●リプレイ本文
● 一
風は野を縦横無尽に抜けてゆく。
南中時の陽を背に、高速艇は現場へと辿り着いた。火急を要するこの依頼に就いた8名もまた、それぞれに想いを灯していた。
「ヒトと町を護る。‥‥今回はそれに加えて歴史、かな」
鉄 迅(
ga6843)は一言々を噛み締めるように呟くと、右の掌を硬く握り締める。件の大風車は、ヒトと町、そしてそれ以外の何かを背負っていると感じていた。
「大事な風車をキメラに壊されるわけにはいかないね。なんとか守り抜きたいところだ」
サングラスを擡げながら木場・純平(
ga3277)が独白する。彼もまた、大風車という存在が及ぼす影響というものを想見していた。
「攻めるよりも何かを守るほうが性に合っている。全力を出させていただこう」
木場はグローブに包んだ手をひとつ強く握り締める。その様子を見ていた鉄は、右の拳を逆の掌に包み合わせる。
「なるほど、風との対決から共存だねェー。良い話なんだよー。任せておきたまェー! 何となれば、我らはラストホープなのだからねェー」
抑揚の少ない声でそう話す獄門・Y・グナイゼナウ(
ga1166)の表情は硬い。しかし、それは緊張によるものではなく、地に近いカタチのもののようである。
「まずは、敵の様子について、説明を頂きたいのだけどねェー」
獄門は席を立ち上がると、パイロットに向かって質問を投げる。それに気づいたパイロットは点検作業を中断して彼女のほうへ向き直った。
「キメラの数とか種類、後は来る方角だよー」
「はい‥‥軍の知るところでは、敵は狼が12体、恐竜が3体だそうです。狼は野生のものと変わらないサイズで、恐竜はスピードの無い、二足歩行の所謂肉食竜型です。方角は‥‥西からです」
「成程な。‥‥了解だ」
木場はそれを聞き、周囲へ確認を取ると共にタラップへと足を進めた。皆がそれに続く中、瓜生 巴(
ga5119)の歩は他と微かに異なるように見えたものの、彼女すらそれを気に留めることは無かった。
止むことを知らない風の中、8名は今回守るべき対象の大風車の下へと到達した。
「さて、と。恐竜が相手だろうと斬り倒して終わらせるだけ。風車を倒されるわけにはいかないんだよね」
東雲 凪(
gb5917)は淡々と、自身がナイトメアと呼ぶ夜闇のような黒に包まれたAU−KVの最終的なチェックを行っている。その隣で、ふとクラリア・レスタント(
gb4258)が改めて風車を見上げ、胸に手を当てる。
(森に吹く風とはまた違う。ここの風は‥‥そう、より強い意志がある)
アニミズムに基づく理を心に据える彼女は、圧迫感すら持つような風音の中、一つ大きく息を吸い込んだ。
(この大風車もそう、風に立ち向かおうとしている。何よりも力強くありたいと願ってる)
肺を満たした緑風を徐々に吐き出す。彼女が歩んできた酷薄な環境は、彼女の声をも飲み込んでしまった。故に、現在の彼女は『話す』ことはまだままならない。しかし、彼女の心が念じるものは、決して曲がることの無い意思として発露する。
(守らないといけない。第三者の手で壊していいものじゃない)
そのまま、彼女はゆっくりと目を開ける。不意に、自分を見つめていた不知火 チコ(
gb4476)の姿が目に留まり、彼女は微笑みを返しながらメモ帳を手に取った。
『頑張りましょう、この土地の明日を守る為に』
力強い筆勢で書かれていたその言葉を聞き、不知火は「はい」と大きく頷いた。
● 二
8名は大風車から西へ100m進み、そこに防衛ラインを築くことで敵襲に備えることとした。
