タイトル:来る勿れマスター:長南二郎

シナリオ形態: ショート
難易度: やや難
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2009/06/04 03:01

●オープニング本文


 目前の扉を開く前に、畔上曹長は一つ大きく息を吐いた。
 小隊の司令室へと至る廊下には初夏の陽光がこうこうと差し込んでいた。建物内は閑散としており、時折聞こえてくる野鳥の囀りが、そのからっぽな空間を透って行く。
 旧自衛隊からの叩き上げであった彼の歳は、近く四十路に至ろうとしている。彼は微妙にその目の焦点が合っていないと感じ、一度強く瞼を閉じた。この扉を開けるのが、自らにとって何かの迷妄のように思えてならない。先任であった粕谷中尉が大尉昇進と共に隊を去り、後任として来た祐川中尉という上官に彼は未だ馴染むことが出来ていなかった。
 その普段抱いている違和感と、自身がほんの少し前に目の当たりにした光景、そして今目の当たりにしている光景、その和というものが彼にとっては理解を超えるものであった。
 しかし、ここでグダグダしていても何も事は始まらない。
「失礼します」
 意を決して中へと進む。そこにあるのはいつもの光景。
 これまでに何名もの尉官が座し、そして去っていった司令席。
 その場所からは、
「あ、曹長」
 大層緩い空気を纏った若い女官が今は座っている。
 とにかく、緩い。
 畔上が祐川に抱く違和感の大元は、そこにあった。
「‥‥中尉。報告に参りました」
 彼はいつものとおり、視線をやや下げてデスクへと歩みを進めた。自らが感じる違和感を顔に出すまいと強く口を一文字に結ぶ。それが不謹慎であるということは自らもわかってはいたが、この状況を打開する策を彼はそれ以外に持ちえなかった。
「それで、どんな感じでした?」
 畔上は敬礼を直した。不規則に回転する思考の中、自分より一回りも歳下の上官へ一つ一つ言葉を紡ぐ。
「あまり良いものではありません。‥‥事態は急を要します」
 県境近くに出現したという件の敵勢について、詰まる息を咳き込むことでごまかしながら畔上は言葉を続ける。
「文字通り、真っ直ぐ北上しています。中途にある田畑や集落でさえ無視、突破を図っています。このまま行けば数時間後には市街地に到達すると思われます」
「‥‥それで、その具体的な戦力は?」
 その声に畔上は視線を戻し、祐川の表情を窺おうとして、しかし再び視線を下げる。
 呆れにも似た鼻笑いが聞こえたからだ。
「外見を簡単に喩えて言うなら、鬼です。地獄に居るような。その数が8、そして首領格が更に2の計10です」
「民間人の避難は?」
「はい。‥‥今野士長の報告では、まだ完璧ではないとの事です」
「成る程。先ずそちらを第一にして下さい。けど‥‥ダメだよね。あそこには『来る勿れ』ってちゃーんと関があるはずなのにね」
 その緩い一声も、想定の内に入っていた。
 はずだった。
 しかし。
「民間人の避難終了の確認と哨戒部隊の引き上げ後、しかるべき時に交戦を図れる準備は整っています」
 自らの声色に違和感を覚え、一つ咳き込む。
 上ずった。
 気のせいか、視点が定まらない。視界の端がやや白けて来る。
 その白い幕間、祐川は席を立ち、窓から景色を望んだ。
 背中から微かな笑い声が聞こえる。
「そういえば、私がこの小隊に来てから、これが初めての本格的な指揮になりますね」
 それを聞いて畔上は押し黙った。日本という国の中でも、関東や九州、北海道といった地域に比べ、この地域への敵の侵攻は比較的緩やかであった。しかし、敵の手に落ちた関八州と隣接するこの地に於いて、戦いに関して決して呆けていた訳ではないが、矢面に立たない分、その敵に対しての知識はあっても、如何せん技術面で不安が残る。事実、多くの兵が彼我へと先立つ中で再編成されたこの小隊で、戦地に於いてその目に敵の兵力を焼き付けたことのある兵は、畔上を含めても半数にも満たなかった。
 畔上はその事に面と向かうことに若干の揺らぎがあった。軍人としてのプライド、そして自らが積み重ねてきたもの、それらが至極軽薄なものだったのかという錯覚すら覚える。
 だが、この状況下で甘え事は許されない。
「曹長以下28名、必ずやこの状況を打開できるものと思います‥‥」
「既に本部へ応援を頂きたいと打診はしてあります」
 言い終わるかどうかの合間で発せられたその女官の声色は酷く冷たかった。
 畔上ははっとして祐川の背中を見つめる。そこには今まで彼女に感じたことの無い、冷冽な空気が立ち上っていた。
「今回の件、『私達』だけではどうにもならない。経験が浅い。恥じるべき事実です。しかし、それは受け取らねばならぬ現実です。‥‥曹長。『希望は大切』です。しかし、その背に多くの命を背負う場合『確証が無い』軍隊では困るのですよ」
 畔上は思わず渋顔を作る。己の持つ違和感。
 全てが見透かされていた。
 祐川は肩に掛かった烏の濡れ羽のような色の長い髪を両手で振り下ろす。
「より確実を。そうすれば、皆また、明日も笑えるでしょ?」
 振り返ったその顔は、笑みに包まれていた。
「さじは投げられた。‥‥では、参りましょう」
「‥‥」
 一瞬の沈黙が走る。
 返す言葉に困った畔上は、微妙にいつもの空気が漏れ出し始めているようなその小さな上官へ、とりあえず「了解しました」と答えておくこととした。

