべ中空を見つめていた。




 救援に駆けつけた狭間 久志(ga9021)、サウル・リズメリア(gc1031)、ラナ・ヴェクサー(gc1748)らは原形を留めていない正門を通過し、車両を走らせる。

 ラナは司令部と難民の救助を最重要とし、敵増援の懸念があることからあえて襲撃地点を避け、基地を見回るようにバイクを走らせる。
 火災が発生している現状を目の当たりにし、場合によっては消火に当たる必要があるのではないかと考えていたが、兵士によるダメージコントロールが機能していることを確認し、襲撃への対応を行うことを決定する。
 まるきり平静そのものに見える彼女だったが、実のところ精神不安を抱えている。そのため、守るべきものを守るため、機械のように怪我を恐れず、死を恐れず敵を殲滅しなくてはならない、と予め自己暗示をかけていた。

 久志とサウルも指令棟を目指す。
 非戦闘員の退避と保護、状況監視など、軍の協力を得て、事態に流動的に対応できるようにすることを久志は考えていた。
(自分が傲慢なのか薄情なのか‥。遅すぎたとしても、ただそれだけで終わらせない為に‥)
 サウルは基地を放棄しGHへの退避を勧めようとしていた。自分達で時間を稼ぎ、その間に非能力者を安全圏まで退避させられれば、と。

 だが、久志とサウルは途中で停車させた。
 目にしたのは倒れた仲間二人と、一人の男の姿。

 倒れた仲間の傍にいた春遠目掛け、迅雷の如き鋭どさをもって切り込んだ久志は、二の太刀の間合いを計りながら月詠の柄を握り直した。
「最初から僕に覚悟があれば、非難にも、責任を負う事にも逃げずにいられたら、あの子が死ぬ必要はなかったのかも知れない。‥ハーモニウムの後ろに居たあんた達の『嫌がらせ』なら僕はそれに付き合わなきゃいかん人間なんだと思う」
 春遠は軽く首を横に振る。
「先ほどの女性といい、あなたといい‥。私は確かにハーモニウムの少女に助力はしましたが、それ以外で何一つ関係ありません。それに私が彼女らの意趣返しのために今日この場に来たと? まさか。私は私の仁義で『嫌がらせ』に来ただけです」
 その言葉が終わらぬうちに銃撃が浴びせられる。
 銀子とレインウォーカーへ蘇生術を施し終えたサウルの小銃「S−01」の銃口が春遠に向けられていた。
「うざってぇ、とっとと帰れ! 子羊(人間)にも矜持があるしよ。口先だけの神(バグア)より素直なもんでなぁ!」
 皮肉交え、とびきりの笑顔で言い放つサウル。汚い言葉は縁担ぎのようなものであった。
「兵あらざる将、将なかりけり。Merde!」
「あなたは兵ですらない」
 春遠はサウルに一瞥もくれず、指弾を放つ。
 久志が倒れた仲間や施設から春遠を遠ざけようと、果敢に接近戦を挑む。
「同じ事は繰り返さない、その覚悟を示す為にここに来たんだ」
 決意を口にする久志。銀子にちらりと目線を向ける。彼女も決意を持ってここに居る筈なのだと。
 裂帛の気合と共に振るわれる刃。並みのキメラ、並みのバグアであれば瞬時に両断されていてもおかしくなかったが、春遠はのらりくらりと切っ先をかわす。
 掴みどころの無い動きに久志はペースを握ることが出来なかったが焦らずに、粘り強く攻撃を繰り出す。腰に佩いた拳銃には既に貫通弾が装填してあり、隙を抉じ開ける奥の手として使う心積もりがあった。
「残りのハーモニウムが戦いの中でただ無意味に死んで終わってしまうような形にはさせない、僕の存在を賭けてだ!」
 拳銃を抜き引き金に指をかける。
「他人の生死を『何でもって』意味無意味と区別するつもりですか」
 しかし、それよりも春遠が早かった。
「そもそも、死とは絶対的な無であり消失である。生命活動と精神思考の終焉。そこに意味など生じる筈が無い」
 榴弾の爆発に倒れる久志。
「もし、意味などがあるとしたら、それは生き残った者が勝手に作り上げた思い込みと自己満足だ。違いますか。違いますか?」




 鋏の刃が火花と耳障りな音を立てて盾の表面を抉り削る。
 大鋏は厄介なことこの上なかった。形状から扱いに隙が生じそうなものであったが、シスはそれを微塵も見せない。
 これまでに幾度か対峙してきた凛生だからこそ、これに対応できていた。さらに兵士や難民から注意を引き離すことにも成功していた。