「それにしても、バグアの構成は嫌らしいねェー。目標と言い戦力と言い、実に効果的なんだよー。興味深い」
獄門のアホ毛はまだ圏外。しかし、既に微弱な電波が届いているのを彼女自身気がついていた。
「荒らぶる自然を友とし、それに沿う事で生きる生き方があります。私の国も雪と氷と共に生きております」
手にする双眼鏡で西の果てを覗くラルス・フェルセン(
ga5133)。彼がいつも携えているおっとりとしたオーラはもう無い。ラルスはその眼から双眼鏡を下ろした。その瞳は本来の緑からダークブルーへと変化していた。
「風と共に生きる町、そのシンボルとも言える大風車を失えば、目に見えるもの見えないもの、崩れるものは多いでしょう。‥‥護らねばなりませんね。町の方々の『生』を支えているのですから」
彼はそのまま、無造作に双眼鏡を仕舞い込んだ。
同時に硬く結わえられたアルファルの弦を引き、西に向かって狙いを定める。
「あれが風車を破壊しようとしている、というのは、意識しすぎなんじゃないかなぁ」
緩やかな傾斜の先からやってくる影を流し見、エネルギーガンを手に取りながら瓜生が呟く。
頑なだった獄門の表情に色が映る。
そして、風音にモザイクが入る。
「来タ!」
西より響く唸声をその耳に聞き、クラリアが喊声を挙げた。
「ほな、ぼちぼち始めましょ〜か?」
同じくして不知火もまた覚醒、狼を討つべく前進する。
「決定的な被害を与えるとすれば恐竜型でしょうが‥‥かと言って狼型を軽視も出来ませんね。数も多いですし、極力ここで押さえましょう」
ラルスの瞳の蒼が一層深みを増す。敵の全体像が徐々に明るみになる。
この時点で獄門は練成強化を発動、恐竜班の仲間の武器がそれぞれ強化された。
「うわー、団体さんのお出ましだ‥‥」
東雲はナイトメアをその身に纏い、目前の光景をしかと見据えた。しかし、
「っていうか、数多っ! 悪夢を見せるのはいいけど見せられるのはイヤだなぁ」
次第に近付いてくるそれらに一驚し、思わずとも苦笑が漏れ出す。敵の総数は15。そのうち、12の狼が恐竜を一体ずつ囲むようにして向かってきている。
狙いは強行突破か。
「させるか!」
すかさず木場が疾風脚を発動、先頭を走る狼に向かって駆ける。その双後方で不知火とクラリアの2人が待ち受ける。
「ふふっ、さぁウチとも踊っておくれ」
ゼロの爪が狼の首筋に確実な斬撃を与える。一方でクラリアはクラス上不得手なS‐01による射撃を行おうとしていた。
「‥‥当たっテ!」
撃鉄が広い野原に啼く。初撃の当たりは微かであったものの、怯まずに彼女は銃撃を続け、まず一体を撃破することに成功した。
「数が多くても、まずは前進をさせなくすればいい」
狼よりも数倍は大きい身体でありながら、木場の速さは劣るどころか勝っている。突出している3体の狼にそれぞれ打撃を与え、敵前衛の鼻の先を文字通りへし折った。
そのやや後方、風に巻き上がる血飛沫を見下ろす瓜生。
「退いてください。さもないと超ドリルをお見舞いします」
その射程内にまだ恐竜は入らない。瓜生は射線を変え、手近な位置にいた2体の狼へと銃の照準を合わせると、強烈なエネルギー体をそれぞれに発射した。正面から直撃を受けた2体はそのまま静止、再び起つことはなかった。更にその延長線上にいた恐竜にも弾は命中。実にその生命のうち半分以上を削いだ。
仲間の数がどんどん減っていくのに触発されたのか、狼のうちの2体が前進を止め木場とクラリアへと牙を剥く。
しかし。
「よっと」「ハッ!」
完全に相手が悪い。
ダメージを与えようと伸ばすその爪は残影を切るばかりで、2人に対して全くと言っていいほど意味を為さなかった。