●参加者一覧

ホアキン・デ・ラ・ロサ(ga2416
20歳・♂・FT
ジロー(ga3426
25歳・♂・AA
瞳 豹雅(ga4592
20歳・♀・GP
ラルス・フェルセン(ga5133
30歳・♂・PN
アンドレアス・ラーセン(ga6523
28歳・♂・ER
山崎・恵太郎(gb1902
20歳・♂・HD
皓祇(gb4143
24歳・♂・DG
鳳由羅(gb4323
22歳・♀・FC

●リプレイ本文

● 一
 喧騒の坩堝。閾なき冥顕の界。雲は唯、空を過ぎる。

「‥‥なんか、ビミョーな空気流れてねぇ? 気のせい?」
 二、三辺りを見回した後、アンドレアス・ラーセン(ga6523)は頭を抱えながら嘆息した。この小隊と合流してからだろうか、『何か』が奥歯に引っかかっている。しかし、『何か』とは言っても、悪戯なまでに明瞭であったその『何か』には、いまひとつツッコミを入れることが出来なかった。
「どうかよろしく」
 そんなアンドレアスを尻目に、静冷とした眼差しでホアキン・デ・ラ・ロサ(ga2416)は淡々と今回同行する11名の軍人に挨拶を投げた。既に彼らは一通りの装備を整えており、実質最終的な確認の後、状況へと移るのみであった。
「あなた方が『傭兵』さん?」
 屹立とする11名の中、傭兵達を何か一種の羨望めいた目で見ているのは祐川だった。小さな背の指揮官は、傭兵達の顔を見回した後、恭しく一つ咳き込みをすると、
「不束者ですが、宜しくお願いします」
 髪を振り乱しながら傭兵達に向かって大きく礼をした。

 一同に戦慄が走る。

 苦虫を噛み潰したような顔の畔上の脇で瞳 豹雅(ga4592)が堪らず噴き出した。
(ほとんどバグアと戦った事のない兵隊さんとは聞いてたけど‥‥でも、ちょっと大変だね)
 その後ろで鳳由羅(gb4323)が嘆息に苦笑を交える。
「――祐川友希中尉。仮にも今回は共闘という身だ。‥‥一体それはどういうつもりだ?」
 ジロー(ga3426)は耐え切れず、まだ頭を下げている祐川に向かって至極率直な疑問を投げた。しかし、ヒョコと上げられた祐川の顔には疑問符が浮かび上がっていた。
「え? はい。私達は経験が少ないですから、皆様の足手纏いにはならないようにと思いまして」
 そして、再びの沈黙。
 ――確かに、間違ってはいない。ただ、何かが違う。
 ‥‥あ、豹雅さんが笑いすぎて踏ん反り返ってる。
「‥‥中尉」
 その歪な空気の中、態とらしく畔上が咳き込みをする。
「あ、そうでした」
 まるで頭から離れていたと言わんばかりの祐川の反応に、朗らかなまま静観を貫くつもりであったラルス・フェルセン(ga5133)はやや視線を下に逸らし、溜息を漏らした。
「それでは、単刀直入に‥‥今回、私達はどう動けば宜しいのでしょうか?」
 傭兵達の誰にともなく、祐川は尋ねた。今回、11名は傭兵の指揮下にある。戦闘か避難補助か、または他にすべき事があるのか――。彼らは心してその返答を待った。
 場を包む笑い声が止んだのは、その時だった。
「‥‥使える駒があるときゃ使うもんです。お互い様です。仕事してもらう分も、引っ込んでもらう分も、遠慮なく言わせてもらいますわ」
 豹雅は体勢を改めると、被っていた帽子のつばをグイと引き下げた。同時に、その口から先程までとは違う種の笑い声が漏れ出す。
「皆さんの役はシンプルです――あ、ツッコミは無用ですぜ?」
「‥‥!」
 豹雅の圧殺するかのような視線の前に、畔上の小さな肝は更に冷えあがった。