 大きく開いた鋏を引くシス目掛けて凛生が銃弾を打ち込む。シスは横に回避しながら五本の銀針を投擲。景色に紛れ視認が困難である細い針。瞬間的に盾で弾いたものの、そのうちの一本を肩に受け凛生は顔を歪める。
 感じているのは肉体の痛みだけではない。
「なぜ、お前がのうのうと生きている!」
(あれは俺だ。シス‥哀れな我が写し身)
 激しい憎悪を隠すことも無いシスの姿に凛生は身の内深く抑圧した感情を否応無く掻き乱されていた。
 己の過去から自責の念に苛まれていた凛生は、募る痛みを忘れるため思考を麻痺させ、バグアに復讐することで、感情を振り切ろうとしていた。それを不毛と知りながら目を逸らし、止めることができずにいた。そして、その延長線上でシスから大切なものを奪い、憎しみを植え付けてしまった。
 凛生にはシスの心情が手に取るようにわかった。わかってしまえた。
(復讐は、どこまでやれば遂げられるというのか)
 答えの出ない自問を繰り返す。一時、赦しとなり救いとなるであろう死を求めたこともあった。だが、それを否定され思い惑う。
 再び迫る鋏を銃で撃ち落し、軌道を逸らす。
 バグアとは戦い、殺し合う意外に道は無い。現にこうして武器を手に戦っている。だが、それでも。凛生は痛苦をどうしたら取り除けるのかを思わずにはいられなかった。自らの命1つで解決できるならば、とすら思ったが、それで喪失感が埋まらないことを凛生自身が一番承知している。
 横なぎに振るわれた鋏を盾で受け止め、競合う凛生の口から声が漏れる。
「教えてくれ‥どうしたらいいのかを」
「何を言っている‥っ」
「どうしたら終りに出来る! お前も、俺も!」
「貴様は何を言っている──!?」
 銃撃。
 まったくの別方向から飛来した弾丸。セレスタは空になった弾倉を捨て貫通弾を装填すると再び銃を構える。
 退いたシス目掛けて大太刀を肩に担いだミズキが走りこむ。攻撃の残像を曳きながら、目にも留まらない連続攻撃が繰り出される。
 後続のラナが注意を拡散させることを狙い、シスの顔や急所目掛けてナイフを投擲。
「小うるさい下郎が!」
 FFでナイフを弾いたシスが仕返しとばかりに針を投げる。細心の警戒を行っていたラナは飛来した針を身を翻して避け、美しく煌く緋色の爪で叩き落とした。
 凛生の言に揺さぶられ、連携攻撃に圧され、シスがあからさまに苛立つ。
 これを好機とセレスタの援護射撃を受けながら、ミズキが再び切り込んだ。
 太刀筋を予測させないように出鱈目に刃を振るいながら、隙を作らないようにと考えて動くミズキであったが、それ自体が矛盾していた。矛盾は綻びを生む。シスはそれを見逃すほど甘くはない。剣撃を回避するなり一閃。鋏を振るう。
 ミズキは迫る刃を避けようとしたがそれでも深手を負った。恐怖と痛みの記憶で白髪化した彼女は倒れもがく。
「ぼ、ぼぐあじぬもんが、らりろごじだごども゛だいぜづらびどもいるんだ」
「ミズキっ!」
 追撃を防ごうとセレスタがシスの足元を掃射する。
 波状攻撃になるよう図っていたラナは、その間に瞬天足で移動しシスの背後をとっていた。急速接近、心臓部を狙い機械剣を突き入れる。
 十字型に一瞬射出された超圧縮レーザーが黒衣を切り裂く。
 超常的な反応で急所こそ避けたが、シスは大きなダメージを受けていた。畳み掛けるのは今だとシスを囲む四人。だがその時、彼らの目の前で司令棟が爆破炎上する。
「もういいでしょう。目的は達成しました」
 傭兵達がシスにひきつけられているその間に春遠は指令棟へと乗り込み、襲撃していた。
 炎を背に微笑み訊ねる。
「私共はこれにて失礼しますが‥?」
 四人は警戒こそ解かないものの、武器を向けるようなことはしなかった。
「賢明な判断です」
 シスは怒りに貌を歪ませていたが、春遠に目線で制され渋々と姿を消す。
 春遠は中折れ帽を軽く持ち上げ会釈の後に消えていった。


 襲撃者が去り、戦闘が終了した。
 自己暗示を解除し、一先ず目に見える範囲での被害状況を確認したラナは、今後の戦闘の事を考え嘆息を漏らす。
(この先、戦域を支えられるか‥‥)
 指令棟を失ってしまったが、居住棟や他の施設を残すことは出来た。
 まるきりゼロではないことをよしとする他無かった。