数の上では不利を強いられた傭兵達であったが、個の能力には圧倒的な差があった。しかし、現時点で既に3体の仲間を削られたキメラも、ただ黙々と風車を目掛ける訳にもいかなくなっていた。
● 三
「ちょっと、こいつら狼っていうよりハイエナみたいなんだけどっ!」
恐竜を狙うために後方で狼に対して牽制をしていた東雲。その塊の意志の変化に彼女は気がついた。単独で突っ込んできていた狼はグループを組み始め、傭兵達の間隙を抜こうと迫ってくる。ふと最後尾を見ると、それぞれ狼が左右に1体ずつ離れ、大外を回って突破を図ろうと目論んでいた。
「ガラ空きだねェー!」
恐竜を囲んでいた前衛が薄くなったのを機とし、獄門がエネルギーガンを発射する。しかし、直前で近くに居た狼が恐竜との射線上に競り出し、発射された3発のうち2発をその身に受けた。
「‥‥Scheisse!」
苛々と口を突いて出たのは独語。結果的に狼を屠ったものの、恐竜への衝撃は大幅に抑えられてしまった。なおも狼は傭兵達をかく乱するように動いている。
「立入禁止をお願いしたく思いますので――止まりなさい」
その目障りな狼に対しラルスはファング・バックルを発動。それぞれ1体ずつ、計3体の狼に向けて正確無比な弓射が放たれる。そのうちの2体は腹部に矢をもらい、後の1体はそれ以前に受けていた不知火の刃創に深々と突き刺さると宙を返るようにして転がり、その鼓動を止めた。
「AI、各出力を最大‥‥一気に決める!」
続く鉄もファング・バックルの発動を宣言。右手を中心に広がる錬の脈の下より、その両の腕が強い白光に包まれる。本来であれば彼も恐竜の討伐を目指す班に属しているが、彼と恐竜との間にはまだ狼という遮蔽物が横たわっていた。
「あれはこの町の人々の希望の火なんだ! 絶対に‥‥絶対に消させやしない!」
咆哮にも似た猛りと共に、鉄はイアリスを狼に向かって振り下ろす。狼は回避行動をとるのもままならぬうちに、縦一文字に振りぬかれた剣により大きくその体勢を崩す。これにより、真正直に正面を突いてきた狼はほとんどが手負いとなり、恐竜への攻撃の手筈が整った。
「さて、ここからが本番だね。私の力がどの程度か確認するいい機会‥‥、行きますよ」
武器をイアリスに持ち替えた東雲が、今度は逆に敵の間隙を縫い恐竜に接近。竜の爪を発動させたことにより、黒のオーラをまとうナイトメアの腕部にスパークが走る。
「とりあえず、脚を攫うよ」
恐竜の移動力を殺ごうと、脚を目掛けて剣を突き立てる。その斬撃は二足歩行の恐竜の腿を確実に捉えた。自らに近付いてきた敵に過敏に反応するも、AU‐KVをその身に纏う東雲にとって、その反撃はまるで意を為さない。むしろ、それが自らの傷を更に深める結果となり、恐竜はごうごうと鳴き喚いた。しかし、その声に触発されたのか、鈍っていた狼の動きが復ち返ったかのように敏捷になる。
「‥‥クソっ!」
狼に依り囲まれていた鉄、木場、東雲の三名が、それぞれ攻撃を防ぐことが出来ずに掠り傷を作る。特に木場は噛み付いてくる狼に対し投げを使おうとしたものの、完全に獲ったと感じたものが逃げられていたことに対し、苦虫を噛み潰したような顔を作る。
「気をつけろ! こいつ等まだピンピンしてるぞ」
鉄が同じく恐竜を狙おうと敵に近付く面々へ警告を出す。しかし、瓜生はお構い無しに恐竜のほうへと接近してゆく。
「根性ありますね」
彼女の目にはそれが空元気であるということが解っていた。レイ・エンチャントを発動し、既によろよろとしていた狼と恐竜のペアを撃破。しかし右斜め前方より恐竜が彼女の前に立ち塞がる。ムチのような長い尻尾が唸りを挙げ、瓜生が膝から崩れ落ちる。