● 二
 傭兵側から提示されたそれは、至極簡素なものであった。
「‥‥」
 畔上はギアをバックに入れ、後方の山崎・恵太郎(gb1902)の指示の元、県境近くにある関跡よりもやや西の細い山道に、市街地の方向を頭に軍用車を留める。
「鬼キメラなんて‥‥恐ろしい外見の敵がいたもんだね。体格も大きいし怖いけど、このまま見す見す被害が拡大するのを見ているわけにもいかないし。絶対に撃退しておかないと!」
 運転席の隣まで来た恵太郎は呟くように意気込むと、畔上の目を見てニカッと笑って見せた。畔上はその屈託のない笑顔に図らずも戸惑いつつ、自身の頭の中を整理する意味で腕を組む。

『シンプル』という言葉に始まった豹雅の作戦を反芻するように呟く。
「偵察兵は既に出ているのが使えますよね。じゃあ、皆さん車両2台で傭兵と一緒にきてください。適当な場所を防衛ラインに決め、すぐ発車しやすい向きに停車。運転手はそのまま、他の兵は車上から狙って待機。敵が『皆さんの銃の有効射程』に入ったら、祐川中尉の指揮で、大鬼を的にして射撃開始。皆さんは接近戦になると分が悪い。50mで射撃を切り上げ、車両ごと一時離脱してください」
 遠くに何かが聞こえる。
「ね? 簡単でしょ?」

「曹長」
「わっ、中尉!」
 焼きついて離れない豹雅の笑顔と、窓を挟んですぐ側にあった祐川の顔が重なったように思え、畔上は思わず大きくのけぞった。
「どうしたんですか?」
 その様子に気づいた皓祇(gb4143)がリンドヴルムを押しながら車へと駆け寄った。咄嗟に畔上は身を翻し、なんでもないとでも言うかのように手を振る。その光景をアンドレアスは煙草に火を点けながら見つめていた。
「いえ、ちょっと」
 傍から見ても慌てている事が一目でわかるその仕草を怪訝そうに見つめる皓祇。その二人の中に祐川が再び割って入る。
「もうすぐ想定到達時刻です。武器の準備をお願いします」
 それだけを言い残し踵を返す。その背には既に小銃が掲げられていた。
 
 畔上は一つ唾を飲んだ。
 後には引けない。
 やることはシンプル。
 それは解っている。
 解っていても。

「あの」
 はっとして畔上は声の方を振り向く。そこには皓祇と祐川の二人がなにやら話し込んでいた。微かに聞こえるその言葉を、彼は慎重に聞き取った。
「‥‥もし鬼が突破してしまったら駆けつけますので、どうか射撃に集中して下さい」
 皓祇は鞘に入ったままの雲隠を掲げて笑った。それを見て祐川も微笑を返す。
「有り難うございます。ですが、それは不必要です」
「え?」
 皓祇は目を丸くした。祐川はなおも続ける。
「私が言うのも可笑しい気がしますが、皆さんは前線に兵力を集中して下さい。――今回の件は、キメラの討伐と、あの街を護ることです。‥‥それだけでいいのです。――私達」

 アンドレアスがモクの火を乱暴に踏み消す。
 不意に祐川の声が止む。
 偵察を行っていた鳳の声。
 来た。
 
 遠く、近い記憶。
 一斉に震えだす。

「くっ、来たか!」
 恵太郎は携帯していた月ノ宮を執り、南を見渡した。
 その目線の遥か先に何かの一団が見て取れた。
「畔上曹長、本間上等兵を除き小隊員は車上にて待機! 合図があるまで発砲はするな!」
 強い語調で祐川が叫ぶ。ぐるぐると回り始めた視界の中、畔上の車に近付く人影が。
 ラルスだ。
「‥‥どうかなされましたか」
 畔上は窓越しにラルスの顔を覗き込んだ。その額には蒼より光るエイワズのルーンが浮かび上がっている。
「畔上曹長。一つお願い事があります。‥‥この地の名前の由来をお尋ねしたいのですが」
「‥‥は?」
 素っ頓狂な声を上げた畔上を気にすることもなく、ラルスは眼鏡を擡げて続ける。
「――気になって仕方がないのです。勿論、終わった後で構いません」
 その顔が笑みに包まれてゆく。
「今は余裕がありませんからね。さぁ『通る勿れ』の関を作って差し上げましょう」
 その言葉を言い残し、ラルスは背を向けた。
 不規則な回転をする視界。しかし、その背中だけは変わらぬまま、在る。
 そんな気がした。
「畔上亮曹長」
 今度は番天印を掲げたジローが近付いてきた。
「‥‥エンストだけは起こすなよ」
 しばし、スタスタと立ち去るジローの背を見つめた。
 自らの口元が歪むのに気がついた。

 あ。笑えている。

「――撃ち方、始め!」

● 三
 絶える事のない鉛の破線。
 鬼達はその中を突き進む。
 大降りになるにはまだ早い

「200m!」

 まだ。

「100m!」

 まだ。

「50m!!」
「退がって!」
 皓祇が叫ぶと同時に2台の軍用車が発進する。
「後は! お願いします!」
 祐川は傭兵達に声を張り上げた。
「任せてください!」
 恵太郎がそれに応えるように声を上げる。
 陰に隠れていた傭兵達が一斉に砲火を浴びせに掛かる。
 前衛を囲っている鬼達がその異変に気づき始める。
「目標確認‥‥行きます」
 鳳の正確な射撃が先頭に立つ鬼を包む。
「‥‥獄卒ども、恐山の地獄へ里帰りでもするつもりかな?」
「‥‥高速代を貰わないといけないです」
 ホアキンと豹雅のそれぞれの独り言が会話として成立する。

 先頭の鬼がよろめきだした。しかし、その動きは止まらない。
 牛が咆える。馬が嘶く。
 ――突破だ。

「まずは確実に1体ずつ」
 ラルスはファング・バックルを発動し、既にそのよろよろと弱った鬼に対し強烈なまでの弓射を行う。先程まで機能していたはずのFFがいとも簡単に破られるのを見ながら鬼は大きくのけぞった。
「届きなさい!」
 その鬼に対し皓祇が竜の息を発動、射程を延ばしながらS‐01を放つ。すると鬼は完全に地に伏し、その後ろから来た鬼に雑巾のように踏みつけられた。
「悪いが、この先には進ませられない‥‥来る勿れ、だとさ」
 ホアキンが代わった先頭に対し銃弾を放つ。一つ一つが痛烈なその射撃が幾重にも重なり、最後には分厚く見えるその鳩尾を完全に撃ち抜き、鬼はその動きを止めた。
「そこにKeep Outって書いてあるらしいぜ。俺も漢字読めねぇけどなッ!」
 足元まで伸びた髪を払い除けながらアンドレアスが鬼達に向かって練成弱体を発動、その防御力を大幅に下げる。代わって前方に立つホアキンと豹雅に練成強化を発動する。
「‥‥」
 打って変わって口数の少なくなった豹雅が淡く光り始めたフォルトゥナ・マヨールーに貫通弾を込める。通常の人間サイズであれば狙い辛い筈の泣き所も、この敵なら的が大きいために狙いやすい。
「どーん」
 骨ばった足に向けて豹雅はトリガーを引いた。重い応えがその手に残ると、足を貫かれた鬼はその場に派手に倒れこんだ。
「さて‥‥鬼退治と洒落込むか‥‥」
「通すわけにはいかない!」
 ジロー、恵太郎も負けじと続く。アンドレアスが二度目の練成弱体を終えた頃、敵との距離は既にかなり縮まっていた。
「格上は苦手ですぜ」
 そう言いながらも豹雅はミラージュブレイドを抜く。軽い足取りで未だ歩を止めぬ馬頭に近付き薙ぎ払う。しかし、その攻撃は微かなものとなり、逆にその身に打撃を食らった。
「どひゃっ」
 しかしその攻撃も豹雅にとってまだ余裕を浮かべられるものであった。このことにより馬頭がその場に停止、添うように走っていた鬼の半分も足を止めた。
「よし、大人しくなった!」
 これを機と見た恵太郎が鬼へ向かい矢を放つ。ジローと鳳もそれに連携するように攻撃、鬼の1体を沈める。
 他方では未だ動き続ける牛の軍団に対し、ホアキンがその行く手を阻む。
「‥‥闘牛士と戦うのは初めてかな」
 左手の赤が軌跡となって映る。軽やかなステップを踏むように接近したホアキンは牛頭の眼にペイント弾を打ち込んだ。のた打ち回るように牛頭は猛り、異変を感じた他の鬼達の動きが止まる。
「なかなかしぶとそうですが、これは如何です?」
 ラルスはアルファルに急所突きを載せて矢を射る。正確且つ無慈悲な攻撃はそれぞれの鬼の急所を確実に射抜いてゆく。そのうちの1体が矢の威力に耐え切れず伏した。