「瓜生さん!」
その目に映ったものを疑いながら、鉄が瓜生の倒れたほうへ向かおうとした時。
恐竜のよろめいた体の真下からエネルギー体が発射された。
「‥‥ぬ」
思わず不満気な顔を作る瓜生。体の下に潜り込んだほぼ零距離からの射撃であったにもかかわらず、突風により恐竜のバランスが崩れ、そのダメージは軽いものにとどまった。
再び尻尾に迫られる前にその場を抜け出す瓜生。
「! ‥‥行クよ、オルカ!」
S0‐1からオルカへと持ち替えたクラリアが円閃と二連撃を併せて発動、その軌道は淡い碧を持って表され、狼の骸は大きく吹き飛んだ。
「‥‥ですから、立入禁止と申し上げたでしょう」
ラルスが回り込もうとしていた狼に対しアルファルを放つ。一本目の矢が刺さるも屹然と風車を目指す狼。既に本能のみで走るだけの狼に二本目の矢はその体を深く貫いた。
「恐竜は脳が急所と聞きましたが、さて‥‥」
更に布斬逆刃の発動を宣言、赤の強い光を放つアルファルで恐竜の頭を射る。狙い抜かれた恐竜は左右に大きく地団太を踏む。
「さーて、獄門に二度は無いよー!」
普段よりも彩の載った顔容で獄門はエネルギーガンを発射する。直後、地団太を踏んでいた足は止まり、恐竜はその場に崩れ落ちた。
「さて、あとちびっとどすな」
「ああ。この一撃に全てを込める」
不知火と木場がそれぞれ瞬天速を発動。別々の狼を狙い攻撃を仕掛ける。2体の狼はそれぞれに逃げようと踵を返すも、その行く先にはクラリアと瓜生が立ち塞がっていた。
再び方向を転換しようとしてももう遅い。その断末魔も風の中に掻き消えた。
残る敵は既に狼と手負いの恐竜の2体のみ。
「それじゃ、しっかり殲滅しとかないとね」
東雲が恐竜に向かってイアリスを振るうも、致命傷に至るまでの傷は負わせられていない。恐竜は地響きを上げながらそれでも風車へと向かおうとしている。
その目前に鉄が立ちはだかる。
「――出力全開! 白亜紀までブッ飛ばす!」
鉄はイアリスを恐竜の腹につきたてると、一気に一文字に引き裂いた。
そして。
最後の狼が風車へ向かって走り出した。
しかし、それだけではもう何も出来ない。
「――Gutes Freilos」
獄門の告げる終了の合図に、彼女の持つエネルギーガンが呼応した。
● 四
「ん、しっかり護れてよかった。ああいうのは大切だからね、機能的にも心情的にも」
東雲が一つ息を吐いた。結果として風車には何の傷一つつけることもなく、傭兵達は状況を終えた。
「無事で何より‥‥良い風です」
覚醒を解いたラルスから自然と微笑が湧き出てくる。
(風は大いなる意思。何事がおころうと自身を変えたりしない。今も、昔も、ただ吹き続ける)
クラリアは風上に立ち、その目にすることは出来ない姿形を持つ風が吹く先をじっと見つめていた。
「それにしても、本当に止まないんだねェー、ここの風は」
獄門が勢いよく回転する大風車を見上げながら呆れにも似た言葉を発する。
確かに、ここに到着してから現在までの間、この風は止むことはなかった。
「それを言えば、これもその産物だろうからね」
木場が風車に手を当てる。微かに鉄の幹の震えが掌に伝わってくる。
「何や言おいやしたいのかもしれまへんね」
不知火は空を見上げた。不自然な赤い星と霞んだ青の背景の上を雲が忙しなく通っている。
「ありがとう、とかだったりして。‥‥まさかな。」
鉄が頭の後ろで手を組みながら呟いた。そこに、一条の風が辺りを過ぎる。
「‥‥そろそろ行きましょう」
そして、瓜生を先頭に傭兵達は高速艇へと向かうのだった。