 しかし鬼達もただ黙ってはいない。眼を潰されながらも牛頭は闇雲に振り上げた手を叩き下ろす。その範囲の中に居たジローが攻撃を身に甘んずる。残る鬼達も牛頭馬頭を囲むように陣を固めつつあった。
「そんなんで防げるとでも思うかッ!?」
 その状態を見てもアンドレアスは構わず牛頭馬頭に対し練成弱体を発動する。更にエネルギーガンの照準を合わせると、一番手近な所にいた鬼へと照射する。ダメージを貰った鬼が馬頭への隙をあけたのを見計らい豹雅が侵入、急所突きを発動して足元を狙い、そのレスポンスを確実に殺いでゆく。
「鬼さんこちらっと」
 相手の体の大きさを利用し、ホアキンは死角を衝いて牛頭の側まで足を進める。手に持つイアリスで足の小指へ急所突き、更に脛を流し斬ると、その巨体は地鳴りを上げながら崩れ落ちた。そしてホアキンはショーの終わりを演ずべく、イアリスを深々と牛頭の胸へと突き立てた。
 残るは馬頭を含む4体。
「これより先は『通る勿れ』ですから」
 装備をエネルギーガンに持ち替えたラルスが鬼へと照射、恵太郎もナイフに持ち替えて竜の咆哮を発動し確実に打撃を与えてゆく。
「決める‥‥豪破斬撃!!」
 ジローも豪破斬撃を用いて敵の攻撃の芽を潰す。ヒートアップした鬼達は傭兵達に向かい虱潰しに攻撃を加えてゆく。
「私を甘く見ないことね‥‥」
 その鬼達をあざ笑うように鳳がツインブレイドに円閃を付加する。攻撃に躍起になっていた鬼の一体が何をされたかも解らぬまま創に伏した。
「あなたの相手は私です!」
 皓祇も竜の爪を発動して応戦、錫色の残影は鬼を貫く。豹雅が馬頭へ攻撃を入れる間、残っていた鬼2体へイアリスを揮うと、その場に残る敵は馬頭だけとなっていた。
「こいつは結構効くぜ‥‥消し炭になりやがれ!」
 援護に来たアンドレアスのエネルギーガンが光を放つ。
 馬頭の断末魔が辺りに木霊する。
 何かが潰れる様な音の後、馬頭は虚空をただ仰いだ。

● 四
「傭兵殿に敬礼ッ!」
 基地へと戻った傭兵達は、安堵したような表情の畔上の号令の下、敬礼で迎え入れられた。
「お疲れさまでした‥‥なんとかなりましたね」
 鳳が微笑みながら胸を撫で下ろす。やや遅れて到着したラルスの目配せに畔上はゆっくりと頷いた。その奥から祐川が顔を覗かせる。
「有り難うございました。ご無事で、本当に良かった。私達も、経験を積むことが出来ました」
 こちらは敬礼ではなく、また再び深々と頭を下げる。
 ‥‥あ、豹雅さん堪えて!
「――なあ」
 その時だった。ぶっきらぼうそうな男の声が聞こえたのは。
 皆が声のほうを向く。しかし、祐川だけは頭を下げたままだった。
「アンタだ、スケガワ中尉」
 その声の指し示しているのは明らかにその小さな指揮官だった。しかし、その頭は上がることがない。
「今から言うのは、独り言だ」
 戒めのロケットが陽の光を反射する。
「――欧州に一緒に任務をこなして来た小隊がいる。何度目かの共同作戦で連中は壊滅状態に陥った。6人中3人死んだ」
 指揮官はまだ頭を下げている。声の主――アンドレアスは髪を擡げながら続けた。
「それが連中の仕事だって解ってるけど、俺は素人だからな。もうあんな思いは御免だね‥‥何を言おうとしたのか解んなくなったわ。生きてりゃどうとでもなるとか、そんな感じ」

 アンドレアスは言い終えると、引っかかっていた『何か』が少しやわらいだ気がした。
 他はどうでも良かった。ただ、背中に担いでいた小銃を震わせていた『それ』にだけはツッコミを入れておきたかった。

「‥‥強いのですね」
 祐川はその体勢のまま、一つだけボソリと呟く。
 その髪が微かに風に揺れる。
「‥‥俺にはわからん」
 アンドレアスは苦笑いのような微笑を浮かべた。

 またいつもと変わることのない空が、彼らの頭上に広がっていた。